神出鬼没、と周囲から称されるだけあって、ヒノエはとても身軽だ。 どんなに高い木の上にだって、ヒノエはまるで飛ぶように、ヒラリと登っていってしまうし 海に出たときも、波間を漂う船の合間を 一段飛ばしで階段を昇るような気軽さで、次から次へと飛び移ってゆく。 17という年齢もあってか、ヒノエの体付きは男の人と少年の中間ぐらいで 女の人の着物を着せても、結構可愛くなりそうなんだけれど・・・・・・って、そうじゃない。 華奢に見える腕はそのくせ、ときどき男以外の何者でもない 力強さを発揮して、をとても驚かせたりする。 ・・・本当に、とヒノエとどこがそれほど違うのだろう? まるで、背中に翼があるかのように軽くて、ときどき周囲をわっと驚かす、彼の突飛な行動には やっちゃんとみっちゃんは勿論、水軍衆の誰もついていけなくて だからは必死になって、ヒノエの後を追う。 ―――――― ・・・だってヒノエは、いつも1人で行ってしまうから。 彼が飛ぶのは速過ぎて、とてもじゃないけれどはついていけない。 追いつくことが出来なくても、先回りすることが出来なくても。 届かない空を見上げながら、貴方のことを追いかけて。 そのほんの少し後ろをついていくことぐらいなら、にも出来るよ。 ・・・だから今日も、人のことを呼ぶだけ呼んでおいて さっさと歩いていってしまったヒノエの背中を、は必死に追いかけていた。 ・・・彼はさながら、自由という名の風に乗って大空を翔る、手の届かない美しい鳥。 けれどもその、両翼には・・・・・ 03.散歩 =篇= 「、おいで。散歩でもしようか。」 何も知らない女の人だったら、うっかり騙されてしまいそうな艶やかな笑みでそう言って ヒノエは行く先も告げずに、ひらりと上着の裾を翻す。 (・・・あぁいう顔をしているときのヒノエは、大抵で遊んでいるときなんだ。) そうしたらは、彼にからかわれているのだとわかっていながらも 置いていかれないよう必死になって、ヒノエの後を追いかけるしかない。 「ヒノエ、何処へ行くんだ?」 平然とした口調を装って訊ねながら、足は常に早足。 優雅に泳いでいるように見えるけど、水面下では努力家の白鳥の気分だ。 だってそれぐらいしないと、はヒノエに追いつけない。 ・・・でも彼は、きっとそれに気づいていながら、を試しているんだ。 きちんと自分を追ってくるかどうか、自分を見つけられるかどうか・・・ヒノエはを試している。 それがどういうことを意味しているのか、は知らないし、知りたくもないけれど・・・。 (・・・知ってしまったら、きっとはどうしていいかわからなくなると思うから、気付かないようにする。) 多分ヒノエは、に追いかけてきて欲しいのだと思う。 ヒノエがそうして欲しいと思うのなら、はなにがなんでもそうしなくてはならない。 そもそもヒノエという人は、熊野の海と同じくらい気まぐれで 突如ふらりと消えてしまうことが多いから、普段から目を離さないよう気をつけるのは大変だ。 彼が本気で姿を眩まそうと思えば、きっと誰も彼を見つけられない。 それでも何処かへ行くときに、彼は必ずといっていいほど、にだけは声を掛けてくれる。 それはが彼にとって、少しは羽を休めることが出来る そんな場所になっていると・・・・・・そう思っても、いいのだろうか。 (・・・それともそれは、拾った者の感じるただの義務感ですか?) ヒノエはと、ほとんど年齢も変わらないのに 熊野別当として三山を統括し、熊野水軍を率いている身だ。 ヒノエはあんな性格だから、決して面には出さないけれど 熊野別当という立場は派手なぶん、それだけ大変なものであることは、傍で見てきたから知っている。 その証拠に、ヒノエはときどき普段の態度からは想像も出来ないほど 真剣な面持ちをして、ひとり何かを考え込んでいるときがある。 そんな彼を知っているのは、きっと彼を追ってゆくだけ・・・いや、知っていても皆どうしようもないんだ。 何を考えているのか、訊ねても笑顔ではぐらかして、答えてくれないのはわかっている。 なにより彼は心配して問いかければ、考えるのをやめてしまうだろうから はそんなヒノエに、そっと忍び寄って 彼の背中を背凭れに、一緒になってその場に座っていることくらいしか出来ない。 でもが相手なら、ヒノエだって熊野別当ではなくて、ヒノエのままで済むと思うんだ。 少しでも、ヒノエの役に立てたらいいと思う。 ・・・・・・だからは、ヒノエを追いかける。 ○ ● ○ ● ○ ● ○ ● ○ ● ○ ● ○ ● ○ ● チラリチラリと視界の隅を掠めてゆく、ヒノエの真っ赤な髪の毛と その鮮やかな髪の色が良く映える、対照的に白い上着。 それは時折残像を残しては、己の行く先を示すようにを導き、もっと奥へと手招きする。 ・・・それを道しるべに、はヒノエの後を追った。 その手腕で、今こそ熊野別当として認められているけれど 彼はなんといってもまだ若いから、先代と交代したばかりの頃は周囲の風当たりも強かったと思う。 それにヒノエは顔も綺麗だから、熊野別当という地位を目当てに 近寄ってくる女の人だって、恐らくたくさんいただろう。 (きっとそれで、あんな風になってしまったんだ。・・・そう、思うことにする。) だからきっと、彼はひとりで立っていなければならなかった。 いつも遊んでばかりで、ちゃらちゃらしているように見えるけれど ヒノエはなによりも――――― 自分自身のことよりも、熊野のことを1番に考えていて。 あんな風におどけて見せていても、人一倍責任感が強い。 飄々とした笑顔のその裏に、時に冷静で時に冷酷な。 熊野別当としての顔を持ち合わせていることも、知っている。 個人の感情を押し殺し、熊野の統治者として決断を繰り返さなければならなかった彼は 口にしなくても、今までどれほどの苦労をしてきたのだろう? ・・・それなのに、ヒノエが誰かを頼っているところはみたことがない。 信頼は、してくれている。 けれども誰かに甘えているヒノエというのは、今までに見たことがなかった。 あのままじゃ、彼は疲れてしまわないだろうか? いつか、壊れてしまいやしないだろうか? 言えばそんなに柔じゃないと返ってくるのは目に見えているけれど ときどきものすごく心配になることがある。それほどヒノエという人は、弱音をはかない。 (・・・甘えることに、慣れていないのだろうか?) だから彼が追いかけて、そして見つけて欲しいと思うときは それを口にしなくても、が見つけてあげなければいけないと思う。 女の人を口説くときはあんなに口が達者なのに きっと自分からは、そんなことを言わない人だと思うから。 もしかしたら、ヒノエはこんな風に思われることを望んでいないかもしれないけれど。 それでも、は――――――――― ・・・ (ねぇ、ヒノエ。少しは甘えていいんだよ?) 物思いに耽っていたは、足の裏にデコボコした木の根っこの感触を感じ、そこで林に入ったのだと気付いた。 少し歩いて・・・は不意に立ち止まる。 いつの間にか、さっきまで確かに見えていた筈の、ヒノエの姿が見えなくなっていた。 「あ、れ・・・?」 辺りを見回してみるものの、ヒノエの赤い髪も、白い上着も見当たらない。 絶対にこちらへ来たと思ったのに、見失ってしまった・・・? 「・・・ヒノエ、どこ?」 ―――――――― さくっ。 ・・・一歩踏み出す。が地面を踏みしめる以外、何の音もしない。 人の声も、呼吸する音も、なにもかも。一人っきりで、置いていかれたような気がした。 ・・・でも違う。絶対この近くにヒノエはいる・・・隠れている、それがわかる。 じっと息を潜めて・・・そして、待っているのだ。 ―――――――― ・・・が貴方を見つけるのを。 根拠のない確信と、独りよがりの使命感を携えて はそのまま周囲に視線を走らせながら、奥へ奥へと踏み込んでゆく。 ・・・少し歩いて、鬱蒼とした林の中にいながら、ふと風がそよいだような気がして、足を止める。 最初に立ち止まった場所から、恐らく10mも離れていない場所で は何気なく頭上を―――― ・・・木の葉に隠れて見えない大空を、見上げた。 「・・・・・・ぁ。」 1番手近に生えていた、樹齢を重ねた大きな木。 その上に、寂しさに震える子供ように膝を抱えて、蹲っているヒノエの姿を見つけた。 「ヒノエ、見つけた。」 が言うと、ヒノエはが来るのを見透かしていたかのように 必要以上にゆっくりと、もしかしたら少し躊躇うように――――― を振り返った。 感情のなかった表情に、にんまりといつもの笑みが広がる。 「やっと来たね、少し遅かったんじゃない?」 この距離なら、ヒノエを呼ぶの声が、聞こえなかった筈はないのに ヒノエは開口一番に、素知らぬ顔でそう告げた。 「違う、が遅いんじゃない。ヒノエが、木の上に隠れているのがずるいんだ。」 ヒノエはたまに、こうやっての前からも姿を眩ましてしまうけれど でも今のところ、のヒノエ発見率は100%を誇っている。 ヒノエが1度姿を消してしまうと、隠密行動を得意とする烏の皆でも 探し出すのは酷く難しいらしいから、これはちょっとだけ自慢だ。 「・・・おいで、。」 そう言って、ヒノエがに手を差し伸べる。 差し伸べられたヒノエの手に、は迷わず手を差し伸べ返した。 ヒノエの大きくて固い手が、の手を掴んだ。 それほど力を込めていないのに、ちょっとやそっとじゃ振り解けないだろう。 この手を掴む、一方的なその力強さ。あまりに強く掴むから これが声に出さないヒノエの願いなのではないかと、妙な錯覚を起こしてしまいそうになる。 はヒノエの期待に添えているだろうか?・・・ふと、訊ねたくなるときがある。 家族、友達、家・・・が向こうの世界に置き忘れてきてしまった様々なものを。 ぽっかりと開いてしまった穴を、ヒノエが埋めてくれたように はヒノエの足りないものを、補えているだろうか?・・・彼の、望むものを。 ヒノエに引っ張って貰いながら、幹に足を掛けられそうなでっぱりを探し、木を攀じ登る。 少しだけ、足が地面から離れたと思った瞬間 ヒノエのもう片方の手が、腕の下を通って背中にまわり、はそのままぐいっと引き上げられた。 まるで背中に羽が生えたような浮遊感があって、一気に地面が遠くなる。 気が付いたときには、はヒノエと同じ枝にまで登っていた。 ヒノエの顔が、吐息の掛かりそうなくらい近くにある。 「・・・でも、お前はいつもオレを見つけてしまうね。」 「すぐ、見つかるようなところにいるのが悪いんだ。」 即座に答えてやると、ヒノエはくすくす笑いながら言った。 「じゃあ次は、もっとうまく隠れることにするよ。」 ・・・・・・達がしているのは、散歩じゃなくてかくれんぼなのか? 一瞬問いかけてみたい衝動が湧き上がってきたけれど、どうしても聞けなかった。 ヒノエがいつもの、人をからかうような笑みじゃなくって ちょっと困ったような、くすぐったいような柔らかい表情で笑っていたから。 ・・・・・・あぁ、そうか。 まだあどけなさの残る、飾らないヒノエのこの笑顔が、は好きなんだ。 そこにあるのが熊野別当ではなくて、ヒノエ自身の感情だとわかるから。 ○ ● ○ ● ○ ● ○ ● ○ ● ○ ● ○ ● ○ ● ・・・こうしてまた、ヒノエの気まぐれを許容して 終止符を打ち忘れたこの奇妙な“散歩”は、多分これからも幾度となく繰り返されるのだろう。 認めてしまったは、またあの笑顔を見たいだなんて、愚かにも願ってしまい。 1度味を占めたが、彼に抗えるわけもなければ、逆らえるわけもなかった。 またノコノコとヒノエの後を追いかけて、そのまま深みに誘われてゆく。 どんどん埋もれてゆく足元には、気付かないふりをして――――― ・・・ うまく誘い込まれているだけのような、気もするけれど。・・・でもまだ今は、このままでいい。 『・・・たまには、誰かに甘えてもいいんだよ?ヒノエ。』 声に出さないこの願いは、貴方の手を掴む力を伝って、貴方に届くでしょうか? 「おいで、。」 「ヒノエ、待ってよ。」 自分を呼ぶ彼の声に、迷うことなく返事を返して―――――― ・・・ 「さぁ、今日はどこへ行こうか?。」 もし、この先にあるのが底なしの沼だったとして。 1度深みに踏み込んだら、2度と抜け出せないとわかっていても それでもきっと、はしっぽを振って、知らない振りをしてついていく。 ・・・それで貴方が少しでも、微笑んでくれるのならば。 |
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戯言。 えー・・・、すみません。任那ってヤツはノリだけで文章書くのが得意でして・・・ 毎度のことながら、書いている本人にも良くわからなくなってきたのですが 確かコンセプトは、フッと姿を消してしまう飼い主を、健気に追いかける・・・だったと思います(汗) そんな感じで、ペットを躾ける10のお題『散歩』、篇・・・お届けですッ。 ・・・ぶっちゃけわけわからない話になっとりますが!!! ・・・もう、もういいよ。無駄な抵抗はよそうよ、任那(笑) えーっとヒノエさん、首輪だけ付けてリードなしの放し飼いです。 それでも律儀に、彼女はご主人さまを追いかけますが。うん、可愛い(阿呆) ちなみにこのお話、もとは1つだったものをそれぞれにわけたものなので ヒノエ篇と微妙にリンクしていますが、同じ出来事を別視点で書いた感じではありません。 つまり、似たようなこと何度も何度も繰り返してるんですね、彼等は(笑) 任那的ヒノエとのテーマソングは、Janne Da Arcの『QUEEN』だったりします。 ヒノエはの躾けに成功・・・しているのだろうか?(苦笑) あの歌詞の流れからすると、反対に取って食われちゃうよヒノエさん・・・ッ!!! ・・・任那さん。わけわからない話が出来ちゃったからって、そろそろ落ち着きましょうね。 |
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2005/02/09