竜の愛し子 3.予兆 そのあとすぐ、はローザと連れ立って城に向かった。 家を出るとき、“私の読みたかった魔道書が新しく書架に加えられたそうだから、見に行ってくるわ。”そんな風に母親に告げたローザに、彼女も随分強かになったものだとはちょっと感心してしまった。 訓練のとき、いつもカインに“お前は真っ直ぐすぎる”と指摘されるのだが、時には嘘も必要だと言うことだろうか? そうして城に入ろうとすると、にセシルの帰還を逸早く教えてくれた見張りの兵士が、新たな情報を届けてくれた。 なんと、セシルが赤い翼部隊長の任を解かれたというのだ。 見張りの兵士が嘘をついているとは思えない。 だがローザももそれには半信半疑で、2人は城に入ってすぐのところで二手に分かれた。 ローザはセシルの部屋に、は騎士団の詰所に向かう。 ・・・隊長であるカインに会って、事の真偽を確かめるためだ。 「・・・隊長!」 壁に凭れ掛かり、窓の外を眺めているカインの姿を見つけると、は彼が自分の上司だということも忘れ大声で叫んだ。 名前を呼ばなかっただけ、まだましだったろう。それぐらいには、も動揺していたのだ。 「・・・か。」 カインはゆっくりと、視線を窓の外からに移す。 まるで、が来るとわかりきっていたような態度に、は落ち着くどころか益々カッとなって、勢い良くカインに詰め寄った。 「隊長、本当なのですか!?セシルが・・・!!」 「。」 咎めるように鋭く名前を呼ばれて、は漸く我に返った。 ふとあたりを見回せば、詰所にいた騎士団の仲間だけでなく通りがかりの魔道士までもが、一体何事かとこちらを見ている。 自分がどれだけ不用意な行動をとっていたのかに気が付いて、は己の短慮を悔いた。 騎士たるもの、そう易々と心を乱されてはならない。 ましてや、がこれから話そうとしている内容は団の指揮にも関わるようなことなのだ。 「・・・・・・申し訳ありません、隊長。」 「いや、いい。セシルが、赤い翼の部隊長の任を解かれたという話を聞いたんだろう?なら、驚いても無理はないさ。」 「それでは、やはり・・・!」 今度はも、さっきのように驚きはしなかった。 いや、驚いてはいるのだが、なんとか自制出来ている。 「ああ、セシルが赤い翼の部隊長から降ろされたのは本当だ。」 「一体、何故!?」 「セシルは今回のミシディア攻略の任務に、疑問を抱いていた。それを陛下は自身への不審ととられた、それだけのことだ。」 「―――――――― !!」 あの陛下が。を襲った衝撃は、予想していたものよりも遥かに大きかった。 近頃、バロン王の動向を不審に思う者が増えているのは知っていたし、度重なる軍事力の補強、侵略行為とも取れる決定に良くない噂が囁かれていることも知っている。 だがそれでも、やセシルを含め陛下に忠誠を誓った多くの者は、それもなにか考えがあってのことなのだと信じていた。それなのに―――――― そんなのって、ないわ。 自分を拾い育ててくれた、バロン王への恩義に報いるため。 鍛錬を積み、暗黒騎士にまでなったセシルに、それはあまりにもな仕打ちだ。 これまでに彼が、与えられた任務を遂行出来なかったことなどない。たとえそれが、どんなに気の進まない任務だったとしても、だ。 「陛下は、本当にどうされてしまったの・・・」 「馬鹿、そんな滅多なこと口に出すな。」 つい本音が漏れてしまうと、すぐさまカインの叱咤が飛んだ。 上司としてではなく、友人として忠告してくれるカインの言葉にも、は素直に従うことが出来ない。 以前のバロン王ならば、決してこんなことはしなかった。 孤児だったやセシルを、我が子同然に育ててくれたバロン王は。・・・の知っているバロン王は、そんな人ではない。 どうしてこの人が軍事国家の王なのか不思議なくらいに優しく、そして誰よりも民を、臣下を・・・この国を愛していた。 不満げなに、カインは仕方がない奴だと言わんばかりに肩を竦めて言った。 「セシルには、別の任務が与えられた。俺はセシルと一緒に、明朝城を発つ―――― 」 「どのような任務か、伺っても構いませんか?」 「ミストの村まで届け物だ。」 「ミスト・・・」 その名前だけは、も聞いた覚えがあった。 バロンに程近い位置にあるのに、バロンはおろか外部との交流をほぼ持っていない村だ。 噂では、昔あの村は腕の良い召喚士を多数輩出していたという。 ・・・だが、召喚士は血の濃さで優劣が決まる。時が経つにつれ、外部から血を取り入れるしかなくなった村では、段々と血が薄れ力のある召喚士はほとんどいなくなってしまったのだとか。 軍事国家であるバロンにすら、召喚士は1人たりともいなかった。 「村へ続く洞窟の途中に、なかなか手強い化け物が出るらしい。なに、俺とセシルならすぐに片付くだろう。」 「そうだと良いのですが。」 「おいおい、不吉なこと言うなよ。」 「・・・ですが、慢心は油断を生みます。心されたほうがよろしいかと。」 「全く、お前ってやつは本当に・・・」 そのあと、カインがなんと続けようとしたのかはわからない。 ただ浅い溜息を吐くと、カインは壁から体を離し、ゆっくりと歩き始めた。 愛用の槍を持ち、詰所の出口へ向かって歩く彼に、は慌てるでもなく問う。 「どこへ行かれるのですか?」 「もう、休む。明日は早いんでな、あとのことはお前とカシューに任せる。」 「承知しました。」 「・・・そういえば、ローザには伝えられたか?」 「はい。セシルが真っ直ぐ部屋に戻っていれば、恐らく今頃会えているのではないかと。」 「そうか・・・ご苦労だったな。」 「いえ。」 「お前も、ろくにセシルと話が出来ていないんだろう?あいつがさっさと寝ちまう前に、会いに行ってきたらどうだ。」 「カシュー副隊長に許可を求めてから行くつもりです。」 「・・・真面目なことだ。」 最後にそう告げると、ひらりと軽くに手を振って、カインは今度こそ詰所を出て行った。 その後姿に、は小さく敬礼する。 「・・・気をつけて、カイン。」 ―――――――――――――― 届かぬ言葉を、秘めたまま。 |
|
戯言 普段と態度の変わらないカインに対して、は公私の区別をはっきりさせるタイプ。 |
<< BACK MENU NEXT >> |
2008/02/03