思わぬところに伏兵がいた・・・そう知盛が思うのに、然程時間は掛からなかった。 まさかが、以前還内府殿から話を聞いたことのある 彼の幼馴染だなどとは、思ってもいなかったのだ。 未来に出逢う過去の幻影 捌 自分が1番、のことを知っていると思っていた。 穏やかに笑う顔も、無邪気に笑う顔も、はにかんだような顔も、様々な笑みを知っている。 かといえば、不服そうな表情や、怯えた表情・・・ そして他の奴等には見せたことのない、手負いの獣のようなあの眼差しから、 大切な人間のことを、愛おしそうに話す口振りに至るまで、全てを。 だが、幼馴染となればそれをも凌駕するのだろう。 還内府殿は知盛の知らないの顔を、今以上に知っているようで 言葉に出さずとも通じるところのある2人の関係に、苛立ちが拭えなかった。 それでも素直にそうと言えなくなってしまったのは、大人になったということだろうか? ・・・だから今も、知盛は興味なんてなさそうな風を装いながら、 背後で交わされる3人の会話に、静かに耳を欹てていた。 「しっかし重衡、タイミング悪いぞ。」 「たいみんぐ・・・?」 「あー、間が悪いってこった。折角が知盛のご機嫌取りに行ってくれたのに。」 「それは大変申し訳ないことを・・・」 「ちょっと待って、オミ。」 ・・・ほら、また。 気心の知れた仲だから故か、有川に対してだけ、 はいつもより饒舌に、そして己の感情を言の葉に乗せてみせる。 「――――――― ・・・それは、どういうこと?」 「げっ、ヤベ・・・!!」 「もしかしなくとも、自分でとっ・・・」 「と?」 「と、知盛・・・で、合っている・・・?」 “――――― ・・・知盛。” 不覚にも、躯が反応してしまった。 背中をぞわりと何かが這う、えも言われぬ快楽の波。 ただ名を呼ばれただけなのに、呼んだのがだというだけでこの有様だ。 名など自己を示すのに必要な符号に過ぎぬだろうに・・・たかが名、されど名と言ったところだろうか。 ・・・普通に、名を呼ばれただけでこうなのだ。 この腕に閉じ込めて啼かせれば、さぞかし甘く、この名を囀るに違いない。 名はただの符号などではなく、特別な響きに様変わりするだろう。 あれから何人もの女と逢い、何人もの女を抱いたが、彼女に勝るような女には出逢えなかった。 ずっと焦がれ、手に入れたいと思ってきた女が目の前にいるのに、 手折ってしまわない自分が、酷く滑稽な生き物に思える。 「おー、よく覚えられたなお前。」 「それは、あれだけインパクトが強かったら・・・!では、なくて! 彼の機嫌を取るのが面倒だったから、にやらせようとしたということなのか!?」 憤った声と共に、ドン!と地面を踏み締める音がして、有川が声を詰まらせる。 これは、地味に手酷くやられたな・・・と、昔の経験から判断した。 「いってぇ・・・ッ!?お前、カルシウム足りてねぇぞ!?」 「オミの馬鹿!無神経、日常生活能力皆無!!そんなだから彼女出来ないんだ!!」 「お前・・・っ!それとこれとは関係ねぇだろ!?」 「関係あるっ!オミが部屋の本棚の、一番上段の奥の方に えっちな本たくさん隠してること、望美に言いつけてやるんだから!」 「おい、待てよ!それは止めろって・・・こら!!!」 相変わらず、有川達の使う言葉は意味の解らないものが多かったが それでも大したことを論じていないことぐらいは解る。 仕舞いには、バタバタと足音を立てて 部屋中を駆けまわり始めたらしい2人の・・・・・・・なんと仲睦まじいことか。 「お2人は、実の兄妹のように仲が宜しいのですね。」 同じようなことを思ったのか・・・いや、誰でもこれを見ればそう言うだろう。 重衡が、くすくすと笑いながらそう告げた。 すると、嫌になるほど息が合っているようだ、ピタリと同時に足音が止む。 「・・・まぁ、半分兄弟みたいなもんだしな。」 「うん。ずっと、一緒だった・・・ね。」 「ふふっ、羨ましい限りです。」 重衡の言葉に含まれた小さな棘を、何事もないように無視する。 重衡の奴はああ見えて、なかなかに厄介な弟だ。 ・・・それには気付いているのかいないのか。 けれどそれほど、自分にとって危険ではないと判断したらしい。 「あ。それで・・・し、し、しげ・・・??」 「重衡だ、重衡。」 「・・・重衡、さん・・・」 有川に倣って、が小さな声で反復した。 その声はあまりにか細くて、いっそ壊してしまいたくなる。 ・・・嗚呼、本当ならば今すぐに。 重衡の名などではなく己の名を、声が枯れるまで喘がせたいのに・・・ けれどたどたどしいそれに、このは まだ自分達のことを、少しも知らないなのだと、改めて思い知らされる。 「私のことは重衡とお呼びください、殿。」 「・・・!!」 「あー、無理無理。こいつ、そんな大層な名前絶対覚えられねぇよ。 多分、俺がさっきなんて名前で呼ばれてたかも、もうわからなくなってるんじゃないのか?」 「そっ、そんなこと・・・!!」 「じゃあ、言えるか?」 「う゛・・・!」 「、俺はなんて呼ばれてた?平・・・?」 「し、ししししげ・・・・!!!」 「ぶっ、あははは!!!やっぱり覚えられてないじゃねぇか!」 「もう!!オミ、わかっててやっているね!?怒るよ!?」 「悪ぃ悪ぃ、そう怒るなって!・・・なに、ちょっと懐かしくてな。」 「・・・・・・。」 「だから、そういう顔すんなって。」 「いたっ。」 「・・・というわけで、こいつ人の名前覚えるの苦手なんだ。諦めたほうがいいぜ?」 「だって、こっちの世界の人は皆、名前が難しい。 さっきはオミ達が名前を言っているのを聞いて、そのすぐ後だったから言えたけれど、 似た名前の人がいなければ、覚えられると思うのに・・・」 の返答に、重衡は少しの間逡巡して見せ、やがて徐に口を開いた。 「そうですね・・・では、銀とお呼びください。」 「・・・・・・しろ、がね?」 「はい。」 多分、心底嬉しそうに微笑んで言っているのだろう。 それが振り返らずとも手に取るようにわかる、重衡の声色の変化。 「銀?なんでまた、よりによって銀なんだよ??」 有川の疑問も、当然だった。 けれど、知盛は1度だけ、重衡からその名を聞いたことがある。 確か、あれはまだ六波羅にいた頃。 一門が、恐らく最も栄華を極めていたときのことだった。 「・・・私にとって思い入れのある、とても大切な呼び名なのですよ。」 「それなら、覚えられそうだけれど・・・でも、本当に構わない?が、そう呼んでも?」 「・・・えぇ。貴女だからこそ、呼んで頂きたいのです。」 「・・・じゃあ、有難くそうさせて貰う・・・・・銀?」 「はい、なんでしょう。」 「その、もう1人のという人の話、もっと聞かせて欲しいんだ。」 せがむに、いっそのこと真実を突きつけてやりたいと願うのは、唯の我侭か。 けれど同時に、知盛は思う・・・否、知っているのだ。今ここにいるは、確かにでありながら・・・ ――――――― ・・・未だ、知盛の求めるではないのだと。 |
|
戯言。 まず、初めに言わせてください。知盛が変態でごめんなさい。 なんかもう、エロいとかいうレベルじゃなくて人間としておかしくてごめんなさい。 今回は、そっぽを向いている(笑)知盛視点でお送りしましたが・・・如何でしょうか?(乾笑) 短いですが、ここで切らないと次が長くなり過ぎそうなので1度区切ります。 彼自身は会話に参加せず、聞いているだけですが 彼の心情としては将臣に対する嫉妬で、所々に(怒)マークが入っていたりします。入れてないですが(笑) |
BACK MENU NEXT |
2005/11/01