またもや、ヒノエの住む屋敷の庭に、綺麗に雪が積もったある日。
もうそろそろ、にとっても何度も見て、見慣れたはずの雪景色。
その庭で相変わらず、は飽きもせずに、ざくざくと雪を踏みしめて遊んでいた。






04.あのひとだれ?
篇=







のお気に入りは、都会じゃ泥に塗れてすぐ汚い灰色になってしまう
滅多にお目にかかれないこの雪の白さだ。
そこに子供じみた独占欲で、真っ先に足跡をつけるのが最高だと思っている。
だから今日も今日とて、誰かが足跡をつけてしまう前に・・・と
適当に着替えを済ませ、目が覚めてすぐ雪の中に飛び込んだ。

だが彼女のこの習性を知っている屋敷の人間が、のささやかな楽しみを奪わないよう
彼女の部屋の前の庭だけは、彼女より先に歩かないよう気をつけていることなど、の知るところではない。

足を滑らせて怪我をするとヒノエに怒られるので、一歩一歩足場を確認しながら
真っ白な雪の上に、着実に足跡をつけていく。
・・・とそこで、下を見ながら歩いていたは、真っ白な雪の中に
綺麗な紫色をした石が、ポツンと落ちていることに気が付いた。
近づいていって、ゆっくりその石を拾い上げる。



「・・・アメジスト?」



太陽の光に透かすと、石はキラリと煌めいた。



「そうだよ、気に入ってくれたかな?お嬢さん。」



声にが視線を戻すと、今まで自分の影しか映っていなかった雪の上に、もう1つ灰色の人影が落ちていた。
立っていたのは、鼻を跨ぐようにして顔に大きな傷のある男。彼はどこかで見たことあるような癖のある赤い髪と・・・



「きっと、お嬢さんの髪の色に良く似合うだろう。艶やかで、とても綺麗な髪だから。」



・・・どこかで聞いたことのあるような、口から先に生まれてきたみたいなセリフ。



「・・・・・・おじさん、だれ?」



そもそも余程のことがなければ、普通の人はここまで入ってこれないはずだ。
ヒノエの大事なお客さんか、そうでなければヒノエに仕える水軍衆のどちらかだ。
けれども、前者だったら一人でこんなところをうろうろしていないだろうし
後者にしては・・・なんかちょっと雰囲気が違う。そう、敢えて言うならヒノエみたいな人種だ。
一見して水軍とは思えない、見事なまでの人あしらいと
それでもどこかどっかり肝の据わっている、なにが目的なのか見えてこないこの態度。
この男はにそんなことを思わせるほど、それは外見の特徴だけでなしに、ヒノエに酷似していた。



「俺かい?そうか、お嬢さんは俺のことを知らないのか。俺は・・・」

「・・・!!」



どうやら男が自分に自己紹介をしてくれるらしいと
聞きに入っていたの耳に、自分を呼ぶヒノエの大声が飛び込んできた。
しゃがんだままだったは、その声量に思わず前に突っ伏しそうになり
寸でのところでそれを堪えると、ゆっくり背後を振り返った。



「「ヒノエ。」」



ところが、彼の名前を発したその声が、目の前に立っていた正体不明の男の声と重なって
は少々驚きながらも、正体不明の男を見上げた。
ヒノエは熊野水軍の頭領・・・つまり、熊野別当だ。熊野三山を統括する、熊野でとても偉い人。
異世界から来たは、歳が近いせいもあってか、あまりそのことを気にせずにヒノエと呼ぶけれど
その彼を呼び捨てに出来る人は、この熊野では数少ない。
大抵が『頭領』とか、『熊野別当』とか呼んでいる。
そんなの思考を読み取ったのか、男はを見下ろして、ニヤリと口の端を吊り上げて笑った。



「おい、人のモン勝手に餌付けすんなよな。」



ざくざく音をたてて、大股での傍まで寄ってきたヒノエは、しゃがんだままのの肩を、ぐいと後ろに引く。
その拍子にはバランスを崩して、雪の上に尻餅をつく羽目になった。



「ヒノエ、冷たい・・・」

「あぁ、悪い。」



『全然悪そうじゃない』そう言いたいのをぐっと堪えて
ヒノエを支えにはゆっくり立ち上がっると、男は面白そうに声をあげて笑った。



「ヒノエ、あの人だれ?」

――――――― ・・・オレの親父だよ。先代熊野別当。」

「・・・・・・あぁ、なるほど。」



先程自分が感じたことは正しかったのだと、多少驚きはしたものの、は妙に納得していた。
良い部分にしろ、悪い部分にしろ、きっと『この親にしてこの子あり』、なのだろう。



「思ったほど驚いてないみたいだね、お嬢さん。」

「うん、ヒノエに似ていると思っていた。」

「・・・あぁ、やっぱり。」



ヒノエが嫌そうに顔を覆うと、彼の父親の素早い平手が、ヒノエのこめかみ辺りをばしりと捉えた。
思いっきりよろけたヒノエを見て、いくら熊野別当といえども、やはり親には勝てないものかと、はしみじみ痛感する。
『あーぁ・・・』とでも言いたげなの表情が気に入ったのか、ヒノエの父親はまたもや豪快に笑った。



「俺は藤原湛快、聞いての通りコイツの父親でさ。」



ヒノエの父親の名前を聞き、今度はが顔を顰めた。



「・・・また『湛』シリーズか・・・」



どうもは、こちらの世界の人の名前を覚えるのが得意ではない。
一族で似たような名前をつけるのがその原因らしい。
ただでさえ語呂の悪い、覚え難い名前なのに、仕舞いにはどれが誰だかわからなくなるのだ。
ここだけの話、はヒノエの本名すらも、『湛』の字が付くこと以外覚えられていない。
頭を抱えて唸り始めたを見て、ヒノエが言った。



「あー、親父。こいつにいくら言っても無駄だぜ?
戦の才能はあっても、人の名前覚えるのだけはさっぱりだ。オレの名前すら覚えられやしない。」

「・・・こっちの世界の人の名前が、みんなややこしいのがいけない。」



恨みがましい眼でヒノエを軽く睨みつけた後、はヒノエの父親に向き直った。



「ヒノエのお父さんだから、ヒノエのパパ。うん、ヒノパパにしよう。」

「人の父親に妙な名前つけるなよ。」

「ははっ、いいじゃねぇかヒノエ。さすが異世界から来たっていうお嬢さんだ。
で、その『ぱぱ』ってのはどういう意味なんだい?」



こういう風に、意味のわからない言葉をすぐ聞いてくるところなんかは、本当にそっくりだと思う。
隣にいたヒノエを見ると、そんなの考えが伝わったのか
珍しく感情を露にして不機嫌そうな顔をしていたので、は見なかったことにした。



「・・・パパっていうのは、の世界で父親のことを指す言い方のひとつ。だからヒノエのパパで、ヒノパパ。」

「ほう?」



ヒノエの父は、面白いものでも見つけたような顔をして、自分を見上げるを見つめる。
硝子玉のような瞳を丸くして、も負けじと、ヒノエの父親をじっくり観察した。

見れば、彼の体には所々に痛々しい傷跡が残っていた。
顔だけでなく、ちらりと着物から覗いた腕にも、数多の傷が見え隠れする。
それだけの修羅場を潜り抜けてきたのだろう。
決して消えることはないだろう、その傷跡を眼にした
ヒノエの体にはこんなにたくさんの傷が残らなければいいと思った。
まずその為には、ヒノエにもっと厚着をさせることが先決かもしれない。



「どうだい、いっそのこと俺の娘になってみるか?」

「おいおい、止せよ親父。」



ヒノエは手をヒラヒラ横に振って、やめておけという仕草をしたが
次にが返した言葉は、恐らくヒノエも、そしてもしかしたらヒノエの父親も、予想だにしていない一言だった。



「・・・それもいいかもしれない。」



ヒノエは正気なのかと問い正したい気持ちでの顔を覗き見たが
はいつもと然して変わらぬ表情で、真っ直ぐに湛快を見据えていた。



「・・・、お前マジか?冗談ならやめとけ、コイツには通じないぞ。」

「ちょうどヒノパパみたいな人がの父だったら良かったと・・・そう、思っていたところだったから。」



湛快は、酷く遠まわしに『ヒノエの嫁になったらどうだ?』と言っているのだから
の言葉から、取りあえず湛快の言っているような意味で、それもいいと言ったワケではないらしいことはわかった。
だが、それでもヒノエは納得がいかない。



「はぁ?」



『こんな父親のどこがいいんだ』と非難めいた声を出すヒノエと対象的に、真剣な面持ちを崩さない
息子と、息子の拾った異世界の娘の、奇妙なやりとりを静かに見守っていた湛快は
白い歯を見せて笑いながら、の肩をぽんぽんと叩いた。
少なくとも湛快は、こんな風に女の人に接する息子を、見たことがなかった。



「はっはっは!!これは面白いお嬢さんだ。・・・まぁ不肖の息子だが、よろしく頼むよ。」

「うん、任された。」



迷うことなくこっくり頷いたに、湛快はまた笑みを深くする。
渦中の自分を取り残し、とんとん拍子に進んでいく勝手な会話に
ヒノエは何か言いたそうに『・・・おい。』と呟いたが、見事に無視された。

そのまま湛快は『また会えるのを楽しみにしているよ』と言ってにアメジストを手渡し
現れたときと同じように唐突に去っていった。
『たまには綺麗な着物の1つでも着せてやりな。男が廃るぜ。』・・・そんなヒノエへの挑発も忘れずに。



「・・・ったく、あんな親父のどこがいいんだか。」



湛快の姿がすっかり見えなくなってから、ヒノエがぽつりと呟いた。
手の中に残ったアメジストを見つめていたは、その声にふっと顔をあげる。



「ヒノエは、ヒノパパのことが嫌いなのか?」



の質問に、ヒノエは少々答えづらそうに頭を掻いた。



「嫌いっていうか・・・アイツ、あれでも昔はかなりのやり手だったんだ。
オレはそれなりに尊敬もしてた。なのに今じゃ、すっかり隠居爺だ。まだ枯れてもねぇくせに。」

「・・・ヒノエは、ヒノパパが好きなんだね。」



どこをどう解釈したらそうなるのか。
字面だけを見たら、そうとは取れないような言葉を口にした筈なのに
『わかってるよ』とでも言われているような気がして、ヒノエは少し居心地が悪くなった。



「・・・・・・。」

「好きだから、そう思えるんだ。ヒノエと、ヒノパパは仲がいい・・・
は父親と折り合いがよくなかったから、それが少しだけ羨ましい。」

「・・・え?」



そういえば、とはあまりそういう話をしたことがない。
がいた世界の話や、自身の話は幾度と無く聞いたことがあったが
の家族の話というのは、まともに聞いたことがなかった。
ヒノエが知っていることといえば、せいぜい妹がいることと、他に男の幼馴染が2人ほどいたということぐらいだ。
思わず見てしまったの横顔は、いつもとなにひとつ変わらなかったけれど
それでも彼女の新緑のように艶やかな緑色の瞳が、少しだけ深みを増したような気がした。



――――――――― ・・・それでヒノエ、今日の予定は?」



何事もなかったかのように言葉を紡ぐの瞳は、もういつもの綺麗な緑色だった。












戯言。

えと・・・なんでしょうか、これは。どうコメントしたらよいのかわからない(苦笑)
つまり、どれくらい藤原親子が似ていて且つ、主人公が名前を覚えるのが苦手かって話です。

湛快さんに対するの『だれ?』と、家庭の事情なんかが垣間見えてさっきと同じなのかっていう『だれ?』。
任那の中ではかかっていたりします。ええ、任那の中でだけ(笑)

・・・それにしてもお題って、コメントしにくいなもう・・・





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2005/01/10