昨日と違う今日という日常











この9月、両親の仕事の都合を理由に天香学園3年C組に転校してきた≪転校生≫、東雲截那。

だが≪転校生≫とは世を忍ぶ仮の姿。
その正体は天香学園に眠る遺跡を発掘しに来た、≪宝探し屋≫である。
しかもそのうえ、男として在籍し、男子寮で生活してはいるが
東雲截那
―――――――― ・・・本名葉佩截那は、正真正銘の女の子である。


昼間はおとぼけ≪転校生≫、夜はプロの≪宝探し屋≫
・・・そんな彼女の朝は、意外にも早い。
鳥達が囀りはじめる頃、彼女は昇る陽と共に起床する。




「・・・ん。もう、朝か・・・」




誰にともなく呟いて、枕元に置いてあった上着を引っつかむと
截那はもう1度、伸ばした腕を布団の中に引っ込め、今度はすっぽり頭まで潜る。
布団を被ったままもごもごと数回蠢いてから、まるで亀のようにひょっこり顔を出した。
注意深く、カーテンがきっちり閉まっていることを確認すると、彼女はやっとベッドから這い出る。


・・・万一朝早くから外を散歩している奇特な人間がいたとしても、女だと決してばれないためである。
こんな朝早く、しかもカーテンも念入りに閉め
ドアまで施錠してあるのに誰かに見られるなんて、あまり有り得る話ではないが、用心に越した事はない。




「・・・はぁ。あんまり、疲れ取れてない・・・」




昼間は授業をきっちり6時間ほど受けて
夜は夜で化人の現われる危険な遺跡に潜り、深夜まで命がけの探索作業。


それを毎日繰り返しているのだから、≪宝探し屋≫も楽ではない。
―――――――――― ・・・彼女の朝は、中々に憂鬱である。


まずは起きて顔を洗い、髪を撫で付けて、いつも通りにサイズの合っていない学生服を慎重に着込む。
頬を軽く2、3回叩いて気を引き締め、鏡に映っている自分の姿が
葉佩截那という女の子ではなく、東雲截那という男の子になっているかを確認した。




「・・・よしっ!」




これで準備は完了。だが彼女の朝の仕事は、これだけでは終わらない。
低血圧で朝に弱い義兄九龍と、常に気だるげで眠がっている同級生を起こさなければならないのだ。


・・・ちなみに、皆守本人は起こさなくていいと常々言っているのだが
周囲の賛成票多数で(八千穂、九龍、夕凪、白岐によるもの)
休日を除く毎朝、截那は皆守を部屋まで起こしにいっている。


あともう小一時間で朝食が始まる時間になると、截那はまず、九龍の眠るちょうど真正面の部屋に向かう。
九龍の部屋は十中八九鍵が掛かっているが、合鍵を預かっているので、その点は問題ない。


鍵を開けて部屋に入ると、もう随分空も明るくなったというのに
九龍は眠りを阻害された様子もなく、すやすやと気持ち良さそうに眠りこけていた。




「・・・九龍。九龍起きて、朝だよ。」

「・・・・・ん」

「・・・・ほら、コーヒー入れてあげるから。いい子だから早く起きて。」

「・・・・・・。」




截那が根気良く、寝惚けてまともな返事もロクに返せない九龍に、優しい声を掛け続けると
布団に埋もれてビクともしなかった九龍が、しばらくしてやっと薄く瞳を開いた。




「・・・・・・・・・截那。」

「おはよう、九龍。」




まるで舌足らずの子供のように名前だけを呟いて
あどけない笑顔をみせる九龍の髪を軽く梳いてやると、截那は彼にコーヒーを入れてやるために
レトルトカレーを作るのが関の山じゃないかと思われる、簡易な作りの台所に立った。


普段周囲からは、九龍のほうが截那よりしっかりしているように思われがちだが、朝だけは立場が逆転していた。


部屋に常備してあるポットからお湯を注ぎ、ほんわりコーヒーのよい香りが部屋に立ち込め始める頃には
九龍もなんとか目を開けて、今まで眠っていたベッドに多少うつらうつらしながらも腰を掛けて座っていた。




「はい、九龍。コーヒーだよ。」

―――――――― ・・・ありがとう、截那。」




パジャマ代わりの寝巻きのままで、九龍は截那からカップを受け取ると、コーヒーを一口含んだ。




「・・・うまい・・・」




寝起き直後より、些かはっきりしてきた口調で呟く九龍に、截那は満足そうに頷いた。




「じゃああたし、これから皆守起こしてくるから。九龍は二度寝しないで、ちゃんと着替えててね。」




截那が人差し指を立てて言うと、九龍はコーヒーを飲みながら、声には出さずにこくりと頷いた。
その姿に心なしか不安を覚えながら、截那は更なる強敵皆守の部屋を目指す。




「・・・さて、次は皆守か・・・これは難関だなぁ。」




まず最初の問題は、皆守の部屋も多分鍵が掛かっているだろうことである。
九龍の隣の部屋の前に立ち、ドアノブを回すと
予想通りガチャと鍵の掛かっている音がして、それ以上ドアノブは回らなかった。




「やっぱり、鍵掛かってる・・・仕方ない。」




予想していた事態とはいえ、截那は軽く溜息を吐く。
そしてポケットからヘアピンを取り出すと、それを真っ直ぐに伸ばして、鍵穴に突っ込んだ。


カシャカシャ、カチャン。


やがてそんな軽い音と共に鍵の開く音がして、截那は一転にっこりと微笑んだ。
仮にも≪宝探し屋≫なんてものをやっているのだ、鍵の開錠はお手の物である。
自慢じゃないが鍵開けだけは、胸を張って九龍よりも得意だと言えるのだから。

証拠隠滅に、ヘアピンを器用に元の形に戻してドアを開けると
彼がいつも吸っているランベンダーのアロマの匂いが、部屋いっぱいに充満していた。
以前、ラベンダーは不眠症を解消してくれるのだと皆守は言っていたが
だから彼はいつも眠そうにしていて、あんなにもすぐ眠れるのだろうか?






・・・今度、よく眠れるか試してみようかな。






そんなことを思いながらザッと室内を見回し、截那は皆守の眠るベッドへと近づいた。




「おはよう皆守。朝だよ、もうそろそろ起きなきゃ。」




布団をしっかり肩まで掛けて、まるで巨大な煙草か
そうでなければ葉巻のようにくるりと丸まって眠っている皆守の体を揺さぶりながら
截那は皆守を起こそうと、必死に声を掛けた。


すると、今まで丸まってピクリとも動かなかった布団がもそりと動き
向きを変えた布団巻きの中から、皆守がいつもと変わらぬ眠そうな顔で、かったるそうにこちらを見あげてくる。
皆守は自分を揺すり起こしているのが截那だと認識すると、途端呆れた声を出した。




「・・・截那。お前。また勝手に人の部屋の鍵開けたのか・・・」

「だって、外からじゃ間違いなく皆守起きないでしょ?」

「・・・・・・・・・。」




皆守はくせのある髪の毛を、わしわしと乱暴に掻き乱すと
あー・・・と親父臭く唸りながら、截那に向けてこいこいと手招きをする。




「・・・???」




素直に皆守のいうことを聞いて、截那が顔を近づけると
皆守は今までとろんと眠そうにしていたのが嘘のように素早い動作で截那の腕を掴み
彼女の腕を引っ張って、勢い良く布団の中に引き込んだ。

不意を突かれた截那は、ほとんど正面衝突をするようにして
皆守の布団と思いっきりキスをする羽目になる。・・・勢い良くぶつけた鼻は、ちょっとだけ痛かった。




「・・・っぶは!!ちょっと、皆守・・・!!」




抵抗を試みるものの、元から皆守と截那では体格が違いすぎる。
截那はあっという間に丸め込まれ、抱き枕よろしく、皆守に抱え込まれてしまった。




「・・・いいから、お前も寝ちまえよ。・・・ふぁーあ、ねむ・・・・・・」




言いながらも皆守は、もう夢の世界に旅立つ一歩手前だ。
だんだんと重くなる皆守の腕が、截那にそのことを教えてくれている。




「・・・皆守ぃ・・・」




捨て猫を髣髴とさせる情けない声で名前を呼んでみるものの
彼はすぅすぅと規則正しい呼吸を返すばかり。
截那はこっそり溜息を吐いて、それからすぐ近くにある皆守の顔を改めて見上げた。





あ。皆守って、結構まつげ長いんだ。





普段は気付けないそんなところに気付いて、なんだか截那は少しだけ楽しくなった。





・・・なんか皆守の布団って、ラベンダーの匂いが染み付いてる。





今皆守は眠っているのだから、アロマを吸っている筈はないのに
まるでラベンダーの花畑にいるような錯覚を起こすほどの、むせ返るラベンダーの香り。
・・・そんなとりとめもないことをツラツラと考えている内に
截那は驚くべきことに、瞼がだんだんと重くなってきていることに気が付いた。





・・・もうちょっとすれば、きっと九龍が来るだろうし。





今ここで、ちょっとでも気を緩めれば。
截那の意識は、すぐにでも睡魔に持っていかれるだろう。

それでもいつもなら、その先に待つ寒さに凍えて飛び起きるのに
隣で眠っている皆守の温かさのせいか、妙に安心してそれもない。





・・・それまで、いっか・・・





眠りに落ちる前は、いつも不安で。
次に目を覚ましたとき、自分の大事なものが消えているんじゃないかと怖くって。


それなのに、ここ最近はどうだろう?
この前も、鎌治の心地良いピアノの音を聞きながら、眠りこけてしまった。
びくびくと何時くるかわからない何かに怯えながらではなく
いつの間にか、気付かないうちに訪れる眠り。
・・・こんな感覚は、天香学園に来るまで。もうずっと長い間、忘れていたのに。






ラベンダーって、本当に安眠作用があるのかも・・・






今度、皆守に分けて貰おう。
そう思ったところで、截那の意識は完全に途切れた。







■  □  ■  □  ■  □  ■  □  ■  □  ■






ザクッ!!!






ヒュッと音をたてて耳のすぐ脇を掠め、切り裂いた何かと
背筋の凍るような寒気に、布団でぬくぬくと過ごしていた皆守の意識は、一気に覚醒した。




「・・・一体うちの截那に、なにしてくれちゃってるのかな〜?」




そこには、自分と截那に覆い被さるようにして
遺跡探索用のコンバットナイフを力強く握り締めている九龍の姿があった。
目の前には、つい今し方まで枕だったものから溢れ出たのだろう
真っ白な鳥の羽が、ちらちらと雪のように舞っている。
一歩間違えば、あっという間に自分も、無残な姿にされた枕の仲間入りだ。




――――――――――― ・・・く、九ちゃんッ!?」

「・・・言い訳は?あるなら聞くけど、どうする?甲太郎。」

「いや、その、これは・・・!!!」

――――――――― ・・・あぁ、無いのかい?言い逃れはしないって?
潔いね、甲太郎。それでこそだよ・・・・・・!!

―――――――― ・・・おいッ、ちょっとま・・・ッッ!?!?」







AM 7:00
天香学園男子寮では、誰かの怒声と叫び声が響き渡った・・・らしい。



















戯言。


すみません、またくだらないお話を書いてしまいました(汗)
駄目ですね、もっと、こう・・・甘い話を書かないと!
この話も本当は、Wordで3ページくらいの小話のつもりだったんですが
気が付いたら悠に6ページ超え・・・この無駄な後書きまで入れたら8ページ弱ですか。

実は任那、取りとめもない日常会話って書くの結構好きなんです。
だから気が付くと糖度高めのお話じゃなくて、こういう意味のないものが出来ちゃったり。
でも今回はその中でも異色で、どうでもいい彼等の日常生活の中に
伏線やらいわく付きの過去やら、色々と織り交ざっていたりします。

一見なんお変哲も無い行動にも、任那の中では意味があったり
鎌治さんのピアノのお話なんか、脳内では別のお話として構成があったり。
そういう作業は、ちょっと楽しかったなぁ(笑)





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2004/12/07