まだ幼かった頃、とカインは良く喧嘩をした。 原因はどれもこれも些細なことばかりだったけれど、カインはあの通りの性格だしも負けず嫌いだったから、決してどちらも譲るということをしなかった。 1度なんて、どちらがより高い場所から飛び降りられるかで喧嘩になって、2人揃って崖から飛び降りようとしたところをローザとセシルに止められたことだってある。 そもそもが竜騎士になったのだって、もとを辿れば仕官学校に入るというカインとセシルに張り合って入学したところに発端があった。 仕官学校に入ってからも、とカインは事あるごとに言い争いをしていたが、ある日を境にはカインと喧嘩をすることをやめた。 カインの目がふとした瞬間ローザを追っていることに気付いて、彼の気持ちと自分の想いを自覚した、あの日から。 は、カインが好き。でもカインが好きなのは、私じゃない。 そこに多少の嫉妬はあるものの、しかしにとってローザはそれ以上に大切な存在だった。 彼女は女性でありながら騎士になりたいと言ったの唯一の理解者であり、その夢を叶える支えとなってくれた人だ。 いっそローザを憎めれば、どれほど楽だったろうと思う。 だが実際はローザを憎みきれないし、恐らくカインにとってのセシルも同じだ。 たとえ報われることがなくとも、この想いだけでも告げられれば、案外簡単に区切りはつけられるのかもしれない。けれど、それが相手を困らせるばかりだとわかっていたから、もカインもなにも言えなかった。 それに1度告げてしまえば。今のように、4人一緒にいられなくなることはわかっていた。 愛した人も、その人が心を傾ける相手さえも大切で、壊したくないからなにも告げられない。 なにも告げられず、かと言って想いを振り切ることも出来ず、いつまでもそこから動き出せないでいる。そんなところまで、とカインは良く似ていた。 ・・・だから、これまでもこれからも。 “今”を壊さないために、とカインは気付かない振りをし続けるしかないのだ。 竜の愛し子 2.ローザ・ファレル バロンの町の、ほぼ中心部。 周囲の家よりほんの少し大きいこの家が、ローザの住む家だった。 煙突からは煙が立ち昇り、住人が在宅であることを告げている。 その前で立ち止まると、は扉を数回ノックした。 「はい、どちら様?」 尋ねる声は、記憶の中にある声となんら変わりがない。 懐かしさに口元が綻び、意識せず弾んだ声が出た。 「おばさまです、です。」 が名乗ると、声の主は扉の向こうで驚いたような声をあげて、それからすぐに扉を開けてくれた。 「まぁ、・・・!」 両手を広げて出迎えてくれたのは、ローザの母親だった。 今でこそ歳老いているが、彼女もまたローザぐらいの年頃の頃にはとても美しかっただろうことを窺わせる。 ローザの母親はの体を抱き寄せ、幼い頃にしてくれたのと変わらずやんわりと抱き締めた。 「あなたのほうから訪ねてきてくれるなんて、どれくらいぶりかしら?それにしても・・・あぁ、大きな怪我もしていないようで良かったわ。」 そういえば、最後にローザの家を訪れたのはいつだったろう? 確か騎士団に入る前だったから、もう何年も前のことになる。 ローザの父親が亡くなったばかりの頃は、毎日のように泊まりに来ていた時期もあったが、近頃では彼女が城にいることのほうが多かったし、騎士団に入ってからはなにかと忙しかったので、がここに足を運ぶのは随分と久しぶりだ。 「ご無沙汰しております。おばさまもお元気そうで、安心しました。」 当時のことを思い出しながらが微笑むとローザの母親も笑い返し、を家の中に招き入れてくれた。 変わっていないといえばあまりにも変わっていない。以前と変わらない風景がそこにはあった。 「ローザなら自分の部屋にいるわ、どうぞあがって。」 「お邪魔します。」 勝手知ったる他人の家とはまさにこのことで、は迷うことなく2階への階段を上った。 の記憶通りならば、階段を上がって手前から3番目の扉がローザの部屋だ。 中に人の気配があることを確認して、ここでも軽くノックをする。 「はい。」 「ローザ、よ。」 ローザはてっきり母親が来たのだと思っていたらしい。 の声が聞こえると、バタバタとあわただしい音が聞こえ、続いて勢い良く扉が開かれた。 「!?」 「こんにちは、ローザ。驚かせてしまったならごめんなさい、おばさまに通して頂いたの。」 「ええ、本当に驚いたわ!だってまさか、あなただとは思わなかったのだもの!・・・それにしても、あなたがわざわざうちまで訪ねて来るなんて、一体どうしたの?」 幾分心配そうに尋ねてくるローザに、はにっこりと微笑んだ。 このことを告げたら、彼女がどれだけ喜ぶかと思うとそれだけで楽しみになってくる。 「あなたに、伝えたいことがあったのよ。赤い翼が―――――― セシルが、ついさっき帰ってきたわ。それでカインが、あなたにも早く伝えて来いって。」 「セシルが!?」 セシルの名前を出した途端、案の定ローザは顔色を変えた。 あまりにもわかりやすい、可愛らしい反応だ。 ただ思っていた以上に大きな声を出したので、は思わず肩を竦ませた。 ローザの母親は、孤児であるやセシルにも優しく接してくれたが、ローザとセシルが恋人として付合うことを、あまり快く思っていない。 それはローザもわかっているので、すぐ自分の失態に気付き慌てて口元を押さえた。 が警戒するように階段を見やるとつられてローザも視線をやり、2人はそっと耳を澄まして階下の様子を窺った。 しばらくの間そうやって、とローザは耳を欹てていたが、どうやら今の声もローザの母親のところまでは届かなかったらしい。 母親が階段を上ってこないことを確認すると、ローザが今度は慎重に、声を潜めてに尋ねた。 「・・・それで、セシルの様子はどう?」 「もまだあまり話せていないけれど、随分落ち込んでいるみたいだったわ。今は、陛下のところへ任務の報告に行ってる。カインが様子を見てきてくれるって言っていたから、大丈夫だとは思うのだけど・・・・・ねぇ、ローザ。」 名前を呼んだそれだけで、ローザにはの言いたいことが通じたらしい。彼女はこくりと頷いて見せた。 「ええ。私、セシルに会いに行くわ。」 「・・・ありがとう、ローザ。セシルのこと、お願いね。」 力強く微笑むローザに、も安心して微笑み返す。これで、セシルも少しは元気を取り戻すだろう。 が紡ぐたくさんの言葉よりも、カインのぶっきらぼうな気遣いよりも、セシルにとってローザの一言はそれだけ大きいものなのだ。 |
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ローザとは女の子同士ということもあって、とても仲が良いです。 それぞれ複雑な思いはあるものの、互いを良き理解者だと思っています。 |
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2008/01/30