「おっ、おはようございますライトさん!!!・・・あ、あああああそうだったッ!僕、朝食の支度してきますね!!用意が出来たら降りてきてください!!!」


ホープの巻き起こした風が、寝起きで普段よりも癖のついている髪を揺らす。ひとり取り残されたライトニングは、自分以外誰も居ない廊下でぽつりと呟いた。


「・・・・・・・・・・・・おはよう、ホープ。」


セラとスノウの結婚式の翌日。顔を合わせた途端、挨拶する間も与えずキッチンへ駆け込んでいったホープの態度は、明らかにおかしかった。



 



□ 恋心に効く薬 2 □






身支度を整えてキッチンへ向かうと、そこではホープが慣れた手付きで朝食の準備をしていた。一緒に暮らしているわけではないが、ホープは今日のように度々ライトニングの家に泊まっていく。彼が泊まっていくときは、翌日ライトニングの仕事が休みであることが多いので、そういうときは決まってホープが朝食を作ることになっていた。

セラほど得意でないとはいっても、ライトニングだって一切料理が出来ないわけではない。そりゃあ時々は鍋を焦がすこともあるが、概ねまぁまぁのものが出来上がる。それでも彼が朝食の用意を買って出てくれるのは、警備軍の仕事で忙しいライトニングを気遣ってくれているのだと、最近になって漸く気付いた。


「ホープ。」


名前を呼ぶと、エプロンを付けた後姿がびくりと震えた。
自分とは違うやりかたで畳まれて枕元に置かれていた上着と、丁寧に潰されてビニール袋に詰め込まれていたビールの空き缶の数を見て、ホープには大分迷惑を掛けたようだと思っていたが、今の態度を見て確信した。

どうやら酔っ払ったライトニングが、ホープが気まずいと思うような“なにか”をしでかしたらしい。以前セラにも注意されたことがあるのだが、ライトニングは限界を超えるとほとんど前触れなしに酔うタイプのようで、しかも相当に酒癖が悪いようなのだ。そのうえ酔っている間のことを、本人は綺麗さっぱり忘れてしまっている。

今回だって、スノウのことを信じていないわけではないが、ずっと2人で生きてきたセラが自分の手を離れてしまうのが寂しくて、自棄になって缶ビールを開けたことは覚えている。家まで送ってくれたホープが心配して何度も止めてくれたことも、そんな彼に“お前も飲んでいいぞ”と言って、10本目の缶を空けたあたりまでは覚えているのだが、如何せんそのあとの記憶がない。

なんとも性質の悪い癖だが、ライトニング自身がお酒をそれほど好まないことと、限界に達するまでの許容量が大きいことから、仕事の付き合いで飲みに行く機会はあっても、これまで問題なく過ごしてきた。
――――― だがここにきて、それをホープに対して発揮してしまったらしい。


「その・・・ホープ、昨日のことなんだが。」


足音をさせながら近付くと、ホープは目に見えて動揺した。器用な彼にしては珍しく、ライトニングが1歩近付く度に、ガシャン、ガランゴロンと、断続的に食器や器具をぶつけたような音がする。
セラも詳しくは話してくれなかったから、自分がどんな風に酔っ払うのかはわからない。けれどあの優しくて快活な妹が言葉を濁すくらいだから、余程なのだろう。それならば、ホープに嫌われてしまったとしても当然だ。


ホープに嫌われる。


その言葉だけが妙に重く圧し掛かって、背に向けて伸ばしかけた腕をそっと下ろす。歩幅3歩分の距離を残して、ライトニングはそれ以上ホープに近付くのを止めた。


―――――― ・・・すまない、迷惑を掛けたようだな。」


普段から、あれだけ年長者ぶっておいてなんて情けない。そんな自分の姿を見て、ホープがどれだけ失望しただろうかと思うと、気持ちが沈んでいくのがわかった。
それ以上ホープを見ていられなくて、視線を伏せる。自分がどんな醜態を晒したかわからないが、彼にどう思われただろうかと想像すると怖かった。なんと言って責められるかと、今から身が竦む。


「そんなこと・・っ、迷惑だなんて思うわけが・・・っっ!!」


ところが、ホープの反応はライトニングが予想していたものとは大分違っていた。
振り向きざま、悲鳴じみた声で叫んだホープの剣幕に思わず目を瞠る。そんな風に言われるとは思ってもいなかったが、なによりホープが声を荒げたことに驚いた。

子供の頃こそ、感情を持て余して周囲に当り散らすことが多々あったものの、彼は今では仲間の内でもサッズの次に温厚な性格をしていると思う。年齢は7つも上だが、ホープを差し置いてライトニングやファングのほうが感情的になることが多いほどだ。

彼がこんな風に感情を顕にしたのは、一体何年ぶりのことだったか。驚きのあまりホープの顔を仰視していると、そのことに気付いたホープが気まずそうに顔を逸らした。そして何事もなかったように、徐に食材を刻み始める。

その背中が、懐かしいガプラ樹林を旅した頃の幼いホープを髣髴とさせた。ライトニングはあのときと同じで、確かに伝えたいことがあるのに、上手く言葉にすることができない。肩を落として踵を返そうとした、ちょうどそのとき。


「・・・・・・迷惑じゃ、ないですよ。」


とんとんとんと包丁で食材を刻む規則正しいリズムに紛れて、ぽつりと呟かれた言葉にライトニングは足を止めた。小さな声だったので空耳かとも思ったが、後ろを向いたままのホープの耳が赤く染まっているところをみると、どうやらそうではないらしい。


「・・・本当に?」
「はい・・・ライトさんに関わることで、僕が迷惑だと思うなんてそんなこと、絶対にありませんから。」


どうしたらいいのかわからないのは、どうやら自分だけではないらしいとわかって、ライトニングは今度こそホープとの距離を詰めた。自分よりも大きくなった彼の背中にそっと手をあてると、体に少しだけ緊張が走り、包丁の音が不自然に踏鞴を踏む。
料理をしている最中に、こんな風に近寄られて邪魔にならないわけがないが、それでも彼はライトニングを振り払おうとはしなかった。たったそれだけのことが、こんなにも嬉しい。


「そうか・・・ありがとう、ホープ。」
「・・・お礼を言われるようなことじゃ、ないですよ。」


素直に礼を告げると、そんな答えが返ってきた。照れているのか、くすぐったそうに身を捩るホープに悪戯心が湧いてきて、両の掌と額もこつんと押し付ける。子供の頃は、ライトニングの胸にすっぽり収まるぐらい小さかったのに、随分と大きくなったものだ。


「ところで、ホープ。」
「なんですか?ライトさん。」


さっきと比べると断然柔らかくなっているホープの態度に安堵して、ライトニングはずっと疑問に思っていたことを尋ねた。


「私は酔っている間、一体お前になにをしたんだ?」











恋心に効く薬の続きといいますか、ホープが初めてライトニングが酔っ払ったところを見たとき、スノウとセラの結婚式の日の翌日の話です。時間軸でいうと、1よりもちょっと前になりますか。

多くのサイトさんでは、ライトさんが任那ぐらい料理ができないことになっていますが、エピソードゼロをちらっと見た限り、料理は出来るけど歴のわりに上手くないくらいなのかなと解釈しました。そんなわけで、うちのライトさんは結構普通に料理します。・・・たまに鍋焦がしますが(笑)




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2010/02/14