お見舞い

〜彼女が僕に弱さを見せた〜













Act.3









「・・・アティ?」




困惑した声で、イスラが私の名前を呼ぶ。
今の彼にこんなことを言ったら、彼をもっと困惑させるだけだろうか・・・?




「・・・手を・・・繋いでいてくれませんか・・・?」


「え?」


「昔は・・・レックスが傍にいて、ずっと手を繋いでいてくれて・・・。
でも今、ここにレックスはいないから、だから・・・」




熱に浮かされて口にした言葉、それにやっと合点がいった。






私は・・・きっと1人が寂しくて、心細かった。






だから不意に、あの頃のぬくもりが欲しくなったんだ。
最初は呆気に取られた表情をして、私を凝視していたイスラだったけれど
ふっと表情を緩めて、それからもう1度、すとんとイスに腰を降ろした。


・・・イスラのその笑みは、レックスに良く似た優しいもので。


彼がここに居てくれるという事実にほっと胸を撫で下ろし、私は掴んだ服から手を放す。
服から離した左手に、私の手より幾分か大きい、イスラの両手が絡められて


私の手を包む彼の手を、今度は暖かいと思った。




「・・・いいよ。アティが眠りにつくまで、僕がここにいてあげる。
勝手に、いなくなったりしないから。・・・だから、安心しておやすみ。」


「・・・でも・・・なんだか眠れないんです。」


「そう?なら、無理に寝ようとしなくてもいいよ。
僕はずっと、こうして手を繋いでいるから・・・眠れるようだったら、眠るといい。」




意外にもイスラはあっさりとそう言って、私の肩を優しく叩いた。




眠れないのは、多分怖いから。




幼いあの頃の記憶と共に、“人の死”に怯える自分を思い出したから。
死に対する恐怖感を思い出すのは、いつも決まって夜だった。
太陽が沈んだ暗闇の中で眠りにつこうとする頃、決まって両親の死の残像が蘇る。

・・・私の肩に触れる彼の温度と、何度も何度も繰り返し肩を叩く彼の手に
“生きていること”を感じ取って。私の心で小波のように波立っていた不安は、やがて凪いだ海になる。

彼の動作1つ1つに
どうしてこんなにも安心するのか・・・私は不思議に思った。




「・・・イスラ。」




そっと呼びかけると、イスラは優しく微笑んで、私の顔を覗き込む。




「なに?」


「イスラって、下に兄弟いませんよね?」


「うん、いないけど・・・どうして?」


「・・・だって、世話を焼くのが上手いから。看病も、意外と手馴れてるみたいですし・・・」




すると、彼は一瞬瞳を丸くして、苦笑する。
それは本当に一瞬で、隠していたのを見つかってしまったような
・・・少し、困ったような顔だったけれど。

落ちてきた邪魔な髪の毛を、その繊細な指で、そっと払い除けてくれる。
そんなイスラは、本当にレックスのようで・・・




―――――――― ・・・じゃあ、アティも眠れないようだし、昔の僕の話をしてあげようか?」


「昔の・・・イスラ、ですか?」


「うん。そうは言っても、僕だってそんなに長生きしてる訳じゃないから
昔って言うほど、前のことじゃないけどね。・・・どうする?」


「・・・聞きたい、です。・・・話してくれますか?」


―――――――― ・・・うん、いいよ。君になら、話してあげる。」








“自分だけに。”








・・・そう言ってくれたような気がして、ちょっとだけ嬉しくなる。
誰かに特別だと思われることは、とても嬉しいことだから。

――――――――― ・・・彼がそんな意味で言ったのではないことは、重々承知しているけれど。




「・・・僕はね。数年前まで、具合が悪くてずっと寝たきりだったんだ。」




唐突の切り出しに、私は驚いて瞳を見開いた。
・・・いや、驚いたのはそんなことをいともあっさりと・・・・・・微笑すら浮かべて
なんでもないことのように話してしまう、イスラにかもしれない。
私のそんな様子に気付いたのか、イスラがクスクスと声を漏らした。




「そんなに驚かないでよ。・・・もう元気なんだし
君に話したいのはこんなところじゃないんだからさ。」




そう言って笑うイスラが、苦しさを感じさせなかったから。
・・・もう今の彼は、苦しくないのだと解ったから。
私は妙に安心して、手の力を抜いた。

手を握ってくれている彼には、それがすぐに伝わって。
優しく。まるでアズリアを見つめるレックスのように微笑むと、イスラは私の頭をスッと撫でた。






・・・そうか。だから彼は、こんなにも優しくて・・・






そう、突然に気が付いて。・・・私はイスラの次の言葉を、じっと待った。




「父さんは仕事が忙しくてなかなか会えなくて・・・。
だから姉さんが、勉強の合間を見ては僕の所へ来てくれた。僕は、そんな優しい姉さんが大好きで・・・。
けど、姉さんは体の弱い僕の代わりに軍学校に入学して、家からいなくなってしまった。
・・・その時の僕の楽しみといえば、週に2、3回送られてくる姉さんからの手紙だけ。」






――――――――― ・・・あぁ。入学した当時、彼女が良く書いていた手紙は
全てイスラへ宛てたものだったんだ。








“アズリア?”


“レ、レックス!?と、突然背後から声をかけるんじゃない!それで、私に何か用なのか!?”


“・・・さっきから、なに・・・書いてるんだ?”


“!?・・・こ、これはだなっ!”


――――――――― ・・・手紙、じゃないんですか?”


“アティ!?貴様まで・・・!!”


“あ、ほら。やっぱり手紙ですよ”


“え、アズリアが手紙ッ!?だ、誰ッ!?誰に書いてるんだ、アズリアッ!?”


“邪魔をしては駄目ですよ、レックス。大切な人への手紙かもしれません”


“たッ、大切な人ッ!?!!?アズリア、それって一体・・・ッ!!”


“う・・・うるさーーいッッ!!散れーーーッッ!!!”








もうずっと、手紙を書く彼女の姿は見なくなっていたけれど。
・・・あの頃はまだ、レックスとアズリアは付き合い始めていなくって
アズリアは誰に手紙を書いているのかと、レックスがそわそわしていたこと、今でも良く覚えてる。




「・・・姉さんが“楽しい”って書いてくることが、僕には1番嬉しかった。
随分と迷惑を掛けてきたことは自覚していたからね。
姉さんが楽しいと思ってくれるなら、少しの寂しさは我慢できる・・・そう思ってた。」




見上げたイスラの顔は苦笑いで、私は握る手に力を籠めた。
目の前にいるイスラは、その頃のイスラではないけれど・・・








・・・・・・もう今は、寂しくはないですか?








心の中だけで問いかける。




「・・・でもある日。いつも通り姉さんから送られてきた手紙に
姉さん以外の・・・別の誰かの名前が出てきた。」


「別の・・・誰か?」


「うん。アティとレックスだよ。」


―――――――――― ・・・え?」


「初めて出てきた、姉さんの友人の名前。・・・それが、君達だったんだ。」




まだ。予備学校に入学したばかりの頃。
・・・アズリアは、その自分にも他人にも厳しい性格と、あまりにも有名過ぎるレヴィノス家の名前のせいで
近寄りがたい雰囲気を周囲に与えていた。

テストでたまたま同点を取ってから、レックスと私は何かと競争相手にされるようになって・・・。
でもアズリアは私達が双子だと知らなくて、初めてそうだと言った時、とても驚いていたっけ。

・・・それからだ。私達とアズリアが仲良くなって
それを見た周りの人達が、家名に囚われずに・・・
“レヴィノス”としてではなく、“アズリア”として彼女を見るようになったのは。


レヴィノス家の人間という枠で見られなくなってからも
アズリアは相変わらずのアズリアで・・・


――――――――― ・・・決して彼女自身が、名前に振り回されることはなかったけれど。


寧ろ名前に惑わされていたのは周りのほう。
・・・有名過ぎる名前は、畏怖から尊敬の念へと変わった。




「君達のことを書いてくる姉さんの手紙は、本当に楽しそうで・・・。
事あるごとに、その名前が出てくる回数は増えて
段々僕は、まだ会った事もない君達を、実際に知っているような気になった。」




・・・でも、知らなかった。
アズリアが、私達のことを手紙に書いていたなんて。

誰に宛てた手紙なのか追及するレックスから、頬を染めて、必死に手紙を隠していたアズリアを思い出す。
今思えば、私やレックスのことを書いていたから手紙のことを教えてくれなかったのかもしれない。


「アティは危なっかしくて放っておけないとか
レックスは普段しっかりしているクセに、アティの事となると途端落ち着きがなくなる、とかね。
そんなことを聞いていたら、僕は本物の君達に会ってみたくなって・・・
―――――――――――― ・・・だから、思い切って頼んでみたんだ。」


「・・・何を、ですか?」




私が尋ねると、昔のことを思い出していたのか
とても懐かしそうな顔をしていたイスラは、私を見下ろして、その笑みを更に深くした。




「・・・アティとレックスを見てみたいってね。」


「・・・もしかして、それって・・・」


「そう。そうしたら次に届いた姉さんからの手紙には、姉さんとレックスと・・・アティ。
3人で写ってる写真が入ってたんだ。
―――――――― ・・・覚えてる?」


「・・・はい。文化祭のときの写真・・・ですよね?」


「・・・そう。出し物の屋台の前で、3人並んでる写真だよ。」


「・・・覚えてます。あれが、初めて一緒に写った写真だったから・・・」


あれは、私達とアズリアが出会って1年目の文化祭だった。








“アティ!レックス!!・・・・・・貴様らに・・・た、頼みがある!”


―――――――― ・・・なんですか?アズリア。”


“俺達に出来ることなら。”


“わ、私と一緒に、これに写っては貰えないだろうか・・・っ!”








今にも、戦上に乗り込んでいきそうな剣幕で。
なのにこれ以上ないくらいに顔を赤くして、カメラを片手にこちらを睨むように窺うアズリアに
私とレックスは驚き顔を見合わせて、でもそれから。

・・・・・・レックスは本当に嬉しそうに、“勿論”と頷いた。
それにアズリアは、ほっとしたように胸を撫で下ろして・・・

あんまりにも、レックスが嬉しそうにはにかむから。
“私は遠慮します”って告げたら、アズリアは慌てて“お前も入るんだ!”と、私の腕を引いた。

体を強張らせて照れているアズリアと、凄く凄く嬉しそうなレックス。
・・・そして。怒られないようにほんの少しだけ距離を置いて、2人を見ている私。

・・・あの時から、たまにカメラを手にしたアズリアを見るようになって
私とレックスは、写真撮影にでもはまったのかな?なんて話してた。




「・・・でも、それじゃあ・・・」


「うん。僕は君達に会う前から、もう君達を知ってたんだよ。」






私がイスラを知らなかった頃から、イスラは私を知っていた・・・?






「・・・それからの姉さんの手紙には、いつも写真が入ってた。
アティと何をしたときの写真だとか、レックスが勉強してるときの写真だとか・・・たくさん。」




アズリアに触発されて。私やレックスも、時々はカメラを持つようになったけれど・・・
アズリアが撮った写真は、1度も見せて貰った覚えがない。
そう私が言ったら、彼女はあの写真達の行方を教えてくれるだろうか?




「僕はね・・・いつのまにか、“姉さんからの手紙”じゃなくて
“姉さんから2人の話を聞くこと”が楽しみになってたんだ。」






その頃の貴方の瞳に、写真の中で動かない私はどう映りましたか・・・?
―――――――― ・・・どんな人間だと・・・思いましたか?






窓の外を眺めていたイスラは、そこで視線を私に向けた。
私とイスラの視線が交錯し、アズリアに良く似た黒い瞳が優しく細められる。




「だから軍学校に入って、今まで架空の存在でしかなかった君に
実際に会えるんだと思うと、嬉しかった。
・・・君に会うのが楽しみで楽しみで・・・やっと会いに行ったのが
君と、初めて話したとき。・・・浮かれすぎて、結局あのザマだったけどね。」




あの時のことを思い出したのか、イスラが可笑しそうに笑う。
私はその顔をぼんやりと見上げながら、ふと浮かんだ疑問をそのまま声にした。

・・・もし、聞いたのがアズリアだったならば、きっと彼女は怒るだろう。
だから彼女には絶対聞けない。でも、イスラになら・・・?


イスラなら、どう答えを返してくれるのでしょう?


彼の“答え”を聞いてみたい。
―――――――――― ・・・どうして、その時の私はそう思ったのか・・・。




――――――――― ・・・じゃあ、今はどうですか?」


「・・・え?」


「・・・私は、イスラと出会いました。
嫌いに、なりましたか?・・・幻滅、しましたか・・・?」






今も。・・・会うのを楽しみにしてくれていますか?






零れ落ちそうなくらい、瞳を見開いて私を見るイスラ。
それはそうでしょう。突然こんなことを尋ねられたら、普通誰だって驚くもの。
それから、私と手を繋いでいないほうの手で、くしゃっと前髪を乱す・・・




―――――――――――― ・・・だったら。今、こんなところにいないと思うけど?」


「・・・あ。」




呆れ顔で呟いて、息を吐いたイスラは
けれど私に苦笑して見せて・・・その微笑みが優しかったから。
自分から聞いたにも関わらず。私は内心、とても安堵した。








イスラと話しているうちに、昔の嫌な記憶のことをすっかり何処かに置いてきた私は
暖かい気分になって・・・どこか、安心して。
まるで即効性のある麻酔のような、そんな強制的な眠気に
―――――――――― ・・・でも、嫌ではなかったから。身を、委ねる。




「イスラ・・・」


「・・・なに?」


「・・・・・・ぃ。」


「???・・・アティ、眠いの?」




頭が朦朧として、言いたい事があるのに言葉にならない。
声にならない言葉は、どうしたら伝える事が出来るのですか・・・?
・・・今。この意識が朦朧とした今だからこそ、彼に言いたい言葉があるのです。








――――――――― ・・・次に目を覚ました時も、私の傍にいてください。








きっと次に目を覚ましたとき、私はそれを忘れてしまっているだろうから・・・。
そう思っても、海の底に沈んでいくような強い眠気に、風邪で弱った身体は逆らえず


・・・私はいつのまにか、深い眠りについていた。








「・・・だから、何も恐れることはないよ?アティ。
僕は君を置いて何処かへなんか、いけないんだからね・・・」




『だから何も恐がらなくていいよ?アティ。
俺はアティを置いてどこかに行ったりなんか、しないから・・・』








2つの声が重なって聞こえる。
―――――――― ・・・意識が完全に失くなる直前に、そう呟いたのは、誰だった?
















「・・・僕はね。数年前まで、具合が悪くてずっと寝たきりだったんだ。」




開口1番にそう告げると。僕の予想通り、アティは瞳を丸くして僕を見た。
彼女なら、そう反応を返すだろうなと思っていたから・・・

――――――――――― ・・・予想通りになったことが可笑しくて。
行動を読めたことが・・・少し、嬉しくて。
僕は思わず、感情を声に出してクスクスと笑う。




「そんなに驚かないでよ。・・・もう元気なんだし
君に話したいのはこんなところじゃないんだからさ。」




―――――――――――― ・・・そう。
僕が君に話したいのは、聞いて欲しいのは・・・・・・・・・こんなことじゃ、ないんだから。


驚くのは、もっと後にとっておいて。


一瞬強張った彼女の手から、再び力が抜けるのを待って僕は続けた。




「父さんは仕事が忙しくてなかなか会えなくて・・・。
だから姉さんが、勉強の合間を見ては僕の所へ来てくれた。僕は、そんな優しい姉さんが大好きで・・・。
けど、姉さんは体の弱い僕の代わりに軍学校に入学して、家からいなくなってしまった。
・・・その時の僕の楽しみといえば、週に2、3回送られてくる姉さんからの手紙だけ。」




あの頃の僕は、本当にそれだけが待ち遠しくて。まだかまだかと、窓の外ばかり眺めていた。
―――――――― ・・・目の前にあるのに決して届かない、あの空と一緒に。




「・・・姉さんが“楽しい”って書いてくることが、僕には1番嬉しかった。
随分と迷惑を掛けてきたことは自覚していたからね。
姉さんが楽しいと思ってくれるなら、少しの寂しさは我慢できる・・・そう思ってた。」




それが当時の僕の“幸せ”


姉さんが楽しいと言ってくれることが、僕にとっての幸せで。
姉さんが笑っていられるのなら、そのことが僕を笑顔にした。


“平気だよ。”


――――――――― ・・・そう言って笑って見せたけど、本当は寂しくて。
1人でいるには、僕に用意されたあの部屋は広すぎたから。

両手で握り締めたアティの手が、少しだけ強く僕の手を握り返してきたのは・・・気のせいだろうか?


でも僕は、これからの展開を思うと、悲しむどころか笑みすら浮かんでくるんだよ。




「・・・でもある日。いつも通り姉さんから送られてきた手紙に
姉さん以外の・・・別の誰かの名前が出てきた。」


「別の・・・誰か?」




不思議そうに問う、彼女の声。
思わず漏れそうになった笑みを、僕は苦労して抑え込んだ。

だって、全てを知ったときに驚く、アティの顔が見たいんだから。
―――――――――― ・・・それを、知って欲しいんだから。




「うん。アティとレックスだよ。」


―――――――――― ・・・え?」


「初めて出てきた、姉さんの友人の名前。・・・それが、君達だったんだ。」




それが家の人達以外に、僕が初めて興味を持った誰かの名前。




「君達のことを書いてくる姉さんの手紙は、本当に楽しそうで・・・。
事あるごとに、その名前が出てくる回数は増えて
段々僕は、まだ会った事もない君達を、実際に知っているような気になった。」




今でも、姉さんからの手紙は、僕にとって大切な宝物で。
軍学校に入学する時に、荷物に紛れ込ませて持ってきたことは・・・けれど、まだアティには秘密だ。




「アティは危なっかしくて放っておけないとか
レックスは普段しっかりしているクセに、アティの事となると途端落ち着きがなくなる、とかね。
そんなことを聞いていたら、僕は本物の君達に会ってみたくなって・・・
―――――――――――― ・・・だから、思い切って頼んでみたんだ。」






ねぇ、少しでいいから先をせがんでみせてよ?






「・・・何を、ですか?」




思わせぶりに告げた僕は、望み通りの彼女の言葉に満足して・・・
彼女を見下ろし、微笑んだ。




「・・・アティとレックスを見てみたいってね。」


「・・・もしかして、それって・・・」


「そう。そうしたら次に届いた姉さんからの手紙には、姉さんとレックスと・・・アティ。
3人で写ってる写真が入ってたんだ。
―――――――― ・・・覚えてる?」




彼女の顔が、懐かしさに緩められるのが解った。
レックスと姉さんを微笑ましそうに見守るあの優しい眼差しが
やたら印象的だったあの写真。それで、僕は。


・・・君が、燃えるような赤い髪と、対照的な蒼い瞳をしていることを知ったんだ。




「・・・はい。文化祭のときの写真・・・ですよね?」


「・・・そう。出し物の屋台の前で、3人並んでる写真だよ。」


「・・・覚えてます。あれが、初めて一緒に写った写真だったから・・・」






賢い君なら・・・・・・この事の意味が、解るだろ?






写真越しに触れたくて仕方なかった、アティの紅い髪にそっと触れる。
すると彼女はハッとした表情になって・・・・・・ほら、解ったね?




「・・・でも、それじゃあ・・・」


「うん。僕は君達に会う前から、もう君達を知ってたんだよ。」




君が僕を知るよりもずっと前から・・・
―――――――――――― ・・・僕は君に恋焦がれてた。








・・・ねぇ、だから僕に気付いて。








「・・・それからの姉さんの手紙には、いつも写真が入ってた。
アティと何をしたときの写真だとか、レックスが勉強してるときの写真だとか・・・たくさん。」




・・・そう、その頃からかな?待ち望むものが変わったのは。
“君のことを教えてくれる”、姉さんからの手紙が待ち遠しくて待ち遠しくて・・・

・・・あの苦しみが与えるものとは違う、呼吸の乱れと胸の痛み。
初めての感覚に、酷く戸惑ったのを覚えてる。




「僕はね・・・いつのまにか、“姉さんからの手紙”じゃなくて
“姉さんから2人の話を聞くこと”が楽しみになってたんだ。」






――――――――――― ・・・君の話を聞くのが。”






さすがにそこまでは、口にしなかったけれど。

日々繰り返されるあの苦痛。
“絶望”に気付いてしまった僕は、ただ息をして生きているだけの抜け殻だった。
そんな僕を生かしてくれたのは
―――――――― ・・・他でもない、君。




「だから軍学校に入って、今まで架空の存在でしかなかった君に
実際に会えるんだと思うと、嬉しかった。
・・・君に会うのが楽しみで楽しみで・・・やっと会いに行ったのが
君と、初めて話したとき。・・・浮かれすぎて、結局あのザマだったけどね。」


――――――――― ・・・じゃあ、今はどうですか?」




突如かけられた言葉と、訴えるようなアティの視線。
それに正面から見据えられて、僕は訳も解らず狼狽えた。




「・・・え?」


「・・・私は、イスラと出会いました。
嫌いに、なりましたか?・・・幻滅、しましたか・・・?」




アティは、その蒼い世界に僕だけを映していて
そのことが、騒々しかった僕の心を落ち着かせていく。

文面でしか知らない人を好きになったって
本物は自分の描いた虚像とは違うと、幻滅する人間も多いだろう。

・・・冴えてきた思考で、考えた。






でも、実際の君に会って・・・僕は・・・






僕の目の前で笑っている。
・・・・・・動いている君に感動したなんて言ったら・・・驚かれるだろうか?

それが嬉しくて嬉しくて。
抱き寄せたくなる衝動を必死に堪えて、代わりにアティの手を掴んだんだと告げたら?

・・・思い出して。僕は顔を隠すように、自分の髪に手を通した。
今更、そんな自分が恥ずかしくなってきた。




―――――――――― ・・・だったら。今、こんなところにいないと思うけど?」


「・・・あ。」




僕はそこまでお人好しじゃないよ?
今日1日という大事な時間を費やすのは、相手が君だから。

どこをどうしたら、そんな感想が湧いて来るのだろうか。
落胆の溜息をついて、でも決して傲慢でない。寧ろ謙虚過ぎるその態度が、酷く彼女らしいと思う。

・・・それが可笑しくて、僕はアティに苦笑いをして見せる。
こんなところに彼女らしさを見出してしまう自分が、酷く滑稽な人間に思えた。








「イスラ・・・」


「・・・なに?」


「・・・・・・ぃ。」


「???・・・アティ、眠いの?」




その答えに余程安心したのか。子供のように微笑んで、うとうとし始めたアティ。
僕はそれを承知していて、尚も彼女に声をかけ続ける。




「・・・大丈夫。君が眠っても、僕はずっとここにいるから。
―――――――――――― ・・・アティの傍に、いたいんだ。」


「・・・・・・。」




勿論、夢の世界に片足を踏み入れている彼女から返答はない。それでも僕は満足だった。
例えこの声がアティに届いていようと、いなくとも。どちらでも構わない。




「・・・僕はもう何年も前から、君のことが好きなんだよ?
会いたくて、仕方なかった・・・。」




彼女の綺麗な。・・・蒼い瞳が開かれているときには、まだ言えない言葉。
白いシーツに流れ落ちるアティの髪を、一束掴んで引き寄せ・・・・・・口付ける。




「・・・だから。何も恐れることはないよ、アティ。
僕は君を置いて何処かへなんか、いけないんだからね・・・」




やっと手の届く位置に来た、君を。
置いて何処かへ行くなんてそんなこと、絶対に有り得ないことだから。













戯言。


何も考えないでフィーリングのままに書くと、こういう事態を招きます。
酷くそれを実感しました。パラレル第4弾、続きでございます。(汗)

思うまま、気の向くままに書いたので、前後の。最初と最後の、関連性があるのかないのか。
書いている本人にも解りかねますな。(駄目じゃん)

というか、突然何を語り出すのかこの男は!!(爆笑)
普通だったら病人にそんな話切り出しませんよって!
・・・いえ、一応アティに知って貰いたかったのですよ。
自分がずっとアティを知ってたよってことをねッ!!(自己弁解)

・・・ってことで、今回の解説に入ります(笑)
えっと、イスラは最初からアティのことが好きだったわけなんですね。
登場してきた瞬間には、既にふぉーりんらぶ。(気色悪っ)
何でかと言うと、イスラはアズリアからアティのことを聞いていたからなんです。
ずっとアティに会えるようになる日を、待ちに待っていたんですね。
・・・というのが今回の話の概要であります、教官殿。(違)

この話、書いてからしばらく、もうちょっと良く出来ないかと頭を捻っていたのですが
もうこれ以上は暖めておいても良くならないと判断いたしまして(汗)
寧ろ煮え切らない感じでよろしくない。そうしてUPに至ったわけです。
・・・ので、これと一緒に書き上げた第4弾最終話も近日UPいたしますです。
痛い文章であることこの上無しですが。(苦)

『脳みそにウジ湧いてんなぁ、コイツ』

とでも思いながら読んで頂けると嬉しいです。はい。





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2003/11/23