が何かを隠しているのは明らかだった。 そうでなければ、あれほど真っ直ぐ将臣を見つめ返したりなどするものか。 あれは、なんでもないという瞳ではなかった。 本当になんでもないのなら、はあれほど強い意志を宿した眼差しで将臣を見たりしない。 ―――――――― ・・・妙な確信が、あった。 がなにを隠しているのかまでは、さっぱり見当が付かなかったけれども。 以前の将臣は、の瞳を覗き込めば、これまでの経験というやつで、 大抵彼女がなにを思っているのか、推し量ることが出来た。 ・・・けれど時空は、そんな2人の距離までをも隔てたのだろうか? ふと、重衡に笑いかけているを見る。 髪が伸びた以外にも、なにか変わっていやしないか? 例えば、ふと伸ばした指先が、触れることを躊躇うように震えているとか 将臣や知盛を見る瞳に、時折恐怖や悲しみの感情が見え隠れしているとか・・・・・・ すると思考することに夢中になって、じっと見詰めすぎたらしい。 強い感情や眼差しに敏感なは、 将臣が自分を見ていることに気が付いて、こちらを振り返り首を傾げた。 ・・・けれど、あれだけ尋ねても口を割らないのだ。 はあれで結構強情なところがあるから、これ以上いくら追及しようとも、絶対に答えてはくれないだろう。 もし話してくれることがあるとしたら、それは話せる刻というのがやってきてからなのだ。 ただ、人知れず悩みぬいて、1度決めたら最後まで貫こうとする一途なが、心配といえば心配だ。 誰にも相談せずに決めてしまって、その後は、 他人の言葉に耳を傾けず、何が何でも意思を曲げない分、望美よりも性質が悪い。 まぁ、そんなところが将臣と似ているなんて言われる所以なのだろうが・・・ そう思い、将臣はくすりと苦笑した。 どうしてそんなに似ているのだろうと笑った人は、もうかれこれ3年程会っていない。 そうして将臣は、自身の考えをに悟られないよう、極めて明るい声を出し、 重衡に当たり障りのない話題を振ったつもりだった。 「・・・そういや、それでその“”はどうしたんだ?俺が六波羅に来たときは、もういなかったよな?」 ところが、なんとはなしに尋ねたそれは、鋭いところを突いたようだ。 に笑顔で応じていた重衡が、途端顔を歪めた。思わず将臣も、眉を潜める。 「・・・・・・死んだのか?」 「・・・・・・それはわかりません。」 将臣が問うと、重衡はちらちらと知盛を気にしながら、言葉を選んでそう呟いた。 ・・・あぁ、だから今まで彼女の話を聞いたことがなかったのだと、今更ながらに納得がいく。 「わからない?」 「ええ・・・」 遠い目をした重衡は、そう言って外を眺めた。 彼の視線が庭を見、空を見・・・そして最後に、知盛の背中を捉える。 「あの日のことは、私も良く覚えております。 私達にとっても“あの方”は、本当の姉のような存在になっておりましたから。 ・・・あれは、“あの方”が来られてちょうど1年ほど経った日のことでしたか。 現れたのと同じような大雨の日、“あの方”は、忽然と姿を消されてしまわれたのです。」 ―――――――― ・・・緩やかな沈黙が、室内を支配した。 未来に出逢う過去の幻影 拾 それは音もなく降り積もっていく真冬の雪のような、そんな重さに似ていた。 一点を見つめたまま動く気配のない重衡に代わり、 些か冷たくなってきた秋の空気を肺一杯に吸い込んで、将臣は思い切って口を開く。 室内に漂うこの沈黙が、それから刻を経た今も尚、 彼女の残した傷痕が、完全には乾き切っていないことを示していた。 その主たる原因である“膿”は、知ったこっちゃないとでも言うように、未だこちらに背を向けていたが。 「出て行ったとか、誘拐されたとかいう可能性は?」 「ないというわけではありません・・・ ですが殿は、いなくなる直前まで兄上と共にいらっしゃいましたから。」 「・・・はぁ!?だったら行き先は聞いてないにしろ、どうしたのかぐらいわかるだろ!?」 半ばそう言われることを予測していたのだろう、重衡は軽く瞳を伏せる。 「・・・兄上は一言、帰ったと。」 「帰った?どこに?」 「さぁ・・・そこまでは、存じ上げません。 兄上に幾度となく尋ねましたが、なにぶん“帰った”の一点張りで。」 色のない表情で告げた重衡は、けれど最後にほんの僅か、眉を顰めた。 重衡が愁いた表情をしたのは一瞬だったが、は逃さず捉えたのだろう、心配そうに彼を見上げる。 それに気付いた重衡は、変わり身も早く。 “大丈夫ですよ”との肩にさり気無く手を置き、微笑んで見せていた。 「勿論父上は、皆に殿の捜索を命じました。 ですが姿どころか、殿がどこかへ行ったその痕跡すら、見つることは出来ませんでした。 彼女の履物は屋敷に残されたままでしたし、 雨が上がった直後だというのに、殿に見合う足跡も発見されなかったのです。」 「・・・・・・マジかよ。」 重衡に与えられた情報だけから判断すれば、それはまさしく神隠しという奴だ。 一瞬、自分達もそんな風にマスコミに報道されているのではないかと思ってぞっとする。 「使っていた部屋も、持ち物もそのままで――――――― ・・・ 彼女だけが、文字通り消えてしまったのです。 まるで最初から、そのような人は存在していなかったかのように。」 昔を懐古しているのか、どこかぼんやりと外を眺めている重衡と知盛に、 なんと言葉を掛ければいいか見当が付かず、 将臣が視線を彷徨わせていると、同じようにどうしたらいいか困っているらしいと瞳が合った。 “どうしよう!?”と瞳だけで訴えてくるに、やはり将臣も視線だけで“どうにもならねぇよ!?”と返す。 「・・・それからです。」 ぎゅっと眉を寄せて呟いた重衡に、将臣はと共にぱっと視線を遣る。 それはいつもの、歌や甘い言葉を紡ぐ重衡とは違い、 腹の底に溜まっていたものを、一気に吐き出したような声色だった。 「“あの方”が突如として姿を消されてしまい、それから――――――― ・・・ ・・・兄上はあのように、女癖が悪くなられて。」 「・・・・・・あー、なるほど。」 手の早さだけなら、重衡も知盛のことは言えたものではないだろう。 だが知盛の女癖が、重衡とはまた少々違うベクトルで悪いのは、もしかしたらそのことが影響しているのかもしれない。 将臣は、背を向けたままの知盛を振り返ると またいつ刀を投げられるのではないかと、少々ビクつきながら、慎重に知盛に近付いた。 ドスンと隣に腰を降ろすと、知盛が僅かに身動ぎする。 「・・・なぁ、知盛。その“”はどこに帰ったんだよ?」 「・・・・・・。」 ジロリ、と紫の瞳だけが将臣を見る。 射るようなその眼差しは、最初誰もがたじろぐが、将臣はもう見慣れてしまった。 この程度で怖がっていては、一門を率いてなどいられない。 すると知盛は、一行に目を逸らそうとしない将臣に、クッと咽元で苦笑してから いつもの、どこを見据えているのかイマイチ掴めない瞳をして、焦がれるように空を仰ぎ見た。 「・・・元いた、場所へさ・・・」 「何処だよ、それ。」 「さぁ、な・・・?」 くすりと笑う知盛は、その場所を知っているのだかいないのだか、判断が付かない。 けれどそう言って、彼の視線が捉えたのは、何故かだった。 は目敏くそれに気付いて、注意していなければわからないほどに肩を揺らす。 将臣が見るに、知盛のに対する言動は、 前いたというと重ねているにしても、尋常ではないとしか言いようがなかった。 ・・・なにかそれだけではないと、将臣の勘が告げるのである。 そんなと知盛のやり取りに、気付いたのか気付かなかったのか 重衡ははぁ、と決して軽くない溜息を吐いた。 清盛や帝の前ではきちんと応じてみせるくせに、 そのほかの人間の前ではとことん、よく言えば自由気儘、悪く言えば自分勝手を貫く知盛に、 日頃から苦労させられているのはなにも、将臣に限ったことではないのだ。 「“あの方”は最後に、“また会える”と、そう、兄上に仰ったそうで・・・・・・ ・・・あぁ、“あの方”がいてくだされば、兄上ももう少しは・・・」 ブツブツと、まるで恨み言のように連ねる重衡に あぁ、また知盛が捨てた女の後始末でもさせられたんだなと、容易に想像がつく。 様子の変わった重衡を、はきょとんとした顔で見上げ、 それに気付いた重衡は、すぐまた平静を取り繕って、“話が逸れてしまいましたね”と、 先程まで呟いていた呪詛が嘘のように、それは晴れやかに微笑んだ。 「兄上はずっとその言葉を信じ、“あの方”を探しておられたのでしょう。 そうして今日、偶然にも浜辺で倒れている殿を見つけ・・・」 「・・・連れて帰って来たと。」 「・・・恐らくは。」 はぁ、と生返事を返して知盛を見るが、 彼はそんな将臣の視線を全く意に介さずに、フン、と鼻で笑うと瞳を閉じてしまった。 ・・・その横顔を見つめながら、思う。 今まで将臣は、知盛の女性関係が激しいのは、 彼が何か1つに執着しない、刹那主義的な性格だからであって、仕方のないことと思ってきた。 将臣が知る限り、知盛は1人の女と長続きしたことがなかったし 下手をすれば、女をあたかも使い捨てコンタクトレンズのように扱っている節がある。 それはただ単に、彼が性欲処理の道具としてしか、 女を必要としていないのだろうと、将臣は疑いもせずにそう思ってきた。 ・・・だが、もしそうではないのだとして。 昔出逢ったたった1人の女が、忘れられないだけだったのだとして。 そうだとしたら、それは本人が自覚しているより余程重症だ。 まさかあの知盛が、そんな言葉を信じていると言って、一体何人が信じるだろう。 将臣の脳裏にぽんと、血の繋がった実の弟の姿が浮かんだ。 ずっとずっと幼い頃から、に瓜二つの女だけを見つめ、求め続けている弟。 アレと同じかと思うと、いつもは憎らしい筈の知盛が、なんとなく可愛く思えた。 けれどそんなこと当人に言えば、彼の手元に残っているもう1本の刀が、 将臣の首目掛けて飛んでくるのは間違いないので、敢えて言うことはしないけれども。 だが、そこでふと、将臣は気が付いた。 自分のことを率先して話そうとしない知盛が、重衡に過去を暴露されるのを容認しているのは何故だ? 誰に聞かせるため?・・・が、知盛の探していた“”に似ているからだろうか? に視線を移すと、彼女は何も言わず、緑色のビー玉のような瞳に知盛を映していた。 だがその瞳が、先程までとは少し違う色をしていることに気付く。 「。」 名前を呼ばれたことに反応し、はこちらに顔だけを向けた。 深い色を湛えた彼女の瞳は、まるで波の無い海のように静かで、底が見えない。 しばし、無言で見つめ合う。 瞳と瞳で交わされる言葉にならない会話は、将臣とだからこそ出来るもので。 は一瞬、何かを思い返すように瞳を閉じ、そして次に瞼を開いたときには、瞳に強い光を宿らせていた。 の瞳は、口よりも余程物事を語る。 それですら長年の経験と、鋭い洞察力がなければ、窺い知ることは適わないが これまでも将臣はそうすることで、の気持ちを読み取ってきた。 だからなんとなくではあるが、これからのの行動も予測できるのである。 「大丈夫だろ、思ったより怖くないみたいだしな?」 「・・・うん。」 の返事は、将臣の憶測が然程外れていないことを示していた。 ・・・ただそれをもってしても、が必死に将臣に隠そうとしている何かは、読み取ることが出来なかったけれども。 見えそうな気もするのに、後もう少しと言うところでが瞳を逸らしてしまう。 ・・・それほどまでに頑なに、が隠しているのはなんなのだろう。将臣自身にも関係することなのか? そうでなければ、こうまでして隠し通そうとすることの説明が付かない。 やがては、床をなぞるようにゆっくりと、1歩前に踏み出した。 その瞳は知盛の姿を、真っ直ぐに捉えている・・・ああなったは別人のように強い。 立ち上がって場所を空けてやると、は将臣と入れ替わるようにして、 ドッペルゲンガーだと騒いだ一件以来、近づかなかった知盛の隣に、けれど迷わず座った。 ふわりとの髪が揺れて、空気が動く。 気配に促されて瞳を開けた知盛は、隣にやってきたのがだと知ると、ふっと口元を緩めて笑った。 それはすべてを皮肉ったような、いつもの笑みとは確かに違っていたけれど、 あの笑い方に慣れきってしまった将臣にしてみれば空々しくて 反対に何を企んでいるのかと、勘繰ってしまいそうなものだっだ。 だが出逢って間もないがそんなことを思う筈もなく・・・ 或いは、そうとらなかっただけなのかもしれない、静かに知盛を見つめ返す。 瞬きする間も惜しむように、互いを見詰め合う2人は、旗から見れば恋人同士なのかと疑いたくなるほどで しばらくそうして見詰め合ったあと、は徐に知盛の髪へと手を伸ばした。 ・・・その仕草を、知盛が酔い痴れるように受け入れたと思ったのは、 はたして将臣の思い違いだったのだろうか・・・? 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戯言。 ・・・あれ?お、おかしい・・・! ここまでアレな知盛になる予定ではなかったんですが・・・(汗) と、ともかく!解り辛かったかもしれませんが、今回は将臣視点でお送りしました。 将臣に言わせると、知盛の様子はどうもおかしいみたいです。 でも恋人云々については、自分とも他人から見れば同じように見えることは自覚していないようですね。 ちなみに現代に居た頃は、実際付き合ってるわけでもないのに、 将臣とが公認カップルにされていたなんて設定があったりします(笑) |
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2005/11/10