First Contact


















あの日、あの時。・・・あの頃のにとって、
世界を構築する要素は
――――――― ・・・トウヤ、貴方だけがスベテでした。


















雨が降り出してから随分経った。
地面にはポツポツと丸いシミが広がり、数分もしないうちに地面を昏く染め、
服はしっとりと水気を含んで重みを増す。

髪の毛の先から、水滴が滴り落ちた。
それが視界を遮り、はその煩わしさに頭を勢いよくぶんぶんと振って、水滴を飛ばす。
呼吸が息苦しい。雨の音が邪魔だ。そんなぼうっとした思考の中で、
は自分の今の行動が、まるで犬のようだなどと思っていた。




「・・・はぁ、はぁ・・・・・・・・・くそッ、・・・なんだってんだよ・・・!」




荒い呼吸で悪態を吐く。
足元に転がっていた小石は、が蹴り上げると面白いほどにころころとよく転がっていった。
・・・そうしながら、“ココ”に来る以前の記憶を辿って見る。

確か自分は、夜になっても帰宅していない同級生を探して、
日が暮れて、真っ暗になった道を走り回っていたはずで・・・。
なのにそれが一体どういうわけか、気が付いたら
いつの時代だと言いたくなりそうな石畳の道に転がっていたのである。
何所かから落ちでもしたのか、体のところどころには小さな打ち身が出来ていて、
じわじわと嫌な痛みを訴え続けていた。




「・・・ここ・・・マジで、どこなんだ・・・?」




空が曇り、辺りが暗くなってきたというのに、ここには街灯の1つもつかない。
・・・いや、家の明かり1つさえ灯る気配はなかった。
そんなこんなで、適当に周囲を探索し始めただったが、
なんだか良くわからないうちにマズイ場所に入っていたらしく、
いつの間にやら妙なゴロツキ数人に取り囲まれてしまった。

彼らは懐からナイフやらナックルやら、いろんな物を出してきて・・・
中には完全に銃刀法違反だろ!とツッコミを入れたくなるものまであった。
しかも彼らの会話から察すると、どうも彼らの感覚では鈍器、刀、
その他諸々の所持は常識であるかのような口ぶりだ。

最初はどうしたものかと思ったが、こっちが一人だと相手が油断しきっていたこと。
そして携帯やサイフを突っ込んだ通学鞄と、雨が降りそうだと彼の分まで持ってきた、
安物のビニール傘2本が手元にあったことが幸いして、
大の男数人を相手には見事な立ち回りをみせた。


・・・おかげで傘は微妙に歪んでいたが。




「・・・傘・・・案外殺傷能力あるんだな・・・。
でも、護身用のスタンガンは・・・ほんと、あって良かったよ・・・あとエアガンも・・・」


お前の鞄は四次元ポケットか。




自分でも笑いたくなってしまうが、自身も半分おふざけで持っていたような代物だ。
スタンガンは、通販で購入した防犯用の安いもの。
・・・エアガンは小さい頃に流行ったのを思い出し、懐かしんで買ったものだった。(懐かしむな)






どうして人に向かって撃っちゃいけないって書いてあるのか、わかった気がする・・・






“人間死ぬ気でやれば、なんとかなるものだ”とぼやいて、は大きく息を吐き出す。
それだけの小道具があっても、大人の男数人を相手に一人で抵抗するのは、かなり骨の折れることだった。


・・・は雨避けに、さっき男達を伸した現場から
然程離れていない場所にある
―――――― ・・・廃屋なのだろうか?
とにかくボロボロな家の屋根の下にしゃがみ込み、今にも崩れ落ちそうな壁にもたれながら、
少し遠くで伸びている男達を眺め、休憩を取っていた。


先程の出来事を考えれば、出来るだけ早くこの場所から逃げた方が安全なのだろう。
そんなことはにも解りきっていたが、如何せん体の方が言うことを聞いてはくれない。
ここにきて、の疲労は限界に達していた。
決して運動音痴なわけではないのだが、はあまり運動というものが好きではない。
昼休みだって外へ出て、クラスの女子達とバレーボールをやるよりも、
1人でいいから教室で、ぼんやり好みの音楽を聴いているほうが好きだった。


普段からそのように運動をしないは、当然体力のあるほうではなく。
そんな彼女にとって人を探して走り回った挙句、
殺傷能力のある凶器を振り回す男達を相手に大立ち回りすることは、
フルマラソンを完走した後のような疲労感をもたらした。


自分に刃物を向けていた男達を失神させ、
取り敢えず危機は去ったのだと認識すると、途端に緊張の糸が切れ。
体から力が抜けて思わず座り込み、1度気を緩めてしまうと
その後はどうしても力が入らなかったのだ。



人を探して夜道を走り回っていたはずなのに、ふと気が付けば見知らぬ場所にいて。
しかも自分の予想が正しければ
―――― ・・・こんなときは自分のカンの良さが恨めしい・・・
―――― 男達の会話や周囲の雰囲気からして、ここは日本。いや、地球ですらないだろう。

一瞬ヨーロッパの何処かかとも思ったが、男達の髪の色は西洋人でも有り得ないだろう色をしていたし、
それなのに話している言語はどう聞いても、には日本語にしか聞こえなかった。
髪の色は染めているのだと説明できるとしても、ヨーロッパであったなら、まず言葉が通じるわけが無い。
勿論にそんな知識はないし(特に英語なんかの語学は大が付くほど嫌いなのだ。)
絡んできた男達を見ても、到底そんな教養があるようには思えない。

・・・自分の理解の範疇を超えた出来事の連続に、は体力的にも精神的にも疲れきっていた。
何にしろ、の知る常識がことごとく通じない。驚きの連続なのだから。




「・・・・・・会長・・・どこにいるんですか・・・?」




自分のものとは思えないほど、頼りない声が思いもかけず漏れる。



やっぱり自分も不安だったのか・・・



どこか他人事のように、は思った。




「あ、アイツです!!」




そっと自嘲したの耳に、人の声が飛び込んできた。
がふと声のしたほう・・・自分の目線よりやや高い位置を見あげると、
そこには見た感じビジュアル系のやたら白い兄ちゃんと、
一瞬女の子に間違えそうなくらい可愛らしく微笑んでいる少年。(いやだって、胸がよりないし・・・)
それから・・・いかにもさっきの、その他ゴロツキに分類されそうな男が一人。
さっきのアイツ発言は、どうやらこの男がしたらしい。




「・・・ほぉ?俺様の子分どもを一人でのしてる奴がいるっていうから、
どんな奴かと思ってたが・・・こんなひょろっこい奴だとはな。」




人を見下したような態度に・・・いや、実際見下しているんだろう。
は警戒を色濃く出した声色で、ヴィジュアル系(酷)に声をかけた。
ヴィジュアル系の態度からして、どうも喧嘩慣れしていそうだったし。
それに今この体で逃げても、易々と追いつかれるだけだろうとわかっていたから。

ここまで自信がある奴は、余程の馬鹿か本当に強いのか、どっちかだ。
・・・そして恐らく、目の前の男は後者だろう。






相手は自分を殺す気だ。けれど自分は殺す術も無い。
―――――― ・・・あったとしても殺せない、怖くて。






しかもこの雨。先程大活躍してくれたスタンガンが使えないのは明白だ。
自分まで感電してしまうではないか。けれど
―――――――――― ・・・






こんな奴に背を向けるぐらいなら、崩れ落ちるまで虚勢でもなんでも張り続けてやる。






のそんな妙なプライドが、元から良くない彼女の態度に更に拍車をかけた。




――――――― ・・・・・・誰だ、キサマ。」




が雨に濡れてピッタリと吸い尽く髪を、
鬱陶しそうに掻き揚げてそう呟くと、ヴィジュアル系の男はその紅い瞳を丸くした。




「・・・あ?・・・お前、女か・・・?」


―――――――――― ・・・だとしたら?」


「・・・だらしねェな!!女一人にやられたのかよ!テメエら!!」




の返答にヴィジュアル系は大激怒して、子分らしい男が叱咤を受けている。



そりゃそうだろう、こんなど素人に。



そう内心一緒になって罵るものの、声には出さず。




「す、すいません、兄貴!でもアイツ、妙な・・・」


「うるせえ!!言い訳はいらねェんだよ!」


「・・・なるほどな。無能な子分どもがやられた報復に
ヘッドの登場ってとこか・・・フン、ご苦労なことだな。」




そんな様子をしばし眺めて、はクッと喉から声を漏らした。
けれどの言葉に言い返すでもなく、
白い肌に紅い瞳のヴィビュアル系は、ニヤリと口を歪める。
・・・さも面白そうに。は不覚にも、ギクリとしてしまった。




「口は達者だが、そろそろ限界みてェだな?・・・自分でもわかってんだろ?」


「・・・・・・。」




そんなこと、自分が一番わかってる。だからは眉を顰めただけで、何も答えはしなかった。
それを満足そうに見下ろしながら、雨雲に溶け込んでしまいそうなくらい白いこの男は、
(寧ろ雨雲の方が色が濃い。)更に嫌な笑いを深くする。




「言っとくが、俺は今までテメェが相手にしてた奴とは格が違うぜ?」




わかってるさ、そんなこと。


・・・そう思い、ただでさえ冷たくなっていたところに、雨によって体温を奪われ、
ほとんど感覚のなくなった足をは無理矢理に動かした。

どうにか立てはしたが、途端眩暈(めまい)を感じ・・・・・・軽い酸欠だ。
壁に背中をつけることで、どうにか転倒だけは免れた。
それを見た大人しそうな少年が、この場にそぐわないのんびりとした口調でに言う。




「あ、動かなければ痛くはしませんから。大人しくしていてくださいね。」


「おい、カノン・・・」




ヴィジュアル系が、咎めるような声をだす。ところが少年・・・カノン、というのが名前のようだ。
カノンはそれに引き下がる事もなく言葉を続けた。




「駄目ですよ、バノッサさん。女の人には優しくしなきゃ・・・お姉さんは怯えてるだけなんですよ。」


「・・・はキツネリスか・・・?」


「きつねりす・・・??」



つい口から出たツッコミに少年が首を傾げるが、はいや・・・、と(かぶり)を振った。
自分の憶測が確かならば、ここは自分達の住んでいた世界とは違うようだから。

こんなところまで宮○アニメが進出しているわけもないし、
ましてナウシ○なんて言ってもわからないだろう。
はこんな状況下においても、そんなところに思考に及ぶ自分の脳に、賞賛を送った。




「・・・ともかく。お姉さんには一度、
僕達の本拠地まで来て貰わないとならないので、大人しく付いて来てくれませんか?」


「・・・??どうしてなんかを連れて行く必要がある?」




殺されるならまだしも、彼等が自分を本拠地に付いて行く必要がどこにあるのか。
が訝しげに問いかけると、カノンと呼ばれた少年は小さく苦笑し・・・




「それは・・・まぁこちらにも色々と事情がありまして。」




捕まってくれません?




笑顔で言葉を濁すカノンに、はどうにか捻り出したような低い声で答えた。




―――――――――――― ・・・にだって目的がある。」


「目的だぁ?」




ヴィジュアル系が口を挟むのが聞こえた。




「・・・・・・あの人に会うまで・・・は寄り道なんかしていられないんだよッ!!」




いうなりは、鞄から防犯用のカラーボールを取り出すと(だからなんでそんなもん持ってるんだ。)
白いヴィジュアル系・・・もといバノッサに、物凄い勢いでそれを投げつけた!






多分、この3人の中で一番の戦力なのは、バノッサとか言うあのヴィジュアル系だ。
あとのゴロツキとカノンは大して戦力にならないとして・・・
アイツの隙さえつければ、にも逃げ出すチャンスはまだある・・・!!






・・・その考えが、の完全なる読み間違いだったという事は、
あとになって痛いほど知ることになるのだが。




「なんだこいつはッ!?」




見事にボールが命中したバノッサは、哀れ蛍光ピンクまみれになる。
彼が怯んだことにより、彼の子分だろう男なんかはパニック状態だ。




「あ、兄貴ッ!?」




――――――――――――― 今のうちに・・・!!





残りの力を振り絞り、が走り出した瞬間・・・!




――――――――――――― ッッ!!」




鳩尾のあたりに、鈍い衝撃を感じた。




「だから大人しくしててくださいって言ったのに・・・お姉さんが悪いんですよ?」




カノンの言葉を最後に、は意識を手放した。








がすっかり大人しくなると、バノッサはカノンに寄りかかって気絶している彼女を見下ろし
開口一番忌々しそうに叫んだ。




「・・・チッ!妙なマネしやがって!!なんだこのペンキみてェなのはよ!」




カノンは自分より幾分背の高いを、けれどあっさり肩に担ぎ上げた。




「ペンキなんじゃないんですか?バノッサさん。」


「・・・ほんとだ。雨で少し落ちてますぜ、兄貴。」




見ると、バノッサの全身にかけられたピンク色は雨のせいか流れ落ちている部分がある。




「あはは。でもバノッサさん、可愛い色になっちゃいましたね。」


「うるせェ!!・・・それよりも、どうなんだ?カノン。
他の奴等がやられたっていう、フラットの新入り達とその女・・・」




カノンのセリフに一度怒鳴ってから、バノッサは真剣な表情になる。
バノッサに問いかけに、カノンも笑顔を消して。




「・・・ええ、多分。偵察と言ってもあまり近づくとばれちゃいますんで、
遠くからしか見えませんでしたけど・・・少し違いましたけど、同じような雰囲気の格好してましたし。それに・・・」




カノンは意識がなくなったことによっての腕からずり落ちた、の通学鞄を手に取った。




「このカバンと同じものを、二人のお姉さんが持ってましたから。・・・間違いないと思います。」


「そうか。」


「・・・このお姉さん、連れて行くんですよね?」


「ああ。」




カノンにそう返事をすると、バノッサは口の端を吊り上げる。
その表情はあまりにサマになりすぎて、まるっきり悪役にしか見えない。(いや、一応悪役だし。)




「早けりゃ今夜にも、フラットに乗り込むぞ。
・・・それにしても、何人のしてくれやがったんだ、この女は・・・」




呆れたように辺りに倒れている手下を見て、合計で何人の怪我人がいるのか、
考えるだけで痛くなってきた頭を抱えて、バノッサはアジトへと踵を返した。















「・・・・・・??」




目の前に広がる、見慣れぬ天井。
・・・そもそも自分達の知ってる木材で出来た天井ではなく、石造りの天井だ。
はまだ気だるさの残る体で、ゆっくりと起き上がり・・・
気を失う寸前に聞こえてきた、声の主を思い出す。




「・・・チッ・・・なんだよ、あの子・・・めちゃくちゃ戦力だったのか・・・」




くしゃっと前髪を掻き揚げ、額を押さえる。完璧に、自分が読み負けたのだ。






外見に惑わされるなってのはこのことだったのかぁ・・・






うんうん、と一人頷いてみて、はそれから大きく溜息を吐いた。
どう考えても、あそこで意識を失ったのならここは彼等の本拠地なのだろう。

ふと気付くと、自分は上着だけ脱がされた状態でベッドに寝かされていて、手にしていたはずの鞄もなかった。
上着は部屋の壁に掛けてあって・・・多分、びしょびしょになっていたから
乾かしてあるのだろう。けれど、鞄は見あたらない。





――――――――――― ・・・チッ!鞄は取り上げられたか・・・





あの中から、にとっては見慣れているけれども、
彼等にして見れば怪しげなものを次、から次へと取り出したのだ。
当たり前といえば、当たり前の対応である。






・・・あぁ、精密機器もあるから壊されないといいけどな。
・・・スタンガンなんて間違った使い方したら痛い目に遭うこと請け合い・・・






静かな室内で、自分の呼吸の音だけが聞こえる。
これから自分は一体どんな目に遭わされるのか・・・何に使われるのか。
そう考えると、まだまだ安心することは出来なかった。




――――――――――― ・・・会長。」




――――――――――― ・・・そっと、呼んでみる。
そうしたら、彼が迎えに来てくれるような気がして。・・・あくまでも気でしかないのだけれど。
今まで彼は、がどんな小さな声で呼んでも。聞き逃さずに気付いてくれたから。




「・・・会長・・・会長・・・」




・・・呼べば呼ぶほど、気が緩んで。今まで無理矢理抑え付けていた恐怖心だとか、
不安感だとか言った感情が滲み出て・・・・・・自制が利かなくなる。




「・・・剣やら槍は横暴してるわ・・・そんなの中世ファンタジーじゃあるまいし・・・。
・・・どう考えたって・・・達の住んでた世界じゃない、じゃないか・・・」




多分気のせいでは無しに、滲んできた視界を見ていたくなくて。
は毛布に自分の顔を押し付けた。




「会長・・・どこに、いるんですか・・・?」




この世界(ココ)にはいないの?




「・・・が・・・こんなに探してるのに・・・」




会長がいないのなら。・・・トウヤのいない世界ならば。




「なんで、の傍にいてくれないの・・・?」




自分のいるべき場所は、ココじゃない。




「ここには・・・この世界には。・・・の居場所はないの・・・?」




自分の居場所は、彼のいるところだから。




ねぇトウヤ。・・・あなたは今、何処にいますか・・・?




―――――――――― ・・・・・・・・・・・・トウヤ・・・」




耐え切れなくなってきたは、しばらく毛布に顔を埋めたまま動かず。
・・・誰かの、声を殺して啜り泣く声だけが静かな室内に響いた。


それから数分経ってからだろうか?
立て付けのあまり良くないドアが開かれる音がして、はビクリと体を動かした。
















誘拐しようとした少女に妙なペンキを掛けられたバノッサは、
シャワーを浴びてどうにかそれを落とすことに成功した。(かなり苦労はしたが。)
流石に蛍光ピンクをちりばめたバノッサが帰ってきたときは、手下の何人かが思わず吹き出し、
そいつらはそいつらで、バノッサによって闇に葬られた。(ヒデェ!)
鎧も外して、黒いTシャツ一枚になった彼は
・・・既に普通の、そこいら辺にしゃがみ込んでいそうな兄ちゃんである。




「・・・おい、あの女目ェ覚ましやがったか?」




ひとまず手近にいた手下にそう尋ねてみる。・・・勿論あの女とはのこと。
カノンの証言からして多分彼女は、昼間別件で子分をのしてくれた連中の仲間なのだろう。
・・・という事は、奇妙な格好をした得体の知れない奴等の情報が得られるかもしれない。



何も知らないよりは、少しでも情報を持っていたほうが幾分かマシだろう



バノッサはそう考えていた。




「あ、兄貴!いえ、まだみたいですが・・・さっきカノンさんが様子を見に行きましたよ。」


「そうか。」




それだけ答えると、カノンが向かった2階へと、自分も歩を進める。
階段を数段登ったところで、カノンが立ち止まって、なにやら部屋の様子を伺っているのが見えた。
バノッサは声を掛けようとしたが、カノンの方が先にバノッサに気付き、『し−っ!』と人差し指を立てて見せた。
そんなカノンの様子を不思議に思ったバノッサは、静かにカノンに歩み寄ると、小声で話しかける。




「・・・どうした?あの女が目ェ覚ましたのか?」


「ええ・・・目は覚ましたみたいなので、ホットミルクでもと思ったんですけど・・・」




バノッサがカノンの手元に目を移すと、
確かにカノンの手には湯気の出ている白い液体の入ったマグカップが収まっていた。




「なんだよ?・・・あの女、またなんかやらかそうとしてんのか?」


「・・・いえ。そうじゃないんですけど・・・」




煮え切らないカノンの返事にバノッサがイライラし始め、扉を開けようとドアノブに手を伸ばした時。
グス、と鼻をすする音が扉の向こうから微かに聞こえてきた。

それを聞いたバノッサの動きが、ピタリと止まる。
一瞬なんだかわからなかったが、これは確かに誰かの泣き声だ。

少し驚いてカノンを見ると、カノンは無言で部屋の向こうを指し示した。
・・・そう、誰かと言ってもこの先の部屋には、さっき無理矢理連れてきた少女しかいないわけで・・・
バノッサは促されるままに、音を立てないようこっそりと細心の注意を払って戸をほんの少しだけ開く。




「会長・・・どこに、いるんですか・・・?」




カノンやバノッサが聞き耳をたてているとは思っていないのだろう、弱々しい声。
泣きそうになっているのを必死に堪えているのが、聞いただけで解るほどの。




「・・・が・・・こんなに探してるのに・・・」




『・・・・・・あの人に会うまで・・・は寄り道なんかしていられないんだよッ!!』




そういえば、誰かを探しているようだった・・・と。バノッサは今更ながらに思い出した。




「なんで、の傍にいてくれないの・・・?」




その言葉に、バノッサは一瞬ビクっとする。
・・・聞き覚えがありすぎた。あれはまだ、自分が力の使い方も知らないくらい、子供の頃のことだったけれど。




『・・・どうして父さんは、俺と母さんの傍にいてくれないの?』




何度も何度も繰り返して、母親を困らせた言葉。




「ここには・・・この世界には。・・・の居場所はないの・・・?」




『ここには俺の居場所はない・・・なら力尽くで奪うまでだ!!』




彼女の言葉に昔の自分が重なる。
バノッサはカノンが心配そうに自分を見上げていることにも気付かず、ぼんやりと物思いにふけっていた。




「・・・バノッサさん。」




カノンの声にハッとしたバノッサは、ブンブンと頭を振り、その思考を散らした。




「・・・今、昔のこと思い出してたでしょう?」


「・・・・・・うるせェ。」


「・・・泣いちゃってますね、お姉さん・・・あ、そういえばまだ名前も聞いてませんでした・・・。」




バノッサは僅かに開けた扉の隙間から、声を殺して泣いている少女を眺めていた。



・・・もしかしたら、彼女は今。昔の自分と同じ気持ちなんだろうか?



傍にいるべきはずの人が傍にいなくて・・・自分の居場所が確立出来ないでいる・・・
母親が亡くなってからは特に。誰もバノッサに居場所なんてものは与えてくれなくて、
力を振るうことで自分の居場所を作り上げ、なんとかここまでやってきた。

そんなことをぼぅっと考えながら。
・・・どうしてだか、カノンを義兄弟にしたときのことが思い出される。
カノンもあの時居場所を探していた、居場所が無かった。
自分と同じだと思ったから・・・バノッサはカノンを連れて行くことにしたのだ。




「今、入るのはやめましょうか?バノッサさんが入ったら、きっとお姉さんもっと怖がりますよ。」


「・・・なんでだよ。」


「だってバノッサさん。これからお姉さんにお前達は何者だって、問い詰めるんでしょう?」


「・・・・・・う゛。」




そのつもりだっただけに、バノッサは言葉に詰まる。
カノンはその様子を見て、そっと溜息を吐いた。




「ほら、やっぱり。じゃあもう一度出直してきましょうか。ミルクは温めなおせばいいですし。」




そう言って1階に戻りかけたカノンの背中を、静かなバノッサの声が追ってきた。




「・・・気が変わった。」


「え?」


「・・・アイツに居場所が無いんなら・・・ここに置いてやってもいい。」


「バノッサさん・・・!」




一瞬呆けてしまったカノンだったが、次には心底嬉しそうな笑顔が広がる。
バノッサがどんなに悪行を働こうとも、カノンがバノッサの傍を離れないのは、こんな優しさを知っているから。
ほとんどの人がバノッサのことを誤解しているけれど、本当は優しい人なのだと知っているから。






この人は誰かを救えるだけの力を持った人だ。
それは純粋な力だけではなくて・・・自分を救い出してくれた時のように。






そうカノンが信じているからだった。




――――――――――― ・・・・・・・・・・・・トウヤ・・・」




ところが部屋の中からもう一度聞こえてきた声に、今度はカノンがピタリと動きを止めた。




「・・・どうした?カノン。」


「今・・・お姉さん、トウヤって言いませんでした?」


「あ?・・・言ったかもしれねェな。それがどうしたってんだよ?」


「・・・フラットに偵察に行ったとき、確かそんな名前で呼ばれている人がいたような・・・」




首を傾げるカノンに、バノッサが今度は。・・・迷うことなく、はっきりと言い放った。




「・・・・・・入るぞ、カノン。」


「・・・はい。」




カノンが先導して、扉に手を掛けた・・・。
すると彼女は一瞬・・・注意していなければわからなかったくらい、ほんの僅かに体を震わせて
毛布に顔を擦りつけると、ゆっくり顔を上げた。




「やっぱりアンタらか・・・になんの用だよ?」




向けられるのは挑戦的な眼つき。
傷を負っても誇りを失わない、獣のような。そんな意志が垣間見えて・・・
あまりの変わり身に、バノッサは思わず少女に見入ってしまった。
カノンと二人して固まっていることにも気付かずに。






・・・・・・そこまで俺様にそっくりじゃなくてもいいだろうがよ・・・(汗)






彼女は強いところだけを見せ、弱いところは決して見せようとしないところまでも酷くバノッサに似ていて・・・
そんなことを、バノッサが胸中で呟いていたことは、もカノンも知るよしもなかった。






・・・ to be continued!







戯言。


はい、いつもながらも駄文で申し訳ありませんです、こんにちは(何)
妙な所で切ってしまいましたが、とバノッサ
2人の出会い編をお送りしております。(続きがあるので現在進行形)

実は、誓約者と一緒にではなく時間差で召喚されてます。
あ、が探していた同級生と言うのは、勿論トウヤのことですよ。
きっと彼でなかったら、は探しになんていかなかったでしょうしね(苦笑)

召喚された直後、オプテュスの下っ端に、いきなり襲い掛かられているので
彼女が初めてまともに会話らしい会話をした・・・というより
自身がやっと人間らしい会話が出来たな・・・と思っているのは
バノッサとかカノンが初めてだったりします。
彼女はこの時点で、召喚術の存在も知りませんし
仮のエルゴでも、魔力の強い召喚師でも、二丁銃の達人でもありません。
そんな少女に問答無用で襲いかかってきた人間の元締めと、手下をボコボコにした相手。
・・・なんていう、印象は最低最悪の2人の出会いです(笑)

バノッサも最初から、に頭が上がらなかったわけではなかったんですね。
にも普通の高校生時代があったというわけです(シミジミ)

そしてもう1つ。とトウヤへの関係ないし、依存具合についてですが・・・。
・・・・・・まぁ、それもまたもや別の機会に(笑)
この辺も任那の脳内では話が出来ているんですが・・・ね。まだ文章になっちゃいませんので。

短編のほうは、気が向いたとき長編なんかの合間に少しずつ書いているので
いつ更新できるかはわかりませんが、続きもそのうち書きます!・・・書きたい、です(汗)
内容はもう決まってるんですけどね、こっちも文章になっていないんですよ・・・トホホ。





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