嫉妬 イスラは1人、浜辺を歩いていた。 自分の中に渦巻く感情に任せて砂を踏みしめれば ザッザッと音をたてて、足が砂に沈む。 押しては返る、波の音を背景に イスラは無言のまま、ひたすら前方を睨みつけて歩を進めていた。 「イスラ!!」 そう自分を呼ぶ、高い、透き通るような声。 その声は、イスラよりもずっと軽快な足音を携えて だんだんイスラの方へと近づいてくる。 それが誰の声で、誰の足音かなんて イスラには考えるまでもなくて。 振り向きはしない。 けれど、彼女に悟られない程度に歩調を緩めた。 やがて彼女――――――――― ・・・アティは。 やっとのことでイスラに追いつくと、少し乱れた呼吸を整えながら 悪戯を見つかった子供のようにバツの悪そうな表情で、イスラの顔をそっと覗き込んだ。 何か言いたそうに。 でも言おうと口を開きかけては止め、開きかけては止めを繰り返すアティに イスラは視線を合わせることなく、呟いた。 「――――――――――― ・・・何?」 勿論その間も、足を止めることはない。 するとアティは、ますますバツが悪そうに・・・ 「機嫌・・・悪いですね。」 と、イスラにやっと聞こえるくらいの、小さい声を漏らす。 「・・・そう?別に。」 素っ気無い返事をして、歩き続けるイスラに アティは何か思いあぐねた後、意を決した様子で尋ねた。 「えっと・・・私、何か気に障ることしちゃいましたか?」 その、あまりに鈍感な発言に、イスラは思わずむっとして、ついに足を止める。 イスラの隣を、置いて行かれまいと必死に歩いていたアティは、それにすぐには反応出来ず。 数歩先に進んでから、慌ててイスラと同じ位置まで戻った。 「何かしたか・・・だって?」 「う゛・・・」 何を今更。 そう言いたげなイスラの声に、アティは体を縮こませる。 今日、教師と言う職に就いているアティの初めての生徒が 何年かぶりに、この島へとやって来た。 彼女の初めての生徒である彼。 ・・・ウィル・マルティーニは、勿論イスラにとっても、知った顔だ。 ―――――――――― ・・・ただし、キルスレスを振り翳していた頃のイスラ。に限るが。 そしてウィルは、目標だった軍学校を彼の先生のように、見事主席で卒業したのだ。 あの頃はまだ子供だった彼も、月日が経ち。姿、内面共に、見違えるほどの成長を遂げていて。 アティはそんな彼の姿を見て感動したのか、思わず瞳に涙なんて溜めていた。 それを愛しそうに見つめ、ウィルはアティの涙をその指で拭っていて・・・・・・ イスラは知っている。 イスラがアティに敵対していたあの頃から、彼はいつもアティの1番近くにいて 彼女を支え、そして時には支えられてきた。 シャルトスが砕け散ったときでさえ、アティを起死回生へと導いたのは彼だ。 そして彼が、そんなアティに。師弟以上の感情を抱いていたことも・・・ 彼はアティに釣り合う人物になるべく島を出て行き・・・そして、帰って来た。 アティは僕のものだ。 ・・・そう、声に出して言いたいのに。 まだ、それを口には出来ない。 第一、アティもアティだ。 ・・・無防備に、微笑んでみせたりするから・・・ ――――――――― ・・・そう、それがイスラが不機嫌な原因。 きっとアティはそんなこと、全然気付いていないのだろうけれど・・・。 そんなことを思い出していたら、また苛立ちが熱を帯び始めた。 それを吹き飛ばすように、イスラはフン、と荒く息を吐いて、戸惑うアティに声をかけた。 「・・・この際だからはっきり聞いておくけど・・・。キミは、誰のものなの?」 そう、直球に尋ねてみると、アティは湯気が出そうなくらいに、顔を真っ赤にさせた。 鈍感な彼女には、これくらいはっきり言ってやって、丁度良いんだろう。 それからアティは、口をパクパクさせながら、しばらく瞳を泳がせて イスラを正面から見ないように視線を下向きに固定すると、消え入りそうな声で、たどたどしくもそれに答える。 「誰のって・・・その・・・い、イスラ・・・の・・・」 「そうだよ?キミは僕のだよ。そして僕はキミのものだ。」 間髪いれずに、イスラが告げた。 アティは更に顔を赤くして、視線だけでなく、顔まで下に向ける。 お陰で、イスラの位置からではアティの被っている大きな帽子と そこから流れ落ちる、綺麗な赤い髪しか見ることは出来ない。 そんなアティの様子を満足そうに見下ろしていたイスラだったが 突然眉を顰めると、ぷいっと横を向いてしまう。 今まで痛いほど見つめられていたのに、ふいに逸らされた視線。 イスラのそんな変化に気付いたアティが、不思議そうに顔を上げた。 「――――――――― ・・・イスラ・・・?」 頼り無さそうな、アティの声が聞こえて・・・ そんな声を出されると、つい抱きしめたくなってしまう。 イスラはその衝動をどうにか我慢して、声を絞り出した。 ・・・あぁ、きっと今の僕は、情けない顔をしているのだろう。 そんなことを、思いながら。 「・・・・・・なのに、ちょっと大人になってたからって、あんな風にぽーっとなっちゃってさ。 ・・・そんなの見て、僕が気分良いと思ってるの?」 僕は本当にココロまで、子供になってしまったのかな? イスラがそう不満を隠さずに言うと、アティはポカンとだらしなく口を開けて 数秒の間、じっとイスラを凝視していた。 そして、不機嫌の理由を、そっと口にする。 「・・・もしかして・・・ヤキモチ、ですか?」 「――――――― ・・・君に妬かれるのは嫌じゃないけど、僕が妬くのは好きじゃないよ。」 否定することの出来ないイスラは、照れ臭いのを紛らわしてそう言った。 不自然に、アティから視線を逸らす。 馬鹿げた強がりと、少しのプライド。 アティがイスラに対して何か告げようと、口を開きかけたとき―――――― ・・・ 「先生!!」 そう彼女を呼ぶ、以前より低くなった声。 「・・・あ、ウィル・・・」 アティはその呼び声に振り返り、こちらに走ってくる。 ・・・自分の生徒だった男の名を呟いた。 「先生。宴会の準備をするから手伝って欲しいって、クノンが呼んでいましたよ。」 にっこりと微笑んで、用件を告げる。 その笑みが、彼は彼女の生徒なんだと、酷く感じさせた。 けれど彼の視界には、イスラなんか全く映っていないようで・・・。 ウィルがアティに向ける、特別の視線。 それにまた気が付いてしまって、イスラはスッと瞳を細めた。 「あ、はい!今行きます!」 だから返事をして駆け出そうとしたアティの背中に、イスラは手を伸ばした。 「せーんせいっ!」 「わわっ!・・・イ、イスラ・・・」 アティの小さな両肩に、自らの腕を乗せて 彼女の背中に寄りかかるようにして、アティに抱きつく。 後ろからドン!と勢い良く飛びつかれたアティは少しだけよろけて。 イスラは慌てて、アティがそのまま転ばないように、彼女を拘束する力は緩めずにバランスを取った。 そんなイスラの行動に、ウィルが眉をピクリと吊り上げたのを、イスラは見逃さない。 いくら性格が子供でも、見た目には 歳相応の男女が抱き合っているのと同じだから。 多分、今彼が僕を意識するのは、以前の彼のポジションに僕がいるからだ。 今、彼女の生徒は、僕と集落の子供達だけ。 その中でも、今の僕は昔の彼の位置づけに、1番近いと思う。 でも彼には、そんな位置付けに戻る必要は、もうないハズで。 なんと言っても、次に彼がなりたいのは、“アティの隣”だから。 ウィルが僕に対抗意識を燃やすのも、嫉妬のひとつの形と言っていいかもしれない。 でもまだ、彼は知らない。 僕が何の思惑もなしに行動しているわけではないと言うことを。 子供だと思い込んで、まだ油断している・・・・・・まだ。 昔の彼のポジションは、僕が手に入れた。 ・・・そして彼が望む彼女の1番も、僕が手に入れてみせるけれど。 お互いの温度が伝わるくらいに密着させていた体を離して、サッとアティの正面にまわり込む。 ・・・ちょっとだけ、彼女の体温が名残惜しかったから 今度はその暖かい手を取り、引いて、歩き出した。 「行こう!せんせい。僕もせんせいと一緒にお手伝いする!!」 「ちょ、ちょっとイスラ!?そんなに引っ張らなくても行きますから・・・!」 少しウィルから引き離したところで、アティとウィルの視線が交差する。 「ウィ、ウィル・・・」 彼女が情けない声を出すと、ウィルはさっきと変わらない笑みで、にこりと微笑んだ。 「・・・僕は、他の集落のみんなに挨拶して来ますから、先生は先に行っていてください。」 相変わらずの微笑みと態度。 ・・・なに?まだまだ余裕ってわけ? イスラはアティに気付かれないように ・・・せいぜい子供らしく、ウィルに向かってベーっと舌を出すと アティの手をしっかりと握って、ウィルに背を向けた。 あれから随分と歩いてきたので、ウィルの姿もすっかり見えなくなっていた。 イスラは腕を組んで、ぶつぶつと何事か呟きながら 内心こっそりと、ウィルへの今後の対抗策を考えている。 イスラの少し後ろを付いてきていたアティは、そんなイスラの背中を見つめていたが やがて、距離を埋めるようにイスラのところまでちょこちょこと駆け寄ってくると イスラの左腕に、ぎゅっとしがみ付いた。 その行動はイスラにとっては唐突で。 まるで、子供のような、コアラのような・・・ 突然のアティの行動に、イスラは少しだけ驚いて、瞳を丸くした。 一瞬にして、没頭していた世界から現実へと引き戻される。 それだけイスラにとって、アティという存在は色鮮やかなものだ。 「・・・どうしたのさ?急に・・・」 でも、恋愛沙汰には人一倍奥手なアティがどうしてそんな行動に出たのか解らず イスラは不思議そうに問いかける。 「・・・ありがとうございます。」 するとアティは頬を染めながらも、とても嬉しそうにはにかんだ。 「・・・・・・何が?」 見慣れているはずの、アティの笑顔に瞳を奪われて。 頭の中が真っ白になって、つい惚けてしまう。 イスラはそれを隠すように、出来る限り冷静な声で、そう問い返した。 アティは頬をほんのりと染めて、視線を彷徨わせる。 「嬉しくって・・・・・その、イスラが・・・や、ヤキモチ・・・」 今度こそ。・・・イスラは驚愕して瞳を見開いた。 「・・・ぷっ・・・あはは!何?そんなことが嬉しかったの!?」 何故か、笑いが込み上げてくる。 イスラはしばらく我慢していたが、ついに耐え切れず、声を出して笑いだした。 「もぅ!そんなに笑わなくってもいいじゃないですか! しょうがないですよ、本当に嬉しかったんですから・・・」 ぷぅ、と軽く頬を膨らませて拗ねる、アティの子供のような動作を見て イスラは本当に本当に、嬉しそうな笑みを浮かべた。 ・・・残念ながら、そっぽを向いていたアティがそれを見ることは適わなかったが。 「・・・可愛い。」 「え?」 反射的に振り向いたアティに、黒い影が落ちてくる。 ちゅ。 そんな効果音と共に、柔らかいものがアティの頬に触れた。 それがなんなのか、初めてではないのだけれど、アティはすぐに理解することが出来ず イスラが離れた後も、しばらくの間ぼーっと、イスラの顔を見上げていた。 けれどそれがなにかを理解した途端。 アティは手で頬を押さえて、ザッ!と数歩後退りした。 「い、イイイイイイイイイイスラッ!?」 「アティ、可愛い。」 すっとんきょうな声をあげるアティとは対照的に、イスラはゆっくりとアティに詰め寄ると ぎゅっと強い力で、それでも優しく、アティを抱きしめた。 それはさっきのようなただのスキンシップではなく、恋人同士のする抱擁で。 「え、えっとその・・・!」 恥ずかしさのあまり、目をまわしてパニック状態に陥っているアティの耳元で、イスラはそっと囁いた。 「・・・だから、さ。あんまり他所見しないでよ。」 「・・・え?」 その声に、切実なものを感じ取って、アティは少し正気を取り戻す。 アティが軽くイスラの胸を押すと、イスラはゆっくりとアティから離れた。 お互いの顔が、すぐ目の前にある。 「気が気じゃないからね。・・・・・・僕が。」 苦笑しながら発されたその一言に、アティはにっこりと微笑んで。 ・・・それが、アティがイスラだけに向ける、特別な視線だと 果たしてイスラは気付いているのだろうか・・・? 「・・・はいっ!頑張ります!」 ・・・そう、元気良く返事を返した。 |
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戯言。 何をどう頑張るんですか?アティ先生。 そんな質問は置いておいて。またアホい話を書いてしまいました。 一応この話は、悪戯とか、灰色の雨とかと同じ設定のイスラでして 記憶は戻ってるけど、まだみんなには言ってないんです。 だからウィルの前でだけ子供を演じていたりする。 でもその立場を利用して、色々とやってるんですよ、彼は(笑) そしてどうも任那の書くイスラは、変なところで照れ屋のようです。 余裕がありませんね。大人じゃないです。 アティがいればそれで良いぶん、アティに関しては余裕がないんですYO。(こじつけ) 今回はウィル君にでしゃばって貰いました。 だって、大人になって先生に会いに来たら なんか敵だった人が、ひらがなで『せんせい』とか言って懐いてるんですよ!(笑) しかも自分より年上の人間が! そこは僕の場所なのにーーー!!!みたいな。(馬鹿) でもそれはイスラにとっても同じで、最初の生徒で特別な彼は アティを独占していたいイスラにとって最大のライバルなワケです。最初って、特別だよね。 なんだかSSを書くたびに、こうしよう!とか展望があるんですけど。 でも羞を捨てきれなくて、当初の予定を断念しているのが現状です。(苦笑) もっともっと。こう、がぁーーーー!!ってのが書きたいんですけどね。(何) まだまだ吹っ切れてませんね、ふぅ。 本当は、キスしてくんないよヤダ!とかイスラが駄々こねる ヴァージョンもあったのですが、うまくオチが付かないのでやめました(笑) あ〜そろそろネタがヤバイですなぁ(ぁ) |
2003/10/13