それはまるで、風を受けてさやさやと音を立てながらそよぐ(ススキ)のように。
細やかで、それでいて確かな妨害に遭い、
は渋々心地良い微睡(まどろみ)微睡の中から抜け出して、ゆっくりと瞼を開けた。
目の前には見慣れない天井があり、外から鳥の鳴く声が聞こえる。


ここはどこだろう?


後ろ髪を引くように、未だ夢の世界へ誘おうとする睡魔に抗いながら、はぼんやりと考えた。
けれどの意識は、全てを溶かしてしまいそうなその眠気には勝てなかったようだ。
だってここはこんなにも、暖かくて気持ちが良い・・・は考えることを放棄して、再び瞼を閉じようとした。



「・・・・・・(ようや)く、お目覚めか?」



ところが、耳元でふとそんな声が聴こえ、それがの意識を現実に繋ぎ止めた。
横になったまま、声のしたほうへ顔だけを向ければ、
そこには眩しい朝日に照らされて、キラキラと輝く銀色の髪をした男が居る。


・・・・・・・・・・・・だれ。


声にならない声で、は問いかけた。
勿論実際声にはなっていないのだから、返答はない。
彼はの隣で同じように横たわり、肘を付いた状態でこちらを覗き込んでいた。

このときのは、どうして彼と1つの布団で寝ているのかとか、
どうして彼の長い指が、自分の髪を絡め取っているのかなんてことを疑問に思うだけの、
正常な思考回路は持ち合わせていなかった。
・・・ただ、彼が傍にいたから暖かかったのだと、そう思うだけ。



「クッ、未だ夢心地と見える。」



咽を鳴らし楽しげにそう言うと、男はの身体をそっと抱き寄せた。
不思議と、嫌ではない。それはを引き寄せる彼の腕が、思いのほか優しかったからか、
ただぬくもりが恋しかったのか、それともそれほどに眠いのか・・・



「共にもう一眠り、するとするか・・・?」



口調は疑問系であるのに、酷く断定的に言い放つと、
男はの頬を撫でるついでに、そのまま瞼も下ろさせて、再び眠りに付くよう促す。



――――――― ・・・寝ろ。」



するとの瞼は、まるで暗示でも掛けられたように重くなり、
指の先から、ほんのりと熱を帯び始める。
あぁ、また心地良い眠りに呑み込まれるのだ
――――― ・・・そう思ったが最後に聞いたのは、
小さい頃お隣に住んでいた幼馴染の、聞き慣れた声だった。



「知盛ーーッ、お前ってヤツはまたなのかーーッッ!?!?」









未来に出
う過去の影 拾陸









普段の還内府(カレ)からは想像も付かない、将臣(カレ)の叫び声が聞こえてくる。
表面上は笑顔を絶やさずに、けれど内心重衡は溜息を吐いた。
この声は、疑う余地もなくが寝起きしている部屋から聞こえてくるのだろう。

昨日も一昨日も、一昨昨日(さきおととい)もこんな悲鳴が聴こえれば、容易く想像も付くというものである。
有川将臣の幼馴染であるを兄が見つけ、この屋敷に連れ帰ってから、
実に5日程が経つが、その間このような騒動が、毎朝のように繰り返されている。


を起こすだけならば、喜んで手を貸すのだが・・・


そんなことを考えながら、重衡は渋々に与えられた部屋へ足を運んだ。
出来るなら、こんな厄介事には首を突っ込みたくなかったが、
普段なかなかお目にかかれない将臣の姿に、女房はおろおろするばかりだし、
放置しておけば、が朝餉を採り損ねることになる。

しかも騒ぎの(さい)たる原因が、血の繋がった実の兄なのだから仕方がない。
そんな自分の性格が、余計な苦労を背負い込む要因になっていることも、彼は十分自覚していた。
いっそのこと兄のように、他人のことなど気にも留めぬような、ふてぶてしさを身につけられればいいのに・・・



「大体なぁッ!?お前、“の部屋に無断で入り込むな”って、俺に何度言わせりゃ気が済むんだよッッ!?」

「クッ、ならば力尽くで止めて見せろよ・・・・・有川。」



の部屋から目と鼻の先に広がる庭で、大声でそんな会話を交わしながら、
将臣と兄が、それぞれの得物を手に本気だか冗談だかわからない攻防戦を繰り広げている。
それを横目に重衡は、御簾の上げられた室内へと視線を移した。



「・・・・・・。」



そこでは、事の発端とも言えるが、この喧騒を物ともせず、
すやすやと、実に気持ち良さそうな寝息を立てていた。
事の発端とは言っても、この場合彼女にはほとんど非がない。
彼女に非があるとすれば、それは年頃の娘にしては警戒心の欠けている、
この無防備さと寝起きの悪さだが、重衡にはどうしても、彼女が眠っているのをいいことに、
明け方になるとの部屋に忍び込む、兄の言動に問題があるとしか思えなかった。



殿・・・殿、起きてください。もう陽が昇っておりますよ。」

「ん・・・」



静かに肩を揺さぶり、そう声を掛けてみるものの、
しっかりと閉じられた瞼が開かれる気配は、これぽっちも見受けられない。
それどころか、彼女は小さく声を漏らして身を捩り、まるで赤子がするように、重衡の着物の裾をきゅっと握った。
・・・これでは、兄が構いたくなる気持ちもわからなくもない。



「あー、重衡。そんなもんじゃ起きねぇよ、こいつは。」

「将臣殿。」



聞こえた声に振り返れば、いつの間に兄の相手を終えたのか、将臣がすぐ傍までやってきていた。
彼は乱れた髪を手で乱暴に慣らし、音をたてることも厭わずに詰め寄る。



「おい、いい加減起きろ!」



ダン!と、板敷きの床をわざとらしく踏み鳴らして、将臣が上掛けを剥ぎ取ると、
は一瞬眉を寄せ、眩い朝日から逃げるように、掴んでいた重衡の着物の袖に顔を埋めた。



「おいこら・・・ッ、!!」



業を煮やしたようにそう怒鳴った将臣は、今度は重衡からを引き剥がすと、
力任せに起きあがらせた彼女の肩を、めいっぱい揺さぶり始めた。



「将臣殿、そのように乱暴にしては殿が可哀想ではありませんか。」

「そうは言うけどな、重衡。こうでもしねぇと、こいつは夕暮れになっても寝てるぞ!?」

「ゆ、夕暮れまで・・・」



流石(さすが)にそこまで寝ていられてはと、重衡は将臣を止めるのを諦めた。
もしかすると、こと寝起きの悪さに関しては、は兄よりも上をゆくのではないだろうか?
重衡がそんなことを考えている間にも、将臣はを揺さぶり続けていた。



、起きろ!!」

「うぅー・・・」



戦となれば大剣を易々と振るって見せる、将臣の力で容赦なく揺さぶられた挙句、
近距離から彼の良く通る声で叫ばれてしまっては、も流石に無視出来なかったのだろう。
力なく垂れていた彼女の腕がゆるゆると持ち上がり、何かを探すように辺りを彷徨う。



「おっ、やっと少しは起きる気になったか?」



満足そうに呟く将臣の首に触れた途端、の白蛇のような腕がするりと絡みつく。
将臣は、いかにも慣れた様子でその行為を受け入れた。

未だ寝惚(ねぼ)けているらしいと、そんな彼女を見つめ、愛おしそうに瞳を細める将臣。
喩え意図したものでなくとも、抱き合うような形になった2人は、到底仲の良い兄妹には見えなかった。

2人はまるで肉親のように。最も近くにいた赤の他人同士なのだと、重衡に改めて思い知らせる。
自分が見ても、こうなのだ。兄がこの光景を見たらどう思うだろう?
重衡は無意識のうちに兄の姿を探し、彼がまだ戻って来ていない事に、ほっと安堵の息を吐いた。

将臣の首にまわされたの手は、重衡のそんな気持ちをこれぽっちも知らず、
初めて会ったときよりも随分伸びた彼の髪を、優しい手付きで梳いている。
ところが、そうして将臣の髪を梳いていた指が、突然奇妙な動きを見せ始めた。



?お前、何してるんだ・・・?」

「これは・・・・・・・三つ編み、でしょうか?」



実際に髪を結われている将臣からは、が何をしているのかはさっぱり見えないらしい。
だが重衡が見るに、どこをどう見ても、それは三つ編み以外の何者でもなかった。
何故かはわからないが、は将臣の髪で三つ編みを作り始めたのである。
・・・しかも、此の期に及んでまだ眠ろうというのか、器用に瞳は瞑ったままだ。



「三つ編みだぁ・・・!?こいつ、今まで妹の髪だって結ってやれなかったんだぞ!?
それがどうしていきなり三つ編みなんか編み始めるんだよ!?」

「・・・そうは申されましても・・・」



重衡と将臣が呆気に取られているうちにも、は着々と髪を編み続け、
もうこれ以上編めないというところまでくると、三つ編みが解けないよう将臣の髪を掴んだまま、
今度は彼の肩を枕にして、静かに寝息を立て始めてしまった。

そこで漸く我に返った将臣は、の手を包むようにして自分の髪に触れる。
そしてその感触で、どうやらそれが三つ編みであるらしいと悟ると、なんとも言えない溜息を吐いた。



「・・・・・・どこでこんな奇妙な技、仕込まれてきやがったんだ。」



将臣が、些か間の抜けた口調でそう呟いたとき。
誰かがじゃりっと地面を踏み締める音がして、重衡ははっと顔をあげた。



「有川・・・は、目覚めたか?」

「いや、そいつが・・・」



―――――― 最悪の展開だ。



かなり遅れて登場した兄の、髪や着物のあちらこちらに、
砂埃や枯葉がくっついていることはこの際置いておいて、重衡は頭を抱えたくなった。
普段飄々としている兄をからかうのは面白いが、面倒事となれば話は別なのだ。



「・・・・・・なにをしている?」


案の定、将臣に凭れ掛かって眠るを見た兄は、途端声が不機嫌になる。
兄から険悪な雰囲気が発され、それまで穏やかだった空気が、
どこかピリピリと電気を帯びたようなものに変化する・・・本日第二回戦の幕開けだ。



「あぁ?なにってが三つ編みをだな・・・おわっ!?」



無言で刀を抜いた兄は、断りもなく部屋に上がり込むと、刀を横に一閃させる。
敏感に殺気に反応した将臣が、咄嗟にを抱えてその場を飛び退かなければ、
兄の刀は将臣の髪の、少なくとも数本は切り落としていた筈である。



「危ねぇだろッ!?突然刀振り回すなッ!!」

「・・・・・知らんな。」



言いながら兄は次の攻撃に移ろうと、普段の彼からは想像も出来ない素早さで、将臣との距離を詰めた。
ぎょっとした将臣は、を抱えたまま庭に逃げ出し・・・



「知盛!!お前、に当たったらどうするんだよッ!?」

「そのときは・・・・・・それなりの責任を、取らせて頂くまでさ。」

「馬鹿言ってんなッ!!俺は認めねぇぞ、そんなの!!!」

――――――― ・・・ならば、さっさとを離せ。」

「あァ!?なるほど、そういうこと・・・ッて、だぁーーーッ!わかった、離すからまずは刀をしまえ!!!」

「・・・離すのが、先だろう?」



もう互いに、20歳は越えていると言うのに、
子供染みた言い争いを始めた2人を見て、重衡は思わず項垂れた。
このままでは、この状況下でも将臣に抱かれたまま眠り続けているが危ない。
とりあえず、重衡が今すべきことは、彼女をあそこから救出することだろう・・・
そこまで考えた重衡は、結局兄の尻拭いをさせられている己に気が付いて、重い溜息を吐いた。
・・・このくだらない騒がしさは、一体何時まで続くのだろうかと。










―――――――― ・・・余談ではあるが。
が寝惚けたまま三つ編みをする、その理由に将臣が気付くのは、
数ヶ月後、桜の花が咲き誇る、京の都での出来事だった。















戯言。


今回のお話はヒノエ夢、『ペットを躾ける10のお題』より、『04.じっとしてて』が前提になっております。
『ヒノエもいけるわよ!』という御方は、これを機会に読んで頂けたら幸いです。
ちなみにこの前日、は知盛に三つ編みをしようとしましたが、髪が短すぎて出来なかったりしてます(笑)

実はこの拾陸話。前回拾伍話で、が知盛に膝枕をしたあと、
どのようにして将臣と午後を過ごしたかについて書こうと目論んでいたのですが、
予定ではそろそろ終わるはずだった『未来に出逢う過去の幻影』が、
下手をすると弐拾話を突破しそうな勢いなので、急遽カットいたしました。
拾陸でそれをやってしまうと、数話に渡って話が膨れ上がってしまうので・・・(汗)
・・・ただ、一話分だけ書いてしまったので、気が向いたら何らかの形でUPしようかなと思っております。





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2006/03/09