朝だ・・・




小鳥のさえずりと、遠くから微かに聞こえる人のざわめきと、生活音に
ぼんやりとした頭でそう考えた。

ゆっくりと、ずっと動かしていなかった手を動かす。
ふと、移動させた視線のその先に
昨日手をつけなかった夕食がそのままに、テーブルの上に置かれているのが瞳に入った。






悪いこと、しちゃったな・・・






自分が作ったのではない食事。誰かが作ってくれたご飯。




折角、用意してくれたのに。




そうは思っても。今は食べる気になれなかった。

ゼラムの街から帰ってきてからずっと
ベッドに横になってたから、お腹が空かないのだろうか。

今だってベッドに入っていたけれど、別に眠っていたわけでもないのに。
それとも昨日、鎮静剤のせいで寝すぎたから、眠れないのかな・・・

・・・いや。もしかしたら気付いていないだけで
あたしは今まで眠っていたのかもしれない。

そんなことすらあやふやで、わからないくらいに
夢と現実の間を行き来しながら、朝になるまでの時間を過ごしていた気がする。

そのとき。手になにかがコツンとあたって、指先の暗闇に目を凝らす。
そこにあったのは、サモナイト石。
・・・昨日、あたしが使ったサモナイト石の1つだろう。

テントの暗さに、サプレスのものか、ロレイラルのものか、判断し兼ねて
けれどその気配に、サプレスのものだろうと見当をつけ。あたしは再び、天井を仰ぐ。

・・・時間帯のわりに、紫と黒の識別が出来ないほどテントの中が薄暗いのは
明り取りの窓も開けていないし、ランプもつけていないからだ。
それだけの単調な動作も、今の身体には酷く気だるくて仕方がない。




「・・・ねぇ?あたし、これからどうすればいいの・・・?」




ベッドに横になったまま、手を伸ばし、呟いてみる。
けれど、それに答えてくれるものは誰もいない。
なにしろ、今このテントには、1人きりなのだから。






でも、以前はこんなふうに。

どうしたら良いかわからないとき。

問いかけたら、優しく返してくれる声があったような・・・









――――――――――― ・・・そんな、気がするのだ。









その誰かの名前すらも、今はもう、思い出せないけれど・・・









・・・教えてください。あたしは、“誰”なんですか・・・?
















〓 第14話 いつか、聞いた言葉 前編 〓













ならず者や、手荒な冒険者。そんな厄介者たちが集まる
所謂、裏通りというやつに立ち並ぶ酒場。

そんな場所が、聖王都ゼラムにも存在する。

そこは、昼間から酒を煽るもの達で溢れかえっていて
危険もたくさん転がっているが、その代わり有益な情報もたくさん転がっている。

しかし。どうそれを手にするかは、お金と交渉する人間の口次第だ。




「・・・へっぷしっ!!」


「お?ねえちゃん、風邪かい?」


「あー・・・。いや、きっと誰かが噂してるんだ。なんか、よくわかんないけどそんな気がする。」




そんな中のとある一軒の店。
あまり小奇麗でないテーブルにかけて、は目の前の男に酒を注いでやっていた。
勿論目的は、レルムの村の戦火から逃れて来た者がいないか探るため。


・・・もし、脱出できた者がいるのなら。


それは限りなく、である可能性が高いだろうと言うことで
バノッサとの意見は合致した。




「・・・でさ。話を元に戻すけど、おっさんも全然知らない?」


「あぁ。すまないが、村が襲撃されたということすら初耳だ。
まして、その生き残りなんて・・・」




こんな酒場にいる女性といえば、大概が日本で言うホステスのような職の人間で
女性が1人で、しかも真昼間っから酒場にいるというのは、実に珍しい光景である。

けれど、彼女はその性格上。
然して時間もかからずに、違和感なく場の雰囲気に溶け込んでいた。




「・・・そっか。あーぁ、やっと村のこと知ってる人見つけたのになぁ。」




言いながら、自身もコップに入っていた酒を
グイっと一気に飲み干した。




「悪いな、ねえちゃん。」




ほろ酔い気分の中年男性は、悪びれた様子もなくそう言うと
先程に注がれた酒に口をつける。




「あ?別に良いって。元から藁に縋る感じでやってんだしさ。
ま、おっさんも飲んで飲んで。」




悪いといいながらも嬉しそうに、男がコップを差し出したところへ・・・




「・・・よぉ。最近ここらをうろついてる女ってのはお前か?」




ふと頭上に射した影に顔をあげると
いかにもチンピラ風の男が、手下らしき人間を引き連れて
面白そうにを見下ろしていた。

その声に反応して、目の前にいた男が小さく悲鳴を上げる。

・・・その様子だけでなんとなく。
このチンピラがどういう立場なのか見当が付いてしまって、嫌になった。




「・・・さぁ、どうなんだろうね?自分が噂されてるかなんて、解らないからさ。」




・・・恐らくは、サイジェントにおけるバノッサのような存在なのだろう。
いかにもな三流悪役っぷりに、内心うんざりと溜息を吐く。
さっきまで真っ赤な顔をしていた男が、今度は青い顔をしてに言った。




「ねぇちゃん。悪いことはいわねぇ、さっさと逃げた方が・・・」


「なにをコソコソ話してやがるッ!?」


「・・・ひッ!?」


「あー・・・、おっさん。のことはいいから、早く行ったほうが良いよ。」




がヒラヒラと手を振ると、彼は一目散に逃げていく。
そして未だイスに座ったまま、変わらぬ態度で
司令塔らしき、右腕に龍の刺青がある男(・・・仮にチンピラAとする)を見上げた。




「・・・随分と余裕じゃねぇか。
ついでに、少しだけ俺達に付き合ってくれると助かるんだけどよ。」




チンピラAの後ろにいる手下BとC
(我ながら安易なネーミングだ)が、薄汚い笑いを漏らす。
・・・コイツラから比べれば、オプテュスの連中はなんと躾の行き届いていることだろうか。




「悪いけど、これでも人待ちなんでね。折角のお誘いだけど、辞退させて頂くよ。」


「んだとぉ!?てめぇはつべこべ言わずについてくりゃいいんだよッ!」


「断る権利なんて、元からないんだからな!」




手下BとCが、喧しく吠える。
ここで引き下がってくれれば良かったのだが、このぶんでは
それは到底叶わぬ願いのようだ。






さて、どうしたもんだか・・・






思って、部屋の片隅の、とある一席に視線を向ける。
実は数時間前から、は何者かに後を付けられていた。
真っ黒な服に全身を包んだその男は
いくらが細く曲がりくねった道を通ろうとも、付かず離れず後をついてくる。

最初は、強盗の類かとも思ったのだが
人気のない道に入っても、何を仕掛けてくる気配もなく・・・
その代わり、こちらの行動を逐一監察しているような様子が見られるのだ。

本当は、このまましばらく泳がせておきたかったのだが
ここで暴れてしまっては、その騒ぎに乗じて逃げられてしまうかもしれないし
相手の目的がわからない以上、下手に手の内を見せたくはなかった。






はっきり言って、心当たりなんて山ほどあるんだよな・・・(汗)






賞金稼ぎなんて仕事をしていると、妙なところからたくさん恨みを買うものである。
言ってしまえば、こんな風に絡まれるのも日常茶飯事。

サイジェントでは、色々なことからその名が広まり
今あの街で、に喧嘩をふっかけてくる命知らずなんていない。
最も。サイジェントの裏社会は、実質オプテュスが牛耳っているようなものだから
それも当然といえば当然かもしれないが。

けれどもまさか、ゼラムに出張してきてまで
こんな陳腐な絡まれかたをして
ゴロツキの相手をする羽目になるとは、夢にも思っていなかったのだ。

酒場はシンと静まり返り。否が応でも、がどう答えるのかと注目が集まっている状態。
こんな状況で銃を乱射したり、召喚術を使って大暴れするのは、得策ではない。
面倒臭いことになったものだと思いつつ
目の前に落ちてきた髪を鬱陶しく払いのけ、顔をあげると・・・




――――――――――――― ・・・あ。」




ポカンと口をあけたを、チンピラAとその手下が胡散臭そうに見る。
彼等はの視線が自分達に向けられていると思ったのか
お互いに顔を見合わせて、首を傾げた。




「・・・違うっての。アンタ達、後ろ見てみなよ。」


「へへッ、俺達の隙をついて逃げ出そうって魂胆だろうが
生憎そんな間抜けな手には乗らないぜ!」


「・・・・・・いや、そうじゃなくてだな・・・(頭痛してきた・・・)」






誰がそんな古典的なことするかってーの。




ガッシャン!!






が項垂れたのと同時に、盛大な音をたてて
手下Cがその場から、忽然と姿を消した。

それにハッとして後ろを振り返った手下Bも、一瞬にして別の方向に吹き飛ぶ。
彼等が消えるたびに聞こえた大きな音は、飛んでいった彼等がぶつかり
奥に並んでいたテーブルやイスが倒れた音だ。




―――――――――――― ・・・なッ!?」




驚愕の声をあげる、チンピラAの背後に立っているのは・・・




「・・・なにこんなヤツラに絡まれてんだよ、テメェは。」




難なく手下BとCを投げ飛ばして、呆れた顔でを見降ろす。
・・・が待っていた、バノッサその人だった。




―――――――――――― ・・・遅い。お前が遅いから
がこうして三流悪役どもに因縁つけられるんじゃないか。
そもそも、ここで酒飲んでただけで何もしてないし。」


「・・・こういうときぐらい、素直に礼の1つや2つ言えねェのか?(溜息)」






「いやご苦労、バノッサくん!
さぁ、さっさとそいつらを片付けてくれたまえ!!」

「お前なぁ・・・!(怒)」







「・・・けど実際、バノッサを頼りにしてたのは本当なんだけどなー。」




そう言ってヘラヘラと笑うは酒のせいか、心なし頬が紅い。
けれどそう言われ、バノッサは一瞬面食らった顔をして、でもそれから・・・




―――――――――― ・・・仕方ねェから、俺様が片付けてやる。」






恋するものは馬鹿になるというが、バノッサも例に漏れずなんとも単純な男である。


しかしながらは・・・・・・









相変わらずお伊達に弱いよなー、バノッサは。









――――――――――― ・・・ぐらいにしか思っていないから、これまた哀れなのだが。




「よっ!バノッサの旦那、さすが男前ッ!!」




そんな野次を飛ばすを、バノッサがジト目で振り返った。




――――――――― ・・・テメェ、どれだけ酒飲んでんだ・・・」


「いやなに、まだ瓶4本足らずだよ。あはははー!」


「それだけ飲みゃ十分だろッ!!!(焦)」


「・・・・・・そう言うバノッサは、何杯飲んでんだよ?」


「中ジョッキ9杯。」


「なんだよー、お前だって昼っから結構飲んでるじゃないか。人のこと言えないだろ。」




ぎゃあぎゃあと他愛もない会話を始めた2人を見て
チンピラAの額に、薄っすら青筋が浮かぶ。
そしてわなわなと拳を震わせると、血走った目で2人を睨んだ。




「ふざけやがってッ!!ただじゃ済まさねぇぞッッ!!
出て来い、てめぇらッ!!」




チンピラAが叫ぶと、出てくる出てくる。
ざっと、10人程度だろうか?彼の手下らしき男たちが、どこからともなく姿を現した。




「おおっと!手下D〜Mが現れた!これはキング手下に合体かッ!?あははは!!」


「・・・なに言ってんだ、この馬鹿。」






それを言うならキング○ライムですよ。


完全に酔っ払ってます。







これだけ人数が増えても、臆する様子も全く見せず
そして、笑い続けるを見て、チンピラAが激昂する。




「やっちまえッ!!!」




チンピラAのGOサインで、手下B〜Mが一斉に走り出した。




「ハッ!!いくら群れたところで、所詮クズはクズでしかねェんだよォ!!」




そう叫ぶなり、バノッサは手近までやってきた1人を素手で殴り倒す!
手下・・・いくつだったかは、情けない声を漏らして、あまり綺麗でない床に顔を埋めた。
一発KOされた仲間を見て、相手は一瞬怯んだ様子を見せたが
その間にもバノッサは、1人2人と彼等を地に沈める。




―――――――――― ・・・この程度か?剣抜く必要もねぇなァ・・・?」


「なにやってんだ馬鹿どもがッ!!女のほうを狙え!!」


―――――――――― ・・・あ??」




チンピラAの一声で、一斉にターゲットが
バノッサからへと切り替わる。

完全に傍観者に徹していた(挙句まだ酒を飲んでいた)
突然彼等の矛先が、自分に向けられたことに、緊張感のない声を漏らした。




「殴りあいってのは、あんまり得意じゃないんだけどなぁ・・・」









ゲルニカ喚ぶのなら得意なんだけど。

この歩く破壊兵器め。










やがては、やれやれ・・・と至極面倒臭そうにイスから立ち上がると
向かってきた1人の男を真っ直ぐに見据える。




「覚悟しやがれ!」




ありきたりなセリフを吐いて、手下は目掛けナイフを振り翳した。

そんな手下を見て、はおもむろに今まで座っていたイスを持ち上げると・・・






ドガァッ!!






力任せに、振りまわす!!
イスは見事顔に命中し、その衝撃で、手下は数歩ふらふらと後退る。

は、ぽいっとイスを手放し
今度はそのまま、勢い良く男の股間を蹴り上げた・・・!!



その場にいた男性全員が、彼が受けただろう痛みを想像して顔を顰めた。



そして、更に追い討ちをかけるように
苦痛に顔を歪め、床でのたうち回っている男の顎を
サッカーボールを蹴る要領で蹴り飛ばす!

ヒクヒクと悶絶する男を踏み台に、は膝に手を乗せ・・・




「もう1度同じ目に遭いたくなかったら、そのまま大人しく寝てるんだね。

――――――――― ・・・でないと、次は潰すよ・・・?」




ニヤリと卑屈な笑みを見せ、そう言い放った。




「・・・えげつねェ奴・・・(汗)」




一部始終を見ていたバノッサが、多少引き攣りながら呟いて
それには、フン!と荒い息を吐く。




「だってさぁ!どう考えたって力なら向こうの方が上なのに
その上刃物まで持ってるんだぞ?だったら、これぐらいの仕打ちは当然だろ。」




不満そうに言いながら、はバノッサのいる場所まで駆けてゆく。
そうして、がバノッサと背中合わせの位置に立ったとき
既にバノッサは、また別の2人を昏倒状態に陥らせていた。
ふふん、と機嫌良さそう笑って、は指折り残りの人数をカウントする。




「あと5人か・・・んじゃ、お前が4人でが1人ね。」


「・・・オイ。」


「わかったよ、ならお前が3人でが2人!これならいいだろ?」


「それでも俺様のほうが多いだろうが。」


「いいじゃないか、奇数なんだから必然的にどっちかが多くなるんだし・・・
――――――――― ・・・それに、片付けてくれるんだったろ?」


「・・・まぁ、いい。」


「あ、それから・・・」


「あの隅っこに座ってるヤロウのことか。」


「さっすがバノッサ。話が早くて助かるよ、説明する手間が省ける。」


「・・・抜かるんじゃねェぞ。」


「大丈夫だよ。いくら素手でも、こんな奴らには負けないって。」




人数だけで見れば、圧倒的に不利であるのに
不敵な笑みを絶やさないどころか、この状況を楽しんでいる節さえある
ここいらでは見かけない顔の2人。

そんな彼等の周囲には、どこから騒動を聞きつけたのか
いつのまにか、好奇心旺盛な野次馬達が集まり始めていた。











「ぐごぉはッ!?」




そんな奇妙な悲鳴をあげて
の目の前にいた手下Mが、力なく床に崩れ落ちる。
今まで振るっていたモップを床に立てると、周囲から歓声が巻き起こった。




「たかがモップでも思いっきり腹突かれたら、結構効くだろ?
いくら刃物のほうが殺傷能力高くても、届かなかったら意味ないよ。
覚えておきな。・・・ものは使いよう、ってね。」




満面の笑みを浮かべてが呟いても、手下Mがそれに答えることはなかった。




「さーってと、これであとはチンピラAだけだけど・・・」

(それで固定してるんかい。)




くるりと後ろを振り返ってみると、丁度バノッサが
グリグリとチンピラAを踏み付けているところだった。




「おーい、そっち終わったかー?」


「あぁ、まぁな。そっちも終わったみてぇじゃねェか。・・・ったく、面白味のねェ奴等だぜ。
こんな弱い奴等相手にしても、ちっとも楽しかねぇよ。」


「そう言ってやるなよ。こいつらだって弱いなりに頑張ったんだからさ。」






随分なこと言ってません?






そう言って、はバノッサのいる方向へ向けて一歩踏み出したが・・・




―――――――――――― ・・・ッ!?」




けれど視界の隅っこに、群がる野次馬の中に紛れて店を出ようとする
あの黒尽くめの男の姿を見つけた。

は咄嗟に床に転がっていた、ナイフを拾い上げると
男の進行方向目掛けて、それを投げつける!

野次馬達は、思い思いに叫び声をあげながら道を開け
が投げつけたナイフは、見事黒尽くめの足元に突き刺さった。




「!?」


「はいはいそこの人〜。達アンタに用があるんだけど
ちょっとばっかりツラ貸さない?(爽)」




にっこり微笑んでが言うと、男は脱兎の如く駆け出す。




「あ。逃げた。」


「当たり前だ!ぼけっとしてんな馬鹿、追うぞ!!」


「言われなくてもっ!」




バノッサが横を走り過ぎ、もモップを放り出して走り出した。
男の後を追い、細く入り組んだ道を走る。
そしてついに。迷路のような路地を、抜け出したその先は
―――――――――― ・・・




「・・・・・・ここ、繁華街じゃないか。」


「そうみたいだな。」




バノッサはその鋭い眼光で辺りを見回すが、黒尽くめの姿はさっぱり見当たらない。




「うーん、見事に逃げられたみたいだねぇ?」


「・・・あぁ。」




常に人の往来が途絶えない繁華街。
一端ここに紛れこまれれば、いくら特徴的な格好をしているからと言っても
見つけ出すのは至難のワザだろう。
ましてや、達はゼラムの地理に詳しくない。
そんな状況では、あの男を見つけられる確率はとてつもなく低かった。




「どうするよ、バノッサ?」




そうが問うと、バノッサは面倒臭そうに顔を顰め、言葉を吐き捨てる。




「放っとくしかねェだろ。向こうの正体がわからねぇ以上、深追いすんのは危険だ。」


「・・・だね。必要があるなら、また向こうから接触してくるだろうし・・・」




そう言いながらも、も一応辺りに視線を彷徨わせて・・・
そしてその雑踏の中に、見慣れた人影を垣間見たような気がした。




「・・・あれ?」




けれどその人影は、が彼かどうか確認するより前に
あっという間に人の波にのまれて消えてしまう。




「・・・どうした?」




間抜けな声をあげて瞳を擦るを、バノッサが見下ろした。




「・・・いや、さ。今、の気のせいかもしれないんだけど
なんだかシオンっぽい人見た気がして・・・」


「あぁ?・・・あの、怪しい薬屋か?」




怪訝そうに呟くバノッサに
は我が瞳を疑いながら、こくりと頷いた。
バノッサは一瞬眉を顰めたが、すぐに首を横に振ってそれを否定する。




「・・・お前の気のせいだろ。そうでなきゃ、他人の空似だ。
第一、今アイツはトウヤに頼まれて、世界の動向とやらを探ってんだろ?
それが偶然、こんなトコに居合わせるか?」




・・・そう。バノッサの言う通り、確率だけからして言えば
シオンがゼラムにいる確率はとてつもなく低い。

なんと言っても、彼は今。トウヤに頼まれて
無色の残党の動きや、1年前の事件による各地への影響。
その他諸々を調べる為に、世界各地を飛び回っているのだから。




「それもそうなんだけどさ、なんかみょーーーーーーーに気になって。
やっぱり、の見間違いだったのかな?」




バノッサは、“そうだろ”と興味無さそう告げると、さっさと踵を返す。
見間違いかと言ってはみたものの、はどうしても、何かが腑に落ちない。









あんなオーラ出してる人間なんて、早々いやしないと思うんだけどな・・・。









考えこんで、その場から動こうとしないに気付いて。
バノッサは溜息を吐くと、自分も足を止め、肩越しにに振り返った。




「おい、さっさと宿に戻るぞ。
早く来ねェと、俺様がありったけの酒、全部飲んじまうからな。」




そのセリフに、は弾かれたようにパッとその顔をあげた。
肩まである髪が、彼女の動きにあわせて揺れる。

・・・少し、綺麗だと思った。




「うっわ、ふざけんな!お前は本当に全部カラにしそうだから嫌だよ!
・・・っていうか、を置いてく気かッ!?この薄情者!!」




けれど、彼女から紡がれるのは相変わらずがさつな言葉。
たまに、もう少しだけ女らしくならないものかと、バノッサは頭を抱えたくなる。

でも、彼女がその辺りにいる女と同じになってしまったら
つまらないこともまた事実だ。

大好きな酒を飲み干されては困ると
は考えごとを中断して、慌ててバノッサの後に続いた。


花より団子。


酒。の一言で、自分の後を必死に追ってくるの姿に
こっそりとバノッサは苦笑を漏らす。




・・・そうして、元々面倒臭がりな彼女の頭の中から
またしても、それはすぐにどこかへと追いやられてしまうのだった。
















「じゃあ、やっぱりそうだったのね。あの子になら、あたしも会ったわよ。」




奇妙な縁で仲間となった、金の派閥の少女ミニス。

金の派閥にには関わるなと散々喚き散らしていたネスティを、どうにかこうにかアメルが説得して。
(言いくるめたともいう。)
やっと彼女は、この屋敷に足を踏み入れることを許されたのだ。

アメルの淹れてくれた紅茶を飲みながら、今自分達の置かれている状況を説明したトリスに
ミニスが返した言葉がそれだった。




「・・・え!?ミニス、に会ったのか!?」




マグナが大声をあげて立ち上がり、その振動で、カップの中の紅茶が揺れる。
倒れそうになったそのうちの1つを、慌ててレシィが押さえた。

マグナの口から出た“”という名前に
彼のように声はあげないが、居間にいた全員の視線が自分に集まるのをミニスは感じた。
その中には、ただ単に話を聞きたいだけの視線もあれば
明らかに怒り・・・というか、苛立ちのようなものが籠もった瞳まである。

ミニスは一瞬躊躇して。

けれど一緒になってペンダントを探してくれた友人の
期待に満ち満ちた瞳を見て覚悟を決め。“ええ”、と頷いて見せた。




「ミニス!いつ!?いつ、会ったんだ!?はまだゼラムにいるのかっ!?」


「マグナ、少し落ち着いたらどうだよ?」




話の行く末を見守っていたフォルテは、そう苦笑しながら
のことを少しでも聞き出そうとするマグナに、一先ずイスに座るよう促した。

それにマグナは照れ笑いを浮かべて、素直にイスに座りなおす。
マグナが座りなおしたのを見計らってから、ミニスはその質問に答えた。




「昨日よ。ペンダントを探しているときに、導きの庭園で会ったの。」


「・・・ということは、襲撃の前ってことか。」


「もしかして、さんにもぶつかっちゃったんですか?」




フォルテが顎に手を当ててそう呟き。
ペンダントを探しているとき、の一言に。アメルが悪気なく尋ねると
ミニスはう゛・・・、と呻いて言葉に詰まった。
そしてしばらくすると、恥ずかしそうに頬を染めて、コクリと小さく頷く。




「た、確か、ミニスさんとさんがぶつかるのって、2度目ですよね?」


「以前衝突シタノハ、再開発区デシタ。」




レシィが心配そうに言うと
ミニスはバツが悪そうにもじもじと、小さな体を縮こませた。




「う、うん。けど、はさっぱりあたしのことを覚えてなかったの。
それに雰囲気も全然違ったから、ただのそっくりさんなのかと思ったのよ。
でもまさか、記憶を失くしてるだなんて思いもしなかったわ。」




そこまで一気に話すと、ミニスは喉が渇いたのか、紅茶を一口含んだ。




は、何してたんだ?」




いつの間にかイスに座っていたフォルテが、テーブルに肘を付いて問う。
ミニスは首を傾げて、“わからないわ”と言った。




「そもそも、あたしはペンダントを探すのに夢中だったから
ぶつかってから、だってことに気付いたのよ。
でも、ちょっと冷たい感じのする、金髪の男の人と一緒だったわよ。
確か、は“イオス”って呼んでたかしら?」


「・・・・・・イオスと?」




聞き覚えのある名前に、トリスが眉を潜める。




「うん。トリス、知ってるの?」


「・・・昨日襲撃されたときに
敵さんを率いてたヤツが、確かそんな名前だったわな。」




そう答えたのはフォルテ。口調は相変わらず軽いままだが
その瞳は真剣な光を宿し、何かを推し量っているようにも思えた。

トリス達の表情が険しいものに変わったのを見て、ミニスも苦い顔になる。

少しでも役に立てばと思って告げたことが
余計に彼女を追い詰めてしまったようだったから。




「・・・そっか。でも昨日見たってことは
はもう、きっとゼラムにはいないんだろうな・・・。」




吐息に揺れる、紅茶の水面に映った自分の姿を眺めながら
残念そうにマグナが、ポツリと呟いた。

さっきより明らかに、元気のなくなっているマグナの声に、フォルテは顔を歪めた後。
すぐにいつもの飄々とした顔に戻って、勢い良くマグナの背中を叩いた。

バチン!と痛そうな音が響いて・・・事実、痛かったのだろう。
叩かれた瞬間、マグナが目を剥いた。




「なんだよ、マグナ。お前、そんなにに会いたいのか?」




ニヤニヤとからかいを含んだ笑みで、フォルテが言う。
うりうりと肩を小突かれて、マグナは小さく苦笑した。・・・少し、寂しそうに。




「・・・うん。俺、に会いたいよ。
トリスやネスから元気そうだったってことは聞いたけど、俺はに会ってないから。
やっぱり実際に会わないと、なんだか安心出来ないんだよな。」


「・・・マグナさん・・・。」




フォルテが、マグナの首にまわした手を引く。
そしてマグナの耳元に、静かに。・・・でもはっきりとした声で、呟いた。




「けどよ、マグナ。もしに会ったとしても
アイツはお前さんのことをこれぽっちも覚えてないかもしれないぜ?
それでもお前は、に会えるのか?」


「フォルテ・・・!!」




ケイナが咎めるように彼の名前を呼んで。
それでも彼は、悪びれた素振りも見せず。ただただ静かに、マグナの返答を待っている。
まるで時間が止まったように、シンと室内が静まり返った。

しばらくの間、誰もが動けずにいた。
そんな時間を動かしたのは、問いかけられた、マグナ自身の呼吸の音。

彼はゆっくりと息を吸うと、虚を突かれた様子もなく
しっかりとした声で、誰に答えるでもなく呟いた。




「・・・それでも、いいんだ。ただ、が元気に笑ってさえいてくれてれば。
あのときみたいな顔してなければ、俺はそれでいいよ。」




頼りなくズボンの裾を掴んで、心配そうに見上げてくるハサハの頭を、優しく撫でる。
少し安心したのか、ハサハの強張った体から力が抜け
ズボンを掴む手からも、少し力が緩められた。




「・・・だってさ。俺が最後に見たは、凄く怯えたような表情だったから・・・。」




マグナの固い意思を確かに感じ取って
フォルテもまた、表情を穏やかなものにした。


生半可な決意でいては、に会ったとき。
ただ彼が傷つくだけだろうから。


と再会したときから、トリスの意思は固いものだった。

その決意は、こんな小さい体のどこに詰まっているのかと
反対にフォルテが驚かされるくらいで。

昨日はリューグの売り言葉に買い言葉ではあったけれど
きっと彼女なら、大丈夫だろう。

フォルテは、トリスとマグナのその真っ直ぐな瞳を気に入っていた。

だからどうしても、マグナが自分達を忘れてしまったのことを
どう思っているか確かめておきたかったのだ。

いくら双子とはいえ、決意の固さが同じとは限らないから。






もし、彼が。現実を受け入れられなければ・・・






けれど、それはフォルテの杞憂に終わったようだった。






こいつぁ、寧ろ・・・






一見呑気そうに見えて、内面はトリスよりもしっかりしているかもしれない。

なにしろ、フォルテの言葉にケイナも動揺し
トリスも一瞬ではあったけれど、顔を強張らせたのだ。
それに対し、マグナは眉すら寄せなかった。


それは曲がることのない決意。
他の誰が、賛否両論いろんな意見を出しても
それを捻じ曲げる気はサラサラないという、彼の強い意志の表れ。




「そうか、余計な世話だったかもしれねぇな。・・・頑張れよ、マグナ。」


「うん。ありがとう、フォルテ。」




今度は優しく背中を叩いたフォルテに、マグナも笑みを返した。







それからしばらくして、今日はもう帰るとミニスが言い出したので、マグナとトリスとアメル。
・・・それから、マグナの服を掴んで離さなかったハサハの4人は
玄関まで、彼女を見送りに出て来ていた。




「あの・・・」


「ん?どうした、ミニス。」




帰り際、何かを言いたそうに身をよじるミニスに
マグナが不思議そうに問いかけた。
じっと優しい眼差しで、自分を見下ろしてくるマグナの瞳。
その透明な瞳を見つめて、ミニスは意を決したように口を開いた。




「・・・ただの気休めにしかならないかもしれないけど
あたしが思うに、は本当に記憶を失くしてるだけだと思うわ。
もしあなた達を騙していたのなら、あたしに名前なんて名乗らないと思うもの。
しかも、きっちり本名を言っていったし・・・。」




あのときの空気で、が仲間内で微妙な立場に立たされていることを
ミニスは幼いながらも、敏感に悟っていた。
自分達貴族の間にも、あの陰険・・・というか。推し量るような空気というのはよくあるからだ。

だからミニスは、地面を見つめ、言葉を探す。
思ったことを、相手を苦しめずに上手く伝えるというのは、案外難しいことなのかもしれない。




「そ、それにね!あたしが見た限りでは
、比較的楽しそうに笑ってたと思うわよ。・・・それだけっ!じゃあ、またね!!」




照れ臭かったのか、ミニスは捨てゼリフのようにそう言い残すと
パタパタと大きく手を振って、走り去ってしまった。

ミニスの走り去っていった方向をみつめ、しばらくマグナは呆然としていたが
ズボンの裾を引く小さな力に、ふと視線をさげる。




「良かったね・・・・・・お兄ちゃん。」




ほんわりと、まるで自分のことのように嬉しそうに微笑む護衛獣の頭を
ふっと表情を緩めて、マグナはまた撫でてやった。




「・・・うん。ありがとうな、ハサハ。」




見ると、トリスも落ち着かない様子で、嬉しそうにしている。
きっとトリスも、ミニスの言葉が嬉しかったのだろう。

久しぶりににこにこと笑う妹に応えるように
マグナも軽く微笑んで見せた。

すると、そんな2人を微笑ましそうに見つめていたアメルが
ふと悲しそうな表情になり、それからポツリと呟いた。




「あの・・・昨日は、すみませんでした。」




一瞬何を謝られたのか解らず、トリスとマグナは驚いて瞳を丸くする。




「え?」


「きっとリューグがあんなふうに言ったのは、あたしのせいなんです!
リューグも、本当はとっても優しくて・・・」




けれどその一言で、彼女が何に謝罪しようとしているのか、見当がつく。
申し訳無さそうに俯くアメルに、慌ててトリスは彼女の隣に寄り添った。




「ち、違うのアメル!・・・昨日はあたしがついカッとなっちゃったからいけなかったのよ。
リューグもアメルも、悪くないわ。」




えへへ、と。まるでなにか失敗をしてしまった子供のように
頬をかき、あどけなく笑うトリス。

でも、昨日のトリスの様子を見て、アメルは気付いてしまっていた。

レルムの村で怪我を癒したときに、ほんの少しではあったけれど
マグナの心を読んでしまったアメルには。

昨日のリューグの一言が、彼らのキズに触れてしまったんだろうということも。
・・・なんとなく、予想がついていた。




「うん。リューグが優しいのはわかってるから、大丈夫だよ、アメル。
ただ、ちょっと不器用なだけなんだよな。ネスと一緒だよ。」




2人の優しさに泣きたくなる。
それでも笑っていられる彼らの強さと、それに甘えているだけの無力な自分に。




「えっ!?あ、アメル!?(焦)」


「マグナったら、また女の子泣かせてるっ!!」


「や、やっぱり俺ッ!?うわーッ!?アメル、俺が悪かったよーッッ!!!
だから泣かないでくれよーーっ!!」




そんな2人のやりとりに、笑みが漏れた。
・・・まだ、涙は止まらなかったけれど。














さん、さん。



お願いです。今、ここにいてあげてください。






―――――――――――――― ・・・そうすれば。






この2人が本当に、心の底から笑える気がするから。




















戯言。

はいすみません、なにやら内容の無いお話でした。(ギャグではない)
復活への道、前編です。あともう1回分、が復活するまでのお話です。

余程ヒマだったらしく、とバノッサが大暴れしてる回でもありますが、いかがでしたでしょうか。
実はマナ、年齢のわりに結構な酒好きであることが発覚致しました。しかも親父臭い。
黒尽くめというと、真っ先にコ○ンが思い浮かんでしまうのですが(笑)
ここではやっぱり旅団です、ええ。

主人公が2名とも不在にしている間に、ミニスが仲間になりました。
彼女はその境遇上、色々考えるお子様だと思います。
というか、1つ疑問に思ったのは、彼女はどこに帰るのでしょう・・・?(爆)
トリス達の仲間になってからは、ギブソン・ミモザ邸に厄介になっていたとしても
仲間になる前は、やっぱりどこか別のところにいたのですよね?
そこんとこ、どうなんでしょう?(笑)

そしてなにやら、トリスは女の子を泣かせるの意味を取り違えてます。
トリスとマグナは、のほほんとしているようで
実は芯の強い兄妹にかけていると良いのですが・・・。
フォルテもただのおちゃらけさんだけでない所をたくさん書きたいと思ってはいるのですが
なかなか上手くいきませんねぇ・・・

そんなこんなで、次回は復活編、後編です。
イオスくんが色々と頑張ってくれる予定であります。





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