その日、気持ちよくまどろんでいた俺をいきなり叩き起こした九十九は 朝っぱらからこれ以上ないほどの上機嫌だった。なんでも・・・ ―――――――――― ・・・好みのヤツがいたとかで・・・ッ!!! Another Story Part 1 〜葉佩九十九の正しい見分け方。〜 朝、なにかの物音に睡眠を疎外されて目を覚ますと 女子制服を着込んだ九十九が窓の外にいて、俺は夢でも見てるのかと我が目を疑う。 その衝撃で、徐々に正常な思考を取り戻し ついには昨日七瀬と九十九が入れ替わってしまったことを思い出した。 嬉々として俺の部屋の窓を、割れんばかりの勢いで叩くあの様子から察すると ・・・恐らく無事元に戻れたのだろう、そう判断して窓を開けた。 「Good morning 、甲ッ!!う〜ん、寝起きも萌えだぁぁッッッ!!」 冷たい朝の風と一緒に、九十九はするりと部屋に入り込んできて 冷えきった体のまま、いつものように俺に抱きついてきた。 腰に纏わりついてくる冷たさに、まだ半分夢見心地だった俺の意識は一気に覚醒する。 「馬鹿野郎ッ。俺を凍死させる気か!?とっとと離れろッ!」 「嫌だッ!!甲から離れたら俺が寒いッ。」 引き剥がされることを予想してか、腕に一層の力を籠めてしがみついてくる九十九を やっぱり力技で引き剥がすと、俺は仕方がなしに 今まで地道に暖めていたベッド目掛けて、冷え切った体の九十九を放り投げた。 頑張っていた割に、意外とあっさり投げられた九十九は、見事顔からベッドに落下する。 「はぶッ!?・・・っ嫌だよッ!俺、甲の生体温がいいんだッッ!! ―――――――――― ・・・・・と思ったけど、この際こっちでもいいや。」 「・・・・・・結局は寒かっただけなんだろうが。」 俺は呆れたように呟いて、昨日クローゼットの中にしまった筈の 七瀬から預かった九十九の学ランを探す。 九十九は嬉しそうに俺の布団に丸まって、枕に顔を埋めていた。 「――――――― ・・・だって甲の匂いがするよ、このベッド。」 ・・・バサッ 俺は手にした学ランを、思わず取り落とすしかなかった。 「―――――――― ・・・お前なぁッ!!」 「・・・うん?なに?」 俺が非難めいた声をあげて振り返ると、九十九は女子制服のまま布団に包まり いつもよりずっと低い位置から俺を見上げて、軽く小首を傾げた。 あまつさえ所々布団から覗いて見える素肌は、朝日に照らされてヤケに鮮明に浮かびあがり スカートからスラリと伸びている足は、当たり前だが女以外の何者にも見えない。 シーツの上にしどけなく足を投げ出す九十九は、思った以上に・・・・・・ ――――――――― ・・・ッてそうじゃないだろッ、俺ッッ!!!! 声には出さず、すかさず自分にツッコミをいれ、俺は平常心を保とうと努めた。 けれども冷静になろうとすればするほど、上手くいかないものらしい。 俺は学ランをベッドに投げ付け、机の上にある筈のアロマプロップに手を伸ばす。 「うわッ!・・・甲、どうしたの?ッて寝起きからアロマ!?本当に好きだね、ラベンダー。」 ――――――――― ・・・誰のせいだと思ってるッ、誰の!! 内心酷く憤りながらアロマプロップを咥え、ライターを近づける。 けれどこういうときに限って、動揺のためか怒りのためか、上手く火がつかない。 苛立ちながら数回カチカチと鳴らしていると、突如視界に現れた細い指が 俺の手からライターを奪い取り、手馴れた動作で火をつける。・・・やっとアロマに火がついた。 煙草も吸わないくせに、どうしてそんなにライター付け慣れてるんだよ、お前。 ・・・口をついて出ようとした余計な一言を、俺は煙と一緒に飲みくだした。 「・・・・・・本当になにやってんの、甲。」 「うるさいッ、お前がこんな早くから俺を起こすからだろうがッ!! ・・・いいから、さっさとソレに着替えてこいッ。」 「はいはーい、お母さん。トイレ借りるねー。」 「誰がお前の母親だッ!!!」 トイレの扉を後ろ手に閉める九十九の背中に 罵声にもならない怒声を浴びせるのが、今俺に出来る精一杯だった。 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ これで一段落付いたと思った俺だったが、寧ろその後の方が問題だった。 一難去ってまた一難という言葉があるが、まさにそれだ。 学ランに着替え終わった九十九は、鼻歌を歌いながらトイレから出てきたかと思うと 勝手に戸棚からレトルトカレーを取り出して、そそくさと調理に掛かる。 俺がなにやってんだと問いかけると、“え?食堂行くの?”なんて答えが返ってきやがった。 「・・・別に構わないが肝心の米がないぞ、米が。」 「白いご飯なら俺の部屋にあるよ〜〜♪」 ・・・以前、自分のために食事を作るのは面倒だから 出来るけれどあまり料理はしないと言い張っていたのは、何処の誰だったか。 疑問には思ったが、九十九のヤツが意外にも生活のスキルがSSで 料理が得意であることを知っている俺が、それを無碍に断る理由も何処にもなかった。 「では、いっただきまーすっ!!」 「・・・・・・いただきます。」 いつにも増して元気よく叫び、カツカツとカレーをかき込むコイツが どうしてこんなにも上機嫌なのか。不思議に思いながらも、なかなか聞く気になれず。 結局俺がそれを知ったのは、九十九が食器を片付け始めたときのことだった。 「甲、今日の1限ってなんだっけ?」 食器についた泡を洗い流しながら、九十九が尋ねる。 俺はその隣で布巾を持って立ちながら、知るわけないだろと悪態をついた。 「・・・俺に聞くなよ。だが確か、数学辺りじゃなかったか?」 「じゃあ俺、1限さぼろうかなッ!それでもって茂美とマミーズ行こっと!!うん、それがいい!!」 「・・・お前、今日はヤケに上機嫌だよな。」 「そういう甲は、ヤケに怒りっぽいね。もしかして、女の子の日?」 「―――――――― ・・・んなワケあるかッ!!!!」 スパァァンッ!!! 「・・・ふぎゅッ!?・・・もう、痛いじゃないかッ。これ以上馬鹿になったらどうしてくれるかなぁー?」 スリッパの直下で喰らっても、九十九はニヤニヤと締まりのない笑みを崩さない。 それを見た俺は、今日の九十九は絶対に可笑しいという確信を深めた。 「―――――――― ・・・お前、一体どうしたんだ。可笑しいにも程があるぞ。 いきなりカレー作り出したかと思えば、叩いてもヘラヘラ笑ってるし・・・」 「えー?・・・へへへッ、わかる?実はね〜、甲のところに来るまでにいいことがあったんだッ。」 「・・・いいこと?」 俺が訝しげに問い返すと、九十九は皿を顔の近くまで持っていき、口元を覆い隠した。 ・・・込み上げてくる笑みを、必死に噛み殺そうとしている表情だ。 「実はさァ、朝女子寮から脱出するとき、めちゃくちゃ俺好みの子に会ったんだよッ。 それが可愛いのなんのって、もう瞳が合った瞬間からめろきゅんらびゅーッ!って感じだったねッ。」 泡だらけの掌を合わせ、夢見がちに呟く九十九の姿を見て 俺は妙に、”なるほど”と納得してしまっている自分がいることに気が付いた。 「・・・それで馬鹿みたいに機嫌がいいのか。」 「おうッ!!!だから早く茂美に会って、なんて名前なのか知りたいんだ〜!!」 ・・・待て。名前を知りたいってのはまだわかる。 けどな、どうしてあのオカマの名前があがるんだ?アイツが興味あるのは・・・ 「――――――― ・・・ちょっと待て。どうしてそこで、朱堂が出てくる?」 すると九十九はきょとんとして(このきょとんが曲者なんだよッ) 飛ばした食器用洗剤の泡をあちこちにつけながら、当然の如くのたまった。 「・・・へ?だってあれだけ整った顔してたもん、絶対すどりんメモに載って・・・」 「――――――――― ・・・男なのかッッッ!?!?!?!?!?」 「・・・へ?うん、そう。・・・ッてちょっと待って、甲ッ。なんでそれを手に・・・ッッ!?」 スパコオォォーーーーンッッ!!!! 「むきゃああああぁぁぁッ!!!」 ・・・俺の必殺ハリセンが、九十九の脳天に炸裂したのは・・・言うまでも、ない。 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ それは早朝。いつものように、オレが寮の周囲を走りこんでいたときのこと――――――― 体力作りに欠かせないジョギングは、毎朝しているわけではなかったが オレはいつも朝走るとき、2つの寮の周囲をコースに選んでいる。 いつもなら生徒のざわめきで煩い寮の、耳に痛いくらいの静寂さが好きだったから。 特に冬が近づくと、キンとした肌を切り裂くような空気が心地よい。 自分に与えられた≪力≫にも似た、その冷たさがオレは好きだった。 ――――――― ・・・けれどその日に限っては、何故か女子寮の方が騒がしかった。 ・・・なんだ?うるせぇな。 本当なら気分良く終わる筈だった朝のジョギングに水を差され オレは女子寮の脇を走り抜けながら、眉を顰めていた。 「ッたく。なんで女ってのはこう・・・」 「・・・はァ。なんでこんな朝っぱらから、俺こんなことしてるんだろ・・・。 ッて言うか月魅もやっちーもスパッツくらい履けよな。風で足元がスースーする・・・」 ・・・悪態を吐こうとしたオレの言葉を遮って、誰かのそんな呟きが聞こえてくる。 てっきり誰もいないだろうと思っていたオレは酷く驚いて 溜息交じりのその声の発生元を探して頭上を見上げ・・・それと瞳が合った。 「・・・あ。」 「・・・・・・・え゛。」 「「・・・・・・。」」 そこには風にはためくスカートを気にも留めず。寮の一室から続いている白い布を、ロープ代わりに掴みながら 2階と1階の中間あたりの高さにぶら下がっている、1人の女子生徒がいた。 ・・・まるでロッククライミングだ。 まさかそんなところに人がいるとは思ってもいなかったが、それは向こうも同じだったらしい。 これでもかというほど瞳を見開いて、こちらをじっと見下ろしてくる。 見詰め合っていたほんの数秒間は、時間の流れが止まったように長く感じた。 彼女の方がオレより先に我に返って、事態を理解したその女子生徒は、かぁッと頬を紅潮させると 風にされるがままだったスカートの裾を、両手でばッと押さえつける。 「・・・・・・あッ、しまっ・・!」 ・・・けれど彼女は、元々布にぶらさがってそこにいたのだ。 スカートを押さえることにその手を使えばどうなるか・・・それは簡単に予想が付く。 「・・・うわきゃーーーーーッッ!!!!」 支えるものを失った女子生徒の体は当然の如く 重力に逆らうこともなく、真っ逆さまに落ちてきた。・・・呆気に取られて逃げ遅れた、オレの上に。 「うわぁッ!!!」 ドシンッ!!! そんな音と同時に、大地震のような衝撃がオレを襲う。 オレは反射的に受け止めようとしたのか、落ちてきた女子生徒は腹部の辺りで 十字に重なるような体勢になり、オレの上に倒れてこんでいた。 「いったたたた・・・うぅッ、間抜け。まさか落ちるなんて・・・」 「―――――――― ・・・っ!」 「あッ!!ごッ、ごめん!!大丈夫か!?」 小さく呻き声をあげると、女子生徒はハッとした様子で オレの上から素早く退き、申し訳なさそうに顔を覗きこんできた。 所詮女の体重だから大したことはないけれど、不意打ちとはいえまともに喰らってしまった。 体中のあちこちが、ピキピキと軽い痛みを訴えていたが オレはそれに無視を決め込むと、なんでもない風を装って上体を起こす。 「ねぇ!今下のほうからなにか音がしなかったッ!?」 そのとき、3階の開け放たれた窓から 甲高い女子生徒の声が、風に乗ってここまで聞こえてきた。 それは女子生徒が下りてきた、窓から白い布が垂れ下がった部屋からで オレの上に落ちてきた女子生徒は、その声を聞くとマズイとばかりに顔を引き攣らせる。 「ちょっと君、こっち!!」 女子生徒は慌てて立ち上がると、髪の毛についた草すら払わないまま 断りもなくオレの手をグイッと引っ張り、問答無用で近くの茂みまで引き摺っていった。 ・・・むかつくことに、立ち上がってみると向こうの方が数センチ背が高い。 「なッ、なにす・・・むぐッ!!」 文句のひとつでも言ってやろうと開いた口は、女子生徒の手によって塞がれてしまった。 女子生徒は静かになったオレを無理矢理茂みの影に押し込むと、声を潜めて言う。 「しッ、静かに!!」 オレ達が茂みの中にすっかり隠れ終わった頃 どうやら窓辺までやってきたらしい、先程の声がもっと大きく聞こえた。 「なにこれッ!シーツが下まで降りてる!!」 「でッ、でも下には誰もいないみたいだけどッ?」 「あっちに逃げたのかも!」 「あたし、弓持ってちょっと見てくるねッ!!」 あたしも行くなどと口々に喚いて、いくつもの足音がバタバタと遠ざかる。 それが窓際から完全に遠のくと、女子生徒は小さく溜息を吐いた。 「・・・はぁ。やっと行ったみたいだな・・・やっちー、ごめん。」 ・・・全く、溜息を吐きたいのはオレのほうだっての。 オレが数回軽く手を叩くと、女子生徒は思い出したように手を離した。 「あッ、ごめんごめん。」 絶対にこの人、今までオレの存在を忘れていたに違いない。 そう思い、ジロッとした目で睨んで見たものの、目の前の人は怯む気配すら見せなかった。 「・・・アンタ、なにしてんすか。」 「いや、ちょっとばかり3階の窓から脱出を試みたりなんかして。」 3階から出てきたということは、一応先輩なのだろうか? あはははーなんて乾いた笑みを見せて、女子生徒はオレに振り返る。 「大丈夫ッ、校則にも窓から外に出ちゃいけない!なんてのはないから・・・・・・・」 ・・・胸を張って告げた途端、女子生徒は声を失い。次いで呆然とした顔でオレを凝視した。 大方顔に見覚えがあったのだろうと、オレは別段驚きもしなかった。 この學園において≪生徒会≫というのは、畏怖の対象だ。 しかもオレは顔の知れない≪執行委員≫ではなく、顔の知れている≪生徒会役員≫なのだから。 そういう反応には慣れている。・・・いや、寧ろ心地よいとさえ言えるだろう。 「―――――――――― ・・・ッ!」 「・・・なんすか、センパイ。オレの顔になにか?」 「・・・・・・・・・・・・・め、眼鏡萌え・・・・・・ッ!!」 「――――――――― ・・・は?」 見当違いの言葉が返ってきたので、オレは思わず聞き返してしまった。 ・・・一体コイツはなにを言ってるんだ? オレが呆けた声を出すと、女子生徒は一気に夢から覚めたような顔をして 大袈裟すぎるくらいにブンブンと首を横に振る。・・・頭、大丈夫っすか?いろんな意味で。 「あッ、いやいやいや!なんでもない、気にしないでくれッ。」 「・・・はぁ。」 オレは危うくずり落ちそうになった眼鏡を指で持ち上げた。 疲れ気味のオレを置いて、彼女はすっくと立ち上がると、パンパンとスカートを軽くはたいて オレにサッと手を差し伸べる。・・・どうやら掴まれということらしい。 なんとなく悔しかったので、その手を借りずに立ち上がると 彼女は瞳を丸くして、それからクスッと失笑した。・・・ちくしょう、何が面白いってんだよ。 「さっきは下敷きにしちゃってごめんな、でもおかげで助かったよ。 ・・・ついでに何も見なかったことにしておいてくれると、嬉しいんだけど・・・。」 その見なかったことにするのが、彼女がここにいたことなのか・・・ それとも、そもそも彼女が落ちる原因になったことなのかは、オレにはわからなかったが。 ――――――― ・・・でも多分。 悪いけれど頭上に降ってきた水色は、印象が強過ぎて忘れられないだろう。 そんなことに気を取られていたオレが返事をするよりも速く、女子生徒はサッと身を翻した。 「じゃあ、俺急いでるからもう行くねッ。君も早くここから離れたほうがいいよ!!!」 振り向きざまオレに手を振りながら、彼女は意外なほどのスピードで走り去る。 ひとりその場に取り残されたオレは、先程のことも考えて、急いでその場所から立ち去った。 まさかこの数時間後。 その奇妙な言動の女子生徒と、さらに奇妙な再会をするとは、全く夢にも思わずに。 ―――――――――― ・・・彼女が例の≪転校生≫だとオレが知ったのは それから随分、時間が経ってからのことだった。 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ うわーーッ!こんな格好誰にも見られたくなかったのに よりによって中身を見られたーーーッッ!!! 一方その頃、男子寮に向けて全力疾走中だった葉佩九十九は あまりに身も蓋もない言い方だが、心中声を大にして叫んでいた。 昨晩。確かにファントムとやらと対峙したはずなのだが、何故かその後の記憶がない。 気が付けば自分の部屋ではない・・・多分、月魅のものであろう部屋のベッドで眠りこけていた・・・。 トントンとドアが控えめにノックされ、思わず習慣で開けてしまってから、これはマズイと思った。 月魅の部屋から別の人間・・・しかも一応男とされている人物が 女子制服を着て出てきたら。例え本当の性別が女だったとしても、誰だって驚くだろう。 変質者扱いされるのは慣れているのでいっそのこと構わないが 悲鳴でもあげられて、収集のつかない事態になることだけはどうしても避けたい。 けれど扉を開けた先にいたのは、よく見知った顔のやっちーで 俺はキャミソール姿の彼女に、思わず萌えーーッ!!と叫びそうになる。 だが、男子寮にいる筈のない彼女の姿に、俺はここが女子寮であることを確信し、慌ててその衝動を押し込んだ。 やっちーは俺が月魅の部屋にいて、しかも女子制服を着込んでいることに 酷く驚いた様子で、しばらくの間茫然自失としていた。 「やっちー!!!」 「その声―――――――― ・・・もしかして、九チャンなのッ!?」 「う、うん!!俺、間違いなく俺だよ!!」 「どうして九チャンが月魅の部屋にいるのッ!?それよりもその格好・・・!!」 「こッ、これには非ッ常に深い訳があってだねッ、やっちー・・・!」 このときほど、自分の性別がばれていて良かったと思ったことはない。 そうでなければ変態と称されて(いつも称されてるけど) やっちーによって女子の前に突き出されかねないところだった。 ・・・やっちーにボコられて血塗れになった茂美の姿は、未だ記憶に鮮明だ。 「大変だよッ!!九チャン!昨日、知らない子が月魅の部屋に入っていって それきり出てこないって、今寮中大騒ぎになってるのッ!」 「な、なにィッ!?月魅・・・じゃなくて俺ッ。そんなに目立ってたのかッ!?」 「ううん、そうじゃないと思うんだけど・・・」 やっちーはそこで言葉を濁すと、俺を足の先から頭のてっぺんまで う〜んと唸り声をあげながら、一通り観察した。 足と胸元がスースーするので、自分が女子の制服を着ていることはわかっていた。 墓地へ行く前に、甲と月魅にそれを推奨したのも自分だ。 ・・・だが、自分の姿を鏡で確認してはいない。まさかそんなに妙な格好をしているのだろうか、俺は。 「なにッ、まさか女子制服着ても男が女装してるようにしか見えないとかッ!? そんなに俺ってば浮いちゃてるワケッ!?」 「―――――――― ・・・う〜ん、別の意味で浮いてるわね。」 「・・・へ?」 ・・・違うなら、なんでそんなに人目についてるんだ?俺がわけのわからないと言った顔をしていると いくつもの足音がバタバタとこちらに近づいてきているのが、廊下に反響して俺にもわかった。 「管理人さん、こっち!!」 自分の置かれている状況を理解した俺は、顔からサーッと血の気が引いていくのを感じていた。 ―――――――― ・・・ヤバイ。このままでは絶対的にヤバイッ!!! すると突然、胸の辺りをドン!と押され、俺はその衝撃にヨロヨロと後退しながらもハッと我に返る。 見ればやっちーが必死になって、俺を部屋の中に押し返そうとしていた。 「とにかく、ここはあたしが時間を稼ぐからッ。 だから九チャンはその間にどうにかしてここから脱出してッ!!」 「あ、ありがとうやっちーッ!!恩に着るッ!!!」 「その代わり、あとでハンバーガーだよッ。」 「OK!」 そのままバタンとドアを閉め、何か使えるものはないかと室内を見回した俺の視線は、ベッドで止まった。 布団を床に引き摺り落ろして、ベッドからシーツを引き剥がすと それをビリリと切り裂いては結んで繋げ、ロープの代用品を作りに取りかかる。 ・・・良かったッ、俺ハンターやってて本当に良かった・・・!!! ハンターなんて職をやっていなければ、こんな芸当は思いつくまい。 自分がハンターであったことを、このときほど嬉しく思ったことはなかったので ハンターでなければ、こんな目にも遭わなかったんじゃないか ・・・なんて考えは、俺の頭からすっぽり抜け落ち、これぽっちも思いつかなかった。 それにしても以前、購買に案内してもらったときも思ったものだが 近頃の女子というのは、スカートの下にスパッツとかブルマなんかを履かないのだろうか? 足元をスースーと吹きぬける風に、そんなことを思いながら寮の壁を降りていた俺は 真下を走っていた男子生徒の姿に驚いて、彼の上に墜落してしまった。 こんな時間に寮の周囲をうろついているなんて 境のおじさんか洋介ぐらいだと思っていたのに・・・なんてことだろうか。 それでもどうにかこうにか女子を撒くことに成功した俺は 今日のお昼、やっちーにハンバーガーを奢ることを固く心に誓った。 そうして、こんなところにいる彼も彼だと思ったが 一応謝罪をしておこうと、俺はそこで初めてまともに男子生徒の顔を見たのだが・・・ そのときの衝撃を一言で表すなら・・・こうだ。 ――――――――― ・・・眼鏡萌えッッ!!! しかもこの歳でオールバックときた!! そのうえ物凄く生意気そう。・・・うん、激しく萌えだ!! その男子生徒は物の見事に、ことごとく俺の萌えポイントを突いていた。 眼鏡をしていてインテリっぽく、且ついかにも小生意気そうなツリ目。 しかもさっき衝突した感じからすると、決してマッチョには見えないのに体付きは悪くない。 ・・・あぁッ、これで後輩だったら最高なんだけどなぁ・・・ッ!!! 後で茂美に聞きに行こう。きっと彼女(!?)ならこの男子生徒が誰だか知っているはずだ。 そのときの俺はあまりに萌えすぎていたから もしかしたら、それが少し声になって出ていたのかもしれない。 その子は怪訝そうな顔付きで、どう判断していいものやら考え込むように俺を見ていた。 思わずその場に留まりたくなった俺だったが、そこで自分が追われる身だということを思い出した。 あれだけやっちーに迷惑を掛けたのだ、これで捕まっては男が廃るッ!(女だけどさ) ――――――― ・・・少々、いやかなり名残惜しい気もしたが 俺はその男子生徒に気にしないでくれと一言告げると 茂美と猛特訓した俊足でもって、その場から逃げるように走り去った。 ・・・スカートの中を見られたことを思い出して、ちょっと恥ずかしくなったのもある。 そんな羞恥心がまだ俺にも残っていたのか・・・ッ!(しみじみ) とまぁ、ともかくとんでもない1日の始まりだったが 最後に出会った萌えは、神様が頑張った俺にご褒美をくれたものと思うことにして (あれだけザクザク倒してるくせに、と甲にまた文句を言われそうだ) 俺は男子寮の正面玄関ではなく、裏手に回る。 壁を伝って上に伸びているパイプの延長上に 目的の部屋があることを今一度確認して、俺はパイプに手を掛けた。 ・・・深く呼吸をして気合を入れ直す。 甲は窓を叩いたぐらいじゃ、そうそう起きてくれないかもしれない。 なんといっても、彼は屋上の支配者だから。 ――――――― ・・・よし、行くぞ。寝起きの甲が待っているんだ、頑張れ俺!! 疲労の蓄積した体に鞭打って、俺はパイプをよじ昇り始めた。 ・・・この格好のままでは正面玄関からは入れない。 ならばどこか、この姿に驚かず中に入れてくれる部屋を探すしかないじゃないか。 自分の行動を正当化する理由は、これでばっちりだった。 |
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戯言。 はい、まずは三者それぞれの視点でお送りしました。 葉佩九十九の正しい見分け方、オマケという名の後日談です。 皆守VS夷澤と銘打っておきながら、なかなか出てこなかった夷澤がやっと登場。 もう任那の脳内ではきっかりばっちりVSしてるんですがね、ええ。 どうやらこのサイトの傾向として、夷澤と主人公は早めに出会う宿命のようです。 ・・・ところで皆守は屋上の支配者ですか?帝王ですか? 間違ってたらごめんなさい。最近物忘れが激しくってねぇ・・・ゴホゴホ(何) えっと、くだらない話ですが、コレ。一応続きがあったりします。 苛立つ皆守とウキウキな九十九のお話を予定。 夷澤に向かってまっしぐらな九十九を皆守は止められるのか・・・ッ!!なんて感じで続く。 それにしても九十九さん、さり気無く水色だったんですかぁ・・・(オイ) |
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2004/11/21