伸ばした指先が、銀色の髪に触れる。
触れてみると、それは思ったよりも柔らかかった。



「ごめんなさい・・・には、これぐらいしか思いつかない。」



そう謝罪を付け加えて、それでもは知盛の髪を撫でた。
・・・彼の瞳の奥底に、見つけてしまったから。
本人は自覚していないだろう、それほどまでに馴染んでしまっている、なにかを諦めた色。



「こういうとき、どうすればいいのかわからない・・・
でも妹達はこうすると、泣いていても、泣き止んでくれたから。」



・・・瞳の奥に宿っている、それの正体に気付いてしまったからだろうか?
彼の紫色の瞳から、これぽっちも涙なんて溢れていないのに、それでも彼が、泣いているように見えるのは。


“また会えるさ”


妹や幼馴染の兄弟達と、さようならをしなくてはならなかったあのとき。
一緒にいたくてもいられなくて、苦しくて、会いたくて仕方なくて、泣いてばかりいたあの頃の自分。

恐らく別れたくなどなかったろうに、 自分ではない“”と、会えなくなってしまった知盛に、
当時の自分の姿を、重ねて見ているのかもしれない。

・・・だからこんなにも、彼の痛みがわかるような錯覚がしてしまうのだ。
そう思って、例え1歩でも心の中に踏み込ませてしまえば、
最初彼に感じていた筈の恐怖は、不思議なほど呆気なく、薄れて消えて行く。

いかにもプライドの高そうな彼に、こんなことをしては嫌がられるかもしれないとも思ったが、
意外なことに知盛は、の手を振り払おうとするその素振りさえ見せなかった。
抵抗がないのをいいことに、は何度も何度も、知盛を撫でる。

ここまでくると、もう彼を慰めているというよりも、自分を落ち着かせるためにやっているようなものだ。

いつもは蓋をして、奥のほうに閉まってある感情が。
望美や譲、八葉の皆と一緒に行動して、毎日が騒がしくて、楽しくて、もうずっと忘れかけていた感情が。
ほんのちょっぴり、開いてしまったその隙間から、
じわじわと這い出だすように滲み出てきて、の心を侵してゆく。



「貴方の探しているではなくて、ごめんなさい・・・
それから、さっきは叩いてごめんなさい・・・助けてくれて、ありがとう。」



そのまま数分間、はずっとそうして知盛を撫でていていて、
今まで言おうとしながらずっと言えなかった言葉を、やっと口にすることが出来たのだった。









未来に出
う過去の影 拾壱









の指が髪を梳き、毛先が頬を掠める。
柄にもなく笑い出したくなって、それを堪えるように知盛は瞳を閉じた。
瞳を閉じると、余計の指先の動きばかりに敏感になって
まるで、昔に戻ったような錯覚さえ引き起こす。

・・・最もあの頃は、自分とてこんな可愛げなくはなかったけれども。

存分にその感覚を堪能して、ゆっくり瞼を開くと
あのときと変わらず澄んだ緑色をしたの両瞳に、あのときとは違う知盛の姿が映っていた。

強い風が吹き込んで、それを受けたが、煩わしそうに外へ瞳を向けるまで
つい魅入っていたことにも気付かなかった知盛は、
その風で、まるで桜の花弁のようにふわりと舞い、靡いてきた彼女の髪を、数回指先に捲きつけ絡め取った。

ぴんと軽く髪を引かれて、再びこちらに意識を戻したの、
己の髪を撫でていた、白く、細い手首をもう片方の手でもって掴み、動きを縛する。

は突然の行動に驚いた表情をしていたが、その瞳に最初のような恐怖は見受けられない。
外れはしないかと、何度か腕を引いて確かめていたが、慌てて振り解く様子もなかった。

知盛がじっとを見つめれば、もじっと知盛を見つめ返す。
彼女が真っ直ぐ、自分だけを見返してくることに、知盛はまたも満足して、
自然緩もうとする口元を見られないように、・・・気付かれぬよう、の肩に口付けた。






○ ● ○ ● ○ ● ○ ● ○ ● ○ ● ○ ● ○ ●






少しずつ、冷たい冬の空気にすり替わっていく秋の風。
それが一際強く吹きつけてきて、髪が視界を遮ったものだから、
は思わず顔を顰めて、誰がやったわけでもないのに宙を睨んだ。

すると最近やっと慣れてきた、長い髪の先を引かれる感覚。
振り向けば、知盛の指にの髪が、ゆるりゆるりと巻き取られている。
それに気を取られていると、髪を絡めていないほうの手で、
未だ彼の頭に乗せたままだった右手を、しっかり掴まれた。

の手首など、掴んでもまだ余裕のある大きな掌。
髪と一緒で痛くはない、けれど引いても決して解放してくれない力強さで押さえ込む腕。
・・・なにか、気に障ることでもしただろうか?今更になって撫でるなと言う?
驚いて知盛を見上げると、彼は怒るどころか楽しげな表情をしていて、
不可解な知盛の言動に、の困惑はますます極まった・・・が、それも一瞬のこと。

知盛は明らかに口の端を吊り上げて笑い、それから腰を折ると、そっとの肩に凭れ掛かった。
最初は本当に頭を乗せているだけだったそれも、
ゆっくりゆっくり体重を掛けられて、それに耐え切れずの体が傾ぐ。
知盛の方がより、身長も体重も上回るのだから、当然といえば当然の結果だ。



「あ・・・わっ、わっ・・・!!」



眩暈を起こしたように、ぐらりと傾く体。視界は、あっという間に流されてゆく。
ずっと抵抗らしい抵抗も、拒絶らしい拒絶もしないでいて、
それどころか、どこか心地よさそうに瞳なんて細めるものだから、調子に乗って撫ですぎたのだろうか?

が意味を成さない言葉を紡ぐ、その合間にも、
知盛が肩に掛けてくる重みは段々と増して、はどんどん後方に押し倒される。
そうして一定の角度まで傾いてしまうと、人は自力で体を支えることすら出来なくなるようだ、
必死に2人分の体重を支えようとしていたの体は、途中でふっと力を失った。



「・・・うわっ!?」

!!」



こちらに向けて手を伸ばしている将臣の姿が、視界の端に見えたけれど間に合わない。
この時代、この世界の床は、どこもかしこも板敷きだ。
重力に逆らわず、この勢いで後頭部をぶつけたなら、さぞ痛いに違いない。
やがて訪れるその痛みを想像して、は固く瞳を瞑った・・・せめて、舌は噛みませんように。



「・・・・・・・・・・・・・・・・・あ、れ?」



・・・・・・が、想像以上に衝撃が少ない、否少なすぎる。
不審に思って恐る恐る、薄っすら瞳を開けてみると、
そこにはドアップもいいところの知盛の顔と、その背景に屋敷の天井があった。
天井が真正面に見えるということは、やはりは倒れたのだろう、それなのにどうして痛くない?
・・・すぐ目の前に晒された知盛の咽笛が、特有の笑い方で震える。



「クッ・・・兄上は、俺がみすみす頭を打たせるような男だとお思いか?」

「・・・・・・・・・・・・お前なぁ。」



を助けようとして手を伸ばし、奇妙な体勢のまま固まっていた将臣は、
視線だけを向けながら、人が悪く笑ってみせる知盛にぐったりして、その場に崩れ落ちた。
一方、未だ状況がいまいち掴めないは、瞳を白黒させて知盛を見る。

・・・状況を整理してみよう。

捕らえられていた片腕は、顔のすぐ右にある・・・未だ知盛に拘束されたままだ。
しかもは膝を折って座っていたので、
畳んだ洗濯物のように倒れており、どうにも自力では起き上がれそうにない。
そして倒れ込んだの上からは更に、知盛がを床に縫い付けるように圧し掛かっている。



「えっと・・・?」



唯一自由な左手を動かして、は後頭部の様子を探った。
いくら痛みが皆無に等しかったとしても、もしかしたらコブくらいは出来ているかもしれない。

・・・ところが、の後頭部にあったのは、たんこぶなどではなかった。
ゴツゴツとして筋張った、そしてなにやら生暖かいものが、の頭を守るように覆っていたのだ。
これのお陰で痛みがなかったのだと納得はいったもの、その正体がわからない。

それを不思議そうにペタペタ触るを見て、知盛がさもおかしそうに咽を鳴らした。
・・・を衝撃から守った“何か”が、頭の下でもごもごと動く。
ややあって、ころんと床に落とされたが見たのは、自分のものとは随分違う、1本の手。



「・・・余程この手が、お気に召したと見える。」



そう言った知盛が、の目の前に突き出しているのは、間違いなく彼の手だった。
彼がそんな優しさを持っているなんて驚きだったが、の手も一緒にくっついているから間違いはない。
試しに2・3度ふにふに揉んでみたが、確かに頭を守っていたのはこの感触だ。

知盛はニヤリと口の端で笑って、呆然と彼の掌を揉むを見下ろした。
たったそれだけの動作なのに、妙に小馬鹿にされているような気がしてならない。
未だ彼の手に触れていることに気が付いたは、半ば叩きつけるようにして知盛の手を離した。
眉間にぎゅっと皺を寄せ、不満も露わに睨みあげると、
知盛はますます楽しげに笑い、その大きな掌で、子供をあやすようにの前髪を掻き揚げる。



「そう、拗ねるなよ・・・」



いつの間にか右手は自由になっていた。
だがそれでも、知盛がの上から退く気配はない。
の耳に触れるか触れないかというくらい、顔のすぐ横に手を付いて、
次の反応を窺うように、を見下ろしている。



「・・・はぁ。」



は小さく溜息を吐いた。
こういう状況に陥ったこそ、普通の女の子は驚くものだと思うのに
今更ながら、すっかり耐性が出来上がってしまっている自分に気が付いたのだ。
押し倒されていると表現しても、可笑しいどころかしっくりくる体勢で
これほど接近を許しても、が落ち着いてしまっているのは、
間違いなく彼女を拾った熊野別当であるヒノエの、過剰なスキンシップの賜物である。



「拗ねてなんてない・・・もう、いいから起こして。」



こちらの反応を、逐一楽しんでいるような性格の悪さ。
男のくせに、妙な色香を漂わせて、女性に迫るこの遣り口。

・・・ある意味で、やっぱり知盛はヒノエと共通するところのある人種なのだろう。
そう思うと、どっと疲れに見舞われて、は力なく呟くのが精一杯だった。

知盛は、が体から力を抜いたのを見て取ると、
予想よりも反応が小さかったのがつまらなかったのか、きょとんと瞳を丸くして、
それから意外にあっさりと、けれど気だるそうにそれを了承した。



「・・・仕方がない、な。」

「自分で押し倒しといて仕方ねぇじゃないだろ、仕方ねぇじゃ。」

「将臣殿のおっしゃられる通りです。戯れが過ぎますよ、兄上は・・・全く、これだから私がいつもいつも・・」



完全に呆れ顔の将臣と、少々青筋の立っている実の弟に突っ込まれても、知盛はちっとも懲りた様子がない。
・・・もしかして、いつもこんな愉快な会話を交わしているのだろうか、平家というのは。

そんなことをつらつら考えていただったが、面倒臭そうに了承した筈の知盛が、
どうしてか、更にこちらへ接近してきていることに気が付いて、はっと我に返った。
これ以上逃げようもないのに、それでも幾許か身を引いたの首筋を、知盛の髪が掠めてゆく。
彼の体臭や、体付きまでわかりそうなほど密着した状態で、一体“コレ”は何をするつもりなのか。

・・・だが尋ねるまでもなく、次の瞬間には答えが出ていた。
知盛はの手を掴み、自分の首にしっかりとまわして、掴まらせてから、
床との背中の間に手を差し入れて、そのまま抱き上げたのである。

・・・が知盛に頼んだのは、起こして欲しいということであって
その点から言えば、彼はを抱き起こしたわけで、決して間違ってはいない。
しかし、普通起こしてと頼まれたら手を貸すのではないだろうか?
少なくとも、今日出会ったばかりの人間を転ばせてしまったとしても、こんな起こし方はしない。
それでもゆっくりと起き上がらせて貰いながら、は知盛に向けて言った。



「・・・せめて、予告してからにして欲しいのだけれど。」

「予告すれば、いつでも構わないのか・・・?」

「・・・・・・・・・・・・・そういう話でも、ないと思う。」



うんざりとした口調で言って、は知盛から離れようとした。
・・・悟ったのだ、この男をまともに理解しようとしても疲れるだけなのだと。
“コレ”はこういう男なのだと、それで納得するしかない。
あれだけ行動を共にしておきながら、にだって、
どうしてヒノエが“ああ”なのか、完全に理解することなどできやしないのだから。

ところが、いくら目の前にある体を押しても、一向に彼が離れてくれる気配はない。
見れば知盛の両腕が、今度はしっかりの腰に回されていて、
道理で、いくらが押そうが引こうが踏ん張ろうが、びくともしないわけだ。

必死になってもぞもぞと、知盛から離れようとしているに気付いていながら、
知盛はまたお得意の笑みでもってくつくつと笑って、
無駄だと言わんばかり、此れ見よがしに、の肩に顎を乗せた。


――――――――― ・・・いい加減、も少々疲れてきた。体力的にではなく、精神的に。



「このような結い方では、解いてくれと言わんばかりだな・・・」



“なにが?”投げやりにそう問いかけようとして、
けれど腰にまわった彼の手が、着物の帯紐を弄んでいることに気付く。
今解くといえば、十中八九これだろう。



「・・・・・・・誰も解いてなんて言っていない。」

「遠慮するなよ?」

「・・・遠慮もしていない。」

「クッ、強情な女だ・・・・・・少し、大人しくしていろ。」

「なにす・・・っ!?」



非難の声をあげようとしただったが、次の瞬間には強引に腰を引き寄せられていた。
さっき言ったばかりなのに、予告もなにもあったものではない。
・・・いや、敢えて良心的に捉えて予告があったとしたら、“大人しくしていろ”の部分だろうか?

まるで、レールの見えない且つ物凄く変速的なジェットコースターに、無理矢理乗らされている気分だ。
上がったり下がったり、ときには一回転したりと、心臓に悪いことだけはこの上ない。

それぐらい唐突に引き寄せられたものだから、は舌を噛むんじゃないかと思って、思わず口を閉じたが、
彼はその僅かな隙を見逃すことなく、の頭を自分の胸に押し付けて黙らせた。

何か言おうと口を開けば、酸素と一緒に知盛の服まで吸い込んでしまいそうで
はそれ以上、もごもご呻く以外なにも言えない。
なので仕方なく、知盛に抗議することは諦めて、もしなにかあったときは、将臣と銀に頼ることにした。

それにしても、これだけ体を密着させていると、嫌でも彼の香りが肺に入り込んでくる。
ただそれだけのことなのに、侵食されてゆくような気分になるのは、相手が知盛だからだろうか?
理由も無くこれはまずいと感じて、は眉を顰めた。



「あっ、こら知盛!!」



将臣の叫び声に続いて、シュルシュルと紐を解く音が聞こえる。
流石のも、これには内心少々焦ったが、
ゆるゆると蝶々結びにした帯紐を、結び直しているのだと理解するのに、然程時間はかからなかった。

ぎゅっぎゅっと、女のには到底真似できない力でウエストを絞められ、
奇妙な悲鳴をあげそうになるのを、懸命に堪える。



「・・・っ!」



肺を押し潰さんとする勢いのそれに、は思わず知盛の肩にしがみついて呻いた。
・・・もしかしたら知盛は、苦しむを見て面白がっているのかもしれない。
そんな予測を裏付けるように、知盛がまた咽元で笑った気がした。



「・・・・・・これでいい。」

「・・・ど、どうも。」



・・・こんな苦しさ、間違えて1つサイズの小さい服を試着してしまって、必死に脱いだとき以来だ。
が息も絶え絶えに、一応の礼を言うと、知盛はにんまりと笑う。
その笑みになにか良くないものを感じ取って、ギクリとしたの耳に、知盛はそっと口を近付け・・・



「どう、いたしまして・・・」



耳に唇が触れるか触れないかところで・・・絶対にこれは、意識的だろう。
そう、に思わせる仕草で、わざとらしく耳に息を吹きかけながら宣った。
低い声に鼓膜が震え、その振動がそのまま背中に伝わる・・・
と思っていたら、どうやらそれだけではなかったようだ。

実際、知盛の左手はの髪を弄びながら、項から耳の裏にかけてを、丹念に撫であげているし、
右手は背筋をつつっとなぞって下方に落ち、腰の辺りを妖しく彷徨っている。
唇は熱っぽい吐息を吹きかけた後も肩口に留まり、鎖骨のあたりに埋まっていた。

・・・一体この男は何を考えているのだろう?
女なら誰でもいいのか?いやそれよりも、これはセクハラで訴えてもよいだろうか?



「お前・・・っ、どさくさに紛れて撫で回すな!お触り禁止だ!」



それを見た将臣が、どすどすと足を踏み鳴らしながらこちらまで歩いてきた。
バシッ!と乾いた音がして、それまで磁石のように腰に吸い付いていた知盛の手が、漸く離れる。
それでもの髪を、梳いては絡め、梳いては絡め取っていた指は、
逃がさないとばかりに、まだしつこく蠢いて、の髪に触れていたが。
それすらも、1本1本将臣によって引き剥がされた知盛は、不満気に兄と呼ぶ人物を睨みあげた。



「・・・・・・全く、兄上は過保護で困る。
に触るのに、いちいち幼馴染殿の許可がいるわけでもあるまい?」



その言葉に奇妙な感覚を覚えたのは、知盛がの名を呼び捨てたからだろう。
親しい人の名を紡ぐように、さらりと口から滑り出た自分の名に、何故かは身を硬くした。
知盛に開き直られた将臣は、一瞬間の抜けた顔をしてから、
思い切り外側に向けて跳ねている髪の毛を、頭ごとぶんぶん振り乱して、知盛の言葉を否定する。



「いーや、いる!いるぞ、俺の許可!!なにしろ俺はこいつのお袋さんに、
“将臣ちゃんがついてれば変な虫が寄り付かなくて安心だわ〜”・・・ってこいつのこと頼まれてんだよッ!!
それなのにお前みたいな危険人物に手出しされて堪るかッ!!俺の面目丸潰れだろ!?」



器用にと望美の母の声真似をする将臣を見て、は思わず口を開けた。
そして次には、自分の知らないところで取り交わされていた約束に、瞳を丸くする。



「オミ、母さんといつの間にそんな話になっていたの!?」

「高校入学んときだ!!」



確かにの母親は、“お隣の有川さん家の将臣ちゃん”を子供の頃から妙に気に入っていた。
特に達が中学に入るぐらいからの信用度は絶大で、
望美と2人では禁止されていた、真夏の夜の土手での花火も、
有川兄弟付きならOKだったし、夜の外出も基本的にどこに行くにも、将臣がいれば許して貰えた。
随分将臣を信用しているのだなとは思ってはいたが、
まさかそんなことまで頼んでいたとは・・・あまりのことに、は両手で顔を覆って項垂れた。



「・・・お前の面目など、俺の知ったことではないな。」



しかしそんな将臣の言葉も、知盛には全くと言っていいほど効果がない。
知盛は懲りずに、脱力したの肩を、またもや抱き寄せた。

再び将臣が喚く声が聞こえ・・・多分、知盛の行動を諌めているのだろう、今度は銀の声も聞こえた。
も内心抵抗しなければと思うのだが、はっきり言ってもう疲れきっていた。

今更ながらに、今日は遠泳をしてここに流れ着いたのだったと思い出す。
知盛の腕から逃げ出すことを諦めて、そのまま大人しくしていると、
の態度を不思議に思ったのか、知盛はその長い指での髪を掬って耳に掛け、
露になったそこへ、吐息と共に甘い声で言葉を吹き込んだ。



「・・・どうした?」

「・・・・・・もう、疲れた。」



はぁ、と深い溜息を吐いて、目の前にあった肩に寄りかかると
知盛は“そうか・・・”とだけ呟いて、予想外もいいところに、の背中を優しく擦った。

・・・・・・もう、本当にわけがわからない。
彼はが、自分の知っている“”ないことぐらい、とっくに理解しているだろうに・・・

ますます平知盛という男がわからなくなって、彼の腕に抱えられたまま、また考えることが1つ増えたと
がぐったりしていると、ゴン!と何かが床に落ちる音が聴こえた。



「・・・え?」



きょろきょろと辺りを見回すが、音の根源らしきものは見つからない。
けれどすぐに、背後からゴロゴロという音が迫ってきて、音をたてた原因は背後にあったのだと気が付いた。
やがてなにか硬いものが、コツンとの足の爪先に当たって動きを止める。



「・・・・・・どうやら、客人が来ていたようだな。」



の背後に瞳を向けた知盛は、そういいながらも見せ付けるように、の首筋に顔を埋める。
はそれを、大きな子供か猫がじゃれていると思うことにして、爪先に視線を落とした。



「これ・・・」



爪先に触れていたのは、にも見覚えのある笛だった。
詳しくはないのでよくわからないが、とても銘のある笛なのだと、聞いたことがある。
そう話してくれた、この笛の持ち主であろう人物のことを思い出しながら
は身動ぎする度揺れる円筒形状のそれを手にとって、顔をあげた。

これだけが動いても、未だに知盛が解放してくれないので、
ほぼ彼の膝の上に乗り掛かっている状態だったが、それでもどうにか振り返る。
音に気付いてひょっこり顔を覗かせた将臣も、と同じように廊下を見た。



「・・・敦盛!」 「・・・あっちゃん!」



そこには、と知盛のやり取りを、特等席で見せ付けられてしまったのだろう。
可哀想なことに耳まで真っ赤になって、すっかり固まってしまっている、敦盛の姿があったのだった。













戯言。


ますますもって混迷を極めてきました、未来に出逢う過去の幻影11話をお送りします。
今回半ば無理矢理に、敦盛を登場させました。
え、あっちゃんの笛って業物(違)じゃないんですかね・・・?しっかしいつから見てたんだろう。

きっと敦盛は、平家の中で1番純情で、純朴で、そういうことに免疫がないと思う。
重衡は表面上いい人のフリしてるけど、やることはしっかりやってる、間違いない(何をだ)
知盛とか重衡とか、危ない血縁の傍で必死になって敦盛を純粋培養している経正を思うと微笑ましいですね(笑)

さて、すっかりにべたべたしてるうちの知盛ですが、こんな彼でも世間的には許されるでしょうか・・・??(怯)
いやですね、もう何度も書いてますが、設定が設定なのでに甘えるんですうちのチモ。
もし読んで、石を投げたくなった方がいても、こっそり毒づく程度にして頂けると嬉しいな、ハハ(乾いた笑い)





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2005/11/19