彼の者の名は Drei あれから、どれくらいの時間が経ったのだろう? ここには陽も差し込まないし、時計もないから、珠紀に刻を知る術はない。 珠紀が唯一感じられるのは、目の前にいる男のことだけだ。 初めのうち感じていた、切り裂かれるような痛みも、もう今はない。 ――――――――― 珠紀は、気付いてしまったのだ。 最初は恐ろしくて、嫌で嫌で堪らなかったこの男が、時折見せる感情らしきものに。 目の前の男はいつも無表情で、まるで感情なんて持ち合わせていないかのような声を出すのに、 稀に、泣き叫ぶ珠紀の髪をそっと撫でるその仕草が、まるでこちらを労わるようだったり、 ふとしたときに見せる瞳が、とてもとても優しかったりする。 そんな彼の、小さな変化をいくつも見つけていくうちに、 珠紀はいつしか、この男が嫌ではなくなっていた。 もしかしたらそれは、自分の心を護るための作用だったのかもしれなくて、 第三者の目から見れば、変化があったのはツヴァイではなく、 珠紀が壊れていっただけかもしれなかったけれど、そんなことはどうだって良かった。 だって今珠紀の世界には、暗闇とこの男しかないのだ。 そうして幾度となく体を繋げてゆくうちに、 珠紀の中に眠る玉依姫としての能力が、あることを感じ取り始める。 彼は中に、2人いる――――――――― 視覚も聴覚も、五感の全てをこの男に傾けたからこそ、わかったことなのかもしれない。 ツヴァイという男の中には、2つの鬩ぎあう意思があって、 珠紀が優しいと感じるのは、いつも決まって同じ片方なのだ。 それは強い意思に、いつも押さえ付けられていて。 その束縛が緩んだときにのみ解放され、感情がないと思われたツヴァイに、人間らしい表情が浮かぶ。 それに気付いてしまったら、珠紀は逃げられなかった。 彼も、救いを。助けを求めているのかもしれない。だから彼を、ツヴァイを受け入れてしまった。 時間の感覚もなくなるこの場所で、珠紀を抱き続ける男。 彼は珠紀に救いを求めているのかもしれなくて、気付いて欲しいのかもしれなかった。 珠紀は、知っている。自分自身を、自分の存在を認めてもらえないことが、どれほど悲しいことなのかを。 だから珠紀は、男を感じることに集中する。 この貪るような行為の中に、彼の男の存在を探す。 それは時折浮かんでは消え、浮かんでは消えることを繰り返し、 けれどその度に、もう1つの気配に喰い潰されてゆく。 珠紀は、男の傍にいるのが嫌ではなくなっていた。 寧ろ、自らの意思で彼の傍に居たいとさえ思った。彼が、誰なのかを知りたかった。 ・・・ただ、この男に抱かれているといつも。 珠紀は悲しい宿命に縛られた仲間達のことを思い出し、 あの優しく、いつも命を掛けて自分を護ってくれていた彼等を裏切っているのだという、罪悪感に苛まれた。 ―――――――――― ・・・哀しい。 珠紀の心は、その単語で埋め尽くされた。 どれだけ肉体が快楽を得ても、いつも心は泣いていた。 自分を抱くこの男が誰なのかわからない。 そんなことばかり考えている自分は、その瞬間確かに守護者のみんなを裏切っていて、 躯の熱を通して伝わってくる、ツヴァイの中から微かに感じる声、苦しみ、悲しみ・・・それらが全て、哀しかった。 「・・・何を嘆いている、シビル。」 頭上からそんな声が降ってきて、珠紀はふと顔をあげた。 汗ばんだ肌に、中途半端にしか用を成していない服が張り付いて、気持ち悪い。 けれど男は、行為の最中だというのに一粒の汗すら掻いた様子はなく、 その胸板に顔を埋めても、匂いさえしないようだった。 ――――――――― まるで、人形のように。 ・・・そんな印象を抱かせる男は、未だ互いに繋がったままだというのに息一つ乱さず、 普段と変わらぬ酷く抑制の効いた声で、静かにそう問いかける。 見上げた紅い瞳の奥には、珠紀の探している優しさが揺らいでいるような気がした。 ―――――――――― ・・・また、会えたね。 珠紀は心の中でそっと呟き、それからなんでもないと言おうとして、 けれど躯を突き抜ける甘い疼きに、知らず吐息を漏らした。 目の前の男は、とても涼しげな顔で珠紀を見ていて、それが少し悔しい。 ほんの少しでいい、“彼”も自分を感じていてくれればいいのに。 ――――――― そのとき。珠紀の腕を掴むツヴァイの力が、少し増したような気がした。 その力強さに、珠紀はハッと我に返る。 珠紀は確かにツヴァイを見ていたはずなのに、意識はどこか遠いところへ行っていたのか、 気付けば彼は不満そうに、眉間に皺を寄せて珠紀を見ていた。 まるで、自分を見ていないことが。 余所事を考えていることが、気に喰わないとでも言うように。 『助けてくれ、俺を置いて行くな・・・』 「・・・そんな顔、しないで。」 『―――――――――― ・・・どうか、この声に気付いて。』 だから珠紀は、そう言って微笑む。 絶対に、あなたを置いて行ったりはしないから。 珠紀は、眼帯に覆われて今は見えない、けれど右目と同じように、 真っ赤な色をしている筈の彼の左目に口付けを落とし、 それから拘束されていないほうの手で、優しくツヴァイの髪を梳いた。 そっと彼の頭を抱き寄せ、その肩口に鼻先を押しつける。 ・・・さっきとは違って、ほんの少しだけ彼の匂いがしたような気がした。 すると不意に、ツヴァイの手がたどたどしくも、珠紀の髪を梳き始める。 珠紀はそれに、何故か泣きそうになった。 ・・・大丈夫。ちゃんと彼はそこにいて、珠紀の存在を感じてくれている。 「――――――――― ねぇ、ツヴァイ。」 どうか、どうか教えてください。 「・・・なんだ?」 たった1つ、それだけでいいのです。 「―――――――― ・・・あなたは、誰なの?」 |
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戯言 彼の者の名は、第3話をお送りしました。 こちらは第2話の、珠紀視点とでもいいますか、そんな感じです。 ソウルイーターとしての彼は、珠紀の魂だけを求めていて、 でも僅かに残るそうでない彼は、自分に気付いてくれそうな、珠紀という存在自身を求めている。 珠紀はきちんとソウルイーターの奥に眠る彼の存在に気付いていて、 本来ならば敵である筈なのに、助けたいと思ってしまった。 ・・・きっと、そんな話のような気がしています(他人事かよ) あんまり暗いのも、救いがないのもなんですし(基本はハッピーエンド書きです) 次の4話はがらっと雰囲気が変わって、こんなんじゃなくなります。 ソウルイーターではないもう1人のツヴァイが誰だかわかって、無事異能を取り除けた後のお話になります。 ・・・どうやってそこまでに至ったかの経緯には、目を瞑ってくださると幸いですv(コラ) |
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2006/08/15