知ってたかい?


人っていうのは、生き残るために必要なものを本能で欲するんだ。
そうだな、たとえば・・・食欲とか、性欲とか、そういうやつ。


お前がオレを選んだのはね、オレの傍にいればお前が生き残れるからなんだよ。
オレがヒノエだからじゃなくて、オレがお前を護れる人間だったから。
だからお前は、自分の身を護るためにオレの傍にいることを選んだ。
お前が気付いていなくても、きっと多分そういうこと。


でも、これからもっと優しくしてやって。

少しだけ、寂しい思いもさせて。

お前が心細いと思うときは、オレが傍に居てやって。

そうしたら
―――――― ・・・




















「えっ、蜜柑!?食べるっ、頂戴ヒノエ!!」



屋敷に帰る途中、半ば押し付けるようにして手渡された蜜柑を見せたら、予想外の反応が返ってきた。



「蜜柑蜜柑蜜柑!!」

「・・・なに?お前そんなに蜜柑が好きだったの?」

「うんっ、大好き!!!」



満面の笑みで告げたに、ヒノエは拍子抜けして肩を落とした。
のこんな表情は、見たことがない。
蜜柑を与えたとき以外、こんな顔をして見せたことが今まであっただろうか?






02.餌






ある日ヒノエが拾ってきた、このという名の異世界の少女は
ヒノエが今まで思い描いていた女性像とは、掛け離れた生き物だった。

普通の娘達とはかなり毛色が違い、いくらヒノエが耳元で甘く囁こうと、綺麗な着物を贈ろうと
熊野別当という地位を見せつけようとも、彼女は一向に見向きもしない。


―――――― ・・・それが蜜柑1つでこの喜びようとは。


その事実を反芻して、ヒノエは再びがっくりと項垂れる。
まさかこんなところに、大穴が潜んでいるとは思わなかった。
好きな物を与えて気を引くのは、確かに有効的な手段であるが
自分が蜜柑なんかに負けたのかと思うと、やっぱりそれなりに悔しい。



「そんなに好きなら、さっさと言えばよかったのに・・・」



不貞腐れたようにヒノエは言うが、そんな呟きの耳には届いていない。
彼女の意識はヒノエより、既に目の前の蜜柑に集中していた。



「蜜柑っ、蜜柑っ!!!」



は嬉々として瞳を輝かせ、まるで至高の宝石でも見るかのように
蜜柑がたくさん詰まっているだろう袋を、うっとりと熱の籠った眼差しで見つめていた。



「・・・ヒノエ、知っていた?蜜柑の皮は捨てないで、お風呂に入れなければいけないんだよ。」

「誰だよ、お前にそんなこと吹き込んだのは・・・」



そう言いながら、ヒノエは袋に手を突っ込んで、中から蜜柑を1つ取り出す。
は正座をしていたが、待ちきれないとばかりに腰を少し浮かせて
ヒノエの手元にある蜜柑を覗き込むと、急かすように膝を叩いてヒノエを責付いた。



「ヒノエヒノエっ、早く!早く蜜柑頂戴!」



それがヒノエは、なんとなく面白くない。
はお土産の蜜柑に浮かれて、いつもの『おかえり』さえ言うのを忘れているのだ。
ましてや、『ヒノエ』よりも『蜜柑』の方が、口にした回数すら圧倒的に多い。


なんとかして、の意識をこちらに向けられないだろうか・・・?


目が蜜柑に釘付けになっているを横目に、ヒノエの悪戯心がむくむくと首をもたげた。



「わかったわかった。すぐにやるから、少し待ってな。」

「うん!」



疑いもせずにそう返事をしたは、両手を前に差し出して
ヒノエが蜜柑を与えてくれるのを大人しく待っている。
そんなにヒノエはくすりと笑って、手にした蜜柑の皮を剥き始めた。

すっかりヒノエが、蜜柑をくれるものだとばかり思っていた
ヒノエの行動を見て、不思議そうに首を傾げる。
首を傾げるを余所に、ヒノエは蜜柑の皮を剥き終えると
綺麗な橙色をした果実のうちの1房を取り、きょとんとしているの目の前に、それを持っていった。



「はい。」

「???」

、口開けて。」

――――――― ・・・え゛。」



瞬間。


それまで堪え切れず笑みを零していたが、途端ピシリと石のように固まった。
その極端な変化に、内心面白くて仕方がないヒノエだが、決してそれを面に出すような失敗はしない。

目の前に、大好きな大好きな蜜柑を突きだされて
が酷く戸惑っているのが、ヒノエには手に取るようにわかった。

きっと彼女の心の中では、2つの異なる思いが葛藤しているのだろう。
蜜柑は食べたい。けれども、ヒノエが何か企んでいるようだし・・・そんな顔だ。

という少女が普通の娘と毛色が違うとヒノエが感じるのは、こんなところにも理由がある。
はヒノエとほとんど変わらない歳の筈だが、動作の1つ1つがとても幼い。
ときには話し方も、まだ舌っ足らずな子供のように思わせることすらあるのに
それでいて実年齢以上に大人びた、人の感情に酷く敏感な一面も見せるのだ。

そう、例えば今も。いつものならなにも考えず、蜜柑に飛びついて来そうなものなのに
ヒノエから滲み出る何を感じ取ったのか、こうしてそれを躊躇っている。

そんなに追い討ちをかけるように、ヒノエは艶やかな笑みを浮かべて
いつまで経っても蜜柑を食べようとはしないに、わざとらしくつくった声色でこう告げた。



「いらない?だったらオレが全部食べるけど・・・」



その一言がどれだけの威力を持つかはわからなかったが
それはヒノエが思っていた以上に、には絶大な効果を発揮したらしい。
はハッと我に返ると、好物を食べ損ねてなるものかとばかり、大慌てで言い放った。



「た、食べる・・・っ!」



軽く拳を握り締めて言ったに、ヒノエは『してやったり』と口角を吊り上げる。



「そう?・・・じゃあほら、口開けて。」



そう言って、ヒノエは再び蜜柑をの口元に持ってゆく。
はあちこちに視線を彷徨わせ、悠に1分は躊躇ってみせてから
一向に逸らされることのないヒノエの瞳を真正面から見て
やがて諦めたように小さく息を吐くと、そろそろと口を近づけた。



――――――― 薄く、形のよい唇が少しだけ開かれる。



は遠慮がちに、ヒノエを上目遣いに見上げながら
ヒノエの指に触れないよう、細心の注意を払って、蜜柑の端をぱくっと咥えた。
ヒノエが蜜柑から手を離すと同時、はサッとヒノエから距離をとる。
まるで全身の毛を逆立てた猫のような仕草に、ヒノエは面白そうにクスクスと笑った。



「・・・どう、おいしい?」



訊ねると、は口をもごもごさせながらこくりと頷いた。
それにヒノエは微笑んで、また1房蜜柑を手に取る。
は既に諦めをつけたらしく、それを見るや自ら口をそろそろと寄せて、蜜柑を口に咥えた。






○ ● ○ ● ○ ● ○ ● ○ ● ○ ● ○ ● ○ ●






・・・そんなことを何度も繰り返すうち、蜜柑はあっという間に残り僅かになる。
何もしないヒノエに安心したのか、もそれほど躊躇せずに蜜柑を食べるようになっていた。

・・・残りは3房、ここまでは順調だ。
仕掛けるなら、このあたりが頃合だ。最後の1房ともなれば、だって警戒するに違いない。

そんな思惑を巡らせながらヒノエが蜜柑を掴むと、それまでと同じようにの唇が薄っすらと開く。
その瞬間を見計らって、ヒノエは己の指ごと蜜柑をの口の中に押し込んだ。



「んぐっ!?」



唐突のことには驚いて声をあげそうになるが、その悲鳴ごとヒノエに強引に捩じ込まれた。
生暖かい指の感触が、の意思とは関係なしに口の中を這い、好き勝手に掻き回す。
咄嗟に逃れようとしたの舌を、ヒノエの指が器用に絡め取った。
呼吸もうまくすることが出来なくて、苦しさから思わずの眉間に皺が寄る。



「・・・っ!」



・・・そのとき突然、ヒノエが顔を顰めての口から指を引き抜いた。
引き抜いたヒノエの指は、の唾液と蜜柑の果汁で濡れていて、妙な厭らしさがある。
そしてその指には薄っすらと・・・けれど綺麗に、の歯形が残っていた。



「いってぇ・・・そこで噛むか?普通。」

「・・・・ごめんヒノエ、蜜柑と間違えたんだ。」



自分から仕掛けたこととはいえ、不満気に呟くヒノエに
は口元を拭いながら、そっぽを向いて白々しく答えると、残った蜜柑を数回強く噛んでから飲み下した。

ヒノエはに噛まれた指で、手の中に残っていた蜜柑をぽいっと口に放り込むと
最後に見せ付けるようにして、に噛まれた指を丹念に舐めあげる。



「・・・ふぅん?まぁ、いいけどね。とりあえず、ゴチソウサマ。」

「・・・・・・・・・なんだか。」

「ん?」

「ヒノエがどういう風に女の人を口説くのか、まざまざと見せ付けられただけのような気がする。」

「そうか?」

「うん。」



戸惑うことなく頷いたに、ヒノエはニヤリと意地悪く笑った。



――――― ・・・でもこんなこと、他の女性にしたことはないんだけどね。」

「・・・・ふぅーん。」

「あ。信じてないだろ、お前。」

「そんなことはない。ヒノエは話をはぐらかすことはあっても、嘘は吐かない。」

「・・・それはどうも。」



ヒノエは胡坐を掻いていた足に肘を付き、溜息と共にそう吐き出した。
子供っぽく不貞腐れた彼を、はもういつものすまし顔でなんてことなさそうに見つめている。



「ところで、ヒノエ。」

「ん?」

「袋の中にある蜜柑、全部頂戴。」



顔を手で覆い、大きな溜息と共に袋を差し出したヒノエに、『ありがとう』とが言う。
は袋から蜜柑を取り出すと、今度は自分で皮を剥き、むしゃむしゃと食べ始めた。

・・・余程蜜柑が好きなのだろう。
呆れ半分、落胆半分といった気分で、ヒノエは蜜柑を黙々と口に運ぶの様子をぼんやり眺めていた。

最初円形に並んでいた蜜柑は、あっという間に減ってゆき
丸々1個食べ終わった後、は満足そうに舌なめずりをする。
形のよい唇を舐める、舌の動きを目で追って、ヒノエがぽつりと呟いた。



「・・・蜜柑、本当に好きなんだな。」

「うん。甘くてとてもおいしいよ。」

「甘くておいしい、ねぇ・・・?」



なにか考え込むような口調で、ヒノエが適当な相槌を打つ。
皮を綺麗に纏め、上機嫌で新しい蜜柑に手を伸ばそうとしている
考え事が終わったらしく顔をあげたヒノエが、そっと声を掛けた。



―――――――― ・・・なぁ、。」

「なに?ヒノエ。」



はヒノエのほうを見もせずに、返事する。
袋の中を覗きこみ、たくさんある蜜柑の中から、3つ目になる蜜柑を選び出した。


伸ばした腕1つぶん、ヒノエがとの距離を詰める。
それには気が付かない。


ふっと視界が暗くなり、なにが光を遮ったのかと、は顔をあげた。
途端、先程噛み付いたヒノエの指が、の唇をゆっくりとなぞったので、びっくりして少しだけ仰け反る。


一瞬は、もう1回噛み付いてやろうかとも思ったが
軽い口調とは裏腹に、ヒノエの瞳だけはあまりにも真剣で、思わず動きを止めてしまう。



「・・・・・・蜜柑よりも甘いもの、食べてみる気はない?」





―――――――――― ・・・ゴトリ。






今度は驚きで、声も出なかった。
手に持っていた筈の蜜柑が、畳の上をころころと転がっていく
―――――― ・・・


『なにも知らない、何も気付かない、なにもわからない。は、何も――――――― ・・・』

はまるで暗示のように、己にそう言い聞かせた。

けれどそれでいて、どこかで悟る・・・彼は逃がしてくれない、逃げられない。














甘い言葉をいくら口にしても、騙されてくれない。
綺麗な着物をいくら貢いでも、振り向いてくれない。
今はまだ、お前が生き残るためだけに、オレを選んでいるのだとしても。


これから、もっと優しくしてやって。

少しだけ、寂しい思いもさせて。

お前が心細いと思うときは、オレが傍に居てやって。

そうしたらお前は、やっとオレの存在の大きさに気付くだろうね。


そうしたら
――――――― ・・・



『最後にお前が選ぶのは、間違いなくオレだろ?』



なんなら、賭けようか?

オレがいないと生きられないと思わせるように、生きるための本能でオレを選び取るように。
お前をそうさせるだけの自信が、オレにはあるよ?


だから・・・ねぇ?オレをもっと欲してよ。
傍にいないと、苦しくってどうしようもなくなってしまうくらいに。


そうさせるために、オレはたくさんのエサを撒いて、何度でも何度でもお前を呼ぶから。
お前は何にも気付かないふりをしたままで、オレに上手く騙されて?


いつになったらお前は、本能でオレを求めてくれるかな?
・・・・・・ねぇ、お前はどう思う?




――――――― ・・・いつか、なによりもオレが欲しいと言わせてみせるから。』












戯言。


すみませんすみませんすみませんっっ!!!!(土下座)

・・・はい、色々な意味で本当にすみません。
まず偽ヒノエですみません、それからおかしいヒノエですみません。
そのうえわけわからない話ですみません、でもって中途半端でごめんなさい。

気を抜くとすぐこれだからいけないよ、この色魔は・・・!(←それはお前だ)
・・・すみません、嘘つきました。ヒノエじゃなくて、任那が暴走したんです。
中途半端にブレーキをかけたのでこんな話になってしまいました、もうわけわかりませんね。

ちなみには、まだヒノエに手はつけられていないと思われます。
・・・ふ、ふんっ!どうせ任那は変態さ!(開き直り)
それでもって、きっとヒノエも同じくらい変態だと思うよ・・・!!(オイコラマテ)
どのくらいに変態かを任那語で表すと、ヒノエは掠めるような変態で
弁慶はなぞるような変態に分類されます。(どんなだよ)

しかし、この話は時期的にいつなんだろう?蜜柑の季節なので、どうやら冬みたい・・・?
でも1週目だったらこんな展開にはならなそうです。・・・ということは2週目なのだろうか?
けどそれじゃあ、もうとっくには生存本能だけでヒノエの傍にいるわけじゃなさそうだし・・・
あ、ヒノエは1週目の記憶がないから初期段階と変わらず・・・?(独り言多いよ、そこ)

・・・それにしても、この2人はこんな関係じゃなかったはずなんですけど
いつの間にこんなことになってしまったのか・・・う〜ん、おかしいなぁ。

もしこんなんでいいよ、そのまま突き進んじまえよ!!
・・・なんて思ってくださる方がいたら、どこかからこっそりと教えてください。
可能な限り突っ走っちゃおうかなー、なんて(笑)

きっとこの2人、次蜜柑食べるときは口移しですね(爆)





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2005/01/31