「悪いな、今日はちょっと私用なんだ。」



そうヒノエが言ったとき、私用なら余計に連れて行って欲しいと思った。
はっきり言って、ヒノエのいない六波羅で留守番をしているのは、かなり退屈だ。



「だから今日は、お前を連れて行けない。」



だからいつも、はヒノエについて出かけてゆく。
ヒノエもそうやって暇を持て余して、たまに暇が過ぎて暴れるを知っているから
いつもはを連れて行ってくれる。



・・・それなのに、今日は駄目なのか・・・



そうでなくとも、もうしばらくすれば。はヒノエの叔父である、人攫・・・じゃない。
弁慶に連れられて、望美のいる屋敷へ行くことになっているのだ。

多分、はそのまま望美の元に留まることになるだろう。
弁慶は、が望美の姉であると聞けば、仲間達も同行を了承するだろうし
その方が、却ってにも都合がいいだろうと言った。

こうしては、白龍の・・・源氏側についた神子が、この戦にどのような影響を与えるか。
それを見極めるための熊野の間者として、望美の元へ送り出されることになっていた。

勿論その決定には、ヒノエなりの気遣いがあるのだろうし
その方が情報収集・・・神子を知るにも手っ取り早いということもある。
は逐一望美の動向を、烏を通してヒノエに伝えることになっていた。

こういうと大層響きが悪いのだが、なにもスパイというほどではない。
ただ一緒にいて、時折今度はどこに行くみたいだ。こうしたいと言っている・・・そんなことを報告すればいい。
外からの客観的な判断は全て、烏の八重と命がやってくれる。

・・・だがそうすれば、ヒノエとも以前のようには会えなくなる。
だからこそ、はそれまでの間できるだけヒノエと一緒にいようと思っていた。

仕事についていくもよし、一緒に遊ぶもよし・・・ともかく、一緒にいたかった。
にとってヒノエというのは、行く当てのない自分を助けてくれた恩人であり
この世界に飛ばされてきてから、初めての友達でもあるのだから。

なのにヒノエは、そんなふうに思っているときに限って、ついてくるなというのだ。
これが公式な、熊野別当としてのお堅い仕事だというのなら納得もしよう。
けれど、今彼は私用だといった。なら、尚更連れて行ってくれてもいいではないか。

は珍しく、内心の不満を口にしようとし・・・・・・けれど、押し留まった。



・・・きっと女の人に会いに行くんだ。



それならば仕方ない。は邪魔になるだけだろうから。



「・・・・・・わかった。」



大凡納得していなそうな声色で、はそう言ったのだった。






○ ● ○ ● ○ ● ○ ● ○ ● ○ ● ○ ● ○ ●






「・・・ヒノエ、まだ帰ってこない。」



六波羅にある隠れ家で、は退屈そうに呟いた。
ヒノエがここを出ていってから、まだ一刻ほどしか経っていなかったが、既にの忍耐力は限界に達していた。
普段ヒノエがいるときは、それはそれで眼がまわるほど忙しいことが多いので
反対に彼がいないと静か過ぎて、味気なくとてもつまらない。

・・・そう。要は、今はとても暇なのだ。



「・・・・・・暇。」



そうが呟いたとき、背後から誰かがくすくす笑う声が聞こえてきた。
が振り返ると、そこには仕事帰りなのだろうか?八重と命の姿があった。



「頭領がいないとそんなにお暇ですか、さん?」

、退屈そうね。」

「・・・みっちゃん、やっちゃん。帰ってたんだ。」



ヒノエが出かけてすぐ。はヒノエの次に気心の知れている、烏の八重と命の姿を探し
この隠れ家中を駆け回ったのだが、そのときには2人の姿は見当たらなかったはずだ。



「ええ、今さっきね。」

「ねぇ、暇。」

「身も蓋もありませんね。」

「やっちゃん、みっちゃん。どこか遊びに行こうよ。」

「あら、それは駄目よ。」



いつもなら、八重は大抵“しょうがないわね・・・”とかなんとか言ってに付き合ってくれる。
それなのに今日に限ってどうして即答なのか。今日はみんな変だ、は思った。



「・・・どうして?」

「今日はを連れ出しちゃいけないことになってるの。」

「頭領がいつ戻ってくるか、わかりませんからね。」



ますます持って、はわけがわからない。
誰がいけないといったのか、なぜいけないのか、ヒノエが帰ってくる時刻がわからないから出かけられない理由は?
・・・誰がそんなことを言ったのかは予想が付く、きっとヒノエだ。
この2人はヒノエの命令で動いているのだから。



「ヒノエがいつ戻ってくるかわからないと、どうして出かけてはいけない?」

「ふふっ。今日はどうしても、帰ってきたときに出迎えて欲しいみたいよ?」

「???」



謎は一層深まるばかりだ。ただわかったのは、どうやらヒノエが全ての鍵を握っているということ。
が首を傾げていると、命がまたもや訳知り顔でくすくすと笑って
暇を持て余していたこともあってか、はなんとなくそれが気に入らなかった。



「もう、みっちゃん!」

「・・・あぁ、すみません。でも頭領も、もうすぐお帰りになると思いますよ。」

「え?早くないか?」

「そうですか?」

「うん。ヒノエは女の人に会いに行ったのだろう?」



が言うと、命と八重はこれでもかというほどに瞳を見開いた。



「あははははっ!、あんたそんなこと思ってたの!?あははっ、頭領も報われないわね!」

「こら八重、笑ってはいけませんよ。・・・ですがまぁ、日頃の行いが行いですから、仕方ありませんね。
さんは本当に、頭領のことをよくわかっていらっしゃる。
確かに頭領は、女性の所から他の女性の所へゆくときは、細心の注意を払いますから。」

「・・・・・・なんだ、違うのか?」



あまりに2人がおかしそうに笑うので、違ったのだろうかとは問うたが
八重も命も微笑むだけで、それに答えてはくれなかった。
・・・やはり、ヒノエが戻ってくるのを待つしかないらしい。






○ ● ○ ● ○ ● ○ ● ○ ● ○ ● ○ ● ○ ●






「お帰り、ヒノエ。」



それから間もなくすると、命の言った通りヒノエが戻ってきた。
だからは、訝りながらも迎えに出て行くことにした。

ヒノエが出迎えに来て欲しいのなら、自分はそうするべきだとは思った。

の姿を見つけると、ヒノエは真っ直ぐにのところへやってきて
ヒノエを見上げているの頭を、子供にするようにぽんぽんと叩く。
・・・いや、きっと本当に子ども扱いなのだ。



「ただいま、。いい子にしてたかい?」

「うん、物凄く暇だった。」



の返答に、ヒノエは満足そうにくすくすと笑った。



「そう?なら大人しくしてたってことだね。」

「ヒノエ、早かったね。女の人のところへ行っていたんじゃなかったのか?」



包み隠すことなく、があまりに直球に物事を訊ねたので
背後からは八重が吹き出す音が聞こえ、命が慌てて諌める声が聞こえた。
ビー玉のような瞳でじっと己を見つめてくるに、ヒノエは一瞬ぽかんとして、それから小さく苦笑した。



「おやおや。オレの姫君はそんなふうに思ってたのかい?」

「違うのか?だからヒノエは、を置いていこうとしたのだと思っていた。」



ヒノエの軽口にこれといった反応もみせず、はあっけらかんと言い放つ。
の言葉からは、それが怒りからでも疑念からでもなく、純粋な疑問からきていることが窺えた。



「・・・違うよ。ただ、お前を少し驚かせようかと思って。」

を驚かせる?」

「そう・・・、少し目閉じてな。」



ヒノエに言われた通り、は素直に瞳を閉じた。
普段はあんなにも軽そうなヒノエだが、熊野別当である彼を先に知ってしまったせいなのか
自分だけは他の女の子とちょっと扱いが違うことを、は良く知っていた。

瞳を閉じると、その他の感覚が敏感になる。
ふっとすぐ近く小さな風が起き、の髪が揺れる。ヒノエが動いたのだろう。
そうして、多分ヒノエの腕が後ろにまわったのだと思った途端
今度は首筋にひやっと冷たい感触が触れた。
カチャリ、と何かがぶつかった音がする・・・金属のようだった。



「・・・これでよし、もういいぜ。」



が再び瞳を開けると、自分の胸元に銀色の首飾りぶらさがっていた。



「・・・首飾り?」



それはヒノエが身に付けているのと良く似た形状をしていたが、ペンダントヘッドには綺麗な赤い石がついていた。
この時代では稀に見る、とても綺麗な加工品だ。
ヒノエはどこからか、こういった品を度々手に入れてくる。
どうしてこんなものを、という疑問も忘れて、はしばし綺麗な石に見入っていた。



「綺麗だな・・・これは、珊瑚か?」

「そう。オレの髪みたいに真っ赤だろ?」

「・・・うん。」

「お前にやろうと思って、作らせてたんだ。」

「・・・に、くれるのか?」

「勿論。そのために作らせたんだから。うん、良く似合ってる。流石オレが目利きしただけあるね。」

「・・・・・・もしかして、今日はこれを取りに出かけていたのか?」

「ああ、そうだよ。」

「なら、どうしてが付いていってはいけなかったんだ?」

「・・・言っただろ?驚かせようと思ったって。」



あぁ、そういえばと思いながら、再びが首飾りに視線を落とすと
そんなを、珊瑚と同じように赤いヒノエの瞳が下から覗き込んだ。



「・・・でも、驚いただろ?」

「うん、とても驚いた・・・」



驚いているにしては、随分淡白な物言いだったが
少々呆然としている声と、いつもなら真っ先に返ってくるだろう
“ありがとう”の言葉がないことが、が十分驚いているというなによりの証拠だった。
俯きがちになったせいで、目に掛かったの髪を、ヒノエが指で掬って耳にかける。



「・・・、オレに感謝はしてくれないの?」

「あ!あまりのことに、忘れていた・・・ありがとう、ヒノエ。でも、どうして?」



するとヒノエは、ふっと表情を和らげた。
それはいつもの含みを持った笑い方ではなくて、歳相応の、もっと優しいもの。
はもう半年近くヒノエと一緒にいるけれど、こういう顔は本当にたまにしか見れない。



「お前はもうすぐ、龍神の神子のところへ行ってしまうだろ?だから、ね。」



そう告げるヒノエがいつもより少しだけ寂しそうに見えて、は慌てて口を開いた。



「それでも、が熊野水軍の一員であることは変わらない。」



強い口調でそう言うと、わかってるとでも言いたげに、ヒノエはの髪をくしゃくしゃと掻き混ぜた。



「ふふっ。お前のことだから、そう言うと思ったよ。
だから、最初にお前を拾ったのは一体誰なのか。それを、お前が忘れないようにと思ってね。」



ヒノエは既にいつものたっぷり艶を含んだ笑みに戻ると
頭の上に置いた手を、の頬を撫でるように降ろし、そのまま首筋に這わせる。
触れるか触れないか、ぎりぎりのところで、微かに指が首筋をなぞって、胸元の首飾りに触れた。



―――――――――― ・・・ん?



そんなヒノエの態度に、は奇妙な違和感を感じた。
ぞわぞわと、心の底が煩く騒ぎ始めて、よくない予感が胸を掻き立てる。
その正体が一体なんのか・・・だがは、それ以上追求することを諦めた。
追及していったその先には、きっとろくなことが待っていない。

そんなの、忘れるわけがないじゃないか。拾って貰った恩を、忘れるわけがない。
・・・そう、心の中だけで呟いて、はこくりと頷いた。



「・・・よく、わからないけれど、ヒノエがくれた。だから付けている、それでいいか?」

「そう、それでいい・・・肌身離さず付けておくんだ、いいね?」

「うん、わかった。」



こっくりと頷いたを見て、ヒノエは満足そうに微笑んだ。






『絶対に外すなよ?――――― ・・・そうしたら 』















戯言。


はい。このお話、本当はちょっと前振りがいるんですよね。
は六波羅で弁慶に望美と間違われて知り合う、という設定になっております。
そこで誘拐紛いに遭っているので、弁慶=人攫いさんという式が成り立っております(笑)
それが切欠で、梶原邸へいくことになるんですね。そのちょっと前のお話です。
・・・なんですが。えーっと、とどのつまりこういうことです。

『ペット→ご褒美→首飾り→首輪。』

こうして、ここに飼い主とペットの関係が成立したんです!(お前阿呆か)
酷く一方的にですが。任那の連想ゲーム、如何わしいのは任那の趣味です、あは(笑)
今回は任那の地熱のような萌えどころを、ちまちま詰め込んだお話になりました。
這わせるとか撫でるとか触れるとか首輪とか
調教とか(小さな声で)・・・もう、萌え(笑)





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2005/01/23