何故か、重衡がのことを知っていた。 知盛といい重衡といい、はこいつらと会ったことがあるのだろうか? 不思議に思って、隣にいるを見ると も同じように不思議そうな顔をして、将臣を見上げてきていた。 の表情は明らかに、将臣に“話したの?”と尋ねているが 将臣には重衡に、のことを話した記憶はこれぽっちも残っていない。 なんだかんだで将臣が、良く一緒に酒を飲み交わすのは知盛か経正あたりだし、 よしんば話をしていたとして、姿を見ただけで解るなんてありだろうか? ・・・だが、将臣がそんなことを考えている間にも 重衡は、こいつがであるという確信を深めたらしい。 彼にしては珍しく、強引な態度でに詰め寄り、詰問に近い問いかけを発した。 「殿・・・・・・やはり、殿ではありませんか!!どうして、ここにいらっしゃるのです!?」 「えっ!?あ、あの・・・」 「お前、重衡と知り合いか?」 「ま、また似たような名前なの!?えっと、し、しげ・・・?」 “重が付くのはオミだけだと思っていたのに!!” そう、悲鳴のように呟きながら、更に困惑を極めているの姿は、 どう見ても、重衡を知っているようには見えない。 ・・・そういえば、は高校でもそれほど頭は悪くないほうだったが、 そんな彼女にも1つだけ、壊滅的に苦手な教科があった。 それは日本史。 彼女はこの調子で、歴史に登場する人物の名前がなかなか覚えられず 人物名がテストの問題に出されると大抵は、 苗字だけしか書けなかったとか、漢字を間違えて書いたとかでバツを貰っていた。 学年順位を、いつも半分よりちょっと上でキープしていたと 半分よりちょっと下、大凡30前後を行き来していた将臣が 夏休み直前、同じ蒸し暑い教室で、一緒に追試を受けたのは、今では懐かしい思い出だ。 そんなの様子に、重衡も感じ取るところがあったらしい。 彼は悲しげに眉を寄せて、耳をしゅんと垂れた子犬のようになって告げた。 「・・・殿は・・・私のことを、覚えておられないのですか?」 「えぇっ!?」 よりも、数倍大きな図体をしているのに、 それが可愛く見えてしまうのは、重衡だからこそなせる業か。 誰もが罪悪感を感じてしまいそうなそれは、にとっても例外ではなかったようで は焦りきった声をあげてから、必死になって弁明を試みる。 「えっと、えっと・・・そうではなくてね、は・・・!!」 けれどそれ以上、上手く言葉が続かないようだ。 なにより、重衡の物凄い剣幕・・・というか雰囲気に、完璧に呑まれている。 見ている将臣も、を助けるべきだということはわかっているのだが、 どう説明すればいいのか、あるいはどう会話に割り込んでいいのか、判断が付かずにいた。 とりあえず、重衡を落ち着かせなければ、話せるものも話せない。 「重衡。」 しかし、将臣の思考がやっとそこに行き当たったとき ぴしゃりと重衡を一括したのは、そんなことをするとは予想外もいいところの知盛だった。 「兄上・・・・・・・・・っ!?」 何故止めるのか、そう言いたげな重衡は 尚もなにか言い募ろうとして、咎める知盛に反抗の意思を見せたが 徐に振り向いた先に見た兄の顔にぎょっとして、そのまま言葉を失った。 「ど、どうなされたのです、その頬は・・・ッ!?」 「う゛っ」 ・・・その言葉に、がますます小さくなったのは、言うまでもない。 未来に出逢う過去の幻影 漆 「まぁ重衡。まずは落ち着いて、俺の話を聞いてくれよ。」 平知盛のそっくりさんが、驚き過ぎて静かになったところで 将臣がと彼の間に割って入った。 を背に庇うようにして立った将臣を盾に、その背中に隠れさせて貰うことにする。 ・・・強い感情の籠められた視線は、やっぱり苦手だ。 将臣はそんなの様子を見て、仕方なさそうに苦笑してから 懸命に足を突っ張らせるを物ともしない男の人の力で、 ペットか何かを見せるようにひょいっと首根っこを掴まえて、背から顔だけ出させた状態でを紹介した。 「こいつは、俺の幼馴染のだ。つまり、俺と同じ異世界の人間ってことだな。 三月くらい前に、こっちの世界に来たらしい。」 「え?それでは・・・」 「あぁ。お前の言ってるとは、別人なんじゃないか? いくらこいつでも、この三月の間に会った奴を忘れたりはしねぇだろ。 それから知盛の顔に手形つけたのもコイツだ。けどまぁあれは、自業自得って奴だな。」 なぁ?と問いかけてくる将臣に、は及び腰になりながらこくこくと頷いた。 は必死に後退りするものの、将臣に手首を掴まれていて、これ以上退がれない。 それでも後ろに退がろうとして、非常に格好悪い姿勢になっているの顔を 平知盛のそっくりさんが腰を屈めて、ゆっくりと覗き込んだ。 紫色の瞳との瞳が、真正面から交錯する。 思わず声をあげそうになったのを察知してか、の肩を将臣が“大丈夫だ”と掴んだ。 「・・・三月前に、こちらへいらしたのですか?」 さっきとは違う、落ち着いた、柔らかい口調。 けれどそれに反して、その眼差しは綺麗に磨がれた刀にも似た鋭さを宿していて、 こちらを探るようなその眼差しに、彼がまだのことを 彼の知っているではないかと疑っているのが、嫌でも解ってしまう。 嫌だ、嫌だ、違う・・・・・・は、なにもわからない。わかりたくない。 カタカタと震えて出してしまったに気付いたのか その人は端整な顔を歪めて、とても済まなそうに俯いた。 「・・・申し訳ありません、貴女を疑っているわけではないのです。 ですが・・・貴女はあまりにも、私達の知る殿に似すぎている。」 その声が、本当に辛そうで、苦しそうで。 それほど自分とは違う“”という人を、大切にしていたのかと思う。 大切な人に会えない辛さを、それでも尚求める気持ちを、は知っている。 だから彼も、そんな思いをしているのかと思ったら、気付いたときには尋ねていた。 「・・・・・・そんなに、似ていた?」 それはとても小さな声だったけれど、彼の耳にはきちんと届いたようだった。 を見あげるその瞳は、綺麗な水のように澄んでいる。 「その・・・と、その人は・・・」 「・・・えぇ、とても。」 瞳を細めて笑うその仕草が、どれほど愛しいかをそのまま伝えているようで・・・悲しくなる。 あなたの求めるではなくて、ごめんなさい。 いくら謝っても、どうにもなることではなかったけれど、それでも謝らずにはいられなかった。 「・・・ごめんなさい・・・」 手を伸ばし、目線の高さにある銀色の髪に触れる。 そのまま艶やかな髪を撫でると、彼は一瞬、酷く驚いた顔をして、 けれどそれ以上、の手を振り払うでもなく、背を屈めたまま大人しくしていた。 「・・・お前なぁ、大の男にそりゃないだろ。」 やがて、呆気に取られた様子でそれを見ていた将臣が 自分のことは棚に上げ、堪えきれないとばかりにプッと吹き出したことで、は我に返った。 さっき、何気なく将臣にもしてしまったが・・・ もしかして、成人した男性にこういうことをするのは失礼なのだろうか?は慌てて手を引っ込めた。 「あ。・・・ご、ごめんなさ・・」 「―――――― ・・・お優しいのですね。」 「え?」 予想外の言葉に視線をあげれば、既に姿勢を正していたその人の紫の瞳が、をいっぱいに映していた。 スッと伸びてきた手に驚き、反射的に身を竦めたものの 彼の手は、の髪を優しく掠めただけだった。 ・・・そんな僅かな仕草の中に、平知盛との血の繋がりを感じる。 「貴女が謝罪する必要など、ないでしょうに。 私が取り乱してしまったのが、いけないのですから・・・」 少しだけ、彼は悲しそうにそう言って、けれどすぐやんわりとした・・・ そう。ちょうど弁慶のような、綺麗な笑顔を浮かべる。 自分の感情など、心の奥底に押しやってしまった笑顔を―――――― ・・・ 「お見苦しいところをお見せしてしまい、大変申し訳ありませんでした。 申し遅れましたが、私は平重衡と申します。」 “兄とは、似ていると良く言われるのです” そう、笑ったまま告げた彼の気持ちが、には良く解るような気がした。 全てがわかるなんて、そんな思い上がったことは言わない。 けれど自身も、幼い頃は良く望美と間違われていたから。 望美とにも、違うところはそれなりにあるというのに、 将臣や譲のような、極々親しい一部の人を除いて 人というのは等しく、器の形にいとも簡単に騙されていた。 誰も中身なんて見てくれていない、そのことに気が付いて ・・・それからだ。が望美と間違えられないよう、髪を伸ばさなくなったのは。 思わず別の言葉が口を付いて出そうになるのを、はどうにか呑み込んだ。 「は、。・・・、と言う。オミが、お世話になっています。」 「おいおい、お前がそれを言うか?」 ぺこりと頭を下げたに、苦笑を孕んだ声で将臣が言ったけれど、 真っ直ぐ前を見据えながら、の意思はもっと違うところに向けられていた。 今からこの人をしっかり己の中に刻み付けて、 せめて自分は、平知盛と見間違えることのないようにしよう、そんな決意を固める。 同類相憐れむと他人には笑われるかもしれないが、構わなかった。 「いえ、寧ろこちらがお世話になっているぐらいなのですよ。 ・・・ふふっ、しかし本当に、良く似ていらっしゃる。 私の知る殿も、良くああして私を撫でてくださったものです。」 身を隠していた将臣の背から、ひょっこりと出てきたに、 気を許したことを感じ取ったのか、嬉しそうに微笑みながら彼が言った。 ・・・あぁ、だからあのとき拒まなかったのだと、は今更ながらに気付かされる。 「・・・ですが、落ち着いて考えてみれば当然のことでしたね。」 ところが、優しく微笑んでいた筈の彼の表情に 僅かにまた、翳りが差して見えたような気がして、は首を傾げた。 「なに、が?」 「私の知っている殿は、私がまだ子供だった頃に、 ちょうど、今の貴女と同じくらいの年齢だったのですから・・・そのままの姿でいるわけがない。」 どう少なく見積もっても、彼等はよりも年上だろう。 なるほど、確かに彼が小さい頃、 今のとそう変わらない年齢であったのなら、その人が今も同じ姿でいる筈がない。 ――――――― ・・・自分達のように、時空でも跳ばない限りは。 「あー、もしかしてその、こいつじゃないのこと、知盛も知ってるのか?」 「ええ、知っておりますが・・・どうかなさいましたか?」 将臣の質問に、はハッとした。 ・・・そうだ、そう考えればすべて辻褄が合う。 炎の京で出逢った平知盛は、を知っていたわけではなくて もう1人ののことを言っていたのではないのか? 彼が会いたがっていたのも、彼を知っていたのも―――――― ・・・ ではない、全く別のという名前の人なのだ。 「・・・あ、少し訳が解らなくなってきた・・・」 「あ?どうかしたのか、。」 思わず呟いてしまった独り言を耳聡く拾われ、はふるふると頭を振るった。 違うだのなんだのと、ちょっとややこしい。 仕舞いには自分でも、自分のことなのか同じ名前の違う人のことなのか、解らなくなりそうだ。 けれど将臣は、の呟きには然程興味が湧かなかったらしい。 がそんなことを考えているとはこれぽっちも気付かずに、話に戻った。 「いやな、いっつも適当に寄ってくる女と遊んで、 最後には泣いても捨てるような奴が、ヤケにには執着してたからよ。」 さらりと告げられた将臣の一言が引っかかって、は顔をあげた。 多分、“何を言っているんだ”と思っているのが、ありありと表情に出ていたのだろう。 それを聞いて楽しげに頷いた彼が、こちらを見て少し笑ったような気がした。 「・・・あぁ、それは。殿は・・・私達の知る殿は、ですが、 彼女は兄上のお気に入りで、一時期姉上とまで呼んで慕っていたほどなのですよ。」 「・・・なるほど、そういうワケか。」 なるほど、ではないだろう。 出来るなら、はそうツッコミを入れたかった。 平知盛が気に入っていたのは、ではないのはずで・・・あぁ、ややこしい。 ともかく、自分ではない筈なのだ。それなのに、執着している・・・? 「・・・・・・重衡、余計なことを言うな。」 「それは申し訳ありません、兄上。」 困惑するを置き去りにして進む会話に口を挟んだのは、 あれからまた、何か気に喰わないことでもあったのか、庭をほぼ睨み付けるように眺めていた平知盛だった。 彼は悪びれた様子もなく、寧ろ楽しんでさえいるような声色で謝罪した弟に、 今度はそのターゲットを移したようだ、容赦なく、思い切り睨んでいる。 「はぁー・・・知盛が、ねぇ・・・?」 「・・・フン。」 将臣までもがにやにや笑っているのに気付いて、流石に分が悪いと感じたのだろうか。 平知盛は機嫌悪そうに鼻で荒く息をして、また庭を睨み始めた。 彼がそっぽを向いてしまうと、今度はその将臣の視線がに突き刺さる。 「・・・・・・なに、オミ。その、嫌な視線。」 「いや、なんでもない。気にするなよ。」 が心底嫌がっているのを悟ってか、 将臣はなんでもないと言いながら、ニヤニヤ笑いを引っ込めた。 さすが長年幼馴染をやっているだけのことはあって、が何を嫌がるのかは承知しているらしい。 1つ前の運命で、奇妙な出逢い方をしているせいで、 にとって平知盛は、初対面とは言い難い存在だ。 けれど平知盛という人間のことを、ほとんど何も知らないには 現状のどこをどう見ても、彼に好意的に見てもらえているとは思えない。 寧ろ睨まれたり、機嫌を悪くさせていることの方が多いような気がする。 たとえが、平知盛の知っていた“”に似ているとしても、だ。 別人だとわかった今、彼がを助けた理由は解るとしても、執着し続けるとは到底思えない。 それなのに、その他2名が納得してしまっているのは何故なのか・・・ 先程のように、明らかに視線を向けることは止めたけれども、どことなく楽しそうな雰囲気が拭えない将臣を見て、 は肩を落とすのと同時に、“はぁ・・・”と大きな溜息を零した。 |
|
戯言。 よくわからないうちに文字数を消費してしまいました。 似非重衡でごめんなさい、ファンの方にもの凄く平謝りしたい感じです。 さて、漸く主人公とは違う、もう1人のの存在が明らかになりました。 しっかしながら見え透いた展開ですねー(笑) ちなみに知盛が機嫌悪くなっているのは、にちゅーしようとしたのを邪魔されたからです。 将臣と重衡はそれに気付いているので、微笑ましく見守っています(笑) 気付いていないのは本人のみ、前途多難です。 あとはこの後、あっちゃん(敦盛です、敦盛)も登場する予定なんですが さてさて、どうなることやらー(お前がな) |
BACK MENU NEXT |
2005/10/30