□ 偽善者の恋 □ |
「ロロナ?」 気が付けば、先程まで聞こえていた音が止んでいた。 フラスコやビーカーが微かにぶつかり合う、まるで囁きのような音。 このアトリエの主が調合を行うときに生じる、もうステルクの耳にも馴染んだ音だ。 近頃の彼女は錬金術の腕も大分上達して、無闇に鍋を爆発させることもなくなった。 以前のようにステルクが、付きっ切りで見張っている必要もない。 また1つ、彼女が自分を必要とする理由がなくなったようで少し寂しい気もしたが、それを抜きにすれば錬金術が上手くなったのは良いことだ。 そうしてすっかり手持ち無沙汰になったステルクは、彼女の紡ぎ出す音をBGMに、アトリエの隅で剣の手入れをしていたのだが ―――――― やはり、目を離すべきではなかったのだろうか? 慌ててステルクが振り向くと、ピンク色の塊がテーブルに突っ伏しているのが視界に留まった。 無造作に投げ出された腕に、一瞬良くない想像が頭を掠めたが、その背中が規則的に上下しているのを見てほっと息を吐く。 物音を立てないようそっと近付くと案の定、彼女は参考書をテーブルの上に開いたまま眠りこけていた。 彼女が眠ってしまうのも、無理はない。 数週間前、普段は街の人からの依頼を細々とこなしているこのアトリエに、久々の大仕事が舞い込んできた。 これまでも、ロロナのことを気に掛けている王や次期大臣候補からの依頼は度々あったが、今度は国からアトリエへの正式な依頼だ。 国からの依頼は個人の依頼と違って、一定の品質を保つこととアイテムの量が求められる。 ロロナと手伝いのホムだけでやっているこのアトリエでは、量産しなければならない仕事は厄介な部類に入るのだが、その提出期限がちょうど昨日だったのだ。 ステルクも本を参考にしながら口出しするぐらいなら出来るが、如何せん錬金術など習ったことがない。 知識としては理解できても、実際に手を出せば、爆発ばかり起こしていた頃のロロナの足元にも及ばないのだ。 結局ロロナとホムに頑張って貰うしかなく、提出期限前の数日間、彼女達は寝る間も惜しんで働いていた。 口では平気だと言っていたが、やはり疲れていたのだろう。ホムなんかは元々それほど睡眠を必要としないようで、朝から足りなくなった材料の採取に出掛けていったのだが、ロロナはとうとう耐え切れず、調べごとをしている最中に寝入ってしまったようだった。 「・・・なんだ、眠ってしまったのか。」 大分女性らしくなってきたと思ったが、寝顔はまだこんなにもあどけない。 ずり落ちそうになっていた、彼女のトレードマークとも言える帽子を取ってやり、髪を指で軽く梳く。 帽子に押さえ付けられてペタリとしていた髪は、するりと指の合間を滑って触り心地が良く、それがステルクの興味を引いた。 「君は少し、無防備すぎるな。」 無邪気ゆえの無防備さは出会った頃から相変わらずで、外見は大人になりつつあるのに、こんなところばかり子供のままだ。 いつも風に靡かせているケープがないと、ロロナの服装は首から胸元にかけて露出が多く、自分のような男の目には毒だというのに、それに気付く様子もない。 毎日ステルクがどんな想いで一緒に暮らしているか、聞かせたら彼女はどんな反応をするだろうか? 試してみたい気持ちに駆られる一方で、彼女が寄せてくれる信頼を裏切りたくないとも思う。 髪を絡めていた指が耳を掠め、そのまま項をなぞって首筋にまで降りていっても、ロロナが目を覚ます気配はない。 いくら眠いのだとはいえ、余程信用されているのか、あるいは男として見られていないのか・・・考えれば考えるほど複雑な気持ちになって、ステルクは小さく苦笑した。 アトリエに寝泊りするようになったのは、アストリッドに彼女を頼まれたからだったが、全く打算がなかったわけでもない。 出会った頃に比べてすっかり大人びてきた彼女を、既にあの頃のステルクは1人の女性として見ていた。 アストリッドとの約束を果たす為だけにここまでしていると思われているのなら、それは少々ステルクを過信しすぎだろう。 彼女の幼馴染などにはすっかり見抜かれているというのに、当の本人だけが気付いていないのだから困ったものだ。 緊張して眠れないようだったのは最初の数週間だけで、すぐこんな風に無防備な寝顔を晒すようになってしまった。 ・・・まぁ、そんな彼女の警戒心の足りなさを良いことに無理矢理アトリエに転がり込んだのだから、あまり強く非難出来る立場にはないのだが。 「―――――――― ・・・早く、気付いてくれ。」 苦しげに呟いて、ステルクはロロナの眠りを妨げないようそっと、その細い首筋に唇を寄せた。 外気に晒されて冷たくなった肩に、自分の羽織っていたマントを掛けて、目に焼きついて離れない白い素肌を覆う。 俺は、君が思っているような人間じゃない。 だからそんな風に、信じきった瞳で見ないで欲しい。 なんの思惑もない上目遣いに、庇護欲よりも別の感情が湧きあがる。 歳を重ねる毎に綺麗になっていく君に、いつまで親切な人を演じていられるか自信がない。 けれどまだ、君は昔と同じように微笑みかけるから――――――― ・・・ 「早く、早く―――――― でないと、俺は」 その先を言葉にするには、まだ躊躇われる。 声になる寸前で呑み込んだ言葉を口付けに変え額に落とし、せめて彼女の眠りが安らかであることを祈った。 |
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ステロロ同盟に参加したくって、フォルダから発掘してきたステロロです。 ロロナのアトリエが発売された当時、まさかこんなにCP要素があるとは思っていなかったので、萌え滾るままに書いたものです。 考えてみれば、ダグエリといいマリリズといい、アトリエシリーズは大抵騎士×錬金術師に嵌っている気がしますね。・・・それにしても、今読み返して見ると色々とお恥ずかしい(笑) |
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2010/07/17
執筆:2009/07/19