「・・・ヒノエは、このためにを拾ったのか?」

―――――― ・・・は?」



ヒノエはこのときほど、自分を情けなく思ったことはなかった。






07.鳴いちゃだめ






がそう訊ねたのは、ほとんど無理矢理にオレが望んだ、情事のあと。
さっき重ねたばかりの肌は、まだしっとり汗ばんでいて
はぐったり横たわったまま、暗闇の中気だるそうにオレを見ていた。



『・・・オレのこと、嫌い?』



嫌いだなんて、絶対にが言わないとわかっていて
耳元で吐息を吹きかけながら、オレは低く、意地悪く訊ねてみて。
予想通りに、弱々しかった。けれどしっかり首を横に振った、の耳を甘噛みして。

それでオレは、了承を取った気でいた。

に全てを伝えたつもりで、にも伝わっているものだとばかり思って。
彼女が自分に対してだけ、聞き分けが良すぎる悪いクセを
甘さと熱に浮かされて、理性とともにすっ飛ばし、すっかり忘れてしまっていた。


・・・こんなことならば、欲しい欲しいとがっつかなければ良かったか。


今更ながらに、少しだけ後悔の念に駆られる。
けれど、彼女を抱いたことを後悔しているわけではない。
そこまで余裕を持てなかった、自分自身の脆い理性を叱咤してやりたい気分だ。
今ならちょっと本気で、自分への情けなさで泣けるかもしれない。
はぁっと息を吐いて項垂れると、本気で溜息を吐いたオレに気付いて
は体を起こしてオレの、やっぱり汗ばんだ髪に指を通しながら、申し訳なさそうな声を出した。



「・・・ごめんなさい、ヒノエ。もう、言わないから・・・」

「あー・・・いや、そうじゃない。そうじゃないんだよ、。」



彼女の細い指を掴んで頬へ持ってゆき、起き上がるのも辛いだろう彼女の体を押し戻す。
男である自分の指よりずっと細いそれは、掴んだ手に力を籠めれば、簡単に折れてしまいそうで
あれほど熱に浮かされた後だというのに、思いのほか冷たかった。



「?」

「・・・お前はさ。オレが自分の欲求を満たすためにお前を拾ったと、そう思ってるわけ?」

「・・・そうではないの?」



半眼になって唸るように告げれば、相変わらずの調子でそう返ってくる始末。



「あのなぁ・・・オレはお前に、ただ欲情したわけじゃ・・・いや、確かにそれもしてたんだけど。」



1人気まずい気分になって、ちょっとだけ視線を逸らす。
――――――― ・・・した、してたよ。
オレの前ですっかり女になったお前に、思いっきり欲情してた。



「オレはね、快楽が欲しくてお前を抱いたわけじゃないよ?」



力尽くで捻じ伏せようとすれば、お前はすんなり
体だけオレを受け入れちまうだろうし・・・これ以上オレにどうしろって?



「・・・違う、のか?」



オレを見つめるの瞳は、違うと言って欲しいような、言って欲しくないような・・・そんな色をしていた。
・・・それがわかるから、今まで伝えることを躊躇っていたのだけれど
ここまで来てしまったらもう、仕方がないのかもしれない。



「・・・・・・違うって。全く、今までお前はどんな眼でオレを見てたんだか・・・」

「ごめん。」

「謝るなよ、悪いのはお前じゃなくてオレだろ?」



・・・もしかしたら、彼女の心もその指みたいに冷え切っているのだろうか?
それならそうと早く言ってくれれば暖めてやれるのに、彼女は頑なに冷え切っていることを認めようとはしない。

お前だけがオレのことをわかってるわけじゃない。
・・・オレもお前のこと、これだけ一緒にいるんだ。そろそろわかってきてるんだよ。

・・・オレはもう、気付いているのにね。

人の気持ちに敏感で、けれど気付かないふりをするのが得意なお前が
そのことに本当に気付いていないらしいと知ったのは、ほんの少し前のこと。
だからまだ、今のオレを前にして、知らないふりで隠し通せると思っている。



「・・・、おいで。」



呼べば、重たい体を引き摺るようにして、はオレのところまでやってくる。
ただいつもと違うのは、寄り添えば互いの熱が直に伝わってくるということ。
おいでと言っておきながら、その僅かな時間すら待ちきれなかったオレは
半ばの意思を無視して抱き寄せることで、を腕の中に引っ張り込む。
強く強く、檻の中に閉じ込めるかのように、細いの体を抱き締め、囁いた。



「ごめんな、最初からこうしてやれば良かった。」

「ヒノエ・・・?もう、しないの?」



が少しだけ息苦しそうに言った。



「あぁ、今日はもうしない。」

「それはまた今度、ということ・・・?」

――――――― ・・・お前が嫌じゃないなら、ね。」

「・・・が嫌がったら、しないの?」

「本気で嫌がってたらしないよ。」

「・・・そう。」



それきり黙ってしまったは、何か思考しているようで
オレは出来る限り甘く
――――― この声が、彼女を惑わせていられることを願って、名前を呼ぶ。



―――――― ・・・。」

「なに?ヒノエ。」

「・・・お前が、好きだよ。」



もしかしたら、人生で初めてじゃないだろうか?
こんなに必死になって、オレが女に愛を囁くのなんて。
――――――― ・・・他人の愛を、請うなんて。



も、ヒノエのことは好きだよ?」



は一瞬困惑の表情を浮かべたあと、素知らぬ顔でそんなことを言う。
こんなことになってまで、お前はまだ知らないふりをするんだね。



「けどお前が“好き”だって言うのは、オレだけじゃないだろ?」

「ヒノエは皆のこと、嫌いなのか?」

「そうじゃない。けど、オレの“好き”とお前の言う“好き”は違うんだよ。」



これはお前だけに、向ける“好き”なんだ。
・・・いい加減、お前も認めたら?オレだって認めたんだぜ?
なんてことないって思ってた、お前に惚れちまったって。

―――――――― ・・・だからお前も、オレだけにしときなよ。

少し、戸惑うように視線を彷徨わせて、口を開きかけた
卑怯だとわかっていても、強引に口付けて、その先の言葉を遮った。

・・・の瞳の色を見て、まだ気付かないふりをするつもりだと、わかってしまったから。
彼女が紡ぐのは、否定の言葉。
だから声にする前に、自身のそれで、の口を縫いとめてしまえばいい。

深く深く侵入すれば、彼女の舌は彼女の“本性”と同じように
慌てて奥へと引っ込んで、オレはそれを、やっぱり無理矢理に絡めとる。

熱の収まりかけていたの体は、情事のあとだったせいか、すぐにまた熱を取り戻そうとし
合わさった唇の間から零れた、声にもならない声は
再びオレから理性を取り去ってしまおうとするけれど、今度はどうにかこうにか踏み止まった。

離れた唇の間を銀糸が伝い、の手から力が抜ける。
ゆっくりと開かれたの瞳は微かに潤んでいて、予想以上に扇情的だ。
浅い呼吸を繰り返し、自分を組み敷く男を見上げる彼女の瞳には
いつもの子供っぽさは欠片も見つけられなかった。



「・・・はぐらかすなよ、もうわかってるだろ?」

「・・・・・・っ」



自然と、いつもより口調がきつくなる。
もっと優しくしてやれたらいいのに、いくら掻き集めてみても、そんな余裕どこにもなかった。
オレの瞳に何を見出したのか、は感情をごちゃ混ぜにした表情で、きゅっと下唇を噛む。

それほど強く噛んでいたとは思わなかったのに
――――― それとも、それほど柔らかいのだろうか?
の唇がピッと切れて、そこから紅い液体がじわりと溢れた。



「・・・悪い、そのことを責めたいわけじゃないんだ。
お前にも、色々思うところがあるのはわかってる、だからそんな顔するなよ。」



言いながら、の唇に舌を這わせ血を舐め取る・・・・・は抵抗しなかった。



「オレはね、。お前だから、抱いたんだよ?が、欲しくてたまらなかった。」



薄っすら涙の滲んだ瞳に、オレが唇を寄せれば、はなにも言わなくても、そっと瞼を閉じた。
震える瞼に軽く唇を落として、そのまま目尻を這うようにして涙を拭いとり
出逢ったときと比べると、随分長くなった綺麗な髪を一総取って、そこにも口付けを落とす。

が微かに身を捩ると、彼女が身につけている首飾りが、カチャリと音を立てて揺れた。
それはが律儀に、オレの言いつけを守ってつけていた、オレが以前贈った真っ赤な珊瑚の首飾り。

の白い肌には、やっぱり鮮やかな紅がよく映える。
首飾りをつぅっと指でなぞってから、オレは珊瑚の飾りと重なるようにして
の胸元にまたひとつ紅い華を散らす。


・・・・・が諦めたように、決して浅くない溜息を吐くのが聞こえた。



「ねぇ、。どうしてお前はオレに抱かれたの?嫌じゃなかった?」

「・・・・・・だって、ヒノエだから。」

「オレじゃなかったら、抵抗した?」

「うん。」

「弁慶だったら、抵抗した?」

「うん。」

「将臣だったら、抵抗した?」

「うん。」

「・・・オレじゃなかったら、こんな風には抱かれなかった?」

「・・・・・・うん。」



こっくり頷いて見せたに、思わず笑みが漏れる。
これじゃあ諦めがつくどころか・・・



「・・・ねぇ、。それはオレに、期待してもいいって言ってる?」



オレはどんな顔でそう言ったんだろう?
は一瞬きょとんとしてから、困ったような顔をして肩を竦め、でもくすぐったそうに首を傾げた。



「・・・・・・やっぱりヒノエも、そう思う?」



も、そう思ってた。”・・・呟くに、“あぁ。”とそれだけを答える。
思わず口元がニヤけそうになるのを、オレは必死に堪えた。



『だってそれ、オレを煽ってるだけだぜ?』



苦笑を孕んだ声で耳元に囁くと、は恥ずかしそうに小さく身動ぎして。
オレを押し返そうとする彼女の腕を掴み、もう1度強く抱き締めた。



――――――― ・・・でも、もう逃がさないよ?」



優しく、甘く囁いたつもりだったのに、出てきた声は思っていたより、自分でも驚くほどに“男”のもので。
腕の中のは、びくりと肩を震わせて、けれどそれ以上もがくのをやめた。






勝負は既に、ほとんど決まったようなもの。
ヒノエはもう、堕ちている。

とヒノエの間にある道は、一方通行の坂道で
彼女はそのてっぺんから、坂道の下にいるヒノエを見ている。

手を差し伸べて、いつものように呼んでみたら。
彼女はいとも容易く、転がり落ちてくるかもしれない。



「・・・ゆっくり考えておいで、。オレが居ない、鎌倉で。」



の髪を撫でながら、呟いたヒノエの腕の中で、は静かに頷いた。













次に彼と再会するとき。
――――――― ・・・それが、炎に包まれた京だとも知らないで。






















戯言。


・・・なんじゃこりゃああああッッ!!!

え゛ッ、なんでこんな話になってんの!?任那さ〜ん、帰っておいで〜〜・・
多分ちょっと背中を押してもらったので、任那が調子に乗っただけかと思われます(笑)

この後、はヒノエのいない鎌倉に行くらしいので
きっと時間的には1週目なんですが、もう時間軸考えてるとパンクするので、考えないことにしました。
(とかいいつつ、ひっそり考えてしまう自分が憎い)

それにしても今回書いていて思ったのは
綺麗なエロい文章を書くのは難しいということです(何を思ってるんだ、お前は)
いやぁ、Janne Da Arcってスゴイなぁ・・・!また尊敬しなおすなぁ!!!
Janne Da Arcのエロティックは理想です。あんな感じの綺麗な字面のエロさが素敵。

えっと、今読み返して真面目に解説しないといけない気がしてきました(汗)
解説しないと駄目なSS書きって駄目駄目ですね〜〜・・・

なんというか、は知らないふりをするのが得意なんです。
だからヒノエが自分のことをどう見てるのかきちんと理解してても、知らないふりしてます。
ヒノエはそれに気付いていて、追求することはしなかったんだけど、ここに来てはっちゃけたらしい(笑)

は知らないふりをすると同時に、でもヒノエには物凄く恩というか、感謝していて。
彼に対してだけは、自分の価値観を壊すようなことも結構受動的、受身なんです。
だから受け入れてしまうんだけど、ヒノエはそうじゃないだろって思う。
もう知らないふりは効かないよ?オレがお前を逃がすと思う?
・・・最初はこんな予定じゃなかったのに、よくわかりませんがこんなんなってます(笑)

みたいな娘がいたら、ヒノエなんかにやるより任那が欲しい。
・・・とか思っちゃう自分は重症ですか、そうですか。あ、けど百合の世界の人じゃありませんよ?(笑)





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2005/02/05