「殿の・・・ですか?」 「うん。どんな人だったのかと、思って。」 思わずそう尋ねると、迷うことなくは頷いた。 真っ直ぐに重衡を見上げる瞳は、一点の曇りもない、綺麗に透き通った緑色をしていて 夏の強い日差しに照らされた、新緑にも似ている。 ・・・こうして間近で見てみると、彼女は益々もって“あの人”に似ているように思えた。 重衡としては、に“あの人”話を聞かせても、一向に構わないのだが・・・ ふと、先程からこちらに背を向けたままの兄を見る。 こちらを見てこそいないものの、意識だけはきっちりこちらに向けられているに違いない。 先程から、将臣とが言葉を交わすたびに 僅かではあるが、不機嫌そうに肩が吊り上がっていたからだ。 突如として現れ、現れたときと同じように忽然と姿を消した“あの人”のことは、 誰が定めたわけでもないが、彼女を知る数少ない人の中でも、半ば禁忌のように扱われていた。 何故かといえば彼女のことを話題にするのを、兄が酷く嫌がるからだ。 これが常なら、“あの人”の名を持ち出されると、 途端機嫌が悪くなるのだが、今日に限ってそういった気配も見受けられない。 言い出したのがだからか、はたまた機嫌が良いだけなのかはわからなかったが やはり最初に重衡が見立てた通り、兄はのことを気に入っているようだ。 そう確信して、重衡は未だ自分を見上げている彼女に、得意の笑みを浮かべてこう言った。 「・・・はい。殿が望むのでしたら、喜んで。」 未来に出逢う過去の幻影 玖 「本当!?」 話を聞きたいと思ったのは、その人が見間違われるほど 自分に似ているらしいということもあるし、そのうえ名前まで同じせいもある。 けれど、あの炎に包まれた京で出逢った知盛の様子には、只ならぬものを感じていたので 自分に似ているというその人が、一体どんな人物だったのか興味があった。 「ええ。」 少し高くなったの声に、銀は瞳を細めて笑ってみせる。 ・・・あぁ、大丈夫。この人はそれほど怖くない。少なくとも、今のに何かを求めてはいないから。 「・・・と言いましても、私が“あの方”について知っているのは極僅かなことですので、 お話するのには、適任ではないかもしれませんが。」 「構わない、それでいい。」 が即答したのが面白かったのか、銀はきょとんと瞳を丸くしたあと、小さく苦笑した。 「それ、俺もちょっと興味あるな。・・・知盛が懐いてた人なんだろ?」 「はい。」 将臣が話に加わってきて、銀も知盛に対するあてつけなのか、楽しげな声で返事をする。 さすがあの知盛の弟だけあって、一筋縄ではいかない男のようだ。 真っ先に座り込んだ将臣の隣につられるようにして座り、正面に銀が腰を降ろす。 「・・・で?前いたってのは、どんな奴だったんだ?どっかのおしとやかな姫さんか?」 横目でチラリとを見て、将臣がニヤリと笑った。 からかい混じりのそれに、が軽く睨み返すと、将臣はわざとらしく肩を竦める。 銀はそんなと将臣のやり取りに忍び笑いを漏らし、やがてそれが治まると、ゆっくり話を切り出した。 「いえ・・・実は、殿がどのような出自の方だったのかは、誰も知らないのです。」 「そう、だったのか・・・?」 その答えがあまりにも意外で、は思わず首を傾げる。 どこの馬の骨ともわからない人間を、平家が易々と受け入れたりはしないと思っていたのだ。 「はい。あれはまだ、私が十になるかならないかという頃だったでしょうか。 大雨の日、どこからともなくふらりと現れた殿を、兄上が屋敷に連れて帰られたのです。」 銀の視線に促されて、と将臣は同時に知盛を振り返った。 知盛は、さっきが見たのと変わらぬ体勢のまま、未だ根気良く庭を眺めている。 「・・・って、お前が10!?随分昔の話じゃねぇか!」 「はい、ですから先程も申しましたでしょう?今も同じ姿で居るはずがない、と。」 驚く将臣に、銀はサラリと事も無げに告げた。 けれど、それだったら間違えないで欲しいと思う。 銀が10歳のとき、今のと変わらない年齢だった人ならば、 彼は少なくとも20歳は越えてはいそうだから、現在30歳近い計算になるではないか。 「・・・当時はまだ、我々の地位も今ほどには確立してはおりませんでしたから 一門を妬む者も多く・・・祖父などは闇討ちにされかかったこともあるとか。」 「そりゃまた、随分物騒な話だな。」 「ええ・・・ですがそのような者達にとって、幼い私達は恰好の標的だったのでしょう。 ほんの少しと出掛けた先で、兄上は何者かが差し向けた刺客に襲われたのです。」 「・・・・・・子供を狙うなんて、最低だ。」 些か憮然とした表情で呟くと、それを聞いていた銀が、微かに笑ったような気がした。 「そのとき、兄上の命を救ってくださったのが、殿であったと聞き及んでおります。」 「へぇ、そりゃヒーローだな。」 「・・・ “ひーろー”、と申しますと?」 「正義の味方、ってところか?」 将臣に問いかけられ、はう〜んと首を傾げて唸った。 こちらへ来てから幾度となく思ったことだが、 横文字を日本本来の言葉に置き換えるのは、なかなかに難しい。 「・・・・・・英雄、というか。」 「あぁ。なんとなくですが、わかった気がします。」 察しのいい銀に感謝して、今度はが小さく微笑んだ。 「それから兄上は、住む場所もなく、特に行く当てもなかったという殿を 全ての責は自分が負うからとおっしゃって、身元を預からせて欲しいと父上に願い出たのです。」 「ほぉー。」 「・・・良く、御父上が納得されたね。」 は、平清盛のことを詳しく知らない。 1つ前の時空の、真っ赤に燃えたあの京で、知盛と一緒にたった1度、見かけたことがあるきりだ。 しかしそれも、知盛の強烈なインパクトに圧されて、あまりよくは覚えていない。 ただ、どうにも身内贔屓の人だったような記憶はある。 姿は子供でも尊大な態度は拭えなかったし、自分の血に連ならない者は見下している節があった。 “平家に非ずんば人にあらず”・・・まさに、それを体現したような人だと思ったのに、 そんな人が、見ず知らずの人間に親切にするとは、どうしても考えられない。 だが銀も、の言いたいことに察しが付いたのだろう。 の意見を肯定するようにひとつ頷いて、それからしみじみと呟いた。 「それほど兄上が、熱心に説得されたのでしょう。 殿は兄上の命の恩人でもありましたし、父上も存外戯れが過ぎる方でして・・・」 「・・・・・・そうなの?」 「・・・あぁ、なにしろ死んだ息子に似てるってだけで、 怪しげなガキの話を信じて、手元に置いちまうような人なんだぜ? かなりの変わり者だってことは確かだよな。」 軽く告げた、その言葉の中に。 彼が平家に抱いている、並々ならぬ感謝の気持ちと愛しさを感じ取ってしまって、一瞬言葉に詰まった。 飾り気のない言葉だからこそ、余計強く伝わってくる・・・。 にとっての、ヒノエや熊野水軍と同じように、 将臣にとって清盛は恩人であり、平家一門は新しい家族なのだ。 否が応でも思い知らされる。将臣は、何が何でも平家を見捨てない。 が熊野を捨てられないように、彼もまた、見捨てられる筈がないのだと・・・ あぁ、お願いだから。今はそれ以上、何も見せないで。 そのまま将臣を見ていたら、どんな顔をしてしまうか解らなくて、はさり気無く床に視線を落とした。 「そう、かもしれない・・・ね。」 恐らく生前は、清盛とてあのように歪んではいなかったのだろう。 怨霊として蘇ったことが、世の理だけでなく、人としての彼までもを曲げてしまったのだ。 そう思うと、どうもすっきりしない。 確かに、今怨霊を生み出し続けているのは清盛だが、彼が生粋の悪だとも言い切れなくなる。 ・・・清盛を蘇らせたのは、清盛自身ではない筈だ。 それに自身、決してそんな手段を選びたくはないが、 大切な人を亡くした人達の悲しみや、再び会いたいと願う気持ち自体は、わからなくもない。 ・・・怨霊はとても悲しい存在だ。以前、朔がそう話してくれたことを思い出す。 彼等はとても悲しい存在だから、救ってやれねばならない。 そしてそれが出来るのは、白龍の神子だけなのだと。 初めて聞いた怨霊達の声を思い出すと、は今でも体が震える。 ・・・とて白龍の神子の片割れだ、彼等と戦えないわけではない。 最初こそ彼等の嘆きに囚われ、足が竦んでしまったものの、 今では望美の補助がなくても、どうにか1人で怨霊を封印出来るまでになった。 始めは五分五分だった成功率も、今や100%に近くなっている。 だが、怨霊の嘆きがダイレクトに声として聞き取れるは、 彼等を受け止めてやれるようになるまでに、かなりの時間を要した。 それほどまでに彼等の声は、潰されてしまいそうな苦しみと悲しみと、怒りに満ちている。 黒龍の神子である朔は、そうして怨霊の声を聞いてやることで、彼等の魂を沈めるのだと言う・・・ 怨霊の声が聞こえるのだと、が最初に話したとき、 朔はの能力が、黒龍の神子のものに近いのではないかと言って、 最初は自分もそうだったと、を優しく慰めてくれたものだった。 ―――――― ・・・出来る、だろうか? 胃の辺りから、どす黒い液体が溢れ出たような気がした。 どっと嫌な汗が吹き出して、無意識のうちに汗ばんだ手を握る。 には、出来るだろうか? 平家の事情を、彼等の優しさに触れてしまっても・・・彼等を封印することが、出来るだろうか? 現には生前の清盛の話を聞き、これほどまでに動揺している。 必死になって瞳を瞑り、目を背けてきた真実が、今目の前にあるのかもしれない。 悪と信じ、思い込むことで保ってきたものが、このままでは壊れてしまいそうだ。 これ以上知ってしまったら、は―――――― ・・・ 「・・・どうかされましたか?殿。」 「・・・え。」 名前を呼ばれ顔をあげると、気遣わしげな紫色の瞳とぶつかった。 一瞬誰かわからなくて、数秒見つめあった後、それが銀だということに気付く。 はっとして周囲を見回せば、将臣と・・・庭を見ていた筈の知盛までもが、訝しげにを見ていた。 どうやら、考えに没頭するあまり、周囲をシャットダウンしてしまったらしい。 いけないいけないと自分を叱咤して、は気持ちを切り替える為に頭を振った。 「些か、顔色が悪いように見えましたので。」 「お前、また気分が悪くなったんじゃないだろうな・・・!?」 そう言った将臣は、の顔色を覗っていた銀を押し退けて前に進み出ると それはもう強烈な頭突きを、にお見舞いした。 「・・・い゛っ!?」 ごちん、と頭蓋同士の当たる音がして、瞬間目の前が真っ白になる。 目から火が出るという表現があるが、どうしてそう言うのかわかったような気がした。 舌を噛まずに済んだのは不幸中の幸いだが、これでは却って気分が悪くなりそうである。 「オミ、痛い・・・!!」 「我慢しろ、これくらいどうってことねぇだろ。」 “どうってことある!!”そう叫ぼうとしたは、目の前にある将臣の体を押しやろうとしたが、 彼はそんな抵抗をものともせず、“大人しくしろ”と、逆にの体を押してきた。 「熱は・・・ない、みたいだな。」 「・・・だ、大丈夫だよ、ちょっと、考え事をしていただけだから・・・」 「――――――― ・・・本当か? お前はいつも倒れるまで、具合が悪いって言わないからな。」 額を突き合せた将臣の顔は、眉間に思い切り皺が寄っていて、 具合が悪いのに黙っているのなら気付いてやらねばと、必死になっているようだった。 将臣は幼い頃から、そうやって声には出さないの思いまでも、汲み取ってくれていた。 そのことには感謝しているし、心配してくれているのも、素直に嬉しいと思う。 物心付いた頃には、ずっと一緒にいたせいか、 将臣は大抵のことならば、が言わなくても見透かしてしまったから・・・ 黙っていても余計に心配を掛けるばかりだと知って、 意識的な部分だけではあるが、将臣にはあまり隠し事をしないようにしてきた。 けれど、これだけは―――――――― ・・・ 知られるわけにはいかないし、話せるわけもない。 ・・・なにより、将臣を悲しませたくはないから。 嘘を嘘のまま貫く為に、は真っ直ぐ将臣の瞳を見返した。 すると将臣も、何故かむっとを見つめ返してきて・・・こうなると、もう睨めっこ状態だ。 だが、こういうときのと将臣は強情で、どちらも譲る気配はない。 吐息が掛かりそうなくらい顔を寄せて、しばし無言の睨み合いが続く・・・ そんな2人を止めるのは、決まって譲の役目だったが、生憎彼はここにいないし、 年季の入ったコレを止めるには、知盛と銀の兄弟では荷が重い。 瞳を逸らしては負け、瞳を逸らしては負け・・・・・・けれど時間が経つにつれて 和らぐどころか、より一層険しい表情になってゆく将臣を見て、はついに吹き出してしまった。 「・・・お前な、そこで笑うなよ。」 「だって、オミがいつまでも疑っているから・・・」 はくすくすと笑って、将臣から瞳を逸らした。 瞳を逸らしても笑っても、どちらにせよの負けだ。 「は大丈夫、だから心配しないでいい。」 気分が悪いわけでは、ないよ。 そう言ってもまだ将臣は、納得のいかない顔をしていたが、はそれに見ないフリをした。 嘘を吐きたいときですら、なかなか簡単に騙されてくれない将臣。 嬉しさと悲しさが一挙に押し寄せてきて、妙な気分だ。泣きたいのか笑いたいのか、それすら解らなくなる。 けれどこれ以上将臣の瞳を見ていたら、いつか見透かされてしまいそうで怖かった。 「ごめんなさい、自分から聞いておいて、話を中断してしまった。 それで、という人はどうなったの?」 くるりと将臣に背を向けて銀に問えば、彼はほんの僅か、驚いたように瞳を見開いた。 鏡がないから解らないが、が余程奇妙な顔をしていたのだろう。 まだ心が揺れている・・・全部話してしまいたいような、でも決して話してはいけない。 自身どうしたいのか、どうすべきなのか・・・心が、定まっていないから。 けれど、そこはさすがというべきなのか・・・ 銀は何事もなかったように、それまで見せていた柔和な笑みに戻ると、 話を逸らしたい魂胆が見え見えのに、付き合ってくれるつもりなのだろう。 “どこまで話しましたか・・・”と、彼は大袈裟に天井を仰いだ。 「・・・あぁ、そうでした。兄上が父上に、殿を置いてくださるよう進言されたところまででしたね。」 「うん、そう。」 「父上は兄上の願いを聞き入れ、殿を客人という名目で、改めて屋敷に招かれました。 私が殿に初めてお会いしたのは、その夜催された、殿を歓迎する宴でのことです。」 「へぇ・・・」 まだ横から突き刺さる、将臣の視線から逃れるように、は適当な相槌を打つ。 そんなに気付いているのか、銀はまたもやくすりと笑った。 「・・・・・・最も、客人とは言いましても、実質上兄上の遊び相手同然でしたけれどね。」 「・・・遊び、相手??」 予期せぬ言葉に、は思わず首を傾げた。 が思いつく“遊び”と言えば、鬼ごっことかおままごとかそんなものだが いくら子供の頃の話とはいえ、それをしている知盛というのがどうにも想像できない。 「ええ。あの頃の兄上は、何をするにも四六時中殿と一緒で・・・ 遠乗りや武芸の稽古にまで、連れ出していたのですよ。」 どうやら、おままごとの相手をさせていたとか、そういうことではないらしい。 そうだとわかって、はほっとしたような、 なんだかちょっとつまらないような、複雑な気分を味わった。 「特にこれといった用がないときなどは、1日中殿の傍を離れませんでしたし、 私はあまり拝見したことがないのですが、 殿は武人としても、舞手としても優れていらっしゃったそうで、 兄上はしょっちゅう相手をしてくれとせがんでおりました。」 「はぁ・・・今の毎晩取っ替え引っ替え女替えてるような知盛からは、想像つかねぇよ。」 将臣が、諦めとも感心ともつかぬ声でぼやく。 まさか、そこまで相手をぽんぽん替えているとは思わなかったが いかにも遊び慣れていそうな男だとは感じていたので、そこはあまり気にならない。 どうせ、ある意味ヒノエと似たような人種なのだろう。 特に愛情があるからと言って口説くわけでもなく、挨拶するのと同じくらいにしか感じていないのだあれは。 ・・・・・・そう言っても将臣は、知盛がに執着していると言うだろうか? 「けれど、達も小さい頃はいつも一緒にいたよ?別に、普通ではない?」 素直な疑問を口にすれば、将臣は“あ?”とを振り返った。 これ以上は無駄だと悟ったのか、追求するのを諦めたらしい将臣に、内心ほっとする。 「・・・それとこれとは別だろ。同じ年頃ならまだしも相手は年上だし 俺達みたいに小さい頃からずっと一緒だったってわけでもないんだぜ?」 「・・・そっか。」 「まぁ、しかしそうだな。それぐらいの年頃は、年上に憧れるもんだよな。」 「・・・・・・そういうもの?」 「そういうもんだろ?そういやお前は子供の頃から、そういうとこは淡白だったよな。」 そこまで言い切るということは、将臣も昔はそうだったのだろうか? “望美なんか、誰んとこの兄ちゃんが格好良いとかって煩かったぜ”・・・そう続ける将臣に、 おぼろげな当時の記憶を辿り、そんなこともあったかもしれない、なんて思う。 余程記憶力がいいのか、将臣は子供の頃のことを忘れてしまって構わないようなことまで、 それはこと細かく覚えていて、は毎回感心させられるばかりだ。 「あー、けどさ。」 今もまた、昔の記憶を引き摺り出していたのだろう。 なにを思い出したのかはわからないが、にやにやとを見ていた将臣が、なんとはなしに呟いた。 「案外それが、知盛の初恋だったりしてな!」 ヒュッ!! その瞬間。何かがと将臣の間を、物凄い速さで走り抜けて行った。 何が起こったのか、咄嗟のことに理解が追いつかず、 時間が止まったように、身動きが取れないでいる2人の間で、 はらりと床に落ちた将臣の前髪数本だけが、確かに刻が動いていることを示していた。 床に落ちた青い髪の毛に目をやり、やはり同じようにそれを見おろしていた将臣と、顔を見合わせる。 呆然とした将臣の顔は、兄弟でもないのにまるで鏡を見ているようだ。 やがて、動き始めたばかりの牛車の如き緩慢さで、脳がやっと正常な働きを取り戻し始め、 漸く自分と将臣の間を通り抜けていった物の正体に思い当たる。 それは将臣も同じだったらしく、サーッと顔から血の気の引いたの手を、将臣が掴んだ。 「・・・いいか?。いち、にの、さんで、同時に見るぞ。」 将臣の手を握り返して、は無言のままこくこくと頷く。 「よし、いくぞ・・・いち、にの、さん!!」 将臣の掛け声と共に、2人は一斉に“ソレ”の過ぎ去っていった方向を振り返った。 するとそこには、この暗い室内でもくっきり浮かんで見えるほど、 綺麗に刃を磨がれた日本刀が、見事床に突き立っているではないか・・・!! は思わず、将臣を掴んだままの手に力を籠めた。 ほんの少し掠っただけでも、首の皮がすぱっと切れそうなそれは、 見る角度を変える度にキラキラと光り、切れ味のよさは想像に難くない。 どちらともなく息を呑み・・・・・・思う、誰がこんな危険なことを! しかし、こんな非常識極まりない行為をする人間は、生憎1人ぐらいしか心当たりがなかった。 「・・・・・・還内府殿。」 「―――――――― ・・・フン。」 余計なことを言ってしまったとばかり、銀が力なく頭を振るう。 顔面蒼白になっている将臣を見て、満足そうな鼻息を吐いたのは、やはりというか知盛だった。 「兄上もお止めください。殿に当たりでもしたら、どうするのです?」 「クッ、・・・それなりの責任は、取らせて頂くさ。」 どこか楽しげに咽を鳴らす知盛に、今更ながら胃がズドン!と重くなるのを感じて、 は自分の名前しか挙げなかった銀に突っ込む余力もない。 ふと怪我をしていないか心配になって将臣を見ると、彼はどんよりと暗いオーラを漂わせていた。 「オ、オミ・・・大丈夫か?」 なんの根拠もなく、将臣ならば大丈夫なのではないかとも思ったが、 こんな風になっている彼は、滅多にお目に掛かれない。 念のため彼の前髪を上げて、額が切れていないか確認する・・・大丈夫なようだ。 がほっと息を吐くと、将臣も一気に脱力したのか、 どん!と大きな手足を投げ出して、クッションか何かを抱え込むように引き寄せたの肩口に、顔を埋める。 ・・・そして弱々しくも、それでいて力の籠った声で呟いた。 「図星だったのかよ・・・・・・!!」 その声に、将臣も苦労しているんだと悟ったは、猫のように丸めた彼の背を、そっと擦ってやった。 半ばに泣きついている将臣を見て、銀は小さく溜息を吐く。 「殿は私達にもお優しい方でしたが、私達が兄上ほどに 殿のことを知らないのは、兄上が恐ろしいあまり、近づけなかったからなのです・・・」 「・・・あぁ、だろうな。」 苦渋の面で呟いた銀に、将臣は世の中の不幸を全て背負ったような声を返す。 その間にも将臣は、“もうこんな奴嫌だ”とか“まだ譲の方が可愛かった”とか、 嘆きとも呪いともつかないような言葉をぶつぶつと吐き出していて、 はよしよし、と子供をあやすように将臣を撫でながら、銀を振り返った。 「私・・・達、とは?」 「はい。私の他に惟盛殿や経正殿・・・それに幼すぎて記憶にはないでしょうが 敦盛殿も殿にはとても可愛がって頂きましたし、父上と母上も勿論ご存知です。 ただ、残念ながらあの様子では、父上と惟盛殿は既に覚えていらっしゃらないでしょうが・・・」 銀の口から紡がれた聞き覚えのある名前に、の脳がキュルキュルと時空を遡り始める・・・ “あっちゃん。” “殿か・・・このような時間に、どうなされた?” “あっちゃんの笛を、聞かせて貰えたらと思って。” “・・・・・・私の笛などでよければ、いくらでも。” 「・・・・・・敦盛!?今、敦盛と言った!?」 思わず腰を浮かせて叫んだ拍子に、肩の辺りでゴチ!という音がして ついでに“いてっ”と誰かの悲鳴が聞こえたような気もしたが、正直今はそれどころではない。 の記憶違いでなければ、それは天の玄武である彼のことだ。 彼は幼少期を熊野で過ごしたと聞いているから、ヒノエと個人的に連絡を取ることも可能だろう。 勿論この状況下で、少しでも知っている人間が傍にいてくれた方が、心強いという理由もあるが これでヒノエに居場所を伝えることができるのではないだろうか?・・そう結論づいて、は瞳を輝かせた。 「はい、申しましたが・・・いかがされましたか?」 「あ、会いたい・・・!!」 少々面食らった様子の銀に、は今度こそ立ちあがった。 この時空に来てから会ってはいないが、彼がの知っている彼のままなら、特に問題はないだろう。 「敦盛殿に・・・ですか?」 「うん、うん!!どうしても、会いたいんだ。会って、お願いしたいことがある!」 自分にしては息巻いた口調でそう告げて、は将臣を振り返る。 二度に渡ってゴチゴチと、肩を額にぶつけられた将臣は、 振り向き様に蹴り飛ばされでもしたら堪らないと、既にからかなりの距離を取っていた。 「お願いだ、オミ・・・あっちゃんに会わせて欲しい!!」 「そりゃ、敦盛の都合が良けりゃ会わせてやるぐらいは出来るだろうが・・・」 「本当!?ありがとう、オミ!!!」 「・・・・・・なぁ、“あっちゃん”ってなんだ?」 将臣が心底不思議そうに付け足した言葉を、 内心冷や汗たらたらのは、浮かれたフリをして聞こえなかったことにした。 |
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戯言。 任那の悪い癖が勃発して、文章が予想外長くなってしまいました。そしてなんだか、ノリが微妙・・・(苦) この辺りから、捏造が甚だしくなってきたことも、すみません・・・! 実際闇討ちの話は平家物語にありますが、他はそれに伴う全くの捏造です、ハイ(汗) さて、展開としては9話目になってやっと語り部が昔話を語ってくれましたが 知盛がさっぱり喋らなかったり、重衡なのに早速銀でごめんなさい。 しばらくは、重衡=銀でお願いします。そのうち重衡の名前も頑張って覚えますから、ちゃん。 でもこの重衡はもう望美に会っているので、銀でも良いのです(自己完結) |
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2005/11/06