それは、今でも悪夢に見る・・・あの、炎に捲かれた京の町。 にとって地獄とも呼べる、その時空で出逢ったのは、銀色の髪をした―――――― ・・・ この京に火を放った張本人である平家の、知盛という男だった。 二本の刀を器用に構え、まるでおもちゃを与えられた子供のように、 きらきらと輝いていた紫の瞳が、 の姿を視界に捉えた途端、僅かに揺らいだのを、は見逃さなかった。 「お前、は・・・」 呆然と呟きながらも、絡みつくような視線は逸らされない。 これでは逃げることも出来ないではないか・・・そう思いながら、はジリジリと後退した。 いつ切りかかられても大丈夫なように、 例え雰囲気に呑まれそうでも、仲間の死の知らせに膝を付いて嘘だと叫びたくても ・・・今この男と戦ったら負けるだろうとわかっていても、瞳だけは睨みつけたまま。 ところが、が薄っすらと殺気を放ち、あまつさえいつでも応対できるよう身構えているというのに いくら待っても、目の前の男が切りかかってくる気配はない。 が訝り始めた頃、鋭いその瞳はこちらを見据えたまま。 吐息のような男の声が、町が炎に焼かれる轟音の中、風に乗って微かに聞こえた。 「俺のことを・・・覚えていないのか?」 「え?」 覚えているというのは、既に知っている相手に対していうべき言葉ではないだろうか? だがとこの男は、初対面のはずだ。 ・・・あぁ、だがもし。 が彼に、会ったことがあったとして。 それでも忘れてしまっているのなら、“覚えていない”という言葉が出てきても、仕方ないのかもしれない。 が本当に、“忘れて”しまっているのならの話だが。 「・・・だ、れ?」 が言うと、男は僅かに眉を吊り上げて、それから薄く微笑んだ。 この男は、顔付きにしても基の造形はかなりいいものの その一種異様で独特な雰囲気が、すべてを台無しにしていると思う。 声にも仕草にも妙な艶があって、多く普通の女性なら、 その色香にあてられて、すぐにくらくらしてしまいそうではあるが 生憎は不本意ながらも、ヒノエのおかげでそれなりの耐性が出来あがっている。 そのうえ今いる場所が戦場とあっては、それは他の誰にとっても恐怖以外の何物にも映りはしないだろう。 「・・・・つれない、な?俺はこれほどに、お前を求めて止まなかったと言うのに・・・」 男の発言に、の体が一瞬にして固まる。 ・・・・・・ちょっと待て。この男は何を言っている? そんな、まるでとこの男が、深い仲ででもあるかのような――――― ・・・ 背中の辺りにヒノエの焼き焦げるような視線が、チリチリ音をたてて突き刺さるのを感じて、 は慌ててヒノエを振り返ると、ぶんぶんと首を振るった・・・『こんな男、は知らない』、と。 するとその様子を静観していた男は、何が可笑しいのか喉のあたりでクッと笑った。 「・・・覚えていないのはいつものことだが・・・忘れられたのは、お前が初めてだぜ・・・」 なんだかこの人には、関わらないほうがいい。 今更になってやっとそのことに気付いたは、対峙するためでなく、今度は逃げるために後退りした。 こんな妙な奴、会っていたら絶対忘れない――――――― やっぱり人違いだ。 それとも、望美の知り合いなのだろうか?・・・あぁそうだ、そうに違いない。 「いや、本当には――――――― 」 言いながら、チラリと望美を覗き見ると、彼女もかなり呆けている様子で、 この状況にも関わらず、ぽかんと間抜けに口を開けて、逃げ腰になっているを眺めていた。 ・・・どうやら、望美の知り合いというわけでもないらしい。 じゃあ自分は、誰と間違えられている・・・? が困惑した眼差しを向けると、男はどこか恍惚とした表情で微笑んだ。 その微笑みに、背筋が奇妙な感じにゾクリとする。 満足そうな、何かに酔いしれているような笑み―――――― ・・・ 「―――――― ・・・全て、全てだ。お前だけが、俺から全てを奪ってゆくことができる・・・」 本当に危険だこの人・・・ッ!(汗) 現代であったなら、確実に警察に突き出すべきであろう類の人間の出現に は顔から血の気が引いていくのを感じ、縺れそうにる足に鞭打って、勢いよく距離を取った。 「え、えっと・・・!!」 ヒノエの背中に半分隠れるようにしながらも、瞳だけは逸そらさなかった。 犬や熊から逃げるときも、決して背中は見せてはいけないという話を聞いた事がある・・・。 今目の前にいる男にも、絶対に背中は見せてはいけないと、は本能で感じとっていた。 きっと今のは、真っ赤に燃える炎とは対照的に、真っ青な顔色をしていることだろう。 の怯えた様子に、やっと目の前の男とはなんでもないのだと理解したのか 無意識のうち、上着の裾を縋るように掴んできたを、ヒノエが背に庇って隠す。 だがそれにすら、男は面白そうに微笑んでを見ていた。 間にヒノエを挟んでいる分まだマシであるものの、良くわからない感情を向けてくるあの男が、 にとって恐ろしいものでしかないことだけは確かだった。 「クッ、いいぜ・・・俺も、お前から奪ってやるよ・・・。お前が大事そうにしている、その男を・・な。」 九郎のように、思ったことをそのままぶつけてくるのとも違う。 「そうすれば、お前は二度と俺を忘れないだろう?」 弁慶のように、言葉の裏に別の意味があるのとも違う・・・ 「・・・今は、忘れていてもいい・・・」 ・・・わからないからこそ。理解できないからこそ、底知れぬからこそ感じるこの恐怖。 「・・・二度と忘れられぬよう刻み付けてやれば済む話だ、なぁ・・・?」 口は笑っていても、瞳は蔑むように冷たいくせに その奥に、渦巻く炎のような激情が隠されている気がしてならない。 氷河の漂う海の底で、燃え上がる炎。そんな矛盾した説明が、一番しっくりくる。 「――――――――― ・・・そうだろう?。」 未来に出逢う過去の幻影 壱 「――――――― ・・・運命を変えるんだ。」 ・・・確かに望美はそう言った。 あの燃え盛る火炎の中で見た光景を変えなければ。 そしても、確かにそれに同意した。 リズヴァーンは言った。 運命を変えるには、その源流をひとつずつ変えていくしかないと。 ・・・確かに望美はこう言った。 ――――――― だからまず、最初の場所から始めようと・・・ 「・・・だからと言って、これは戻り過ぎだろう・・・」 今はまだいない妹に向かって、波の荒い海を眼前に、はひとりごちた。 ザザン、ザザンと。最初は怖くて仕方なかった筈なのに、今ではどこか懐かしく感じてしまっている波の音がして 心地の良い潮風が、ゆるゆると伸ばし始めたの髪を弄ぶ。 それを耳に引っ掛けて、はまた、小さく溜息を吐いた。 ・・・あとどれくらいで、望美はこの時空に現れるのだろう? 炎の京から、同じく炎に焼かれた鬼の村へ。 そうしてそこから現代へ戻り、あの夏の熊野で、更に時空を跳んだあと。 次に気が付いたとき、の目の前には、 彼女が熊野にやって来て与えられた部屋の、見慣れた天井が広がっていて。 は一人、褥の上に寝かされていた。 しばらくすると、やがてヒノエがやってきて、 が現れたときの状況を、懇切丁寧に説明してくれた・・・以前にも、一度見た光景だ。 そのことに、時空を越えたのだと理解したものの、首を捻る。 は“初めて”ヒノエに尋ねたことと同じ質問を再び口にするしかなくて ヒノエも“初めて”会ったときと同じように、“誰もいない、お前だけだった”と返してきた。 わかりきった返答ではあったが、は“初めて”のときとは違う理由で肩を落とす。 ・・・どうやら望美の“最初”との“最初”は、必ずしも一致してはいなかったようだ。 逆鱗に、もう1回時空を越えたいと願おうにも、 肝心の白龍の逆鱗を持った望美がまだこの世界に存在していないのだから、どうしようもない。 いくら願っても、この時空からでは逆鱗には届かないのだ。 「、なにぼーっとしてるんだ。」 「・・・・・ヒノエ。」 ・・・そう。これはまだ、望美と譲がこの世界にやってくる前の時空。 本当に源流まで遡ってしまったのだ、は1人で。 「そろそろだな・・・準備は出来てるか?」 「・・・うん、いつでも。」 頬を掠める海風が、に気持ちを引き締めてくれる。 太陽の光を浴びて煌く波飛沫を眩しそうに眺めて、は静かにそう答えた。 「心配をかけてすまない。でも、は大丈夫だ。」 「・・・それならいいんだけどさ。」 確かこのときは、阿波の連中がちょっかいを掛けてきて・・・ 水軍といえば響きはよいけれど、そこはやはり海賊。 黙っていてはなめられるばかりだ、放置するわけにもいかない。 ・・・この日は、そんなヒノエに付いてきたの初陣・・・実戦だった。 だからヒノエはいつもと変わらぬようでいて、結構心配してくれている・・・はそれを、後で知った。 ヒノエはがいた世界では、戦う機会などこれぽっちもなかったことを知っているから。 「さっきまで、憂鬱そうな顔してたくせに・・・海の上だからか?」 「・・・平気、はもう泳げるから。」 「へぇ、随分自信がありそうじゃないか。まぁ、自信を持つのは悪くないよ。 お前は少し、自分を過小評価しすぎるからね。」 「褒めてもなにもでないよ、ヒノエ。」 が返すと、それだけ口が達者なら大丈夫だなと、ヒノエも苦笑を漏らした。 ―――――― ・・・今のは、あのときのではない。 人の命が簡単に散ってゆく世界にも、刀を振るうことにも随分慣れた。 は愛用の短剣を鞘から引き抜き、軽く傾け、その透き通るような刀身に映る自分の姿を見つめた。 空の高さも、海の深さも。全部あのときと、最初にこの時空へ跳ばされたときと同じ筈なのに 違っているのは自分の瞳の鋭さと、望美を真似て伸ばした長い髪・・・ の武器はヒノエに貰った、交易で手に入れたという短剣2本で、 ヒノエの武器と同じく、天竺・・・インドの品だ。 望美の持っている刀と比べるとリーチは短いが、そのぶん軽くて素早い動きが出来るし、 なんと言っても殺傷能力は低いものの、2回攻撃が出来る。 戦い方はヒノエから教わったが、彼自身リズヴァーンや九郎のように体格があるわけでも 力任せの戦い方をするわけでもないから、 が学び身に付けるにも、かなり有効で、無理のない術だったと言えよう。 そんなわけだから、足場の悪い船上で戦うことになるとは言え、 阿波のヤツラに後れを取るつもりはさらさらない。 ヒノエと行動を共にしていた分、揺れる船での立ち回りも、望美よりずっと慣れているはずだ。 船の揺れに逆らうのではなく乗り、その力を利用すればいい。 ・・・けれどにとって本日最大の問題は、そんなことではなかった。 それはある意味、ヒノエの心配が的中したといってもいいだろう。 確か・・・今日だ。が船から海に落ちたのは。 あの悪夢のような現実を忘れるはずがない。 阿波の船の一艘が自棄を起こして、の乗る船の側面に突っ込んできたのだ。 沈没や転覆こそ免れたものの、その衝撃では海面に放り投げられた。 いくらヒノエに教えてもらって泳げるようになっていたとしても 所詮それまでは、水が怖くて仕方なかった人間だ。 なんの前触れもなしに突然海に放り出されれば、恐怖で泳ぐどころではなかった。 あのときはすぐに気を失ってしまったが、今日はそうはいかない。 ・・・突然だったから、駄目だったのだ。けれど今日は違う。 少なくともは、今日自分が海に落ちることを知っている。 予め知っているのと知らないのとでは、かなりの差だ。 ――――――― ・・・大丈夫・・・大丈夫だ。 なんとかなる。否、なんとかしなければならないのだ。 はヒノエに気付かれないように、強く拳を握り締めた。 隣に立っているヒノエの上着の袖が、風に吹かれて翻る。 「ヒノエ。」 「・・・ん?」 「・・・ヒノエがを評価してくれていたなんて、は初めて聞いたよ。」 ―――――――― ・・・今のいままで、知らなかった。 「そう?・・・オレ、言わなかったか?」 わかりきっているだろうに、わざとらしく戯けた様子でヒノエは言った。 もう1度巡った運命で、新しい発見がまた1つ。 ――――――― ・・・あぁ、彼を死なせてはいけない。 そんな気持ちが、の中でまた一層強くなった。 ○ ● ○ ● ○ ● ○ ● ○ ● ○ ● ○ ● ○ ● あの日、はヒノエと違う船に乗っていた。 やっぱり今日も、最終的には別々の船に乗ることになった。 は大抵ヒノエと行動を共にしているが、だからといっていつも一緒にいるわけでもない。 ・・・ただ戦力分配を考えて、別の船に乗っただけ。ただそれだけのことだ。 ヒノエがそうしろと言うのなら、に全く異論はない。 ・・・そろそろだ。 が辺りに視線を走らせた途端。 騒がしい人の声と共に、物凄い勢いで波を掻き分ける音が聞こえてきた。 「船が突っ込んでくるぞ!!」 誰かの叫び声と同時に、船体が大きく揺れる。 足元をすくわれたは、出来るだけの酸素を肺に吸い込んで海に飛び込んだ。 バシャン!! 体が強く水面に叩きつけられる音がして、次の瞬間には全ての音が遠のいて行く。 ――――― ・・・冷たいッ・・ 頭ではわかっているつもりだった。 だが予想以上の冷たさからくる恐怖は、そう簡単には拭えない。 思い出してしまう・・・あの恐ろしい思い出を。 この冷たさは、からなにもかも奪っていきそうで怖い。 それでもは、必死に手足を動かした。 朦朧とする意識をなんとか保ち、もがくようにして陸地を目指す。 どれくらい長い間、そうして泳ぎ続けていただろうか? もしかしたら、大した時間ではなかったかもしれない。本当に泳げていたかさえ、わからない。 それでも息が苦しくなって、冷え切った手足が重く感じられるようになった頃。 漸く片足が抵抗を感じるだけの水ではない、柔らかい砂地を蹴った。 上体が水面からでた途端、ずしりと体が重くなる。 浮力で相殺されていた重力が戻り、水気をたっぷり吸った髪と衣服は 予想以上に重く感じられ、の体力を奪ってゆく。 「・・・はぁっ、はぁ・・」 上手く噛み合わない歯が、カチカチと情けない音を立てた。 服が水を吸えば、確かに重い。けれど前に進めなくなるほど、重くなるわけはない筈で。 頭ではそうわかっているのに、棒切れになりかけた足では、それ以上歩くことも出来なかった。 「・・・っ!」 一歩だけ。引き摺るようにして進んだ後、ついに砂地に膝を付く。 酔ってなどいないのに、視界がぐらりと揺らぎ、頭が重くなって・・・・・・ ――――――― ・・・ヒノエ。 あの日、あの時。1つ前にこの時空を巡ったときの運命で。 とてもとても、心配を掛けてしまった。 頭から足の先まで、全身びしょ濡れになって、 色男も台無しに真っ青な顔をして、必死に名前を呼んでくれた彼の表情を思い出す。 ・・・わかっていたのに、また心配ばかりかけて・・・ごめんなさい、ヒノエ・・・ 望美・・・これじゃあ、運命を変える前に、は――――― ・・・ そう思ったところで、の意識は完全にブラックアウトした。 |
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戯言。 え。続きものなのッ、コレ!?・・・と、そんなわけで続いてしまいます。こんにちは、任那です。 知盛出会い編のはずが、最初の回想以外知盛がさっぱり出てきません。あれ、おかしいな。 このお話。設定としましては、1週目敗北EDを迎えたと望美が 運命を変えていく決意をしてから、時空跳躍で第一章 (はそれよりもっと前になってしまったのですが・・・)まで戻ったときのお話です。 この先に起こる運命を知っているからこそ取った選択が、 思わぬ方向に進んでしまった、そんな話。 鬼の村とかキーワードらしきものもいくつか出てきますが、現段階ではあまり関係ありません。 この当時の勢力図や知識は、全くと言っていいほど持ち合わせていないので、 どれくらいの大きさの船かとか、阿波と折り合いが悪いとか、好き勝手やってます(笑) でも武器については、ちょっと調べてあるとですよ。 ヒノエはカタール・・・というか、ジャマハダルだと思うので、の武器は同じ頃に使われていたと思われる、 ピハ・カエッタという長さ30センチほどの短剣を想定しております。 右手と左手で2本使用なので、予備というか投げたりしちゃったとき用に、 実は4本ぐらいぶらさげているとか、無駄な設定があったり。 ・・・あ。ちなみには望美の持っている逆鱗に、 跳びたいよー、跳びたいよーと願うことで跳べるような気がしますね(なにそれ) |
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2005/10/06