お昼休み

〜彼女と僕のとある午後〜













規定の時間より、少しだけ早めに授業が終わり、講師が教室から出て行く。
その後ろ姿を見つめて、イスラは教科書一式を整えると
疲れた様子で、はぁ、と小さく息を吐き出した。

ここにくるまで。

1人でいることが多かったから、気付きはしなかったけれど
どうも自分は大勢でいるより、1人かあるいは少人数でいるほうが、向いているらしい。
たまに、どっと疲れることがある。




「なぁなぁ!イスラ!」




そう思った途端。いつも騒がしいクラスメイト達が、自分を呼ぶ声が聞こえてきて・・・
イスラは内心うんざりして。・・・けれど振り返り、律儀に返事を返した。




―――――――――― ・・・なに?」




面倒臭そうな態度を隠すことなく表に出しても
目の前のクラスメイトは、それを気にした素振りもない。

・・・こういうとき。

無邪気さからくる鈍感さというものは、厄介だとイスラは思う。
いっそのこと。こんなヤツと付き合うのは疲れると、見捨ててくれてしまえばいいのに。

けれど、鬱陶しいと思うぐらいに自分に纏わりついてくる彼等を
どこかで、こんなのも悪くない・・・と思ってしまっているイスラがいる。


それもまた、確かなことで。


・・・抱える矛盾と子供のように瞳を輝かせる彼等に、思わず溜息が漏れた。




「アズリア先輩とレックス先輩が付き合ってるって噂、本当なのかッ!?」






やたら息巻いてると思ったら・・・なんだ、そんなこと。






妙なところで納得して。そんな彼等とは対照的に
けれどイスラは、意外にもあっさりとそれを口にした。




「・・・あぁ。ついにそれ、漏れちゃったんだ・・・?」


「・・・ってことは本当なのかよ!ちくしょーーーー!」




イスラの返答に、後ろにいた1人が頭を抱えて叫ぶ。
イスラは机に肘を付いて、そんな彼に冷ややかな視線を送った。




「あーぁ、俺、アズリア先輩狙いだったのになぁ・・・。」







レックスに聞かれたら殺されるよ・・・(呆)







そんな風に内心溜息を吐くイスラを他所に、彼等の会話は続く。




「オレも〜。だってさ、アズリア先輩ってかっこ良いし、美人だし・・・」


「そうそう、才色兼備ってヤツだよな。」








そんな風に思ってるから、駄目なんだけどね・・・








そう思い。イスラは、責任感が強いぶん、すぐにがんじがらめになって
身動きのとれなくなってしまう、自分の姉を思い浮かべた。






姉さんは責任感が強くて、真面目だけれど
そのぶん、周囲に応えようとして頑張りすぎるんだよね・・・








期待、嫉妬、羨望、嘲笑。

その全ての視線を受けて、もがき。

そうして最終的には、自分の意思と
自分を戒めようとする思いの間で、動けなくなってしまう。

数年前まで。僕はそんな姉さんを知りながら、見ていることしか出来なかった。

だって、姉さんに絡みつく鎖を増やしたのは・・・僕、だから。

僕は増やすばかりで、解いてあげられなかったその鎖を。

・・・微笑みながら、ゆっくりと

けれども、あっさり解いてしまったのは、他でもないレックスだ。








「残念だなー。でも、レックス先輩が相手じゃ、勝ち目ないしな。」




腕を組んで眉を潜めながら、うんうんと頷く。
気が付けば、いつの間にかイスラの周囲を固めるように、いつもの4人が集まってきていた。

一体、いつまで続くのか?

終わりの見えない会話にうんざりしたイスラは
飲み物を買うことを口実に、席から立とうとしたが
――――――――― ・・・




「・・・アズリア先輩も良いけどさ、俺はアティ先輩が良いな!」




うっとりとした表情で呟かれた一言に、ピタリと足を止めた。





―――――――――― ・・・!?」





「あ、俺も。」




誰かが賛同の声をあげ、更に話は盛り上がりをみせる。




「・・・そうだよなぁ、アズリア先輩はこうキリっとしてて良いけど
アティ先輩は可愛くて・・・そうだな、守ってあげたくなるっていうの?」


「そうそう!あんなにおっとりしてるように見えても、実は強いしさ。
顔もスタイルも性格も・・・申し分ないよな!」




4人は互いの顔を見合わせ、だらしのない笑みで頷き合う。
そのうちの1人が、いいアイディアを思いついたとばかりに、嬉々とした表情でイスラに振り返った。






―――――――――― ・・・アティの名前がでたときから。
イスラがずっと、どす黒いオーラを放っていることにも気付かずに・・・






「・・・イスラ!アティ先輩って、アズリア先輩と仲良いよな!?
彼氏いるかどうかとかお前聞いて・・・」






ズモモモ・・・・・・






そんな音が聞こえてきそうな威圧感を背負って、イスラはその漆黒の瞳で彼らを射抜く。




「「「「!?」」」」


――――――――――――― ・・・アティに手を出したら・・・
生きていられるとは思わないでよね・・・」




・・・そう言って。それは恐ろしいほど、綺麗に笑って見せたのだった。





キーンコーンカーンコーン・・・





雪崩かダイアモンドダストか
はたまたオーロラを思わせるような、絶対零度の微笑み。

それを向けられて、顔面蒼白で固まってしまっていた4人は
スピーカーから聞こえるチャイムの音で、魔法が解けたように一斉に動き出した。



「・・・あ、チャ、チャイム!昼だ!め、メシにしようぜ?」


「そ、そうだな!」



何事もなかったかのように。
当たり障りのない会話を選んで交わし、そそくさと準備を始める。

それでもまだ、じわりじわりと足元に絡み付いてくるような、イスラの視線は消える気配がない。

4人の額を冷たいものが伝い
“どうしたらいいんだ・・・!?”と頭を抱え込み始めたころ・・・





「イスラ!!」





彼を呼ぶ、高く透き通った女性の声に。
イスラが発していた、ピンと張りつめた糸にも似た空気は、嘘のように、一瞬にして掻き消える。

天からの助けとばかりに、4人は瞳を輝かせて声の主を見やった。
教室の入り口に立ち、パタパタと小さく手を振っているのは
ついさっきまで、話題の中心になっていた人物。



「・・・・・・アティ。」



彼女の名を、そっとイスラが呟いた。
今度こそ躊躇うことなく席を立って、アティのほうへスタスタと歩いて行く。



「なに?どうかしたの?」



そう言うイスラが、もうすっかりいつものイスラだったので
4人はほっと胸を撫で下ろし、安堵の息を吐いた。




「今朝、アズリアと一緒にお弁当を作ったんです。
イスラの分もありますから、良かったら一緒に食べませんか?」


「・・・僕の分、アティが作ったの・・・?」


「はい!レックスにはアズリアが作ってますから。
・・・そうしたら、どうしてもイスラしか思いつかなくて。
それに、この間のお礼も、まだきちんとしていませんでしたし・・・」




少し顔を赤らめて、照れ臭そうに、はにかんだ笑顔を見せたアティは
けれどイスラの後ろから、じっとこちらを見つめる4人の存在に気が付いたようだ。

アティがやんわりと微笑んで、ペコリとお辞儀を1つすると
4人は硬い動作で恭しく頭を下げ、挨拶を返した。




「イスラのお友達ですか?」


「うん。まぁ、そんなところだよ。」







そんなところって・・・!!(汗)







表情は微笑んでいるのに、瞳は決して笑っていない。
またいくらか鋭くなったイスラの、刺さるような視線をその身に受けながら
内心そう叫び、4人は引きつった笑みを浮かべた。

不自然なそれに、アティは気付くこともなく。
嬉しそうににこにこと微笑んでいたが
突然ハッとした表情になると、4人とイスラを交互に見比べる。




「・・・あ!イスラ、お友達と食べるところだったんですか?
そ、そうですよね!お昼はお友達と食べますよね!あの、いらなかったらそれでも・・・」




俯きがちに瞳を伏せ、イスラから視線を外して。
目の前に垂れてきた髪の毛を、慣れた手つきで後ろにながしながら、アティは苦笑いを浮かべる。

どこかそわそわと落ち着かないその仕草からは
余計な世話を焼いてしまったという、罪悪感が滲み出ていた。

恐らく無意識であろう、その寂しげな声に
4人はサーッと血の気が引いていくのを感じる。

ここで自分達が原因となって、アティを悲しませれば
イスラがまた“あの”微笑を浮かべるのは間違いないのだから。






―――――――――― ・・・もう1度アレを見たら、死ぬ・・・!!






そう直感で感じ取った彼らは、千切れんばかりに勢い良く、ブンブンと首を横に振り
大慌てで、たった今しがた思いついた言い訳を口にした。




「い、いえ!俺達、丁度これから
4人で食堂に行こうと思ってたところなんですよ!な?なッ!?(汗)」


「そ、そうなんです!だから全然平気ですよ!!(頼むから)気にしないでください!」


「い、行って来いよ、イスラ・・・!!」





―――――――――― ・・・でも・・・」





彼らが自分に気を遣ってくれているのだと思ったアティは
申し訳無さそうにして、口篭る。

そして、何か言おうと開きかけたアティの口から、遠慮する言葉が紡がれるその前に
1人がヤケに芝居がかった大声をあげて、アティの言葉を遮った。




「あーーーーッ!!急がないと限定23食の帝国定食(どんなだ)がなくなっちゃうよーー!!」


「そ、それは大変だ!急がないと・・・!」




その様は、いっそ清々しいくらいに演技臭い。




「じゃ、じゃあそういう訳で俺達行くから!!また後でな、イスラ!!」




ギシギシと音がしそうな動作で、軽くイスラに手を上げると
4人は逃げるようにして(いや、実際逃げているのだけれど)物凄いスピードで、その場から走り去ってしまう。


・・・目の前で突風が巻き起こり、アティの長い髪を揺らした。




「・・・行って、しまいました。」


「うん、行っちゃったね。」




制止しようと伸ばしかけた手をゆっくり降ろしながら、呆然とアティが呟いた。





“そんな限定定食、ありましたっけ・・・?”





そう言って、不思議そうに首を捻る彼女の純粋さに、イスラの顔に思わず笑みが浮かぶ。




「・・・それでさ、アティ。」


「はい?」




名前を呼ばれて、彼女がこちらを仰ぎ見ると、その動きに合わせて真紅の髪が踊る。




「お弁当、“いらない”なんて一言も言ってないだろ?
・・・・・・ありがとう、嬉しいよ。」


「・・・っはい!!」




イスラが愛しさを籠めた声で呟くと、途端にアティは、ぱぁっと表情を明るくした。

心なしか、頬が熱を帯びている。

そんなアティを見下ろして
花の咲くような笑顔とはまさにこのことだろうと、イスラは口元を緩ませた。











「と、ところでッ!なんで俺達走ってるんだよッ!?」


「愚痴っても仕方ないだろ!お前、もう1度“アレ”を喰らいたいのかッ!?」


「俺はもう2度とごめんだって!」


「・・・でも俺、今日初めて本物のアティ先輩と話しちゃったよ〜(悦)」


「・・・うん。やっぱり可愛いよなぁ、アティ先輩は・・・。」


「・・・でもさぁ。イスラの奴、あれだけあからさまな態度なのに
4人もいてなんで今まで誰も気付かなかったんだよ?」






・・・・・・。




「「「・・・さぁ???」」」






他の生徒の注目を集めながら、食堂へ向かって全力疾走をする4人の間に
そんな会話があったとかなかったとか。












「そういえば、さっき姉さんと一緒に・・・って言ってたよね?」


「はい!今朝、アズリアが私の部屋に来て
レックスにお弁当を作りたいから、教えて欲しいって頼まれたんです。」


「あの姉さんが料理だなんて、雪でも降るのかな・・・?」




酷い言い草ではあるが、アズリアが包丁を握るなんて本当に珍しいことなので
思わずアティも苦笑する。




「でもそれって、やっぱり昨日のことのせいなの?」




イスラがそう問いかけると、昨日のことを思い出したのか
アティは一瞬眉を顰めたあとに、コクリと頷いた。




「そうみたいです。レックスへの、お詫びだって言ってましたから。」








―――――――― ・・・実は昨日、レックスとアズリアは大喧嘩をやらかしたらしい。

“らしい”というのは、直にその現場を目撃したわけではないからだ。

けれど、何人もの学生がその騒動を目撃していて
それがレックスとアズリアの関係を、周囲に知らしめた原因でもある。

先程彼らが言っていた“噂”というのも、多分出所はそこだ。








歩きながら空を見上げ、イスラは昨日の出来事を思い出す。




「たまたま僕達がいたから良かったけど
そうじゃなかったら、怪我の治療も出来ないところだったよね。」










昨日。イスラは廊下で偶然にも
重い荷物を抱えてふらふらと歩く、アティの姿を見つけた。

声をかけて、荷物を受け取ると
アティはありがとうございます、と微笑んで、それに思わずイスラも笑顔になる。

アティが運んでいた荷物の正体は、医務室に常備されている数々の薬品だった。

医学を専攻して学んでいるアティは、医務室で勉強を兼ねた手伝いをすることも多いため
これを医務室まで運んでくれないかと、講師に頼まれたらしい。

けれど、ビンや薬の詰まった箱は予想外に重く
困っていたところへ、たまたまイスラが通りかかったのだ。

軍学校の医務室には、クノンという名前の看護医療用機械人形(フラーゼン)が常勤している。
2人が荷物を運んで行くと、当のクノンは急用が出来たとかで
けれど、“医務室を無人にするわけには・・・”と困り果てていたところだった。

そんなクノンを見て、アティが放っておけるはずもなく・・・

それはそうだ。彼女は困っている人を見捨てておけない性格なのだから
それが知り合いならば尚の事。








『わたしでよければ、クノンの代わりに医務室にいますよ?』


『それは本当ですか、アティ!?』


『はい。大抵の処置ならわたしでも出来ますから
クノンは安心して、アルディラのところへ行ってあげて下さい。』








イスラの予想を違うことなく、彼女は二つ返事で留守番を了承した。
彼女らしいと言えば彼女らしすぎる行動に
イスラは呆れ半分苦笑を漏らし、けれど結局、アティに付き合うことにしたのだ。


もう放課後になっていたこともあってか、怪我人は皆無に等しく
たまに、絆創膏や消毒液を借りにくる学生がいる程度。

そこでイスラとアティは、先程運び込んだ薬品の整理をしたあと
のんびりと話をして、部屋を閉めるまでの残り時間を潰していた。




そこへ突然、怪我人が出たという知らせが舞い込んできたのだ。




けれども、ガラスの破片を全身に浴びたレックスが
今にも泣き出しそうなアズリアに付き添われ、医務室にやってきたときには
さすがのアティとイスラも、瞳を丸くして驚いたものだった。

レックスの体には、所々にガラスの破片が刺さっていたために
そのまま、召喚術で治療を行うことが出来なかった。
傷を塞ぐ前に、まず刺さっているガラスを抜かなければならない。
そうしなければ、皮膚が再生するときに、ガラスの破片も一緒に取り込まれてしまうからだ。


しかし、どうしてこんなことになったのか。


そうアティが心配そうに尋ねたのだが
医務室に来るまでに泣いたらしく、瞳を赤くしてしゃくりあげるアズリアは
ほとんど怪我をした理由を説明する事が出来なかった。

それで結局。怪我をしているレックスのほうが、いつものように緊張感なく微笑んで
優しくアズリアの髪を梳き、彼女を慰めながら、その訳を話してくれた。


レックスの話によると、彼がガラスを浴びたのは
別段、アズリアとの喧嘩が原因ではなく
偶然召喚術訓練所の近くを通ったときに、召喚術の暴発に遭遇したからだそうだ。

けれど、喧嘩になった原因がなんなのかだけは
何度聞いても、教えてはくれなかった。
いくら2人が尋ねても、レックスとアズリアは、お互いの顔を見合わせて苦笑するばかり。


アズリアはまだ鼻にかかった声で、レックスはいつもの緩んだ微笑みで・・・


すっかり、元の鞘に納まっている彼らを前に
本当に喧嘩なんてしていたのか、疑いたくなるほどだった。




「・・・はい。でも、本当に大したことがなくて良かったです。
アズリアも、今朝はもういつものアズリアに戻っていましたし・・・。」


「・・・それで、肝心のレックスと姉さんは?」


「先に向こうのほうで待ってますよ。」




アティの指差す方向を見て、そう、と呟き。一瞬は歩調を速める。けれど・・・






・・・ん?ちょっと待てよ。






ふと至った己の考えに、しばらく黙ったままあれこれと考えて
それから悪戯っぽくにんまりほくそえむと、前を行くアティに声をかけた。




「ねぇ、アティ。ちょっと、相談があるんだけど。」


「はい。なんですか、イスラ?」




蒼い瞳に見上げられ、イスラは少し瞳を伏せると、躊躇したように言葉を紡ぐ。




「・・・昨日のこともあるし、姉さんとレックス。今日は2人きりにしてあげたほうがいいんじゃないかな?
僕達がいたんじゃ、きっと昨日の話も出来ないよ。」


「・・・あ!それも、そうかもしれませんね。」




イスラの提案に、アティは正直に頷いて。
眉間に皺を寄せると、むむむ・・・と唸リ始める。
そんなアティに気付かれぬようにして、イスラは一瞬、満足気に微笑んだ。




「でも、イスラを連れて来ますから少し待っててくださいって
そう言って出てきてしまったんです。どうしたらいいんでしょうか・・・?」


「大丈夫だよ、アティ。僕に良い考えがあるから。」


「良い考え、ですか?」


「そう。・・・まぁ、こういうのはアティより、僕のほうが向いてるだろうから、任せておいてよ。」




そう言ってイスラは得意げに笑って見せたのだった。













日当たりの良い芝生の上に寝転ぶ赤い髪と
その隣に座って本を読む姉の姿を見つけて、イスラは彼らに届くよう声を張り上げた。




「姉さん!レックス!」




すると、寝ていたレックスが上半身を起こし、きょろきょろと辺りを見回す。
そんなレックスにアズリアがあちらだと指をさし、やっとレックスが視界にイスラを捉えた。




「イスラ、こっちこっちー。」




ヒラヒラと手を振り、手招きをするレックス。
誘われるようにして近づくと、イスラが傍まで来るのを待って、アズリアが口を開いた。




「アティはどうしたんだ?お前を迎えにいっただろう?」


「あぁ、うん。迎えに来てくれたんだけどさ。
ここに来る途中で講師達に捕まっちゃって、今、会議で使う冊子作らされてるよ。」


「・・・あいつは頼まれると断れない性質だからな。
全く、要領の悪い。そんなもの、適当な理由をつけて逃げてしまえばいいものを・・・。」


「まぁまぁ、アズリア。」




アズリアは不満そうにしながら、“解っている。もう、慣れた”と溜息を吐く。
その、呆れるほどの人の良さが、アティの良い所でもあると思っているからだ。
アズリアが黙ったタイミングを見計らって、頭を掻きながらイスラが言う。




「そうそう。それでさ、アティ1人じゃ大変そうだから、僕も手伝ってくるよ。
どれくらいかかるかわからないから、2人は先にお昼食べちゃって。」


「えぇッ!?イスラ、俺達も手伝うよ!」




まるで拗ねた子供のように、手を上下に大きく振り
声を荒げるレックスに、けれどイスラは、ゆっくりと首を横に振ってみせた。




「あんまり大人数になると、アティが気にするだろ?」


「・・・ぁ・・」




途端に大人しくなり、しゅん・・・と肩を落とすレックス。

確かに、ここでレックスとアズリアまでもが手伝いに行けば
アティは自分のせいでみんなに迷惑をかけたと、自身を責めるだろう。





小さい頃から、アティとはずっと一緒にいて。
考えれば、そんなこと簡単に見当がつくハズなのに。

自分よりも短い時間しか共有していないイスラのほうが
アティの性格を、熟知しているような。そんな気がして
――――――――― ・・・




先に気付かれたことが、ちょっと悔しい。




アズリアはそんなレックスに苦笑して
彼の炎のように赤い髪に、その繊細な指を通した。

よしよし、と頭を撫でられたレックスは、それでいくらか、元気を取り戻したようだった。
頭を撫でるアズリアに、弱々しくはあったけれど、微笑んで見せていたから。




「わかった。イスラ、アティを頼んだぞ。」


「うん。わかってるよ、姉さん。・・・あ、そうそう。」


「ん?」




何かを思い出したように、ポン!と手を打つイスラを見て
アズリアはレックスを撫でる手を止め、イスラを見上げる。

自分と同じ漆黒の瞳で見上げてくる姉に、イスラはゆっくり近づくと、少し屈んで。
その耳元に、アズリアにしか聞こえない音量で、こっそりと囁いた。








「邪魔者は退散するから、頑張ってよね。」




ボン。








そんな、小さな爆発音にも似た音をたてて
アズリアの顔は一瞬にして、茹でダコかトマトのように真っ赤になる。




「イ、イスラッ!?」


「じゃあね。」




裏返った声をあげる姉を、さも楽しそうに一瞥すると
イスラは最後にそう言って、振り返ることもなく、さっさと歩いていってしまった。






全く、イスラの奴・・・!!






地面を睨みつけながら、1人ブツブツと呟くアズリア。
そんな彼女の顔を覗き込んで、レックスが不思議そうに尋ねた。




「・・・アズリア?イスラになに言われたの?」




はっ!




アズリアはその一言でハッと我にかえると
レックスの顔がいつのまにか、吐いた息がかかりそうなくらい近くにあることに驚く。
彼の瞳を間近で見て、心臓がいつもより大きく脈打った。




「な、なんでもないっ!!」






“頑張ってよね。”






去り際に弟が残したその言葉が、何度も何度も頭の中でリピートして消えない。
すぐ傍にあるレックスの顔を見て、また頬が熱くなった。
そう思ったアズリアは、それを見せまいと、レックスから勢い良く顔を逸らす。

思いっきり顔を背けられた当の本人レックスは
呆気に取られた顔をして、数秒アズリアを凝視した後。
一体なにが面白いのか、クスクスと声を殺して笑い出した。




「ねぇ、アズリア?」




目尻に、軽く涙を滲ませながら
レックスは、背を向けてしまった愛しい恋人の名前を呼んだ。

随分抑えたつもりだろうが、まだ少し、笑いの混ざるその声に
居心地悪そうにアズリアが振り返る。

もしかしたら、自分の思考は全てバレテいるんじゃないか?と
どきどき早鐘のように打つ心臓を押さえながら・・・




「・・・・・・・・・なんだ?」




半眼でレックスを見る、そんなアズリアに
レックスは春の日差しのように穏やかな、満面の笑みを湛えて囁いた。






「2人きりにしてくれたイスラに、感謝しないとね。」






にこにこと笑うレックスを前に、アズリアはきょとんと瞳を丸くして・・・




「こ、この大馬鹿者がーーーッッッ!?!?(照)」




意表を突かれたことと、なんといっても恥ずかしさが相俟って
アズリアが拳を振り上げる!




「えッ!?ちょっと待ってアズリア!俺、そんなに怒るようなこと言・・・っ!?」




アズリアからユラリと立ち上るオーラに、本能的に危険を察知して
レックスは座ったまま、反射的にずるずると後方にさがった。
立ち上がった彼女の細いシルエットが、レックスの顔に影を落とす。




「・・・・・・問答無用ッ!!」


「ア、アズリアッ!?うわーっ!?ギブ、ぎぶっ!!ロープ・・・!誰かタオルーーーッ!!(汗)」




自分の彼女が一倍恥ずかしがり屋で、こういった言葉に耐性がないことを
当のレックスだけが気付いていないのだった・・・。












こんな2人の夫婦漫才が、学校の名物になる日も
そう、遠くない
――――――――― ・・・













「イスラ、こっちです!」




建物の影から自分を呼ぶ声に、イスラはピタリと足を止めた。
イスラがそちらへ歩き出すと、それは物陰から飛び出して、ピョコピョコとイスラめがけて駆けてくる。




「どうでした?上手く、いきましたか!?」




キラキラと輝く、レックスと同じ蒼い瞳。
それを期待で一杯にして、イスラを見るのは・・・




「勿論上手くいったよ、アティ。今頃、昨日のことでも話してるんじゃない?」




あんなことになっているとは、例え想像がついていても顔には出さず。
イスラはやり遂げたと、肩をまわした。
イスラの返事に、アティは目に見えてほっとした様子でふぅ、と息を吐き出す。




「喧嘩をしたって聞いたときには、心配しましたけど
これを機に、アズリアとレックスが、お互いをもっと良理解できたらいいですね。
・・・嘘を吐くのは、少々気が引けますけど。」


「そうだね。でもあの2人なら、僕達が心配するまでもないと思うけど?」


「そうですね。」


「じゃあ僕達は、2人に見つからないところへ行って、お昼にしようか?」


「はい、そうしましょう!」


「ところで、お弁当のおかずはなに?」


「はい!えっと、まずは定番のたまご焼きに、それから・・・」




こうして、アズリアとレックスのことを口実に、まんまとアティと2人きりになることに成功したイスラは
機嫌良く隣を歩くアティを、優しい眼差しで見つめる。

彼女が自分の隣で微笑んでいてくれる。

そして、兄と友人を想って見せる最高の笑顔を
他の誰にも見せずに、たった1人で独占できるのなら・・・それは尚更。






その喜びに、彼自身も笑みを漏らしながら歩く。






そんな、とある日の昼下がりの小さな幸せ。

















戯言。


予告してから、随分お待たせしてしまいました・・・
しかも、1つ進展があったあとなので
甘い・・・というよりはのほほんとしたお話です。

す、すみませんでした・・・ッ!!(平伏)

ですが、なかなか纏まってくれなくて困ったお話でもありました。
はっきり言ってしまうと大満足!とまではいかないのですが、まぁ及第点、ということで。
じっくりみっしり書きたいことは、まだまだ先にありますのでね、ええ。

さて、看病をしてくれたお礼の意味もあって
アティがイスラにお弁当を作ったというこのお話ですが、いかがでしたでしょうか。
ちょっとだけ、前よりは距離が縮んだ・・・ハズ、なんですけどね(笑)

しかしながら今回のメインは、アズリアとレックスのためという名目の下
どのように画策してイスラがアティと2人きりになるかと、そこですので!!
ええ、メインはそこ!微黒イスラ発生です!
これからもっと黒くなって暴走してくれる予定ですよ、彼は。

クノンもさり気なく登場したりしてます。きっと他のキャラもまた出てくることでしょう。
それから、今回のお話はアズリアとレックスのほうともリンクさせたかったお話です。
なので、上手くいけば、アズリアとレックスの喧嘩のほうのお話も
そのうち書きたいな〜なんて思ってたりしますです、はい。

それでは、きっつい文章のリハビリ作でしたが
ここまで長々と読んでくださりありがとうございました!





BACK


2004/02/02