“これまでありがとう”


それはあまりにも衝撃的で、予想していた以上の効果をに齎した。
・・・最初、それが自分にとって衝撃だったのだということにもわからなかったほどに。


「うわっ、っ・・・!」


教科書を取り落としたことにも気付かずに、はただ呆然と離れていく葵の背中を見送っていた。






PainxSad+Sick=Love? Lv 1






その翌日、はひたすら頭を抱えていた。
短い休み時間と放課後以外、学校には授業という厄介なものがあるが、内容が入って来ないのだから聞いていたってしようがない。
1・2時間目をぼんやりと上の空で過ごした後。は教室を抜け出して、いつものように生徒は立入を禁止されている普通科の屋上に向かった。
冬の空気はまだ肌寒かったが、今は頭の中がごちゃごちゃになっていて、それぐらいがちょうどいい。



・・・なにかした?



考えながらヘッドホンを耳につけて、CDプレイヤーの電源を入れる。
・・・無意識のうちに入れ替えていたCDの曲目はドヴォルザークの『アメリカ』で、それがを更に落ち込ませた。

あれから、は明らかに葵に避けられていた。
何度も声を掛けようとしたけれど、その度に用事があるからとか急いでいるからとか言って、葵はさっさとどこかへ行ってしまう。置いて行かれたは、最初と同じようにぼうっと彼を見送るだけ。
今日はたまたまそんな気分で、明日になったらいつもの葵に戻っているかもと期待もしたのだけれども、やっぱり葵は素っ気無いままだった。


「・・・わかってるわよ。」


わかっている。今の葵が“普通”なのだ。


「寒い・・・」


いつも暖かいと感じていた筈の日差しも、今はちっとも暖かくない。
そういえば、冷たいコンクリートの上にはいつも彼がハンカチを広げてくれていた。
突然鼻の先がツンとしてきて、は投げ出していた足を引き寄せると、擦り付けるように膝に顔を埋めた。

・・・わかっている。“普通”は好きだと言っただけで花を贈ったり、ハードルで転倒しただけで保健室に運んだりしないし、まして自分の傷に塩を塗るようなことをわざわざ買って出たりはしない。今ぐらいの態度のほうが、寧ろ“普通”なのだ。


「・・・」


けれど、それはの知っている葵の“普通”ではない。に対する加地葵の“普通”は、そうでなかったのだ。


「・・・戻ろ。」


指先が悴んできた気がして、ゆっくりと立ち上がった。
指を気にするなんて本格的にヴァイオリニストみたいだなんて苦笑しながら、重い扉を開けて校舎に入る。
すると扉を閉めたところで、壁に立てかけてある袋が目に入った。葵が読む予定本を入れている紙袋だ。
その奥に隠されるようにして、がCDとプレイヤーを入れている缶がある。


「はあ。」


大きな溜息が漏れた。吐いた息と一緒に力まで抜けて、思わずその場にしゃがみ込む。
・・・には、ひとつだけ葵の変化の原因に心当たりがあった。


“私だったら、そこまでされたら重たく感じてしまうわ。”


あの、都築さんの一言だ。
けれど翌日は普段と変わらない様子だったし、就任式のコンサートのときも普通だった。だから、大丈夫なのだと勝手に思っていたのだけれど・・・


「・・・あのとき、そんなことないって言えてれば良かったのかな。」


だって、なんて言えばわかってもらえるのかすぐには思い付かなかった。
嫌われたのかもしれない。菜美は“加地君があんたを嫌うなんて絶対ありえない”と言っていたけれど、葵は優しさも気遣いもたくさん与えてくれたのに、はたった一言の言葉さえも返してあげられなかったのだから。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・痛い。」


1日中そればかり気にして、こんなに落ち込んで。随分と調子に乗っていた自分に気付く。
それが当たり前なのだと思い込んでいた傲慢な自分に。


「・・・どれだけ葵に寄り掛かってたのよ、。」


人知れず呟いた言葉は、人気のない廊下に溶けて消えた。









戯言。

アンコール初のお話は、やっぱり加地でした。彼の通常ルート、第3段階を過ぎた頃の視点の話です。
しかし加地は引継にしろ通常にしろ突っ込みどころが多すぎですね!(褒めてますよ?)

本当は続き物ではなかったのですが、当初の予定より長くなってしまったので(現在も執筆中)ここで1度切りました。なので、まだまだ続きます。
・・・ただ、続き物にすると問題なのが書き上げられるかなんですけど、ね(汗)




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2007/10/08