お見舞い

〜彼女が僕に弱さを見せた〜













Act.1








その日は朝から熱が出て、ずっとベッドで寝ていた。




“折角の休日なのに、残念だったな”




と、看病に来てくれたアズリアに言われて。でも私は、




“でも、授業がない日で良かったです”




と、返したら。アズリアは“全くお前らしい”と苦笑した。








アズリアの言う、“らしい”の基準は私ですか?・・・レックスですか?








寮で集団生活を始めてからも、風邪を引いたことはあったけれど
こんな風に熱まで出したのは、軍学校に入る以前のことだったから、・・・実に6年振りで。

6年前、熱が引くまでずっとレックスが繋いでいてくれた右手は、今は軽く。
アズリアも、どうしても外せない会議があるからと言って、部屋を出て行った。

アズリアは本当に優秀で
彼女がいないと進まない議題なんて多々あるのだから、仕方がない。

私はやることも無くて、ぼうっと天井を見上げていた。



―――――――――― ・・・どれくらいそうしていたのか。



でも、窓から覗く太陽の位置が、ほとんど変わっていなかったから
実際大した時間も経っていないのだろう。
・・・ただちょっと、時間の感覚が鈍っていただけで。


コンコンと控えめにドアを叩くその音で、私はハッと我に返った。


反射的に立ち上がると、熱で重心の定まらない体がグラリと揺れる。
壁伝いにドアまでの短い道のりを、覚束無い足取りで転がるように進む。






アズリア、もう会議終わったのかな・・・?






どん、と目の前にあるドアに手を付いて、私はゆっくりとドアノブに手を伸ばした。


・・・当たり前のことだけれど。


ドアに体重を掛けたままドアを押し開けたら、それは当然、私のバランスも崩れるわけで。


・・・そんな当然のことにも気が付けないくらいに
その時の私の思考回路は、ぼんやりとしていたの。




「・・・あっ。」




倒れるんだって、どこか冷静にそう思って、私は瞳を瞑る。
けれど以外にも。倒れた筈の床は柔らかくて、暖かくて・・・

おかしいな、と思っていたら、頭の上から声が降ってきた。




―――――――――― ・・・・・・そんなに具合悪いんだったら、
わざわざ出迎えてくれなくても良かったのに。」








・・・優しい、声。
























休日だからとのんびり本を読んでいた僕の所に突然
いつもより焦った様子の姉が訪ねて来た。

姉さんは、僕の部屋の窓をコンコンと数回叩くと
僕が顔を上げたのを確認して、隣のレックスの部屋を指差すと、さっさと歩いて行ってしまう。



“話があるからレックスの部屋に来い。”



・・・そんなところだろう。
一応、女子寮と男子寮の行き来は、例え姉弟だとしても禁止されていて。
・・・とは言っても、案外学生達はコソコソとそんな規則、簡単に破ってしまっているのだけれど。
でもやっぱり見つかれば、それなりに怒られる。
真面目な姉がそれを破ることは、比較的珍しいことだった。

だから僕は、大人しくレックスの部屋へと向かう。

ノックをせずにレックスの部屋のドアを開けようとすると、中からレックスの叫び声が聞こえて。
僕は一瞬躊躇した後、いつものようにノックをせずにドアを開けた。

途端、オロオロするレックスと、“しっかりしろ!”とそれを叱咤する姉さんの姿が瞳に入る。

人からの人望も厚く、いつも落ち着いた笑顔を湛え。
剣を持たせれば、普段とはまるで別人のような強さを発揮するレックス。

・・・彼がこんなに表情を崩すのは、姉の前か彼の妹の前か・・・
あるいは、例に挙げた2人のことを話しているときだけだ。

1度こうなってしまうと、レックスは姉さん以外の手に負えない。
それを経験上嫌というほど知っている僕は、うんざりしながら声を掛けた。




「・・・で、どうしたのさ、姉さん。何かあったの?」




すると姉さんは、レックスの頭をげんこつで軽く殴って、喚く彼を黙らせてから
涙を浮かべるレックスを無視し、僕に向き直った。




「あぁ、それなんだが・・・アティが風邪を引いてしまったらしくてな。」


「・・・アティが?」




答えながら、昨日の彼女の様子を思い出す。
・・・そういえば、何度か咳をしていたな。




「そうなんだ。熱が高くて、さっきまで私が付き添っていたんだが
私はこれからどうしても抜けられない会議があってな。
アティの傍に付いていてやれん。・・・だから、一応知らせておこうと思ったんだ。」


「ど、どどどどうしようアズリア!?アティには俺が付いててやらないとっ!!
きっと寂しくて泣いちゃってるよ!よぉし、待ってろアティ!!今兄ちゃんが行ってやるからなっ!」


「落ち着け、馬鹿者!そんなに慌てていては、出来ることも出来なくなるぞ。
・・・全く、お前はアティの事となると自制が利かなくなるのが欠点だな。」


「そ、そうかな?でもアズリアの言うとおりかもしれない。
落ち着くんだ、俺・・・深呼吸ーーー。」




そう言って手を動かすレックスに、僕と姉さんは冷ややかな視線を送る。
深呼吸と口にしているものの、やっていることは屈伸運動に他ならないからだ。




・・・2人同時に、溜息を吐く。




「・・・・・・もういい。姉さん、僕がアティの看病に行くよ。」




そう言うと、未だ屈伸をしていたレックスが、即座に反応を返した。




「な、なんだってッ!?俺も行くよ!!」


「今の君が、アティの部屋まで辿り着けると思う?
誰かに見つかって寮から追い出されるのがオチだと思うけど?」


「・・・う゛。」


「・・・それに、君は背も高いし、見ただけですぐ男だってバレちゃうじゃないか。
僕だったら君よりは細身だし、少し見られたくらいならバレずに済むよ。」


「で、でもさぁイスラ・・・」




余程アティが心配なのか、それとも僕1人で彼女の所へ行かせる事が心配なのか・・・。
もしかしたら、両方かもしれない。
実際にはどうなのか解らないけれど、まだしぶとく食い下がるレックスに、僕は更に追い討ちをかける。




「それに。もし仮に見つかったとしても
僕だったらレックスと違って、上手くその場を切り抜けられるしね。」




レックスは。

・・・これはアティにも言えることだけど、この兄妹はどうも素直すぎるところがあって。
その性分は人を惹き付けて止まないけれど、こんな社会の中では、些か不利かとも思う。








・・・まぁ、そんな所も含めて。僕は彼女が好きなわけなんだけど・・・。








「・・・そうだな。2人で行くよりも、1人の方が目立たないだろう。
それに、仮にもアティは病人だ。大勢で押しかけて喚きたてるわけにもいくまい。
レックス、今のお前は動揺している。
そのままでイスラに付いて行っては、反対にアティの手を煩わせるだけだぞ?」




姉さんのこの一言が決め手になったのか
レックスは頭から冷水でも掛けられたようにハッとした顔になって・・・
それからしょんぼりと口を閉じた。




――――――――――― ・・・それは・・・嫌だな。」






あぁ、本当に。






レックスはアティを大事にしているんだと、こういう時に実感させられる。

レックスは崩れ落ちるようにしてイスに座ると、はぁ・・・と大きな溜息を吐いて、片手で顔を覆う。
哀しそうに瞳を伏せたレックスを見て、姉さんの表情が緩められた。






姉さんのこういう表情も、ほんの一握りの人間にしか見せない表情で・・・。






母親が子供をあやすように優しく。
姉さんはレックスが座ったことで届くようになった彼の頭を数回撫でた。

レックスが、そっと腕をまわして、姉さんの腰を引き寄せる。
人の前でそんな甘ったるい雰囲気を醸し出さないで欲しい、とも思ったけど
彼の頭を抱き寄せる姉さんの表情が、確かな愛しさを湛えていたから・・・






――――――――――― ・・・だから、そのまま黙っていた。






すると姉さんは僕の視線に気が付いたらしく、少し照れ臭そうに笑う。




「・・・そうだ。イスラに届け物でもして貰ったらどうだ?例えば、アティの好物とか・・・」




レックスは姉さんの提案に、何か思いついたようで、パッと顔を上げる。




「あ・・・ナウバの実だ。小さい頃、病気になったときには決まって
ナウバの実を食べさせて貰えたんだよ。でも俺達の住んでた場所は田舎だから
普段はなかなか食べられなくて・・・。アティも俺も、大好物なんだ。」




ガタン、と勢い良くイスから立ち上がると、レックスは置いてあったサイフを手に
廊下を歩くことすら手間だと、部屋の窓を持ち前の身軽さでヒョイと飛び越えた。




「俺、市場に行って買ってくる!!」


「あ!ちょっと、レックス!?」




それだけ言って、走り出す。止める間もなく、レックスの姿はみるみるうちに点になり・・・。
彼の部屋に取り残された僕と姉さんは、またも同時に溜息を吐いた。




「・・・姉さん、レックスのあの突飛な性格はどうにかならないの?」


「ならんな。」
(即答)


「・・・そう。(汗)」


――――――――― ・・・それよりも、イスラ。」


「なにさ?」




姉さんは口をきゅっと結んで、じっと僕を見つめる。
それから、がしっと僕の両肩を掴んだ。・・・苦渋の表情で、告げる。




「私はお前を信用しているが・・・。一応、忠告だけはしておく。
・・・いいか?いくらアティが病気で弱っていたり、眠っているからと言って
変な気は起こすんじゃないぞ?絶対にだ。・・・・・・いいな?」




僕も列記とした男だし、姉さんが心配する気も解らないではない。
それに確かに、アティの中で僕の株が上がるかもって思ったことも事実だけど・・・




―――――――――― ・・・ねぇ、それ本当に信用して言ってる?姉さん・・・」










僕は溜息混じりに呟いた。





















戯言。


はい。パラレル第4弾。しかも今回は続き物です。
一応この話は、日常風景からそこそこ時間が経っていまして。
イスラがレックスに“アティは頂くぜ!”宣言(笑)をした直後って訳じゃありません。

アティサイドとイスラサイド1回ずつで区切って行こうと思ってます。
多分・・・4回ぐらいで終わると思うのですが。

いえ、書いてるこっちが読みづらくて仕方なかっただけなんですけど。(苦笑)
そしてこの話。実はまだ、手元では完結してません。
ストーリーは決まってるんですけど、文章に出来てないんですよね。
とてつもなく苦戦してます(爆)

やっぱり書くときに時間置いちゃいけないなー・・・と実感してみたり。
いえ、ちょっと色々あったんですよ。課題とか課題とか・・・(笑)

ちなみに、前回のもそうなんですが、アズリアは生徒会みたいなものをやってます。
生徒代表!みたいなのを。なので仕事があったり、会議があったりするんですね。





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2003/11/09