「あっ、ヒノエだ。」



やっとのことで見つけたは、雪の積もった庭を眺めながら
寒い冬の縁側に座り込み、見知らぬ男と会話をしている真っ最中だった。






04.あの人だれ?
=ヒノエ篇=






「・・・・・・。」



あまりのことに、ヒノエは思わず瞳を見開いて呆けてしまった。
何しろここは、ヒノエの本拠地ともいえる熊野本宮の最奥だ。警備だって決して怠っているつもりはない。
それなのに、熊野別当であるヒノエが顔も知らない男が入り込んでいて、しかもと呑気に話しなんかしている。
しかも、またその男が問題だった。金髪碧眼の容姿・・・即ち、鬼。
ヒノエが驚きで声も出せないでいると、がヒノエを指し示して、ヒノエを鬼に紹介し始めた。



「リズ。あれが前から話していた、ヒノエだ。」

「・・・知っている。」



必要最低限のことしか言の葉に乗せない、淡白で、ぶっきらぼうともとれる物言いに
『それじゃあいくら顔が良くても、絶対女の子にはもてないだろう』 と、ヒノエは余計な心配を巡らせた。



「本当に?リズは凄いね、なんでも知っている。」



はそんな鬼の態度に臆することもなく、素直に感嘆して見せた。
けれども鬼は、静かに首を振ってそれを否定する。



「そうでもない。私の知っていることなど、実に数少ないのだ。」

「それでも、少なくともより多くのことを知っていることは確かだ。」



間髪入れずが返す。
すると、今までほとんど表情を動かすことのなかった鬼が、ふっと瞳を細めたのを、ヒノエは見逃さなかった。



「・・・相違ない。」

「うん。」



自分の意見に賛同してもらえたからか、は嬉しそうに頷く。
そこでやっと我を取り戻したヒノエは、のほほんと微笑んでいるを押し退けて
彼女を自分の背後に隠すと、口元を覆面で覆っているいかにも不審人物である鬼を、鋭い眼差しで見据えた。



「・・・・・・あんた、どこからここに入ってきたんだ?」

「私は何処から入ってきたわけでもない。」

「はぁ?・・・まぁいいぜ、じゃあなんの目的でコイツに近づいた?」



言いながら、ヒノエは背後のにちらりと視線を送り
返答によってはいつでも応戦できるよう、愛用している天竺の武器を取り出す。
それを見止めたは、彼女にしては珍しく憤然とした様子で
咎めるように、ヒノエがいつも肩から掛けている上着を引っ張った。



「ヒノエ、リズになにするの!」

「なにするの、じゃないだろ?こんなあからさまに妖しいやつ、放っとけってほうが無理なんだよ。」

「妖しくなんてない、リズはリズだ。」



そう、きっぱり言い切って、キッと強い眼差しで自分を見上げるに、ヒノエは半眼になって、盛大な溜息を漏らした。



「・・・だからさ、どうしてそのリズさんとやらが妖しくないって言い切れるワケ?
お前を油断させといて、その隙を突いて殺すなり、攫うなりしようって魂胆かもしれないぜ。」

「それだったら、リズにはとっくにその機会があった。それでもリズは、そんなことしていない。」

―――――――――― ・・・その、機会ってのは?」

「うん。が上掛けを蹴飛ばして寝ていたときに、掛け直してくれた。」

「・・・・・・お前なぁ。」



まるで、狙ってくださいと言わんばかりに隙だらけのに、ヒノエは再度溜息を吐いた。



「・・・私はを殺したりなどしない。」

「ほら、リズもこう言っている。」



自信満々に告げるに、ヒノエはまた息を吐いて、軽く額を押さえた。
それから皮肉たっぷりに、を見返す。



「だから、その根拠のない自信はどこからでてくるんだよ?是非とも1度、その理由をお聞かせ願いたいね。」

「自分が口説いて落ちない女の子はいないと思っている、ヒノエの根拠のない自信と同じだよ?」

「・・・・・・。」

「・・・・・・・・・。」






沈黙。






迷うことなく言い返したと、そのまま数秒見つめ合う。
多少なりとも顔を引き攣らせているヒノエに対し、はこれっぽっちも物怖じした様子はない。
どうやら引くつもりはないらしい。いつまで続くかわからない睨めっこに根負けして、先に折れたのはヒノエだった。



「・・・わかった、わかったよ、。お前がそこまで言うんだ、信じるよ。」

「本当か!?・・・ほらね、リズ!言った通り、ヒノエは話せばわかる奴だったろう?」

「・・・あぁ。お前の言う通りだった、。」

「・・・・・・。」



そう言われては、それ以上何も言えなくなってしまう。
ヒノエは好き勝手な方向を向いている自分の髪を、くしゃりと掻き回してから
にそれでもなんとか一言言ってやりたくて、口を開いた。



「でも。オレに黙っていたことは感心できないね。
もし本当に危険な奴だったら、どうするつもりだったんだ?」

「・・・ごめん。でも、実際に会わせなかったら説明しても駄目だと思ったんだ。
いるかいないか確証のない人間が、ここに出入りしてるって話して、誰が信じる?
ちょっと聞いてみたけど、烏してるやっちゃんやみっちゃんでも、リズのことは見てないみたいだったから・・・」

「お前の判断は悪くない。でもな、オレには言えよ。
・・・お前はもう、オレたちの仲間なんだ。仲間の言葉なら信じないわけにはいかないね。」

「・・・うん、わかった。これからは、ヒノエには言う。」



素直に頷いたは、それから思い出したように、ヒノエに鬼を紹介した。



「・・・ヒノエ、紹介する。の友達のリズだ。えっと、略式じゃない名前は・・・リズ、リズ、リズ・・・???」

「リズヴァーンだ。」

「そうそう、リズヴァーン。」



相変わらず、人の名前を覚えるのが苦手な
あの伝承に出てくる鬼すらも、勝手につけた愛称で呼んでいるらしい。
に紹介されてから、ヒノエはその鬼・・・リズヴァーンを、顎に手をあて、改めてしげしげと観察した。



「リズヴァーンだからリズ、ねぇ?その容姿からして、あんた鬼の一族だろ?」

「ヒノエ、リズには角も牙も生えていないよ?」

「コイツみたいな金髪碧眼の容姿をした一族を、こっちの世界じゃ総称してそう呼ぶんだよ。
なんでも人ならざる力を持っているとかで、随分前に滅んだって聞いてたけど?」



ヒノエがの世界のことを知らないように、もヒノエの世界の知識に乏しい。
鬼の一族はその容姿と力から人々に恐れられ、迫害され続けてきたという歴史があるのだが
そんなことは省いておいて、簡単に説明してやると
は初耳だったのか、瞳を真ん丸に見開き、妙に納得した様子でぽんと手を叩いた。



「・・・あぁ、だからワープ出来るんだね。」

「わーぷ?」

「そう、瞬間移動って言うのかな?瞬時に他の場所に移動できる能力を
の世界ではワープと言う。それでリズは、のところまでやって来たんだ。」

「だからコイツが入ってきても、誰も気付かないわけか。」

「うん。でも不思議な力を持っているだけで、たちとなにも変わらないよ?
のいた世界には、リズのような外見の人はたくさんいた。」

「へぇ、そうなのか?それは初めて聞いたな。」

「うん、初めて話した。珍しいとは思っていたけど、そこまでとは思ってなかったから。」



そんなことを話していると、ふいにリズヴァーンが動いた。
鋭い眼差しは緩めずに、耳を澄ますようにして、なにかの気配を窺っている。



「・・・リズ、どうしたの?」



静かに問いかけたに、やはりヒノエの予想通り。リズヴァーンは淡々と答えを返した。



―――――――― ・・・誰か来るようだ。」

「そう?にはわからないけれど・・・」

「そろそろ行かねばならないようだ。私のような者が人目に付くのは、あまり良くない。」

「・・・わかった。じゃあまたね、リズ。」



薄情だと思えるくらい、はあっさりと手をひらひら振って、別れを言う。
リズヴァーンはサッと踵を返して、すぐさま2人に背を向けた。



「・・・。」

「うん?」

――――――――― ・・・もうすぐ、会える。なにも案ずることはない。」



謎の言葉を残したまま、ヒノエの目の前で、リズヴァーンの姿はぐにゃりと歪んで掻き消えた。
初めての世界で言うところの『わーぷ』とやらを見たヒノエは、驚きながらも口笛を鳴らす。



「・・・・・・ありがとう、リズ。」



そんなヒノエの横で、が礼を言う。
なにに対しての礼だかはわからないが、先程のリズヴァーンの発言に対してであることは確実だろう。
なにがありがとうなのかと問う前に、ヒノエにもわかるほど近くに
人の気配が感じられた・・・否、わかるように出現したのだ。



「・・・頭領。」

「あ、本当にみっちゃんが来た。」

さん・・・?私がどうかいたしましたか?」



一体いつからそこにいたのか、影のように現れたのは烏の一人、ミコトだった。
ミコトはヒノエより四つほど年上の男で、一見穏やかそうな人と成りをしているが
熊野の烏だけあって一筋縄ではいかない人物だ。

ヒノエは彼を見ていると、たまに自分の叔父を思い出して少しだけ嫌になることがあるが
彼は熊野別当になった当初から、ヒノエの元で働いてくれている、ヒノエにとっても頼りになる仲間だった。

彼とは、既に何度も顔を合わせていて
最初こそを警戒していたミコトも、今ではすっかり旧知の仲のような振る舞いだ。



―――――――― ・・・いや、気にしなくていい。それでどうした、ミコト。」

「怪しい船が数隻、こちらに向かっています。どこの船かはわかりませんが、海賊ではないかと。」

「・・・わかった。いつでも出れるように準備だけはしておけ。、行くよ。」

「うん・・・でもどうするの?流石に2人だけで、船を襲えるとは思えない。」



いきなり船を襲うなんて考えをしたに、彼女も水軍らしくなってきたかと、ヒノエは微かに苦笑を漏らす。



「まさか、いくらオレでもそんなことしないさ。
・・・取りあえず、まずは偵察ってとこかな。向こうの態度によって、こっちの対応も変わってくるからね。」

「そう。ヒノエはとことん自分の眼でみないと気が済まないんだね。わかった、ついて行く。」



普段はこんな性格のだが、天賦の才でも持ち合わせていたのか
ヒノエ率いる熊野水軍の中で、女だてらに屈指の強さを誇っている。
そのことに1番驚いたのは他でもない、に戦い方を教えたヒノエだった。
今ではすっかり熊野別当の腰巾着としてその名を轟かせていることを、自身は知っているのだろうか?



「・・・さん。頭領をよろしくお願いします。」

「うん、任された。」



ミコトが深々と頭をさげ、はそれに、はっきりと頷いてみせた。



「・・・なぁ、それって普通逆じゃないか?」



『そんなこともない』と主張すると、『いや、逆だね』と言い張るヒノエは
それでも仲良く2人並んで、浜辺へと向かっていく。
その後ろ姿を見送っていたミコトは、そんな2人のやりとりにそっと微笑んだ。












戯言。


リズ先生登場の巻。・・・ちゃんと友達以上恋人未満になっているでしょうか?
リズ先生は設定がアレなので(笑)半年前に時空の狭間から落ちてきたにも、きちんと会いに来ています。
今回はオリジナルキャラもちょこっとばかりお目見え。

烏のみっちゃんと、名前だけでしたがやっちゃん。
みっちゃんは命(ミコト)、列記とした男です。そしてやっちゃんは八重(ヤエ)、こちらは女の子です。
設定だけは出来ていますよ(笑)

ちなみにこの話、本当はボツ話でした。
でも勿体無いので、こうしてヒノエ篇と篇ということで載せてしまいます。

・・・ところでヒノエのお家ってどこデスカ・・・?(汗)





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2005/01/10