日常風景

〜僕と彼女の大切な人達〜














軍学校内の、ちょっとしたカフェテリア。
2つの校舎を行き来する途中にある為か、目の前を忙しなく行き交う人も少なくない、そんな場所。
・・・その一角に、アティとイスラの姿があった。




「・・・ふーん?じゃあ、これは早めに単位取っちゃった方が、後々楽なんだ?」


「はい、そういうことになりますね。2年になると、実技もずっと増えてきますし。」


「なるほどね。」




アティに返事をしながら、イスラは手元のプリントに視線を落とす。
真剣にプリントと睨めっこをしているイスラを見て
アティはイスラに気付かれないように、そっと微笑んだ。

最初はあんな出会い方で、どうなるんだろう、なんて思いもしたけれど。
イスラが入学してきてから数週間。
最初の頃から比べれば、イスラも随分と自分達に心を開いてくれるようになったと思う。






その証拠が、今2人だけでテーブルに座って、こんな他愛も無い会話が続くことだ。






「そういえば、もう寮での生活には慣れましたか?今までは、ずっと実家にいたんですよね?」


「ああ、まぁね。少し窮屈には違い無いけど、1人部屋だから気は楽だし
多少不便だけど、差し支えないよ。」


「そうですか、それは良かったです。レックスは、きちんと面倒を見てくれてますか?」




アティがそう尋ねると、イスラはピクっと顔を引き攣らせる。




「・・・あーーー、レックスは、さ。ちょっと、張り切り過ぎだよね。」


「・・・あーーー、やっぱり、ですか。」




言葉に詰まったイスラと同じように、やっぱりアティもちょっとだけ言葉に詰まって。
苦い顔をして、うーんと項垂れた。




「・・・うん。確かに、色々教えてくれるし、世話にはなってるんだけどさ。
姉さんに僕のこと頼まれたからって、無闇矢鱈(やたら)に張り切り過ぎなんだよね・・・」


「・・・そうですよね、だってレックス。アズリアに頼まれたって大張り切りしてましたから・・・。
多分そうなるんじゃないかと、予想はしていました・・・。」






「「はぁ・・・」」






“俺、頑張るよ!!”






・・・なんて言って、無駄に張り切っているレックスの姿が脳裏にちらつき
アティとイスラは、ほぼ同時に溜息を吐いた。

レックスはレックスなりに一生懸命にやっているのだが・・・
まぁ、所謂ありがた迷惑とでもいうのだろうか。

アズリアに関係することとなると、周りが見えなくなって
突っ走っる傾向が少々・・・・・・いや、多々ある。




「・・・それで?そのレックスはまだ来ないの?」




そう言ってイスラは辺りを見回すが
自分達と同じ組み合わせの赤と黒の頭は、人の流れに見当たらない。




「なかなか来ませんね・・・。
アズリアの仕事を手伝ってから2人で来るって言ってましたから
アズリアの仕事が長引いてるんでしょうか・・・?」


「・・・ふーん・・・」




イスラはつまらなそうにそう呟くと、目の前で揺れるストローを捕まえて
アイスコーヒーを一口含んだ。

・・・そしてもう1度歩く人の波を眺めてみるが
レックスと姉の姿はまだ当分見えてきそうにもない。

人の波を、ぼんやりと眺めたまま。
手持ち無沙汰も手伝って。イスラは常々思っていたことを、アティに聞いてみることにした。




「・・・あのさ・・・」


「はい?」


「アティから見て、レックスと姉さんは幸せそうだと思う?」




するとアティは、一瞬きょとんとしてから、顔を綻ばせる。
それはたとえるなら陽だまりのような・・・そんな、暖かい表情で。




―――――――――――― ・・・はい。」




それが微笑ましくて、思わずイスラも笑みが漏れた。
柔らかい表情で、聞き返す。




「・・・どうして?」








―――――――――― ・・・アティの声が、聞きたい。








「そうですねぇ。まずレックスは、前より色々溜め込まなくなった気がします。
レックスは、ああ見えても・・・私なんかより、ずっと。
言いたいことを言わずに、溜め込んでしまうんです。」


――――――――――― ・・・・・・あのレックスが?」




信じられない、という顔で問い返すと、半ばそういう反応を予想していたのか
アティはクスクスと可笑しそうに笑った。




「はい。想像も付かないかも知れませんが、そうなんですよ。
本当は言いたいことがあるのに、途中で口にするのを止めてしまうっていうか・・・
私にも時々・・・肝心なことは、話してくれないことがありますしね。」






“多分、レックスなりに気を遣ってくれてのことなんでしょうけど。”






そう言って笑うアティの笑顔は、けれど少しだけ
ほんの少しだけだけれど。・・・さっきまでの笑顔よりも寂しそうに、見えた。




「でも、アズリアと出会って、そしてアズリアを好きになって。
最近は、随分そういうことが減ってきたと思います。
・・・きっとアズリアは、レックスのどんな声も逃さずに聞いてくれて
嫌な気持ちを吹き飛ばしてくれるんでしょうね。
アズリアのことを話すときのレックスは、本当に嬉しそうですから・・・・・・。」


「・・・うん。」


「・・・あ、でもアズリアに片思いしてた頃のレックスは、大変だったんですよ?
毎日毎日、アズリアのことばかり私に聞いて
ちょっとアズリアと仲の良くなった男の人がいると、凄く心配して・・・。
“どうしたらいいのかな?アズリアは俺のことどう思ってるのかな?”って、
アズリア本人じゃないから解らないのに、何度も何度も私に聞くんですから。」




簡単にその様が想像出来てしまい、イスラはアティの苦労を思って頭を抱える。
一旦そうなってしまうと、あれはただの大きい子供だ。




「・・・それは大変だったね。」


「ええ。でも、実はそれが、2倍だったんですよ?」




2倍・・・。何故かその言葉に、イスラは嫌な予感が隠せない。




「・・・もしかして・・・」


「はい、アズリアにも相談されてたんです、私。」


「それは、本当に・・・(汗)」




・・・妙なところで、あの2人はとてもよく似ている。
それは愛しいことだけれど、それに振り回される立場として言わせて貰えば、その分、結構性質が悪い。




「・・・でも私、嬉しかったんですよ。」


「嬉しかった?」




イスラが繰り返すと、アティはコクンと頷いて見せた。
その笑顔は本当に嬉しそうで・・・。

アティはいつも笑顔だが、その笑顔にもいくつもの種類があって
いくつもの感情が隠れ住んでいる。
・・・それがわかるようになっただけでも、アティとの距離は少し短くなった・・・とイスラは思う。






・・・あれは、本当に嬉しいときの笑顔だ。






「大好きなレックスやアズリアが、私を頼ってくれたことが・・・・・・本当に嬉しかった。」


「・・・アティ。」


「それに、2人が幸せになってくれれば、私も幸せでしたから。」


「・・・そうだね。」




・・・そういう意味では、アティとイスラも似たもの同士なのかもしれない。
自分の大切な人の幸せを願い、彼等が幸せそうならば
それだけで自然と顔は緩み、嬉しくなってくるのだから。




「アズリアも以前に比べて、笑うことが多くなったと思います。
前は笑っているよりも、難しい顔をしていることの方が、多かったと思うから。」


「うん、そうかもしれない。」


「・・・やっぱりイスラも、そう思いますか?」




自分の意見だけでは心許なさを感じていたのか
アティがちょっとだけ身を乗り出して尋ね、イスラはそれを、瞳を閉じてみせることで肯定した。




「僕と姉さんはね。姉さんが軍学校に入ってから、手紙のやりとりは小まめにしていたけど
お互いに顔を合わせる機会は長期休暇中の数日ぐらいだったんだ。
だから学校に入学して、久しぶりに姉さんに会ったとき
――――――――――― ・・・姉さん雰囲気変わったな・・・って思ったんだよ。
なんていうのかな・・・姉さんを取り巻いていた空気が、柔らかくなったっていうの?そんな感じ。」


「・・・そうですか。でも、弟のイスラがそう言うんなら、きっとそうなんでしょうね。」


「僕が軍学校に入学して、肩の荷が降りたのかとも思ったんだけど・・・
どうやらそれだけじゃなかったみたいだしね・・・」




一瞬だけ、眼差しを真剣なものにして。
・・・イスラがボソリと呟いた言葉は、けれどアティには届かなかったようだ。




「・・・え?」


「いや、なんでもないよ。」




“何か言いました?”と、小首を傾げて、不思議そうに問い返すアティを
イスラは取り繕った笑顔で誤魔化す。

・・・・・・そういうのは、得意分野だ。






“大好きなレックスやアズリアが、私を頼ってくれたことが・・・・・・本当に嬉しかった。”






そう言って微笑んだ、彼女の表情が脳裏を過ぎる。






・・・僕も、姉さんが僕を頼ってくれたとしたら嬉しい。
だから、アティの言う事も良く解る。
・・・それは、僕が姉さんを好きだから。大切に思っているからで。








でも、僕は姉さんより
――――――――――― ・・・








思わず笑みが漏れそうになる口元を手で覆い、考えていることを極力表に出さないように努力する。
・・・そして、アティを上目遣いに見上げて、問いかけた。




「・・・ねぇ。アティは、ないの?」


「?・・・何がですか?」


「・・・・・・悩み事とか、そういうの。」


「え?・・・・・・うーんと・・・・・・・・・特に思いつきませんねぇ。」




苦笑して、困ったように言うアティ。
それを見たイスラは、途端顔を歪めて、不満そうに視線を逸らした。
・・・不安や悩みがさっぱりない人間なんて、いないと思うから。
それは、自分がまだ。アティにとってそれだけの価値を持っていないということだ。




―――――――――― ・・・そう。」




普段より、いくらか低い声。
声もだが、なによりもその仕草、その表情が・・・・・・




アティは、しばらく前に見た事のあるような彼の表情に慌てふためいた。




「・・・え?えッ!?ど、どうかしましたかイスラ!?なんだか怒ってません!?」


「・・・・・・・・・・・・怒ってないよ。」




そう返事を返すイスラの声は、確実に怒っている・・・
――――――――――― ・・・・・もとい。不満を顕にした、声。

イスラが不機嫌なのは、間違いようのない事実だ。
それは、解る。

・・・けれど、どうして不機嫌なのかが解らない。
原因が解らなければ、それは対処のしようがなく・・・・・・




一体どうしたものかと、アティが困り果てていたそのとき。




「アズリア!ごめんってば!!」




これだけ人通りが多いのに、良く響く大きな声。
聞き慣れたその声は、人混みの向こうから聞こえてくる。
道に溢れかえっていた人込みは、その声の元を避けるように自ずと道を譲り・・・
声の主は、二手に分かれたその人混みを然して気にする事もなく
その合間を、マイペースに早足で歩いてきた。




「全く!だから私はいいと言ったんだ!!それなのにお前が・・・!」


「アズリアーーー・・・!(涙)」




・・・修正する。早足と言うより、片方が先に立ってズカズカと歩き
もう1人がその後ろを、置いて行かれまいと必死に追いかけている。


その姿はまるで、母親に叱られて許しを請う子供のよう。


ただ、子供と称するには少々。・・・彼は年齢、体格共に大きすぎた。
そんな彼が喚いている光景は、通行人の注目を一身に集めている。


それに、当の本人だけは気付いていないようだったが。


・・・・・・お陰で、不機嫌だったイスラの熱も急速に冷静さを取り戻してしまった。




「・・・すまない、遅くなった。」




後ろから半分泣きながらついてくる“ソレ”を爽やかに無視しながら
母親・・・もといアズリアは。けろっとした顔で、イスラとアティのいるテーブルまでやってきた。
イスに座ったままアズリアを見上げて、アティがのんびりと微笑む。




「どうかしたんですか?随分遅かったですね。」


「ううっ・・・うっ・・・あずりあ゛〜・・・。」


「・・・それよりも、僕はまず後ろのそれをどうにかするべきだと思うけど?(汗)」




今にも涙と一緒に鼻水まで垂らしそうな自分の兄を風景のように無視し
普通に挨拶を交わすアティと、姉のアズリアを見ていたイスラが、呆れ顔で呟いた。

・・・その様子で、どれだけ2人が。
この状況に慣れているのかを窺い知ることが出来るだろう。

アズリアはさっさと空いているイスに腰を掛けると、座るなりはぁ、と盛大なため息を吐いた。

そしてチラリとレックスに視線を向け
それにレックスは、ビクっと体を震わせて、アティと同じ色の瞳を涙で潤ませた。




「・・・こいつが珍しく手伝いになんて来たものだから
講師は仕事能率が上がる筈だと言って次から次へと仕事を持ってくるわ
後輩や先輩は大騒ぎするわで・・・。
お陰でもっと早く済む筈だったのに、余計手間る羽目になったんだ!」


「ごめん、アズリア!でも俺、本当に手伝おうと思っただけなんだよ・・・!?」




同じように空いているイスに座って、必死に顔の前で手を合わせ懇願するレックス。
しかしアズリアは、セミロングの髪をばさっと後ろに流すと、鋭い眼差しでレックスを見た。




「私は結果論の話をしている!
・・・なんだ、あのデレデレした顔は!見ていてこっちが情けなくなる!」




一気にそう言い放って、フン!と荒く息を吐く。
姉の言動の一部始終を見ていたイスラは、何かにピンときたようだ。

面白そうにニヤニヤと、人をからかう笑みを浮かべ・・・
テーブルに肘をつくと、姉を見据えて言った。




「・・・なんだ。結局は姉さん、レックスがチヤホヤされるものだから
やきもち妬いてただけなんじゃない。」


――――――――――― ・・・なッ!?」


「・・・え?」




その言葉に、一瞬にしてアズリアが固まる。

ピタリと泣くのをやめたレックスは、微かに期待を籠めた丸い瞳でじっとアズリアを見つめ。

イスラの言葉に固まって、いつまで経っても動きだす気配のないアズリアの顔を、アティが覗き込んだ。




「えーっと・・・そうなんですか?アズリア。」




アティ声に反応して、アズリアは石化が解けたように行動を再開すると
今度は顔をりんごかトマトのように真っ赤にして、両手をぶんぶんと振り、力一杯否定した。




「ち、ちちちち違うッ!断じて違うぞッ!!」


「・・・アズリアぁ〜・・・(涙)」




・・・最も。そんなどう贔屓目にみても、説得力の無いアズリアの言葉を
まともに信じたのはレックスだけだったが。




アティとイスラは、内心声を揃えて






“ごちそうさまでした”






と呟いたとか。





















それから4人は一緒に食事を取り、延々とくだらないことを話した後
門限が近いからと、二手に別れてそれぞれの寮に帰って行った。

・・・その途中。イスラは、前方を歩くレックスの背中に声を掛けた。
今のレックスは、昼間姉に泣きついていたのとはまるで別人のようで
・・・・・・イスラは、多少の違和感さえ覚える。




「・・・ねぇ。」


「うん?」




そう言って振り返るレックスは
常に微笑を絶やさない、頼りがいのある先輩の顔だ。
でもそれが、レックスの一面でしかないことを、イスラは知っている。




「レックスにとって、アティはどんな存在?」


「・・・そうだなぁ、出来すぎた妹だよ。でも、ちょっと心配だな。」




首を傾げて、何が?と先を促す。すると、レックスは苦笑して・・・。




「アティは、なんでもかんでも笑って誤魔化す節があるから。
・・・いつも笑ってるだろ?辛いときや苦しいときも笑ってる。
悲しいときは悲しい、苦しいときは苦しいってきちんと言わないと、絶対に体に悪いよ。
だから俺は、いつかアティが壊れちゃうんじゃないか・・・って、時々心配になるんだ。」


「・・・・・・」




僕は笑っているアティばかりしか、見た事がない。
怒った顔といっても、最初にアティに会いに行ったときの・・・あの程度のものだ。
確かに、彼女の笑顔にはいくつもの種類があるけれど・・・。
それも“笑顔”であるには違いない。

レックスに言われてみて、初めて・・・それに気が付く。
彼女がいつも笑顔なのは。
裏を返せば、自分の本音を覆い隠していると言えるのかもしれない。

・・・けれど何より意外だったのは。
レックスがきちんと、アティのそんな側面を見つけ、認識していることだ。
兄妹なのだから当たり前だと言われればそれまでだけれど。
レックスはぼうっとしているように思えて、案外・・・
押さえるところは、きちんと押さえているのだと思う。






―――――――――― ・・・だから、姉さんも・・・






少しばかり考えに没頭していると、影が射して・・・
レックスが不思議そうに、僕の顔を覗き込んでいた。




「それにしても、どうして急にそんなこと聞いたんだ?」


「・・・大した理由じゃないよ。昼間、レックスと姉さんを待っている間に
アティとそんな感じの話をしてただけ。」


「ふーん?」




・・・・・・・レックスの部屋が見えてきた。
そう思った僕は、ある思い付きを実行に移すことに決める。

前々から考えてはいたことだけど。
どうして、それを。

・・・今、実行しようと思ったのか・・・・・・多分、ただの気まぐれだ。

後でゴタゴタ揉めるより、先に決着をつけておいた方が何かと良いし・・・
なんて、自分に言い聞かせてみる。




「・・・あ。そうそう。」


「ん?」




年上には見えない、無邪気な表情で問い返すレックス。
・・・そんな彼がどんな反応を示して、どんな顔をするのか。
僕はちょっとだけ、楽しみになった。




「・・・・・・姉さんはもう知ってるんだけどさ。僕、アティのこと好きだから。」








「は!?」








そのときのレックスの顔は・・・きっと、一生忘れないだろう。
それぐらい、面白かった。

僕は、悪戯が成功した時のような快感を覚え
余程衝撃的だったのか、レックスは石像のように固まって
目の前で手を振ってもまるっきり反応無し。



・・・まるでさっきの姉さんみたいだ。



だから僕は、彼の服のポケットに手を突っ込んで、取り出した鍵で部屋のドアを開ける。
そして石と化したレックスを、強引に部屋に詰め込んだ。




「僕もレックスと姉さんのこと認めたんだから
もしアティが僕のことを好きになってくれたら、勿論レックスも僕とアティのこと認めてくれるよね?」




にっこりと、講師達にするようにわざとらしく微笑んでやると
レックスはやっと我に返ったらしく、壊れた玩具のように大慌てを始める。




「え!?ちょっ・・・!?それとこれとは話が違・・・ッ!!」




そんな彼に、微笑みながら手を振って・・・




「じゃあね、ばいばい・・・・・・義兄(にい)さん?」






バタン。






精一杯の嫌味を言った後。
反撃が帰ってくる前に、先手を打ってドアを閉めた。




「あ!こらイスラ!待・・・ッ!?な、なんで内側からなのに開かないんだッ!?
い、イスラーーーーーーッ!!!」




ドンドン!と部屋の内側からドアを叩く音を無視して
僕はやり遂げた表情で手を叩いた。

・・・目の前には、レックスが部屋から出られないように押さえこんでいる、希望のダイス。
―――――――――― ・・・勿論、僕が召喚したものだ。
けれどなによりも。ドアが押し戸だったことが、今回の作戦の決め手だろう。




「・・・レックスの了解も取ったことだし。これでよし・・・っと。」




空々しくそう言って、優越感に浸る。
自室はレックスの部屋の隣だから、すぐに戻るのは得策じゃない。
なんと言っても、薄っぺらい壁1枚隔てた向こう側にレックスがいるのだ。

・・・今のレックスなら、それを蹴破って僕の部屋に侵入しかねない。
可愛い妹の為なら、それぐらいやってみせる男だ。

だから、僕はまだ聞こえてくるレックスの声を背に、食堂へ足を伸ばすことにした。







・・・テーブルが何列にも、所狭しと並べられている食堂。
ここで寮生のほとんどが、朝、夕と。ずらっと座って食事を取るのだ。
・・・その光景は、一種のむさ苦しさを感じさせる。

ただ、今は時間が時間なせいか
ちらほらと食事を取る者はいるものの、ピーク時と比べると随分閑散としていた。




「おーーい!イスラ!!」


「・・・ん?」




覚えのある声に名前を呼ばれて、僕はそちらに振り返った。




「何処行っててたんだよ?もう夕飯食べちゃってるぜ?」




ひらひらと手を振って。そう陽気過ぎるくらい軽い声を掛けてくるのは、4人のクラスメイト。

決して頭が良いと言えない奴らだけれど
何かの算段を付けて僕ににじり寄って来るヤツラよりは
――――――――― ・・・ずっとマシだ。

彼等とは、なんだかんだで行動を共にする事が多く
まぁ・・・一応友達と呼んでも差し支えない程度には、仲が良いと思う。




「・・・あぁ。僕はもう、レックス達と済ませてきちゃったから。」




僕がそう告げて、近くの席に腰掛けると。
彼等は一斉に目を丸くして僕を見て、その瞳の色を変えた。




「・・・イスラッ!お前レックス先輩と知り合いなのかッッ!?」




1人が、唾が飛んできそうなくらい物凄い剣幕で、僕に詰め寄ってくる。
それに僕は、面倒臭そうに返事を返した。




「・・・・・・・・・まぁ、そんなとこだけど?それが、どうかした?」


「・・・そっかぁ。アズリア先輩って、レックス先輩と同期で、ライバルだもんな。」


「いいなぁ、レックス先輩と話せて。」




ほぅ、と溜息を吐いている彼等に、僕は首を傾げる。
別に、そんな高尚な人物だとは思えないけど。

・・・彼らが話しかければ、レックスはあの笑みを湛えてそれに応えてくれるハズだ。
彼が空の上にいて、声が届かないわけでもあるまいし。
だから、僕は問いかけた。




―――――――――― ・・・どうして?」


「・・・どうして?ってお前。レックス先輩は学年主席だろ?」


「そうだけど・・・、主席なんてどの学年にも1人ずついるじゃないのさ。」




くだらない、と僕が言うと
また1人が、チッチッ!と立てた人差し指を振って見せる。




「・・・わかってないなぁ。レックス先輩は、いつもはあんなに優しそうだけど
剣を持つと鬼神並みの強さを発揮するって有名なんだぜ。俺達の尊敬の的なんだよ。」


「そうそう!前に4年生と試合して、勝ったこともあるんだから。」


「でもまぁあれは、成績良いからってレックス先輩のことを快く思わなかった4年生が
無理矢理戦うようにけしかけただけだから、正式な試合ってわけじゃなかったけどな。」


「うん。けど、あの時は結構大きな騒ぎになったよなぁ・・・」




・・・確かに、レックスは姉さんよりも成績が良いくらいだし、それなりに凄いとは思う。
でも、彼等が憧れているのは、あくまで“学年主席のレックス”であって・・・

それは成績が良くて、剣を持たせるととてつもない強さを発揮する人間で
半泣きで誰かを追いかけたり、妹を過保護に扱う人間ではない。
・・・僕の知るレックスという人物像とは、かなりかけ離れたものだ。






・・・みんな、偶像崇拝しすぎじゃないの?






聞いた途端、興味を失った僕は
何かレックスとは程遠いモノを見ている彼等を一瞥し
ふーん?と適当な相槌を打って、その話題から耳を背けた。






そういう噂を作っては、違った時に騙されたとか言うんだよ。






僕の知っている彼は、もっともっと人間臭くて。
1人の女の為に必死になって足掻くような・・・・・・彼等の話す、綺麗なだけの人間じゃないから。






そんな奴だったら・・・・・・僕は認めてないよ。






そう、心の中で呟いた。



















「アズリアとイスラって男女の姉弟なのに、随分仲良しですよね。・・・珍しいくらいに。」


――――――――― ・・・何を言う。お前達の方が、余程仲が良いだろう。」




ポツリと呟かれたアティの一言に、すぐさま言い返した。




「・・・そうですか?」




不思議そうに首を傾げて見上げてくるアティに、思わず溜息が漏れる。




「・・・あれを仲が悪いと言ったら、どれを仲が良いといえばいいんだ?」



アティが転んだだけでも、泣きそうになって
自分のところへ大慌てで駆け込んでくるレックスを思い出す。

・・・その場でピコリットでも召喚してやれば、ことは早く済むのに。
アティは、あれが一般的な兄妹だとでも思ってしまっているのだろうか・・・?




「・・・・・・そうですね。私達は、お互いにたった1人の家族ですから・・・」




普段と変わらないアティの口調。
でもその中に、ほんの少し混ざったマイナスの感情を感じ取って、慌ててアティに振り返る。
するとそこには、やっぱり予想通りのアティの顔があって・・・・・・。




―――――――――――― ・・・アティ。」




こういうときの彼女は、決まって笑顔だ。
そうして深く追求すれば、“なんでもありません。”なんて言ってみせる。
そんな彼女の笑顔の中にある悲しみを見つけられる人間は
一体この世界に何人いるのだろう?


そんなことを、たまに思う。




「・・・どうかしましたか?アズリア。」


「いや・・・。」




レックスが自分の心を溶かしてくれたように、いつかアティにも。

癖になってしまった笑顔だけじゃなくて、色んな表情を素直に出せるようにしてくれる
そういう人が現れたら良いと、アズリアは願う。

自分の弟は、それを成し遂げられるだろうか・・・?
そんな淡い期待を、胸に抱いた。




「・・・あ。でも将来的には、家族はもう1人増えますよね。」


「・・・?どういうことだ?」


「だってアズリアは、私の家族になるんでしょう?」




にこにこと嬉しそうに笑うアティを目の前にして
アズリアの頭の中は真っ白になる。それは、つまり・・・・・・






レックスとアズリアが結婚する。

アズリアはアティの義姉。






このような公式が、アティの中では成り立っているわけで。




「あ、アティーーーーッッ!?!?(恥)」




両手を振りあげて握り拳を作ると、ヒクっとアティが表情を引きつらせた。




「ア、アズリア!?そんなに怒らなくてもいいじゃないですかっ!(焦)」




いくらアティでも、アズリアのげんこつを受けてしまっては無傷とはいかない。
アティはアズリアのげんこつから逃れるべく、走り出した。



「待てッ!逃げるな、アティ!!」


「そんなこと言われても・・・無理ですよっ!アズリア!!
待って欲しいならまずその手を降ろしてくださいっ!!」


「それこそ無理な相談だッ!!諦めろ!」


「い、嫌ですッ!!!」




パタパタと、2つの軽い足音が廊下に響く。
けれど、寮の住人達は慣れているのか、不思議そうに廊下を覗く気配もない。
人っ子一人いない廊下を、アティとアズリアは
そのまま部屋まで走って帰っていった。
















戯言。


はい。今回の話は、次の話に入る前の繋ぎです。(爆)
いやぁ、接触した次の話があれじゃあ
2人の関係が一気に変わりすぎかな、と思っていれたのがこの話なんですね。

取り留めのない彼等の日常。
こんな毎日を、彼等は過ごしています。
あえて言うなら、今回の見所はアズリアとレックスの関係ですね(笑)
あとはサブタイトルにもあるように
イスラとアティから見た、2人の大切な人達について。
そして大切な人達から見た2人。・・・そんなとこです、はい。
色々こう・・・裏、というか。それぞれの問題点も見えてこなくもない気がして欲しかったり。(オイ)

イスラ&レックスサイドに比べてアティ&アズリアサイドが極端に短いですが
まぁそれはご愛嬌で許してください。(笑)

彼等の日常はこんなほわほわしてるんだよーって話です、ハイ。
まともな話じゃなくてすみません(笑)

・・・イスラ、白いな・・・(駄目なのか。)




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2003/10/31