「・・・どうやら、お客さんみたいよ?」 メガネをキラリと光らせて、ミモザが面白そうに口を歪める。 楽しそうに、“じゃああたしはアメルちゃんを連れて散歩に行こうかしら?”と呟いて アメルの手を引く彼女は、その口元に微笑すら浮かべている。 ――――――――――― ・・・経験上。 このような緊迫した状況でも、多少ふざけられるくらいには 心にゆとりを持っていたほうが良いと、知っているからだ。 必要以上の緊張は、判断ミスに繋がる。 けれど、眼鏡の奥に潜む。彼女の得意分野である、メイトルパの術を象徴するかのような2つの碧は それとは対照的に真剣なまま、緩められることはない。 そんなミモザに、ギブソンはいつもと変わらぬ笑みで告げた。 「そうするといい。それと、行くのなら裏口からだぞ?」 「わかってるわよ、ギブソン。」 いつもふざけてばかりいるフォルテですら、緊張の色が隠せていない。 そのような状況下で、穏やかな笑みを湛え、のんびりと会話を交わすこの2人は 戦闘前特有の空気を発している室内で、一際異彩を放っていた。 「さ、そっちの2人も一緒にいらっしゃい。」 「・・・すみません。お二人まで、こうして巻き込んでしまって・・・」 手招きをするミモザに、ロッカが瞳を伏せ、申し訳無さそうにそう言った。 ミモザは決して悪い顔をすることなく、寧ろ彼の言葉に笑みを深める。 「いいのよ。可愛い後輩達の頼みは断れないでしょ?」 「・・・ありがとうございます。」 感謝を述べ、ロッカが歩を進めた。 ――――――――― ・・・その背に、ロッカの半身であるリューグが声をかける。 「――――――――― ・・・俺はここに残るぜ。」 「・・・ッッ!?リューグ!お前が出て行ってしまったら、意味がないだろう!? それを、解っていて言ってるのかッ!?」 「うるせぇ!馬鹿兄貴!!村をあんなにしたヤツラがそこにいるんだ!! しっぽ巻いて逃げられっかよッッ!!!」 故郷の村を破壊した者達を前にして リューグは完全に頭に血が上ってしまっているようだった。 そんな弟に、それでもロッカは何か言おうと口を開きかけたが それはギブソンによってゆっくりと遮られる。 ・・・ロッカは何か言いたそうにしながら、それでも渋々と口を閉ざし 一段落ついたらしいそれを横目で眺め、ネスティが呟いた。 「・・・僕もギブソン先輩とここに残ろう。マグナ、君はどうする?」 「俺はミモザ先輩と一緒に、裏口にまわるよ。」 「・・・わかった。ならトリス、君もマグナと一緒に―――――――― ・・・」 「・・・あたしも、ネスと一緒にここに残る!!」 強い口調で言うトリスに、ネスティが眉間に皺を寄せる。 最初から、トリスはアメルと一緒に裏口から逃がすつもりでいた。 それにマグナがついていくと言うのなら、ネスティにとってこれほど安心なことはない。 まだまだ未熟だとは言えマグナならば、確実にトリスを守ってくれるだろうから。 ―――――――――― ・・・その点については、ネスティはマグナを高く評価していた。 ましてや、ミモザも傍についているのだから そちらについて行った方が、トリスは断然安全なハズで・・・。 「トリス・・・!!」 咎めるような口調で名前を呼んでも、トリスの意思が曲げられることはなかった。 「嫌よ。」 子供の悪戯を叱るように言うネスティを見上げ トリスはきっぱりと首を横に振る。 「いくらネスが行けって言っても、あたしはここに残る! そうして、絶対にのこと・・・・・・」 トリスの口をついてでた名前に、ネスティはハッとした。 トリスが彼等から、の行方を聞き出すつもりなのだとわかったから。 と別れたあの夜を思い出し、トリスが軽く唇を噛んだ。 あの夜から今までの、大して長くも無い間に幾度と無く見た、トリスのこの表情。 みんなの前では、気丈にアメルを気遣って見せていたけれども 彼女の中で、のことが大きなキズとなって疼いていることは、間違いなかった。 それをわかっているだけに、ネスティもこれ以上。“マグナについて行け”、と言うことは出来なかった。 その代わりと言ってはなんだが、深い溜息を零す。 「――――――――――― ・・・仕方がないな。その代わり、自分の身は自分で守るんだ。 彼らを相手に、僕は君の援護までしてやれないからな。」 それが遠回しな肯定だと知っているトリスは 一瞬ぱぁっと表情を明るくし、次には凛々しい表情になった。 「うん!大丈夫、あたしにはバルレルとレシィもついてるもの。」 自慢げにそう言って、 “ね?”と背後に控えている護衛獣達に振り返る。 「―――――――――― ・・・ケッ!」 「ぼ、僕も頑張ります・・・!」 突然話を振られた2人の護衛獣は それぞれに答え方こそ違っていたものの、一応了解してくれたようだ。 護衛獣の返事にゆっくりと頷き、トリスは愛用の短剣を握り締めた。 その表情は、何日か前まで盗賊を相手に四苦八苦していた彼女と、随分違った印象を受ける。 ・・・そんな妹を、優しい声でマグナが呼んだ。 「―――――――――― ・・・トリス。」 名前を呼ばれたトリスは、短めの髪をふわりと揺らして ふと、声の発生源・・・自分よりも頭何個ぶんか高いところにある、マグナの顔を見上げた。 強い意志を瞳に秘めて、自分を見上げるトリスはもうあの頃の・・・ それしか知らない赤子のように、ただ泣きじゃくっているトリスではなかった。 ・・・いつからトリスは、こうやって1人で歩いてたんだろう? 小さい頃はずっと俺にくっついて、ずっと離れなかったのに。 ――――――――― ・・・気が付けば。 トリスも俺も。決して昔は届かなかった、高い本棚に手が届くようになっていて いつの間にか、彼女は俺無しでも1人で行動できるようになっていた。 ・・・いつから、トリスはこんな表情をするようになったんだった? あの閉鎖的な空間で あまりにも傍に寄り添い過ぎたんだ、俺達は・・・・・・ そんなことも解らなくなるほどに、俺達にはお互いしかなかったから。 ・・・でも。 トリスにも、俺にも―――――――― ・・・そして、ネスにも。 少しずつ、少しずつ・・・変化が訪れつつある。 それは種が新しい芽を出し、成長していくのと同じように 普段は気付かない程度の、微々たるものでしかないけれど。 でもいつか振り返ってみれば、それは大きくて、綺麗な花を咲かせているはずだ。 それは―――――――――― ・・・ 「・・・マグナ。」 ふっと小さく微笑んで、トリスは同じようにマグナの名前を呼び返す。 それは子供の頃から何度となく繰り返した、強くなれる不思議な呪文。 何か怖い事があったとき、辛い事があったとき、泣きたくなったとき。 マグナとトリスは、小さな体を寄せ合って お互いにお互いの名前を呼び、励ましあって生きてきた。 ・・・こうすると、なんだか少しだけ強くなれる気がしたから。 「そっちは任せるよ、トリス。お前は俺の大切な妹だから。」 「うん。・・・アメルをお願いね、あたしの自慢のお兄ちゃん。」 お互いの顔を見合わせて、2人は少しの間クスクスと笑い合う。 けれどふと真剣な表情になると、お互いにだけに届く小さな声で、そっと呟いた。 「・・・一緒に、を助けような?」 「・・・うん。絶対にだよ、マグナ。」 が俺達を外の世界へ連れ出した。 そのことが、俺達に変化をもたらし始めている。 彼女を喚び出したあのときから。 派閥と言う狭い箱庭の中で、止まってしまっていた時間が動き出した。 外の世界とずれていた時間が、正確に刻を刻み出す。 派閥を出たのだって、今こんな風に誰かを想って剣を握っているのだって ―――――――――――― ・・・全てのきっかけは、以外の何者でもないんだ。 「ケイナ、お前もマグナと一緒に裏にまわってやれよ。」 「そうね・・・そうするわ、フォルテ。」 マグナは頼りがいのある、いつもの笑みを向けると トリスに親指を立てて見せてから、ケイナと共に裏口へと走っていった。 その後に、レオルドとハサハが続いて走り去ってゆく。 その姿が消えるのを見届けてから トリスはポケットから取り出した、1つのサモナイト石を握り締めた。 それはが首から提げていたのと同じ、サプレスのサモナイト石。 今にも泣き出しそうな顔で、自分達を見送ったの表情と を置いて村を逃げ出すときの、アメルの悲痛な叫び声が脳裏に蘇る。 人の記憶はだんだんと薄れていくものだけれど それは鮮明に思い出すことが出来た。 もう、これ以上悲しませたりしない、悲しませたくない。 思いに任せて石を握った掌が、白くなっていた。 「・・・絶対に、2人共守って見せるんだから・・・ッッ!!」 あたしは、どっちか片方だなんて絶対に選ばない。 その、決して揺るがない紫紺の瞳に ・・・思い描いていた人が映るのは、もう数分後に迫っている・・・ 〓 第12話 擦れ違う心 〓 “大丈夫” イオスにはそんな風に言ったクセに 紫色の髪が視界に入ったとき。・・・本当は、涙が出そうになったんだ。 彼女の髪と同じ紫色の瞳が、あたしの姿を捉えて鮮やかに輝く。 「――――――――――― ・・・ッ!? 良かった!無事だったのね!!あたし、心配で心配で・・・・・・」 あたしの知らなかった、あたしの名前。 それを当然のように叫んで、嬉しそうに笑う少女。 ―――――――――― ・・・けれど。あたしはその視線を、見て見ないフリをした。 ・・・だって、“あたし”はあの子を知らないもの。 どんな反応を返していいのかすら、解らない。 けれど、そんなあたしの気持ちに関係なく、どうしてか懐かしさは込み上げてくる。 そこに、もう1人の自分の影を垣間見たくなくて・・・だから、薄ら笑いを浮かべて皮肉げに言った。 でもこれは、一体誰に対する皮肉だったんだろう・・・? 「へぇ・・・本当にあたしのコト、知ってるんだ?」 ――――――――――― ・・・違う。 シラナインジャナイ、オボエテナイダケダヨ。“”ハ、チャントシッテルヨ。 「・・・え?」 そう口にした途端、彼女の瞳に翳差したのが、遠くからでも見て取れた。 ・・・とっても、綺麗な紫色だったのに。 ――――――――――― ・・・胸が、痛い。 “あたし”は覚えていない筈なのに、それでも良い気分はしなくって。 あまり彼女を直視したくなくて、少し下げていた視線を元に戻すと 視界一面に黒が敷き詰められていた。 その中に紛れる金色に、イオスがあたしを背に庇ってくれているのだと気が付く。 イオスの・・・“あたし”の知らないイオスの声が、響く。 「・・・はお前達と一緒にいた時の記憶を失くしている。 ――――――― ・・・よって、今は・・・・・・・・・ 我ら、黒の旅団の一員だ。彼女は我々の保護下にある。」 「なッ!?」 顔に絆創膏を張った大柄な剣士が、驚愕の表情であたしを見た。 ・・・そんな瞳で見ないでよ。“あたし”には、解らない。 ――――――――――― ・・・ワカルヨ。 一歩前に進み出て、イオスの横に並ぶと あたしはふぅ、と溜息を吐いて、大袈裟に肩を竦めて見せる。 隣に並んだあたしに、イオスが顔を顰めるのが気配でわかった。 「・・・あんまり良い人だとは思えないけど、上の命令なの。 ・・・それに、イオス達にお世話になってるのは事実だもの・・・ ―――――――――――― ・・・だから、悪いとは思うけれど・・・ね。」 そう呟いて腰の短剣に手を伸ばし、戦う意思を見せつける。 ・・・それから、駐屯所を出る時に渡されたいくつかのサモナイト石も、その存在を確認して・・・・・・ 赤い髪をした少年が、憎悪の瞳であたしを睨み、舌打ちをした。 「チッ・・・!!あいつ、最初からヤツラの仲間だったんじゃねぇだろうなッ!?」 ・・・最もな意見だと思う。それがこの状況で行き着く、大衆的な考えだろうから。 けれど紫色の髪をした少女は、それにすぐさま反論を返した。 「そんなこと無いわよッ!!」 「そんなん解らねぇだろが!!!まさか、アイツラの肩持つ気じゃねぇだろうなッ!?」 少女の言葉に、耳を傾ける仕草すら見せずに 少年は大きな声で、少女のそのか細い声を掻き消す。 無理矢理に、彼女の意思を抑えつけるような・・・その声が。 ――――――――― ・・・それが何故か、あたしの癪に障った。 アノコヲワルクイワナイデ。 「――――――――― ・・・まぁ、何でもいいんだけど。 この人数相手にそんな余裕あるの?・・・威勢だけはいいようだけどね、赤毛の少年。」 「・・・・・・なんだと?」 あたしの挑発に、冷静さを欠いている少年は容易く乗ってきた。 彼の注意が、少女ではなくこちらに向いたことに。 ・・・何処か、安堵するあたしがいる。綱渡りのような状況は、依然として続いているのに。 「おい、やめとけよ!怪我も酷かったんだし相手は・・・」 絆創膏の男が、少年を咎める。 ・・・一見おどけて見える彼は、けれどなかなか侮れる相手ではない。 少なくとも、辺りに殺気を撒き散らすばかりで、注意力が散漫になっているあの少年よりは、ずっと。 伸ばされた手を弾き、少年が得物に手をかける。 「うるせぇ!!コイツが本当に敵何だかは知らねぇが、邪魔立てするなら叩くまでだッッ!!」 「おい、!!・・・あまり敵を刺激するな。」 イオスが小声で、あたしにそう言った。 けれどあたしはニヤリと口の端を吊り上げ、イオスの顔を見もしないで、それを軽く受け流した。 でもきっと。・・・もし、そのとき振り返っていたら イオスがどんな表情であたしを見ていたかも気づけたのに。 ――――――――――――― ・・・だってイオス。 こうでもしてないと、あたし立っていられない。 少女の声を聞くたびに、あたしじゃないあたしの存在が、大きく脈打つのがわかるから・・・ 自分じゃない自分の存在が、はっきりと浮かび上がる。 ―――――――――――――― ・・・コワイ。 「イオスは黙ってて。・・・いいよ、あたしが君の相手をしてあげる。」 「ハッ!あとで泣き言いうんじゃねぇぞッ!!」 「リューグ!やめてッ!」 躊躇う様子も無く斧を構える少年に、少女が叫ぶ。 ・・・その悲痛な声に、また胸がチクリと痛んだ。 「・・・そっちこそね。女だからって甘く見てると、大怪我するんだから。」 あの少女を見る度に、声が聞こえるその度に。 ――――――――――― ・・・あたしの名を、呼ぶ度に。 ・・・もう1人のあたしの存在が大きくなる。 これ以上あの少女を視界に留めないで済むのなら・・・この際、なんでもよかった。 戦うことはあまり好きじゃないけれど 戦っている間は、ただそれだけに集中できるから。 ――――――――― ・・・何も考えるな、思考を止めろ。 ・・・・・・・さもないと・・・・・・ そうしないと――――――― ・・・“あたし”が、壊れる。 トリスの制止も虚しく、リューグとがそれぞれの武器を構える。 最初に交錯した2人の刃が、トリスの叫びにも似た悲痛な音を辺りに轟かせた。 ――――――――― ・・・それが、幕開けの合図。 キィン、と数回甲高い音が響いたあと。 真っ先に驚愕の声をあげたのはフォルテだった。 「なッ!?リューグが押されてるのかよ・・・ッ!?」 ただでさえある男女の力の差。 その上、リューグの武器は破壊力の高い斧なのに対し が手にしているのは、攻撃力よりもテクニックやスピード重視の短剣だ。 誰もが、リューグがを圧倒すると思っていただろう。 けれど実際目の前にあるのは、がリューグを圧しているという事実。 ただ1人、ギブソンだけが。1人2人と着実に敵を沈めながらも、その光景を冷静に分析していた。 「トリス、彼女は君達がギャミングしたんだったね。・・・一体彼女は何者なんだ?」 「あ、あたしにも解りません!確かにが強いのは知ってたけど・・・ここまでだなんて・・・」 の実力を目の当たりにして困惑するトリスに、フォルテがまた大声をあげる。 「はぁ!?じゃあトリス、お前知ってたのかよ!? ならなんでレルムの村で、アイツを戦力外にしたんだ!?」 「・・・・・・実力の割りに圧倒的に実戦経験が少な過ぎんだよ、あのニンゲン。」 フォルテの問いに、ボソリとつまらなそうに答えたのは トリスでもネスティでもなく・・・その小さい体で巧みに槍を操る、バルレルだった。 フォルテは、詳しい説明を求めてバルレルを見るが 彼は目の前の敵を蹴散らしつつ、とリューグの戦いの行く末をじっと見つめていて ・・・それ以上、何かを教えてくれそうにはない。 そんなバルレルの動作に、どこか余裕を感じるのはフォルテだけだろうか? 「その通りだ。」 突然聞こえてきたネスティの声に、フォルテはハッと思考を戻した。 「・・・彼女は実戦経験が皆無に等しい。だからこそ、殺す寸前に戸惑いが生じてしまう・・・・・・。 生きるか死ぬかの命の奪い合いにおいては、その一瞬の躊躇は十分命取りだ。 だから僕達は、彼女を戦列から外した。」 「じゃあなんで今は思いっきり戦ってるんだよ? 記憶が無くなっちまったからって、そこまで人格が変わるとは思えないんだがな。」 「――――――――― ・・・恐らく。最初から彼を殺す気で戦ってはいないんだろう。 あれほどではなかったが、はぐれ召喚獣を相手にしていたときの彼女の動きも凄いものがあった。 ・・・そのときですら、トドメは最後まで刺せなかったが。」 彼女は本来、戦うことを好まない性格なのだろう。 それを思うと、少しだけ胸が痛かった。 自分達に関わったことで、は否が応でも。 剣を振るわなければならない立場にたたされているのだから。 ネスティが一瞬だけ、苦々しく顔を顰めたのを、フォルテは見逃さなかった。 ネスティに声をかけようとして・・・けれど。一際大きな剣戟に、視線を達へと戻す。 「す、すご・・・あんなに動いてるのに、笑ってるよ!?」 「・・・まだまだ余裕ってこったろ。見てみろよ、それに比べてあのリューグのきつそうなツラ。」 「・・・ああ。既に勝負はついているな・・・」 こっそりと呟くネスティの横顔を一瞥して。 フォルテはの動きをじっくりと観察すると、少しだけ楽しそうな笑みを浮かべた。 「・・・よっぽど実戦経験の豊富な人間に訓練を受けたんだな。 まだ荒削りだが、実戦経験が皆無に等しいとは思えねぇ動きだぜ。」 手にした槍で周りにいた雑魚どもを一掃する。誓約で縛られる前の体より、随分威力は劣るが それでも、ただの人間を駆逐するだけならば、これだけでも十分だ。 もう1回槍を振り回し、自分の後ろで回復の呪文を唱えるトリスに一瞬視線を走らせると バルレルはギリギリ彼女の耳に届く小ささで、こう呟いた。 「・・・なんだか妙だぜ。」 「・・・え?何が?バルレル?」 どうにかその声を拾ったらしく、トリスが目線だけをバルレルに向ける。 「・・・あのニンゲン、前に会った時よりもサプレスの力が膨れ上がってやがる。 確かにサプレスの力の影響が一番強いニンゲンだったがなァ、ありゃ異常だぜ?」 「それってどういう・・・ッ!?」 持って回った言い方をするバルレルに、トリスは先を促そうと声を荒げ・・・ ビュン! けれどその声は、何かが風を切る音に掻き消された。 すぐ目の前を、風が掠める。 「呑気に話している暇は無いぞ!貴様等の相手はこの僕だ!」 「ッ!!」 立ちはだかる、リーダー格らしい金髪の男に トリスは小さく声を漏らすと、腰に差していた短剣を抜き放った。 それを視界の端に捉えたのか、未だリューグと攻防を繰り返しているが声を上げる。 「イオス!綺麗な顔に傷つけないようにしなさいよっ?」 「余計な世話だッ!!」 「それから、槍を持ったチビッコには気を付けて!強いサプレスのにおいがプンプンするわ!」 「・・・覚えておくとしよう。」 「誰がチビッコだ!コラァ!?だいたいテメェ俺のことが言えんのかッ!?オイッ!!」 バルレルが、槍を構えながらも憤慨する。 本当にこれが命を懸けた戦闘の最中なのか?と思いたくなるような会話だ。 自分の正面にいるにも拘らず、けれどもまだ余裕を見せるに リューグが腹立たしそうに顔を歪め、飛びかかる。 「・・・ッ・・・お前の相手は俺だろうがッ!!余所見してんじゃ、ねぇよッ・・・!!」 威勢の良い言葉とは裏腹に、彼の動きにはじわじわと疲れが見え始めていた。 それを見とめたフォルテが、表情を厳しくする。 「・・・そろそろ加勢に行ってやんねぇと、危ねぇな。」 「フォルテまでッ!?」 イオスの槍を跳ね除けて後退したトリスが、非難めいた声を上げる。 その声は今にも掠れてしまいそうで・・・ 流石のフォルテも、少々罪悪感を覚えてたじろいだぐらいだ。 「・・・トリスはを信じているんだね?」 優しく肩を叩いたギブソンの問いに、トリスは迷うことなく頷く。 ギブソンはトリスの様子を見て、満足そうに微笑んだ。 「彼女の潔白を証明したいのだったら、本人に問いただせばいいのさ。 その為にはひとまずこの場を収める必要がある。話せる状況を作る為にも、こちらの勝利という形でね。」 「先輩の言うとおりだ、トリス。今はひとまずこの状況を打開することが先決だ!」 詠唱を終えたネスティが、魔力を解き放つ。 「・・・ベズソウ!!」 得意の術を繰り出すと、次の召喚を完成させるべく。彼は休む間もなく、次の詠唱に入った。 「・・・別にを疑って戦うわけじゃねぇ。怪我させる為に戦うわけでもない。 の自身の為に。・・・・・・それなら、いいだろ?」 ニィっといつもの笑顔を見せて、ポンポンと頭をたたくフォルテに 今度はトリスも、満面の笑みで答えた。 「・・・・・・うんッ!」 「んじゃ、いっちょ加勢に行ってくるか。実際どの程度の腕前か拝みたいってのもあるしな。」 トリスの了解を取ったフォルテは、愛用の剣を肩に担ぐと颯爽と走り出す。 ―――――――――――― ・・・目指すは、。 バルレルと対峙していたイオスは、逸早くそれに気付くと、に向かって大声で叫んだ。 「―――――――――― ・・・ッ!!」 「・・・解ってる!他人のことに構わないで自分のことに集中して!イオス!!」 先程より、少しだけ疲れを見せ始めたは 自分に向かって走り込んでくるフォルテにさっと目を走らせると、やはり同じように叫び返す。 ギリッと歯を食い縛り、力を篭めてリューグの斧を押し返す。 リューグがバランスを崩した隙に、はジャンプをして後方へさがると ポケットから素早く、紫色のサモナイト石を取り出した。 「――――――――― ・・・召喚術を使う気かッ!?」 「で、でも!さんは召喚術を使えないって・・・!!」 「いや!彼女は一度レルムの村で高位のレヴァティーンを喚んでいる! ・・・他の術を扱えても、可笑しくはない!」 「レヴァティーンだって!?」 高位召喚獣の名に、初めてギブソンが驚きを顔に出した。 ぼんやりと輝き出した石を見て、体勢を立て直したリューグが荒い息を吐く。 「ハッ!・・・そんなの使わせる暇をやる馬鹿がいるかよッ!?」 斧を振りあげ、リューグが駆け出した。そしてその攻撃範囲内に、を捉える。 ―――――――――― ・・・これで終わりにしてやるッッ!! 目前に迫ったリューグの姿を見て、けれどは不敵に微笑んだ。 「おいでッッ!!」 彼女が一声叫ぶと、サモナイト石が眩い光を放ち、辺りを明るく照らし出す。 反射的に軽く瞳を閉じた、次の瞬間! リューグの目の前に、とんがり帽子を被っている丸みを帯びた生物が、突如姿を現した。 「――――――――― なッ!?」 に召喚されたその生物―――――― ・・・ポワソは つぶらな瞳をキッ!と鋭くし、リューグ目掛けてぶんぶんと腕を振り回す。 勢いのついていたリューグは、それでもどうにか踏み留まり 咄嗟に上体を逸らすことで、一見大した威力のなさそうな、その一撃を避けることに成功した。 ポワソの可愛いらしい手が空を切り、リューグの赤い髪が揺れる。 「おいッ!平気か、リューグ!」 フォルテが駆け寄ってくると、2対1では流石に不利だと思ったのか ポワソはふわふわと飛んで、後ろにさがった。 「あぁ、大丈夫だ。・・・チッ、なんだよ今のは・・・トリス!!」 「なにっ!?」 リューグは背を向けたまま、イオスと対峙しているであろうトリスを呼ぶ。 レルムの村を脱出する際に、彼女に頼まれて、呪文を詠唱する間の時間稼ぎをしたことを思い出したからだ。 バルレルの力を借りながら、イオス相手に戦っているトリスは 彼の槍を受け止めながら、なんとか返事を返した。 「召喚術ってのは詠唱がいるんじゃなかったのかよッ!?」 「いる筈だよッ!!!」 イオスと睨みあったまま、トリスが言う。 「けど実際コイツは今・・・!!」 「・・・詠唱のいらない召喚術なんて僕達も初めて見た!! というよりその存在すら今まで聞いた事がない!!・・・彼女は・・・何なんだッ!?」 敵を片付けたらしいネスティが、いつの間にかリューグの隣に並んでいた。 驚いてを見ているネスティを一瞥し、リューグは舌打ちをすると、手にした斧をぎゅっと握りなおす。 「・・・・・・あの女が何者かなんて知るかッ!退けええぇぇぇ!!!」 「おっと!」 斧を構えたリューグが、目掛けて突進してくる。その姿は、さながら猪のよう。まさに、猪突猛進だ。 あれを正面から喰らってしまったらそれは痛いだろうが、余程頭に血が上っているらしく そのコースは読み易く、はなんなくそれを避わすことが出来た。 彼の後に続こうとしたフォルテの進路に、先程召喚されたポワソが立ち塞がる。 上手く動いてくれた異界の友に感謝しながら は再度来るだろう、リューグの次の攻撃に備え、短剣を握りなおした。 けれどふとその視界に、呪文の詠唱をするギブソンが目に入った。 その視線の先にいるのは――――――――― ・・・ イオス・・・!! イオスはその技量から、一遍に2人を相手に戦っている。 彼は、バルレルとトリスの2人を相手にするので手一杯らしく、ギブソンの動きに気付いた様子はなかった。 「―――――――― ・・・ッ!?」 今から走ったのでは、術の発動に間に合わない。 例えここから大声で叫んで、イオスにそれを知らせたとしても 肝心の召喚術を防ぐ手立てを、彼は持ち合わせていない。 それを悟ったは、大急ぎでポケットに手を突っ込んだ。 イオスが倒れれば、自分達の敗北は確実だろう。 でもそれ以上に、イオスに怪我をして欲しくないという気持ちが、今のを突き動かしていた。 あの人より先に召喚術を発動させなきゃ、止められない・・・!! ギブソンはもう呪文を唱え始めているのだから それを防ぐ為には、彼よりも先に召喚術を発動させて攻撃する他無い。 そう判断すると、は迷うことなく、サモナイト石を手にした。 いつ、リューグが攻撃を加えてくるかしれない。 そういうリスクはあるが、イオスを助けるにはこれしか手がないのも、確か。 出来るだけ早く、術を完成させないと! 「!?」 サモナイト石に意識を集中させ、魔力を注ぎ込むと、ギブソンがハッとした表情でこちらを向いた。 ・・・どうやら、の動きに気が付いたようだ。 「・・・やらせるかよッ!!」 サモナイト石の光に気付いたらしく、体勢を整えたリューグが走りこんでくるのが見えた。 でも、遅いッ!! 掌で、赤いサモナイト石から光が溢れる。の声に呼応して、それは更に輝きを増した。 「お願い、オニマル!あの人の詠唱を遮って!!」 「――――――――――― ・・・なッ!?」 に喚ばれて空中に現れたオニマルが、ギブソン目掛けて雷を落とす。 まともに電撃を受けた彼は、顔を歪めはしたものの、大したダメージではなかったらしく オニマルが去っても、平然としてその場に立っていた。 “詠唱を中断させて、ついでにマヒもしてくれると助かるんだけど” ・・・なんて思っていたの目論みは、呆気なく崩された。 どうやら彼は召喚術に耐性を持つ、かなり高位の術師らしい。 「ちぇっ!高位の術者だったのかぁ・・・・・・たぁっ!!」 そうぼやきながらすぐ短剣に持ち替え、間近に迫っていたリューグに応戦する。 一部始終を見ていたネスティは、愕然とした声をあげてを見た。 「なんだってッ!?」 「ど、どうして!?は霊属性じゃないの!?なんで別属性の召喚術が使えるのよ!?ネスッ!?」 「そんなの、僕にだって解るかッ!」 「なんなんだ、あのニンゲン!?」 多少なりとも召喚術に精通している者は、全員ネスティと同じような反応を示していたが ギブソンだけは思い当たる節があるのか、眉を顰めてを凝視していた。 「・・・まさか、彼女は・・・」 目の前で驚いている小柄な少女と、その仲間達。 本当に仲間だったのか?と疑いたくなったイオスは、呆れ顔で呟いた。 「・・・お前達、仲間だったのに知らなかったのか? 理論は解らないが、は全属性の召喚術を扱えるんだ。」 「・・・マジかよ?そりゃちと厄介だな・・・」 それを耳にしたフォルテが、可愛い顔で自分に突っ込んでくるポワソの相手をしながら、面倒臭そうに呟いた。 一方、イオスを相手に奮闘しているトリスは 刃を交えている最中も、のことが気にかかって、戦闘に集中出来ないでいた。 明らかに集中を欠いているトリスに、バルレルが叱咤をとばす。 「ニンゲン!!集中しろ、気ぃ抜いてると殺られちまうぞッ!?」 「わ、わかってるッ!!」 バルレルの声にトリスはハッとして短剣を構え直すが やはりが気になるらしく、またすぐに集中が途切れてしまう。 トリスにとって幸いだったのは、目の前にいる相手もを気にかけていたことだろうか。 トリスがに視線をやると、彼も同じように、一瞬だけに目を向ける。 だから、その隙を突いて攻撃されることがなかったのだ。 そういえば、彼女は最初からずっと、のことを気にかけていたな・・・ 嬉しそうにの名前を呼んだ少女。 彼女に名前を呼ばれたが、ビクッと体を震わせたのを知っている。 必死に自分に応戦しているこの少女は、一目で素人だとわかるほど。その動きは無駄が多く、まだぎこちない。 そんな少女と何度目かに武器を交えた時。 イオスは、それでもに視線を走らせている少女に、そっと声をかけた。 「・・・そんなに気になるのか?・・・が。」 敵対している人間に、そんなことを問う自分。 尋ねておきながら、イオス自身が自分の行動に驚いた。 トリスも、まさかそんなことを尋ねられるとはこれっぽっちも思っていなかったのだろう。 驚きに、紫色の瞳を丸くした。でも次の瞬間には、キッ!と鋭い目付きになって、イオスを見据える。 それは、リューグの言葉に噛み付いた。そのときの視線に良く似ていた。 「・・・ッ!!当たり前よ!はあたし達が喚んじゃったんだから!・・・大事な、友達なのよッ!!」 「な、に・・・・・・!?」 予想もしていなかった返答に、篭めていた力が思わず緩む。 「えーいっ!!」 そこへ、掛け声と共に緑色の何かが、イオスに飛び掛ってきた。 イオスは慌てて槍を引き、その場から飛び退く。 「レシィ!?」 飛び掛ってきたのは、目に涙を溜めているレシィだった。 イオスからトリスを庇うようにして立つと、ガタガタと震える手をぎゅっと握り締める。 「ご、ご主人様ッ!さんの所へ行ってあげて下さい!!・・・ここは、僕が引き止めてみせます!」 「でもレシィ・・・!」 自分を気遣うトリスの声に甘えそうになってしまったレシィは けれどブンブンと頭を横に振り、必死に弱気な自分を吹き飛ばした。 「・・・さんの事が気になるんでしょう? それに僕、さんと誰かが傷つけあってるのを見たくないんです! それを止められるのは・・・ご主人様しかいませんっ!」 あれは、ゼラムの街から初めて外に出た日のこと。 道中襲い掛かってきたはぐれ召喚獣を前にして。 自分と違い、あれだけの実力を持ち合わせていながら、“殺せない”と震えていたの姿を思い出す。 その彼女が、仲間達を傷つけることを望んでいる筈はないのだから。 そう、レシィは思う。戦うことを怖いと思う自分だからこそ 殺せないと言った、の気持ちを汲み取ってやれるとも思うのだ。 彼女が自分に向けてくれた優しさは 暖かい太陽の日差しのような、そんな優しさだったから。 一瞬躊躇したトリスは、震えながら。けれども果敢に敵に立ち向かおうとするレシィを前にして 口をきゅと結ぶと、くるりとその小さな背をイオスに向け、走りだした。 「・・・ありがとう、レシィ!そっちはお願い!!」 「・・・クッ!!させるか!!」 トリスを追いかけようとしたイオスの進路を、レシィとバルレルが塞ぐ。 横目でチラリとレシィを見て、バルレルがさも面白そうに笑った。 「・・・ヘッ!ただの腰抜けかと思ったが、意外とやるじゃねぇか。」 「僕だって・・・やるときは、やりますっ!」 が、あの少女にだけは反応を示していた。 敢えて、彼女の存在を見ないようにしている節もあった。 ・・・ただでさえ、の精神は今 記憶を失くす前の自分と向き合って、とても不安定な状態なのに・・・ ―――――――――― ・・・そこへ、彼女が飛び出していったら・・・? が壊れてしまうかもしれない。 全身に、旋律が走った。 恐いのは、彼女が微笑みかけてくれなくなること―――――――― ・・・ それが1番、怖かった。 「・・・くそっ!!邪魔だっ!退けっ!!!」 その頃、は焦り始めていた。 いい加減息も切れ始め、何度も連続してリューグの攻撃を受け止めた腕は だんだんと力が入らなくなってきている。 よくもあれだけ何度も何度も、重たい斧を振り翳せるものだ。 戦い始めた頃から、既に疲労の色を見せてはいたが、それによって、振り下ろす斧の威力が衰えることはなかった。 どこからこれだけの体力が湧いてくるというのだ、この少年は。 このまま持久戦に持ち込まれては、不利になるばかり。 そう思ったはポケットから、今度は緑色のサモナイト石を取り出す。 「・・・手を貸してッ!」 の呼び声に応えたローレライが、水撃でリューグを跳ね飛ばした。 「ぐわぁ!」 「リューグ!!」 やはり、向こうも疲れていたのか。地面に叩き付けられたリューグは、意識こそ手放してはいないものの 軽い脳震盪を起こして、倒れこんだまま立ち上がれずにいる。 一番近い位置にいるフォルテも、ポワソに邪魔をされて、なかなかリューグを助けに行くことが出来ない。 「・・・っはぁ・・・なんでこんなに馬鹿みたいに体力あるのよ・・・。」 その様子を見たは、ふぅっと大きく息を吐くと、リューグに向かって、ゆっくりと歩を進めた。 殺すつもりはないが、ロープで縛るなりなんなりして 動きを封じておかなければ、あの少年は動けるようになった途端、また食って掛かってくるだろう。 けれどがロープを持っている筈もなく そこでと、先程の使ったオニマルのサモナイト石を掴んだ。 相手が高位召喚師でなければ、オニマルの力でもって麻痺をさせることは容易いだろう。 そしてには、この少年が召喚師だとは到底思えなかった。 「取り敢えず・・・マヒでもしてて貰いましょうか!」 地に倒れているリューグを見下ろして、がサモナイト石を掲げたとき・・・! 「――――――――――――― ーーーッ!!」 イオスの悲鳴にも近い叫び声が耳に届いて、はハッと顔を上げた。 「―――――――――――― ・・・ッッ!?」 目に飛び込んできたのは、鮮やかな紫。 イオスの追撃から逃れたトリスが、リューグとに間に飛び込んできたのだ。 トリスはリューグを背に庇う形で腕を広げると、悲痛な面持ちでを見つめる。 朝焼けにも似た双眸が、その視界一杯にを捉えた。 少女の瞳に映った自分は、酷く戸惑った表情をしていた気がする。 「お願いやめてッ!!・・・ッ!!」 「・・・ッッ!!」 手を伸ばせば殺せる距離―――――――― ・・・ 武器の射程範囲に捉えられたことに反応して、すかさず後方に飛び退き、距離を保つ。 些か不利になったサモナイト石を手放し、接近戦に適している短剣を握り締めた。 ―――――――― ・・・ここまでが、が無意識に起こした行動だった。 苦しげに眉を顰めつつ、目の前に飛び出してきたトリスを睨む。 無防備どころか、相手は武器さえ構えていないのに・・・ ――――――― ・・・何故か、攻撃することが躊躇われた。 いつでも応戦出来る状態で。けれど金縛りにでもあったかのように、動けない。 ・・・理解できないこの状況に、自身が1番戸惑っていた。 『じゃあ、少しずつ交換して味見しようか。!』 『・・・いっそのことみんなでまわして食べちゃう?』 「――――――――――― ・・・ッ!?」 突然、頭の中に蘇る声。 『、その・・・じどうどあって、なに?』 「!本当にあたし達のこと・・・あたしのこと、わからないのッ!?」 再生されるその声は確かに、目の前にいるこの少女のものだったけれど そんな会話を交わした“記憶”、“あたし”にはない。 『良く聞いてくれたわね!コレよ、!!』 けれど。直接脳内に響くそれは どう考えても自分の記憶以外の何物でもなくて――――――――― ・・・ 『そんなこと言われたって、わからないものはわからないんだからしょうがないでしょ!? ・・・いったぁー・・・あ、マグナここたんこぶになってる。』 『そうそう。ネスのお小言なんて、鳥が空を飛ぶのと同じくらい 普通のことだからあんまり気にしないで。ね?』 ―――――――――――――― ・・・マグナ・・・ネス、ティ? 「―――――――――――― ・・・ねぇ!?ッッ!!」 『いいなぁ、・・・。あたしもアメルともっと話したかったー。』 「あたしのことも、アメルのこともッ!?」 ―――――――――――― ・・・アメル・・・ 『じゃあ明日、トリスも一緒に行くですよ!』 そうだ。・・・そう言って、あたしは後ろを振り返る。 ・・・だってそこには、ねだるようにこちらを見上げる彼女が――――――― ・・・ 「―――――――――― ・・・・・・全部、忘れちゃったの・・・?」 ・・・お願い。その声で、それ以上あたしを呼ばないで・・・ 『もしかして、貴女―――――――――― ・・・』 頭がイタイ。 「・・・くっ!」 リューグにも剣を向けたのだ。いつ攻撃されてもおかしくないと思っていたトリスは 苦しそうに呻いて、フラリとよろめくに首を傾げる。 「・・・?」 「トリスには斬りかからない・・・?」 「まさか・・・トリスの事を覚えているのか!?」 トリス、トリス、トリスとりすとりすとリストりス―――――――― ・・・そう、トリス。 は小さく続く鈍痛に、額を押さえながらも ゆっくりと、トリスを見上げ――――――――― ・・・ 「・・・と・・・りす?」 彼等が呼び合っていたのを聞いたのではない。確かに、記憶の断片に残っている・・・ ――――――――― ・・・どこか懐かしく思うその名を、初めて口にした。 久しぶりに聞いた気がする、自分を呼ぶの声。 それを聞いたトリスは、ぱぁっと表情を明るくした。 「・・・・・・ッ!」 ところが、言葉を続けようとしたトリスの体を、背後から伸びてきた手が乱暴に押し退ける。 「退けッッ!!!」 「きゃあっ!」 「!?」 小さなトリスの体は、抗う術もなく突き飛ばされた。 そしてその後ろから、動けるようになったリューグが、目掛けて飛び掛かる! ただの体当たりでは、致命傷には至らない。 けれど完全に不意を突かれたは、その衝撃で後方に大きく吹き飛んだ。 「くはあッ!」 「ッ!?・・・!!お願い!待って、リューグ!!」 油断してた!急げ!すぐに応戦しないと・・・!! すぐさま立ち上がろうと、は足に力を込める。 けれどいくら力を込めても、立ち上がろうと試みる度に右足に激痛が走り、そのまま崩れ落ちるだけ。 「・・・ッ!?」 「・・・!!」 足を押さえて、一向に立ち上がらない。 イオスが、塞がりかけていたキズが再び開いたのだと予測をつけるのは、簡単なことだった。 「・・・ハッ!・・・手間掛けさせやがって・・・」 肩で荒く息を吐き、じわりじわりとににじり寄るリューグ。 彼の握っている斧が。太陽の光を反射して、鈍い光を放つ。 それが、死神の手にする大鎌を思わせた。 ―――――――――――――― ・・・駄目、やられる・・・ッッ!! 「ーーーッッッ!!!!」 「やめてえええぇぇッッッ!!!!」 イオスと少女・・・トリスの、絶叫だけが耳に届く。 他には、何も聞こえない。 全ての景色がモノクロームに見えた。・・・彼女の、紫色の髪と瞳を除いては。 死ぬ間際、記憶が走馬灯のように駆け巡るというけれど、もし、今死んだら。 あたしには何が視えるのだろう・・・? そんなことを、頭の片隅でふと思った。 「危ない!さがるんだッ!!」 バキュン!! けれどその考えは、すぐ近くで聞こえた銃声に遮られ霧散する。 に死を与えようとしていた斧は、振り下ろされることなく視界から姿を消した。 「・・・チッ!!」 「アキナ、無事カ・・・?」 「・・・ゼル、フィルド・・・」 「ゼルフィルド!」 イオスが歓喜の声をあげた。 「・・・いおす、我ガ軍モ大打撃ヲウケ 既ニ戦闘ヲ続行デキル状況デハナイ。ココハ撤退スベキダ。」 呆然としてしゃがみこんでいる見下ろし、ゼルフィルドが呟く。 それにイオスは、苦々しい表情で頷いた。 「仕方あるまい・・・」 そう返事をすると、向こうの騒ぎに気を取られていたレシィ目掛けて、槍を振るう。 「うわぁっ!?」 の行動とトリスの悲鳴に、すっかり気を取られていたレシィは 槍を薙いただけで呆気なくその場に倒れ込んだ。 ・・・しかも。倒れる時に、隣にいたバルレルを道連れにして・・・ 「・・・馬鹿!何やってんだ、テメェは!!」 「ご、ごめんなさい・・・!!」 レシィに下敷きにされ、怒鳴るバルレルの声を背に、イオスは一気にの傍まで駆け寄った。 「・・・、大丈夫か?」 膝を付いて、の顔を覗き込むと、彼女は残念そうに苦笑を零し、イオスに微笑みかけた。 ―――――――――――― ・・・今にも泣き出しそうな顔で。 「・・・あーぁ、油断しちゃったなぁ・・・これじゃ、イオスのこと言えないや。」 痛々しいの笑みに、イオスが顔を歪める。 彼女に手を差し伸べたい衝動に駆られて、けれど今は 撤退することの方が優先だと、イオスは必死に己に言い聞かせた。 「・・・足は?」 「・・・平気。撤退ぐらいなら、召喚術でどうにかするから・・・」 「・・・解った。」 の返答を受け、イオスは立ち上がる。 ・・・数年前の悲劇を、今ここで繰り返すわけにはいかない。 をこれ以上傷つけさせない為にも・・・ 「まさか、そちらにこれほどの召喚師がついていたとは、誤算だったな。 ・・・総員!ここは一時撤退する!退け!!」 は手探りで黒いサモナイト石を取り出すと、弱々しい声で、その石にそっと囁きかけた。 「お願い、出てきて・・・」 光と共に現れたライザーは、を気遣うように辺りを旋回すると 腕の下に潜り込み、彼女の身体を支えふよふよと飛び始めた。 その反対側にサッとポワソが飛んできて、ポワソもを必死に支える。 そうして、両側を召喚獣に支えられながら。 最後に、チラリとトリスの姿を顧みて。 ・・・それっきり、が後ろを振り返ることはなかった。 |
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戯言。 すみません・・・!! ・・・と最初に言わなければ気が済まなくなってきたのでしょうか?(汗) 言わないと酷く落ち着きません、ええ。 黒の旅団、ゼラム襲撃編です。 前回も途中で分割したにも拘らず、なんだか妙にリューグが暴れてくれたので 区切りのいい箇所がなくてですね、最初から最後までかけっこみたいな展開になってしまいました。 リューグは頭に血が上りすぎ。イオスは依存しすぎです。(書いたのお前だろ。) そしてなによりも長ッッ!?短くしたかったのに・・・はぅぅ・・・ 記憶を失くす前の自分の存在を感じて、揺れ動くさんの心境、が今回のメインテーマでした。 あと、実はどのくらい強いのかとか。 この話を書くにあたって、つじつまあわせ・・・というか。 ほんのちょっとしたところの話をあわせるために、今までのお話も所々修正とかしました。 (本当に所々なので、読み返しても気付く人はいないでしょう。というか、本人ももう忘れかけてます・笑) そして次の話ですが、実はコレ。今回の話でもまだ、一区切りついてません・・・(滝汗) ・・・なので、お次もさんです。 |
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