竜の愛し子 5.崩れゆく平穏 その日は、取り留めて何事もなく1日が過ぎた。 定期的な見回りと訓練以外には取り立ててやることもなく、やれることと言ったら槍の手入れか竜の世話ぐらいだ。椅子に座り槍の手入れをしながら、は詰所を見回した。 皆、似たり寄ったりなことをしている。一組だけ、騎士団で最年少のロシェとアルスがカードゲームに興じているが、変わってるといえばその程度だ。極々、平和な1日―――― 「。」 名前を呼ばれて、は顔を上げた。副隊長のカシューが、ペンを走らせていた書面から視線をはずし、こちらを見ている。 隊長であるカインがいない今、本来隊長がすべき仕事は全て彼にまわされていた。 「今日は特になにもなさそうだから、もうあがってしまっていいよ。これだけ人数がいれば、あとも大丈夫だろう。」 穏やかな口調でそう言って、にっこりと微笑む。 どちらかといえば皮肉屋で無愛想なカインとは、対極にいる人種だ。 それなのに意外にも2人の馬が合うのは、こういう部分があるからなのかもしれない。 「・・・・・・副隊長。勤務終了までには、まだ2時間ほどありますが。」 まだ定時ではないのにも関わらずそう言ってしまうカシューに、は浅く溜息を吐いた。 たとえ早番にしたって、仕事を終えてあがるまでにあと30分はある。 するとそれまでカードゲームに熱中していた筈のロシェが、目をキラキラさせて言った。 「副隊長!だったらオレがあがってもいいですかっ!?」 さりげなくテーブルの上のカードをぐちゃぐちゃにしているところをみると、またも勝負はアルスの勝ちだったらしい。 アルスはそれを眉間に皺を寄せて見ていたが、慣れてしまっているのか何も言わなかった。 「そういえば、今日の早番はロシェだったね。」 今年で18歳になるロシェは、まだ幼さの残る青年だ。 槍の腕と体力だけは確かなのだが、どうにも子供っぽさが抜け切らず思慮に欠ける。 その点では、同い年でもアルスのほうが余程落ち着いているのだが、ロシェの良くも悪くも周囲を巻き込んでしまうパワーには、目を瞠るものがある。 冷静なアルスとのバランスも良いし、将来的にはこの年若い2人が騎士団を率いてくれるのではないだろうかと、カインとカシューが酒の肴に話していることは、調子に乗るから本人には言っていない。 「はい、オレですっ」 ・・・そして今回も性懲りもなく、ロシェは胸を張ってそう言った。 さすがのも頭が痛くなってきて一言言ってやろうと思ったが、カシューの笑顔を見てその気も失せる。 ――――――――― 恐らく彼は、気付いていて言っているのだ。 「そう・・・・・けどじゃあどうして、今朝私が詰所を覗いたときには1人しかいなかったんだろうね?」 「――――――― っ!?」 カシューににっこりと微笑まれ、ロシェは明らかに顔を引き攣らせた。 そんなカシューを後押しするように、アルスまでもが眉間に深い皺を刻んで疑わしげにロシェを見ている。 完全に石と化しているロシェを見て、そんなにすぐバレるような嘘ならば、最初から言わなければいいのにとは内心毒づいた。 今朝、セシルとカインを見送ったは、その足で詰所へ向かった。 始業までにはまだ2時間ほどあるが、これから眠ると今度は起きられない可能性がある。 そう思ったは、詰所の仮眠室にある簡易ベッドを借りることにした。 そろそろ早番の人間も来る頃だろうから、眠れなければ話して待つのも悪くはない。 ・・・ところがそうして赴いた詰所は空っぽで、呆然としたは今日の早番がお調子者のロシェだったことと、同室のアルスがここ毎朝、訓練中に怪我をしてしまった飛竜の様子を見に、竜舎に寄ってから出勤していたことを思い出して、盛大な溜息を吐いたのだった。 カシューがいつ詰所にやって来たのか、は知らない。けれど確かにあのとき、彼は詰所に来ていたのだ。 「そっ、それは・・・・・・!」 「うん、それは?理由があるなら、きちんと聞くよ。」 にこにこと微笑むだけで、カシューはそれ以上何も言わない。 無言の圧力に耐えられず、ロシェはがくりと項垂れた。 「――――――― ・・・すみません副隊長、オレ寝坊しました。」 素直に失敗を認めたロシェに、カシューは満足そうに頷く。 「それじゃあ罰則として、今日から1週間。毎朝、アルスが飛竜の薬草を替えるのを手伝うこと・・・いいね?」 「・・・は、はいっ!」 可愛らしい罰則に、ロシェは嬉々として返事をした。 これがカインであったなら、ジャンプ100回では済まないところだ。 申し訳なさそうにこちらを見てくるロシェに、は頑張りなさいと告げた。 「・・・というわけだから、君はもう休んでおいで。」 「ですが―――― 」 「。」 優しく、諭すように名前を呼ぶその声が。少しだけカインに似ていて、は思わず口を噤む。 「・・・知ってるよ、。君は隊長達を見送って、そのまま詰所に来たね?」 「・・・・・・。」 は今度こそ言葉に詰まった。誰にも、何も言わなかった筈なのに・・・どうしてカシューは、そんなことまで知っているのだろう? はいつも不思議に思う。何も言わなくても、カシューはが疲れていることや、カインが困っていることにすぐ気付くのだ。 そんな彼だから、勿論の気持ちにもカインの気持ちにも気付いていて、さり気無く気遣ってくれる。 ・・・カシューって、やっぱり不思議な人。 竜騎士団副隊長、カシュー・グランツは変わった経歴の持ち主だ。 元は暗黒騎士団に所属する暗黒騎士で、行く末は隊長にと囁かれるほど優秀だったらしい。 そんな彼は数年前、突如として竜騎士団への配属変えを願い出て、見事竜騎士に転身した。 カインより年上の彼が副隊長の地位に甘んじているのも、と同期扱いなのもそういった理由だ。 将来を有望視されていた彼が、どうしていきなり竜騎士になることを望んだのか。 色々と噂はされているが、本当ところは本人にしかわからない。 ただにとって、カシューが頼りになる仲間であることは確かだった。 「確か昨日、隊長は日の出と共に出発だとか言ってたけど・・・」 カシューの言葉に目を丸くしたアルスが、確認するようにそう言った。 誰も否定はしない。だから昨日、カインはカシューとに後を任せて早めに休んだのだ。 翌朝、まだ薄暗い時刻の出立に備えるために。 「げっ!?、そんな早くからいたのかよ!?そんなの見張りの奴だって昼過ぎには休んでるぞ!?」 「・・・・・・だから、ロシェがちゃんと起きてれば問題なかったんでしょ。」 信じられないと言った風に悲鳴を上げたロシェに、正論を掲げたアルスが突っ込んだ。 さすがに罪悪感を覚えたのか、ロシェが小さく唸る。 「・・・悪かったよ、。副隊長の言う通りだ、休んでくれよ。」 「いや、は・・・」 別に構わない、そう続けようとしたの視界でカシューが困ったように笑った。 「・・・。君に何かあったら、私がカインに合わせる顔がないんだ。」 「・・・・・・。」 カシューはずるい。セシルやカインにとってローザの名前が特別であるように、にとってカインの名前が特別であることを知っているのだ。 「無理をしないことも、騎士には必要だよ。・・・大丈夫。私もいるし、ロシェだっているからね。」 ね?とカシューが振り返り、突然話を振られたロシェは気圧されたように何度も頷く。 「え・・・あ、ああ!副隊長もこう言ってるんだしさ、休めるうちに休んどけよ。」 「ごめんね、。ロシェの不始末は僕の責任でもあるから・・・・・ロシェじゃないけど副隊長もああ言ってくれてるし、気にしないで休んできて。」 関係ない筈のアルスにまでそう言われてしまって、結局は仲間の好意に甘えて休むことに決めたのだった。 ・・・このときのは、この平穏がいつまでも続くのだと信じて疑っていなかったのだ。 |
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戯言 竜騎士団の仲間達、もうあと数人出てきます。 |
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2008/02/25