お見舞い

〜彼女が僕に弱さを見せた〜













Act.2









見上げると、そこには呆れも少し混ざった、イスラの驚いた顔。




「・・・イス、ラ・・・?」




ここは女子寮な筈なのに、どうして彼がいるんだろう?
問いかけるように名前を呼ぶと、イスラはふぅ、と溜息を吐いた。




「イスラ?・・・じゃないよ。君は、もう少しで自分がどうなるところだったのか解ってるのかい?」


「・・・廊下に・・・倒れ込む、ところでした。」


「そう。僕が支えなかったら、アティは廊下に激突するところだったんだよ。」


「・・・ありがとう、ございました・・・・・・イスラ。」




頭の中ではきちんと言葉を紡げるのに、息が苦しくて、どうしても途切れ途切れになってしまう。
こちらを見下ろしていたイスラが、不満そうに顔を顰める。




「・・・そうじゃないだろ、アティ。」




そう、少し怒気の籠められた口調で言われて・・・
イスラが怒っているのは解るけれど、私にはイスラを怒らせた理由が見当たらない。
・・・何か気に障ることをしてしまったの?




「・・・・・・・?」




困り果てて、イスラを見上げる。








・・・お願いだから・・・嫌いに、ならないでください。








嫌われない為には、笑わないといけないのに・・・
それすらも辛いぐらい、息が上がる。
後頭部がズキズキと、鈍い痛みを休む間もなく訴え続けていて・・・考えれば考えるほど。
だんだん思考すら、ままならなくなってくる。








行かないで。・・・嫌いにならないで。








それだけを思って、ぎゅっとイスラの服を握り締めると、今度はイスラまで困った顔になった。
そうして、溜息と共に言葉が漏れる。




「・・・もしかして、本当に解らないの?」


「ご・・・ごめんなさ・・・い。・・・・・・だ、から・・・っ!」








嫌わないで。








でも、そう口にする前にイスラの手がスッと伸びてきて・・・一瞬の浮遊感。
クルンと体が一回転したような感覚に襲われて。

どちらが天井でどちらが床なのか・・・
上下左右、方向感覚の喪失。




「・・・無理するなってことだよ。君は、もう少し自分の体を労わったらどうなのさ?」




そうして自分がイスラに抱き上げられているんだと解ったのは
ともかく地を蹴ろうと動かした足が、空を切ったとき。




「・・・あ。」






私、重くないですか?






そんなことを告げる間もなく、イスラは私を抱えて素早く部屋に入り、器用にドアを閉めた。
気を遣ってくれているのだと解るくらい、必要以上に優しく。
・・・そっと、ベッドの上に降ろされる。

私は少しの名残惜しさを感じながら、イスラの服を掴んでいた手をゆっくりと放した。
強い力で掴んでいたようで、服にはしっかりと皺の痕がついてしまっている。




「全く。なんだか、姉さんが僕達に知らせにきた理由が解った気がするよ。」


「・・・え?」




短く問い返すと、イスラは私に布団をかけてくれながら、にっこりと微笑んだ。

一体何年振りだったろう?誰かに布団を掛けてなんて貰ったのは。
それは熱を出したのなんかより、ずっとずっと長い間離れていたもので。

その感触と、向けられた笑顔に。
・・・なんでだか解らないけれど、私はとても安心してしまう。

イスラの笑顔が、誰かの笑顔と被って・・・。
私は朦朧とした頭で、それが一体誰の笑顔なのかを知ろうと、必死に記憶の糸を辿りだす。

・・・遠めに聴こえるイスラの声が、
私の深く深くに眠る記憶を、呼び覚ます手助けをして・・・・・・








・・・あぁ、そうだ。あれは両親が死んだばかりで、私がまだ小さかった頃。








夜になると恐くなって泣いてしまう私を、双子だから年齢も変わらない筈なのに
お兄ちゃんだからと、レックスが一生懸命寝かしつけてくれたときだ。

もう大丈夫って何度も何度も繰り返して
そっと布団を掛けてから、“おやすみ、アティ”ってレックスが微笑む。

それから私が眠りにつくまで、傍でずっと手を握っていてくれた。


握られた手が温かくて。


――――――― ・・・彼が生きていることに安心して、私はそのまま眠りにつく。

・・・その時と似てるからだ。だからとても安心するんだ。
ただ違うのは、今安心をくれているのはレックスじゃなくて、イスラだということだけ。




「姉さんがアティが風邪をひいたって。今朝、レックスと僕に知らせにきたんだよ。
自分はついていてやれないから・・・ってね。
だから僕が、姉さんの部屋の窓から忍び込んできたんだ。
本当はレックスも付いてきたいって言ってたんだけど
あんまり大騒ぎしてもいけないからって、姉さんに駄目出しされたんだよ。
あ、そうそう。これ、レックスからのお見舞いの、ナウバの実だよ。」




そう言ってイスラが差し出したのは、袋いっぱいに詰まったナウバの実。
私は1番上にあったナウバの実を、1つ手に取った。

・・・あの頃は、1日のほとんどを2人一緒に過ごしていた。
同じことをしている筈なのに、いつも先に風邪を引いて寝込むのは決まって私の方で。

私が風邪を引くと、レックスは外で遊ぶのが大好きだったのに
ベッドの隣に座って、1日中一緒にいてくれた。
大人達が、いくら風邪が染るからと言っても聞かなくて
それにみんな、困ったように笑っていた。

でも最後には、レックスが部屋にいることを許してくれて・・・
隣に座ったレックスは私の手を握って、それでやっぱり微笑んで




“俺はアティと一緒にいるから”




そう言って、私が寂しくないように、つまらなくないようにと、色んな話をしてくれた。
それで結局、次の日には2人して寝込んでしまうことになるの。

熱が出て息苦しいのに、何故か私達は顔を見合わせて笑っていて。
並んだベッドで、手を繋ぎながら眠っていた。

それから、誰かが買ってきてくれたナウバの実を食べる。
病気の時に食べるナウバの実は、冷たくて甘くて、とても美味しくて。
私達は、この病気のときだけ食べられるナウバの実が大好きだった・・・。




「レックスが買いに行くって出たのはいいんだけど
まさか僕も姉さんも、レックスが箱買いしてくるとは思って無くてさ・・・・・・」


「・・・・・・。」




そんなことを回想していると、ふいにイスラの声が止む。
心地の良い声が止んだことを不思議に思って、彼の顔を見上げると
私と同じように、こちらを見ていたイスラと瞳が合った。




「・・・アティ、本格的に具合悪いみたいだね。どれくらい熱あるの?」




尋ねるように呟いて、私の頬に手を置く。
その手の冷たさが気持ち良くって、私は擦り寄るように
イスラの手の上に自分の手を添えて、その感触を楽しんだ。








――――――――― ・・・冷たくて気持ち良い・・・








すると突然、頬を包む冷たい感触が消える。

・・・それはイスラが手を引き抜いたからで、私は少し残念に思いながら、またイスラを見上げた。
イスラの手が、今度は前髪の辺りを優しく撫でる。
私はまるで猫になったように、心地よく、瞳を細めた。




「・・・熱い。結構高いな・・・」




イスラは眉を顰めると、迷うことなく額から手を放して立ち上がる。
今まで接していた体温が遠のき、私は男の人にしては綺麗な彼の手を、名残惜しく見つめた。

ジャーッと水が流れる音が耳に届いて
やがてイスラは、冷たい水で濡らしたタオルを持ってベッドサイドへ戻って来た。

シンプルな柄の小さめなタオルは。朝、アズリアが私の頭に乗せていったもの。
いつの間にか額からずり落ちていたらしい。今更ながらに、その存在を思い出した。
イスラはさっきと同じように私の前髪を掻きあげて、タオルを乗せる。


・・・彼の手が、額を掠めた。




ひんやりとしたタオルは気持ち良かったけれど、イスラの手のほうが心地良い。




そう思っていると、彼がそっと。・・・こっそりと、息を吐くのが聴こえた。
途端私の中の不安が、再び首をもたげる。




「これだけ熱が高いなら、今日1日、ゆっくり寝ていた方がいいね。
・・・僕が部屋にいたら、邪魔になっちゃうかな・・・」




苦笑雑じりに呟いて、イスラはゆっくり立ち上がろうとした。








―――――――――― ・・・行かないで欲しい。








そう声にする前に、自然と体が動いた。
翻った彼の服。その裾を、今は頼りない力で、でも懸命にキュッと掴むと
ピン、と腕が伸びて、イスラの動きが止まる。振り払われるかとも思ったけれど・・・


――――――――― ・・・それ以上、イスラは動かなかった。













イスラがその黒い瞳に、再び私を映し出した。





















姉さんの部屋の窓から、僕は手際良く寮の中に侵入することに成功した。
会議に行く姉さんに、軽く手を振って別れを告げると
レックスから手渡された、これでもかという程ナウバの実が敷き詰められた袋を持って
僕はすぐ隣の・・・彼女がいる部屋の前に立つ。

流石にレックスの部屋と違って、そのまま無神経に開けるわけにはいかないから。
控えめに、数回ノックをした。・・・けれどなかなか、中からの反応は返ってこない。






・・・アティ、寝ちゃってるのかな・・・?






そう思っていると、ドアの向こう側からドン!と何かがぶつかった音がして
その衝撃で、ガタン、とドアが少し震えた。


不思議に思って首を傾げていると、さっきまで無反応だったドアが物凄い勢いで開き・・・


驚きはしたものの、僕は軽く後ろに跳んで、どうにかそれとの衝突を避ける。
目の前を掠めていったドアに遅れて、風が僕の髪を揺らした。

ドアが完全に開き、視界を遮るものがなくなったと思った瞬間。
次に、視界に入ってきたのは・・・




「・・・あっ。」






―――――――――― ・・・紅。






それが何かを認識したとき、考えるよりも先に僕はそれに向かって手を伸ばし・・・・・・掴んだ。

手にしていた袋が、ガサ、と音をたてて揺れる。
結構な衝撃があったし、レックスが零れ落ちそうなくらいに詰めたせいか
ゴロン、と鈍い音がして・・・ナウバの実が1つ、床に転げたような気もしたけれど。
そんなことよりも、もっと。僕の、思考を埋めていたのは・・・・・・








薄い布越しに伝わる彼女の体温と、確かな柔らかさ。








一気に心拍数が跳ね上がり、顔に体中の血が集まってくるような感覚。
そのまま飛んでしまいそうな理性を、ギリギリのところで保って。僕の胸に顔を埋める彼女を見下ろした。

すると緊張で微かに震える自分の手が目に入って、我ながら情けない、と思う。
・・・僕をこんな風にした原因である彼女は、息を荒げて。
焦点の合っていない瞳で、どこか遠くを見ているようだった。

その苦しげな様子に、僕の頭は急速に冷静さを取り戻してゆく。




――――――――――― ・・・・・・そんなに具合悪いんだったら、
わざわざ出迎えてくれなくても良かったのに。」




以外にもあっさりと口をついて出た、その言葉に。
それを口にした僕自身が、1番驚いた。
僕の声に反応を示して、ぼんやりとしたままの彼女の瞳が僕を捉える。




「・・・イス、ラ・・・?」






どうしてここに?






そんな彼女の考えが、表情を見ただけで手に取るように解った。
・・・思わず、溜息が出る。
いくら女子寮の自分の部屋だからと言って、ここまで無防備な彼女と・・・








熱で潤んだ瞳で僕を見上げてくる彼女を見て
また彼女の身体のラインを酷く意識してしまう自分に。








「イスラ?・・・じゃないよ。君は、もう少しで自分がどうなるところだったのか解ってるのかい?」




内心の葛藤を誤魔化すように僕が尋ねると、数秒経ってから
アティは切れ切れに、けれど淡々と事実を紡いだ。




「・・・廊下に・・・倒れ込む、ところでした。」


「そう。僕が支えなかったら、アティは廊下に激突するところだったんだよ。」


「・・・ありがとう、ございました・・・・・・イスラ。」




言うべき言葉が、間違っているとは思わない。

けれど、それは元から彼女の中にある台本の。決まりきったセリフを、そのまま読んだだけで・・・。
そう、それは誰にでも同じ言葉を繰り返す、機械めいたものを感じさせる。






僕がアティに言いたいのは、そんなことじゃない。






「・・・そうじゃないだろ、アティ。」






―――――――――― ・・・もう少し、自分のことも気にかけろよ。






きっと、そんな思いが声に出てしまったのだろう。
それを聞いたアティの顔が、歪められた。




「・・・・・・・?」




けれど彼女は不安そうに顔を顰めるだけで、どうして僕が苛立ったのか理解していないようだった。


それは善悪の判断基準が確立していなくて、何を叱られているのか解っていない子供のように。


置いていかれまいと必死に泣き叫び、母親を呼んで
そしてただただ、その理由も理解していないのに、怒るという動作に反応して謝る。

僕の目に、今のアティはそんな風に映って・・・。
子供はそうやって善悪を学ぶけれど、アティはもう子供じゃないんだから。
なんとなく、いつものしっかりとした彼女で覆い隠されてしまっている。
・・・危うく、脆い一面を見たような気がした。


大切なのは、謝ることじゃなくて怒られた理由のほうなのにさ。


頭の良い彼女なら解りそうなものだけれど・・・もしかしたら、アティは。
他人に優しい代わりに、それに気づくことすら忘れてしまうくらいに以前から
自分に関することは蔑ろにしてきたのかも知れない。


・・・ふと、そんなことを思った。


僕がどうしようかと思っていると、さっきよりも不安そうな。
・・・今にも、泣き出してしまいそうな顔で。
でも決して泣くことで自分の感情を表さない彼女は、ぎゅっと胸に置いた手で、僕の服を握り締めた。

アティのその様子に、今度は僕が困ってしまう。
どうやらアティは、風邪のせいでかなり情緒不安定になっているようだから。






―――――――――― ・・・それほど、辛いのだろうか・・・?
だったら、やっぱり出迎えになんて出てこなくて良かったのに・・・。






彼女の他人を思いやり過ぎる性格と、どうしたら良いのか解らない
すっかりお手上げのこの状況に、僕はまた溜息を吐く。




「・・・もしかして、本当に解らないの?」


「ご・・・ごめんなさ・・・い。・・・・・・だ、から・・・っ!」




何かに怯えるように。更に力を籠めて僕の服を掴み
必死に言葉を紡ごうとする彼女を見て、“あぁ、失敗しちゃったな。”と思う。

今のアティに掛ける言葉を、選び間違えたみたいだ。

・・・ともかく。このままここで騒いでいたら、誰かに見られてしまうかもしれないし
彼女の身体にも、決して良いことなんてないだろうから・・・。
僕はひとまず、アティを部屋の中に運ぶことにした。
有無を言う間を与えずに、アティの身体に手をまわし、抱き上げる。




―――――――――― ・・・思っていた以上に。




あまり体格の良いとは言えない僕でも、楽々と持ち上げることの出来たアティの身体。
些か、軽すぎはしないだろうか?






・・・きちんと食べてるのかな?






そう思いつつ、腕の中で瞳を丸くして
足をバタバタとさせるアティを安心させる為に、僕は軽く微笑んだ。




「・・・無理するなってことだよ。君は、もう少し自分の体を労わったらどうなのさ?」




・・・それに。僕は構わないけれど、彼女が変な噂を立てられたりしたら可哀想だ。
人柄も良く、優秀な彼女だけれど、それ故に。

それだけで彼女を嫉む者も、少なからずいるのだから。
・・・・・・良く知りもしないでさ。




「・・・あ。」




何か言いかけた彼女を無視して、僕はスルリと室内へ身体を滑り込ませる。
これ以上腕に力を篭めたら、アティが壊れてしまいそうな気さえしてきて・・・
そんなことは在り得ないのだと知りつつも、僕は壊れ物を扱うように、そっとそっと静かに。
・・・息まで殺すようにして、アティをベッドの上に横たえた。


人間なんてものは頑丈そうに見えてその実、簡単に壊せてしまうのかもしれない。




「全く。なんだか、姉さんが僕達に知らせにきた理由が解った気がするよ。」


「・・・え?」




“姉さん”と口にすると。ベッドの上で足を崩して座り、こちらを見上げるアティと瞳が合った。
ベッドの上に座っている彼女に苦笑し。僕は動作で横になるよう促すと
素直に横になったアティの身体がこれ以上冷えないように、足元にあった布団をかけてやった。

大きい、クリッとした瞳で僕を見上げているアティに、微笑んでみせる。
きっと今の彼女には小さい子と同じで、安心させてあげることが必要なんだろうと思ったから。
・・・アティが僕から視線を逸らすことはなく、なんだか少し監視されているような気分だ。




「姉さんが、アティが風邪を引いたって、今朝、レックスと僕に知らせにきたんだよ。
自分はついていてやれないから・・・ってね。
だから僕が、姉さんの部屋の窓から忍び込んできたんだ。」




そう説明する間も、アティはぼんやりとこちらを見つめていて。




「本当はレックスも付いてきたいって言ってたんだけど
あんまり大騒ぎしてもいけないからって、姉さんに駄目出しされたんだよ。
あ、そうそう。これ、レックスからのお見舞いの、ナウバの実だよ。」




そう言って、ほとんどその存在を忘れかけていた・・・
どうでも良さそうに左手に引っかかっている、ナウバの実が詰まった袋をベッドの上に差し出す。
・・・反応がないかとも思ったけれど、アティは虚ろな瞳のまま。ナウバの実を1つ、手に取った。


「いくらなんでも、1人でこんなに食べられないよね。
僕もそうは思ったんだけど、レックスが煩くて。・・・ただでさえ君は、病人なんだし。」




その様子を眺めていた僕は、もしかしたら。
廊下に1つナウバの実が転がっているんじゃないか、なんてどうでもいいことを思った。




「レックスが買いに行くって出たのはいいんだけど
まさか僕も姉さんも、レックスが箱買いしてくるとは思って無くてさ・・・・・・」


「・・・・・・。」




当初から比べれば落ち着いたようだし、僕としては少しばかり安心していたのだけれど。
これだけ話しても、相槌の1つさえ返ってこない。

アティはただぼんやりと、でもじっと。

ほんの少しの動作も見逃すまいとしているように、その蒼い瞳で僕をずっと見つめていた。
・・・でもそれは、僕を見ている筈なのに、僕を見ていないような気がして・・・


これは相当に具合が悪いんじゃないのか?




「・・・アティ、本格的に具合悪いみたいだね。どれくらい熱あるの?」




心なしかいつもよりも赤味が増したアティの頬に
・・・・・・そっと、手を触れる。

すると、僕の体温が心地よかったのか。
アティは瞳を閉じて、僕の手に自分の手を重ねると、頬を寄せる。

僕の心臓はまた高鳴って、それをアティに気付かれないように。
出来るだけ自然を装って、手を引き抜いた。






・・・少しだけ、勿体無い気もしたけれど。






手を抜いた途端、ぱちりと開かれたアティの瞳に僕は物足りなさを垣間見たような気がして・・・。

アティとは違う熱に、思考回路が焼き切れそうになる。
自分の心臓が脈打つ音が、すぐ耳元で聴こえた。
気を抜けばすぐにでも手放せてしまいそうな理性を、必死になって繋ぎとめる。
それから、じっとこちらを見つめてくるアティの視線から逃れる為に
彼女の額へと、手を伸ばした。


僕の手が影を落とし。それを受けて、彼女は僕を惑わすその瞳をゆっくりと閉じる。


サラサラとした感触を手に残しては、流れ落ちていく、アティの髪。
それにすら、僕の心は敏感に反応したけれど
あの視線に射抜かれているよりは幾分マシな筈だと、自分を諫める。

触れたアティの額は、僕の予想以上に熱を帯びていて
だから僕の手が気持ち良かったのだろう、と。
不自然なくらいに何度も何度も、自分にそう言い聞かせた。




「・・・熱い。結構高いな・・・」




思ったことを素直に口にして。
彼女の瞳に再び自分の姿が映し出されることを恐れた僕は
それを口実にしてまず彼女から顔を背け、それから席を立った。

ベッドの上に落ちていた、もうほとんど乾ききっていたタオルを手にして水道へ向かう。
タオルを冷やすことを名目に、僕は冷たい流水に手を浸して頭を冷やす。
水の冷たさが、脳内に染み渡って・・・。

やっと、頭がはっきりしてきた。
もう大丈夫だと、僕はタオルを持ってベッドサイドに戻る。
目の前に手を翳すと、アティはそれを待ち焦がれていたように、瞳を閉じた。


彼女を視界に映しても。彼女の柔らかな髪に触れても。


さっきより、ずっと落ち着いていられる。
胸を撫で下ろして、安堵の息を吐き出したとき
・・・アティの部屋に来る前に、姉さん言われた言葉を思い出した。




『変な気は起こすんじゃないぞ?絶対にだ。・・・・・・いいな?』




聞いたときは笑い飛ばし、でも本当は見透かされていただけの言葉。


・・・なんだ、わかっていなかったのは僕のほうじゃないか。




「これだけ熱が高いなら、今日1日、ゆっくり寝ていた方がいいね。
・・・僕が部屋にいたら、邪魔になっちゃうかな・・・」




そんな自分に苦笑して、僕は早々に部屋を立ち去ることにした。
・・・半分は彼女への気遣いで、半分は自身への叱責。

でも出来るだけ長くアティの傍にいたいという相反する想いが、僕の足取りを重くした。
じゃあね、と彼女に背を向けて・・・・・・数える。


――――――――――― ・・・1歩・・・2歩


段々と彼女との距離が広がって。
・・・けれど、カウントはそこで止まってしまった。

それ以上、数を数えられない。
普通に歩いている人間を止めるには不十分な、弱々しい力で。
でもアティが、僕の服を掴んだから。






―――――――― ・・・それは、僕を止めるのには十分すぎる程の力で・・・






そうしたらもう、僕には立ち止まるしか道はない。
ちょっと躊躇いながら。でも、多分嬉々として、僕は振り返ったんだろう。




「・・・アティ?」




不安そうに見上げるだけで何も話さない彼女に、そっと名前を呼んで問いかけた。








一体どうしたの?・・・・・・どうしたいのさ?
ほら、その口で。その声で。君の言葉で。・・・言ってみなよ。








やがて、アティがゆっくりと口を開いた。
その唇が紡ぐ言葉を、じっと待つ。




「・・・手を・・・繋いでいてくれませんか・・・?」


「え?」




思い掛けない一言に、僕は瞳を丸くした。
・・・今、アティは何て言った?

僕が驚いたのが解ったのか、彼女は気まずそうに瞳を伏せる。
それだけの動作さえ、艶かしい。




「昔は・・・レックスが傍にいて、ずっと手を繋いでいてくれて・・・。
でも今、ここにレックスはいないから、だから・・・」




アティが、潤んだ瞳で僕を正面から見据える。きっと、それは熱があるからだけではなくて・・・
その姿は、僕と同じ感情を抱いていない者から見ても酷く煽情的に見える筈。


・・・でも、もう大丈夫。


解ったから。・・・見つけたから。言葉の向こうにある、彼女の想い。
それ以上言葉にしなくても、大丈夫だよ。

それは経験上僕にとっても・・・とても、身に覚えのある感情で。
それなら今日は、いつも気丈な彼女を目一杯甘やかしてあげようか。
・・・そう思って、微笑んだ。

僕がもう1度ベッドの横に座ると、アティは目に見えて安心した様子で、服を手放した。
・・・離れてゆこうとする彼女の手を捉まえて、自分の手で包み込む。


さっきと状況が反対だね。


・・・それから、出来るだけ優しく、甘い声で囁いた。
これで少しでも君がドキドキしてくれたら、せめてもの仕返しになるんだろうけど
彼女にそれを望むのは、無理な話だとも思う。




「・・・いいよ。アティが眠りにつくまで、僕がここにいてあげる。
勝手に、いなくなったりしないから。・・・だから、安心しておやすみ。」


「・・・でも・・・なんだか眠れないんです。」






“眠るのは嫌いだ”






何度も口にした言葉。
いつしか、それは僕にとって呼吸をするのと同じ、当たり前の感覚になっていて。

・・・僕も、なかなか眠れなかった。恐かったんだ、眠ることが。
―――――――― ・・・だから眠らなくてはいけない“夜”は、大嫌いだった。




「そう?なら、無理に寝ようとしなくてもいいよ。
僕はずっと、こうして手を繋いでいるから・・・眠れるようだったら、眠るといい。」




アティの肩を、ぽんぽんと一定のリズムで叩いて・・・昔、姉さんがやってくれたんだ。
これに酷く安心したのを、今でもまだ覚えている。
・・・そして今度は、僕がじっと彼女を見つめた。アティの瞳もやっぱり僕を見つめていて・・・。
でもその顔に、疑問の色が浮かぶ。




「・・・イスラ。」


「なに?」


「イスラって、下に兄弟いませんよね?」


「うん、いないけど・・・どうして?」


「・・・だって、世話を焼くのが上手いから。看病も、意外と手馴れてるみたいですし・・・」




大分具合も落ち着いてきたのか・・・少し饒舌になって、不思議そうに尋ねるアティ。
さらりと零れ落ちて、鬱陶しそうに顔に掛かった長い髪の毛を、手で払い除けてやる。








―――――― ・・・そう。それもこれも全部・・・同じことをして貰った、僕の記憶から。








――――――― ・・・じゃあ、アティも眠れないようだし、昔の僕の話をしてあげようか?」


「昔の・・・イスラ、ですか?」




聞き返してくるアティに、僕は彼女の兄にでもなったつもりで・・・・・・と言ったらレックスになるのか。
レックスになったつもりで、大きく頷いた。


―――――――――― ・・・彼のように、笑みを絶やさずに。




「うん。そうは言っても、僕だってそんなに長生きしてる訳じゃないから
昔って言うほど、前のことじゃないけどね。・・・どうする?」


「・・・聞きたい、です。・・・話してくれますか?」




話してあげようか?と言っているのに、話してくれますか?と返してくるところが
彼女がどんな人間かを良く表していて、僕はちょっとだけ笑った。




――――――――― ・・・うん、いいよ。君になら、話してあげる。」








―――――――――― ・・・君になら。 ”








そう言った僕の。
・・・言葉の意味に、君は気付いただろうか?


















戯言。


すんません、訳解らない出来になってます(汗)
ご容赦くださると幸い・・・ッ!(苦)

えっと、イスラはアティが自分を大切にしてないことに対して怒ってるんですよ。
でも迷惑をかけたからだ、とアティさんは思っちゃってるわけで。
それでイスラがそうじゃないっ!!となるんです。

・・・いや、自分でも読んでて意味わかんねーなー・・・と。(死)

そ、そんな今回の見所は!(あるのか、そんなもの)
イスラとアティの思っていることの差です。

イスラが内心ドキドキしてるとき、アティは全然それに気が付いてなかったり。
ただタオルを濡らしに行ってるんだな、とアティは思ってるけど
イスラは心臓バクバクで、自分を落ち着かせるために水道まで走ってたり(笑)

同じ場面なんですけど、異なる2人の見方を比較して頂くと、ちょっとばっかし面白いかな?
と思わなくともなかったり・・・なんかしたり、して・・・(苦)

似ていないように思えて、似たような傷を2人は持っているようですな。
だってほら、やっぱり適格者ですからね!(パラレルには関係なさそうだぞ、それ)
うちのイスラは、内心アティの可愛さに悶えてる事が多い模様。うわぁ、変態。(←お前が言うな。)

そ、そんなわけで、まだ続きますー・・・(汗)
気長に待っていてくださると嬉しいです。き、キリンさんだあ!!(壊れた)




BACK


2003/11/16