まだ陽がうっすらとしか射していない早朝。 1匹のレヴァティーンが、レルムの村上空を舞っていた。 クルクルと旋回するレヴァティーンは、明らかに何らかの意思を持って、そこに留まっている。 「・・・どうなってやがんだよ・・・。」 その背の上で呆然と呟いた言葉は、吹き付ける風に掻き消えた。 けれどそれは、彼のすぐ後ろにいる人物に届くには十分で。 「どうなってって・・・それはが聞きたいけどね。」 まだ完全に消えていない火が所々で燻っている、黒い大地を見下ろして ・・・もバノッサと同じように、愕然として呟く。 「・・・ひとまず、降りるぞ。」 「あぁ・・・」 バノッサの声に頷いて、は下降するにあたって起こる風圧に備え 目の前にあった紅い、彼のマントを握りしめた。 なんとなくではあるが、がレヴァティーンを召喚した理由に見当が付き始める。 ・・・あくまで予想、ではある。だが、それが真実である確率は、限りなく高い。 ―――――――――― ・・・。お前は無事なのか・・・? 届かないことは承知しているけれど。 は内心問いかけずにはいられなかった。 〓 第10話 惨劇の傷痕 前編 〓 地に、足を着く。 ぱき、と何かを踏みしめる感触がした。 「いかにも何かありました。・・・って感じ?」 「・・・みてぇだな。」 困ったように肩を竦めるに 地面に突き刺さったまま焼き焦げている槍を見つけて、バノッサが頷く。 辺りを見回して見ると槍以外にも、矢や剣の形をしたものまであった。 ―――――――――――― ・・・中には、それ以外の“モノ”も混じっていたが。 ・・・それに、敢えて触れることはしない。 「結構酷かったみたいだな。・・・妙な気配が漂ってる。」 「あぁ。」 「――――――――――― ・・・仕方ない。こういうのはカイナの分野だけど 達でやるしかないか・・・。」 お祓いや、死者の魂を鎮めるといった特殊な浄化の儀式は、本来カイナの管轄だ。 けれど、彼女はいないのだから、自分達がやるしかない。 そう呟いて、が一歩踏み出したとき・・・ 「うおぉぉぉぉッッ!!」 突然聞こえてきた雄叫びに、は驚いて顔を上げた。 「―――――――――― ・・・なんだッ!?」 「お前はすっこんでろッ!!」 それが何かを認識する前に後ろから首根っこを掴まれて、勢い良く引っ張られる。 半ば放り投げられるようにして、は後方に飛んだ。 どうにか空中で体勢を整えることに成功して、乾燥した砂っぽい大地にザッ!と手をつく。 「・・・バノッサッ!!」 彼の名を呼ぶ。 ・・・見ると、バノッサは斧を振り翳した大柄なお爺さんと対峙していて・・・ その姿は、獰猛なはぐれ召喚獣を相手に勇猛果敢に突っ込んで行くエドスを髣髴とさせた。 「・・・・・・この馬鹿野郎ッ!!じゃなかったら顔面着陸してるとこだぞ!!」 それは着陸なのか。 「うるっせぇッ!!お前、自分がどういう状況だったか解って言ってんのか?!」 俺様が助けてやったんだぞ?! ギリギリと、お互いの武器を交差させて押し合いを続けながら バノッサはそれでも。場違いなの発言に、更に場違いな返答を返した。 ・・・チッ!このジジィ、結構やるじゃねぇか!! そう声には出さずに悪態を吐いて、軽く舌打ちをする。 バノッサの様子に気付いたのか、なかなか決着のつかない勝負に、が眉を潜めた。 ・・・いつもなら、剣を交えた瞬間勝敗が決まるのに。 それからガサガサと、腰に付けた鞄の中身を漁りだし 一度はサプレスのサモナイト石を掴んだが 何を思い直したのか、ふるふると首を振って。次にシルターンのサモナイト石を振り翳した。 「久しぶりに頼むよ!来いッ!!オニマル!!」 「―――――――――― ・・・ゲッ?!」 が一体何をしようとしているのか。 バノッサがそれに気がついた時には、もう全てが手遅れだった。 バリバリバリーーン!!! ・・・朝日が差し込む中。 ごく一部。局地的に、雷雲が立ち込めていた・・・。 「・・・これで良しっと。」 リプシーとローレライのサモナイト石をしまいながら、が満足そうに呟いた。 もまさか、こうも早々にハヤトに貰ったローレライが役立つとは思っていなかっただろう。 ひとまずオニマルのマヒ攻撃で、2人の動きを止めることに成功したは (2人ともあまり耐性がない模様) 突然襲い掛かってきたお爺さんに話をつけ 村外れにあった為壊れずに済んだのだという、お爺さんの家にお邪魔しているところだ。 「―――――――――― ・・・良し、・・・じゃねェだろうがッ!!! テメェ!!俺様まで巻き込みやがってッ!!!」 それに喰いかかったのは勿論、の召喚術に巻き込まれたバノッサ。 「だって、仕方ないだろ?じいさんだけマヒさせても、お前すぐ止まりそうになかったし・・・。 だったら両方にかけるしかないだろ、やっぱり。」 あっけらかんと言うを見て、バノッサはまた青筋を立てた。 「あぁ?!んだとこの貧乳!!」 バンバンバン!! 「・・・どうやら余程死に急ぎたいらしいな バノッサ・・・!!」 もう1度逝ってみるかッ!? 台詞よりも早いの発砲。 の銃弾によって開けられた穴からは、ふしゅーと細い煙があがっている。 ・・・・それを見て、アグラ爺さんはそっと冷汗を掻き。慌てて2人を止めに入った。 「・・・いや、問答無用で切り掛かったワシが悪いんじゃよ・・・悪かったな、嬢ちゃん。」 けれどその一言にさえ、バノッサは一瞬瞳を丸くした後 ニヤリと性質の悪そうな笑みを浮かべた。 「・・・・・・良くコイツが女だってわかったな、ジジイ。」 「黙れ、色白露出狂。(睨)」 バチバチバチ・・・!! すぐにまた睨み合いを始めるバノッサと。 2人の衝突を回避しようと、アグラ爺さんは必死に話題を探した。(哀れだ) 「と、ところで!!・・・お前さん達は聖女を目当てにこの村まで来たのか?(焦)」 うわー、関心を逸らしたいのが見え見えな話の振りですね。 命には代えられんわい。 「――――――――――― ・・・聖女?」 ・・・その言葉に、は不思議そうに眉を潜め、けれども興味を示したようだった。 バノッサも同じように訝しげに眉を潜めながら、話に耳を傾けている。 「・・・なんじゃ、違うのか。」 アグラ爺さんが意外そうにそう言うと はさっきとは打って変わって、真剣な眼差しを向けた。 「――――――― ・・・じいさん。ココで何があったのか・・・話してくれるよな?」 の雰囲気の変化に、多少圧倒されながらも。 アグラ爺さんは自分の頭の中の整理も含めて、ゆっくりと ・・・昨晩、この村に起こった惨劇を語り始めた・・・。 「・・・じゃあ。その聖女だっていう子を狙って、この村は襲撃されたってことか?」 再確認するようなの声に、アグラ爺さんは無言で頷いた。 「・・・胡散くせぇ。おい、本当に聖女なんているのかよ?」 信じ難い、と行儀悪くテーブルに肘を付いて、バノッサが呟く。 「・・・それはそうだけど。この惨状を見て、このじいさんが嘘吐いてるとは思えないだろ? ・・・っていうか、嘘吐いたってなんの得もないし。そもそも、物的証拠が多過ぎだっての。」 「・・・そりゃ・・・そうだけどな。」 「まぁ、この際聖女の力が本物かどうかはさておいて。 それを奪う為にこの村が襲われたことは違いないね。」 が、窓の外にある山積みになった様々なモノの残骸を見つめて、そう断言した。 同じくその山を眺めて、アグラ爺さんがポツリと呟く。 「―――――――― ・・・無事でいるといいんじゃが。」 「・・・・・・じいさんの・・・家族かなんか?」 その声色に、愛しさを見出して。 それに、この家の広さからいって、とても1人で住んでいたとは思えなかったから。 ・・・は口調を柔らかいものに変えると、そっと尋ねた。 「あぁ。ワシには孫が3人おったんじゃ。」 「・・・ジジイの孫は、上手く村を逃げ出したのかよ?」 「ギリギリのところで、たまたまこの村に滞在していた冒険者の若者たちに託す事が出来てな。 他の2人の孫は、逃げる途中で逸れてしまったが・・・3人とも、無事逃げ切れておるといいんだがな。」 「・・・そっか。無事、逃げ切れてることを願うよ。」 苦笑いの表情でが言うと、アグラ爺さんはそれに少しだけ微笑む。 「・・・それで。お前さん達は聖女以外の何の用で、こんな辺境の村まで来たんじゃ?」 「・・・友人をね、探しに来たんだ。」 「友人?」 「・・・そう。あ、そうだじいさん!その、昨日の夜! 達が乗ってきたのと同じ、銀色の竜を見なかったか?!」 が身を乗り出すと、アグラ爺さんは少し考える仕草をして・・・ それからおぉ、と声を上げた。 「じいさん、見たのッ?!」 「・・・あぁ。恐らくあれは、お前さん達の乗ってきた竜と同じ竜じゃろう。」 「―――――――――― ・・・そっか。じゃあ、本当にここにいたんだな・・・。」 そんな事件に巻き込まれてしまったことは確かに不安だけれど ・・・さっぱり消息が掴めていないよりは、ずっと良い筈で。 ならきっと、無事切り抜けている。 そう信じることにしてほっと息を吐くの表情は、少しだけ嬉しそうだった。 それを見て、バノッサの口元にも微笑が浮かぶ・・・・・・が。 自分が笑っていることに気が付いたバノッサは に気付かれる前に慌ててそれを消し去った。 “お前、今ほっとしてただろ? なんだかんだ言って、お前ものこと可愛がってるからな” ・・・彼女に見られれば、そんな風にからかわれるのは目に見えているのだから。 そこにほっとしたんじゃねーよ。いい加減気づけ、この鈍感。 1人シュミレーションをして、悪態を吐く。 けれど、それにが気付いた様子はなかった。 「・・・だがよ。それだけ冒険者やらなんやらがいたんじゃ、手がかりはナシだな。 あのガキかどうかなんて、わかりゃしねぇ。」 「・・・だね。」 途端、面倒臭そうに息を吐いたは。腕を組んで、首を傾げる。 「んー・・・、ここはゼラムを中心に、この周辺を捜索するのが妥当な線かな?」 「・・・・・・だろうな。」 お互いの顔を見合わせて立ち上がる2人に、アグラ爺さんが声をかけた。 「・・・もう行くのか?」 「・・・出来るだけ、早く見つけてやりたいんだ。」 「そうか・・・。」 「―――――――――― ・・・でも。・・・その前に、村人の埋葬が先だね。」 そう言って振り返ったは 驚いて彼女を見上げるアグラ爺さんに、ニッと人が悪く笑って見せた。 死者の埋葬は、大人3人とが喚んだ召喚獣達が頑張っても、きっかり日没までかかった。 いや。本来アグラ爺さん1人なら、丸1日以上かかる作業だったろうが。 それは、誰だか判別がつかないからという理由だけで無しに 侵略者も村人も。死者という死者全員を、1人1人丁寧に弔っていたからで。 特には、侵略者の隣では村人が安らかに眠れないだろう だなんて珍しく殊勝なこと(酷)を言ったりして、妙に熱心だった。 ・・・作業を始めたばかりの頃 グロテスクな光景を前に平然と、遺体の確認作業を進めるを見て アグラ爺さんはとても驚いていた。 どうやら冒険者らしいとはいえ、バノッサはまだしも は、こういう場面は得意でないだろうと思っていたらしい。 それに、“言い出しっぺがそれじゃ、示しつかないじゃん?”とは笑って見せる。 ・・・そもそも、普通の冒険者程度だったら 気分を悪くする奴も多いんじゃないかと言うくらい、残虐な光景だ。 それを一見普通の女の子(←!?)が、取り乱すことも 怯える事もなく行動しているのだから、驚いて当然といえば当然なのかもしれない。 けれど、説明に困ったように。 が乾いた笑みを、多少引きつりながら浮かべると アグラ爺さんはそれ以上、そのことについて追求することはなかった。 は内心、それに感謝する。 最初は死体を見ただけで、食べ物も喉を通らないくらい嘔吐を繰り返していた自分が どうしてこんなにも平常でいられるようになってしまったのか・・・ あまり、明確には思い出したくなかったから。 そして・・・なかなか侮れないじいさんだ、とも胸中思う。 ・・・常人ならばこんな場所に1人でいるのは、耐えられるワケがない。 気が可笑しくなって、狂い死ぬのがオチだ。 どうにか作業を終えた頃。切り株に腰掛けて、グビグビと水を飲み干している ・・・まるで、とび職の兄ちゃんのような(笑)バノッサを一瞥し は呆れ顔で溜息を吐くと、アグラ爺さんに問いかけた。 「・・・じいさん。この辺に川ってある?」 するとアグラ爺さんは額の汗を拭いながら、ある方向に指を差す。 「あっちじゃ。少し歩けばすぐ川に出るぞ。」 「ん、解った。・・・よーし、皆今日はお疲れ様! 川で汚れ落として、綺麗にしたら還してやるからな!」 方向を確認したがそう叫ぶと、テテやプニム、ポワソといった。 所謂ユニット召喚獣達は、嬉々とした様子でピョコピョコと飛び跳ねた。 「そっかそっか!・・・よーーし、それじゃあ川へ向けて出発進行!!」 落ちていた手頃な木の枝を拾い上げると、はそれで進行方向を指し。 の声に呼応して、召喚獣達は一斉に行進を始める。 「・・・んじゃ、ちょっくら川まで行って来るから!!」 木の枝を振り上げて告げるに、バノッサは面倒臭そうに 「・・・あぁ。」 とだけ言って、返事を返した。 段々と小さくなるの姿を見送っていたアグラ爺さんが、ポツリと呟く。 「・・・不思議な雰囲気の嬢ちゃんじゃな。まるで召喚獣達と言葉が通じておるようじゃ。」 ―――――――――――― ・・・実際通じてんだよ、アイツは。 そう言いたくなる衝動を、必死に堪えて。 バノッサはそうだな、と当たり障りのない相槌を返した。 「―――――――――― ・・・あれは、案外良い母親になるぞ。」 しみじみと、そして何処か微笑ましそうに言うアグラ爺さん。 ・・・あの馬鹿がか? などとがリプレのように振舞っているところを想像し 首を捻っていたバノッサは、向けられた好奇の視線に気付きもせず。 ポン、と硬い手を乗せられて初めて、アグラ爺さんがすぐ傍まで来ていた事に気が付いた。 「・・・服装の割りに、なかなか目の付け所は良いんじゃのぅ。」 ニヤリ。 「ーーーー・・・は?!(焦)」 “目の付け所は良い” その一言で頭が真っ白になってしまったバノッサには アグラ爺さんの吐いた何気ない暴言なんか、耳に届いていなかった。 あんぐりと口を開けて自分を見るバノッサに、アグラ爺さんは意外そうに呟いた。 「・・・なんじゃ。お前さん達、恋人同士というわけではないのか?」 「なんでこの俺様が!あんな男女と、んな仲になんなきゃならねェんだよッ?!」 (↑動揺しまくりの23歳。) ガーーッ!!と物凄い勢いで捲し立てるバノッサを見て、アグラ爺さんはふっと笑みを漏らす。 「――――――― ッッ!!何笑ってやがんだ、このくそジジイ・・・!!」 「・・・いやすまん。アンタがあんまりにも、孫に似ていたのでな。・・・つい笑ってしもうた。」 それは触覚赤のことですか、お爺さん。 不安と温かさの入り混じったその表情に 喚きたてていたバノッサも気を削がれて、そのまま黙って切り株に座りなおした。 実の孫にくそジジイ呼ばわりされるってのはどうなんだよ。 悔しいので、内心そうツッコミをいれながら。 「・・・じゃが、お前さんは惚れとるんじゃろう?」 またこのジジイはそこに話を戻すかッ!? 「・・・・・・るせぇ、黙ってろ。」 発覚。アグラ爺さん恋バナ好き。(爆) 答えるまでの微妙な沈黙が、それを肯定している。 そう、自分でも解ってしまっているから ニヤニヤとしてこちらを見るアグラ爺さんに、舌打ちをして バノッサは居心地悪そうに視線を逸らした。 ・・・けれど、以前の自分なら。 こうして、こんな爺さんと正面から話すことなど、しようとさえ思わなかっただろう。 己の力を誇示する為に、叩き潰し 周囲に恐怖を印象付ける為の道具としてしか、年寄りなんて見ていなかった。 ――――――――― ・・・それを、変えたのは。 ・・・ふと顔をあげると、さっきまで夕焼けだった空は 暗闇の占める面積の方が勝って、辺りはうっすらと暗くなり始めていた。 こういう時間帯に色々思い出してしまうと・・・・・・人間と言うのは、つい感傷的になるものだ。 きっとも。今、この空を見上げてるんじゃないか・・・そんな気がして。 どういう風の吹き回しか、バノッサはそっと声を吐き出した。 ばしゃん。 小さな音を立てて、透き通った川の水が飛沫を上げる。 自分達の住んでいた世界では・・・こんなに、川の水は澄んでいなくて。 なんとなく川の流れに足を浸すと、シンとした水の冷たさが沁みた。 ついさっき、召喚獣達は皆送還し終えたところだ。 静かな、水の流れる音と微かな葉擦れの音だけが響いている。 ―――――――――― ・・・昨日。 ここで起きた惨劇など、まるで嘘のような静けさ。 所々に残る痕跡は、立ち籠める空気は ・・・・・・それが事実だと、明確に告げているのに。 あまりの水の冷たさに、思わず顔を顰めて水面を見ると 赤から紺に変わりつつある、空の色がそこには映し出されていた。 はその色にハッとして、空を見上げる。 そしてそのまま。上着のポケットに手を突っ込んで、中から携帯電話を引きずり出した。 プルルルル・・・ 勿論、電話の相手は・・・ 『―――――――――――― ・・・やぁ。そっちはどうだい、?』 1回目のコールで相手が電話に出たことに、は少なからず驚く。 「・・・随分早いですね、会長。」 言いながらも、の口元には微笑が浮かんでいた。 『うん。今、丁度空を眺めていてね。』 「・・・空、ですか。」 『そう、空だよ。その色を見ていたら、から電話がきそうな気がしてね。待ち構えていたんだ。』 電話越しに、クスクスと彼が苦笑しているのが解った。 「――――――――――― ・・・奇遇ですね、会長。」 その言葉は、案にトウヤの予想通りだと告げているようなもの。 『だろう?なら・・・と思ってね。予想が当たって良かったよ。 ・・・それで、探しは順調かい?』 「・・・はい・・・一応、が召喚術を使った現場には辿り着いたんですけど・・・」 『――――――――――― ・・・どうしたんだい?』 その先を口にするのを躊躇うかのようなの態度に、トウヤが訝しげな声を出した。 きっと今の彼は。あの綺麗な黒い瞳を、スッと細めたのだろうな、とは思った。 「・・・が召喚術を使った場所は、廃墟と化した村でした。 生き残った村人によると、どこかの軍隊らしき集団に襲われたそうです。 なんでも、噂になっていた“どんな傷でも癒す聖女”を狙って。」 『・・・聖女・・・』 「は・・・魔力の痕跡だけを残して消えていました。 でも遺体の中には紛れていませんでしたし、きっと・・・」 『・・・うん。はきっと生きているよ、。 大丈夫、僕が保証してあげる。』 「――――――――――― ・・・はい。」 少し間があって、が答えた。 ――――――――― ・・・それが、口先だけの。 何の信憑性のない言葉だと言うことは、もトウヤも承知している。 けれどそれでも。はトウヤの言葉が欲しいのだ。 ・・・あまり夕暮れに良い思い出がないからか それとも人間は黄昏時の空を見ると感傷的になるのだろうか・・・? ・・・どちらなのかは、解らないけれど。 は綺麗な夕焼けに染まった空を見ると、突如不安になる時がある。 そんなときには、決まってトウヤの声が聞きたくなるのだ。・・・ずっと前から、いつも。 「・・・明日、この村を発ちます。 明日からは、ゼラム街から村の周囲にかけての範囲を捜索するつもりです。」 『そうか、わかっ・・・』 『あ、トウヤ!もしかしてその電話、!?』 突然、トウヤの声に被さって 小さい子供の高音な声が、向こうから聞こえてきた。 ―――――――――――― ・・・フィズだ。 『・・・そうだよ、フィズ。』 『じゃあ、たくさんお菓子買ってきてくれないと 黙って出かけて行ったこと、許してあげないんだから!って良ーく言っておいてね!』 『・・・うん、解った。』 フィズらしい言葉。向こうに声が漏れないように、はこっそりと苦笑する。 『――――――――――― ・・・だそうだけど、聞こえたかい?。』 「はい。ばっちり聞こえましたよ・・・フィズらしいな。」 『だね。・・・あれでも結構寂しがっているんだから 帰ってくるときには何か持ってこないと、本当に拗ねてしまうかもしれないよ?』 「わかってますよ。ちゃんと、お土産買って帰りますってば。」 『うん。』 「・・・じゃあ会長。バノッサも待たせてるんで、そろそろ戻りますね。」 『わかった――――――― ・・・そうだ、。』 「はい?なんですか?会長もお土産のリクエストありました?」 『あ、それも良いね。・・・でもそうじゃなくて、無茶はしないように言っておこうと思ったんだ。 を探し出すのも確かに重要なことだけど・・・ くれぐれも、油断してはいけないよ?その村を襲った連中が気になる。 自分の力を過信し過ぎた油断ほど、注意すべきものはないからね。』 「了解です、会長。」 『・・・良く覚えておくんだよ、。僕達にとって1番のお土産になるのは も、もバノッサも。全員が無事に帰ってくることなんだからね。』 「――――――――――― ・・・うん。良く覚えとく、トウヤ・・・」 『そう言ってくれると、少しは安心かな。じゃあ、また明日ね。』 「・・・おやすみなさい、トウヤ。」 最後にそう囁いて、電話を切った。 トウヤの声に、は自分の心が落ち着いたことを悟ると 慣れた感触のサモナイト石に、両手を触れた。 カッ!と眩い光が溢れ出て、目の前に2つのシルエットが現れる。 「・・・さま、どうかなさいましたか?」 「・・・そんな大したことじゃないんだけどさ・・・2人に、会いたくなったから。」 少しだけ言い出し辛そうに告げるに、召喚された2人――――――― ・・・ 天使のフェスと悪魔のエストは、ふっと表情を緩めた。 「フェス、エスト―――――――― ・・・バノッサのとこまで 飛んでを運んでくれない?今無性に、3人で空が見たいんだ。」 「――――――――――― ・・・御意。」 「仰せのままに、さま。」 微笑んで頷いたフェスが、を抱え上げる頃には の足は、ほとんど感覚がないくらいに冷え切ってしまっていたけれど・・・。 たくさん息を吸って、呼吸を整えてから バノッサは決してアグラ爺さんと視線を合わせないように、仰け反って空を見上げた。 傾いた重心。それを支える為に手を後ろに付いても余裕があるくらい、切り株は大きかった。 切られる前は、かなりの齢を重ねた大木だったのだろう。 「―――――――― ・・・アイツは特別なんだよ。」 冷たい風が色素の薄い髪をざぁっと揺らし、頬を撫でる。 その感触が心地良くて・・・鋭い刃物のようだなんて思った。 実際こうして言葉にしてみると、そう思ってはいてもその重みはまた違う。 「・・・そこいらにいる女とはワケが違う。いくら他の女より手間のかかるヤツでも 俺が今ここにいる為に、必要不可欠な人間で。アイツ以外じゃその穴は埋められねぇ。」 アイツについて行ける男も、俺についてこれる女も。 ――――――――― ・・・そうそう他にいやしない。 それぐらいには、お互いに吊り合っている自信がある。 “1年前のあの事件”を乗り越えたからこそ、解ってやれるアイツの事も・・・・・・多分あるハズで。 愛だの恋だの、そんな言葉だけじゃ軽すぎる。 「・・・んな簡単なもんじゃねェんだよ。俺達の間に“在るモノ”は。」 そう言葉を吐き出す、バノッサの瞳が真剣そのものだったから。 ・・・・・・それ以上、アグラ爺さんもバノッサを茶化しはしなかった。 ただ、優しい瞳で彼を見つめる。 その瞳は。何かとバノッサの姿を、重ね合わせているようにも見えた。 「――――――――― ・・・そうか。 ・・・さて、と。それじゃあワシは井戸に行って、水でも汲んでくるとしようかのぅ。」 「あぁ?・・・水なんか汲んで来てどうすんだよ、ジジイ?」 「嬢ちゃんも女の子じゃ。・・・流石にあのままでは、気分も悪いじゃろうて。 風呂でも沸かしてやろうと思ってな。」 まだまだ女心が解っておらんのぅ・・・? そうとでも言いたげに、バノッサに意味深な視線を送るアグラ爺さんは 暗い雰囲気を吹き飛ばそうとしているのか、どことなく楽しそうな表情だ。 仕方ねぇだろ!今まで女なんざ 溜まったもんを吐き出す捌け口でしかなかったんだからよッ!! バノッサは髪の毛を掻き毟り、そう罵ってしまいたいのを必死に堪えながら どうにかその視線に耐え、冷静さを保つ。 「〜〜ッ!!・・・・・・・・・おいジジイ、薪はあるのか?」 「おお、薪ならたくさんあるぞ。」 「・・・なら、井戸に行くよりもアイツ待ってた方が早いぜ。 ―――――――――――――― ・・・もう、戻って来るしな。」 バノッサがそう言うのが早いか、バサバサと羽音が聞こえてきた。 ――――――――――― ・・・しかも、かなり大きな・・・ 鳥でもないその羽音を不思議に思ったアグラ爺さんは バノッサが視線をやった方向に、同じように目を向ける。 するとそこには。翼の生えたものに抱えられて、こちらに飛んでくるの姿。 アグラ爺さんは一瞬。人間とは異なる外見の・・・その、どちらかと言えば片方に。 ・・・過去の苦い出来事を思い出して、思わず身を固くする。 けれど隣にいるバノッサが、それを見ても微動だにしないことと の表情から怯えや不安が見えないことで、そっと体から力を抜いた。 ・・・まだ、油断はしないままに。 「おーーい!!」 呑気な顔で手を振るをその腕に抱え込んで。地上に降り立ったのは、1人の天使。 ――――――――― ・・・そしてその横には、天使に不釣合いな悪魔が1人付き添っていた。 壊れ物を扱うようにそっと、丁寧に。 天使の腕から降ろされたは、バノッサに促されて初めて アグラ爺さんが2人の姿を見て驚いていることに気付いたらしい。 「・・・あ。悪い、驚かせたね、じいさん。 を抱えて飛んで来たのがフェスで、こっちがエストだよ。 2人ともサプレスの天使と悪魔で・・・って、それは見れば解るか。ともかく、友達なんだ。 ・・・まぁ解りやすく言うなら、護衛獣・・・が一番妥当なところかなぁ?」 細かいことを言えば、2人とは正式に護衛獣の誓約を交わしてはいないのだが 戦闘時の援護から、様々なことの相談相手。 そしての世話を焼く・・・等々。やっていることはほぼ、護衛獣と変わりがない。 寧ろそれ以上のことをしてくれていると、は思っているが。 「お初にお目にかかります。 私はフェストルス、と申します。・・・フェスとお呼びください。」 「―――――――――― ・・・エストリルと申します。以後、お見知りおきを。」 手を胸にあて、恭しく礼をする天使と悪魔は その姿のように、声もとても対照的で。 ――――――――――― ・・・あのときのアクマとは、全然様子が違う・・・。 あのときは、暗闇からこちらを見据える瞳が まるで血に餓えた獣のように、不気味な光を放っていて・・・・・・ アグラ爺さんは多少圧倒されながらも、あぁ・・・と頷いた。 「・・・ワシはアグラバインじゃ。皆には、アグラ爺さんと呼ばれておった。」 「――――――――― ・・・では、アグラ爺さん様とお呼びすればよろしいでしょうか?」 真顔でそう問い返す、目の前の悪魔。 その様子に、思わず呆気に取られたアグラ爺さんは、ポカンと大口を開けてエストを見つめる。 そんなアグラ爺さんに気付いたフェスが、慌てて口を挟んだ。 「エストリル!お前はどうしてそう頭が固いんだ!? アグラバイン殿が驚いておられるではないか!!」 フェスにそう言われ、それからアグラ爺さんをもう1度、まじまじと見たエストは 真剣な表情を崩すことなく。すぐに、さっきと同じように頭を垂れた。 「・・・申し訳ございません。人間界の風俗には未だ慣れず・・・」 「そういう問題ではないだろう、エストリル・・・(呆)」 真面目にボケる悪魔と、それにツッコミを入れる天使。 2人の外見と態度に度肝を抜かれて、ポカンと見入っていたアグラ爺さんだったが ハッと我にかえると、堪えきれず大声で笑い出した。 「わっはっは!!・・・随分と楽しそうな旅の供じゃな。」 お腹を押さえて言うアグラ爺さんに、は表情を緩め、満面の笑みで答える。 エストの姿を見て体を硬直させたアグラ爺さんに は気が付いていたから、それでも笑ってくれたことにほっとする。 ・・・負の感情に敏感な悪魔であるエストは、否が応でもそれに気付いていた筈だから。 「だろ?2人が一緒だと、飽きないよ。」 「・・・マスター、何か間違ったことを口にしたのでしょうか?」 「ん?いいんだよ、エスト。エストのお陰で、場の雰囲気が和んだんだから。 別に間違ってないし、大丈夫だよ。」 「さまッ!さまもそうやってエストリルを甘やかさないでください!!」 「・・・あーーー、でもこの場合は アグラバインっていうじいさんの名前に様付けするのが正解かな、うん。」 「・・・・・・承知。」 フェスに怒鳴られて、渋々付け足したの言葉にも エストは表情を変えることなく頷いて見せた。 お説教モードに入ったフェスからが視線を逸らすと 2人を紹介している間もじっとこちらを見ていたバノッサと、瞳が合ってしまう。 反射的に内心ギクリとして、それが表に出てしまっていないか。慌てて確かめた。 眉を顰めて怪訝そうにを見る。まるで宝石のように綺麗な、深い真紅の瞳は トウヤとはまた違った感じだが、たまに全て見透かされていそうな気がして怖くなる。 ――――――――――――― ・・・だから。 今はちょっとだけ、瞳を合わせたくなかった。 なんだかんだ言いながらも彼には ここぞと言うところで、負けてばかりのような気がするから。 ――――――――― ・・・例えば。自分が守護者になることを勝手に決めた、あのときのように。 けれど、合ってしまったものはどうしようもない。 は出来るだけ。いつもと変わらないように気を付けて、バノッサを見返した。 「・・・で?なんでいきなりそいつら喚び出してんだよ?」 ほら、きた。 ・・・妙なところで勘が鋭いヤツだと思う。 バノッサはどうしてか、が1人で溜息を吐いていると怒る。 いわく、『見えないところでしょげられるほうが気分が悪い』・・・なんだそうだ。 にはいまいち、それが解らない。 1人のほうが周囲も気遣わなくて済むだろうし、気を張る必要がないんじゃないだろうか? ・・・でも、なんだかそれでハヤトにも怒られたしな・・・(汗) (↑結構効いたらしい。) そもそも自分の性格からして 素直にそんなことを口に出来るような性格じゃないことは、皆解り切っているだろうに・・・。 「あぁ。ちょっと、辺りでも散策しながら帰ってこようと思ってさ。 フェスに飛んで貰った方が、色々見えるかなーーと。」 がそう告げると、バノッサは一瞬眉間に寄せた皺を更に深くしてを凝視し。 ・・・けれど渋々といった態度で、不満そうに言葉を続けた。 「・・・・・・・・・・・・そうかよ、まぁいいけどな。 それより、ジジイが風呂を沸かすんだと。お前、ローレライ持ってただろうが。」 「あ、そういうこと。了解了解。・・・で?じいさん、風呂場は?」 「あ、あぁ・・・?こっちじゃよ。」 自分達にだけ通じている会話で、テンポ良く話を進めて行くとバノッサ。 おじいさんは2人が何をするつもりなのか さっぱり見当が付かないまま、彼等を浴室へと案内していった。 |
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戯言。 早く進めたいのが見え見えですね、ええ。最初1話だったものに、修正を施して施して。 仕舞いには前後2話になってしまいました、いつものパターンです(笑) 良く解らない文章ですが第10話、前編をやっとこさお届けしました! ・・・・・・いやぁ、本当に間が空きましたよ!! 今回は、前回がだったのでのターン(ターン制なのか)です。 が太陽ならばは月なので、そんな感じで決めてみました。(何が) トウヤさんへの依存加減とか、頑張り屋さんのバノッサさんとか。 トウヤさんとの会話では、いかにもなんかあるよこの子ッ!ってのを目指しました(爆) あとは、も最初から思うように戦えたわけじゃないんだよ、とか。 そういうのをチラホラと辺りに散りばめましたが、ほんの少しでも皆様に伝わっていれば幸いです。うん。 ・・・ひとまず解り辛いと思うので話の解説に入りますと アグラ爺さんとは、実は早いとこ会っちゃったんだよー・・・という 今後のつじつま合せの為の、非常に都合の良い設定です。(笑) そしてエストとフェスが本編に初お目見えということで、そんなシーン(どんなだ) もし、短編を読んでくださっている方がいらっしゃいましたら 2人がどんなキャラなのか、なんとなく解って貰えてるといいなー・・・と思っております。 この2人は後半も、ちょこっとばかり活躍致しますので! ・・・前後一遍にUP出来てると良いなぁ・・・無理っぽいけど。(願望) |
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