お引越し

〜僕と彼女の距離〜













「はぁ!?寮を出るだってッ!?」




会話をするには少し大きい声が店内に響き
周囲の客の目が、声を発した人物に注がれる。

けれど、ここは元から騒がしい感のある、所謂ファミレスと呼ばれるところ。
それが幸いしたのか、客の興味はすぐに彼から逸れた。

・・・最も、弟がこうして声を荒げるだろうと予測して
周囲のざわめきに会話が紛れるこの場所を、アズリアは選んだのだけれども。



そのことを、瞳を丸くしているイスラは知る由もない。



アズリアは安っぽい味のする紅茶を一口啜り、弟を見据えた。




「・・・あぁ。しばらく前に、アティが風邪をひいただろう?」


―――――――――――――― ・・・あぁ、あのときね。」




アズリアが言うと、イスラはテーブルに肘をついて不自然に視線を逸らす。
それに気付きはしたものの、アズリアはピクリと眉を動かしただけでそれを済ました。

アティが風邪をひいて寝込んでから
レックスは以前にも増して、アティのことを心配するようになった。

前から煩いには煩かったのだが、アティが寝込んでからは
それは以前とは比べ物にならないほど。









アティ、怪我してないかな?寂しくないかな?風邪ひいてないかな?









・・・と、イチイチ心配していてもキリがないことを心配する有様。
それがここ最近一段と酷くなり、ついに昨日。突然、レックスがこう言い出したのだ。









『アズリア!俺、アティと一緒に寮を出ようと思うんだ。』


―――――――― ・・・は!?急に何を言い出すかと思えば、お前意味をわかっ・・・!?』


『今から、アティに話してくる!!』


『あっ!おい、レックス!!』









そうして止める間もなく走っていってしまい、その良くわからない剣幕に
なんだかんだとアティも押し切られてしまったらしい。



思い立ったら即実行のレックス。



けれどアズリアにとって何が悲しいかと言えば
それは自分に相談もなく出て行くことを決めたことでも、寮を出て行ってしまうことでもなく。

妹の心配ばかりをする恋人を見て、嫉妬だとか、ヤキモチだとか。
そういう感情ではなしに、自然と溜息が出てくることが悲しかった。






――――――――― ・・・いや。
悲しいというよりは、頭が痛いというのが正しいか。






そう思って、アズリアはまた1つ。軽い溜息を吐いた。




「・・・あれから、レックスが煩くてな。またアティが風邪をひいて、そのときに
自分が傍にいてやれないのは嫌だと言うんだ。」






“アティーーーッ!!!(泣)”






そう叫んで泣き崩れるレックスの姿を、イスラはまたも
いとも簡単に想像してしまい・・・




――――――――――――― ・・・そう。」




溜息こそ吐かなかったが、疲れた声で呟いた。
アズリアは顔をあげると、気を取り直すように咳払いをする。




「・・・しかし。レックスがいなくなってしまうと、こちらもイスラが心配になるな。
レックスがいれば、イスラになにかあっても大丈夫だろうと思っていたんだが・・・。」


「姉さん。それは心配しすぎ
―――――――――― ・・・」




大丈夫だよ、と続けようとして
けれどイスラの脳裏に、ふと1つの考えが浮かぶ。


これで全てが解決できるハズだ。


一瞬だけ、イスラの口元が妖しく歪められた。
内心笑い出してしまいたい衝動に駆られ
けれど平静を装うと、イスラは一見無害そうな笑みを浮かべて姉に問いかけた。




「・・・じゃあ、僕達も寮をでる?」


「なに・・・?」


「そうすれば、姉さんが僕を心配する必要はなくなるよ?
僕も、レックスがいなくなるとつまらないし。」




別に、学校に通う学生は寮に入らなければならないという規定はない。
だから自宅から通ってきている学生もいるし、勿論外で1人暮らしをしている学生もいる。
レックスやアティのように、途中から寮を出て行く者も少なくはない。

突然の提案に、アズリアは少し考える素振りを見せたあと
ゆっくりと頷いて、紅茶のカップを持ち上げた。




―――――――――――― ・・・それも良いかもしれんな。」




イスラが心配なこともあるが、アティがいなくなってしまえば
自分のあの部屋も、今よりずっと静かになってしまうだろう。
長い間2人でいることに慣れ親しんだ自分は、物寂しさを感じるに違いない。
そう考えて、アズリアは満更でもなさそうに返事を返した。




「ならそうしようよ!僕、物件調べておくから!」




まるで、玩具を前にした子供のように瞳を輝かせたイスラは
珍しく意気込んでそう告げると、アズリアが断ったのにも拘らず
料金分のお金をテーブルに置いて、意気揚々と店を出て行ってしまった。

多分、そのまま本屋にでもいって、早速新しい住居を探す気なのだろう。

妙に浮かれて足早に去って行く、その後姿を見つめながら
幼い頃の面影を残しつつ、身体の元気になった弟に
アズリアは人知れず、笑みを漏らした。






―――――――――― ・・・その弟が、何を画策しているのかも知らずに・・・














・・・そして、引越し当日。







「・・・っ良し!これが最後の荷物だな。」




そこそこに重量のあるダンボール箱を、ドン!と床に降ろして
レックスは、うっすらと額に滲む汗を拭った。

レックスとアティは、元々寮に入るときも個人的な荷物は大して持っていなかったのだが
2人分の参考書や学術書などの本だけで、ダンボール箱はかなりの数になっていた。




「お疲れ様です、レックス。」




ふと影が差して、レックスが顔をあげると
そこには缶ジュースを片手に、にこにこと微笑んでいる妹・・・アティの姿。

アティの手から缶を受け取り、一区切りがついたと
レックスは教科書がぎっしり詰まったダンボール箱に腰をかけた。
それを待って、アティも1つだけしかない、簡素なパイプイスに腰掛ける。

今日からアティとレックスが2人で暮らすこの部屋は
4階建てのアパートの3階。窓からの眺めもよく、日当たりも良好だ。
窓からは、心地の良い風が部屋を吹き抜けてゆく。

今まで、荷物を運ぶのに必死だったレックスは
そこで初めて、ゆっくりと窓の外を眺め、その景色を堪能した。
真っ青な空を、白い雲が流れていく。




「・・・アズリア、今頃どうしてるかなぁ・・・」




流れる雲に彼女の影を思い浮かべて、ついそんな言葉が、口をついて出た。
寮にいたときはそんなこと、改めて思うものでもなかったのに・・・。

寮にいた頃だって、いつでも好きなときに会えたわけではなかった。
でもそれでも、会おうと思えば会える距離
というものに、随分安心させられていたんだな、と思う。

まぁ学校があるから、週の大半顔を合わせるという毎日は
然して変わりないのだけれど。

それを聞いたアティは一瞬きょとんと瞳を丸くして、それからクスクスと笑い始めた。




「レックスが寮を出るって言い始めたんですよ?」


「・・・うん、そうだけどさ。」




今までのように、じゃあ今日は一緒に夕食にしようか、と気軽に声を掛けることも
体を動かしたいから、鍛錬の相手してくれないか、と声を掛けられることも。


そういうことはなくなったんだな・・・と思うと、ちょっとだけ寂しかった。


2人が寮を出ることを決めてから数日経って
結局イスラとアズリアも、寮を出ることにしたのだと聞かされた。

そんな簡単に決めて良いのかと、驚くアティ達を置いて
イスラとアズリアは昨日、2人より一足先に寮を出て行った。
・・・そのせいで、昨晩は部屋が妙に静かだった気がする。




「・・・でも、そうですね。ずっと、アズリアが隣の部屋にいるのが
当たり前のようになっていましたから・・・いないと思うと、ちょっとだけ寂しいです。」




レックスの思考を見透かしたような、アティの言葉。
途端レックスは、室内が急に静かになったような、そんな奇妙な感覚に襲われた。
ここには元から2人しかいないのだし、何が変わったわけではないだろう。
きっとそれは、今まであった何かが足りてない、“静けさ”にレックスが気付いただけ。


例えば、勉強をしていて積み上げた本が倒れたとき。
レックスが本の角にぶつけた頭を擦っていると、自分の部屋の扉が開くのだ。




『なにしてるのさ、レックス。』




振り向くと、そこには呆れ顔をしたイスラが立っていて
溜息を吐き、なんだかんだ言いながらも、一緒に本を退けてくれる。
極稀にだけれど、彼が分厚い本を何冊も抱えて、出された課題を聞きに来ることもあった。


けれども今度から、それはない。


以前は静かだった、寮の部屋。
でもその景色には、いつの間にかイスラが入ってきていて。

イスラが隣の部屋にいたのは、ほんの僅かな期間でしかなかったけれども。
それでも、これだけポッカリと穴が開いたような気がするのだから
レックスの何倍もの時間、アズリアの隣で生活してきたアティの感慨は一入だろう。
しょぼんと項垂れるレックスの頭を
アティはアズリアならこうするだろうと思って、そっと撫でる。

そんなアティにレックスは、情けないな・・・と苦笑いをして見せた。




「それじゃあ、荷物も全部運び込んだことですし
気分転換も兼ねて、休憩が終わったらご近所の方々にご挨拶に行きましょうか?」


「・・・うん。そうしようか、アティ。」




妹の心遣いに、レックスはゆっくりと頷いたのだった。












部屋にたくさん積みあがった荷物の中から
挨拶用に買ってきた菓子折りを探すのに、ちょっとだけ手間取って。
それから、ご近所を挨拶しにまわる。
右隣、左隣・・・上の階の住人。そして最後に
―――――――――― ・・・




「思ったより、時間がかかっちゃったな。」


「・・・ですね。でも、あとは下の階の人に挨拶を済ませれば、それで終わりです。」


「そうだな。よし、じゃあ早く済ましちゃおうか。
まだ荷物の片付けも、ほとんど手付かずで残ってることだし。」


「はい、そうしましょう。」



アティとレックスが挨拶まわりを始めた頃は
ほぼ真上にあった太陽も、もう随分と傾いていた。沈み始めるのも、時間の問題だろう。
そんな時間まで挨拶まわりにかかってしまったのは、アティとレックスの性格に問題があった。



物事を断れない。



世間一般的にはエリートのステータスになっている、軍学校の生徒であることを2人が話すと
ご近所の人達は、快くアティとレックスにお茶を出し、お菓子を勧めてくれた。
まだ挨拶も全部済んでいないのだし
荷物の片付けも終わって・・・というか手をつけていないのだから
出来るだけ早く切り上げたほうが賢明である。
けれども人の良い2人は、どうぞどうぞと勧められてしまうと、どうしても断りきれないのであった。



性質の悪い勧誘に、1番引っかかってしまいそうな人達である。



まだ室内に運び込んだだけで、山積みになっているダンボール箱を思い出し
レックスとアティは、最後の挨拶を早々に終わらせてしまおうということで一致した。

今度はお茶だって遠慮するぞ、とレックスが意気込む。

そうでもしなければ、あの荷物なのだ。今夜自分達の眠る場所にさえも、困ってしまうだろう。
何しろ、まだベッドの準備すら出来ていない。
部屋の壁には、木材で出来た硬い長方形の箱が、立てかけられているだけだ。
そしてそれを横にする場所も、あの部屋には確保されていない。


・・・そうしてカンカンと甲高い音のする、外付けの螺旋階段を降り
自分達の部屋の、ちょうど真下にあたる部屋の前にやってくる。

すると予想外にも、その部屋の扉は思いきり開け放されていた。
アティとレックスは瞳を丸くして、お互いの顔を見合わせる。

こっそり中を覗き見ると、人影こそ見えないものの
室内にはいくつかのダンボール箱が積まれており、所々荷物が散乱している。
家具の並んでいない部屋は閑散としていて、あまり生活感を感じられなかった。

・・・まるで、今の自分達の部屋の状況とそっくりだ。




「私達と同じで、引っ越してきたばかりの方なんでしょうか?」




アティがポツリと呟くのが聴こえて、レックスは同じことを考えていたのだと知る。
ふと見ると、この部屋にはまだ表札がかけられていなかった。




「うん、そうみたいだな・・・」




これならお茶を勧められることもないだろう、そう思って
レックスはアティに返事を返すと、すぅっと息を吸い込んだ。




「すみませーん!今日上の部屋に越して来た者ですがー!!」






「・・・・・・随分と遅かったじゃないか、レックス。」






レックスが叫んだ直後に。すぐ間近で、そう返す声が聞こえた。




「「え゛ッッ!?」」




その聞きなれた声に、アティとレックスはビクリと驚いて、後ろを振り返る。
そこに立っていたのは
――――――――――― ・・・




「「い、いいいイスラッッ!?!?!?」」


「そう、僕だけど?」




そう言うと、さすがは双子だとでもいうべきか
同じように声をどもらせて驚くアティとレックスを後目に
イスラは当然の如く、扉の開け放たれた室内へと入っていく。




「ただいま姉さん!飲み物と洗剤、買って来たよ!」


「・・・あぁ、おかえりイスラ。今、誰かの声がしなかったか?」


「アティとレックスじゃない?なんか叫んでたみたいだから。」




奥からひょっこり顔を出したのは、イスラがいるのだから勿論のことアズリアで。
アズリアは、イスラの後ろで呆然と立ち尽くすアティとレックスを視界に捉えると、微かに微笑んだ。




「アティ、レックス。遅かったな。」




その暖かい微笑みは、確かに見間違うことのない、アズリアのもの。




「え?え??・・・えぇッ!?」




アズリアとイスラの顔を交互に見比べながら
奇妙な声をあげるレックスに、イスラはふぅ、と軽い溜息を吐く。




「・・・だって君達ってば、僕が後ろから歩いてきたっていうのに、全然気付かないんだから。」


「ア、アズリアとイスラが、ここの住人なんですか・・・!?」




あんぐりと口を開けていたアティが、上擦った声をあげて尋ねた。




「そうだよ。」




きっぱりとしか言いようのない口調で、答えるイスラの後ろから
疲れたように溜息を吐いて、掃除でもしていたのか
服の腕を捲くりあげたアズリアが、玄関先まで歩いてくる。
そしてそれは、呆れたような、疲れたような。
アズリアにしては珍しく、ちょっとばかり投げ遣りな口調で呟いた。




「・・・イスラがどうしても、ここが良いといって、聞かなくてな。」


「何言ってるのさ。僕は姉さんとレックスのことを考えて
ここが良いだろうって言ってるんだよ?」






――――――――――― ・・・それだけではないだろうに・・・(疲)






イスラがここを選んだ“本当の理由”を知っているアズリアは
声には出さずにそう呟き、がっくりと肩を落とす。

イスラがここに住むと言い張ったのは
確かに自分とレックスのことを考えてくれたというのも、嘘ではないだろう。
けれどもここに住むことに決めた主な理由は、8割方『アティがいるから。』に決まっているのだ。
寧ろこちらがイスラの本音・・・というか、狙いだろう。



アズリアとレックスのことは、CDを買ったときについてくる
オマケのポスターのようなものだ。



・・・それを重々理解しているだけに
しれっとした顔でそう告げるイスラを見て、アズリアは頭を抱えたくなる。






いつからイスラは、こんな性格に育ってしまったのだろうか?






そう考え始めて、でもアズリアはキリがないことを悟る。
それでも可愛い自分の弟であることに、代わりはないのだから。




「本当は前もって告げておこうかと思ったのだが
それではつまらないと、イスラが言うものだから・・・。」


「だって話しちゃったら、アティもレックスも驚いてくれないだろう?」




アズリアとレックスの視界の中では
くすくすと笑うイスラの背後から、悪魔のしっぽがにょきっと生えている。
けれども当の本人。彼の獲物であるはずのアティは、全くそれに気付いていない様子で
お菓子を与えられた子供のように、ぱぁっと表情を明るくした。





・・・その背中には、イスラとは対照的に純白の白い羽でも生えていそうな雰囲気だ。





「もしかして。私が驚くお知らせって、このことだったんですか?」




パチン、と両手を合わせて問うアティに、満面の笑みを浮かべてイスラが頷く。




「うん、そう。アティ、驚いただろ?」




・・・どうやらイスラは、アティにだけはこっそりとヒントを与えていたらしい。
レックスは色々とツッコミどころを感じながら、けれどそれを口にしても
彼に上手く言いくるめられるのが目に見えている気がして、どうにかこうにか押し黙った。




「・・・どうりで昨日、ヤケにあっさりアティから離れたわけだ・・・」




それだけは妙に納得がいって、溜息とともに吐き出してしまったけれど。
可笑しいとは思ったのだ。もっとアティとの別れを渋ると思ったのに
あまりにもあっさりと、昨日のイスラは身を引いた。
そこに少しの違和感を感じたのを、忘れたわけではない。




「で、でもっ!これならアズリアにもすぐに会えますしっ。
レックスももう寂しくありませんね!!!」




アティの表情は、イスラの思惑に一向に気付くこともなく、酷く嬉しそうだ。
その証拠に、今にも舌を噛んでしまいそうなぐらい。彼女の口調は浮かれている。

レックスとアズリアに対して良かったと思うだけでなく
アティ自身も、嬉しいという気持ちが強かったのだろう。

いつも自分達のことを、真っ先に考えてくれるアティに
自分のことももう少し考えて欲しいと願いながら、同時にそれを嬉しくも思って。
アズリアは子供を見守る母親のような、優しい表情でアティを見つめた。




「それでアティ、部屋の片付けは済んだのか?」




イスラからコンビニの袋を受け取りながら、アズリアが尋ねると
アティの顔が途端に引き攣り、乾いた笑みを形作る。




「あはは・・・それが、まだ・・・」




その答えを既に予測していたのか
アズリアは“やはりな”と呟いて、表情1つ動かさずに。
・・・けれどちょっとだけ得意げに告げた。




「そんなとこだろうと思っていた。お前達はいつもそうだったからな。
大方、お茶でも飲んでいけと言われて、それ全部に律儀に付き合ったのだろう?」


「「う゛っ・・・(汗)」」




今日以外にも思い当たる節がありすぎるのか
アティとレックスは同時に言葉に詰まった。




「入り口は散らかっているが、奥の部屋はもうほとんど片付けが済んでいるんだ。
そちらの片付けは明日にして、今日はうちに泊まっていかないか?」


「えっ!?いいんですか、アズリア!?」




ピン!と耳を立てた猫のようなアティの仕草に
アズリアはふっと微笑を浮かべる。




「あぁ、大方予測はしていたからな。お前達の食事を作る食材も、こちらで用意してある。
今日の残った時間はこちらの片づけを手伝ってくれれば、私としても助かるし・・・
それにここが終われば、明日にはお前達の部屋の方を手伝ってやるぞ。・・・どうだ?」


「・・・は、はいっ!ありがとうございます、アズリア!!」




得意げに笑って見せるアズリアに、大声で返事をするアティは本当に嬉しそうで・・・。
そんな妹を見て、レックスは・・・




“こっちの引越しも、自分の独断で決めてしまったようなものだし
イスラが下の部屋に引っ越すことを黙っていても、強くは言えないか“




・・・なんて思い。まぁいいか、とそれを片付けた。
レックスもアズリアに会えて、嬉しいことに代わりはないのだ。

・・・そんなことを思いながらアズリアと妹のやり取りを眺めていると
アズリアが思い出したようにこちらに振り返った。ばちっと視線が絡み合う。
なんだかレックスは、妙に嬉しくなった。




「そうだ、レックス。動かしたい家具があるんだが
私とイスラだけでは少しきつくてな。悪いが運ぶのを手伝ってはくれないか?」


「勿論。いいよ、それでどの家具?」


「あぁ、こっちだ。」




アズリアが、案内しようと部屋に入ってゆき、その後にアティも続く。
レックスはそう言いながら、靴を脱ごうとして・・・
けれどアズリアとアティの所へと向かおうとするレックスに、ストップをかける声があった。




「あ、レックス。ちょっと君に話があるんだけど・・・」


「〜〜〜〜・・・ッッ!?」




その声を聞いただけで、レックスは悪戯を見つかった子供のように、ビクリと体を強張らせた。
それは壁に凭れながら、レックスに向けて満面の笑みを浮かべているイスラの声。
教員に向けるのと同じ、いっそ嘘臭いほどの綺麗な微笑みを見て
レックスの背中を、更に冷たいものが伝った。

レックスが、体を震わせたのに気付いて
イスラは笑みを湛えたまま、固まっているレックスの傍までゆっくりと歩み寄る。
そして彼の胸倉を掴むと、自分が寄りかかっていたのとは反対側の壁に
レックスの背中を、そっと押し付けた。




―――――――― ・・・この裏切りの代価は、高くつくからね・・・ッ!!」




アズリアやアティには聞こえないように小声で、でも顔は笑ったまま。
邪悪なオーラを纏ったイスラは、ガタガタと恐れ戦くレックスにそう言い放った。


それはさながら、死の宣告。


勿論裏切りというのは、イスラがアティに好意を寄せていることを知っていて
なのに、彼には一言の相談もなく。寮を出ることを決めてしまったことについてだろう。
・・・しかも、イスラは隣の部屋に住んでいたというのに。




「・・・覚悟するんだね。レックス・・・?」




それは警告。つまりは・・・






『よくもこの僕に黙って引越しなんて決めてくれたね!!
僕とアティを引き離す気?ふーん?へぇー?そっちがそういうつもりなら
君にもそれ相応の覚悟を決めて貰わないといけないことになるけどッ!?(ノンブレス)』






・・・ということである。(長ッ!?)




「レックス?イスラ?・・・どうかしましたか?」




そのとき。なかなか入ってこない2人を不信に思った
アティの声が、狭い廊下に響き渡ってきた。




「ううん、なんでもない。すぐに行くよ。」




するとイスラは、パッとレックスの服を掴んでいた手を放し
いつも通りの何食わぬ顔で、アティにそう返事をした。
イスラはレックスに、ニヤリと不敵な笑みを見せることも忘れずに、踵を返し奥へと入って行く。
廊下に1人残されたレックスは、その場にへなへなと座り込んだ。




「ど、どうしよう・・・俺、イスラが義弟になったら生きていけないかも・・・!!(汗)」






もしかしたら俺、1番敵に回しちゃいけない人を敵に回しちゃった・・・!?(真っ青)






レックスは顔面蒼白で、真剣にそんなことを考えていた。
そこへもう1度ドアの開く音が聴こえてきて、恐る恐るレックスが顔をあげると
今度はアズリアが不思議そうに廊下を覗いていた。




「・・・レックス?どうした、お前が来ないと始まらないだろう?」




そう声をかけてくるアズリアの背後からは、室内の明かりが漏れていて
夕方になり、薄暗い廊下をそっと照らしだす。
レックスにはアズリアが、まるで後光の射している救世主かなにかのように思えた。




「あ、アズリアーーーッ!!ど、どうしようッ!?俺、俺・・・・・・ッ」


―――――――――――― ・・・レックス???」


「うわあああぁぁッ!?アティ、不甲斐無い兄ちゃんを許してくれーーーッッ!!」




レックスは背を丸めて、しゃがみ込んだアズリアの膝に顔を伏せると
子供のように縋りついて、泣き叫ぶ。

図体の大きいレックスが、こうやって縮こまり
彼よりもずっと体の小さいアズリアに泣きついているというのは、一種異様な光景である。




「・・・アズリア。どうしたんですか、レックス?」


「・・・わからん。」




名前を呼ばれ、不思議そうに顔を出したアティに
アズリアも、さっぱりだと首を傾げて見せる。

玄関から室内へと続く廊下には、アズリアの膝にうつ伏せて嘆くレックスと
よしよし、と彼の頭を撫でて慰めているアズリア。

そして部屋には、状況を把握出来ず首を傾げているアティと
ちゃっかり彼女の隣を陣取り、策略めいた笑みを湛えているイスラ。





――――――― ・・・ある意味いつもと何1つ変わらぬ風景が、そこにはあった。





こうして、上の住人と下の住人として
同じアパートのに移り住んでの、4人の新たな生活が幕を開ける。















戯言。


は、はい・・・どうにかこうにかお久しぶりに
イスアティパラレル第6弾、だったハズです。(コラ)

ついにアティとレックスがお引越し!
本当はサイトの引越しにあわせてと思ったんですが、間に合いませんでした(笑)
4人の中で一番立場が弱いのがレックスだという疑惑が浮上!
(いや、浮上っていうかさ・・・)
頑張れ、レックス!!明日は誰にも訪れる!
でもこんなレックスですけど、実はとっても頼れる人だったりするのですよ。

やっと今回、イスラとアズリアが、イスラの思惑でアティ達の真下に住むことになりました。
引越しでイスラとアティの距離が遠くなるかと思いきや、逆に近くなっちゃったよっていう。

どうやって根回ししたんでしょう?(笑)寧ろ父親の権力フル稼働な勢いで、ええ。
今までは寮が違ったので、日常生活はともにできなかったのですが
(食事とかは一緒にしてたりしてますけどね)
今後イスラがどう動くか・・・というか、どんな暴挙に出るのかというお話です(笑)

勿論被害者は、常識人の姉アズリアと
イスラにとってはただの邪魔者(酷)でしかないレックスでしょう。

更新頻度、遅くなっていますが
気が向いたときにでも覗いて頂ければ、幸いです。





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2004/03/08