序章

〜僕の景色に彼女が映る日〜














お昼休み、昼食を済ませたアティが教室から出ようとすると
教室の出入り口に見たことのある人物が、壁に背を預けて立っていた。

彼はアティの姿を視界に止めると、口の端をスッと持ち上げて、薄く笑う。

その動作に何か裏を感じて、アティは内心こっそりと気合を入れなおすと
何事もなかったかのように、ゆっくりと彼に近づいた。




・・・怯えを見せたら、負けだと思う。




「・・・アズリアなら、レックスのところに行っているから、ここにはいませんよ?」




すると彼は、何が面白いんだかクスクスと笑って
それからアティを上目遣いに見つめる。




――――――――――― ・・・君を待ってたんだよ。」




きっと自分は、彼にあまり良く思われてないんだろうと思っていた。
・・・だから、さすがにそう言われるとは、思っても・・・というか。
そんなこと考えもしていなかったアティは。

予想外すぎるイスラの反応に、思わず
ポカンと口を開けて、彼を凝視してしまっていたことにも気が付かなかった。

そんな、思ったことがそのまま顔に出てしまうアティを見て。
―――――――― ・・・イスラはまた笑って。

アティはその笑い声にハッとして、一生懸命に平静を装った。
・・・と言っても、そんなアティに反して、頬の赤みはなかなか治まらなかったが。




「そ、そんなに笑うことないじゃないですか。」


「あぁ、ごめん。あんまりに面白かったものだから、つい・・・ね。
今時ここまで馬鹿正直な人間も、そうそういないよ。」


「・・・それで、私に何か用ですか?そうじゃなかったら、そこを通して欲しいんですけど。」




馬鹿にされているのだと思ったアティは、口調をちょっと厳しいものに変えて言う。
するとイスラはにこっと微笑んで・・・。

それはアズリアに笑うときほど天使のように可愛らしいものでも、
さっきまでのように、こちらのことを嘲笑うような笑みとも違って。






――――――――― ・・・そう、敢えて言うなら、とても穏やかな笑顔・・・






同じ笑うという動作なのに、随分と印象の変わるイスラ。
アティは少々面食らいながらも、それを必死に押し隠した。




「姉さんから聞いてはいるだろうけど、こうして自己紹介するのは初めてだね。
―――――――― ・・・イスラ・レヴィノス。ご存知の通り、アズリアの弟だよ。」




どうやら、嫌われていると思っていたのは、アティの勘違いだったらしい。
何かあるんじゃないかとイスラを疑っていた自分を恥じながら
アティは慌ててそれに答えようと口を開いた。




「あ。わ、私は
――――――――――― ・・・」


「アティ、だよね・・・?レックスの双子の妹の。」


「はい、そうです。」


「これからよろしく。」


「あ、はい!こちらこそ!」




そう言って手を差し出す彼に、アティも手を差し出して・・・




ぎゅ。




握手を交わした、丁度そのとき。




「あら、イスラ君。」




陽気な声を廊下に響かせて。
イスラに声を掛けてきたのは、この学校の女性講師の1人だ。




「あ、先生。」




するとイスラは、子供のように純粋な笑みを浮かべて講師に振り返った。






・・・なるほど、先生には、ちょっと猫被りなところがあるんですね。






周囲の人。特に成績なんかをつける立場である講師には、良く見られたい。
・・・どんな人間にでも、多少はある感情だ。

そうアティは結論付けて、イスラの手を離そうとしたが
イスラのそれは、思いの他強く握られていて、アティがちょっと抵抗したぐらいでは、離れてくれそうにもない。

困惑し、必死にイスラの手を振り解こうともがくアティ。
けれど当のイスラは、そんな水面下のことは知らないかのように、平然とした顔で。
それでもしっかりとアティの手を押さえ込んでいた。




「どう?もう学校には慣れたかしら?」




イスラとアズリアの姓。・・・レヴィノスと言えば、軍内部では相当有名な家柄だ。
しかもそのレヴィノス家の人間が、実際この学校に在籍していて
尚且つ成績、人柄共に優秀で、人目を引く存在なのだから
この学校内で、レヴィノスの家名を知らない者はいないだろう。

そんな存在であるレヴィノス家の長男が入学してきたことは
ここ最近の、ちょっとしたニュースになっている。

そして有能な人材に成長してくれるだろうという、講師達の期待も勿論大きい。




「はい。でもまだ、地図が頭に入らなくて・・・。」


「そうなの?この学校は広いものね。早く覚えられるといいのだけれど。」


「・・・大丈夫です、先生。
姉の友人のアティさんが、校内を案内してくれるそうですから。」




そう言って邪気無く、にっこりと笑う。
ね?と同意を求めて首を傾げる仕草は年齢の割には、胡散臭さを感じるくらい可愛らし過ぎたのだが
突然話を振られたアティには、そんなことを思う余裕も無かった。




―――――――― ・・・え゛ッ!?」




アティが奇妙な声を出していることを気にも留めず。
講師はアティを見ると、嬉しそうに微笑んだ。




「あら、それは良かったわね。彼女は優秀だから、色んな話を聞くと良いわ。
それではアティさん、よろしくね?」


「あ、あの・・・!?」




疑問系ではあるが、アティに否定させる気は、これっぽっちもない口調で。
・・・そう一方的にそう告げると、振り返りもせずに歩いて行ってしまった。

アティは諦め半分で。はぁ、と溜息を吐いて肩を落とすと
廊下から完全に講師の姿が消えるのを確認してから。
・・・覚悟を決めて、イスラへと視線を向けた。






・・・だんだんイスラさんの性格が読めてきました・・・(脱力)






すると案の定、イスラはニヤニヤとした笑みを湛えて、アティの次の反応を待っていた。






・・・完璧に、かわかわれてますよ・・・私。(泣)






――――――――――― ・・・どういうつもりですか?」


「どうせ、これと言って用事があるわけでもないんでしょう?
だったら。右も左も解らない新入生に道案内ぐらい、してくれてもいいんじゃない?」




楽しそうにそう言うと、イスラはアティの手をぐいぐいと引っ張って歩き出す。




「あわわっ!」


「ほら!早くしないと、昼休み終わっちゃうよ!」






――――――――――― ・・・アティ?イスラ・・・???」






半ば誘拐されるようにして、アティがイスラに連れて行かれようとしたとき。
2人にとって聞き慣れた声が、不思議そうに自分達の名前を呼んだ。




「あ、アズリア!!助け・・・っむぐ。」


「姉さん!ちょっとアティ借りていくね!!」






(アズリアーーーーーッッ!!!・滝汗)






アティより身長も少しだけしか高くなくって、レックスよりもずっと華奢な体付きだけれど。
・・・彼も男だと言うことなのだろう。
胸中の叫びも虚しく、アティはイスラの前に、為す術もなくズルズルと引き摺られて行った。
























あれから、どれくらい歩いてきただろう?
何がどうなっているのか解らず、あたふたとしていたアズリアの姿も
もうここからでは、豆粒程にも見えはしない。




「イスラさん!・・・イスラさんっ!!!」


「・・・・・・。」




さっきから呼びかけているのだが、返答は無い。
歩幅の差で、未だにアティはイスラに引き摺られる形だが
呼びかけているのに返事もしてくれないイスラの態度に、アティにもだんだんと苛立ちが募る。




「〜〜〜〜〜ッッ、イスラ!!!」




ついに我慢しきれず、少し大きめの声で怒鳴る。
これでも止まらなかったらどうしようかと、アティが考え始めるよりも早く。
イスラはいとも簡単に足を止めた。






ぼすっっ!






――――――――――― ・・・ひぶっ!!」




突然、目の前で止まられたのだから、彼に追いつこうと必死だったアティは、その勢いを殺せずに。
・・・情けない悲鳴と共に、そのままイスラに突っ込むハメになった。




「なに?・・・・・・って、大丈夫??」




けれどアティに突進されたイスラは、なんともなさそうに
自分の背中に顔を埋めているアティを、至って冷静に見下ろす。




「いたたた・・・鼻を打ってしまいました・・・」


「ドジだなぁ・・・ほら。手、どけてごらん。」


「は、はい・・・」




言われるままに、鼻を押さえた手を退けようとしていたアティは。けれどハッ!として・・・




「・・・って!誤魔化されるところでした!!」




余程鼻が痛かったのか、ちょっと涙目になりながら、顔を真っ赤に蒸気させて非難するアティに対し
イスラはわざとらしく溜息を吐くと、やれやれ・・・と頭を横に振って見せる。




「・・・誤魔化すなんて、心外だなぁ・・・。僕はそんな気、これっぽっちもないんだけど?」


―――――――― ・・・なッ!?そもそも、イスラさんがなかなか止まってくれないから・・・っ!」




「ストップ。」




「・・・え?」




イスラが眉を吊り上げて。はっきりと、強い口調でそう言うものだから。
アティは何事かと思って、反射的に言葉の続きを飲み込んだ。

・・・自分が怒っていた筈なのに、ストップと言われて素直にストップしてしまうところが
――――――――― ・・・実にアティらしいといえばらしいのだが。

アティが口を噤んでも、目の前にいるイスラは不満気に、キッと眉を吊り上げたままだ。




「・・・・・・。」




それはどう好意的に見ても、むっとしている表情で。




「・・・あ、えっと・・・何か気に障ること言ってしまいましたか?私・・・」




イスラが何かに怒っているのだと解釈したアティは。
・・・くるりと態度を反転させて、申し訳無さそうに尋ねた。




――――――――――― ・・・それ。」


「・・・え??」




何が“それ”なんだか解らずに、アティはぽやっとした顔でイスラを見上げた。




「・・・イスラさん(・・)って付けるの、止めにしない・・・?」


―――――――――― ・・・へ?」




アティが呆然と呟くと、イスラは小さな子が
構って欲しくて堪らないのに構って貰えなくて、拗ねているような顔をする。
ただちょっと、心なしか頬を染めて・・・




「・・・だって。僕はアティって呼んでるのに、君はなかなかイスラって呼ばないから・・・」




絡まっていた糸が、解れるように。
パッ!と思い浮かんだ答えに、アティは目を丸くした。




「・・・まさか・・・イスラって呼んだから、さっき止まったんですか・・・?」




穴が開きそうなくらいに、アティは大きな瞳でじっとイスラを見つめる。
するとイスラは居心地が悪そうに、そっとアティから視線を逸らした。
そして観念したように、小さな声で呟く。




――――――――――――― ・・・そうだよ?」




まだ、口を尖らせて不貞腐れているイスラを見て
アティは堪えきれずに、ついに笑い出す。

イスラは、クスクスと声を抑えて笑うアティに気が付くと
あの嫌味な程の冷静さはどこへ行ったのか、顔を真っ赤にして叫んだ。




「なっ、なに笑ってるのさッ!!」




・・・まるで、ちょっと前までのアティのように。
ただ、さっきとは立場がすっかり逆になっている。それだけの、2人の違い。




「あははは・・・!だってイスラ、今自分がどんな顔しているのか、解ってます・・・?」









笑い続けるアティの声は、昼休みが終わるまで
ずっと止むことは無かった。















――――――――――― ・・・一方そのころ。








「アティーーーーーーッ!?!?」


「レックス!少しは落ち着け!!」


「止めないでくれっ、アズリア!!
兄として、アティを助けに行かなくちゃならないんだ!!!」


「だから!別にイスラがアティを取って喰うわけでもないだろう!!!」


「そ、そんなのわからないじゃないかぁっ!!
・・・う・・・あ、あぁ・・・アティーーーーーーーーーっっ!!!」






アティが連れ去られた後の廊下では
レックスが大騒ぎを起こして注目の的になっていたり・・・する。(汗)






ここから、2人の物語が始まった
―――――――――― ・・・



















戯言。


・・・はい、パラレル第2弾・・・デス(汗)
微妙にアティ視点・・・なのかな?
う〜ん、コイツぁ・・・なんて言うんでしょうか。

イスラが著しく偽者??

あ、あははは!!まぁ気にしない気にしない!!
・・・というわけで、イスラとアティ接触編。
寧ろイスラが確固たる魂胆を持ってアティに近づきました(爆)ね。
しかし、うちのイスラは相変わらず、あんまりアティを押してない気がする。
もっと押して押して押し捲れ!!(←勝手に変換された・笑)
な感じのイスラが好きなんですけど・・・。
あれぇ?おっかしいなぁ・・・(可笑しいのはアンタだ。)

このお話のレックスさんは、任那の趣味によりアティを溺愛しております(笑)
そしてなんだか良く泣きます。うおぉん!って。
そしてアズリアに頭撫で撫でされてる・・・と。しょーもないなぁ。(お前が言うな)

こんな4人が繰り広げる人間模様・・・な話になる予定なんですけどねぇ。(弱気)





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2003/10/20