軍人という職業は、本当に勤務時間が不規則だ。 朝が早いときもあれば、昼ぐらいからのときもあり、ときには詰所で夜を越すこともある。 毎日同じ時間に起きて学校へ行き、大抵決まった時間に家に帰るホープの生活とは、大分リズムが異なる。 それでも彼女の口から、一言もそのことに対する不満を聞いたことはない。 活動時間帯が異なるということは、会える時間が少なくなるということでもあるから、ホープは彼女らしいと思いながら、そのことが不満でもあった。 そして今日も、世間一般的には休日だというのに、ホープの想い人はいつもと変わらぬように目を覚まして出掛けていく。 「寝ていろと言ったのに・・・」 折角学校が休みだというのに、出勤するライトニングと同じ時刻に起き出したホープを見て、彼女は呆れたようにそう呟いた。 「だって折角だから、一緒に朝食食べたいじゃないですか。」 空いた食器をシンクに運びながら、ホープは苦笑する。 ただでさえ時間が合わないことが多いのだから、ホープとしてはちょっとくらい早起きしてでもライトニングと共に過ごしたいと思うのだが、どうやら彼女は違うらしい。 学校に行くわけでもないホープが起き出してきたことが、お気に召さないようだ。 けれどもそれが、ホープをゆっくり寝かせてやりたかったという彼女なりの心遣いからくるものだと知っているので、ホープも強くは反論しなかった。・・・その代わり、ちょっとだけ意地悪をする。 「それともライトさんは、僕と一緒に食べたくなかったですか?僕は出来るだけ、ライトさんと一緒に食べたいって思っているんですけど・・・」 「・・・・・・。」 聞こえていない筈はないのに、ふいっと逸らされた視線がホープの言葉を肯定する。 心なしか耳が赤くなっているように見えるのは、多分気のせいではないだろう。 そっけなく見える彼女の態度は、以前の自分だったら間違いなく落ち込んでいただろうが、今は違う。伸びた身長のせいだけでなく、色々なことが見えるようになっていた。 ほら、あなただってそう思ってくれているのに。 決して言葉にはせず、けれど否定もしないライトニングが愛おしくて堪らない。 嫌なものは嫌だと、はっきり口にする性格だと知っているから尚更だ。 何事もなかったように身支度を整えるライトニングの手が、使い慣れたホルスターを上手く付けられずにいるのを見つけてくすりと笑うと、返事の代わりに顔目掛けて手袋が飛んできた。 |
□ 眠る間さえ、惜しいほど □ |
「それじゃあ、いってくる。」 ライトニングが出掛ける時刻になると、ホープが片付けを中断して玄関まで見送りにやってきた。 後片付けを任せてしまっているうえに、見送りまでさせてしまうのはなんだか申し訳なく思えて、何度か必要ないと言ったのだが、彼は頑なに首を縦に振ろうとはしない。 両親を早くに失くしたから、セラ以外の人間に送り出して貰うのは久しぶりで、少しだけくすぐったい。 「はい。いってらっしゃい、ライトさん。」 「ああ。」 エプロンを付けたまま見送りに出てきてくれたホープに、自然と頬が緩むのがわかる。短く返事をして、にやけた顔を隠すように前を向いた。 ――――――――― 可愛い。 この年下の恋人は、なにかにつけてはライトニングのことを可愛いと言う。 ライトニングに言わせれば、自分などよりホープのほうが余程可愛いと思うのだが、これを言うと彼が落ち込むので最近はあまり口にしないようにしていた。 ホープに軽く手を振って歩き出す。ブーツの踵がアスファルトを蹴る規則正しい音を聞きながら、ライトニングは今日の予定を思い浮かべた。 朝の訓練のあと、時間帯毎に街のパトロール。近頃は、どこの都市も以前に比べて魔物の出現率が上っていたが、それでもコクーンは概ね平和だ。 実戦経験豊富なライトニングは、時折各地の警備軍やPSICOMも交えた対策会議に出席することなどもあるが、今日はそういった仕事はない。 なにも問題が起こらなければ、定時で切り上げられる筈だ。 “僕は出来るだけ、ライトさんと一緒に食べたいって思っているんですけど・・・” そう思ったとき、不意にホープの言葉が脳裏を過ぎり、ライトニングは足を止めた。 今日のように早番のときは一緒に朝食がとれるが、遅番のときは勿論、夕食はばらばらになることが多い。 なるべく早く帰るようにはしているのだが、仕事が終わる直前に魔物を見かけたという通報があったりすると、確認せずに帰るわけにはいかない。そういった理由で、早番の日でも彼と夕食を共にできるかどうかは半々ぐらいの確率だ。 待たせておいて帰れないのも悪いから、いつもは先に食べているように言っているのだが―――― 「・・・・・・。」 「ライトさん・・・?」 “今日は早く帰れそうだから、夕食も一緒に食べよう。”・・・そう告げたら、ホープは喜んでくれるだろうか? 呼びかけには答えぬまま振り返ると、用があると思ったのか、ホープはさっきと同じ体勢のまま、どうしました?と首を傾げてこちらを見ていた。 「・・・・・・・・・。」 「・・・?」 わかっている、時間には余裕を持って動くようにしているが、それでもそうのんびりはしていられない。 さっさと切り出したほうがいいことはわかっているのだが、ライトニングは迷っていた。 もしそう告げたら、ホープは喜んでくれるかもしれない。けれど、タイミング悪く仕事が長引いてしまったら?喜んでくれたぶん、落胆も大きいのではないだろうか。それなら、言わないほうがまだいいのかもしれない。 言うべきか、言わないべきか・・・しばらく悩んだ末、ライトニングは意を決した。 「・・・ホープ。」 「はっ、はい。」 それほどまでに気負ったのか、彼の名を呼ぶ自分の声は必要以上に硬かった。 自分でも驚くほどだったのだから、当然名前を呼ばれたホープの声にも緊張が走る。 きりりと表情を引き締めたホープの真剣な眼差しを見た瞬間、失敗したと思った。 こういうことを言うのはライトニングのガラではないし、あまり期待もさせたくないから、さらりと言って出掛けるつもりだったのに、これでは逆に身構えさせてしまった。 しかし、ここまで言い掛けては引っ込みがつかない。案の定、ホープはじっとライトニングの言葉を待っている。 ホープに喜んでもらいたくて言おうとしたことなのに、居心地の悪さと少々の恥ずかしさで、ぶっきらぼうな言い方になってしまった。 「・・・・・今日は早く帰れると思う。そうしたら、一緒に夕食にしよう。」 言うだけ言うと、ホープがどんな表情をしているかも確かめずに背を向けた。 きっと今のライトニングは、誰にも見せられないくらい情けない顔をしているだろう。そもそも、“ホープが喜んでくれるかもしれないから伝えたい”だなんて発想自体、これまでの自分ならありえないことだ。 どうやら自分でも気付かないうちに、随分この年下の恋人に絆されていたらしい。 顔が熱を持ったように熱く、このぶんだと耳まで赤くなっているに違いなかった。 たったこれだけの言葉を告げるのに、ライトニングがどれだけ緊張して、どれだけ恥ずかしかったのか、ホープにばれるのも時間の問題だ。 そう考えると居ても立っても居られず、ライトニングはこの場から逃げ出したい一心で1歩前に踏み出した。 「・・・!!」 そんなライトニングを、後ろから伸びてきた2本の腕が阻む。ふわりと漂う洗剤の香りと、肩に掛かるこの重さはホープのものだ。 子供の頃とは違う筋肉質な腕が、有無を言わせぬ力でライトニングの体を引き寄せる。 「ホ、ホープ・・・!!」 背中にホープの体温を感じる、首筋にあたる彼の吐息が熱い。 家のすぐ目の前とはいえ、この行為が往来で行われていると思うと、とてもじゃないが居た堪れなくなって、ライトニングは自分を拘束するホープの腕を叩いた。 穴があったら入りたいとは、まさに今の心境だろう。決して嫌なわけではないが、兎に角恥ずかしいのだ。 もしご近所さんにでも見られていたら、もう2度と目を合わせて話すことなど出来そうにない。 早く、誰かに見られる前に離してくれ・・・ッ!! そう必死に願っても、ホープが解放してくれる気配はなかった。彼はライトニングを抱き竦めたまま、なにかを堪えるようにじっとして動こうとしない。 振り払おうともがいてみてもホープの腕はびくともせず、それどころか暴れるなとばかり更に力を篭められてしまった。 ・・・ああもう、恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだ。ライトニングの羞恥心が飽和状態に達しようとした頃、ホープが深い溜息と共にぼそりと呟く。 「・・・そんなに僕を喜ばせて、どうする気ですか。」 「ホープ!頼む、頼むから離してくれ・・・!!」 元々ホープに喜んで欲しくて口にしたくせに、今のライトニングはそのことに気付く余裕すらない。 これ以上は心臓が持ちそうになくて、苦し紛れに堪え性のない子供のようにじたばたと暴れてみたが、やはりホープにとっては大した抵抗ではないようだ。 必死に身を捩るライトニングに構うことなく、或いは聞こえていないかのように、彼は続ける。 「ライトさんが可愛いすぎるから、このまま仕事になんて行かせたくなくなっちゃいますよ。」 「それは、困る!!」 「はい、わかってます。だから、ねぇ。ライトさん・・・・」 強請るように囁かれて、無意識のうちにびくりと体が震える。その僅かな震えを感じ取ってか、頭上でふっと彼の笑う気配がした。 甘えたようなその声は、確かにホープのものなのに、なにかが違う。彼が言葉を発する度、背筋がぞくぞくした。 ――――― この感覚は、知っている。 これは危機感。ライトニングの体が理屈ではなく本能で、身の危険を感じ取っているのだ。 恐怖は人を支配する。まるで、肉食獣を前にした草食獣のように硬直してしまったライトニングに、ホープは我が意を得たりと囁いた。 「キス、してください。そうしてくれたら、離します。」 こういうときの彼の声は、魔法かなにかのようだとライトニングは思う。 その証拠に、さっきまであれほど逃げたくて仕方がなかったのに、ホープが力を緩めても、ライトニングはもう逃げようとは思えなかった。 腕の中で体を反転させ、ホープの胸板に手を添えると、爪先立って恐る恐る唇を重ねる。舌を絡めたわけでもない、触れるだけのキスなのに、呼吸まで奪われた。 「・・・・・・ん」 長い時間のように感じられたそれも、実際には数秒のことだったのだろう。 そっと瞼を開くと、羞恥から息を荒げたライトニングを、ホープが満足げな笑みを浮かべて見下ろしていた。 ・・・どうしてこんなに余裕なんだろうか。以前は、ライトニングの着替えを覗いてしまいそうになっただけで、大声をあげていたというのに。そのことが少々不服ではあったが、彼が嬉しそうにしていれば、それでいいかと思ってしまう自分も確かにいた。 いつの間にか、ライトニングの腰を抱き寄せていた腕が、ゆっくりと解かれる。 離れていく温度を惜しいと思わなかったと言えば嘘になるが、これ以上求めてしまえば本当に仕事にいけなくなってしまうとわかっていたから、黙っていた。 「待ってますから、早く帰ってきてくださいね。」 嗚呼、もう、本当に。 さっきまでの強引さはどこへいったのか、愛おしさの中にほんの少しの切なさを交えてふわりと、まるで昔のように微笑まれて、ライトニングは軽い眩暈がするのを感じていた。 どう足掻いても、この恋人には敵わないよう世界は創られているらしい。 足手纏いにならないように必死になってライトニング達についてきた、あの頃みたいな顔をされてしまっては、庇護欲が疼いて仕方ない。 さっさと仕事を片付けて、出来るだけ早く帰ってくるしかないではないか。 今日はどうしたんだと同僚達に不審に思われながら、必死になって家へ帰ろうとする自分の姿が、今から目に浮かぶようだった。 「――――― ・・・ああ、それまでいい子にしていろよ。」 けれどやっぱりほんの少しだけ悔しかったから、もう自分よりずっと高い位置になってしまった彼の頭を、昔良くしたようにくしゃくしゃと撫でた。 子供扱いには敏感なホープが、不満そうに眉間に皺を寄せる。その隙をついて頭を引き寄せ無理矢理屈ませると、額にそっと唇を落とした。 なにが起こったかわからずに呆けているホープを置いて、今度こそライトニングは歩き出す。 しばらくすると、裏返った声でライトニングの名前らしきものを叫ぶホープの声が聞こえてきて、ちらほら見かけるようになった通行人に紛れながら、ライトニングは声を押し殺して笑った。 思っていた以上に時間を費やしたライトニングが遅刻しそうになったり、真っ赤になったホープが家に戻ってからまた負けたと頭を抱えていたりするのは、また別の話。 |
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あ、れ・・・? おかしい、途中で色々と見失いました。 この話は、ホープくんとライトさんがエストハイム邸にて同棲状態という脳内シリーズの一端です。 ホープくんはハイスクールに通う年齢、ライトさんは突然パルムポルムに転属、最初は別々に暮らしてるけど、ホープ父の単身赴任により 大人になって余裕ぶってる(あくまでぶってる)ホープくんとそれに振り回されているライトさんを書きたかったのですが、思った以上にライトさんのターンになってしまいましたね(内容的にも、長さ的にも) |
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2010/01/29