まだ、それは九十九が転校してきたばかりの頃のこと。 夜、ちょっと自販機までコーヒーを買いに行ったとき、九十九に出会った。 始めは何か用があるのかとも思ったが、奴が俺に声を掛けてくる気配はない。 けれどもそれにしては粘着質な視線で、食い入るように俺を見ていたので ついに俺は根負けをして、ヤツに声を掛けた。・・・なにか用か?と。 ・・・今思えば。 このときから既に、ヤツはヤツだったのだと思うのだが あいにく当時の俺は、葉佩九十九がどういう人間か知らなかったのだから仕方ない。 ――――――― ・・・訝る俺を穴が開くほど凝視して、九十九はポツリと呟いた。 「―――――― ・・・鎖骨萌え・・・」 「・・・は?」 ヤツがなにを言ったのか理解できず、俺はなんと言ったのかもう1度聞き返す。 (俺もそのときは、まだ汚染されちゃいなかったんだ・・・) だが九十九はそれ以上何もいわず、首をぶんぶんと横に振るだけだったので 俺はそろそろ寝るから用があるなら明日にしろと、九十九を追い払った。 ぞんざいな態度をとった俺に、葉佩九十九は転校早々謎の発言を残した。 俺は踵を返し、自室に向けて歩き始めたものの 部屋に戻って扉を閉めるまで、ずっと腰の辺りに纏わりつく、奇妙な視線を感じていたし その原因が九十九であることにも気付いていた。 ・・・そんな経緯から、俺が九十九に変わったヤツ というレッテルをつけるのに、そう時間は掛からなかった。 ・・・けれど俺は、早くもその翌日。 葉佩九十九という人間に、もっと別のレッテルを貼りなおすことになる。 葉佩九十九、調査報告書。 シュタッ! 地下まで垂らした縄を、勢いよく降りてゆく音に続いて 葉佩が底についたのだろう、そんな音が周囲に反響して地上まで届いた。 夜の墓地なんて当然視界は悪く、ロープの一寸先は闇。 葉佩が迷うことなく降りていった真っ暗な穴の中を、八千穂が心配そうに覗き込んでいた。 しばらくして、葉佩の相変わらず呑気な声が聞こえてくる。 「・・・うん。これといって問題は無いみたいだ。降りてきても大丈夫だよーー。」 緊張感の欠片もない、妙に間延びした声に、俺は一抹の不安を覚えた。 ・・・本当に大丈夫なのか?コイツ。 今更になってギャーギャーと喚く八千穂を、無理矢理落として 八千穂が尻で着地したのを確認すると、俺もロープに掴まって地下へと降りる。 怪我をしたらどうするんだと八千穂が憤慨し、俺は品定めをするように葉佩を見やった。 「まぁそうなったら、葉佩が受け止めてくれるだろ?・・・なぁ、葉佩?」 俺はてっきり、マニュアル通りの“勿論!” ・・・という答えが返ってくるものだとばかり思っていたから 予想外の葉佩の返答に、驚きを隠せなかった。 「えー?さすがにそれは無理だよ。」 「葉佩クン!そこは嘘でもいいからうんっていうところでしょッ!」 ・・・まぁ、当然といえば当然なんだろう。八千穂も女の端くれだ。 遠まわしに重くて支えられないと言われたら、文句のひとつもいいたくなるのかもしれない。 葉佩はノートパソコンに形状の良く似た けれどもそれより小型の機械を器用に操作しながら、手元から視線を放さず告げた。 「・・・だって。いくら力あるって言ったって俺、女だよ? さすがに重力で加速した八千穂を受け止めてやれる自信は・・・」 ・・・多分そのときの俺は、八千穂と一緒に 浜辺で焼いた蛤のようにパカッと口いて、間抜けな顔をしていたことだろう。 ・・・・・・俺の聞き間違いでなければ、今葉佩はなんと言った? だが葉佩は、そんな俺と八千穂の反応に気付くこともなく 尚も話を進めようとしたので、俺はたまらずストップをかけた。 このまま話が流れていって、それすらも永遠の謎なんてのは、流石にごめんだ。 「・・・おいおいおいッ!ちょっと待て!!」 「ん?なにかあったか?皆守。」 「・・・お前、さっきなんて言った?」 「・・・え?だから、重力で加速した八千穂を・・・」 「その前だッ!!」 すると葉佩は一瞬だけ機械から顔を上げ、きょとんとした顔で俺を見た。 「その前?いくら力があるって言っても俺女・・・・・・あ。」 そこでやっと、葉佩はなにかに気付いたようで アサルトベストに学ランという、奇妙な取り合わせの自分の服装を、まじまじと見つめた。 「・・・そういえば俺、今男ってことになってるんだったっけ?」 そうじゃなかったら、なんでお前は男子寮にいるんだよ? ――――――― ・・・っていうか俺に聞くな、聞きたいのはこっちだ。 ・・・そう言いたいのを我慢して 俺は休まず手を動かしている葉佩が、続きを話すのを辛抱強く待った。 しまったなぁと、まるでうわ言のように呟いて 葉佩は然して困った風でもなく、左手の人差し指でこめかみの辺りを掻く。 「あのさぁ、俺実は女なんだ。」 「ええええええええッッ!?」 五月蝿すぎる八千穂の、今更の絶叫が。深夜の墓地に響き渡った。 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ そのあとの葉佩の説明ときたら、本当に驚くべきものだった。 ・・・なにが驚くべきかって、自分で書類を書いたはずなのに 男として転校する手筈になっているのを、どうして知らなかったのかということだ。 転校数日前に知ったのだとのたまう葉佩に、俺は疲れた口調で呟く。 「・・・お前、いくらなんでもそれぐらい気付けよ・・・」 「うーん、けど名前とかはもう書き込まれてたからさ。 そういえば性別って書かなかったなーって。 俺の手元に書類が来たときには、もう性別男って書いてあったんだな、きっと。」 うんうんと、ひとりしみじみ頷く葉佩に 俺は呆れを通り越して、頭痛がしてくるのを感じていた。 ・・・コレが、今度の≪転校生≫? これじゃあ、≪三人目≫になるのなんて時間の問題じゃないか? 「じゃあ、葉佩クンって本当は葉佩サンなんだ?」 「うん。でも、学校では葉佩サンって呼ばないでくれよ。 一応これでも、女だってことは秘密なんだ。バレたら問題になるしなッ!」 ・・・そう思うんならバレないようにしろよ。 内心俺はこっそりと、深い深い溜息を洩らした。 どうも疲れると思ったらこの≪転校生≫、話すときのテンションが八千穂に近い。 ・・・なるほど女だということも、妙に納得できた。 「そっかー・・・。うんッ、そうだよねッ!大丈夫、絶対誰にも喋らないから安心してッ!!」 「おうッ!今度こそ信じてるぜ、八千穂!!」 「まっかせといて!!!」 ・・・その“誰にも喋らない”で正体バラされたのは、どこのどいつだよ? 自分の正体も八千穂から俺にバレたというのに、葉佩は一向に懲りた様子もない。 もうちょっと、警戒心ってものを持ったほうがいいぞ、お前。 ―――――――― ・・・この時点で俺が葉佩に貼ったレッテルは、“単細胞” ≪宝探し屋≫だとバラしちまっただけでもドジだと思っていたのに 挙句偽って転校ってきた性別まで、たった数日でバラしてしまうとは・・・ ・・・コイツ、本当に大丈夫か? 耐え切れずアロマに火をつけた俺の横で なにかに納得していなさそうな八千穂の、不満そうな唸り声が聞こえた。 「うーん・・・でも女の子なのに呼び方が葉佩クンじゃあ なーんか落ち着かないなァ・・・・・・あ、そうだッ!!」 名案だと言わんばかりの八千穂の声に、俺は嫌な予感がした。 八千穂が楽しそうにしているときは、本当にロクなことがない。 「ねぇ!葉佩クンの下の名前って、確か九十九だったよね?」 「うん、そうだよ。変わった名前だろ?」 「じゃあこれから葉佩クンのこと、“九チャン”って呼んでイイ!?」 ・・・どこをどうしたら、九チャンなんて名前が出てくるんだッ!? 俺が疑問に思っていると、それを見透かしたかのように八千穂の声が続く。 「ツクモだから、クゥチャン!・・・ツクゥ、ねッ?」 ねッ?って・・・なんていうセンスをしてるんだ、お前は。 俺はあわよくば、葉佩がそれを拒否してくれることを切実に願ったが 葉佩は驚きに瞳を丸くして(そりゃそうだろう)八千穂を見たあと 怪しげに・・・いや、嬉しそうに(ということにしておこう)微笑んだ。 「・・・萌え・・・」 「え?今なにか言った?」 「・・・あ、いやいやなんでもッ?じゃあ、八千穂は“やっちー”な。」 「うん、うんッ!!!なんかそういうのって、すっごくいいよねッ! 天香學園に転校してきた≪宝探し屋≫と、その秘密を共有する頼れる仲間ってカンジ!」 ・・・どんな感じだよ、それは。 そんなことを思いながら、次は俺に矛先が向かってくるのではないかと、内心ヒヤヒヤしていると 軽く俯き、緩んだ口元を服の袖で隠しながら、ニヤニヤと笑う葉佩と目が合ってしまった。 ――――――――― ・・・なんか色々な意味で、今度の≪転校生≫はヤバイかもしれない。 「・・・・・・皆守は、下の名前なんていうんだ?」 「誰が教え・・・」 「甲太郎だよッ!皆守甲太郎!!」 ・・・どうしてお前がそんな嬉しそうに答えるんだよ、八千穂・・・ 俺はなんとなく、この先に続く最悪のシナリオを予測しながらも 頼むからそれだけは外れてくれと願いながら ガクリと項垂れた顔をあげ、葉佩を見ようとした。 俺はまた、ニヤニヤと何か企んでいそうな顔でほくそ笑んでいる葉佩の姿を予想していたのだが 意外にも葉佩は瞳を丸くして、呆然とした様子で俺を見ていた。 その驚き方は、八千穂があだ名を決めたときともまた雰囲気が違ったように思えて・・・ 「・・・え。お前、コウタロウっていうの?」 仕方がなしに、俺は覚悟を決めて言った。 「・・・あァ、そうだよ。悪いか?」 「もうッ、皆守クン!!どうしてそんな風にしか言えないのッ!?」 八千穂が得意の仲良し論を振りかざしそうだったので、俺はフン、と顔を背けた。 ・・・九十九なんてキテレツな名前のヤツに、とやかくいわれたくはない。 けれど葉佩はそんな俺の視界に、無理矢理入り込むように這いずってくると 俺の顔を改めてしげしげと覗きこんで観察し、こう叫んだ。 「顔に似合わずなんちゅー古風でありきたりな名前してるんだ、お前ッ!?」 「ほっとけッ!!!!」 力いっぱい叫んだ俺を、葉佩は面白そうに眺めたあと 少し前、八千穂に見せたのと同じ顔で告げた。 「・・・じゃあお前は、今日から“甲”だな!!」 「・・・・・俺は絶対、“九ちゃん”なんて馬鹿みたいな名前では呼ばないからな。」 「馬鹿とはなによぅ、馬鹿とは!!いいじゃないッ!ねぇ、九チャンもそう思うでしょ?」 「うん。俺は嬉しいよ、やっちー。」 そういいながら、同性だとわかったからか ひしっ!と抱き合う八千穂と葉佩は、なんだか最悪の組み合わせな気がする。 火に油というか、火にガソリン。 ・・・・・・・・あァ、本格的に頭痛くなってきた。 「よしッ、じゃあそろそろ行くか!2人とも、俺から離れるなよ!」 ・・・ここまででも既に、かなり参っていた俺だったが 俺が葉佩九十九という人物に驚かされるのは、まだまだこれからだった。 いかにも怪しげな宝箱を迷うこともなく開けると 正面にあった棺から、葉佩や八千穂は初めて目にするだろう、化人が現れる。 こんなふざけたヤツだが、戦闘になると人が変わったようになるのかもしれない。 そもそも実力がなければ、≪宝探し屋≫になんかなれないだろう。 ・・・まずはお手並み拝見といこうか、≪転校生≫ 「うわッ!なにあれ、九チャン!?」 「出たな怪物!!やっちー、甲、下がってな!」 葉佩は手で俺と八千穂を後ろに下がらせて やけに意気揚々と、腰にぶら下げていた拳銃を取り出した。 その様子があまりにも、子供がオモチャと振り回して遊ぶのと 同じような感覚に思えて、俺は酷く不安感を煽られる。 「・・・オイオイッ、本当に大丈夫なのかッ?」 「おうっ!任せとけ、行くぞーー!!」 自信満々に叫んだ葉佩は、銃を正面に構え・・・ 「馬鹿ッ!!お前、どう考えてもそれじゃ銃口下に向けすぎだろ!?」 「・・・え、そう?」 バン!! だからってこっち向かなくていいんだよッ!! 折角俺が(不安に駆られて)適切なアドバイスをしたやったというのに こともあろうか葉佩は、それに気を取られて余所見をしながら銃を撃ちやがった。 ちッ、と小さく舌打ちをして、俺が化人を正面に見据えようとしたとき なんとも奇妙なことに、化人は怨恨の咆哮を上げて、光となり消えてゆくところだった。 ・・・化人がこんなにもあっさり消滅するなんて・・・ 「―――――――― ・・・なッ!?」 俺が驚いて葉佩を見ると、葉佩はそれこそ顎が外れたというのが適切な顔で 自分の握り締めた銃と、消えた化人のいた場所を交互に見ていた。 「えッ!?なになに!?どうして消えるの!?」 撃った本人が一番驚いているような発言に、今度は俺がコケる番だった。 ・・・どうやら、コイツが何か特殊なことをしたってわけじゃないらしい。 「九チャンの撃った弾が、あの化け物の足首に当たったの!そしたら光になって消えたんだよッ。」 八千穂が言い終わると同時に、この遺跡に入ってきた頃 葉佩がずっといじっていた機械が、無機質で感情の欠片もない声をあげた。 『H.A.N.Tに情報を追加しました。』 おや、と意外そうな顔をして、葉佩が機械を覗き込む。 俺と八千穂も両脇から葉佩と同じようにして、機械を覗き込んだ。 そこには先程倒した化人・・・『殖』の詳細情報が示されていた。 “Weak point” そう表示された赤い線が足首のあたりまで伸び、赤い円がついている。 「・・・足首が、弱点なのか?」 「そういうことみたいだね。」 疑わしげに言う俺に、八千穂も難しそうな顔をして答えた。 隣で葉佩が、おぉ・・・!と感嘆の声を漏らすのが聞こえてきた。 「うわぁッ、H.A.N.Tって便利〜〜!!」 「お前の持ち物だろッ!!!!」 またもや全力で叫び、ゼーハーと息を荒くする俺に構うことなく 八千穂は瞳をキラキラと輝かせ、尊敬の眼差しで葉佩を見つめた。 「凄いッ、九チャン!!!さすが≪宝探し屋≫だねッ!!!」 「・・・・・!!お前、もしかして最初から狙って撃ったのか!?」 八千穂の言葉にハッとなって、俺は驚愕の眼差しで葉佩を見た。 ・・・もし、そうなのだとしたら。コイツはとんだ食わせモンだ。 「・・・え?俺、なんかアイツ歩きづらそうだなぁって思ってさ。 いつか転ばないかなって、ずっと足元見てたんだけど・・・。 ――――――― ・・・そういえば、銃は目で追ったところに当たるから きちんと目標を見据えて撃てって言われたっけ。」 「この馬鹿がッ!!!」 スパアァーンッ!!! 俺の驚きを返せッ!!!そんな気持ちを籠めた一撃は やたらキレのいい音をたてて、葉佩の頭にクリーンヒットした。 「いったああぁーーーーッ!?」 「皆守クン、どこからハリセンなんて出したのッ!?」 ・・・とまぁ、こんな感じで。 出だしから災難続きで進んだ探索だったが、それからも九十九は凄かったんだ。 「あッ、見て見てやっちー!あそこに船の舵っぽいのがあるよ!」 「本当だ!でも、なんでこんなところにあるんだろ?」 「よーし、面舵いっぱーーーい!!!」 「オイ、面舵は右だ。そっちは左だから取り舵・・・」 ドゴーン!!! 「「「!?!?」」」 「甲ッ、やっちーッ!俺、床に穴あけちゃったッ!どうしようッ!?」 「九チャン!この下になにかあるみたいだよ!!」 ・・・こんな調子で、扉を開けるスイッチを見つけるわ・・・ 「いくぞ、喰らえッ!ガスHGーーー・・・って、アレ?手が滑った。」 「・・・ッ馬鹿野郎!!背後に爆薬投げるヤツがあるかッ!?八千穂、しゃがめッ!!!」 ドッカーーン!!! 「おい八千穂ッ、無事かッ!?」 「う、うんッ!あたしは平気だよ!それよりも九チャンはッ!?」 「・・・けほッ!お、俺も大丈夫〜〜〜、ちょっと床に額ぶつけただけ。」 「・・・意外と威力が小さかったのが、せめてもの救いだったな。」 「可笑しいな、ガスHGはもっと威力強いはずだけど・・・あ、あれ!? こっちがガスHG!?ってことは俺、パルスHGと取り間違えて投げたのか!?」 「こンの大ボケがッッ!!!」 スパコオォーーーンッ!!! 「イターーーーーッ!?・・・ちょ、ちょっと甲ッ!!思いっきり叩きすぎだってば!!!」 「・・・九チャン、皆守クン!ちょっと来てッ!壁の向こうになにかあるよーーー!!」 「「・・・なに?」」 爆弾を後ろに投げたかと思えば、壁に穴開けてアイテム見つけるわ・・・ 「これだけは知ってるぞ!塩酸と硝酸を混ぜると、玉水って金属を溶かす薬品になるんだ!」 「へー、凄いねぇ。薬も自分で調合しちゃうんだ?」 「まぁ、新人とはいえこれでも≪宝探し屋≫だからね。それくらいはやるよ。」 「・・・それは確かなんだろうな? こんな換気の悪い地下で、有毒ガス発生なんてシャレにならないぜ?」 「大丈夫!天香學園にくる直前の任務で 年季の入った案内人に聞いたから間違いなし!実際に作ったし、金属も溶かしたんだぞ!」 「そっか。それなら安心だねッ!」 「んじゃ、早速調合に取り掛かりま・・・」 「オイッ、葉佩!!手元ばっかり見てないで、前見て歩・・・!!!」 「・・・え?うわぁッ!?」 ばしゃあッ! 「く、九チャン!?大丈夫ッ!?」 「う、うん・・・!」 「おいおい、どうするんだよ!?それしか持ってなかっただろ、材料!」 シュウゥゥ・・・ 「―――――――― ・・・あ。」 「「・・・・・・・あ。」」 「・・・金属の鎖がついた扉って、すぐそこだったんだね。」 「・・・お前、扉の淵のでっぱりに肩ぶつけて薬品取り落としたのか?」 「そ、そうみたいだな・・・」 「「「・・・・・・。」」」 「―――――――――― ・・・お前、やっぱりわざとか・・・ッ!? そうか、わざとなんだなッ!?俺たちをからかって楽しんでるんだろ!! そうなんだなッ!?葉佩―――――――― ッ!!!」 「こ、ここここここ甲ッ!?落ち着いてッ!お願いだから後生に・・・ッ! ハリセン持ってにじり寄らないでくれーーーーッ!!!」 「皆守クン、皆守クン!落ち着いてよッ!!!扉は開いたんだし、いいじゃない!!」 ・・・とまァ、始終こんな感じで取手のところまでいったんだ。 今思い返しても、正直良く生きて帰れたと思うぜ。 取手が執行委員だったことに八千穂は少なからず衝撃を受けていたようだった。 あの葉佩ですらそれまでの喧騒を忘れ、酷く戸惑った様子で言葉もなく取手を凝視している。 ―――――――― ・・・まぁ、それも無理はない、か。 取手の精気を吸収する力を持った両手が、目の前に突き出される。 俺はどうしてそうしたのかわからないが、ぼうっと突っ立っていた葉佩を 半ば無意識のうち、取手の攻撃範囲の外へと引っ張り出していた。 安全な位置まで下がると、未だ呆然と取手に見入っている葉佩の肩を強く揺さぶる。 「おいッ、しっかりしろよ葉佩ッ! 取手は本気だ!ぼーっとしてると、やられちまうぞ!」 俺が耳元で叫んでも、葉佩は取手を見つめたまま動かない。 ・・・俺は忌々しげに舌打ちをした。 新人だとは言っていたが、これほどまでに経験のない奴を送りこんでくるなんて・・・。 コイツを送り込んできた組織の上層部は、一体なにを考えているのか。 そう毒づいていると、葉佩が何事かを呟いた。 「・・・ぎ・・・」 「あ?」 「ギャップ萌えーーーーーーーーーッッ!?!?!?」 「―――――――――― ・・・はぁッ!?」 空気を震わすほどの大音量に、俺は思いっきり眉を顰める。 ・・・・ッていうかこいつは、一体なにを言ってるんだ!? 「嘘ーッ!?だってあれ昼間と別人じゃん!! 昼間は風が吹いただけで倒れちゃいそうで、“あぁッ!俺が風除けになってやらなきゃッ!” ・・・って感じだったのに、それがなにッ!? いきなりロックなの!?パンクなのッ!?ヴィジュアルなのッッ!?」 突如として、火のついた花火の如く叫び出した葉佩に、今度は俺が呆然となる番だった。 葉佩は急にガクンと項垂れたかと思うと銃を掴み、その銃身を愛しそうに数回手で撫でた。 「・・・・・・・・・んっフッフッフッフッ・・・!!」 その仕草は笑い声と相まって、石を撫でて恍惚状態の黒塚を彷彿とさせる。 「いくぞ、取手・・・!!大人しくその露出、愛でさせろッ!!」 その後の葉佩は・・・それこそ、まるで別人だった。 動きも今までより随分まともになっていたし 取り立てて誇るようなものはないものの、なにより動きに無駄がない。 何が葉佩をそうさせたのか、それははっきり言って謎もいいところだったが 神の名を持つ化人を消滅させた後 葉佩が取手に向けて囁いた言葉は、やけに俺の印象に残っている。 「――――――――――― ・・・俺と、一緒に行こう?取手。 1度いなくなってしまった者は、2度と戻ってはこないけれど お前がそうして蹲っていることを、彼女は望んでいないと思うんだ。」 ・・・葉佩が、取手に手を差し伸べる。 「忘れろとはいわないよ。でも彼女が君に教えてくれたのは 絶望に埋もれる術じゃないはずだろ?・・・・・・ほら、笑って。笑うといいこと、あるらしいぜ?」 ・・・そんな、いつになく真剣みを帯びた葉佩の声を聞きながら、俺はアロマに火を点けた。 ・・・わからない。けれどどうしようもなく、唐突に―――――― ・・・ ラベンダーの香りが欲しくなった。・・・理由なんて、わかりたくもない。 「・・・ありがとう、葉佩君。」 「〜〜〜〜〜ッ!?・・・とっ、取手ッ!!お前ってヤツは お前ってヤツは・・・ッッ!!!なんて萌え要素満載なヤツなんだーーーーッ!!!」 「え、えッ!?は、葉佩君!?」 奇妙な生物の意味の分からない鳴き声と、それに飛びつかれて取手の慌てふためく声を背に 出来るんなら最初っからやれよ、と 俺はハリセンを持つ気力もないほど脱力して、内心そう罵るのが精一杯だった。 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ そんなこんなで酷く長く感じたその夜。 五体満足で地上に出られたときには、無事に戻れた安堵感と こんなヤツに1つフロアを踏破されたんだという思いで、月明かりが酷く目に染みた・・・ 葉佩は地上に出てくるまでの道すがらで、早速取手に女だとばらしてしまって 俺は最後の力を振り絞り、葉佩を殴った。 取手は酷く驚いていたが、葉佩がお前も秘密の共有者だというと、とても嬉しそうにはにかんだ。 その表情を見て、葉佩が“もッ・・・!!”と何かを叫びかけたが 俺が即座に“アレ”をちらつかせると、慌てて自分の口を塞いでいた。・・・賢明な判断だ。 取手は自分を救ってくれたことと、秘密を教えてくれたことの代わりに いつでも力になると約束して、葉佩にプリクラを渡していた。 「君との友情の証に、これをあげよう・・・」 「馬鹿ッ、取手!!自ら危険に首を突っ込むような真似はするなッ!!」 ・・・思わず俺はそう叫んでしまったが、それも仕方のないことだと思う。 あの八千穂でさえ、このときばかりは何も言わなかった。 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ 「―――――――― ・・・ねぇ、皆守クン。」 その後、取手と葉佩がより交友を深めるとかなんとかで お互いの呼び方について討論しているのを遠巻きに見ていると 珍しくそれに参戦しなかった八千穂が、俺に話しかけてきた。 「あ?どうした、八千穂。」 「・・・あたし、なんだか九チャンのこと心配だよ。 でも九チャンは男子寮で生活しなきゃいけないわけだし・・・皆守クン、九チャンのことお願いね。」 「・・・・・・。」 八千穂のいうことも、わからなくはない。 ・・・というより、八千穂にここまで言わせる葉佩が酷すぎるんだろう。 ・・・けれど俺は、八千穂の問いにすぐさま返事が出来なかった。 もし、仮に俺がアイツと一緒にいてやれたとしても、それは―――――― ・・・ 「おーいッ!やっちー、甲!そろそろ帰るぞー!!」 物思いにふけっていると、葉佩がそう叫ぶのが聞こえた。 「うんッ!帰ろッ、九チャン!!!」 聞こえているはずもないのに、お人よしの八千穂は、どこか後ろめたくなったのかもしれない。 とってつけたようなハイテンションで、八千穂は葉佩の方へ慌しく走っていった。 俺は八千穂に何も答えてやることが出来なかったから 葉佩が声をかけてくれて、好都合といえば都合がよかった。 ・・・あのまま八千穂がここにいれば、いずれ答えなくてはいけなくなるだろう。 嘘を吐くのは容易いが・・・何故かそういう気分に、今はどうしてもなれなかった。 「・・・はっちゃん、さっきはごめん。 大丈夫かい?その・・・僕が怪我をさせたところ・・・」 「あぁ、そんなの大丈夫大丈夫!鎌治が気にするような傷じゃないって!! エジプトでの最初の任務なんか、砂漠で遭難して死にかける一歩手前だったしな!!」 「え゛ッ!?」 どうやら討議の結果。あの2人は“はっちゃん”と“鎌治”で決まったらしい。 大したことないと手を振って、遺跡から持ち出した怪しげな品々を 腕の中から落としそうになった葉佩の横に、八千穂が並んで歩きだした。 「九チャン、遺跡で見つけたもの。途中までだけど、半分持ってあげようか?」 「おッ!ありがとう、やっちー!」 「ううんッ!他にもあたしにできることがあったら、なんでも言ってねッ!」 喜怒哀楽がはっきりしていて、相変わらず笑顔のセールスをしている八千穂と まだぎこちなさは残るが、けれども穏やかな微笑を浮かべている取手。 その2人の真ん中にいる葉佩は今どんな顔をしているか・・・それを窺い知ることは出来なかったけれども。 ・・・あんなにめちゃくちゃなヤツなのに、どうしてアイツの周りには人が集まるんだ? そう思って葉佩の背中を眺めていると、葉佩が突然足を止め、くるりと後ろを振り返った。 「おーい、甲!なにやってんだ、行くぞ!」 そう言って、空いた手で早く来いと手招きをする。 そんな葉佩を見て、俺がヤツにつけた最後のレッテルは・・・ ―――――――――――― ・・・ “未知数” 「―――――――― ・・・うるせぇ。言われなくても帰る方向は同じなんだ。 行くに決まってるだろ・・・ったく!」 葉佩九十九、コイツは未知数だ。 本来なら真っ先に切り捨てられるようなヤツだが コイツはなにかやらかすんじゃないか・・・何故かそんな気にさせられる。 ≪秘宝≫に辿り着けずにそのまま終わるのか、とんでもないどんでん返しをやらかすのか・・・ 混沌としていたこの學園に、とんでもないカードが舞い込んできたものだ。 ―――――――――― ・・・トランプでいうところの切り札、所謂ジョーカー。 「おい・・・」 ――――――――― ・・・取りあえず。 「・・・夜なんだ、誰かに見つかったらヤバイだろ。 もう少し静かにしろよ・・・・・・・・・・・・・・・九ちゃん。」 ・・・・監視は続行、だ。 絶対呼ばないと誓ったばかりの、馬鹿みたいなあのあだ名を 俺が小さく呼んだときのアイツの顔は 青白い月明かりの下で酷く鮮明で、そして酷く間抜けに映った。 -------------------------------------------------------------------------- 調査対象≪転校生≫、葉佩九十九についての報告書。 名前 : 葉佩九十九。 性別 : 女だった。だが煩い以外、全くそうは思えない。 腕前 : 馬鹿であるが驚くべき強運の持ち主。 化人にも怯む気配はなし。 特性 : 稀に暴走、全く手に負えない。 何が引き金になっているのかは未だ不明。 危険度 : ・・・未知数。 ・・・よって、≪転校生≫葉佩九十九の調査 および監視を続行する。 調査者氏名 : 皆守甲太郎 -------------------------------------------------------------------------- ―――――――――― ・・・補足。 ・・・このあと、わけがわからないままに 『萌えーーーーーッ!!!!』と叫ぶ九十九に抱き着かれたのは、言うまでもない。 |
|
戯言。 はい、今回は皆守視点の取り留めないお話でした。 謎の転校生と蜃気楼の少年を一気に走りぬけた感じです。 あだ名呼びになるの早すぎですね。読み方には色々意見ありそうですが、くうちゃんにしました。 キュウちゃんだと九官鳥みたいでちょっと嫌なので。 皆守は今後九ちゃんと呼んだり、九十九と呼んだりちょこちょこしますが、まぁお気になさらず。 多分このあたりから、『放課後、いつものマミーズで。』に派生すると思われます。 (思われるってアンタ、自分で書いておいて。) これで九十九が協会から、期待の新人とされるその理由がちょっと垣間見れました。 もうあれですね、九十九はトレジャーハンターというより、萌えハンターです。 萌えがないとなにもできないっていう(笑) 萌えのためならたとえ火の中水の中、どこでも逝きそうデスョ(え?) 皆守のハリセンはこの頃から健在の模様。 何故ハリセンなんか持ってるのか、任那は知りませんが(笑) ともかく、彼のハリセンはずっと活躍することでしょう。いや、スリッパになるのか? そしてこの後寮に帰って、九十九は皆守の腰と鎖骨を世界遺産に(もう黙れ) |
BACK |
2004/11/02