飲み込まれる。


黒い力に、全てが。


・・・沈んでいく。


深くて底の見えない空間に堕ちてゆく、己の身体・・・・・・






その光景を虚ろな瞳で、どこか他人事の様に眺めていた。






「・・・・・・?」






そのとき。スッと、一本の糸が垂れ下がってくる。


・・・いや、これは光だろうか・・・?


手が、それを掴めずに突き抜けた。
そんな風にぼんやりとした思考で考えていると
一体どこまで続くのか?・・・今までずっと続いていた下降が、ピタリと止まる。

そして今度は反対に、上昇を始めた。
まるでこの細い光に落下しているところを捉えられ、引っ張り上げられているような感覚。



落下していたときよりもずっと早い速度で昇っていく。
あっという間に光が見えてきて・・・あぁ、もう出口だ。








―――――――――――― ・・・今度は、光に飲み込まれた。








なんだか妙に安心して、さっきとは違うまどろんだ思考の中
・・・意識を、手放した。




















〓 存在理由 〓



















「・・・カイナ、どう?」




ナツミが、不安そうにカイナの手元を覗き込む。


・・・ここはサイジェントにあるオプテュスの一角。

―――――――――――――― ・・・バノッサの部屋だ。

彼の部屋に、珍しくフラットのメンバーがほぼ総動員していた。
全員が瀕死とはいかないがボロボロで、疲労が顔に濃く滲み出ている。
カイナが、苦い表情で答えた。




「出来る限りの手は尽くしたのですが・・・・・・」




そう言って、顔を背ける。




「そんな・・・嘘だろ?バノッサ・・・?」




ハヤトが、フラフラと後退したナツミを後ろかしっかり支えて。
・・・けれど呆然とした声で、そう呟いた。

部屋の主バノッサは、元から白い素肌をもっと青白くして。
ベッドに寝かされたまま、ピクリとも動かない。




「体の内側から細胞が壊れていく速度が速すぎます。
いくら私が治癒を施しても、とてもそれに追いつけません。
・・・幸いなことと言えば、もがき苦しむような苦痛がないということくらいしか・・・」




パタン。




扉が開く音がして、一斉にそちらに注目が集まった。




「まだ起きたばかりなんですよ!?あまり無茶はしないで下さい!!」


「・・・っ・・・でも、バノッサさんが・・・!」




そこに立っていたのは、体を引き摺るようにして壁に凭れかかっているカノンと
それを後ろから支えながらも、自身もフラフラと頼りないアヤ。

それを見て、ソルとカシスが慌てて二人を支えに行った。




「アヤ。アヤは体の方、もう大丈夫なのかい?」




トウヤが声を掛ける。




「・・・はい。まだ多少フラツキますけど、私は大丈夫です。」


「でも父上・・・・・・オルドレイクの術を、無理矢理障壁を作り出して弾いたんだ。
まだ、君も寝ていたほうがいい。」




キールが気まずそうな顔をして言葉を濁し、アヤの体調を気遣ってそう言った。
けれどアヤは、丁寧な態度と反対に強い意思を見せ、頑なに首を横に振る。




「バノッサさんッ!!」




カノンが、ベッドに横たわるバノッサを視界に入れて。ベッドまで転がるようにして駆け寄った。

そして、カイナを見上げ・・・




「・・・・・・。」




瞳を伏せ、首を振るカイナの返答に、愕然とする。




――――――――――― ・・・そんなッ・・・!?」




カノンの瞳が大きく見開かれる。
カノンは顔を歪ませると、顔を布団に伏せて鳴き声を漏らし始めた。




「・・・う・・・うわああああああ!!」




カイナはゆっくりと立ち上がり、一礼をすると静かに部屋から立ち去って行く。
他の皆も、それに倣って次々に部屋を後にする。
トウヤも部屋を出ようとして、けれど。

未だカノンの他にもう1人、部屋から出ようとしない人間がいることに気が付いた。




―――――――――――― ・・・。」


「・・・・・・はもう少しここにいます。」


「・・・・・・。」


――――――――― ・・・最期まで、見届けてやりたいんです。」


「・・・わかった。でも、あまり無理はするんじゃないよ?いいね?」


「・・・はい・・・わかってます、トウヤ・・・」




がしっかりとした返事を返したことに満足すると、トウヤはポンポン
と背を向けたままのの頭を撫でて、静かに扉を閉めた。



トウヤが出て行ってしまった後、はゆっくりと
今まで直視しなかった、バノッサの眠るベッドへと近づく。




――――――――――― ・・・カノン・・・」


お姉さ・・・ッッ!!」




小さく名前を呼ぶと、カノンが。
今度はに縋り付いて、声を殺して啜り泣いた。
同じ歳とは思えないほどしっかりとしていたあのカノンが、今はずっと小さく思えて。




は、ただただ。泣き続けるカノンの頭を優しく撫でるくらいしか出来なかった。














どれだけの時間が経っただろう?
はあれから、ずっとカノンの頭を撫でていたが
カノンは泣き疲れたのか、バノッサの布団に頭を乗せて眠りについてしまった。

やがては、カノンの髪を撫でていた手を止めた。
手近にあったイスを、音を立てないように気を付けながら、静かに引き寄せる。

イスに腰掛けてから、今度はバノッサに触れてみた。

・・・まだ、温かい。けれど確実に。
――――――――― ・・・徐々に、奪われていく体温。




髪がサラサラと零れ落ちる。

彼の命と、同じように。




―――――――――――― ・・・バノッサ・・・?」




呼んでみる。すぐにもその紅い瞳を開いて、自分に文句を言いそうに見えたから。
けれど。・・・いつまで経っても、その瞳は開かない。




「・・・なぁ?起きろよ・・・・・・カノンも、待ってる。」




そう呟いて、手を取った。
今までは出来なかった・・・初めて出会ったとき、無理矢理に解いたその手を、もう1度。


自分とは違う固い手。この手で、彼は2本の剣を振るっていた。






・・・綺麗、だったと思う。






剣の照り返しが似合いすぎる奴で・・・だから自分も、銃を2つ手に取った。


妙な対抗意識を燃やして。








―――――――――― ・・・それでいて、愚かだったとも思う。








自分から自分のことを話そうとはしないし、誰かに助けてもらおうとしない。
・・・言ってくれれば、少しは助けてやれるのに。

頑なに、それを口にはしなかった。
・・・最後ですら、口にしたのは自分に剣を向けろという言葉。
けれど。彼の剣は口よりも雄弁に、自分のことを語ったから。
・・・・・・だから、自分も必死に戦ったけれど。

何故彼には、助けてくれる人間がいなかったのか。
何故彼には、違う道を指し示してくれる人がいなかったのか。

・・・答えは出ないけれど、自分もああなっていても可笑しくはなかったし、
似ている所も多いと思う。
それを考えると、とても他人事とは思えなくて。

自分が何をして。誰を救って。・・・・・・何を、持っているのかにも気付かずに。
ひたすら血生臭い道を走っていた。




―――――――――― ・・・お前、本当・・・馬鹿だよ。」




こんなに必要としてくれる人がいるのに。
それを見ようともしないで、居場所がないなんて言って。

無理矢理に破壊して作った新たな道を進み、わざわざ血を流して傷つくことを選んだ。

そして命が消えかかっている今も、その人をここまで悲しませている。




「・・・どうして、それを他のところに向けられなかったかなぁ・・・?」




―――――――― ・・・そうしたら。
もう少し違う結末が待っていたかもしれないのに。






自分で思っているほど能力のない奴でも無いし。
自分で言うほどいらない奴でも無かったんだよ、お前は。






それからは、自分の手を見つめた。
まだ・・・感覚が、残ってる。あの嫌な・・・“断つ”、感触。






―――――――――――― ・・・憶えてる、彼が生きていた証。






彼に、最初に剣を向けたのは自分だ。
――――――――――― ・・・最期にトドメを刺したのも、・・・

それが・・・彼が最期に初めて言った、“願い”だったから。
初めて、バノッサがものを頼んだから。






――――――――――― ・・・聴いて・・・叶えて、やりたかった。





最期は近距離から、短剣で。遠くから銃で・・・なんて、淋しいだろ?
今まで、それを1番恐れていたわけだけど・・・・・・そこまで軽薄じゃないよ、も。






今まで何度か味わった、あの感触の中でも。・・・これだけは、悪夢のように一生付き纏いそうだ。

願いを聞き届けた・・・叶えた、はずなのに。
終わった時には、なにもなかった。

助かったという安堵も、世界を救えたという嬉しさも



――――――――――――― ・・・彼の願いをきけたという、充足感すらも。



なんとなく、解っているんだ。

本当の・・・本当の願いは、何処か別の場所にあったこと。




―――――――――――――― ・・・ヤベ。」




はそこで、自分もシーツに丸い染みを作っていることに気が付いた。
・・・どうやら下を向いていたのがまずかったらしい。






それでも。






最期くらいは泣いてやってもいいかと、そう心に決めて。
大声を出して、喚きこそしなかったが、溢れ出る涙を拭わずにバノッサを見つめていた。


が瞬きを1つして、涙が・・・
魔力と一緒に光を発しながら。1滴、バノッサの手の上にポツリと落ちた。




―――――――――――――― ッッ!?」




が驚いて、顔を上げる。・・・涙を流していたことすら忘れて。
顔を上げると、そこはもう。さっきまで自分達がいた部屋ではなくなっていた。




「・・・ここは!?お姉さん、無事ですかッ!?」




あまりの光量に、眠っていた筈のカノンも、慌てて飛び起きる。
自分を庇おうとして、ゴシゴシと目を擦って、前方を睨みつけている。
強く、の手を握るカノンは・・・なんだか、見ていて痛々しかった。




「あ、あぁ。大丈夫だよ、カノン。・・・それよりこれはもしかして・・・」




見覚えのある光景。これだけ大量の光が差しているというのに、ほとんど無音の空間。
その中に、4つの大きな・・・魔力の塊が、光として宙に存在していた。




『・・・久しいな。誓約者と共に、第五の世界。・・・“名も無き世界”から召喚されし者よ・・・』






―――――――――――― ・・・エル、ゴ・・・?」



















知っていたんだ。


・・・自分は、皆と一緒に呼ばれて来たわけじゃないし、誓約者にはなれないこと・・・




――――――――――――― ・・・気付いていたんだ。




には、誓約者(みんな)とは少し違う。・・・そんな能力があったこと。
見て見ぬフリをしていたけれども。


ただ、怖くて言えなかっただけ。
また・・・“違う”のだと思い知らされるだけかも知れないから・・・









――――――――――――― ・・・いいよ。条件を呑もう、エルゴ・・・」






























――――――――――― ・・・あ?・・・ここは・・・」








次に俺が目を覚ました時、最初に見たもの・・・








「この馬鹿がーーッ!!の許可無しに
勝手に死んでんじゃねぇーーーーーーッ!!!」



「ぐはぁッ!?(汗)」










それは良く見慣れた奴の拳だった。


訳も分からず殴られた顔を抑え、もう1度突っ伏すことになったベッドから
反動を付けて勢い良く起き上がる。




「痛ぇなこの野朗ッ!!いきなりなにしやがるッッ!!」


「・・・っっバノッサさんッッ!!」




叫んだ途端、今度は腰の辺りに何かがタックルをかましてきた。
――――――――――― ・・・カノンだ。




「ぐっ・・・!カ、カノン!!テメェまでなんなんだよッ!?」


「1度言ってやりたかったんだ!居場所がない居場所がないって・・・
こんなにお前を待ってる奴がいるだろッ!?良く見ろ、馬鹿!!お前の目は節穴かッ!?
それでも足りないって言うんなら、や会長がそんなもん、いくらでもくれてやるッ!!」




カノンにしがみ付かれて身動きの取れないバノッサに、それだけ一気に捲し立てて叫ぶと。
パンチを喰らわした張本人は、ダンダンと足を踏み鳴らしてさっさと部屋から出て行ってしまった。




「オイ!待ちやがれ、テメェ!!」


「バノッサさん・・・バノッサさん・・・!!良かった!本当に良かった!!」




一向に離れようとしないカノンを見下ろして。
取り敢えずこちらから片付けようと、バノッサは覚悟を決めて座りなおした。




「カノン・・・一体どうしたってんだ?」




尋ねると、カノンはポカンと口を開けて俺を見上げてから・・・




「どうした?・・・じゃありませんよッッ!!覚えてないんですかッ!?」


「な、何をだよ・・・?」




少し気圧されながら。それでももう1度そう問うと
・・・カノンは腕を放してから、落ち着いた声で言った。




「・・・本当に、覚えてないんですか?」


「??あぁ・・・」


―――――――――― ・・・バノッサさん、魔王に取り込まれそうになって・・・」








――――――――――――― ・・・思い、出した。








あの胸糞悪くなる光景。
・・・ただ血の赤だけが鮮やかで、後は子供のらくがきのようにごちゃごちゃだ。




「・・・どうして俺は助かった・・・?」


「それは・・・お姉さんが・・・」


「アイツが?」




少し言い淀んだカノンを、その強い視線で射抜く。
有耶無耶には出来ないと悟ったらしいカノンは、意を決した様子で口を開いた。




「・・・さっき、お姉さんの前に突然エルゴが現れて言ったんです。
お姉さんが条件を呑めば、バノッサさんの命を助けてくれるって。」




肝心なところをなかなか話したがらないカノンに、その先を促す。




――――――――――― ・・・その条件ってのは?」


「・・・・・・。」




けれどカノンは言い辛そうに視線を逸らし・・・。
きちんとした言葉にならない声を漏らすばかりだ。

カノンが話したがらない理由に、段々はっきりとしてきた思考で
そろそろ見当が付き始める。

この自分を最優先にしているカノンが。
・・・それをしても尚、バノッサの言葉と秤に掛けてみて戸惑う程の相手なんていうのは
・・・この世界で自分の他に、あと1人ぐらいだ。






アイツは、カノンに何かを口止めして行った。






「言え。カノン。」




口調と眼差しを更に強めて。
・・・短くそう、唸るように呟くと。カノンはゆっくりと顔を上げた。




「・・・今回の一連事件で消失した・・・
サプレスのエルゴの代理人を務めれば。・・・バノッサさんを、助けてくれるって・・・」








―――――――――――― ・・・その言葉の意味するところは・・・








・・・俺はただ愕然と、瞳を見開いた。






























それは半ば理解していたような・・・予感めいたものがあった。




『気付いているのだろう?お前には誓約者に無い、特殊な能力が備わっていることを・・・』


――――――――ッ!?」


『そこにいる、鬼神と人間の子・・・実際に助けたのは誓約者だが
誓約者も、お前の声がなければ助けられなかった筈だ・・・。
あの者が術を放とうとした時。お前には魔力の集結する様と、術の軌道が視えたのだろう?』


「・・・、お姉さん・・・?」




カノンが、こちらを見上げているのが視界の隅に入る。
けれどそれに口では答えずに、手を強く握り返すことでそれに応えた。




「・・・・・・。」


『そうでなければ、術の発動を予測して標的を護るなど、不可能だ。
お前はサプレスの魔力に関してだけは、誓約者よりも秀でたものを持っている。』


―――――――――― ・・・なにが、言いたいんだ?
・・・わざわざ遠まわしに言わなくてもいい。アンタらはに何を望んでる?」






・・・コイツラが、用も無しに。
よりによっての前になんか、現れる筈はないんだ。






――――――――――― ・・・消滅したサプレスのエルゴの、代役を
守護者と兼任し務めて欲しい。』


「はぁ!?・・・ちょっと待った!!アンタ、頭可笑しいんじゃないか?
ちょっとサプレスの魔力が強いだけのただの人間1人に、そんな芸当が・・・・・・あっ!!」


『・・・気づいたようだな。確かに、お前一人では心許無い。そこで・・・』


――――――――――― ・・・バノッサの出番・・・って訳、ね。」






1度魔王の意識に吸収されかけたバノッサなら。
元から“血統”は十分なのだ。それすらも、申し分なく務めてみせるだろう。






『どうだ?・・・悪い条件ではあるまい。人間の力では、これ以上の治癒は不可能だ。
本来なら我々の関知する所ではないが・・・今回は我らに責任が少しも無いわけでもない。』






「きちんと退路まで塞いだ上に、布石まで置いてある。
―――――――――― ・・・随分と要領がいいんだな・・・?」


『・・・どうするのだ?』






それがどんなことを意味するのか・・・解らないわけじゃない。
でもこんな脅迫めいた提案・・・狡いじゃないか。




だから1つ、大きく息を吐いた。








―――――――――――― ・・・いいよ。条件を呑もう、エルゴ・・・」








―――――――――― ・・・それの意味する所はこの世界(リィンバウム)への束縛。

故郷への帰路が、完全に断たれたということ。

万に一の確率で、帰る方法が見つかったとしても。
“守護者”という名の重い鎖は容赦無く足首に絡みつき、決してを離してはくれないだろう。






・・・あぁ、とんでもない足枷を引き受けたな。






でもそれでも。


カノンが泣いて、みんなが悲しんで・・・・・・それくらいなら。


そう思って、ゆっくりと瞼を閉じた。


























イライラする、イライラする、イライラする・・・・・・ッ!!
そう思って、舞い上がった砂煙を蹴った。・・・こんなに足は軽かったか?






『ごめんなさい!僕が!・・・僕がもっとしっかりしていれば・・・その意味を知ってたら・・・ッ!!』






申し訳無さそうに俯いた、カノンの顔が脳裏を過ぎる。
・・・そうじゃねぇ。俺が怒ってるのはお前にじゃねぇよ、カノン。

いつもと何1つ変わらぬ態度で、罵声を浴びせて出て行ったあの馬鹿。
・・・あまりにも変わらな過ぎるから、一瞬いつもの日常かと勘違いしてしまった。






『本当はバノッサさんにも、お姉さんと同じ役割をするようにって言ったんです。
・・・でもお姉さんは、自分が勝手にやったことだから、バノッサさんには黙っていろって。』






いい加減にしろ。どこまで勝手なことやらかすつもりだ?






・・・それに、見つけてしまった。
その役割を担う為の能力なんだか知らねぇが、見つけちまったんだ。
シーツにいくつも残ってた、アイツの魔力が沁み込んだ、丸い何かの痕。



―――――――――――― ・・・シミ。



・・・どうやらまた俺は、自分のいない所でアイツを泣かせてしまったらしい。
前もそうだった。アイツは誰にも気付かれないようにこっそりと、1人で声も殺して泣くから。
虚勢を張って誤魔化すのも、とてつもなく上手い。


だから俺は、まだ言うことを聞かない身体を引き摺ってアイツラの本拠へ乗り込む。


アイツを馬鹿か、と一喝してやる為に。
こんなくだらないヤツ救う為に、そんな枷付けられてんじゃねぇよ。

だったら、半分俺に引き摺らせろ。
軽くなりすぎた足じゃ、地についてる気がしない。


―――――――― ・・・いいか?
だから一発ぐらい俺にも殴らせろよ。


――――――――――――― ・・・さっきの、お返しに。
























決して柔らかいとはいえない。けれど、馴染んだ感触のベッドにボスンと身を沈めた。
手近なところにあった枕を引き寄せ、顔を埋める。

身勝手、なことだったろうか?
カノンの涙を止めたくて、あの毎日を壊したくなくて。

・・・自分の都合だけでバノッサを呼び戻した。
でも、アイツは死こそ願ってはいなかったけど、蘇ることは望んでいなかったかもしれない・・・




――――――――― ・・・全てを知ったら。怒るかな、アイツ。




勝手なことをしたに、憤りを感じているだろうか?
・・・それでいて、バノッサの1番嫌いそうな仕事を押し付けられるわけもなく。

オプテュスから戻ってきてから、また妙な機能が増えたらしく
見ようと思えば、今まで以上に余計なものが視えるようになっていた・・・。
その反動か、気だるさがどうしても体に付き纏う。

きっとこれが、エルゴの代理を務めるってことなんだろう。
自分の中で、魔力が膨れ上がっているのが解るから。




「・・・勝手、だったかな・・・」


「そのようなことはありません。」




ボソっと呟くと、確かな返事が返ってくる。
はゴロリと寝返りを打って、声の主に振り返った。




「・・・エスト。」




すると彼女は綺麗に微笑んで、ゆっくりとの髪を撫でた。




「・・・マスターはバノッサ様が生きる事を、本当に望んでおられたのでしょう?」


「・・・うん、まぁ・・・は、ね。」


「・・・勝手なんかではありません。」


「・・・ん。」




そっと髪を梳く彼女の指は優しくて。
・・・エストが悪魔だなんて、到底思えない。




達人間が知覚している“悪魔”というのは、勝手にこちらが凝り固めただけのイメージで
・・・・・・案外、真実は違っているのかもしれない。そんなことを思う。




開けた窓から爽やかな風が吹き込み、髪を揺らす。
その音の中に混じった微かな羽音に気付いて、は顔を上げた。




――――――――――― ・・・フェストルス、戻ってきたか。」




エストが呟き。白い翼を羽ばたかせて、1人の天使が優雅に室内に降り立った。


流石に、真正面から聞く勇気は持てないけれど。


アッチの世界から強引に連れ戻されたバノッサが
それをどう思っているのか、あるいはどうしようとしているのか。
・・・・・・気にならないわけではなかった。


もたらされた“生”に絶望するのか、それとも希望を抱くのか。


だから、フェスに様子を見に行って貰うことにして、窓は彼が帰って来た時の為に開けておいたのだ。




「・・・フェス、どうだった?」




その美しい翼を器用に折り畳む彼に、寝転がったままそう尋ねると、彼は優しい笑みを浮かべ。
・・・その笑みは、彼の翼と同じくらい。やっぱり、綺麗で・・・。
彼の翼から舞い落ちた羽を掴もうと伸ばした手が、羽を掠め宙を切る。




さま。・・・どうやら杞憂に終わりそうですよ。」


「???」


「・・・フェストルス、それはどういうことだ?説明しろ。」


「すぐにさまもお解かりに・・・」








「あの馬鹿は何処にいやがるッ!?」








・・・ちょうどその時、耳慣れた怒声がフラットに響き渡った。























バノッサは、誰からの返事を待つことなく。
・・・今まで数回、しかも攻め込んだことしかない筈のフラットの室内を確信の足取りで突き進んだ。
まだ使い慣れない、ぎこちない感覚が。彼女はこちらにいるのだと自分を導く。

そうして辿り着いたのは1枚のトビラ。
・・・この向こうに、彼女がいる。どうしてか、それが解る。
それはとてつもなく妙な感じだったけれど。


バノッサは1回深呼吸をすると、壊れてしまいそうなくらいに勢い良く、トビラを開け放った。


目の前には、余程驚いたのか。
ベッドから体を起こし。珍しいくらいに瞳を見開いた、の姿。
両脇に、天使と悪魔を従えて
――――――――――― ・・・
それが、彼女自身を象徴しているようにも思えた。


冷静な瞳でこちらを見据える悪魔と、意味ありげな視線を向ける天使。


バノッサがズカズカと歩いていくと、悪魔と天使の2人はサッと道をあけたが
当の本人は、ぽかんと口を開けて見上げるだけ。
バノッサはこちらを見上げるに、高く手を振り翳して・・・



そのままの勢いで振り降ろす!



少し鈍い音がして、は頭を押さえて蹲った。




「痛っーーーーッ!?なんだよ!いきなりチョップなんか食らわすな!この馬鹿!!」


「うるせぇ!!馬鹿に馬鹿って言われる筋合いはねぇんだよッ!!」


「言うに事欠いて馬鹿ッ!?お前ならいざ知らず、このが!?」


「あぁ、そうだッ!勝手にお節介焼いて、黙ったまま消えるんじゃねぇよ!」




そう叫ぶと、彼女の瞳にふと翳りがさす。
普段の勢いを失った彼女は、気まずそうにバノッサから視線を外した。
シーツの皺を見つめ、自嘲の笑みを浮かべる。




「・・・・・・・・・はは、なんだ。もうカノン、吐いちゃったのか・・・。思ったより、早いな。」


「・・・・・・この妙な感覚は、そのせいか?」




が、驚いた様子で顔を上げた。
こちらを見上げる彼女の瞳一杯に、自分が映っている。
そのさまを、バノッサはどこか満足げに見つめた。




「妙なって・・・。他人の魔力が見えたり、感じたり・・・・・・お前にも染ってんの!?コレ!?」


「・・・みてぇだな。それ使って、この部屋まで来た。」




肯定の返事を返すと、彼女は大きな溜息と共に、手で顔を覆う。
それから、思いっきり息を吸い込んで。後ろに、仰向けに倒れこんだ。

その瞳に自分が映し出されていないことが気に喰わなくて
バノッサは、のすぐ傍まで近づいて、ベッドに片膝をつく。

・・・これなら、彼女の視界に嫌でも入る筈だ。




「・・・なんだ。、馬鹿みたいだな・・・。こんなんじゃ、言わなくたって違和感バリバリだっての。」




絞り出すように言葉を吐き出す。
今にも泣き出しそうなくらい、表情は歪められているのに・・・
己を嘲笑うような口調は変わらない。

―――――――――――― ・・・いくら待っても、涙は流れない。
彼女が、人前では絶対に泣かないことを知っている。
・・・多分、ある1人を除いては。




「・・・いつからだ?」


「・・・なにがさ?」


「お前が・・・この妙な力を持ってたのは。」


「そうだな・・・最初は何もなかったんだ。・・・だんだん安定して召喚獣が喚べるようになって。
だんだん、高位の召喚術も使えるようになって・・・
その度に、より濃く、よりはっきり。魔力が視えるようになってった。
――――――――――― ・・・だから、ここだけの話。お前の異変にもすぐ気付いたよ・・・」


――――――――――― ・・・なんでアイツラに言わなかった?」




忠実にこちらの質問に答えていたが、表情を曇らせて口を噤んだ。




「・・・・・・。」


「言え。」


―――――――――――― ・・・違うんだよ。」


「・・・?」


だけ・・・みんなと違う、から。」




眉間に皺を寄せながら。苦渋の顔でそう告げたを、バノッサは一瞬呆気に取られて凝視した後・・・






「馬鹿かテメェはッッ!?」




「は?」






本日2度目になる・・・間抜けな。
なんで怒鳴られるのか、わかっていないその顔。






――――――――――― ・・・俺には説教垂れて、散々怒鳴ったくせしやがって!






「だから、テメェは馬鹿だって言ってんだよ!!!
いつもはあんだけ大暴れして、言わなくていいようなことまで言うくせに
なんで肝心なことは言いやがらねぇッ!?
こういうときに、嫌味と理屈こねるのが得意なその口を使いやがれッ!!」


「・・・へ?」


「・・・これ以上1人で勝手に行動すんじゃねぇぞ!・・・いいな!?」




それを最後に。
バノッサは踵を返すと、の顔を見ることもせずに足早に部屋を出た。



















バタン。




「・・・・・・あれって・・・」




必要以上に勢い良く閉められたドア。
それを見つめながら。1人取り残された部屋で呆然と呟いていると
向こう側から、誰かの走る足音と、続いて何かが倒れる音が聴こえた。

・・・多分、バノッサの姿を見たナツミやカシスあたりが
涙腺を緩ませて、バノッサに飛びつきでもしたのだろう。



・・・そうしたら、きっと。



そういう積極的な行動で、自分の必要性を訴えられたことのないバノッサは
紅い瞳を驚き、丸くして。為す術もなく倒れるに違いないから。


フェスが、穏やかな笑みを浮かべて、の肩に手を置いた。




「・・・はい、さまにお付き合い下さると言っておられるのだと思いますが。」


―――――――――― ・・・フェストルスに同じく。」




2人の声に、なんだかたくさん勇気付けられて・・・。
は思わず、にやける口元を抑え切れなかった。




「・・・へへへ・・・そっか。」




コンコン。




ドアをノックする音に、は顔を上げる。
ドア1枚を挟んでいても、容易に気配は察知出来る。
・・・けれど、このフラットに。コレと同じ魔力をした人間は、4人いて・・・。
誰か・・・とが尋ねる前に、ノックをした本人が先に口を開いた。




「・・・?入ってもいいかな?」


「あ、会長。はい、どうぞ。」




名乗らなくても、その声だけで十分で。
はそう返事をして、いつもなら開けにいかないドアを、そそくさと開けに行く。
そうして部屋に招き入れられた途端、トウヤは嬉しそうに微笑んだ。




――――――――――― ・・・良かったね、。」


「・・・え?」


「バノッサのことだよ。大丈夫だったんだろう?」


―――――――――――― ・・・はい。」




何も言わなくても、伝わってしまう。
きっと、彼は。が何を杞憂していたかも知っているに違いないのだから。
思わず表情が緩んで・・・は、トウヤの前でしか見せない、柔らかい表情になる。

この人には勝てないな、とが思っていると
が考えていることを察したのか、トウヤが言った。




が元気になっていたからね、上手く納まったんじゃないかと思ったんだ。
・・・これで、フェスとエストも安心だろう?」




コクリ、とエストが無言で頷いて
フェスもクスクスと笑いながら、それに同意する。




「流石のさまも、トウヤさまには敵いませんね。」


「・・・うん。悪いけど敵わないよ、フェス。ごめんな、こんな召喚主で。」




茶化してそう言って、“いえいえ”とフェスが頭を振る。
そして、その場にいた4人は。
それは微笑だったり、それは口を大きく開けたものだったり。
・・・それぞれ違いはあるが、お互いに笑い合った。




「・・・良く頑張ったね、。エドスも他の皆も、喜んでるよ。」


――――――――――― ・・・って会長。まさか、バノッサに泣きついたのって・・・!!(汗)」


「うん。ナツミでもカシスでもなくて、エドスだよ(爽)」




そりゃあバノッサも倒れるってばッ!!(滝汗)




その光景を想像したのか、は嫌そうに顔を歪めた。そして、言う。




「・・・アイツ、窒息死してないですか?」


「あはは。半分逝きかけて、ナツミが大慌てで治療してるよ?」


「・・・まじッスか!?折角が蘇生させたのに、もう1度殺ってどうすんだ!?
オイこらエドスーーーーーッッ!!」




そう叫びながら、部屋の外に出て行こうとするにやんわりと。
・・・けれど、抗えない雰囲気を漂わせた声色で。トウヤがを呼び止めた。




――――――――――― ・・・。」


「はい。なんですか、会長?」




は元々抗う気もなかったようで、くるりと後ろを振り向く。




「・・・大丈夫。例え日本に帰れなくても、その時は僕達も一緒だからね。」


――――――――――― ・・・!!」


が、驚きに瞳を見開く。
いくら敵わないとは言っても、まさかそこまで悟られているなんて・・・思ってもみなかったから。




――――――――――― ・・・僕はずっと、と一緒にいるよ。」




でも、トウヤなら。・・・それもまた、不思議じゃないか、と思い直して。
はとびっきりの笑顔を向けることで、自分の意思をトウヤに伝える。




――――――――――― ・・・はいっ!!会長!!」




言って、背を向けたかと思うと。
はドタドタと音をたてて、部屋の外へ片手を振り上げて走って行った。




「エドーースッッ!その馬鹿を抱き締め殺すんじゃない!カノンが泣くだろッ!!」




主のいなくなった部屋には、天使と悪魔と・・・誓約者が1人ずつ。




「・・・まぁ、バノッサがの好意を無下にするとは思っていなかったけれどね。」


「・・・やはり、トウヤ様もそう思われましたか・・・」


さまが気にしすぎでおいでだっただけですよね。」




なんとはなしに、3人はそう呟いた。




ここまで聞こえてくるの叫び声と皆の騒がしさに
いつもの日常が戻って来た幸せを噛み締めながら・・・。





























戯言。


・・・はい。まだが登場する前の。1の話が終わった頃の話です。
意外と押しに弱い・・・?疑惑浮上のさんです。(笑)
カノンとバノッサが生きていて、なんでエルゴの代理なんかやっているのか、その理由編、でした。
本編にフェスとエストの名前が出てきましたので、彼等の紹介もちょっとあります。
は、自分がリィンバウムから離れられなくなることと引き換えに
バノッサを生き返らせて貰ったのですよ。それで2人で仮エルゴなんかしてるんです。

だから態度はあんなでも、バノッサは結構恩を感じていたり。
バノッサがもう1回頑張ろうと、生きてみようかと思う。
存在する理由は、この辺にあるのです。(タイトルとのこじつけ)

前にも泣かせたとかうんたらかんたらは
とバノッサの出会いに関係があるのですが、それはまた別の機会にでも。
いえ・・・あるにはあるんですけど、きちんと文字で出来てないんですよ。

長編3話の後半で、が召喚されることについて色々言っておりますが
はリィンバウムからは出れない保証はあるんですけど
リィンバウム内部で召喚されない保証がないってことで・・・あぁ、解り辛い(苦)
ちなみに、エドスに泣きつかれたとバノッサが証言しているのもこれです(笑)

久々の短編でしたけど、結構な時間暖めていた話でもありますので
少しでも楽しんで頂ければ幸いかと。





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