屋上で心地よい風に吹かれ、遮るものもなく空を流れる雲を眺める。 手にしたパイププロップからは、ラベンダーの香りがたち込め、鼻先を掠めた。 それが俺の日常だった・・・・・・筈なんだが。 近頃は俺の周りを、他人の事に首を突っ込むのが大好きな小動物がうろついている。 刷り込み 〜Imprinting〜 「あ、いたいた!やっぱりこっちにいたよー!」 昼休みを告げる鐘が鳴り、保健室を追い出された俺は 階段の傍を通り掛かったときに聞こえてきた、大音量すぎて廊下どころか 1階のフロア中に響き渡っているのではないかと思うほどの叫び声に、思わず頭を抱えた。 ・・・少なくとも保健室にまでは届いているだろう。 クスクスと笑いを堪える保健医の姿が、脳裏をちらついた。 嫌々・・・けれど無視するわけにもいかず 俺は溜息を吐き出すとゆっくり後ろを振り返った。 1階と2階を繋ぐ階段途中の踊り場で、仁王立ちになって叫んでいたのは 細身の体格に似合わず大きめの制服に身を包んだ つい先日この学園にやってきたばかりの、噂の≪転校生≫ ――――――――――――― ・・・東雲截那。 ≪転校生≫というのは仮の姿で、その正体は≪宝探し屋≫ ・・・なのだと本人は言い張るが、常日頃の行動を見ている限り到底そうは思えない。 なんだか知らないが、奴は自分の背丈よりずっと大きいサイズの制服を着ていて お陰でズボンの裾を何重にも折り上げないと、まともに歩けもしない始末なのだから。 ・・・165もないくせに、俺よりも1つ上のサイズなんか着てるからだ、全く――――― ・・・ だからあいつは歩くとき、無意味にぱたぱたと盛大な音をたてる。 無意識のうちに裾を踏まないよう気を付けているせいだ。 ――――――――― ・・・あの歩くたびに音の出る、ガキの履くサンダルではあるまいし。 髪とお揃いの漆黒色の瞳は、ぱっちりと開かれていて いつもお菓子を渡された子供のようにキラキラと輝いているし 行動だってとてもじゃないが、17歳だか18歳だかの男子高校生には思えないほど 動作の1つ1つがちまちまとしていて、忙しない。 ――――――――― ・・・そう、敢えていうなら ≪宝探し屋≫よりも小動物のような奴だ。この、東雲截那という男は・・・ 「あ、本当だ!皆守クン見ーっけ!!」 「・・・大方、昼休みぐらい出て行けと保健室を追い出されたんじゃないか?そうだろ、甲太郎。」 東雲の後ろから姿を現したのは、片方は言わずと知れた 3−Cのお節介焼き、八千穂明日香。 それから、ヤケにスカした態度で話すその男は―――――― ・・・ 東雲と同時期にやってきたもう1人の≪転校生≫、葉佩九龍。 「・・・うるせぇよ。わかってるんなら言うな。」 「皆守!!!俺達と昼飯食べよう?マミーズ行こ・・・わッ!?」 無駄にペンギンのように腕を上下させながら、俺のほうに向かって歩き始めた東雲はお約束にも ずり落ちてきていた、折り上げていたはずのズボンの裾を思いっきり踏みつけ その勢いで前のめりになると、そのまま階段を飛び越し、宙へとダイブした。 「―――――― ・・・截那ッ!!!!」 途端、今までどこか高みの見物を決め込んでいた葉佩が切羽詰った声をあげる。 東雲を掴もうと咄嗟に伸ばした手は、寸でのところで東雲を掴み損ね ギリっと奥歯を噛み締めた葉佩は、東雲のちょうど延長線上。 ・・・つまり、落下地点に1番近い位置にいると思われる俺に、ドスの利いた声で怒鳴った。 「甲太郎ッ!!!截那を受け止めなかったら お前に平穏な日常は二度と訪れないと思えッッ!!!!」 葉佩に逆らったらどうなるか、その事例はもう既に何度か見ているので ・・・・・・けどまぁ、元から助けてはやるつもりだったんだ。 俺は落ちてくる東雲に向かって、両腕を伸ばした。 ぼすっ!! そんな音をたてて、東雲は難なく腕の中に納まる。 けれどそれが、予想以上に衝撃もなければ、苦でもなかったので 俺は驚いて、少しばかり抱きとめた東雲を手放すのが遅れた。 受け止めたというより、落ちないよう押さえた。そんな表現がぴったりなくらい、東雲は軽かった。 廊下に降ろされた東雲は、すぐさましゃがみ込み せっせとズボンの裾を折りあげると、俺を見上げてへらりと笑う。 「皆守、ありがとう。」 「・・・お前、それでも本当に≪宝探し屋≫なのか? なんの変哲もない階段から落ちるなんて・・・」 それでも、あれだけの遺跡を怯みもせずうろついているだけあって さっぱり動じていないところはさすがといっていいものなのか、俺は少々迷った。 「俺はどっちかっていうと頭脳派だからいいの。そういうのは九龍の担当だよ。」 「截那、無事か!?怪我は!?」 慌てた様子の葉佩は、数段抜かしで階段を駆け下りてくると 俺からひったくるようにして東雲を奪い、どこか怪我でもしていやしないかと 腕を持ち上げたり肩を叩いたりして、しつこいぐらいに確認していた。 「大丈夫だよ、九龍。皆守はきちんと受け止めてくれたもん。」 「・・・そうか、よかった・・・助かったよ、甲太郎。ありがとう。」 葉佩は心から安堵したようにそう言うと、一瞬だけ驚くほど優しい眼差しで東雲を見つめる。 「截那クン!よかった、無事で!今度から気をつけなきゃ駄目だよ?」 「うん、ありがとう。驚かせてごめんね、八千穂。」 「ううん!截那クンが無事でほっとしたよ。でないと、葉佩クンが大変なことになっちゃうしね。」 「―――――――― ・・・まったくだぜ。」 この≪宝探し屋≫達は、所謂パートナーというやつらしく、お互いのことをとても大切にしている。 特に葉佩は異常なまでに東雲を溺愛していて、東雲に(色んな意味で)手を出した・・・ あるいは出そうとしたヤツは、例外なく葉佩の手によって沈められている。 その記念すべき犠牲者第一号は、なんと校務員の境で “卑猥な目付きで截那を見るな!!”というのがその主だった原因らしい。 そもそもそのとき、境はどうも八千穂を狙っていたらしいんだが・・・まぁそれはいいとして。 同様に誤解やらなんやらで被害を被った哀れなヤツが、他にも数名いるのだと風の噂で聞いた。 「よし!じゃあ一段落したところで、マミーズにお昼食べに行こう!」 「・・・・・・誰が行くなんて言ったんだよ。」 元気の有り余った様子で、勢いよく手を振り上げる東雲を横目に 俺が小さく呟くと、それをしっか聞き止めたらしい。 すっかりいつもの調子を取り戻した葉佩が、さっきとは別人のような声で言った。 「―――――― ・・・けれどなんだかんだいって、結局最後は付いて来るんだろう? だったら最初から余計な体力は使わずに、行くと答えてしまえばいいのに、甲太郎。」 「・・・・・・・・わかったよ、いけばいいんだろうが。」 知ったような口調がなんとなく癪だったが、葉佩の声がある程度の脅しを含んでいたので そこまでのリスクを犯してこいつらとの昼食を回避する必要もないかと、俺は渋々了承する。 すると葉佩は満足そうに微笑んで、俺を見て1回だけ頷いた。 「その通り。」 「やったぁ!!!さすが葉佩クン!!ねぇ、早くいこうよ!」 「・・・はいはい。」 「明日香は元気がいいな。・・・じゃあ、行くか。」 八千穂は今にも走り出したいのを、必死に堪えているかのように スキップしそうになりながら、俺達を先行して歩き出した。 旗から見ても、浮かれきっているのが丸解りだ。 葉佩はそれを微笑ましそうに見つめ、八千穂の歩幅に合わせてゆっくり隣を歩いている。 東雲のこととなると盲目的になる葉佩も、女には基本的に等しく優しい。 最も、今の八千穂がそんなことに気付くはずもないが。 だがそうなると、必然的に俺と東雲が並んで歩くことになるわけで。 やはり東雲は当然のように、俺の隣にヒョコヒョコとやってきた。 その仕草が一生懸命に親鳥の後を追いかける、小鴨のように見えたのは・・・ ――――――― ・・・多分、気のせいだろう。 「・・・東雲。八千穂のヤツ、なにをあんなに浮かれてんだ?」 問うと、東雲は一瞬八千穂に視線を走らせて それからポンと手を合わせ、“あぁ、あれね”と言った。 「さっき、皆守に会う前にね。九龍が八千穂になにか1つ奢ってあげるって話になったんだよ。」 「あぁ、なるほどそれでか。」 俺が納得のいった声を出すと、東雲はなにが面白いんだかくすくすと笑う。 「―――――――― ・・・ところで、東雲。」 「ん?なに?」 「お前、体重いくつだ?」 「え・・・・・・・・47キロ、ぐらいだったかなぁ・・・?それがどうかした?」 東雲は首を傾げると、少し躊躇った仕草をして・・・それから驚くべき数値を口にした。 異様に軽いとは思ったが、さすがにそこまでとは思っていなかった。 ――――――― ・・・それじゃまるっきり、女の体重だ。 「・・・オイオイ、ちゃんと飯食ってるのか?もっと食ったほうがいいぞ、軽すぎる。」 「そう?」 「・・・あぁ。今日は俺がカレーでも奢ってやる、だからもうちょっと太れ。」 「本当!?じゃあ皆守には俺がカレー奢るッ!!!」 「―――――――――― ・・・それじゃ意味ないだろうが。」 「え!?なになに!?皆守クンが奢ってくれるの!?あたしもあたしも!!!」 「やかましい、お前は食いすぎだ!そもそも、葉佩に奢ってもらうんじゃなかったのかよ!?」 そんな滑稽な言い争いをしている俺達を、葉佩は少し離れた位置から なにもかもわかりきったような、優しい眼差しで見ていて。 ――――――――― ・・・それがやっぱり、俺には癪で。 お前は俺の、なにを知っているって言うんだよ。 けれどそれこそ、何様のつもりだって話だ。俺は葉佩の、何を知っている? ≪転校生≫であること、≪宝探し屋≫であること――――――― ・・・それから? ・・・結局何を考え、思っているかなんて、本人にしかわからないのだ。 ・・・だから俺は、“こんなのも悪くないかも知れない”なんて思い始めている自分に 瞳を背けて、気が付かないふりをした―――――― ・・・ どうせ誰にも、わからないのだから。 |
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戯言。 はい、こんにちは。微妙に皆守視点でお送りしました。 まずタイトルについてですが、これといって深い意味はありません。 敢えていうなら、皆守を追いかける截那の姿が刷り込みなのだと言うことで。 皆守を追いかけろ、という指令が刷り込まれてるんです、彼女は。 今回のテーマは、周囲をうろつく2人の≪転校生≫のせいで なんとなく、色々と変わっていってしまいそうな予感を噛み締めている皆守の心境・・・というか近況(笑)です。 まだ転校してきてそんなに経っていない時期なので、呼び方が苗字だったり ちょっと遠ざけている感じが残っているようにしたつもりなのですが、うまく表現できてるといいなぁ。。 ちなみにこの時点で皆守は、まだ截那の性別にさっぱり気付いてません。 性別云々以前に、小動物だと思っているからです(笑) だから女の子に対してあんな失礼ぶっこいてるんですね〜。 まだ性別がばれていないので・・・時間軸的には3話終了時ぐらいでしょうか。 ところで九龍妖魔學園紀は、世間では皆守が大人気のようですね。 ときたま見せる病み加減が、皆守もなかなか嫌いじゃないと思う。いや、本命は取手なんだけどね(笑) 皆守は自分と少し似ているところがあるので (口癖がまるっきり同じだということは秘密です・笑) 無視はできない感じです。なんかヒロインっぽいし(爆笑) 取りあえず、主人公‘sとの日常編でした。こんな感じに仲良しさんになっていきます。 それにしても本当に双子とか兄弟好きだよね、自分。 最後に今後の展開についてですが、截那のお相手は 皆守やら鎌治やら真里野やらに手を出しつつ・・・となりそうです。 九龍は・・・少々検討中。九龍も截那との恋愛対象に・・・というか 争奪戦に参戦させたほうがよいのでしょうか? それともノーマルに、他の女の子キャラとくっつけたほうがよいのですかね? 他の女の子だったら、白岐になるかとは思うんですが・・・。 意見等がありましたら、お聞かせくださると幸いです。では。 |
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2007/10/28