ぐったりとして動かなくなった九十九を引き摺って、俺は取り敢えず教室に向かうことにした。 このまま部屋に放置していってもいいが、そうすれば九十九は確実に、1限目からサボるだろう。 お前は授業に出ろッ・・・絶対に!!! Another Story Part 2 〜葉佩九十九の正しい見分け方。〜 物凄い形相で九十九を引き摺り、教室に入ると 1限どころかH・Rにさえ間に合った俺を見て、クラス中がシンと静まり返る。 いつも無表情な白岐でさえ、今は驚いている様子がありありと窺え あのお節介で出来ているような八千穂ですら、俺たちに声をかけるべきか、躊躇っているようだった。 俺がこの時間帯に教室にいるなんて、取手がいきなり饒舌になるのと同じくらい奇妙な光景だ。(失礼) しかも手にはぐったりとした九十九を掴んでいるのだから・・・まぁ、その反応も当然かもしれない。 いつも通り出席簿を持ってやってきた雛川は、教室中をザッと見回し 俺が席についていることに、やっぱり一瞬驚いた顔をしていたが、すぐに嬉しそうに微笑んだ。 そして次に、普段喧しいぐらいに元気の有り余っている九十九が 机に伏したままピクリとも動かないのを見て、途端心配そうな表情になる。 始業のチャイムが鳴る頃になっても 雛川はそんな九十九に後ろ髪をひかれるようで、とても心配そうに九十九の席を見ていたが 俺が大丈夫だと太鼓判を押すと、ついには大人しく引き下がっていった。 いつも暴走する九十九のリード役に専念していた甲斐あってか (気が付いたらいつの間にか、九十九の手綱取りが俺の仕事になってたんだよ・・・) 俺が九十九の首根っこを掴んで引き摺っていても、誰も “あぁ、またやってるな”、ぐらいにしか思わないらしい。 ・・・よし。昼休みも首根っこ捕まえて、朱堂の所へ行けないようにしておくか。 俺は内心こっそりと、そんな決意を固めた。 あれだけ強く叩いたのだ、九十九だって恐らく昼過ぎまでは昏倒しているだろう。 ところが俺の予想に反して、渾身の力を籠めて叩いた九十九は 昼休みになるまでにすっかり意識を取り戻し、4限が終わる頃には完全復活を遂げていた。 ・・・そうして今。八千穂にそいつがどれだけ自分の好みかってことを こうして楽しげに語っているわけだ。 「へぇ〜。九チャン、だからあんな格好だったんだね。 ・・・それでそれでッ?その朝会った男の子はどうなったのッ?」 九十九奢りのハンバーガーに喰らい付きながら、八千穂は速く聞きたいとばかりに先をせがむ。 驚くことに、八千穂は九十九が七瀬と入れ替わったと話しをても、あっさりそれを信用した。 オイ。お前いくら好物だからって、一体何個食えば気が済むんだよ? ・・・今の俺には、そうつっこむだけの心の余裕すらなかった。 周囲の様子に気を配り、いつでもすぐさま蹴りに転じられるよう、神経をギリギリまで張り詰めておく。 ・・・興奮気味に、九十九がバシバシと音を立てて机を叩く音が聞こえた。 「でさ、その子がすっごい俺好みなの!!! 眼鏡かけてて、それからこう・・・いかにも生意気そうでねッ!!!」 「ふ〜ん、九チャンってそういう子がタイプなんだ?そっか。あたしはてっきり・・・」 うっとり夢見がちな表情の九十九を一瞥し、八千穂はポツリと呟くと 九十九越しに、いかにも意味深な視線を俺に向ける。 ――――――― ・・・・・・なんだよ、その人を憐れむかのような目付きは。 その視線に、何故だかむっとした俺は やっぱり九十九の肩越しに、睨みを利かせて八千穂を見返した。 「――――――― ・・・なんだよ、八千穂。 お前らしくもない・・・・・・・言いたいことがあるなら、はっきり言ったらどうなんだ?」 「うッ、ううん!な、なななななんでもないよッ。」 声に不機嫌さが現れていたのか、八千穂は勢いよく首を横に振り、慌ててそれを否定する。 辺りに漂う、どこかガス漏れにも似た不穏な空気に、けれどもさっぱり気付かない鈍感な九十九は (気付かないというより、他の事で頭がいっぱいらしい) 開いた窓のレールに肘を掛け、向かい合って前の前に座る八千穂に また朝会った“男子生徒”の話を聞かせ始めた・・・ずっと俺に背を向けたままで。 「それでなッ。体付きも細過ぎず、筋肉も付き過ぎずのいい体格しててさぁッ。 ・・・くぅ〜〜〜ッ!!もう1度抱き着きついて堪能したいなぁッ!」 「・・・あー、そうかよ。」 俺が実にどうでもよさそうな相槌を打つと、それまでジタバタと身動ぎしていた九十九が、ピタリと動きを止めた。 そうしてイスに座ったまま、クルリと俺に振り返る。 九十九は不審そうに眉を潜めて、瞳を合わさないようふいっと顔を背けた俺を凝視した。 「・・・なんだよ、甲。今日は本当に、いつにも増して機嫌が悪いなァ。なにかあったの?」 九十九が問うと、その後ろで八千穂が “駄目だってばッ、九チャン!”・・・とかなんとか言って、ひとり大慌てしているのが見える。 ―――――――― ・・・なにが駄目だって言うんだよ・・・くそッ。 「・・・別にどうだっていいだろ、俺の機嫌なんて。」 「・・・いや、良くないけどさ・・・あ。もしかして、俺が朝早くから起こしたからか?」 「・・・・・・・・・・違う。」 確かに原因がお前にあることには違いないが、それじゃあない。 ずっと目を背けてきたはずの感情が、今日に限って爆発寸前だった。 九十九は再度眉を潜めた後、しばらくの間腕を組んで、不機嫌の理由を考え込むように唸っていたが 結局なんにも思い当たらなかったらしく、ふぅと浅い溜息を吐いて、視線を俺から窓の外に移した。 九十九の興味が外に移ったのを、横目でチラリと確認して。外を眺める九十九の横顔を、今度は俺が凝視する。 九十九は眼下を眺めながら、手元も見ずに危うげな動作で ミルクティーのストローをどうにか口元に運んでいき、机の下で足をブラブラと遊ばせていた。 ・・・くそッ。なんで俺はこんなに苛々してるんだ。 さっきから、自分が苛立っていることを自覚して、そんな自分にまた腹が立つ悪循環を繰り返している。 ――――――――― ・・・諦めてしまえば楽になるのに。 ・・・誰かが、耳元で囁いた。 だがそれにも拘わらず。まだ俺は、多分既に無駄であろう抵抗を、諦め悪く続けている。 まだ諦めない・・・認めたくない。 俺をギリギリ“ソコ”に繋ぎとめている、“なにか”が告げた。 考えないようにと思うことは、考えるのと同じこと。 どこかのアーティストが、ゆったりしたメロディにのせて謳っていた。 ぼんやりそんなことを考えていると、ふいに外を見ていた九十九の瞳が 道に落ちていた500円玉を見つけたときのように、途端パァッと輝いたのが見て取れた。 「――――――――― ・・・あッ、今朝の子!!」 「えッ、九チャンどの・・・「どいつだッ!!!」 九十九の叫びに興味津々、窓の外を見ようとイスから立ち上がった八千穂を 俺は力尽くで押し退けると、代わりに自分が窓から身を乗り出した。 そこには4限が体育だったのか、着替え終わり、ゾロゾロと連なって歩く2年の群れ。 九十九は俺の行動に酷く驚いたようで 俺に押し退けられた八千穂と一緒に、困惑しきった眼差しを俺に向けている。 「こ、甲!?どうしちゃったの!?まさか、甲も俺とおなじようなタイプに興味が・・・ッッッ!!」 「・・・んなことはどうでもいいッ!どいつだッ、九十九・・・吐けッ、吐くんだよッ!!」 120度違う方向へ思考を進めらしい九十九は (言われなくとも、何を考えているのか大方の想像が付いてしまうから嫌だ。) 絵画、ムンクの叫びにそっくりな顔付きになって俺を凝視する。 俺は思わず、いつものように九十九の脳天目掛け、スリッパを叩きつけてやりたくなったが 今回ばかりはそんな余裕もなく、ガッと九十九の襟元を掴んで、ガックンガックン揺さぶった。 俺に思いっきり頭を揺らされて、九十九はジェットコースターにでも乗ったかのように、瞳を白黒させた。 「こッ、こぅ・・・ッ!ぎッ、ぎぎッ、ぎぃ・・・!!!」 「み、皆守クン!九チャンが壊れちゃうよッ!!」 八千穂がそう言って、俺の腕にしがみ付いて止めようとするので 俺は2人に聞こえるよう舌打ちをしながら、渋々九十九を掴んでいた手を離す。 ・・・九十九がこれだけ入れ込んでいるヤツが誰なのか・・・ 俺が健全な身体状態を取り戻し、精神的に安定した日々を過ごすために。 精神衛生の都合上、なにがなんでもこれだけは、今この場でハッキリさせておく必要があった。 ―――――――― ・・・今すぐ蹴り飛ばしてやるから覚悟しとけッ!! 俺の剣幕に気圧されたのか、九十九はケホケホと咳き込んで喉を擦ると ほんの僅かに空いた隙間から、自分も身を乗り出して こちらの騒ぎに全く気付かず歩いている男子生徒の群れを、震える指で差し示した。 「どれだよ。」 「ほ、ほら・・・あの子だよ。眼鏡掛けてて、思いっきり改造した制服の・・・」 ぶっきらぼうにそう告げて、俺は九十九の指先を視線で追い・・・・・・そして我が目を疑う。 眼鏡を掛けていて改造制服。 俺が何度も目を擦り、いくら凝らしても。下を歩いている2年の中で それに見合う条件を兼ね備えているのは、アイツただ一人しかいなかった。 「・・・アイツ、なのかッ!?」 「え・・・甲ッ、あの子のこと知ってるのッッ!?」 「・・・知ってるもなにも。お前、あいつは・・・」 そう。確かに九十九が言うように、俺は非常に(←ここ四倍角)不本意ながら その男子生徒の姿に見覚えがあった。 知ってるもなにも、俺が知らないわけがない。 ―――――――― ・・・それはよりにもよって、生徒会役員の中でも一番面倒で厄介なヤツ。 ・・・・性悪2年の、自称(!?)副会長補佐役、夷澤凍也。 オンソクだかポンコツだか知らないが、ボクシング部のエースなんかやっているらしい。 遠くで九十九が、誰なんだ教えろと喚く声が聞こえるような気もするが 俺はその質問を左耳から右耳に聞き流す。・・・聞こえない、聞こえないからな。 ・・・ッたく、九十九もつくづく厄介なヤツに目をつけたもんだ。 どうやって始末するか・・・いっそのこと一般生徒だったら話は早かったんだが・・・ 相手は仮にも生徒会の人間だ。ましてや執行委員でもない。 その力量にしろ葬る手段にしろ、いくらなんでも執行委員や一般生徒のようには行くまい。 一般生徒なら処罰(はァ?都合のいいときだけ職権乱用するな?・・・そんなの、俺が知るか。) という手があったのだが・・・さて、どう落とし前をつけるべきか。 いや、いっそのことアイツは副会長補佐なのだから、ここはひとつ副会長権限で・・・ ・・・などと自らの思考に没頭していたので、俺は気が付くのが遅れた。 隣にいた九十九が大きく手を振り、嬉々として夷澤に声をかけようとしていることに。 「おーーいッ!!!」 「なッ!?」 俺が止める暇もなく、九十九は持ち前の無駄にでかい声で叫んでいた。 夷澤はそんな九十九の声に気が付いたようで、流れる人波の中1人立ち止まり 不審そうにきょろきょろと、声の発生源を探して辺りを見回している。 九十九は夷澤が立ち止まったことに嬉しそうに笑うと、第二声を発そうと息を吸い込む。 まだ間に合うと判断した俺は、慌てて九十九の口を塞ごうとしたが 九十九が再度口を開くほうが、僅かながらに早かった。 「こっちだよッ、上ーーーーッ!!!」 「馬鹿ッ、九十九ッ!!!!」 夷澤が頭上を見上げると同時、俺は九十九の首に手を回す。 そして力任せに自分のほうへ引き寄せて、無理矢理窓から頭を引っ込ませた。 軽く首を絞められた九十九は、ぐえッ!と色気のない呻き声をあげると ガタン!と盛大な音をたてて倒れたイスと一緒に、そのまま床に崩れ落ちる。 窓から姿が見えないよう、俺も慌てて姿勢を低くすると 九十九は余程締められた首が苦しかったのか、涙を滲ませて俺を睨み上げた。 「なッ、なにすんだよ甲ッ!・・・ハ、ハハン!さてはヤキモ・・・」 バシィッッ!!! 「いたーーーっ!!!!」 「あーぁ、九チャン。駄目だよ、それってずぼ・・・や、やっぱりなんでもないッ!!」 ・・・・・・馬鹿なことをいう九十九を、今回は迷うことなくスリッパで殴りつけ ついでに阿呆なことをぬかそうとした八千穂も、眼光で黙らせておく。 フン、ハリセンじゃなかっただけ有難いと思えよ。 流石に1階までは届かないだろうが、それでも周囲の目を多少は気にして 目尻に涙を溜めて頭を擦る九十九に、俺はこっそり耳打ちした。 「阿呆かッ、お前アイツに朝の格好で会ったんだろッ。 女だと思ってたヤツが学ラン着ててみろよ、普通驚くに決まってるだろうがッ。」 「・・・・・・・あ。」 今更になって、ようやくことの重大さに気付いた九十九は 困ったような、残念そうな、複雑な表情で窓枠を見上げている。 そんなに、夷澤と知り合いになりたかったのか?・・・・・・よし、後でもう一発殴っておこう。 だがこれだから、葉佩九十九という人間は、危なっかしくて放っておけない。 俺がいなかったらどれだけの人間に、偽っている自分の性別を暴露していることか・・・ ――――――――― ・・・俺がいなかったら。 何気なく頭を過ぎったその言葉に、俺は軽い罪悪感と自嘲を覚えたが、今は敢えてそれを無視した。 九十九は俺と顔を見合わせてひとつ頷き、意図を察知した俺も、それに静かに頷き返す。 夷澤がこちらに気が付いていないことを祈りながら 俺と九十九はゆっくり、そしてひっそりと、窓から顔を覗かせ・・・・・ 「「「・・・・・・。」」」 もしかしたら、夷澤は俺達に気付かずに行ってしまったんじゃないか・・・なんて淡い期待は、呆気なく散った。 ・・・そこには、信じられないものを目の当たりにして、これでもかというほど瞳を見開き 直立不動の石像のようにその場で固まっている、夷澤凍也の姿があった。・・・・・・最悪だ。 あれは間違いなく、声を掛けたのが朝出遭ったあの九十九だと確実に気付いている。 女であるはずの九十九が、どうして学ランを着ているのか。 今頃夷澤の脳内では、様々な推測がなされ、飛び交い錯綜しているに違いあるまい。 突き刺さりそうな視線を受け、すっかり言い逃れの出来なくなった九十九は 多少引き攣りながらも、どうにかこうにか笑みを作ると 呆然と立ち尽くす夷澤に向けて、誤魔化すようにヒラヒラと手を振った。 「あ、あはは〜・・・やっほー。朝方振りだねぇ、そこの君ィ・・・」 「―――――――――― ・・・九十九。」 「はッ、はいぃッ!?」 腹の底から吐き出した俺の声に、九十九窓に手を掛けたまま ビクリと体を震わせて、裏返った声で返事を返した。 ヤツは野生の本能で、身の危険を察知したらしい。 俺は九十九が逃げ出さないように、素早く体の両脇に手をつくと、自分と窓の間に九十九を閉じ込めた。 ・・・背後から妙に黄色い悲鳴がいくつも上がったが 俺は気力を総動員してそれを聞かなかったことにし、九十九の耳に背後からそっと囁きかけた。 「・・・俺は最初にお前が性別をバラしたあの夜。 それがどれだけ高いリスクを伴うことになるかについて、話したはずだったよな・・・?」 「あぁ〜・・・その〜・・・それは、えっと・・・」 あまりにも接近していたせいか、九十九がゴクン、と唾を飲み込む音まで聞こえてくる。 俺と窓に挟まれた僅かな空間の中で、九十九はもぞもぞと器用に身をよじって体を反転し 意を決したような瞳で俺を見据えたが、にっこり微笑んでいる俺に気付くと、ヒッ!と小さく息を呑む。 「・・・あ。ああああああのなッ、甲!」 「・・・なんだ?九ちゃん。」 どうにかこの状況を打破しようと躍起になっている九十九に、俺は尚も笑顔を振りまく。 九十九はサーッと顔色を蒼褪めさせたあと 身軽さを楯にストンとその場にしゃがみ込み、俺のガードを巧みに潜り抜け、廊下へと逃亡を図った。 「・・・・・・ッ!!ごッ、ごめんなさーーーーーーーーーーいッッ!!!!」 「逃がすかよッ、九ちゃん!!!!」 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ こうして下校のチャイムが鳴るまでの間、俺と九十九の熾烈な追いかけっこは続いたのだが やはりというかなんというか、最終的には体力の勝る俺が勝利を治めた。 捕まえた頃、逃げることばかりに夢中になっていた九十九は、とっくに逃げていた理由なんて忘れていて それはただ単に、捕まるか捕まえられるか、生きるか死ぬかの 命を懸けたサバイバルゲーム・・・いや、弱肉強食の領域に達していた。 壊れた玩具のように、ひたすらごめんなさいを繰り返す 身長の割に、意外にも体重の軽い九十九を小脇に抱えて、俺は自室に戻る。 自室に戻り、夕食よりも何よりも。俺がまず真っ先にしたことは―――――――― ・・・ 九十九の目の前に紙とシャープペンシルを置いて、反省文を書かせることだった。 「・・・あぁーーーッ、もう駄目ッ!!!」 シャープペンシルを放り出し、大の字になって床に倒れこんだ九十九を 俺はベッドの上で横になったままの体勢で、アロマを吹かし、悠々と見下ろした。 「おッ、やっと終わったのか?」 「・・・書いたよ・・・甲のお望み通り、もう誰にも言わないって100回ねッ!」 恨みがましそうに叫んで、半ばヤケになっている九十九の頭をポンポンと撫でてやりながら ルーズリーフいっぱいに書かれた“もう誰にも言わない”の文字を見て、俺は静かに苦笑する。 「よしよし。・・・おいなんだよ、このミミズがのた打ち回ったような字は?・・・まぁいいけどな。」 「だッ、だって!!これ以上真面目に書いたら腱鞘炎になるってばッ!」 “わかったわかった”と俺が返事をすると、九十九は余程疲労困憊したのか、化人のように低く唸りながら 俺のいるベッドの上にノロノロと這い上がってきた。 「・・・馬鹿ッ。こっちに来るな、狭くなるだろ。」 口ではそう言いながら、俺は九十九に場所を空けてやり 九十九も九十九で、それが当然だとでも思っているのか、所定の場所。 ・・・俺の腕の下に、頭がすっぽり納まる位置までやってくると、猫のように体を丸めて倒れこんだ。 考えるよりも先にこれをやっている辺り、俺も随分九十九に気を許したものだと思う。 「甲〜・・・。お前の萌えを俺に寄越せ〜〜・・・、萌えが足りなくて力が出ないぃぃ〜〜。」 「・・・お前は顔の濡れたアン○ンマンか。」 そう唸りながら九十九は手を伸ばして、俺の腰にしがみついてくる。 そんな九十九を、俺はしたいようにさせてやった。 ・・・ここで抵抗しても無駄な体力を消耗するだけだということは、もう経験でわかっている。 九十九は猫がそうするように、すりすりと頬を擦りつけた。 「・・・はぁ〜、やっぱり甲の腰が1番落ち着くよなぁ。もしかして、マイナスイオンとか出しちゃってない?」 「誰が出すか。」 そうツッコミを入れてから、俺は肺一杯に吸い込んだ煙を、ふぅーっと九十九の顔目掛けて吹きかけてやった。 不意をうたれ、思いっきり煙を吸い込んでしまった九十九は 俺から顔を背けてケホケホ数回咳き込むと、おやつを取られた子供の如く俺を見る。 「・・・コホッ!な、なにすんだよッ、甲!いきなりッ!!」 「・・・・・・フン、生意気そうなインテリ眼鏡がいいんじゃなかったのか?」 九十九からの苦情を無視して、俺は仰向けのまま後ろに寝転ぶと、枕に後頭部を預けた。 “たれ○んだ”のように、全身からダラリと力を抜いた九十九は 俺の胸の辺りにポスンと顎を乗せ、品定めをするようにしげしげと俺を観察したあと 一呼吸置いてから、今更ながらに“はぁ・・・!?”と耳障りな奇声を発した。 軽く顔を顰め、“煩い。”と言うと、九十九は奇妙な体勢のまま (今の俺の姿勢だと、ほとんど胸の上に乗った九十九の頭しか見えない) 元からついていないというのに格好をつけて鼻を鳴らし、妙に自信満々な表情になる。 鼻がグングンと伸びて天狗になってゆくのが、目に見えるかのようだった。 「・・・なにいってんの、甲とあの子は別物だよ。」 「・・・あァ?」 今度は俺が間抜けな声を出す番だ。なに言ってんだと、俺の顔に書いてあったのだろう。 九十九はフフンと不適な笑みを浮かべると、腕立て伏せをして起き上がり、腕を胸の前で組んだ。 「わかるかなァ?例えば芸能人見てきゃーーーッ!!・・・とか言ってる女の子にも彼氏がいたりして しかもそれが、好みの芸能人とは似ても似つかなかったりするんだよ。」 「・・・はぁ。」 それがどうさっきの発言と繋がるんだ? 意味を図りかねていると、九十九は俺のそんな様子を感じ取ったようだった。 「だからね、容姿にだって人それぞれ好みがあるだろ? けど顔が好みだってだけで、その人を好きになるとは限らないじゃないか。それと同じだよ。 性格で選んだり、ふとした出来事から選んだり、気が合うかで選んだりする。 外見が好みでも恋愛関係にならない人間なんて、この世の中に五万といるわけだね。」 「・・・まァ、そうだろうな。世の中そんな選好みするヤツラばかりだったら とっくに人間は種の保存が出来ずに滅んでる。」 「・・・そうそう、だから俺が言いたいのはつまりね。 あの子は俺のツボをきっちり抑えてるから、俺の理想像ってことになるわけだけど 甲は甲だから、こうやって俺を萌え萌えさせられるわけであって 他の別の人間が、同じくらい厭らしい腰つきと鎖骨してても それじゃ俺はここまでの萌えには至らないってことよ。・・・おわかり?」 「・・・つまり。アイツの方が好みだが、俺の方が手近で手頃ってことか?」 九十九はいまいち納得していなさそうに眉を潜める。 「・・・う〜ん、ちょっと違うかな?理想と現実は、必ずしも一致しないってことだよ。 萌えポイントが多いからって、それが1番だとは限らなくてー。 萌えるポイントはあっちの方が多いけど、現実としてはこっちの方が萌えてしまうというか・・・。 理想は萌えの集大成ってだけで、現実にもそれが当てはまるとは限らないんだよッ。」 「・・・・・・時々わけわからない理屈捏ねるな、お前。」 「そう?じゃあそんな甲のために、とりあえず簡潔に言おう。 俺には甲だけさッ!・・・ッてことでその腰に触らせろーーーッッ!!!!」 「結局はそれが目的かッ!!」 スパアァァァーンッ!!! 「むぎゃッ!?」 俺は圧し掛かってきた九十九を、問答無用にスリッパで叩きつけた。 叩かれた九十九は俺の上にぐしゃりと崩れ落ちて、情けない声を出して項垂れている。 そもそもコイツは、自分がなにを言っているか分かっているのだろうか? つまり、お前が言ってるのは―――――――― ・・・ お前は俺だから、馬鹿みたいに腰にしがみついてきて。 夷澤はお前の理想に当てはまっているけど、俺のほうがいい。そういうことなのか、それは? ・・・コイツ、全部わかっててやってるんじゃないだろうな? なんだか妙にむず痒い気分になって、俺はそれを誤魔化すように。 自分でやっておきながら、ついさっき叩いたばかりの九十九の頭を擦ってやった。 九十九が一体どうしたのかと、じっと俺を見上げているのが気配でわかる。 問いかけるようなその視線に、気付いていながら気付かないふりをして、俺が頭を撫で続けていると 九十九はにんまりと怪しい笑みを浮かべて、再びベッドの上に転がった。 そのまましばらくの間、九十九は落ち着きなくベッドの上でゴロゴロしていたが 突然腕の下から、へへへ・・・と堪えきれずに漏れたような笑い声が聞こえてきて、俺は手を止める。 ふと見ると、九十九は軽く拳を握り締めて、またもや俺をじっと見ていた。 「・・・だからね。そこでどれだけ理想と現実の差を認識しつつッ 尚萌えをどこまで追い続けられるかが、良識と分別ある腐女子に必要な最大の・・・ッ!!!」 「お前のどこに良識と分別があるんだよ。」 スコンッ! 「むぎゅうッ!?」 まぁいい、今日はこれくらいで勘弁しといてやる。 ――――――――― ・・・アイツより、俺の方がイイって言うなら、な。 |
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戯言。 はいこんにちは、Another Storyの続きです。 最初出来上がったときは、だばーって感じだったのですが(どんな感じですか) 気付けば一体何をかいているのか、書いている本人も全くわからないお話になってしまいました(汗) オチがないよ、オチが。取りあえず夷澤に向かってまっしぐらな九十九を皆守が妨害したくらいでしょうか、オチ。 ・・・自分で書いといてアレですが、なんだか色々とツッコミたい予感満載です。 最後のほうの九十九の御託は、あんまにも右ストレートすぎてもいけないので 一生懸命ぼかしとかフィルターとかかけていたんですが そうしていたら影も形もなくなって、元に戻らなくなってしまった真っ黒な絵の具に似ています(は?) ともかく、任那にも手の施しようがなくなったので、あまり気にしないでください。 芸能人のミーハーな感じの好きと、現実で好きになるのは違うよって言いたかったんだと思いますョ。 今回のお話は、1に続いて八千穂も結構登場してます。 3-C連は仲良しこよしだといい。八千穂と皆守と、それから白岐と夕薙も加えた5人で戯れていると幸せ。 八千穂は九十九が女だと知っているせいか、女友達の感覚で九十九と付き合ってます。 そうしてこっそり皆守との仲を見守ってたり。うちの八千穂と皆守の相関図は・・・ 八千穂→皆守 頑張って 八千穂←皆守 放っとけ これで決まりでしょう!!(笑) 本当は九十九に教室からの外出禁止令を言い渡したりする皆守もいたりしたのですがね ちょっと手が付けられなくなったので、却下しました。 皆守は気を許すとすぐ暴走しだすので、怖いですね。流石大王(違) あ、最後に・・・。これ、もしかして任那の気力が続いたら そのうち短い続編があるかもしれません。あくまで気力があったら・・・の話なのでどうなるかわかりませんが やめておけばいいのに皆守が九十九にしてしまった(笑)あの約束の話です。 |
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2004/11/29