イオスが任務の際に連れ帰ったという少女のことは
その日の内に、黒の旅団中に知れ渡ることとなった。

なんと言っても、それは食事内容が変わったことに原因がある。
全員、あの食事には相当頭を痛めていたようで
おいしい食事を用意してくれる、“一応捕虜”の少女がいることは瞬く間に広がった。

という人間を更に深く印象付けたのは、目を瞠るその強さ。
外見からは想像出来ない身のこなしと、圧倒的な強さ、そして武器を扱うセンス。
それは大きなギャップを伴って、の名を浸透させる結果になった。

・・・・・・そんなわけで今、黒の旅団で大注目を浴びている
けれど本人は至って気にせずマイペースに、今朝も今朝とて朝食の後片付けなんかをしていた。




!」


「あれ、イオス。何かあたしに用?朝ご飯、足りなかったとか?
それとも昼食作るの手伝ってくれるの?」


「え?でも僕は皮むきくらいしか・・・・・っていや、そうじゃなくて、だ。」


「なんだ、違うの?・・・残念。」


「・・・まぁいい、ルヴァイド様がお呼びだ。
片づけが終わったらでいい、僕と一緒に来てくれ。」


「ルヴァイド様が、あたしを?」


「あぁ。ゼルフィルドも、一緒に連れてくるようにと言われた。」


「・・・なんだろ?」


「用件までは、僕も聞いていないよ。集まってから話をなさるんだろうしね。」


「そう・・・じゃあ急ぐ!急ぐからイオスも手伝って!」


「・・・結局そうなるのか(汗)」


「だって、後は洗った食器を拭いてしまうだけだし。イオスでも十分手伝えるでしょ?」


―――――――――― ・・・解ったよ、手伝う。」




不本意そうに言いながら、けれど。
決して本当に嫌そうな顔はせずに、の手伝いをするイオス特務隊長の姿は
昨日の夕食の時から数えて、2回目になる光景だった。



















〓 第11話 記憶の残像 〓


















―――――――― ・・・レイム。貴様、何を考えている・・・?」


「嫌ですねぇ。本国の顧問召喚師である私を疑うのですか?」




昼間だと言うのに薄暗いテントの中で。
不敵な笑みを浮かべているレイムと厳しい表情のルヴァイドは、じっとお互いに睨み合う。


――――――――― ・・・それは牽制。


ルヴァイドが軽い殺気すら滲ませているのに対し
レイムがその笑みを崩すことはなく
――――――――― ・・・


不気味な程、綺麗に微笑んだまま。


ルヴァイドが、ギリッと奥歯を噛み締める。その様子を見て、レイムは楽しそうに口を歪めていたが
3つの気配がテントに近づいてきたことを察知すると、一瞬だけ真剣な表情を覗かせて、口早に告げた。




「・・・まぁ良いでしょう。それでは、確かに伝えましたよ・・・?」




確認するようにそれだけを言うと、振り返ることもなく
レイムはサッとテントから出て行った。
その身のこなしは、顧問召喚師なんかをしているにしてはあまりにも優雅過ぎて・・・
なんだか、人間離れしているような気さえする。

レイムの後姿を見送ったルヴァイドが、どうしたものかと溜息を吐いていると
聞き慣れた声が、テントの布地1枚隔てた向こうから聞こえてきた。




「ルヴァイド様、イオスです。ゼルフィルドとを連れて参りました。」


「・・・入れ、イオス。」




呟いて、このことをどう伝えようかと、ルヴァイドは頭を抱えた・・・。













――――――――― ・・・それでは、ゼラムへをッ!?」


「・・・あぁ。そういうことになる。」




瞳を閉じたルヴァイドが眉間に皺を寄せて言い、イオスは苛立たしそうに唇を噛んだ。
国の顧問召喚師が押し付けてきた要求は、とてもじゃないが
はいそうですか・・・なんて、納得出来る代物ではなくて。




「えっと・・・つまり、あたしがイオス達と一緒に、ゼラムって町へ行けばいいんですよね?」


ッ!?それがどういうことになるか、解って言っているのかッ!?」




黒の旅団の帰属する、旧王国デグレア。
デグレア国内における、政治等全ての最高決定権は、元老院に委ねられている。
・・・その元老院の代理人である顧問召喚師は
捕虜として捕まえたに、聖女が逃げ込んだとされるゼラムへ行くことを要求してきたのだ。

それはつまり、聖女捕獲に協力しろと言っているようなもの。
いくら記憶を失っているとは言え、元の仲間達と交戦する可能性のある作戦に参加しろと言うのだ・・・。

怒り狂って叫ぶイオスに、はそっと微笑みかける。




「・・・うん。解ってるよ、イオス。・・・でも、あたしがそうしないと
ルヴァイド様が上の人達・・・その、顧問召喚師とかって人に怒られちゃうんでしょ?
―――――――――― ・・・あたしそんなの、嫌だもの。」


「・・・・・・ぁ。」


「でも、ありがとう。そう言ってくれて、あたし嬉しいよ。」




苦笑して言うを見て、イオスは自分の中の熱がひいていくのを感じた。
・・・が、自分やルヴァイドの立場を考えて、そう言ってくれているのだと解ったから。
自分1人が、駄々を捏ねている子供のように喚くわけにはいかない。




――――――――― ・・・。」


「はい、なんですか?ルヴァイド様。」


「・・・・・・すまない。」




は一瞬瞳を丸くした後、彼ににっこりと笑顔を返した。




「いいえ。ルヴァイド様があたしにしてくれたことを考えればこんなの、なんてことないですよ。」


「・・・すまない。そう言って貰えると、こちらも少しは気が楽になる。」


「・・・ルヴァイド様、それで出発は何時頃に?」


「出来るなら直ぐにでも向かって欲しい。
だが、出撃の準備を蔑ろにするわけにもいくまい。・・・イオス、ゼルフィルド。」


「はっ!」


――――――――――――― ・・・の援護を頼む。」


「・・・心得マシタ、我ガ将ヨ。」


「はい、承知しています。」


「それから、。」


「はい。」


「・・・いいか、決して無理はするな。」


「・・・はい、ルヴァイド様。」




自分を気遣ってくれるルヴァイド達の言葉に、優しく髪を撫でてくれる大きな手に。

・・・細波立っていた心が、段々と落ち着きを取り戻してゆくのを感じる。
ルヴァイドに軽く一礼すると、イオスに続いてテントを後にした。

薄暗いテントの中から一転して、瞳が痛いくらいの光。
緩和する物が間にない太陽の光はとても眩しくて、は思わず瞳を細めた。






。・・・お前も任務に同行し、ゼラムへ赴くように、と。
――――――――――― ・・・上から指令が下った。』






そうルヴァイドに聞かされてから
の中で、けたたましい音で警鐘が鳴り始めた。

カチリ、と時刻の合わさったタイマーのように、突如鳴り出したそれ。

あたしの中の“何か”が発するその警鐘は、鳴り止む気配はなく

・・・寧ろ、時間が経つにつれ強く、強く・・・

良くない事が起こると告げているようで、不安が消えない。

自分の知らない所で、得体の知れないモノが動いている。

・・・それを確かに感じ取れるのに、それはまるで空気のように

視界に捉える事が出来ず、掴み所がない。



目が覚めたとき、傍にはゼルフィルドがいて
そのときには既に、頭の中のメモリーはからっぽだった。

―――――――――― ・・・真っ白、BLANK。

どれが1番的確に、それを形容する言葉だったろう。
だから記憶喪失なんだと言われても、いまいちピンとこない。

イオスから敵同士だと聞かされたときは、覚えも無いのに一瞬身構えたものだけど
かといって、あのときのあたしには、彼等しか縋れる人はいなかった。

彼等に身を任せようと決心したそのときすら
・・・警鐘は、鳴っていなかったのに。






―――――――――― ・・・だから今更、イオス達に対する警告・・・
ということはないと思うんだけど。






あたしの知らない、あたしの中にあるその“何か”は
一体、何に気を付けろというのだろう?

ゼラムって街へ行くこと?

記憶を失くす前仲間だった、聖女の一行に会うこと?



それとも
――――――――― ・・・



・・・きっと。この任務に参加しない方が、あたしにとっては得策なのだろう。
そう、わけのわからない確証がある。

でもあたしが行かなければ、ルヴァイド様達に迷惑がかかってしまう。
・・・それだけは、どうしても嫌だった。






―――――――――― ・・・大丈夫、あたしなら大丈夫。






呪文のように言い聞かせてから、少し先を歩くイオスに小走りで追いついた。
凛々しい表情で前方を見据える彼は、もう完全に軍人の顔。
それは、自分の知らないイオスのようなのに・・・



―――――――――― ・・・彼のあんな表情を、見た事がある気がする・・・



どうしてかそう思いながらそれを口には出さず、はイオスに問いかけた。




「・・・ねぇ、イオス。ゼラムって、どんなところ?」




え?と振り返るイオスは、もう、も良く知っているイオスで・・・
その様子に、はなんとなくほっとしてしまう。




「そうだな・・・。聖王国の首都だけあって、賑やかな所だよ。
は、行ったことはないのか?」


「・・・わからないってば。」


「あ、そうか・・・。」




何度目かになる、似たような答えをが返すと
イオスは少し考える素振りを見せた。




「・・・なら、少しだけ街を見てまわろうか?」


――――――――― ・・・でも、そんなことしていいの?大事な任務なんでしょう?」




が問い返すと、イオスはふっと表情を緩める。
太陽の光が、イオスの綺麗な金色の髪にキラキラと反射していて・・・






あぁ、イオスってやっぱり綺麗なんだな・・・






改めて、そう思った。




「本当は今回の任務がなくても、そのうち君をゼラムに連れて行く筈だったんだ。
・・・ルヴァイド様は、君の記憶が戻ることをお望みだったから・・・手掛かりを探しにね。
まさか、任務に参加させるなんて形で連れて行くことになるとは、思ってなかったけど。」


「・・・そっか、うん。じゃあ、ちょっとだけ見たい。」


「あぁ、わかった。」


「ゼルフィルドも一緒に!!・・・って、流石にそれは無理・・・かも(汗)」




パッと横を向き、大きなゼルフィルドの機体を見上げるが
イオスと2人ならまだしも、ゼルフィルドを連れて街中を歩けば
人々の注目を集めてしまうことは必然。

街に逃げ込んだ聖女をどうこうしよう、などと画策している立場としては
それはいただけないことではないだろうか?

けれど、途中まで口に出してしまっただけに気分が悪かった。
それ以上に、どうせ街を見てまわるなら、ゼルフィルドも一緒の方が楽しいだろうな、と思ったのも本心で。
あ゛うぅ゛〜・・・と奇妙な唸り声をあげていると、ゼルフィルドが口を開いた。




「・・・、気ニスルコトハナイ。」


「・・・そう、かなぁ・・・?」




納得のいかない顔で見上げると
ゼルフィルドは、まだ違和感の残る動作でコクン、と頷く。




「・・・だが、ゼルフィルドが行動を共に出来ないことは確かだ。
街中を機械兵士が歩いていては、目立ちすぎるからな。」




イオスにまで追い討ちをかけられ、は不満に口をへの字に曲げた。




「・・・つまんないの!じゃあ、任務がないときなら一緒に歩ける?」


「私用でゼラムに行ったとしても、ゼラムでの任務はこれから先もまだまだあるだろうから
ゼルフィルドと一緒に、は無理だ。」




きっぱりとそう言われてしまい、はふんと顔を背ける。




「イオスのけち。」


「けちって・・・そういう問題じゃないだろう、(溜息)」




やれやれ、とイオスが肩を竦める。
そんな会話を交わしながら歩いていると、前方から誰かが歩いてくるのが見えた。
名前までは知らないけど、その顔には確かに見覚えがあって・・・。




あ、このあいだの当番の人。




彼はイオスとゼルフィルドを見て軽く頭をさげた後
その中にの姿を見つけて、気さくに声をかけてきた。




「あ、ちゃん。」




ちゃん”




馴れ馴れしく彼女を呼ぶその声に、イオスがピクっと顔を引き攣らせたが
生憎それに気が付いたのは、ゼルフィルドだけだった。




「こんにちは!えーっと・・・」


「そういえば、まだ名乗ってもなかったっけ。俺はエルって言うんだ。」


「エルさんですか・・・。」




が繰り返すと、彼・・・エルは愛想の良い笑顔を見せた。




「うん。好きに呼んでくれて構わないよ。ところで、今日のお昼はもう決まった?
みんなちゃんの作るお昼ご飯、楽しみにしてるんだけど・・・。」


「・・・あ〜・・・それがあたし、これから任務で出かけなくちゃいけなくて。」


―――――――――――― ・・・え!?ちゃんが!?」


「はい。なんでも顧問召喚師さん直々のご指名らしくって。
任務って言っても、イオスとゼルフィルドと一緒なんですけどね。
だからごめんなさい、お昼ご飯作れないんです。」


「そっか・・・あの野郎も酷いことするよな、全く。
特務隊長とゼルフィルドもいるし、ちゃん強いから大丈夫かな?
それでも気をつけて行くんだよ、ちゃん。」


「ありがとうございます、エルさん。」




新参者の。・・・しかも、一応捕虜扱いである自分を心配してくれるエルに
は嬉しくなって、満面の笑みを返した。




――――――――――― ・・・あ。じゃあ俺、そろそろ行くね。」




エルが一瞬の背後に視線を走らせ、言う。
突然この場から去ろうとするエルを、不思議に思ってが首を傾げると
彼はクスクスと声を殺して笑い、そっと。・・・小さな声で呟いた。




「特務隊長が凄い顔で、こっち睨んでるから。」




そう言われ、ちらっとだけ後ろを振り返ってみると
少し離れた所で立ち止まり、を待っている、不機嫌そうなイオスの姿。




「じゃあね、ちゃん。いってらっしゃい!」


「あ、はい!いってきます!」




視線を戻したときには、既にエルはこちらに背を向けて歩き始めており
は去っていく彼に慌てて返事を返してから、急いでイオスの傍まで駆けていった。




「ごめん、お待たせイオス。」


「・・・遅い。」


「いいじゃない、少しぐらい話したって。
そんなおもちゃ取られた子供みたいな顔して、脹れなくてもいいのに・・・」


「だ、誰が・・・ッ!!」




顔を紅潮させて反論するイオスに苦笑すると
は、前方を歩き始めたゼルフィルドの・・・機械故にキンと冷えた腕に、自分の腕を絡めた。





例え、もし。





この先何がどうなるのか解らなくて、不安だらけだったとしても。
今感じている、この温かい感情を
出来るだけ多くの人と、分かち合っていたかったから・・・
















馬に揺られること、約1時間。
ゼラムの街に到着したは、任務が開始される前に・・・と
イオスに手を引かれて、ゼラムの街を歩いていた。

昨日、訓練中に汚してしまったからとイオスから借りた服はちょっと大きくて
手首や首元からスースーと風通すので、少し落ち着かない。
イオスにとっては少し長めなだけの服も、が着れば列記とした膝丈のスカートだ。

様々な商品を取り扱う店が立ち並び
人々の活気が溢れている、繁華街から商店街にかけての通り。
そこに並ぶ品々を物珍しそうに見て、瞳を輝かせる
肩越しにこっそり見降ろすと、イオスはそっと息を吐くだけの苦笑をした。




「・・・いいか?。」


「ん?なに?イオス。」


「出来るだけ、目立たないように行動するんだ。
人々の印象に残らない方が、後の任務に差支えが出ないからな。」




真剣な顔で呟くイオスを、はその大きな瞳でじっと見つめた。




「・・・・・・だったらまず、イオスのその服装をどうにかするべきだと思うんだけど。」




ただでさえ、その整った容姿で人目を惹くのに
真っ黒なロングコートと、トゲトゲの付いた真っ赤なショルダーガードを着用しているのだ。






これを人目に付かないと言ったら、嘘になる。

(そこまでですか。)






にそう言われたイオスは、一応・・・ある程度の自覚はあったのか
はぁ、と溜息を吐いて項垂れた。




「・・・僕の服を着てるんだから、君だって似たような格好じゃないか。」


「あたしはイオス程、人目を惹いてないと思うけど・・・。トゲトゲだって、付けてないし。」


―――――――――――― ・・・これは僕の正装だ(泣)
そもそも、この服は夜の闇に紛れる為に・・・」


「・・・はいはい。あ!ねぇイオス。あれって、もしかしてケーキ屋さんかな!?」


―――――――――― ・・・え?あぁ、そうだな。」




に服の裾を引っ張られ、まだブツブツと何か口走っていたイオスが顔を上げる。
・・・の視線の先にあるのは、1件の菓子店。
壁はガラスで出来ていて、ここからでも中の様子を窺い知る事が出来た。
陽の光を取り込む開放的な室内は、とても雰囲気が良い。




「うわぁ・・・」




感嘆の息を漏らして、その店をじっと見つめるの瞳が
イオスには、欲しい玩具を前にした子供のように、キラキラと輝いて見えた。




「・・・食べたい、のか?」


「へ!?あ、いや・・・その、ね?」




そう問われ、突然あたふたするに、イオスは思わず顔を綻ばせた。




――――――――――― ・・・も女の子なんだな。」


「む!何よ、その言い方は!
まるで、あたしがいつもは女の子じゃないみたいじゃない!」


「ごめんごめん。そういう意味じゃなくて・・・改めて痛感したって言うか・・・
どちらかと言うと、良い意味で使ったつもりだったんだが。」


「・・・ふーん?まぁ、いいけど。」




まだ完全には信用していない瞳で、イオスを見る
彼女にはどうやら、イオスの言っている言葉の意味が、上手く伝わらなかったらしい。

ずっと男所帯の軍隊で殺伐とした生活を送ってきたイオスにとって
の反応はとても新鮮で、微笑ましいものだったのだ。

そんな反応を示す彼女を素直に、可愛いな、とも思う。
イオスはクスクスと苦笑しながら、すっとに手を差し伸べた。
差し伸べられた手とイオスの顔を交互に見て、が問う。




「え?なに?」


「ケーキ、食べたいんだろう?・・・行こうか。」


「・・・・・・うんっ!!」




一瞬、驚いたように瞳を丸くして。
でもそれから嬉しそうに微笑んで、イオスの手を取る
イオスも自然と浮かんできた笑顔を返す。

重ねられたの手はキレイで
イオスの手でも包み込めてしまいそうなぐらい小さかったけれど、とても暖かかった。












「あー、美味しかった!!」




ケーキを食べて満足したあたしは天井に手を向け、思いっきり背筋を伸ばす。
甘さひかえめのシフォンケーキを頼んだイオスは、あたしが注文したプリンケーキを1口食べると




“よくこんな甘いケーキを丸々1つ食べられるな・・・”




とうんざりした顔で呟いて、口直しに帝国産の紅茶を啜っていた。




「・・・満足したか?」


「うん!また食べたいなぁ・・・」






今度来る事があったら、いちごのタルトにしようっと。






そう心に決めて、あたしはイオスの後に続く。




「ありがとうございました。」




食べる!と言ってから気付いたことなんだけど
イオスに拾われてきたあたしは、情けないことに無一文で

――――――――――― ・・・結局、イオスに驕って貰うハメになってしまった。

イオスいわく。“拾った者の責任だから”、らしい。
ちょっと不満だったけれど、驕ってもらっている身なのであまり強くも言えない。

歩き出したイオスの背中にくっついて、あたしもお店を出ようとしたとき。
会計をしてくれていたお店のおじさんと、ふと瞳が合った。

そのまま何もなかったように顔を背けるのもなんだから、笑って軽く頭を下げてみる。
するとお店のおじさんは、何かに合点のいった顔をして・・・




「・・・あぁ、なんだか見覚えがある子だと思ったら
この前ドアと間違えて、ガラスに正面衝突した子じゃないか。・・・今日は彼氏と一緒なのかい?」




・・・そう、のたまった。






「「・・・は!?」」






あたしとイオスは思わず、揃ってぽかんと口を開け、じっとおじさんを凝視した。
あたし達のその様子に、おじさんが不思議そうに首を傾げる。




「おや?彼氏じゃなかったのかい?・・・いやでも、あの時の女の子だよねぇ?」


「イオスは・・・か、彼氏ではないですけど・・・。
ガラスに衝突したって・・・お店の全面に張ってある、あのガラスにですか?」


「あぁ、そうだよ。丁度、あっちの隅の方だったかな?」


「・・・・・・。」




呆然とするあたしの耳元に、こっそりとイオスが囁く。




「・・・、覚えは?」


「し、知らない知らない!っていうかあたしだったとしても覚えてるわけないし!」




そう小さな声であたしが返すと、イオスはおじさんに問いかける。




――――――――― ・・・その時は彼女、誰と一緒にこの店に?」


「え?そうだなぁ、団体さんだったよ?小さな子供4、5人と、あと保護者らしい男の人。
機械兵士なんかもいたから、良く印象に残ってるよ。
この店で人と待ち合わせをしていたみたいだけど・・・・・・。」




そこまで話してからそろそろ、おじさんも何かおかしいと思い始めたようだ。
その顔に、疑問の色が浮かぶ。
慌てふためくあたしとは対照的に、イオスが冷静な声で言った。




「ならば、人違いのようですね。僕はずっと彼女と一緒にいますが
そのような人達には、心当たりがありませんから。」


「・・・そういえば、少しだけ雰囲気が違うような・・・?
この間の子は・・・こう、もっと落ち着きがないというか。子供っぽいというか・・・」





、好き勝手言われてます。





うんうんと1人頷いて、妙に納得してから




「人違いだったみたいだ、驚かせてすまなかったね。」


「・・・いいえ。」




あたしに向かって、おじさんはそう口にした。
多少罪悪感を覚えながらも、首を横に振って見せる。




――――――――――― ・・・行こう。」




イオスに促され、あたしは彼の手に後ろから押されるようにしてケーキ屋さんを後にする。




「またのお越しをお待ちしております。」




愛想良く言うおじさんの声が、ヤケに耳に残った。

・・・ふと目についた、ショーウィンドウのガラスには
不安な表情をした自分の顔が、映しだされていて
―――――― ・・・

今まで、あたしがあまり不安に陥らなかったのは
―――――――――――― ・・・イオス達がいてくれたから、それだけじゃなかったんだ。


・・・多分、記憶を失くす前のあたしを知る人がいなかったから。
以前のあたしの痕跡が、ひとかけらも残されていなかったから。


真っ白なところから、全てを始めたからだ。
だからこそ、これがあたしなんだと・・・
これがあたしのスベテなのだと、胸を張って言う事が出来た。


でも、今。


・・・もうほとんどいないように思っていた、存在すら消えかけていた
記憶を失くす前のあたしの残像が、目の前をチラつく。

記憶を取り戻したら、“以前の自分”に“今の自分”を否定されてしまうかもしれない。
さっきのおじさんが言ったように、もしかしたら全然違う人間なのかもしれない。






―――――――――――― ・・・記憶の戻ったあたしは、イオス達のしたことを
全て否定するかもしれない・・・






“自分”なのに“自分”ではない。それが、どれだけ恐ろしいことか・・・




「・・・あのね、イオス。」


「ん?」


「あたし、ね。イオスが引っ張っていってくれたから、間違えなかったけど。
最初、さっきおじさんが指差した場所を入り口だと思ったの。」


「そう、か。」


―――――――――――― ・・・やっぱり、“あたし”・・・なのかな?それって。」


「・・・多分。聖女一行の報告書に
君と一緒にいたという人物と、一致しそうな情報があったから。」


「・・・そう、なんだ。」










それから、噴水のある公園らしき場所に着くまで
・・・イオスは、一言も・・・何も、話してくれなくって。

突然訪れた気まずい雰囲気と、唐突に突きつけられた記憶を失う前のあたしの影。

・・・考えることが多すぎて、だからあたしは気付かなかったんだ。

イオスが、痛くはない程度に。
けれど、決して簡単には振り解けない強い力で、あたしの手を掴んで歩いていたこと。










気付いていた。

僕に手を引かれて歩くが、とても不安そうにしていたこと。

わかっていた。

その原因の1つが、口を閉ざしてしまった僕にあることも。

でも今の僕は、この理由の解らない苛立ちと焦燥感を抑えるので精一杯で
彼女を気遣ってやれる余裕まで、とてもじゃないが持てなかった。


――――――――――― ・・・いや。理由が解らないなんて・・・嘘だ。


・・・・・・本当は、その理由だって解ってる。

でもそれは、本当に身勝手なもの。
異なる2つの感情が、僕の中で今もせめぎ合っている。


記憶を失くす前のの、目撃情報があった。
それはの記憶を取り戻す手掛かりで、本当なら喜ぶべきものなんだ。

・・・けど、どうしてだろう?
僕の知らない彼女のことを語るその言葉を聞いて、腸が煮え繰り返るような憎悪を抱いたのは。




僕の知らない“彼女”がいることが、酷く気に障った。




そのまま、が遠くへ。
僕の手を振り解いて、手の届かないところまで行ってしまうような気さえして・・・
逃げられないように、その細い腕を強く握った。

・・・彼女の記憶が戻るのは喜ばしいことだ。ルヴァイド様もそれをお望みだった。
あの方は、自分達のせいでが記憶を失くしたのだと、責任を感じていらっしゃったから。

元々、その手掛かりを探す為に、をゼラムまで連れて来たんじゃないか。
・・・・・・僕だって、確かにの記憶が戻ることを願っていたハズで。

なのに。いざ手掛かりが見つかったら見つかったで、それを素直に喜べない自分がいる。
記憶が戻ったら、彼女は僕達を置いて聖女の元へ行ってしまうんじゃないだろうか・・・?


身体だけでなく、その心までもが傾いて・・・。






もう二度と、あの笑顔を向けてくれなくなったら・・・?






―――――――――― ・・・そう考えると、冷静ではいられなかった。
ほんのちょっとの間に随分情が移ったものだと、己を嘲笑う。




どうしてこんなにが気になる?




彼女に、捕虜になった頃の自分を重ねたから?

それとも、昔の自分と似たような境遇にあるにも拘らず
彼女が昔の自分と全然違うからだろうか・・・?


率いていた部隊を全滅させられ、1人おめおめと生き残った自分と
あの咽返るような光景を見せ付けられながら、偶然にも生き残ってしまった彼女。


似ているといえば、似ているのかもしれない。


・・・けれど、彼女は僕と全然違った。
記憶まで失くしてしまったのに、捕虜として拘束されていることには変わらないのに。

―――――――――――― ・・・ずっと、前だけを見据えて歩いている。

だから、気になるのかもしれない。

彼女の強さは、物事を正面から受け止められるその勇気。
憎しみを生きる糧に変えた僕とは、違う強さを持っているから・・・











・・・でも彼女がいつか、聖女達の元へ帰ってしまうことは・・・


多分、免れない必然なのに。













「・・・ごめんね、イオス。」




そうイオスの背中に向かって呟くと、ふと足が止まる。
丁度、少し先に噴水が見えるここは、公園の中心部なのだろう。
噴水の周りには屋台がちらほらと立ち並び
駆け回る子供達の声や、ベンチでゆっくりと本を読む人達の姿が見受けられた。




「・・・・・・なにがだ?」




長い沈黙を破って、やっとイオスが声を出した。
その声は、喉に引っかかったのをやっと吐き出した。そんな、感じ。




「これから任務があるから目立ちたくなかったのに
あたしのせいで目立つことになっちゃったから、怒ってるんでしょう?」




彼の沈黙が、怒りと言うか・・・苛立ちからきているのはなんとなくわかっていた。
それだけ、イオスはピリピリとした空気を周囲に放っていたから。

そして、あたしをこれ以上厄介なところへ行かせまいとするように、強く掴まれた手。

だから、考えて考えて・・・導き出した結論は、ソレだった。
ところが謝罪すると、イオスはハッとした表情になって、それから慌てて首を横に振る。
そしてあたしの手を掴んでいた手を離し、今度は両手をあたしの肩に置いた。
・・・意外と大きい、あたしのよりも骨ばっている、イオスの手・・・






・・・あんなに綺麗な顔をしてても、やっぱり男の人なんだ。






頭の片隅で、そう思った。




「違う!・・・違うんだ、・・・」




最初は勢い良く。けれど、後半になるに連れて段々勢いが削がれていき
最後には・・・イオスは項垂れてしまった。

コツン、とイオスの頭が肩に触れて。
普段なら届かない、サラサラとした金色の髪が目の前にある。




「イオス・・・?」


「違うんだよ、。決して君に怒っていた訳じゃないんだ。
・・・・・・不安にさせて、ごめん。」




その様子を不思議に思って問いかけると、耳元で。そう、静かな返事が返ってきた。
・・・その声は、不安を交えていたけれど。




「イオス、どうしたの?なにか怖いことでもあったの?・・・・・・震えてるよ?」


「・・・・・・・・・え?」




あたしに言われて初めて、イオスは小刻みに震える自分の体に気付いたようで
あたしの肩に乗せた自分の手を見て、信じられないとでも言いたげな声を上げていた。


それは、怖い夢を見て目を覚ました、子供のような怯え方だ。


だからあたしは、呆然と立ち尽くしているイオスの背に
怖がらせないように、怖がらせないように気を付けて。・・・そっと、手をまわした。
そして、ポンポンと頭を撫でてやる。




「・・・大丈夫、大丈夫。・・・大丈夫よ、イオス。何も怖くなんてないから。」






嘘だ。






自分もさっきからずっと恐怖に支配されっぱなしじゃないか。






・・・でも。






そう言った途端、イオスの腕があたしに縋り付くようにまわされたから
少なくともこうして、2人で支えあっている間は・・・・・・怖くない。




「大丈夫よ、イオス・・・良い子ね。」


―――――――――― ・・・その言い方は、ちょっと・・・男として情けないんだが・・・」


「良いじゃない。甘えられる時に甘えておかないと、損するわよ。」




言って、普段の調子を取り戻し始めたらしいイオスに苦笑する。




―――――――――――― ・・・そう、だな。」




小さく呟いたイオスの声は、愁いを帯びていて。
・・・何処か、寂しそうだった。

あたしは、彼の名を呼ぼうとしたけれど
ふと顔をあげたイオスが、あたしよりも先に声をあげた。




―――――――――――― ・・・あ。」


「・・・どうしたの?」




そう尋ねた途端。丁度腰の辺りに、ドン!と何かが衝突した衝撃があった。




「うわっ。」


「きゃッ!」




あたしが声を漏らすと同時に、あまり歳のいっていない子供特有の、甲高い悲鳴が聞こえる。
1人で立っていたら、ぶつかられた勢いで、前方につんのめるところだったろうが
生憎と真正面にイオスがいたので、ちょっとイオスに寄り掛かるだけで済んだ。

イオスに支えられたまま、ゆっくりと上体を捻り、足元を見ると
イオスより少し色の濃い、でも綺麗な金色の髪をした女の子がしゃがみこんでいた。
そして小さく唸り声を上げながら、その可愛らしい手で鼻をさすっている。




「・・・すまない。下ばかり見ていたからぶつかるとは思ったんだが、気付くのが遅れた。」




あたしを受け止めたイオスが、そう耳元で謝罪を述べる。




「あ、あたしは・・・イオスがいてくれたから平気だけど。」




言って、鼻をさすっている少女に視線を向けた。




「・・・大丈夫だった?ごめんね、ぶつかっちゃって。」




少女の目線に合わせてしゃがみこむ。
そしてそっと手を差し出すと、彼女はあたしの手よりいくらか小さな自分手を乗せようとして・・・
でもその動きが突然、ピタリと止まった。




「・・・??どうかした?」




何かを思いあぐねるようにして、それからゆっくりと伏せていた視線を上げていく・・・
少女の金色の瞳と目が合った瞬間、バチっと火花の散るような音がした気がした。
あたしの顔を見た途端、少女の顔が驚愕に変わる。




「あ、あなたっ!この間の・・・ッッ!!」


―――――――――――― ・・・え?」




見覚えのない少女に、あたしはぽかんと口を開け・・・
けれど、すぐに1つの可能性に辿り着く。

・・・もしかして。この少女も記憶を失くす以前のあたしに、会ったことがあるのだろうか?

ケーキ屋さんのおじさんが知っているのだから
あたしがゼラムを訪れたことがあるのは、間違いないだろう。
ならばそのときに、この少女に出会っていたとしても、何も不思議はないわけで・・・

そんなことを考え込んでいると、意気込んで叫んでいた少女が
突如、怯えたような視線をこちらに向けた。

・・・いや。正確に言うとあたしというよりは、あたしの背後に対して。

どうしたんだろうと思って後ろを振りかえると
そこには、相手は子供なんだから・・・と言い聞かせたくなるような剣幕で
思いっきり少女を睨みつけているイオスがいた。


・・・多分無意識なのだろうが、微かに殺気まで滲み出てしまっている。


イオスは本物の軍人なのだ。凄もうと思えば、それなりの迫力が出る。
それはたとえ、いくら中身の性格が可愛かったとしても・・・だ。

ましてや、相手は小さな子供。

当然のこと、少女は戦場になんか立ったことはないのだから、これで怖がらない筈がない。
彼の殺気を本能的に感知して、小さな体を小刻みに震わせていた・・・。


・・・はっきり言うと少しだけ。


いつもと印象の違いすぎるイオスに、あたしも少なからず驚いた。
流石に、それで足が竦んでしまうようなことはなかったけれど。




――――――――――― ・・・イオス、やめて。この子、怖がってるじゃない。」




あたしの言葉に、少女は怯えた表情のままブンブンと首を縦に振る。
するとイオスは、自分が少女を睨みつけていることにやっと気付いたらしい。
気まずそうにして、硬いものではあったけれど表情を緩める。
けれどこれで、さっきよりはずっと怖くなくなっただろう。

それを確認してあたしが少女に向き直ると
案の定少女は、ほっとした様子で胸を撫で下ろしていた。




「ごめんね?こっちのお兄さんが怖い顔しちゃって。怖かったでしょ?」


「こっ、子供扱いしないでッ!?
あんなのちょっと慣れれば・・・全然平気なんだからっ!」


「そう?なら良いんだけど。」




“そうは見えなかったけど・・・”




・・・という言葉は、彼女の面子の為にも飲み込んで。
あたしが笑ってそう言うと、少女は眉間に皺を寄せて、じっとあたしを凝視する。

そうしてなにやら考えている様子で、下から横から正面から、頭のてっぺんから足の先まで。
一通り舐めるように観察すると、訝しそうに呟いた。




「・・・あなた。この間、再開発区で会った人よね?」


「・・・え、えーっと・・・・・・??」




乾いた笑みをあたしが浮かべていると、再度少女が口を開く。




―――――――――――― ・・・違うの?」




そう問う少女の瞳は、疑惑で満ちあふれている。

少女のこの様子からして、きっと
あたしに会ったことがあるのは、ほぼ間違いないんだろう。

ただ、以前会った“あたし”が、本当に“あたし”なのか。
その判断が、なかなか下せないでいるらしい。

・・・さっきのおじさんといい、この少女といい。
余程あたしは変わってしまっているようだ。

あたしが、どう答えたものかと返答に詰まっていると
今まで沈黙を守っていたイオスが、あたしを押し退け少女の前へ進み出た。

一瞬少女が体を強張らせたのが見えて、ハッとしたけれど
怒気の含まれていないイオスの声に
少女の体から段々と力が抜けていくのが見て取れたので、ちょっと安心する。




「・・・彼女は、君を知らないみたいだが?」




言って、あたしを振り返るイオス。




“僕に話を合わせろ。”




・・・どうやらあたしが困っているのを見越して、助け舟を出してくれたらしい。




「あ・・・・・・う、うん。」


「・・・本当に?」


「・・・というより、再開発区ってどこなの?
あたし、この街のこと全然知らないんだけど・・・。」




それでもしばらくの間、少女は腕を組んで首を捻っていたが
やがて何かに納得したように、コクンと1つ頷いた。




――――――――――― ・・・そうよね。そっくりだけど、違う人よ。
雰囲気が違いすぎるし、服装も違うし・・・・・・似た人は、世の中に3人いるって言うもの。」




ブツブツと呟いている彼女は、すっかり自分の世界に入ってしまったようだ。
目の前で手を振っても、さっぱり反応がない。
自分の中で納得のいく結論が出たのか、パッと顔をあげると
あたしに向かって、丁寧にお辞儀をした。




「ぶつかちゃって、ごめんなさい。あたしがよそ見してたからいけなかったの。」


「大丈夫よ、何処も怪我してないから・・・。
――――――――――― ・・・あたしは、あなたは?」




彼女の名前を尋ねると、少女は少しだけ、それに答えるのに躊躇する仕草を見せ
けれど意を決するように頷くと、服に付いた砂を手でパタパタと払い
あたしの手を借りることなく、すっくと1人で立ちあがった。




―――――――――― ・・・あたしは、ミニスよ。」


「そう、ミニスって言うの・・・。ミニス、あなたこそ怪我してない?」


「うん、大丈夫。ちょっと、手が砂で汚れただけ。」


「それなら良かった。・・・でも一体、ミニスは何をしてたの?」




そう口にした途端、ミニスがビクっと体を震わせたのが見えた。
・・・何か、聞かれて都合の悪いことだったのだろうか?






でもあたし達だって、この街に何をしにきたのか。聞かれたらマズイ立場なわけだし・・・・・・






「・・・あ。答えたくないんだったら、別に答えなくていいのよ。
単に、手近なところに話題を振っただけなんだから。」


――――――――――― ・・・え?」


「人には、聞かれたくないことの1つや2つ、あるものね。」




ポカンとしているミニスに、“あたしにもあるもの”とおどけて言うと
彼女の髪とお揃いの金色の瞳から
ほんの少しだけ、緊張が緩められたような気がした。




「・・・・・・うん・・・ありがとう、。」


「大したことじゃないから、気にしないで。」




年相応の表情を見せたミニスに、あたしも微笑む。




――――――――――― ・・・、そろそろ・・・」




あたし達から数歩離れたところから、イオスが咎めるようにそっと声を掛けた。
もう、街を見学し始めて結構な時間が経過しているから
流石にそろそろ、みんなと合流しないとマズイ時間なのだろう。
いくら、あたしに街を見せてくると告げてあるとは言え
作戦が始まるというのに指揮官が戻らないのでは、示しがつかない。




「あ、うん。イオス、今行く。・・・じゃあ、ミニス。
悪いけどあたし達、用があるからそろそろ行かなきゃいけないの。
もう誰かにぶつからないように、前を見て歩くのよ?」


「・・・う、うん・・・気を付けるわ。」


「うん。・・・じゃあね、ミニス!」













こちらに手を振りながら去っていくの姿を、ミニスはじっと見つめていた。
再開発区で、自分の叔父達の名前を口にしていたあの少女と、瓜二つの彼女を。

小走りで一緒にいた男の人。・・・確か、はイオスと呼んでいただろうか?
彼の傍まで駆け寄ると、はもう1度ミニスに手を振った。
ミニスもそれに、軽く手を振り返す。






別人・・・よね?だって、雰囲気が違いすぎるし・・・






そう。ミニスが、をあの開発区で見かけた少女だと断定出来ないのは
なんと言ってもその雰囲気の差だった。

服装が違っても、一緒にいる人間が違っても。
あそこまで違う雰囲気を纏っていなかったら、ミニスはが彼女だと言い切れただろう。

・・・それに、ただとぼけているのなら。あれは迫真の演技だ。






でも、あれだけぽや〜っとしていた人に、そんな演技力があるとは思えないし・・・。






そうでなくとも、あれが演技である可能性は低いと、ミニスは思う。
以前、開発区で会ったことを誤魔化そうとしているのなら
わざわざ自分から名乗ったりしないのではないだろうか?






・・・まぁ、不思議な雰囲気の人だってところは共通だけど。






随分小さくなった2人の後ろ姿を、じっとみつめる。
が何事かを言い、それにイオスが困ったように苦笑している。



その穏やかな表情と、優しい眼差し。



それは自分に向けられたものと、あまりにも格差がありすぎて・・・
ミニスはちょっとだけ、呆気に取られた。






なんだ。あの人、あんな顔も出来るんじゃない。
―――――――――― ・・・2人は恋人同士なのかしら・・・??






そう感想を漏らすと、雑踏に消えた2人を見送り。
ミニスもまた、大切な友達を探すために、彼女たちとは反対方向に踵を返した。












「特務隊長が戻られました!」




男の声が、草原に響く。
ゼラムの街から少し離れた地点に、ゼルフィルドを筆頭とした黒の旅団は潜伏し
イオスとの帰りを待っていたのだ。




、いおす・・・帰ッタカ。」


「ゼルフィルド、ただいま!!あのね、イオスったら・・・!」


「なッ!?、その話はもういいだろう!?」




が何かを告げようと口を開き、イオスがそれを阻止しようと声を遮る。
2人の登場で、静まり返っていたその場は一気に騒がしくなった。




ちゃんお帰り!!」


ちゃん、ゼラムの街はどうだった?」


「楽しかったかい、ちゃん?」





今まで思い思いに休息をとっていた旅団員達が
一体どこから湧いてきたのか、ひょっこりと顔を出し、わらわらとの周囲に集まり始める。




――――――――――― ・・・ッ!?」






アイツ(エル)だけじゃなくて、お前等もかッッ!!!






まるで、落ちてきた角砂糖に群がる蟻の群れだ。
そんな光景を見たイオスは、その紅い瞳をギラギラと輝かせ
戦場かと見間違うほどに瞳を吊り上げた。

黒の旅団・特務隊長の名は伊達でなく。
彼の放つあまりもの気迫に、旅団員達は一瞬体を竦める。

このとき。イオスに睨まれた旅団員達は皆
“仕方無いな・・・”などとぼやきつつも、と一緒に、楽しそうに食器を洗っていたイオスは
やっぱり幻か、何かの見間違いだったのではないかと思った。




「はい。あたし、楽しかったです。」




その張り詰めた空気を破ったのは
不謹慎じゃないかと思いながらも、ポツリと感想を漏らしたの声。
の声によって場の空気は緩和され、旅団員達は内心ほっと息を吐いた。




―――――――――― ・・・ソレデ、いおすガドウカシタノカ?」




ゼルフィルドの声にはハッとし
イオスはまさか、ゼルフィルドが話を戻すとは思っていなかったのだろう
反応するのが少し遅れた。その隙に、が口を開く。




「そうそう!あのねゼルフィルド。
イオスったらムキになっちゃって!ぷぷぷ・・・本当、可愛いんだから。」


ッッ!!!!(照)」




顔を真っ赤にして咎めるイオスの声も、笑い始めたには届かない。
目尻に浮かんだ涙を指で拭い、笑いが止まらなくて痛くなってきたお腹を押さえる。






「あのね、イオスったら
女の子に間違えられたのよ!!!」



ーーーーーーーーーッッ!?!?(切実)」






イオスの絶叫が、晴れた渡った空に響く。




「あ、あはははは!そのときのイオスったらそれはもう・・・っ!」


ちゃん!それでそれで?」


「・・・なッ!?(焦)」




誰かがにそう聞き返し、イオスがその端整な顔を引き攣らせた。




「あたしとイオスが繁華街を歩いてたらね。」


「「「「うんうん。」」」」


「後ろから男の人達が歩いてきて
“そこの綺麗なお嬢さん”って、イオスったらナンパされちゃったの!!!」


「あれはだって声をかけられてたんだぞッッ!!!(泣)」


「それでね、それでね!イオスったら怒っちゃって、“目立つ行動は控えろ!”
とかあたしに言ってたくせに、“僕は男だーーーーッッ!!”って道の真ん中で大立ち回り!!」


「うわー、それは痛そうだなぁ。」


「確かに、後ろから見たんじゃ間違えても仕方無いよねぇ。」


「特務隊長、案外短気だから・・・。」




口々に好き勝手なことを呟いて、盛り上がる旅団員。
今は何を言っても聞かない、と。イオスは拳をわなわなと震わせ、それに耐えた。




「そのときのイオス、みんなにも見せてあげたかったなぁ・・・」




全て話して満足したらしいは、やっと笑いが治まってきたらしく
スーハーと息を吸って、乱れた呼吸を整えていた。




「ソレデ、記憶ノ手掛カリハ見ツカッタノカ?」




そこへ、矢鱈冷静な(機械なんだからしょうがない)ゼルフィルドの声が響く。
それには、緩んでいた顔を引き締めて、ゆっくりと頷いた。
・・・その顔は、決して嬉しさで満ち溢れていたりはしなかったけれど。




――――――――― ・・・うん。記憶を失くす前のあたしに会ったことがある人を見つけたよ。
ケーキ屋さんのおじさんと、あと街で会ったミニスって言う子も。」




言いながら、はそっと瞳を伏せる。
辺りは、さっきまでの喧騒が嘘のように静まり返った。
それは呼吸の音すらも、聞こえてきそうなくらいに。
けれど。次に顔を上げたの表情は、意外な程に明るかった。






――――――――――――――――― ・・・意外過ぎて・・・

イオスの視界には、それが“異常”に映った。






「なんだか、あたし随分性格が変わってるみたいなのよね。
皆最初は前に会ったかって言うんだけど、あたしが知らないって言うと
皆“なんだ人違いか・・・”って、納得しちゃうから。・・・結局、なにも思い出せなかったし。
けどまぁ、焦っても仕方ないもんね。ゆっくり気長に頑張る!!」


「そうだ!頑張れ、ちゃん!!」


ちゃん、偉い!!」


「俺達も応援するよ!!」




わぁっと沸き立つ旅団員達に、拳をぐっと握って笑顔を見せる






が笑っている。






ただ、それだけのことなのに。それはいつものことなのに・・・。


何処かでそれを、冷静に。
・・・冷ややかな目で見ている自分がいることを、イオスは感じていた。


ゼルフィルドがゼラムの方向を振り返り、感情の読めない声で呟く。

機械兵士である彼は、今のをどう見ているのだろうか・・・?
・・・ちょっとだけ、尋ねてみたい気がした。




「・・・いおす。偵察ニ行ッタ者達ガ帰ッテキタヨウダ。」




イオスがそちらを見ると、黒の旅団のトレードマークである
黒い服を着た2つの人影が、前方に小さく見えた。
2人はイオスの所までやってくると、膝を地に付き、頭を垂れる。




「・・・どうだった?」


「はっ!報告致します、特務隊長!」


「追っていた2人が屋敷に入っていくのを、確認致しました。」


――――――――――― ・・・間違いないんだな?」


「はっ!」


「そうか・・・。」




イオスはその力強い返事に頷くと、厳しい表情で旅団員達に向き直った。




「・・・総員、出撃準備に取り掛かれ!準備が終了次第出撃する!」




イオスの号令に、旅団員達はそれぞれ出撃の準備を始める。
ざわついた、出撃前独特の緊張感が漂う。

自分達も準備をしようと立ち上がった偵察隊の2人が
ふとを、その視界に捉えた。




「あ、ちゃん帰ってたんだ・・・って、そりゃそうか。
特務隊長と一緒に出かけたんだもんな。」


「それで・・・どうだった?特務隊長とのデートは。」


「あはは・・・楽しかったですよ。色んなものが見れましたし。」




愛想の良い笑みを浮かべている2人に、は苦笑しながら答える。
の後方にいたイオスが、その会話を耳に挟んでカッ!と頬を紅くした。




「そこッ!!無駄口を叩く暇があったらさっさと準備に取り掛かれっ!!」




耳まで紅くして怒鳴るイオス。
偵察隊の2人はに軽く手を振ると、苦笑しながら出撃準備をしに去って行った。

は2人の背中を見送り、ふと表情を緩める。
イオスはそんなに近づくと、彼女の肩に手を置き
にしか聞こえないぐらいの声の大きさで、そっと囁いた。



・・・息が耳にかかって、ちょっとくすぐったかった。




―――――――――――――― ・・・、大丈夫か?」




その声色は、先程顔を赤くして照れていたイオスとは違い至極真剣で
は振り返らなくとも、自分に向けられる彼の視線も、真剣そのものであることを悟る。
だから少しだけ、声のトーンを落として答えた。




「・・・うん。大丈夫よ、イオス。あたしは、大丈夫だから・・・」




イオスの手が・・・・・少しだけ、きつく、肩を掴んだ。





―――――――――― ・・・それは言葉にならない声。





は肩に置かれたイオスの手に、そっと自分の手を重ねた・・・。





















戯言。

うっわ!相変わらず訳わかりません文章ですみませんです、はい(沈)
前半は少しよくなったかな?と思ったんですけど、やっぱり後半ボロボロ・・・(汗)
いつもはとてつもなく言い訳したい感じなのですが
流石にここまで来るとどこから言い訳したら良いのか解りません。

あ、ちなみに今回も1人称は固定です。
ゼルフィルドのの呼び方が、カタカナなのはクッキーの為です(苦笑)
そうでないと、もっともっと数増やさなきゃいけなくなるので・・・ご了承くださいませ。

本当はもっと続いてたんですが。あまりにも長くなったので、またまた分割。
予想以上にリューグがでしゃばり(コラ)ましてね・・・。

なので今回、マグナ達との再会まではいきませんでした。
次回はっ!!・・・次回こそは、再会しますよ・・・!!いえ、本当ですってば!(爆笑)

それでは、あと2,3回ほどでしょうか?
記憶喪失の記憶を喪失した(書いてる本人も解らなくなってきた)にお付き合いください。
彼女が記憶を取り戻した頃、&バノッサとも合流するかと思われます。
そろそろ、あっちのはっちゃけたキャラを書きたいです(笑)





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