雨が・・・雨が、降っている。 しかし果たして、雨とは地面に赤く溜まるものだったろうか? 「・・・へへっ、これで残りは坊主だけだなぁ?」 そう言って、見窄らしい身形をした男は、茶けた歯を見せ卑しく笑った。 図体だけはいいその男が、無駄に踏ん反り返って見下ろす先には、銀色の髪をした少年がいる。 少年の足元には、最後の最後まで少年を庇い息絶えて逝った、1人の男の遺体があった。 見ればその男以外にも、少年の周りには血塗れになって、 ・・・或いは、酷い者は四肢を切断されて殺害された遺体が数体、転がっている。 彼等は皆、少年の護衛だった者達だ。 現在少年を追い詰めている、一目見て山賊か何かの類とわかる男達の、 突然の襲撃によって殺されてしまった。 そしてたった今、少年の足元に崩れ落ちた男が、最後の護衛だった。 臣下とは言え、顔見知りの人間が目の前で殺されて、恐怖や悲しみを感じない筈はない。 けれど状況は、少年にそんな暇さえ与えてはくれなかった。 護衛の人間が全員殺された今、少年は追い詰められていた。 周囲は男の仲間に囲まれ、背後は少年の腰まわりよりも太さのある、 大きな木が道を塞いでいる・・・逃げ場は、ない。 この大雨では、彼の小さな悲鳴など簡単に掻き消されてしまうだろう。 男が肩に引っ掛けている得物は、ろくに手入れもされていなそうな刀だった。 ところどころ刃毀れしているので、切れ味は最低だろう。 既に只の肉塊と成り果てた、かつて自分の護衛であった男を見下ろし、 あれで斬られたのなら、かなり痛かっただろうなと少年は思った。 こんなことなら、自分も刀を持っていれば良かった。そうすれば、もう少しは抵抗できた筈である。 だが少年は、まだ元服も済ませていない年齢の子供。 家を出る時、それなりの数の護衛は付けて貰えたが、刀は持たせて貰えなかった。 護衛の誰かの物だったのだろう刀も、拾ってはみたが、 少年が振り回すには、如何せん重過ぎるし長過ぎる。 これでは少年が刀を振り回しているのか、少年が振り回されているのかわからない。 「・・・悪く思うなよ?」 微塵も心を痛めた様子のない声でそう言って、男がボロボロの刀を振り上げた。 悪く思うに決まってるだろ、少年は内心毒づくものの、 このままでは生き残る術がないことも、彼は重々承知していた。 自分に“死”を与えようとする刃から逃れようと、無意識のうちに一歩退がれば、 とん、と背中が木の幹にあたって、葉に溜まっていた雨雫が背筋目掛けて落ちて来た。 びくりと震えると、その様子を見ていた男達は、風音のような奇妙な笑い声を漏らす。 「恨むなら、お前の親父さんを恨むんだな・・ッ!」 「―――――― ・・・ッッ!!」 少年が、覚悟を決めて強く瞳を瞑ったとき。 閉じた瞼の向こうで、曇りの筈の空が物凄い量の光を発した。 雨が誘う泡沫の時空 弐 「ぐっ・・・!!」 突然浮遊感が消え、体に圧し掛かる重力が戻る。 過重に耐えられずに、その場に崩れ落ちるように膝を付いた。 存在を確かめるように握り締めた手は、泥を掴む。 雨の音がヤケに近くに聴こえると思ったが、どうやらは屋外に放り出されたらしい。 それにしてもどれだけ強い雨なのか、視界は薄っすらと霧掛かっている。 「・・・おい。」 雨音だけしか聞こえないと思ったのに、意外と近くから人の声がして、は驚いて顔をあげた。 服装はいかにも粗末で、髪も手入れという手入れはされていないように見える。 無法地帯に住むならず者か、元々はどこかに使えていた武士の、成れの果てか・・・。 「この女、今どこから現れたか見たか?」 「さぁな・・・」 「俺には突然現れたように見えたが・・・怨霊か?化け物か?」 「ばーか、こんな綺麗な顔した化け物がいるかよ。」 「それに・・・ほら、足が付いてるぜ。」 そう言って男達の1人が、刀身の納まっていない鞘の先で、スカートの裾を引っ掛ける。 ふとその鞘の先に、まだ乾き切っていない紅い液体がこべりついているのが目に留まった。 見れば男達の向こうには、地面にうつ伏せに倒れたまま動かない人。 ・・・まだ血色のよい肌の色をしていて、地面に血の紅い水溜りを作っている。 「へへっ、別にこれだったら俺は化け物でも構わないね。」 「・・・違いねぇ。」 「これなら文句なしに良い値が付くだろうし・・・その前に、俺たちが楽しませてもらうのも悪かねぇな。」 虫唾の走りそうな笑い声に顔をあげ、男を見ると、 そこにはの予想に違わずニヤニヤと、品性の欠片もない笑みを浮かべた顔があった。 “いいかい?。” ここにいない筈の、ヒノエの声が聴こえた。 “お前は優しい子だ。他人の痛みを感じ取れるのは、とてもいいことだよ。 ・・・でもね、この世界でそれは死に直結しかねない。” あぁこれはまだ、がこの世界に来て間もない頃のことだ。 真剣を手渡され、誇らしく思うと共に戸惑いを隠せないに、優しく髪を撫でながら彼・・・ヒノエが言った言葉。 “だから、少なくとも戦場にいるときだけは、自分の感情を殺すんだ。 後でならいくら泣いても、後悔してもいい・・・そういうときはオレの所においで。 ・・・お前が泣き止むまで、ずっと傍にいてやるよ。” でも・・・でもね、ヒノエ。はそうして、あの人を殺してしまったよ? に、昔お世話になった大切な人の、面影を重ねていたあの人を。 “迷わずに、確実に相手を倒すことだけを考えろ。 ・・・お前が生き残るために。お前が生き残ることだけを、考えるんだ。” ・・・けれど、知っている。そうやってヒノエが、いつも心配してくれていたこと。 だから、は――――――――― “―――――― ・・・お前が、生き残ることだけを。” はヒノエに、なんて返した? “・・・うん。” 己に言い聞かせるように、そして切実な願いを込めてそう言ったヒノエに、なんて? “わかった、ヒノエ。” そうだ、は―――――― ・・・ “は、が生き残ることを考えるよ。” ・・・・・ここでが死んでしまったら、ヒノエが悲しむ。 気が付けば、は男達に四方を取り囲まれていた。 彼等はが諦めたと思っているのか、それとも抵抗する術などないと思っているのか・・・ だとしたら、余程目が節穴なのだろう。脇に差した二対の刀が見えないのだから。 男達は自分の勝利を確信した、油断しきった醜い笑みを浮かべ、 まるで獲物を嬲ることを楽しみにしているように、じわりじわりとこちらに近付いてくる。 やがてゆっくりと、に手が伸ばされ・・・ だがヒノエの言葉を思い返したが、行動を起こす方がずっと早かった。 ザシュッ!!! もうすっかり手に馴染んだ愛刀を抜き放ち、素早く一閃させた。 が刀を滑らせるのに少し遅れて、思い出したように風が吹く。 「ぐああぁぁっ!!!」 惨めな悲鳴を挙げて、男が仰向けに倒れた。 頸動脈を一薙ぎ・・・それほど深くもないが、決して浅くない傷だ。 今はこの大雨だし、放っておいても勝手に絶命するだろう。 「この女・・・!!」 思ったより早く反応して抜かれた刀・・・いや、既に抜き身だったのだろう。 斬った男の仲間の刃を、はひらりと後方に跳んで避けた。 着地した足元に膨らみを感じ・・・自分の真後ろに大きな木があることに気付く。 それを背にして、は2本の短刀を構えた。 「・・・死ぬわけにはいかない。」 すぅっと深く息を吸って、腹の底から吐き出した。 吐いた息は白み、やがて空気中に掻き消える・・・の良心と同じように。 「―――― ・・・だから、ごめんなさい。」 が生き残るために、死んでください。 |
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戯言。 はい、冒頭に出てきた銀髪の少年、名前は出てなくても誰だか丸わかりですね!!(爽) 本当はこの話、最初の部分はなかったのですが、 あったほうが色々わかり易いだろうということで、急遽付け足しました。 ・・・といいますか、ありがちなネタですみません(汗) 今後この少年が、ぼこすか登場(どんな)しますので、無理だと思われた方はすぐに離脱をオススメします。 もう、イメージぶち壊しは覚悟の上なので。えぇそりゃもう。 |
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2006/02/11