Happy Halloween !!
〜九十九編〜










バッターーン!!






まるで落雷のような轟音を轟かせて、その部屋のドアは勢い良く開かれた。
常人ならば耳を押さえるだろう、鼓膜の破れそうなその音に
けれどこの部屋の主、皆守甲太郎は少しも動じた様子はなく。
ただ、咥えていたアロマプロップをおもむろに口から離しただけだった。






・・・というのもここ数ヶ月、彼にとってこの喧騒は
日常的なものになりつつあるからだ。






ドタドタドタッ!!






気配を消そうともしない足音は、間違いなく彼女のものだろう。




「甲ーーッ!Trick or Treat!!」

「・・・はァ?」




予想通りといえば、予想通りだ。
嵐を連想させる葉佩九十九の、相も変わらず唐突な登場と発言に
しかし皆守は慣れきった様子で、またか・・・とでも言いたげな顔をした。


始めは、このいきなり無断で部屋に侵入して来る行為を止めさせようと
皆守も奮闘したものだったが、“障害があればあるほど萌えるッ!!”だとかで
九十九は一向に忠告を聞き入れようとはせず、あまつさえ鍵を抉じ開けようとしたり
仕舞いには爆薬を仕掛けて扉をぶち破ろうとまでしたので
最終的には皆守が根負けして、先に折れた。


横になっていたベッドの上で、気だるそうに上半身だけを起こすと
皆守はパイププロップを持ったままの手で、九十九の後方・・・部屋のドアがある方向を指差す。




「・・・おい。ドア壊したりしてないだろうな、九十九。」

「ないよな、ないよな?お菓子ないよなッ!?あ、カレーは受け付けないぞ!?」




九十九は皆守の話を聞こうともせず
これといって代わり映えもしない室内を、わたわたと忙しなく辺りを見回した。
全くもって予想通りの反応に、皆守は軽く溜息を吐く。




「・・・前から常々言っているが、お前少しは人の話聞けよ。」

「・・・というわけで、悪戯決定ーーーーーッ!!!




けれどもやっぱり、いくら言っても九十九が皆守の話を聞く素振りはなく
キラリと瞳を輝かせると、ベッドにいた皆守目掛けて、自分もベッドへとダイブした。
――――――― ・・・いや正確には、皆守の腰目掛けて。






がばぁっ!






九十九が飛びついてきたその反動で、ベッドは波打ち
スプリングが異様なほどに大きな音をたてて、ギシリと軋む。

・・・九十九に幾度となくコレをやられているので
皆守はいつか自分のベッドが壊れてしまうのではないかと、それだけが心配だった。




「ッ!?いきなりなにしやがるッ!?」

・・・ジーザスッ!!ハロウィン万歳!!!」




まるで、お気に入りのぬいぐるみを抱き締めるかのように
九十九は皆守の腰にサッと腕をまわすと、さわさわと怪しげな手つきで撫で回し、それから満足そうに叫んだ。


墓地の地下に広がるあの遺跡で、神の名を語る化人に遭遇する度
“神様なんているわけないじゃん”、と言い切って
なんの躊躇もなく銃や剣で薙ぎ倒しているのを散々見ているだけに、皆守は呆れてものも言えなくなった。


信心深いキリスト教徒であったなら
日本神話の神々を否定することはあっても、神がいないとは言わないだろう。




「いつも神なんてクソ喰らえって言ってるヤツが、都合よくキリシタンになるな。
普段とやってることは何ひとつ変わってないじゃねぇか。」




そうぼやきながら、皆守は再度アロマを口に咥え直し
いつものようにプカァと吹かした。




「あーもー・・・鎖骨萌え〜〜・・・」




・・・その下で、皆守の腰にコアラの如く、ひっしとしがみついた九十九が
まるで何百万円もする大粒のダイヤモンドでも見るかのように
恍惚とした表情で、上・・・つまり皆守の鎖骨の辺りを眺めている。
こうしているときの九十九は、染み付いた油汚れより何倍もしつこく
自分にピタリとくっついて離れようとしないことを、悲しいことに皆守は熟知していた。



以前は九十九のこの行為が、皆守は本当に鬱陶しいだけだったのだが・・・
――――――― ・・・近頃は少々、不本意ながらその事情が変わってきてしまっている。



しかし九十九は相変わらずなので、全くといっていいほどそのことに気付いていないだろうし
皆守も生半可なことでは、その“変化”を容認したくはない。

・・・自分は一体どういう神経をしてるんだと、考え始めてしまったらキリがなく
ショックで一生立ち直れない、なんてことになりかねない。




「・・・他のヤツらにも、悪戯とやらを実行してきたのか?」



そう尋ねると、とろんとしていた九十九の瞳に
途端キラリと熱い光が宿ったのが見えて、皆守はちょっと後悔した。




「当たり前だろ!?ただでさえ魔女やら狼男やらコスプレ萌えだってのに
ハロウィンを口実に、公衆の面前で堂々とお触り出来るんだぞ!?
こんなお祭り早々あるもんじゃないッ!!俺がそんなチャンス、逃すわけないだろうが!!!

「・・・熱く語るような内容じゃねぇだろッ!」






バシィッ!!!






「・・・イタッ!」




ほぼ九十九専用と化しているスリッパで、思いっきり脳天を引っ叩いてやると
九十九は項垂れ、ボフッと皆守のセーターに顔を押し付けた。

これで少しは静かになるかと皆守は思ったが、その考えは甘かった。
彼女が今度は、くっくっくと肩を震わせて笑い始めたのだ。
洞穴の奥から響いてくるような不気味な笑い方は
本当に黒塚にそっくりで、似たもの同士だなと頭が痛くなった。




「・・・・・ふっふっふー。甲、聞いて羨ましがるなよッ!?
まずはウォーミングアップに、黒塚と互いに萌え対象について熱く語り合うところから始まって
茂美と己の萌えポイントについて濃くッ、深く語り合った後
肥後からスナック菓子を奪取し、夕薙の厚い胸板に飛び込んで頬ずりをして
そして焦る鎌治を無理矢理押し倒した惰性で
あまつさえ逃げる真里野の着物の合わせ目から手を突っ込んで脱がせ
ドラキュラの扮装をさせて心行くまで堪能してきたッッ!!!」

「この変態がッ!!」






スパーーン!!






「アイターー!?」




鼻息も荒く、長ったらしいセリフをノンブレスで告げた九十九の頭上に
再び皆守のスリッパが投下された。

皆守が“はぁ・・・ッ”と深い溜息を吐いて九十九を見ると
彼女はベッドに投げ出した皆守の足の上にまたがったまま
2度に渡って叩かれた頭を、手で必死に擦っているところだった。





「・・・・・・そもそも、一体何処からそんな服調達してきたんだ?」

「リカに頼んで作ってもらった・・・。」

――――――――― ・・・椎名か・・・」




どこをどう間違ったのか、取手に続く九十九の従順にして盲目的な信者である
彼女の姿を思い浮かべて、皆守はまたもや頭痛と戦う羽目になった。
思わず額を押さえた皆守の服の袖に、ぐいっとなにかの重みが圧し掛かる。

―――――――――― ・・・それは九十九の腕だった。




「ふっふっふ!そして勿論甲のぶんも用意してあるのさッ!!」

「なにッ!?」




皆守は慌ててその場から逃げだそうとしたが
如何せん九十九が膝の上に乗っているので、身動きが取れない。
そうしている間に九十九の手が伸びてきて、皆守の首をすぅっとなぞった。


―――――――― ・・・その顔には、勝利を確信した笑み。


これもヤツの緻密な策略だったのかッ!!
皆守は例え一瞬でも、九十九を侮った己を悔やんだ。




「・・・フフフフッ!甲には・・・これだッ!!」

「!?」




一体そんなものをどこに隠し持っていたのか・・・
九十九の腕には、いつの間にか茶色を基調とした衣類一式が抱えられていて
此れ見よがしに、無駄にバサリと大きな音をたてて
九十九は皆守の目の前に、それを広げた。


「じゃじゃーーーんッ!!!全国腐女子の意見を反映し、狼男だッ!!!さぁッ!
付属の獣耳と尻尾をつけて、その色っぽい鎖骨とエロい腰つきを万人の下に曝すがいいッ!!


「・・・この変質者がッ!」






スコォォーーンッ!!






「・・・ふぎゅッ!!」


三度皆守のスリッパが、90度直下という実に絶妙な角度で九十九を捉える。
九十九はズルズルとずり落ち、シーツに顔を伏した。




「・・・・・・全く、それじゃ警察に通報されても文句は言えないぞ?」




皆守が呆れた声で言うと、シーツに顔を埋めていた九十九の指が
ピクリと反応をみせ、ぼんやりと床を眺めながら、うわごとのように囁いた。




「警察?・・・あぁ、警察も萌えだよねぇ・・・制服とか征服とか・・・(←!?)
・・・ミニスカ○リスもいいし、あとは手錠使った拘束プ・・・」

「真ッ昼間からなに言うつもりだッ、この色魔ッ!!」






スパコォォーーンッ!!






・・・皆守の振りかぶったスリッパが、再び空を切り裂き唸りを上げる。
流石に4回目ともなると、九十九といえど復活するのにも多少の時間を要した。
皆守は九十九に対するツッコミ(?)の手を、1度たりとも緩めたことはない。
目尻に軽く涙を滲ませながら、九十九が恨めしげに顔を上げた。




「・・・もうッ、軽い冗談だろ!?それにしても色魔って・・・なんか厭らしい響きだなァ。

「お前が言うと冗談に聞こえないんだよッ!・・・・・・それから、いい加減離れろ。」




なんだかんだいって、ベッドにダイブしてきたその時から
九十九はずっと皆守にくっつきっぱなしだった。
何度スリッパで叩かれようと、九十九は決して離れようとはしない。
皆守は今更ながらにそれを許容していたことに気が付いて
・・・半ば無駄だと悟りつつも、九十九を自分から引き剥がそうと試みた。




「こらッ。・・・おい、離れろってッ!!」

「だッ、誰が離れるもんかッ!!」




・・・ところが皆守の予想通り。
引き剥がそうとすれば引き剥がそうとするほど、九十九はぎゅっと腕に力を籠め
絶対に離れるもんかとばかり余計に強い力で、皆守の腰にしがみついてきた。


これ買ってくれなきゃ帰らないッ!


そんなふうに玩具屋で駄々を捏ねる、子供の姿が脳裏に浮かぶ。




「嫌だッ。甲の腰って、抱き心地も触り心地も最高なんだもん。俺もう離れられないよッ!」




妙に芝居がかった口調でそういって、九十九が今度は、皆守の胸の辺りに擦り寄ってくる。
その声からは、次に皆守がどのような反応を返してくるのか
それを楽しんでいるような様子がありありと窺えた。






それに皆守は心底深い溜息を吐き
――――――― ・・・・・・






そして九十九を引き剥がすことを、あっさり諦めた。
抵抗すればするほど何かを仕出かすのだったら、放っておくのが一番だろう。
皆守は自分の言い分が、正論として十分に通用することを確認すると
ほとんど咥えているだけと言っても過言ではなかった、アロマプロップに手を伸ばした。

九十九の瞳が片目だけ開いて、上目遣いに皆守の様子を窺う。




「・・・あれ?もう諦めちゃうの、甲?つまんないなー。」




ブー、とわざとらしく口を尖らせて見せる九十九に
皆守は“やっぱりか・・・”と声には出さずに毒づいた。
それでも九十九は、やっぱり皆守にしがみついたままだったが。




「馬鹿がなに言ってやがんだ。・・・他のヤツらにも嫌ってほどセクハラしてきたんだろうが。
もうそれで十分満足だろ、今更どうして俺に構う必要がある?」




―――――――― ・・・自覚をしてしまえば。




それは、軽い嫉妬にも聞こえる。どうして他のヤツに構うのか、と。




・・・・・・自分がいるのに。




けれどそれは、酷く身勝手な自分の都合だ。・・・本当に、勝手すぎる。
皆守は、ふぅっとアロマを吹かして、嫌なざわめき方をし始めた心を落ち着かせた。


吐き出した煙が、ユラリと立ち昇っては掻き消える。
・・・こんな想い、煙と一緒にどこかに飛んでいってしまえばいい。


・・・するとその様子を、何故か無言で見守っていた九十九は
にぃっと悪戯っ子のように笑って見せてから、皆守の腹の辺りに顔を押し付けた。
・・・下のほうから、くぐもった九十九の声が答える。




「俺。好きなものは残しておいて、最後に食べるタイプなんだよねぇ。」

「・・・・・・。」




今にも笑い出しそうな九十九の声から逃れるように
皆守はベッドにゴロンと仰向けになって寝転ぶと、頭の後ろで手を組んだ。
皆守にへばりついていた九十九は、小さく“うわッ”と悲鳴をあげてから
四つん這いになってベッドの上を這いずってくると、皆守と目線の高さを同じにする。

・・・笑っている九十九の瞳が、皆守を捉えて尚一層細められた。




「だから、甲が一番最後。」




そんな九十九の表情に、皆守は否が応でも、こんな格好をしている九十九が
それでも女なのだという事実を、改めて思い知らされた。


重力に抗わず、自分に向かって落ちようとする髪を耳に掛ける細い指。
いつもは服で隠れている白い首筋、普段はあまり見せない優しい眼差し。
自分を見て嬉しそうに笑うその仕草、耳に慣れた心地よい声
――――――― ・・・




―――――――――― ・・・ちッ。」




皆守は舌打ちをすると、くせのある自分の髪をわしゃわしゃと掻き毟り
目の前にある九十九の顔を、できるだけ正面から見ないようにして、吐き捨てるように言った。




「・・・・・・・・・勝手にしろッ。」




皆守がそう言うと、そのセリフが予想外だったのか
九十九はきょとんと瞳を丸くして
押し倒しているといっても強ち間違いではない体勢のまま、皆守を見下ろした。




「え・・・・・・じゃあ鎖骨の上辺りにキスマークつけてもいいのッッ!?






スッパアァァーーーンッ!!!!






「いいわけあるかッ!?」

「むぎゅうッ!?」




本日1番の良い音が響き渡り、皆守の両脇についた腕で体を支えていた九十九は
スリッパで叩かれた反動で、皆守の上にべちゃっと崩れ落ちてくる。
そんな彼女の様子に、皆守は我知らず失笑を漏らし・・・そして、呟いた。

・・・もし、そのときの皆守の表情を見ることが出来ていたら
きっと九十九は、また絶叫に近い叫び声を上げて、皆守に抱き着き直していたところだろう。




―――――――― ・・・全く、お前ってヤツは・・・
つくづく馬鹿だ馬鹿だとは思ってたが、正真正銘本物の馬鹿だよ・・・」









・・・こうして、九十九が男子寮全土を巻き込んで大暴走したこの年のハロウィンは
後に伝説として、七不思議と共に生徒達の間に語り継がれることになるのだが・・・









「・・・も、駄目。甲が叩きすぎたから・・・・・俺、今日ここで寝る・・・」

「・・・ッておい、九十九!?馬鹿ッ!
他人の部屋のベッド占領して寝る奴があるかッ。こら、そのまま寝るなッ!!!
どうせはしゃぎすぎて疲れただけだろ、九十九ッ!!!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・すー・・・」

―――――――――― ・・・俺よりも寝るの早いのかッ!?)









―――――――― ・・・そんなこと、彼等がまだ知る由もない。














戯言。


・・・はい。遅ればせながらハロウィンネタ、九十九編です。
一応、6話終了時を目安に書いています。

今回、ちょっとだけ最後のほう糖度が濃くなって
書いているときはよかったのですが、見直した任那はちょっとひきました。
そろそろ皆守さんが、じわじわと大王に変貌しつつある気がします。受けっぽい攻めが基本。

いや、でもハロウィンって萌えですよね!?なんか任那大好きです、ハロウィン。
そして色々なサイトさんを拝見したところ
皆守を狼男に仮装させているサイトさんが多かったので、それを反映して狼男に決定です。
・・・うん。強ち間違ってないだろうしな。

皆守は関わるなとか、だるいとか、ドライです、とかいってる割りに
構ってもらうというか、皆守〜vって懐かれると、愛情が上昇しちゃってる気がします。
鬱陶しいとか口ではいいながら、実はその人が大好きだったりするタイプ。
関係ないといいながら、すっごい気にしてあまつさえヤキモキしてると思うよ!
なんだかんだ言って寂しがりの構ってさんなんだね・・・愛が欲しいんだよ、きっと。(しみじみ)
そんな皆守さんに、うちの九十九は溢れるほどの愛を連打する日々です。相関図にすると・・・


九十九→皆守 : 世界遺産の腰と鎖骨
九十九←皆守 : 守ってやる


・・・わりに合いませんね、皆守さん(苦笑)
でも大丈夫、きっと裏相関図とかあるから(え?)





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2004/11/04