『お願いだ。・・・助けて、欲しいんだ。』 「・・・え?」 ―――――――――― ・・・この楽園を。 振り向いたとき、空は闇色に染まっていた。 〜 第壱話 超越する者 〜 −Those transcending− 見上げた空は、学期末の大掃除のとき 何度も繰り返し汚い雑巾を洗い、汲替えていないバケツの水の色に似ていた。 そこからプールのシャワーの如く、冷たい水が尽きることなく噴出していて それがまな板でも洗うような要領で、船体の傾いた甲板をザーザーと流れては落ちてゆく。 ・・・海水は濁り、まるでこの船全体が、巨大な洗濯機の中に放り込まれたような気分だ。 「ど、どうしてこんなことに なってるですかーーーーッッッ!!!(汗)」 この大嵐にも掻き消されないほどの大音量で絶叫するに も負けじと、に届くよう出来るだけ大きな声で叫び返した。 「・・・耳元で大声出すなよ、! だって知ってたら、必死に柱にしがみついてなんかないねッ!!」 ふと気が付いた時、2人は何故か嵐の船上にいた。 どうして突然こんなところにいるのか、それすら理解する間もなく とりあえず揺れる船から荒ぶる海に投げ出されないよう、柱に掴まることだけで精一杯だ。 ・・・は考える。 一瞬にして知らない場所に飛ばされる、それは召喚術ではないかと。 けれども、にはなんの呼び声も聞こえなかった。 そもそも仮にもエルゴの代役を務める自分が、何も気付かずに召喚されるとは考え辛い・・云々。 ・・・けれどそのとき、船体がシーソーのように大きく揺れ 豪雨のせいもあってか、ついにが柱に掴まっていた手を滑らせた。 「ふ?・・・ふえぇぇぇええええッッ!?!?」 「・・・ッ!!」 さっきの雨水と同じくして、甲板を海へ向けて滑り落ちるに は反射的に手を差し伸べるが、その手は僅かに届かず。 は額に張り付いて視界の邪魔をする前髪を乱暴に払いのけると 小さく舌打ちをして、腰につけたお馴染みの鞄に、両手を突っ込んだ。 そして手探りで、目的のサモナイト石を探し出し―――――――――― ・・・ 「エスト!!フェス!!!」 が叫ぶと、それに応えて1人の悪魔と天使が現れる。 「・・・・・・了解。」 「我らにお任せください、さま!」 彼等は既に、召喚主達の置かれている状況を把握していたようで 現れるなり羽を広げ、海へ落下しかけているを拾い上げに向かった。 「よし、これでおっ・・・おわぁッ!?」 ところが、船が今度は逆向きに傾いて 鞄に手を入れていたは、その拍子に大きくバランスを崩してしまう。 「・・・っとととと!!!(汗)」 どうにか転倒だけは免れたものの、惰性に任せて甲板を駆け下りる羽目になったは そのまま混沌とした海に、その身を投げ出すこととなった。 「―――――――――― ・・・ッ!!」 調度、エストとフェスに空中で受け止められたばかりだったは 自分の代わりに海へダイブしようとしているを見て、悲鳴を上げる。 「―――――――――――― ・・・ご心配なさらずに。」 「・・・へ?」 エストが相変わらずの冷静な口調で、の耳元に呟いた。 言葉の意味が解らず、不安そうにエストを見上げるに、今度はフェスが囁く。 「大丈夫です、さま。 さまは天兵を喚び出して、救助を求めるつもりのようですから。」 「――――――――― ・・・そ、そうなのですね。 誰か喚べば助けて貰えるのですね・・・」 がほっとした様子で、息と共にそう吐き出すと 優しく微笑んでいたフェスの瞳が真剣そのものになり、眉の間に深い皺が1本刻まれた。 「・・・ですが、置かれている立場の見えないこの状況下で 召喚術を無闇に行使し過ぎるのはあまり得策とは言えませんが・・・さまの場合、特に。」 海に勢いをつけて飛び込みながら エストとフェスに支えられて飛んでいるを見て、はほっと溜息を吐いた。 ・・・どうにか間に合ったみたいだな。 そう思いながら、が悠長落下していると、船体の横に備え付けられた丸窓から 船内の様子が垣間見えた―――――――― ・・・ 「――――――――――― ・・・え・・?(汗)」 ほんの一瞬だったが、間違いなく瞳が合った。 ・・・そこにいたのは、色素の薄い髪を長く伸ばした、自分達と同じぐらいの年齢であろう少年。 真っ逆さまに落下していくに驚いたのか、紅い瞳を丸くしてこちらを見ていた。 その外見的特徴は、どこかバノッサを彷彿とさせる。 ・・・と言ってもバノッサとは全然違う、か細い印象の青年だったけれど。 身長だってと同じか、それよりも少し低いぐらいだ。 ・・・だがの中ではそんなこと、大した問題ではなくて・・・。 彼の外見は、の視界に酷く異質に映ったのだ。 どう見ても、あれはサプレスの悪魔だとか そう言った者に近い姿で・・・いや、姿ではない。雰囲気がそうだった。 呆気に取られていたは、予想以上に海面が近くなっていることに驚いた。 「――――――――――― ・・・チッ!」 慌てて天兵を喚ぼうと、サモナイト石に触れ魔力を集中させ始めたとき・・・ 「うわああぁぁぁぁッ!!!」 「―――――――――――― ・・・あ・・・?」 頭上・・・つまり甲板の方から。 悲鳴と共に“何か茶色い塊”が、物凄い勢いでに近づいてきていた。 ―――――――― ・・・待てよッ! それって完全に衝突コースじゃないかッ!?(焦) 段々大きくなるそれは、落下速度がよりも速いという証。 よりも速い速度で落下し、落ちてくるその塊は・・・ 「・・・子供ッ!?」 よりも小さくて、細い腕。 それを認識したは覚悟を決めて、落下してきた子供を 自らの身体をクッション代わりに受け止めた。 「――――――――― ぐッ!!」 すぐ耳元で、何かが破裂したような音が聞こえ 続いてバチン!!と思い切り掌で叩かれたような衝撃が背中に広がる。 「ナップお兄さまぁーーーーーっ!!!!」 ゴボリと嫌な音をたてて体が水に沈んでゆき、水音以外の全てが遠のいてゆく中。 はではない誰かの声を聞いたような気がした・・・ ただでさえギリギリの高さだったところへ 自分より勢いのついた物体が落ちてきたのだから その重みで落下速度は増し、はなす術も無く海面に叩きつけられた。 この濁流では1度飲み込まれてしまえば、なかなか浮上することはかなわないだろう。 ・・・すぐさまうねりをあげて覆い被さって来た波に、召喚する間すら与えられず と子供の姿は、高波のうねる海へと姿を消した。 「ーーーーーーーッッッ!!!!!」 両脇をフェスとエストに支えられ、その一部始終を空中から見ていたが、今度こそ絶叫する。 うぅだのあぁだの、言葉にならない声を漏らすを尻目に エストは愕然としている冷え切ったの体を、ぐいっとフェスに押し付けた。 「・・・?エストリル?どうし・・・」 「・・・・・・フェストルス、様を頼む。」 「エストリル!?まさかお前・・・ッッ!!」 フェスが続きを口にするよりも速く エストはをフェスに預けると、荒れ狂う海の中へ迷うことなく一直線に飛び込んで行く。 「エストリルッッ!!!」 「フェ、フェス・・・あれ!!」 の震えた声にフェスが顔を上げると、彼女の指差す先には 今にも甲板から海へ飛び込もうとする赤毛の青年と、他にもいくつかの人影があった。 「ナップ!!!」 「おいっ!アンタ、いくらなんでも無茶だっ!!!」 大柄な男の制止の声も聞かず、赤毛の青年は先程 と子供が姿を消した辺りへ狙いを定めると、躊躇う仕草も見せずに、海へと飛び込んだ! バシャンと跳ねあげた水飛沫だけを残して、彼の姿はあまりにもあっさりと高波に飲み込まれてしまう。 それを見たは、一層顔色を蒼褪めさせて喚き始めた。 「た、助けなくちゃ・・・!!!フェス、みんなを助けないと・・・っ!!!」 はそう言って、同意を求めるかのようにフェスを見上げたが、当の本人フェスは酷く戸惑っていた。 ・・・なんと言っても、が姿を消したままなのだ。助けにはいきたい、だが・・・。 そこでフェスは、腕に抱えているへと視線を落とした。 が自分に求めていたのは、を助けることだったはず。 けれども腕の中で叫び狂うが、フェスの戸惑いをさらに強くさせる。 彼等を助けるべきか、それともを安全なところまで連れて行くことが先決か・・・ フェスの中で、2つの意見がせめぎ合い。天秤が、一方に傾きかけたとき フェスの耳に、空間を丸ごと振るわせるような低い音が轟いてきた。 ・・・見ると、ついに限界が来たのだろう。 随分と頑丈そうな船ではあったのだが、それが沈み始めようとしているところだった。 その光景を目の当たりにして、ようやく。 フェスはハッと我に返り、自分が今何をすべきかということに気がついた。 「・・・くっ!ともかくさま!貴女さまを安全な場所へお連れします!」 フェスが既に決定した事だと言わんばかりに強く言い切ると はビー玉のような瞳を驚きに見開いて、フェスをじっと見つめた。 「フェスッ!?でも、とエストはどうするですかッ!? それにあの船に残ってる人たちだって、このままじゃ――――――― ・・・ッッ!!」 「あの船には、もう一艘別の船が横付けしています!あれでなら、まだ彼らも逃げられる!!」 「じゃあ、とエストは・・・ッッ!?」 がの名前を出すと、努めて冷静にしようとしていたフェスは 途端に表情を顰め、軽く形のよい唇をきゅっと噛みしめた。 「・・・・・・大丈夫、です。さまにはエストリルがついていますから・・・。 きっと、助け出してくる・・・!!」 「・・・でもっ!!!」 「さまっ!!!」 尚も食い下がろうとするに、フェスが声を荒げた。 結構な時間雨に打たれていたため、2人とも全身びしょぬれになっていて 驚いて思わず動作を止めたは、フェスの翼から水滴が滴り落ちるのを見た。 フェスの碧い双眸にじっと見据えられ はそこで、忘れかけていた寒気が戻ってくるのを感じていた。 「―――――――― ・・・落ち着いてください、さま。 今貴女が彼等やさまを助けようとしたところで、一体なにが出来るというのです?」 「・・・ッ!?」 は今まで、自分がどれだけ冷静さを欠いていたのか思い知った。 フェスの言葉は、の脳に砂漠に水を撒いたかのように素早く浸透し 素直に受け止めることが出来・・・云々。 ・・・助けたいと思うばかりで、肝心の助ける方法を考えていなかったのだから。 そんなの心境の変化を感じ取ったのか フェスは視線をあげ、沈み行く船を名残惜しそうに見つめた。 「・・・私はさまを連れて飛ぶだけで精一杯。 レヴァティーンも体の大きさから考えて、この強風では飛行は困難でしょう。 そして貴女が他に持っているサモナイト石といえば、ポワソやテテと誓約を交わしたもの。 それで彼等を、どのようにして助けられるつもりですか・・・?」 「・・・・・・。」 悲痛さの籠められたフェスの声に、はもう何も言えなくなった。 自分だけじゃない。フェスだって、出来るなら全員を助けたかったのだ・・・。 きっと彼は、今自分と同じ無力さを痛感しているはず。そんな彼にあたるのはお門違いだ。 「・・・ご無礼をお許しください、さま。 ですが今はどうか・・・貴女自身が助かることを1番に考えてください。 何よりもさまが私に願ったのは・・・さま。貴女の、無事なのですから。」 こんなときでも、丁寧に頭をさげる彼に はブンブンと髪に付いた水滴を一緒に飛ばしながら、首を横に振った。 「・・・ごめんなさい、フェス。フェスだって、出来るなら・・・・・・」 “を助けに行きたいんでしょう?” その言葉を、は寸でのところで飲み込んだ。 そうしたくとも出来ない彼に今その言葉を聞かせるのは、あまりにも残酷すぎるだろう。 「――――――――― ・・・いえ、理解していただけてよかった。 この暴風では、さまを連れて飛ぶことも決して安全とは言えません。 ただでさえ、エストリルがいないのですから・・・。」 「・・・・・・。」 「・・・さぁ。行きましょう、さま。 少なくとも、私がさまの魔力でここにいる間は、さまがご無事だという証なのですから。」 「・・・・・・はいです。」 |
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戯言。 はい、ついに始めちゃいました3連載です(苦笑) 知っている人は知っているかも知れませんが、結構前から話だけは考えていまして 主人公はどうしようかのアンケートを行ったりしてました。 それでアンケートの結果と自分の意思を踏まえて 結局2連載の主人公達で、3の連載もどきをやることになりました。 2連載も終わってないってのにねぇ・・・?と思っていたのですが あまりにもあちらの連載の終わりが見えないので(苦) やりたいんならやっとくか!いつ駄目になるかもわかんねぇしな! ・・・ということで落ち着きました(笑) 2連載に比べて、今回長さはかなり短くなっています。 区切りが良かったのと、この方が更新しやすくなるかなーなんて、ちょこっと試験的なものです。 長かったり、短かったりしそうです。3連載は。 でもあんまり書くと2連載のネタバレとかあるので、どうしようかなぁと検討中。 まぁ、ネタバレ注意をご理解の上読んでやってください(笑) 本格的なネタバレはまだまだなのですが、設定を考えている本人としては 多分次の話ぐらいでもちょこっとネタバレが関わるかなと思ってます。 ・・・けどまぁいっか、邪な目で見なければ解らないだろう(笑) ・・・と、ところでレックスって、生徒のこと最初から呼び捨てでしたっけ?(汗) アティはくん・ちゃん付けだったと思うのですが・・・ナップくんって呼ぶレックスが想像できない・・・ッ! |
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2004/09/27