First Contact 2 ―――――――――― ・・・その夜俺が拾ったのは、 ボロボロになりながらまだ毛を逆立てている、紫の毛並みをした猫だった。 ドアが開けられると同時に、濁りかけていた空気が渦巻くように動き出す。 人が侵入してくるその気配に、は赤くなることも構わずに、目をゴシゴシと毛布に擦り付けた。 絶対に!泣いていたなんて、他人に知られてはいけない。 それは自分の弱みになるから。 ずっとずっと、すごく泣きたいと思っても、どんなに苦しくても。 ・・・人前でだけは泣かないようにしてきた。それをこんなところで破るわけにはいかない。 こればかりは譲れない、幼い頃に掲げたポリシーだ。 無理矢理にでも涙を止めろ・・・!! は微かに霞む視界の端で、入ってきた人物が自分の予想通りであることを確認すると、 ゆっくりと毛布に顔を擦り付け、頬に残った涙の跡を拭い取るようにしながら顔を上げた。 「やっぱりアンタらか・・・になんの用だよ?」 開口一番に吐き出した悪態は、我ながらよくやると思う。 それでもやっぱり、ただの虚勢には違いないのだろうけれど。 部屋に入ってきたバノッサとカノンは、目を丸くしてこちらを見ていたが てっきり早々に尋問・・・そうでなくとも色々と問い詰められるのだろうと思っていたは、 その様子を少し不思議に思いながらも、警戒の態勢を崩さずにいた。 眉を顰めているに気付き、金縛りが解けたように動き出したのは、バノッサではなくカノンのほうだった。 カノンはの傍まで歩いてくると、手にしていたマグカップをの目の前に差し出した。 「はい、どうぞ。温かいミルクですよ。」 は少しだけ躊躇いながら、ソロソロとマグカップに手を伸ばし、 それを渋々受け取りはしたものの、なんだか怪しい物を見る目付きでカノンとコップを交互に睨む。 それから挑戦的とも、挑発的とも取れる眼つきをして、カノンとバノッサを見返した。 「何のつもりだ?・・・毒でも入ってるとか?」 「いえいえとんでもありません。毒なんか入れるくらいだったら、ここまで連れて来ませんよ。」 「んな面倒くせェこと、誰がするかってんだ。」 始終笑顔のカノンと、始終不機嫌そうなバノッサの言い分は、至極最もだった。 殺すつもりだったのなら、わざわざ毒なんか入れるより が気絶しているうちにやってしまった方が手っ取り早いし、経済的にも楽なはずだ。 ・・・こちらの世界で、毒を入手するという行為が どれほどの金銭やリスクを要するものか、それはにはわからないが。 「・・・それもそうだな。」 自嘲気味にそう呟いて、はカップの中のミルクを見つめた。 「・・・ただ、ちょーっとぬるいかもしれませんけど。」 苦笑しながらカノンが言ったので、はそれをコクリと一口飲んでみる。 元から熱いものは、飲み物にしろお風呂にしろ、あまり得意ではないのだ。 熱すぎるよりは少しぬるいくらいのほうが、にとっては有難かった。 「・・・そうでもないよ。毒も入っていないみたいだし、ありがたく頂いておく。」 「・・・ったく口の減らねェ奴だぜ。」 「はい、そうしてください。えっと、それでですね・・・」 「なんだ?ひとまず尋問か?・・・とは言っても、から聞きだせることなんてほんの少しだろうけど。 ・・・っていうかぶっちゃけ、何がわかるっていうのさ?」 言いながらもそうとう喉が渇いていたのか、は間抜けな白い口ヒゲが、 口の周りに出来てしまわないよう注意しながら(オイ)、着実にミルクを飲み干していく。 そんなの様子を見て、カノンがにっこり微笑んだ。 「では、最初の質問です。まず、お姉さんのお名前を教えてくれませんか?」 カノンの意外すぎる質問に、は酷く驚いて、思わずミルクを飲む手を休めた。 それから、まるで絶滅寸前の希少動物でも見たかのように、改めてまじまじとカノンを凝視する。 ・・・いや、確かに。二人の名前は会話の流れ上知っていて、こちらは名乗っていないけれど。 だからといって、このいかにも悪党(カノンを除く)な風情の連中に、素直に名乗るべきだろうか? これが達の世界であったなら、ある程度の技術さえ持ち合わせていれば、 名前だけでかなりの個人情報を引き出すことが出来る。 それこそ住所から電話番号から・・・ヘタをすれば銀行口座の暗証番号まで。 今がいるこの世界が、地球でない可能性は否定できない。 地球かもしれないし、地球ではないかもしれない。 けれど地球でなければないで、何があるかわからないからこそ、軽率に名乗るのも考えものだ。 驚き、それから一瞬躊躇って・・・それでもは、 これから話をするのに呼び名がなければ不便だと判断し、素直に本名を名乗った。 適当に考えた偽名を名乗ってもよかったが、あれだけ暴れた挙句、 雨に打たれて心身共に弱っている今、それはあまり得策ではないように思えた。 偽名なんて名乗りなれていないから、呼ばれても反応出来ないかもしれないし、 最悪自分が名乗った名前を、自身が忘れてしまう可能性だってある。 「・・・。」 ぶっきらぼうにそれだけを言う。どうやらカノンもバノッサもファーストネームのようだったから、 せめてもの抵抗に自分もそちらだけを名乗った。 ・・・得られる情報は出来るだけ多く、与える情報は少ないほうがいい。 するとカノンは、聞いた名前を反芻するように数回頷いてみせた。 「お姉さんですか・・・可愛いお名前ですね。」 「―――――・・・ぶッ!?」 まるで少女漫画の1コマにでも出て来そうなセリフに、思わず咽って。 は勢い良く、口に含んでいたミルクを霧状に噴射(女じゃない)した。 ちょうど、の正面に陣取っていたバノッサが持ち前の反射神経で、 かろうじての噴き出した白い霧を避けながら、悲鳴に近い怒鳴り声をあげる。 「うわッ!?・・・テメェ!!汚ねェだろうがッッ!!」 そんなバノッサの非難の声もそっちのけで、 は聞き慣れない言葉に、ブツブツと鳥肌がたつのを感じて震えていた。 「うぇ゛・・・さ、さぶぃ・・・」 「さぶ・・・?」 “寒い”と言って、はカップを持っていないほうの手で反対側の腕を擦ったが、 ふとカノン本人に目をやると、彼が意味がわからない、といった表情で首を捻っていたので、 はそれ以上何か言うのをやめた。 ――――――― ・・・この子、どうやら天然みたいだな。 喚くバノッサを放置したまま、は何事もなかったかのように手の甲で口元を拭った。 「いや、なんでもないよ。・・・カノン、それからそっちの白いのが・・・ 確かバノッサだったな?さっきそう呼んでたハズだ。」 「白いってなんだ、オイ!!」 「だって白過ぎ・・・どう見ても可笑しい。それにあのとげとげしい鎧じゃなくなったら、 その辺に転がってるタダのチンピラの兄ちゃんになってるし。(チンピラは普通か?) ・・・っていうか、塗料落ちたんだな。ま、一見落ちたようにみえるけど 紫外線の光当てるとルミノール反応で発色するらしいから、精々気を付けるこったな。」 「テメェ!殺されてェのかッ!?」 訳のわからない言葉を羅列されて憤慨するバノッサに、はニヤリと・・・性質の悪そうな笑みを浮かべる。 自分と似ていて、けれど少し違うその笑い方に。バノッサは何故か一瞬ギクリとしてしまった。 「・・・何か聞きたいことがあるから。あるいはなんらかの利用価値があると思ったから、 をここまで連れてきたんだろ?だったら・・・・・・まだ殺すには早いよな?」 「・・・・・・こ、このアマ!!」 「―――――――――― ・・・それにさ。」 次に発されたの声は、怒りで顔を赤くして叫ぶバノッサとは正反対の冷たさを持っていて。 バノッサは自分が怒鳴っていたことも忘れて、思わず口を閉ざした。 その声は耳も瞳もなにもかも塞いで、周りにある全てを閉ざしてしまいそうな気がした。 ふと彼女を見ると、ほんの一瞬の内に笑みは消え、どこかその表情には翳りが差している。 先程からの表情の落差に、バノッサはガラにもなく振り回されっぱなしだった。 「・・・・・・会長のいない世界なら、は存在する意味がないから・・・」 笑っているような、悲しんでいるような声。 その表情を見ただけで、その声を聴いただけで。 それだけで、彼女の心を占めるその人物の割合が、どれだけ大きいか窺える。 バノッサは知らず知らずのうちに、疑問を声に出していた。 「・・・ソイツは・・・」 さっきも同じ名前を呼んでいた・・・その人物は。 「???」 が不思議そうに、ちょっとだけ。・・・首を傾げた。 「お前の、なんなんだ?」 尋ねられたは、そんなことを聞かれるとはこれっぽっちも思っていなかった、というような顔をした後 ロクに考えることもせず、すぐさまその質問に答えた。・・・ほんの少しだけ、愛しそうに口元を緩ませて。 「・・・ちょっと時代錯誤かもしれないけど、会長は、が一生ついていこうと決めた人だ。 あの人に会えたからこそ、あの人の為に。・・・今のがあるのだから。」 「・・・恋人、ですか?」 余計なことかもしれないと思いながら、カノンが恐る恐る口にした。 けれどは、それに一瞬きょとんとした後、 可笑しそうに苦笑して見せただけで、カノンを咎めたりはしなかった。 「・・・あはは、そんなんじゃないよ。結構、良くそうやって誤解されるんだけどな。 ・・・・・・そう、なんて言うか・・・はあの人についていくって、誓ったんだ。 そうだな、敢えて言葉にするなら・・・忠誠、とでもいうのかな?そんな感じさ。・・・一方的にだけどな。」 そう言っては、バノッサとカノンに向けて初めて、ふんわりと微笑んでみせた。 「・・・あの人の為なら、はなんだってするよ。それだけに値する物を、に与えてくれたから。」 カノンはに、自分と似た部分を見つけてなんとなく嬉しくなった。 目の前の彼女は、バノッサだけでなく自分にも似ている。 もしかして・・・・・・もしかしたら。 ・・・・・・カノンは期待する。 もしかしたら、彼女が変えてくれるかもしれないと。 こんな狭いところに埋もれているべきではないのに、蹲っているしかない彼を。 もっと明るくて、広い場所へと連れ出してくれるかもしれない・・・! 自分には出来なかったことを、なら。同じ痛みを知る彼女なら、やり遂げてくれるのではないか。 そんな淡い期待が、カノンの胸中を渦巻いた。 「・・・えっとですね、お姉さん。僕、その会長さんかもしれない人を知ってるんですけど・・・」 カノンがそう言うと、はこれでもかというほど瞳を見開いて、 ベッドの上から転がり落ちるようにしてカノンに詰め寄った。 「本当にッ!?会長も、こっちに来てるのかッ!?」 「落ち着いてください。お姉さんの探している人って、どんな人ですか?」 カノンが尋ねると、は瞳を閉じて考える仕草を見せた。 「そうだな・・・髪は黒くて、目付きは・・・鋭いほうだ。それから・・・」 「上下とも黒い服着てます?」 「・・・あぁ、いなくなったときは学ラン着てたはずだから 黒いって言えば黒いかな・・・?真鍮製、っていうのか?金色のボタンがついてて・・・」 「あぁ、やっぱり。多分僕、その人知ってますよ。」 の返答に、カノンは今度こそ確信を持って答えた。 あまり聞きなれない名前だったので、本当にあっているか少し不安だったのだ。 「どこだッ!?どこに会長がいるんだッ!?」 は瞳を輝かせてベッドから立ち上がる。 そこそこの年月が経っているだろう木の床に足を付くと、床はミシリと小さく軋んだ。 靴を履いていなかったせいで、足の裏からじわっとした嫌な冷たさが這い上がってきたが、 それに構いもせず、はカノンを問い詰めようとする。 「それは・・・」 「カノン!!」 ついそのまま教えてしまいそうになったカノンに、バノッサの厳しい声が飛ぶ。 黙ってしまったカノンを見て、は瞳をスッと細くすると、 大きく反動をつけて、ボスンと尻餅をつくようにベッドに腰を掛け、バノッサを見据えた。 そして今更冷たさに気がついたように、床から足を浮かせると、それを悠々と組む。 「・・・教えてやる前に、俺の質問に答えろ。」 「に答えられることなら。」 ドスを利かせて言ったにも関わらず、は飄々としてそう答えた。 探し人が見つかりそうだからだろうか?その態度からは、余裕すら感じられる。 「――――――― ・・・テメェは、どこからきやがったんだ?」 バノッサの問いに、はちょっと迷ってから・・・それでも素直に質問に答えた。 言ってもどこだか解かって貰えないことは予測済みで。 「・・・・・・日本。」 「あぁ!?日本!?そりゃどこだよ!?!?」 バノッサの反応に、溜息を吐きつつ・・・はほんのちょっとだけ抱いた期待が外れたことを知った。 「・・・やっぱり知らないか・・・。」 脱力したように項垂れると、は重そうに足を組み直した。 「信じ難いかもしれないけどな。・・・多分、はこことは違う世界の住人だよ。」 「異世界の・・・?」 「そうなるだろうね。・・・・・・まぁ、そんなこと言っても信じられないだろうけどな。」 「・・・いえ。それ自体は、僕達の世界では珍しくないんですけど・・・」 思いもよらぬ事実に、今度はが声を荒げる。 「はあッ!?珍しくない!?なんだそりゃ!?!?」 「お前の召喚主はどうした?」 バノッサが、傍にあったイスを引いて腰を掛ける。 どうやら長話になると踏んだらしい。聞き慣れない単語に、は僅かに眉を潜めた。 「召喚主・・・?」 「お姉さんがこちらの世界に来たときに、誰か周りに人はいませんでしたか?」 「・・・・・・ひとりだったけど?それがなんか関係あるのか?」 「・・・・・・はぐれか。」 「はぐれ?」 それ以上教えてくれるつもりのなさそうなバノッサの物言いに、は疑問の視線をカノンへと送った。 「僕達の世界には、異世界の住人を喚び出すことが出来る、召喚術という力が存在するんです。」 「・・・なるほど、それで異世界の人間が珍しくないのか。」 「・・・はい。ですが召喚術は、誰でも使えるわけではありません。 召喚術を使う人達は、召喚師と呼ばれる特別な、極一部の人達です。 召喚師が召喚術を行使して、喚び出された者を召喚獣。 それに対して対象を喚び出した者が召喚主、ということになります。」 「じゃあ、はその召喚獣とかってのに分類されるわけ?」 「・・・はい、そうなりますね。召喚術でこちらの世界に召喚された召喚獣は、 召喚した本人の意思でしか、元の世界に送り返すことが出来ません。ですから、その・・・」 「――――――― ・・・召喚主のいない召喚獣は、元の世界には帰れねェんだよ。だから“はぐれ”だ。」 「バノッサさん!」 「・・・いいじゃねェか。言わなけりゃどうにかなるってもんじゃねェだろ。」 「それは・・・そうですけど・・・」 咎めるカノンとバノッサを見て、はポカンと口を開けた。 「あ?つまり、はその召喚主とやらがいないから、帰れないってことなのか?」 「・・・はい。・・・残念ですけど。」 カノンが俯く。バノッサも、視線を逸らして何も無い壁を見ていた。 「―――――――― ・・・でも、会長はいるんだよな?」 「あ、はい。いますよ。他にも何人か・・・同じような雰囲気の服装の方々がいましたけど・・・」 思ったよりも沈んでいないの声に、カノンはを励まそうと、他にも同じ境遇だろう人がいることを伝える。 ・・・しかしカノンは、自分やバノッサの気遣いが杞憂であったことをあまりにもあっさりとしたの次の一言で悟った。 「会長がこっちにいるなら、は帰れなくてもいいよ。いや、正確には帰らない・・・が正しいか。」 「・・・は?」 そっぽを向いていたはずのバノッサが、思わずに向き直る。 「会長の傍にあることがの望みだ。会長がこっちにいるのなら、はそれで一向に構わない。 寧ろ会長がいないんなら、は自分の世界に未練がほとんどないんでね。 会長のいない世界なんて、にとって存在している意味すら無い。」 「・・・とんでもねー女だな・・・」 淡々と、沈んだ様子も見せないで告げるを見て。 感心したんだか呆れたんだかわからない声で、(恐らく後者)バノッサが漏らした感想がそれだった。 「ま、会長はにとって特別だからね。」 「・・・だが、な。これで俺としても、テメェを連れて来た甲斐があったってワケだぜ。」 出会った時のように、残忍な笑みを浮かべるバノッサを見て、 も大分緩んでいた瞳を、険しいものに戻した。しばらく、お互いに無言の睨み合いが続く・・・ 「・・・・・・そろそろ聞いてもいいはずだな。お前がを連れて来た理由はなんなんだ?バノッサ。」 単刀直入に、バノッサは答えた。 「お前を人質にしてフラットに乗り込む。」 「・・・フラット??」 フラットって・・・♭←この? 違います。 「フラットっていうのはこの街・・・サイジェントって言うんですけど、 その南にあるスラムに住んでいる人達のことです。そこに、お姉さんが探している人もいます。」 「ほうほう。」 「僕達はオプテュスと言いまして・・・北にあるスラムに住んでいる、フラットとは対立する集団なんですよ。」 「なるほどなるほど。もの凄く舌噛みそうな名前だね。」 「・・・昼間。お前とは別件で、フラットのメンバーと アイツラと一緒にいたっていう、奇妙な格好の連中にやられて帰ってきた仲間がいてな・・・」 「・・・つまり、その報復にを人質として使おうと。そういうことか?」 「―――――――― ・・・話が早ぇじゃねェか。」 バノッサが、口の端を吊り上げてせせら笑った。 はそんなバノッサの様子を眺めていたが、天井や床をじっと見つめて 何か逡巡するような素振りを見せてから、ふぅっと息を吐き出す。 「でも、ま。ひとまず会長のいるところには連れて行って貰えるんだろ?」 「・・・あぁ。そういうことになるな。」 「だったら別に、異論はないよ。」 うん。と一人納得するを、カノンが心配そうに覗き込んだ。 「・・・お姉さん・・・いいんですか・・・?」 「ん?ん〜、まぁ会長に会えるんなら、はなんでもいいさ。」 は自分を気遣わしげに見ているカノンに気付くと、努めて明るい声でそう言った。 ・・・他人なんて、どうだってね? つい口をついて出そうになってしまった本音を、寸でのところで呑みこむ。 どうやら純粋に自分を案じてくれているらしいカノンに、そのことを告げるのは何故か躊躇われた。 ―――――― ・・・そう、にとって重要なのはトウヤの存在であって そこに付随する彼以外の人間の処遇など、どうだっていい。 ・・・まぁ、トウヤがそれを良しとしないのであれば、話は違ってくるが。 「・・・だからそんな顔しなくていいよ、カノン。」 こんな浅ましい奴の為に、カノンが気を病む必要はない。 はカノンの頭に手を乗せ、そのまま数回ポンポンと撫でた。 カノンは一瞬目を丸くしたが、次の瞬間にはにっこりと笑ったので、もつられるようにして笑う。 バノッサもまさか、がそんな行動に出るとは思わなかったのだろう。 驚いたようにと撫でられているカノンを凝視していて、は内心苦笑を漏らした。 心地良さそうに瞳を細めているカノンは、まるで銀の毛並みをした猫のようだ。 撫でているのはこちらの筈なのに、こちらまで気分が落ち着く。 はしばらく、そうしてカノンを撫で続けていたが、 ふとした疑問が頭を掠め、その疑問をストレートに口にした。 「・・・そういえば、カノンって歳いくつだ?」 訊ねながらも、はカノンを撫でる手を休めない。 カノンはの手を振り解こうともしないで、撫でられたまま当然のように答えた。 「僕は17歳です。」 「・・・でええぇーーッッ!?と同い歳ッッ!?」 絶対年下だと思ってたっ!だったらなんでお姉さんなんだよッ!? その場から飛びのいて、そう叫びたい衝動を必死に堪え、がカノンを見る。 すると別の場所からも、ちょっと違う驚愕の声が聞こえた。 「はあぁッ!?テメェ17だったのかっ!?」 もっと歳喰ってると思ったぜ! なんとなく・・・にはバノッサが口にしなかった部分まで、聞こえたような気がした。 バチバチバチ!! そうして5秒ほど火花を散らしガンつけあったのち、これでは埒が明かないと 先に折れたのはやはりというかなんというか、のほうだった。 「・・・・・・そういうバノッサは一体いくつなんだよ?」 カノンより下だったりしたら、暴れるからな。 んなワケねぇだろ。 「俺は23だ。」 お前より年上だぞ、敬え!・・・な感じに踏ん反り返るバノッサを横目に、 はわざと彼に聞こえるよう、力を込めて呟いた。 「うっわッ、駄目な大人の生きる標本・・・・!!」 「テメェ、そんなに殴られてェのか・・・!?」 拳を振り上げたバノッサに、はカルシウム足りてないね、と憎まれ口を叩く。 「そんなに今から体力消耗してると、会長にやられちゃうかもしれないよ?会長は強いから。 ・・・まぁ、基本的に達の世界では、戦う機会なんてものはないんだけど。」 「ハッ!この俺様が、素人なんかに負けるわけねェだろ!?」 「・・・会長はそんなに甘く見て勝てる相手ではないと思うけどね。それにさ・・・」 オプテュスってお前とカノンはまだしも 下っ端は本当にただのチンピラだろ?(爽) 「それを言われると痛いですよ、お姉さん。」 「事実だからな。に負けるようじゃ・・・会長には勝てないよ。」 あははーと、困ったように笑ってみせるカノンに、は不敵に微笑んだ。 そのの表情には、不安なんてこれっぽっちも垣間見えなくて・・・ 「・・・本当に、お姉さんはその人のことを信頼してるんですね。」 「・・・まぁね。」 カノンに問われると、は些か照れ臭そうに、けれどしっかり頷いた。 それを見たカノンは握り拳をつくり、何かを固く決意した表情で、勢い良くバノッサに向き直る。 ・・・そして、瞳を丸くしてカノンを見ているバノッサの手を、瞳に闘志を燃やしてぎゅっと握り締めた。 「バノッサさん!!・・・勝ちましょう!!」 「「は?」」 唐突に燃え上がり始めたカノンに、バノッサとが上擦った声をあげた。 なにがどうなって、カノンがやる気になったのか。 その原因がさっぱりわからない二人には、ただ呆然とカノンを見あげるしか手立てがない。 二人の声は見事に重なり、それがまた間の抜けた感じを際立たせていた。 「カ、カノン・・・なに言ってんだよテメェは? 今回お前は気分が乗らねェとか言って、待機のはずだったろうが!?」 「いえ、僕も行きます。―――――― ・・・なんだか悔しいですからね。(メラメラ)」 なにが!? バノッサとは、内心そう思わなくもなかったが 何を聞いても火に油を注ぐ結果になりそうな気がして恐くなり、そこまで追求しなかった。 「・・・そ、そういやいつ時出発するんだ?」 恐ろしいものを見てしまったとばかり、わざとらしくカノンから瞳を逸らして、がバノッサに尋ねた。 その間も、本来なら熱血なんて言葉とは無縁そうなカノンから 体育会系の人間によく見られる、妙な熱気が漂ってくる。 の声にハッとなって、バノッサは気を取り直すように頭をブンブンと振った。 ・・・こういうときだけは、当初から2人とも気が合っていたらしい。 「――――――――― 今夜、これからだ。」 同じようにカノンから視線を逸らしたバノッサは、出会った時にも見せた 刹那的なものを楽しむような笑みを浮かべて、それに応えた。 はその笑みに、何か引っかかるものを覚えながらも、さも興味なさそうにふーんと呟き 忙しなく辺りを見回すと、あたかもたった今それに気付いたように呟いた。 「・・・なぁ。そういえばの鞄は??」 「あ、それなら下にありますよ。」 もういつもの(・・・と言っても会ったばかりなので定かではないが。) カノンに戻ったらしく、にっこり笑ってカノンが告げた。 が何か言おうと口を開いたが、それはバノッサに遮られて失敗に終わる。 「返さねぇぞ。」 「そんなこと解ってるよ!!・・・ただ、あの中には危険なものとか 壊れやすいものがあるから、無闇に人に触らせるなよ? ―――――― ・・・火とか噴いて黒焦げになってもは責任取らないぞ。(←ライターのこと。)」 「「火ッ!?」」 2人のこの驚きようからすると、どうやらこの世界には、 ライターのようにあっという間に火をつける道具は存在しないか、そうでなければかなり希少な物のようだ。 ・・・どうやら文明レベルはそれほど高くないようだと、はおぼろげに見当をつける。 はもっとたくさんの情報を、バノッサとカノンから引き出しておきたかったのだが 二人はそれからすぐ、準備が整ったら迎えに来るとに告げて フラットとやらを襲撃する準備をしに、部屋を出て行ってしまった。 部屋には再び、が一人きりで取り残された。 だが立ち上がるのも億劫で、はベッドに座ったまましばらく動かずにいた。 ふと俯いた瞬間に、髪の毛が目の前に零れ落ちてくる。 はそれを、忌々しそうに睨みつけた。 黒というよりは、光に当てるとどこか深い紫色をしていて、 あまり癖の付かない、さらっとした猫っ毛の自分の髪が、は大嫌いだった。 何度か本気でスキンヘッドにしてしまおうかと考えて、その度兄に止められた。 兄――― は、にいつも髪を伸ばすよう勧めてくるのだが は出来ることならば、一本たりともこの髪を視界に入れたくなかった。 伸ばすと否が応でも視界に入り易くなるから、彼女が髪を伸ばしていることはほとんどない。 今もの髪は、顎の辺りまでの長さしかなかった。 これでもにしてみれば、随分妥協して伸ばしたほうなのだ。 出来るだけ、自分の視界に留めておきたくないと思っていたのに ほんの少し俯けば、意外にもこうしての表情を覆い隠してくれる。 もし誰かがこの現場を目撃したとしても、これならが物思いに耽っていると思うことだろう。 このときばかりは、もスキンヘッドにしていなくて正解だったと思った。 ・・・彼女は、声を出さずに笑っていた。 部屋には自分以外誰もいないそのはずなのに、それでも何かから隠れるようにこっそりと。 は静かに微笑んでいた。 帰れないことなんて、とっくのとうに予想済みだ。 いつだって、他人はなにもしてくれない。誰かの助けなんて期待してない。 自分でどうにかするしかない。・・・信じているのは、ただ一人だけ。 ―――――――― ・・・トウヤ。すぐ、貴方の傍に行きますから。 |
・・・ to be continued!
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戯言。 随分間が空いてしまいましたが、バノッサとの出会い編その2、やっとお届けすることが出来ました。 実は、召喚された時点では髪の長さもセミロングというよりはショートでした。 の過去についてはぼちぼちと(?)長編のほうや短編なんかで明らかにしていく予定ですが とりあえずこの時点では、自分の髪が嫌いだという理由から短くしてます。 なので長編のときよりももっと、男らしく見えたでしょう。それでもバノッサはきちんと気付いていますが(笑) はと違って、現在までの記憶があるが故に忘れられない、覚えている苦しさがあり、 は過去自分がわからないからこそ、覚えていない苦しさがあるのです。 どんな状況下にあっても人ってものは貪欲ですから、不満とか不安を見つける生き物だと思うんです。 そんな感じで、実はいつだったかも書いたと思うのですが、2人の主人公は太陽と月のような 常に傍にあって対照的な存在になっています。ちなみにが太陽でが月(どっちでもいいし) 太陽は自らの力で輝きますが、月は誰かの光を反射しないと輝けない、そんな感じでお願いします。 この頃のは長編の頃と比べても、トウヤに対して異常なほど依存していると思います。 現在のは、トウヤを自分の世界の中で最も大切なものとしていますが 召喚されたばかりのときのは、トウヤが自分の世界の大黒柱みたいなものなんです。 トウヤがいないとポッキリ折れて崩れちゃいそうな、そんな危うい子だったんですね。 無色の派閥の反乱がどれだけにも影響を与えたか、どうして髪を伸ばすようになったのか。 そういう現在のと過去のとの差みたいなものを、 そこはかぁ〜となく表現できてたらよかったんですが、これじゃ無理だろうなぁ・・・(笑) |
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