空気を切り裂くように轟いてきた、耳慣れた銃声。
――――――――――― ・・・ゼルフィルドのものであろうその乾いた音に
否が応でも一瞬にして、場の緊張が高まる。

・・・聖女の仲間内には、銃を得物に戦う人間はいなかった筈だ。

はハッとして、不安そうにルヴァイドの顔を見上げる。
彼は既にその表情を、黒の旅団、総司令官の顔に切り替えていた。
彼の優しさにそぐわない鋭い瞳が、キッと虚空を仰ぐ。




「ルヴァイド様・・・!!」


「イオス、先走ったか・・・!!」




ルヴァイドは忌々しそうにそう吐き捨てると
兵に号令をかけ、すぐ進軍できるように、準備を整え始める。




「総員戦闘準備!すぐに行動を開始する。」


「「「はっ!!」」」




さっきまでとは打って変わって、ばたばたと慌しい雰囲気だ。
そうしてルヴァイドは、自身も腰に携えた剣を確認すると最後に
―――――――――― ・・・まるで、本心を隠そうとしているような。
あの恐ろしい形相の兜を装着し、表情をすっぽりと覆い隠した。




「無茶をしていなければよいのだが・・・」




兜の中から、くぐもった声が聞こえて・・・。
それは少しだけ潜められた、総司令官としてではなく、ルヴァイド個人としての言葉だ。
最もこの慌しさの中でそれを聞き取れたのは、すぐ傍にいたぐらいであったろうが。

すぐ行動に移るとは言ってもこの人数、ものの数秒でパッと動ける筈がない。
実際に動き出すには、素人目に見ても、もう少し時間がかかるのは明白だった。




――――――――― ・・・ッ!!」




その時間が酷く煩わしい。
速く、速く・・・!!イオス達のところへ、今すぐにでも駆けつけたいのに・・・。
そう思ったとき。の足は、既に動き出していた。




―――――――― ・・・ッ!?戻れッ!!」




走り出したのは、ほとんど無意識だった。
が一人集団から飛び出したことに気付いたルヴァイドの
咎めるような、焦ったような声が聞こえ
それを聞いて、は今自分が走っているのだと実感する。
だがそれには構わず・・・寧ろ逆に。
はだんだんと、走るスピードをあげた。




「ごめんなさい、ルヴァイド様!
あたし、やっぱり大人しく見てなんていられないっ!!」




が独断で、身勝手な行動を取ったことにより。
・・・更に大きくなった、動揺という名のざわめきを背に
は銃声のした方へ向けて、全速力で走り出した。






・・・嫌な予感がする・・・!!






呼吸をするのに精一杯で声にはならない。
だがその代わりに、心の中で大きく叫んだ。
そして走りながら、手は腰の短剣へ。
・・・そこにきちんと収まっていることを確認する。


・・・そう、嫌な予感がしたのだ。


先日感じた警鐘にも似た、けれど少し違うもの。
警戒を促すのではなく、行っては駄目だというのではなく。
急がなくてはと
―――― ・・・
急いでいかなくてはいけないと、何かが自分を導くこの感覚。


戦うのは、好きではない。


ゼラムへの襲撃で、自分は戦うことに向いていないのだと
嫌というほど、はっきり思い知らされた。

それは技術的な問題より、精神的な面において。
本来ならあまりいきたくないと思っている筈の、その戦場へ。
赴かなくてはと、自分の中の何かが告げるのだ。




「・・・あたし、知ってる・・・ッ!!」




・・・ドクドクと大きく心臓が脈打つこの焦燥感を、前にも感じたことがある。
一刻でも速く、彼等の元へ急がなければ。






トリカエシガツカナクナルマエニ・・・






少しだけ、緊張でしっとりと汗ばんだ手で。
は先程ルヴァイドから手渡されたばかりのサモナイト石を
まるで縋るように。・・・無意識に、強く掴んだ。






・・・イオス、ゼルフィルド、みんな!無事でいて・・・!!






首にかけられたサモナイト石は、そんな彼女に応えるように。
優しくぼんやりと、淡い光を放っていた・・・













〓 第18話 再会と別れ 前編 〓
















腕を後ろで捻り上げられ、胸を地面に押し付けられた。
肺が圧迫され、一瞬呼吸に詰まる。
それでもどうにか立ち上がろうともがくと
瞬間、目の前を鈍く輝く銀色の閃光が掠めていった。




「・・・くっ!!」




小さく呻いて、けれど体勢を整える間もないうちに
喉元に突きつけられているのは槍の切っ先だと、
経験が脳よりも速く理解を示し、全身に“動くな”と指令を送った。




「ケケケ!どうやらオレ達の勝ちみたいだなァ?金髪。」




頭上から響いてきた高めの声に、視線だけを上に向ける。
するとサプレスから召喚されたトリスの護衛獣が、図体は小さいとはいえ
いかにも悪魔らしい笑みを湛えて、嘲笑うかのようにイオスを見下ろしていた。
思わず握り締めた手から、緊張のせいなのか焦りのせいなのか
原因不明のよくわからない汗が、どっと噴き出るのを感じる。





・・・油断、していた。






例えばそれは、聖女達が大切なのだと訴えてきたときのの顔だったり。
あるいは相手は所詮素人だと。どこか高をくくっていた、自身の慢心であったりした。
・・・が。理由はなんであれ、自分が油断していたことには違いない。

今までの戦い方から、彼等が接近戦ばかりを得意とするのだと、すっかりそう思い込んでしまった。
だから、飛び出してきたバルレルとマグナが
まさか召喚術を使ってくるなんて、イオスは想像もしていなかったのだ。

だが思い返せば、トリスの護衛獣以外にも、数体の召喚獣が参戦していた気がする。
・・・彼は曲がりなりにも、召喚師の“ハシクレ”だったのだ。

ゼラムで梃子摺(てこず)らせてくれた召喚師の姿がなかったことも
驕っていた原因の1つであることは否定出来ない。
慢心は敗北の原因になると、知っていたハズなのに・・・。


予想だにしていなかった事態に、イオスは完全に虚を衝かれることとなった。
2人の召喚術の一斉発動を、慌ててかわしたイオスに
追い討ちをかけるように後方から的確に、弓矢が足元目掛けて狙い打ちをしてきた。
イオスはそれをも、持ち前の反射神経でどうにか避けはしたのだが
不意のことに足元がもつれてしまい、ついにはバランスを崩した。
そこをあっという間に、近くにいた数人に取り押さえられてしまったのだ。




「お前たちのリーダーはこの通りだ!全員武器を捨てて、降伏するんだ!」




腕を引っ張られて、地面に押し付けられていた体が自然と起き上がる。
後ろで腕を捻り上げているマグナが
捕らえたイオスを見せ付けるようにしながら、残りの旅団員に向けてそう叫んだ。




「マグナ!よくやったな!」




フォルテがそう言いながら、大股でこちらに駆けてくる。
それにマグナは腕の力は緩めずに、少しはにかんでみせた。




「あはは、ありがとう。でも1対多数だったからな・・・」




フォルテはマグナの背をドン!と叩くと
ニヤリと人が悪そうに笑って見せて、イオスに告げる。




「全部話してもらうぜ?こっちは聞きたいことが山ほどあるんだ。」




舌打ちをして、イオスは周囲に視線を走らせた。
訓練された人間だけあって、そう簡単に悟られるほどではなかったが
動ける戦闘員達からは、指揮官が捕らえられたことへの動揺が、僅かながら滲み出ている。






こんなことで、任務を失敗させるわけにはいかないんだっ!!






どうにかしろ、どうにかしてこの状況を打破しろ!
頭のてっぺんから足の先に至るまで。
細胞の1つ1つに命令するように、イオスは何度も自分にそう言い聞かせた。






あの人の期待を裏切るわけにはいかない。


あの人の顔に、泥を塗るわけにもいかない。


――――――― ・・・ここで失敗することは、許されないんだ・・・ッ!!






半ば無駄な事かもしれないと思いつつも、状況を打破する方法を探し
イオスが視線を走らせたその矢先。
視界の片隅に静かに佇む、黒い機体の機械兵士の姿を見つけた。

・・・ゼルフィルド。

後方から味方の援護射撃を行っていた彼は、誰にも動きを制限されてはいない。
それはつまり、彼は自分と違い自由に動けるということで・・・・・・
そう判断した次の瞬間、イオスは大声で叫んでいた。




「ゼルフィルド!!僕ごとこいつらを撃てッ!!」


「「
――――――――――― ・・・なッ!?」」




腕を捻り上げているマグナを含め、聖女一行が息を呑むのが聞こえる。
彼らの驚きようを見ずとも感じ取り、ニヤリ、とイオスは卑屈に口元を歪めた。




「・・・・・・。」




ゼルフィルドが推し量るように、電光色の双眸でイオスを見つめる。




「お前さえ無事なら、無事対象を送り届けることが出来る!任務の遂行が最優先だ!
僕に構うなッ!!撃てッ!ゼルフィルド!!!」




ゼルフィルドは機械兵士らしくもなく、しばらく考えこむように沈黙してから
感情の起伏の読めないノイズ交じりの声で、こう告げた。




「・・・・・・了解シタ。」




そう言うと、ガシャンと重々しい音をたて、銃口をこちらへと向ける。
ゼルフィルドの瞳の色が変わり、狂いのないその眼差しは、狙いを確実にイオス達に定める。






―――――――― ・・・イオス。』




・・・・・・ふわりと脳裏に蘇るのは、自分を呼ぶ優しい声。






バンバンバンバン!!!






ゼルフィルドが銃を発砲する音が、少し遠くに聞こえた。

死ぬ前に会いたかった、なんて身勝手なことを思って
けれど同時に、こんな光景を彼女に見せたくないとも思った。

きっと彼女は、泣いてしまうだろうから。
――――――― ・・・笑う君を、見ていたいんだ。


その相反する感情に共通するのは、僕がを大切に想っているという事実。

こんな追い詰められた状況で、それをはっきりと自覚する。
・・・いや、追い詰められた状況だからこそ、なのかもしれない。
普段は何かしらに邪魔されて見えない、無意識に押し殺している想いを、
余計なものを払い落とし、全てを曝け出して・・・素直に認めることが、出来るのかもしれない。


僕がここで命を落としたと聞いたら、彼女は怒るだろうか?それとも泣くだろうか?
―――――― ・・・・・・泣いて、くれるだろうか。


そう考えて、“あぁ、やはり彼女に逢いたくて仕方ないんだな”
と己を嘲笑し、それから満ち足りた気分で、ゆっくり瞳を閉じた。
例えそれが、所詮は己の記憶が生み出した、偽りの存在だったとしても
・・・最期に見るのは、彼女であって欲しかったから。

最期という瞬間に、彼女がそこで微笑んでいてくれるなら。
・・・そう思うと、間近に迫った“死”に対する恐怖はあまり感じられなかった。
自分でも驚くほど、心中は穏やかだ。
敢えて言うならば、恐ろしいのは彼女にもう2度と会えないという現実。



・・・死んで、もし魂だけの存在になれるのだとしたら。

己の葛藤も、現世の(しがらみ)も全部捨てて。触れられなくとも、気付いて貰えなくとも。

それでも僕は真っ直ぐに、彼女の元へ向かうのだろう。

今度は何にも縛られずに、ただただ彼女の傍にいることが出来るのだ。

・・・そんな愚かな妄想に、遠く想いを馳せていた。






「やめてーーーーーッッ!!!」






だが、突如響き渡ってきた悲鳴に、全てが一瞬にして掻き消された。

ぼんやりと霞掛かった思考も、愚かな妄想も。
フィルム越しに見ていた光景も、色を失いかけていた現実も。

全てが切り裂かれ、鮮やかな色に塗り替えられる。
急速に意識が呼び戻されるような感じがして、イオスはその紅い瞳をハッと見開いた。


視界を埋める長い髪、鼻先を掠める甘い匂い、その心地よい旋律
――――――― ・・・


両手を大きく広げ、銃弾から自分達を庇おうとするように立ちはだかる1つの影。
マグナ達とゼルフィルドの間に飛び出してきたのは
イオスの記憶に留められたではなく、間違いなく“本物の”だった。

彼女の存在を見止めた途端。彼のくすんでいた紅い瞳に生気が宿り
ギラギラとした生への執着が生まれる。
彼女が目の前にいることに、初めは嬉しさが募り
でも次の瞬間には先程までの自分は棚に上げ、彼女の無鉄砲な行動に舌打ちをする。

・・・このままでは、彼女が危ない。

視界の隅にの姿を見とめ、発砲を止めようとしているゼルフィルドを捉えたが
機械兵士といえども、既に実行に移している行動を修正するのは、時間がかかるようだった。






―――――――― ・・・死なせるものか・・・!!






自分の中に芽生えた、彼女を護りたいという強い意志。
・・・考えるよりも先に、いとも容易く身体は動いた。




――――――― ・・・ッ!!!!」




彼女の元まで、転げるようにして無様に走り、
気付けば拘束の解けていた腕で、背後から彼女を抱き締めた。
細い彼女の身体を、自分の胸の中に強く抱え込み、
自身が銃弾から彼女を護る盾になるよう、ゼルフィルドに背を向ける。

このままいけば、もう2度と意識が浮上しない可能性だってあるというのに
腕に閉じ込めた彼女の体温に、馬鹿みたいに安堵して・・・・・・



そこでやっと、未練がないと思っていた現実に
とてつもなく大きな未練を残している、愚かな自分に気が付いた。









・・・彼女を残して、死ねるわけがないんだ。


















「やめてーーーーーッッ!!!」






その声だけは、銃声の轟く中でも(いや)にはっきりとマグナの耳に届いた。
ずっと聞きたかった、聞き間違うハズのない声に
マグナは自分が逃げようとしていたことも忘れ、立ち止まって後ろを振り返る。

しっかりと掴んでいた筈のイオスの手は、いつ手放してしまったのだろう?
・・・そんなこと、全然覚えていなかった。




「マグナッ!?」




突然立ち止まったマグナに、トリスが驚いた声を上げる。
大事な妹にすら、今は構っていられなかった。









―――――――― ・・・だって、目の前に君がいる。









振り返ってわかったのは、彼女は俺達をその小さな背中に庇おうとして
必死になって、出来る限りに腕を広げて立っていたことと、
そんな君を護ろうとするように、イオスが君を抱きしめて盾になったこと・・・。

その、2人の姿を見た瞬間。
・・・・・急速に、心の底が冷えていくのを感じた。

それは幼かった頃、確かに感じていたものと同じものだという確信があって。
・・・そしてその冷え切った心の部分で、思ったんだ。






――――――――― ・・・あぁ、イオスものことが好きなんだ。






それは淡々と事実を見つめているだけのような、
でもそれでいて、どこか突き放すような響きがあって、自分でもどうなのかよくわからない。

死が間近に迫って来ているというのに、それをただ冷静に。
―――――――― ・・・まるでどうでも良さそうな事のように眺めている自分がいた。




ッ!?ネス、が!!!」


「なんだって!?」




俺の視線の先に気付いたトリスが、悲痛な声で喚き散らしているのを
1つ壁を隔てた向こう側に、聞いていた。






――――――――――――― ・・・そして、今更ながらに気が付く。






イオスが威嚇するように言い放った言葉の意味と
俺がに向けていた、輪郭のぼやけた感情の名前。






・・・俺、のこと・・・・・・“好き”だったんだ。






――――――――――― ・・・好き。


その言葉にはいろんな意味があって、俺はトリスのこともネスのことも“好き”だ。


のこと、どう思ってる?”


そう聞かれたら、俺は迷うことなく“うん、好きだよ”って答えてた。
・・・でも違ったんだ。俺の、に対する“好き”は、トリスやネスに向ける“好き”とは違ってた。


・・・けど、それって間抜けだよな。


命が危ない状況なのに、今を護ってるのが俺じゃない。
そんな馬鹿げた嫉妬心で、自分の気持ちに気が付くなんて。


銃弾が全てを貫いて、壊す
―――――――― ・・・


そうしたら、“あのとき”のような無残な光景が、この場所にも訪れるのだろうか?
そう思ったとき・・・眩い閃光が辺り一面を照らし出し
何もかもを、真っ白な光の向こうに一瞬にして消し去った。















勢い良く風を切る音が、耳をつく。
どこまでも広がる青い空と、緑生い茂る大地。
ずっと続く取り立てて変化の無い景色に、バノッサは飽きたように溜息を吐くと
自分を背凭れにして風圧に耐える、の耳元に囁きかけた。




「・・・まだ着かねぇのか?」




だらけたバノッサの声に、前ばかりを見ていたが、やっと後ろを振り返った。




「そう、文句ばっかり言うなよ。
この子だって難しい注文されて、それでも頑張ってるんだぞ?なぁ?」




言ってが体を撫でると、レヴァティーンは一声(いなな)いた。
レヴァティーンの返事に、はいつになく優しい表情を見せて、“ありがとう”と小さく呟く。

普段はガサツで、乱暴者の
これだけ優しい表情を見せるのは、小さな子供と召喚獣。

――――――――― ・・・それからトウヤの前でだけだ。

とバノッサは、再びレヴァティーンの背中に乗せて貰い
ミモザ達がピクニックに出掛けたのだという、フロト湿原に向かってる最中だ。

ゼラムからの方角だけは、ギブソンに教えてもらったものの
サイジェントからやってきて日の浅い達には、地の利がない。
この緑溢れるリィンバウムで、行った事もない湿原なんて、実に紛らわしいものを見つけ出すのは
一面広がる砂浜の中から、小さな貝殻1つを見つけるのと同じくらい、難儀なことだ。

・・・となると、魔力を頼りに探すのが、1番手っ取り早いのだが
この辺りにははぐれ召喚獣が多く生息しているらしく、無駄に魔力の反応が多い。
もう少し地表近くならともかく、これだけ距離の離れた上空からとなると
たった1人の魔力を探しあてるのは、なかなかに地道で神経質な作業である。

ミモザの魔力を逃さないよう、視覚と感覚の両方でそれを探るために
レヴァティーンには普段なら決してしない、微妙な飛行速度の調節を行って貰っていた。




「もう少し、あっちよりの方角かな・・・?」




がボソっと呟くと、レヴァティーンはの指差した方へ向け
すぐさま進行方向の変更をし始める。
・・・こういうとき、本当に会話が成立しているのだと、バノッサはしみじみ痛感した。




「・・・わっ!」




レヴァティーンが進路を変えた拍子に
風圧と遠心力に押されて、の体がグラリと揺れた。
丁度急なカーブを曲がる、車みたいなものだ。

よろめいたは、だがバノッサによって、右手1本であっさりと支えられた。
例えここから落ちたとしても、空中で誰かを召喚して助けて貰うだけであったが
バノッサのお陰で、はその手間と労力を免れた。




「馬鹿、ちゃんと捕まってろ。でないといつか落っこちるぞ。」


「あー、ごめんごめん。だって、レヴァティーンの肌ってツルツルしてるからさ。
この(くら)みたいなの付けてくれてなかったら、なんか絶対乗ってられないよ。
北海道民じゃないから、裸馬とか乗れないし。」


「ホッカイドウミン・・・??」


「あ、そっか。うーんと、北海道民ってのはー・・・」




が北海道民について説明しようと、口を開きかけたそのときだった。
(んなもん説明しなくていい。)

空気を震わせて伝わってきたのではない声が、の頭に直接響いてきた。
途中で言葉を止めたに、バノッサが問いかける。




「オイ、聞こえてるのか?」


「・・・あぁ、今度はちゃんと聞こえてる!」




以前、が姿を消した日には聞き取ることの出来なかった、
今自分達が乗せて貰っているのとは違う、バノッサが誓約した、あのレヴァティーンの声が
今度こそはにもはっきりと、聞こえてきていた。




――――――――― ・・・急いだほうがいいみたいだな。
方角はどっちだ?状況は?」




バノッサにはのように、はっきりとした言葉となってそれは伝わって来ない。
それが同じ仮初のエルゴでも、魔力が強く、その“力”を思うように駆使する
彼女の補助程度にしか“力”を使わない、バノッサの差なのだろう。
けれどもこちらを急かすレヴァティーンの声に
今が緊急事態であることだけは、バノッサにも理解できた。




「あっちだ!!機械兵士が射撃準備・・・・・?
そこに、飛び出そうとしてるうぅッ!?!?あんの馬鹿ッ!!
少しは後先考えてから行動しろってのッッ!!!」




の叫び声を受けて、またもやレヴァティーンが方向転換をしたが
今度は彼女が、その勢いに振り落とされそうになることはなかった。
階下に広がる緑の中から、懸命にミモザの魔力を拾おうと、必死に気配を探る。
・・・しばらくして2人はほぼ同時に、ハッと瞳を見開いた。




「やっと見つけたぜ!確かにあの女の魔力だ!
・・・段々魔力が膨れ上がっていきやがる、術を使う気だな。」




バノッサとの“感覚”が、ミモザの魔力を捉えるまでの間にも
のレヴァティーンからのSOSは、一層強まっていく。
ミモザの現在地を把握したは、忌々しそうに大きく舌打ちをした。




「チッ!今から飛んでいったんじゃ、とてもじゃないけど間に合わない!
こっちも、ここから召喚術をぶっ放す!!!」


「はぁッ!?ここから一体、なんの術使うってんだよ!?
下手な場所に術発動させちまったら、どうするつもりだッ!?
第一んなことしちまったら、どれだけの負荷が
――――――― ・・・ッ!」


―――――――――― ・・・それでもやるしかないだろ・・・!
やらなきゃ、が死ぬかもしれないんだぞ・・・!!!」




・・・一瞬ミモザの魔力が、彼女の動揺で揺らいだ。
おそらくミモザは、の突飛な行動まで予測していなかったのだろう。

次は何を仕出かすか、それが予測出来ないのがという人間で
彼女の行動はときとして、を上回るほどの常識破りで
その奥底は計り知れず、全く予想が付かない。
数ヶ月という歳月を共にしたですら、彼女の行動は未だ読み切れないのだ。

―――――――― ・・・そんななのだから、ミモザの動揺はつまり。
のカバーまで、気がまわっていないということに他ならない。






指咥えて馬鹿みたいに見てんのは、ごめんなんだよッ!!!






例え、結果が最悪のものだったとして。
それでも出来る限りのことをしてから駄目だったと言われたほうが
何もしないで駄目なのよりは、ずっとマシだ。


・・・最もには駄目だった、なんて結果で終わらせる気はサラサラないが。


が意識を集中させると、途端脳内に地図のようなものが描かれる。
それは視覚に捉えられない情報を、図式化したものだ。

草木や小さな生き物の、普段は聞こえない生命の息吹。
そしてそれらを物理的ではない、魔力や生命力といった反応で捉える。

・・・がちょっと本気を出せば
少しぐらい離れた場所にいても、こんな風に様子を伺い知ることは容易い。
それが本来、管轄する世界が違うとは言え
が持つ、サプレスの仮エルゴとしての能力だ。



―――――――― ・・・世界の意志、エルゴとしての。



斜面の勾配や、木の密集具合。
織り上げられていくミモザの魔力と、その近くに散らばる見知った魔力。
それからいくつかの、リィンバウムの者ではない反応と
彼女達の周囲を取り囲むように布陣する、たくさんの微弱な魔力。
それら1つ1つがセンサーのように点で示されて、にその正確な位置を伝えた。

そしてその中心で、まるで綺麗に線引きしたように、魔力反応が二手に別れている。
・・・きっとそこが、ミモザ達と敵対勢力の境界線だ。
そして丁度その間に位置して、3つの魔力がポツンと存在していた。

・・・1つはの知らない、そこそこの魔力を持った、メイトルパの反応。
もう1つは、達に助けを求めてきたレヴァティーンの反応・・・






―――――――― ・・・ってことは、残る1つがの魔力反応ッッ!?






これでは仮に今まで感覚の隅に、の魔力を捉える機会があったとして
もバノッサも、気が付ける筈がない。

の魔力は、随分と本来の性質を変えていたのだから。






いや、違う・・・!!何か別の要因が
の魔力に干渉して、意図的に変化させてるのか・・・ッ!?
でも一体誰が、そんな・・・ッ!!






その原因を探ろうとしたの思考は、けれどもそこで中断された。
ミモザの魔力が、更に膨張を続けていたからだ。
・・・これは彼女の詠唱が、完成に近い証拠。
もっと深く意識を世界と繋いで、ミモザがヒポス&タマスを喚ぼうとしていることを突き止めた。
術の軌道は弧を描き、中心からちょっとずれた位置へ向かって伸びている。

ここまでの所要時間、ほんの約0.1秒ほど。

が予想した通り、その位置だと
ともう1つの生態反応は、守備圏内に入っていないようだった。






なら、達の前に保護障壁として・・・






―――――――――― ・・・ッ!?!?」




がどの術を発動させるべきか思案していると
まるで上から押しつぶされたように、突然視界がぐにゃりと歪んだ。
・・・いや、視界というのは間違っているかもしれない。“視えて”いる物全てが、だ。
突如襲ってきた胃の引っくり返るような感覚に、は思わず咽返った。

慌てて意識を切り離し、それからいつもの接続状況に戻す。
・・・あまりの気持ち悪さに、一瞬意識が遠のいた。
身体から力が抜け、自由が利かない。
遮断した反動で大きく仰け反った彼女の体は
そのまま背後に倒れこみ、力なくバノッサに寄りかかった。




「・・・平気かッッ!?」




珍しく、本気で焦ったバノッサの声がすぐ近くから聞こえて
は必死に、己の意識を浮上させた。
肩に置かれた、いつもなら体温が低いと思う筈のバノッサの手が、今は酷く暖かく感じる。




「・・・・・・あぁ、大したことないよ。ちょっと夢中になり過ぎて
深くコンタクトしすぎちゃっただけだから・・・」




頭を軽く2、3回振りながら、掠れそうな声では答えた。
そして思考の邪魔をする、脳内にかかった霧のようなものを追い払う。

きちんとした言葉を紡ぐのには、それでも多少の時間を要した。
何もかもがぎこちなくて、まるで寝起きのように、体は動かし辛い。


世界の意志というのは、草木や大地。
人間には聞こえない、声なきものたちの声を聞き取ることが出来る。

・・・なぜならば。彼等もまた、世界を構築するものの一部であるからだ。

例えば犬笛は、人間の耳には音として捉えられない周波数を発している。
人間には何も聞こえてないが、犬にはきちんと、それが音として認識されているのだ。

草木、大地、空、海・・・それら全ての声は
人間の耳には捉えられない周波数なのだと考えると、解りやすいかもしれない。

聞こえる周波数の領域は、その生物によって異なるものだが
極端な話、仮初のエルゴであるは、聞こうと思えば全ての周波数の音を聞けるのだ。

だが、その情報量はあまりにも膨大で
とてもじゃないが人間の能力で、処理しきれる量ではない。
だから普段は回線を細くし、流れてくる情報量を制限することで、届かない情報を作り出し
達はほとんど無意識下に、頭がパンクするのを回避しているのだ。



・・・全てを聞いていたら、精神が破壊され、狂ってしまいかねない。



世界の意志というのは、そもそも基盤からして人間とは異なって
それをあっさり処理できてしまうのだけの、処理能力を備えている。
・・・流れてくる情報を、処理する速度が違うのだ。
達が可笑しくなってしまいそうな情報量を扱っても、全く苦にならない。


まるで、機械と人間の差みたいだな、とはせせら笑う。
どう足掻いても、その差を埋めることなど出来はしないのだから。


それは人の体である達が、世界の意志(エルゴ)が扱う情報に
近いものを得ようとすれば得ようとするだけ、精神的にも肉体的にも
それだけの負荷がかかってくるということを示している。

・・・今のは、少しばかりたくさんの情報を、手に入れすぎた。
自分の処理能力以上のものを求めたから、その反動で大きな負荷がかかったのだ。

それでもこれをやったのがだったから、これぐらいで済んでいる。
これがバノッサであったら、一瞬意識が飛ぶ程度では済まされないだろう。
・・・魔力を扱うことに長けているかいないかという差は、そういう所にまで影響を及ぼす。

がいつも身に付けている鞄から、布越しに黒い光が溢れ出る。
それが召喚術の光だと気が付いたバノッサは
未だ自分に凭れ掛かったままのを、苦虫を噛み潰したような顔で見下ろした。




「おい・・・っ!」


「大丈夫だ。この程度、少し時間が経てば、治まるよ・・・。
もし、バノッサが魔力を補充してくれるんなら、本当にすぐにでも、良くなるし、ね・・・。
次は、上手くやるから・・・うん、座標はここでいい・・・」




はだらりと手を下げたまま、少しだけ荒く息を吐いて
バノッサの咎めるような声に、独り言のようにぼそぼそと返事を返した。




―――――――――― ・・・よしっ!頼むよ、アーマーチャンプ・・・!!」


















カンカンカンッ!!!






真っ白になった視界。
反射的に瞳を瞑ると、銃弾が硬い金属かなにかに弾かれた音が聞こえた。




「な、なんだッ!?」




瞼越しに光が納まったのを確認して、マグナは薄っすらと瞳を開ける。
そして、視界に映ったのは・・・・・・




「召喚術・・・メイトルパのだっ!」


「・・・ヒポス&タマスと・・・の方にいるのは、アーマーチャンプ・・・!?」




参考書で見たことのある、鋼鉄の体の召喚獣。
後ろでミニスとトリスが、それぞれ呟くのが聞こえた。
とイオスも呆然として、突如目の前に現れた召喚獣を見上げている。
どうやら、彼等が銃弾を弾いて助けてくれたようだ。






・・・でも一体誰が?






マグナはレオルドを召喚したぐらいだから
あまり得意ではないが、多少の機属性の召喚術なら扱える。
・・・だがどちらかと言えば、鬼属性の召喚の方が得意で、機属性はあまり多用しない。

それに少なくともあの時、マグナは混乱していて術を使うどころではなかったし
今までにアーマーチャンプを召喚したことなんてなかった。
そもそもあの状態で召喚術なん使っていたら、きちんと制御できたかどうかも怪しいところだ。

もしかしたら、と。機属性の召喚が得意な、自分の兄弟子を振り返ると
どうやらトリスも似たようなことを考えたらしく、説明を求めるような視線をネスに向けていた。
その視線の意味に気が付いたネスは、俺達に向かって、ふるふると首を横に振る。




「違う、僕じゃない・・・。」


「でもネスじゃなかったら・・・一体誰なの?」




最もな疑問をトリスが口にし、俺達は三者三様に首を傾げた。













一方とイオスは、未だお互いに身を寄せ合ったまま。
一体目の前で何が起こったのか、理解できず
呆然とその場に立ち尽くして、トリス達の会話に耳を傾けていた。




「・・・あたし達・・・助かった、の?」


「取り敢えず、そのようだな。」




確認するようにポツリと呟き、2人はほっと安堵の息を吐いた。
それからは、突然何かを思い出した様子で、ハッと肩を震わせると
キッ!と鋭い眼差しになり、イオスを睨みあげて、勢い良く彼の胸元に掴みかかった。

いきなりのことだったので、イオスは驚き成す術もなく
そのまま草の上に、背中から転倒した。
こんなときでもを庇うことを忘れないのは、流石というべきだろう。

そんなイオスの上に乗りかかるようにして
は怒りの籠った瞳で、イオスを見下ろす。
の豹変振りに、イオスは一瞬たじろいだが
次の言葉で、どうしてが急に怒り出したのかを理解した。






「・・・イオスの馬鹿ッ!女顔ッ!!細腰ッ!!
どうしてあんなことしたのよッ!!」







かなり憤慨しているらしく、が思いっきり耳元で叫んだので
あまりの声量に、イオスは頭がクラクラした。






いや。女顔と細腰は関係ないだろう(汗)






内心そうも思ったが、の剣幕が物凄く、瞳が真剣そのものだったので
今は敢えて、それを口には出さないことにした。
彼女の言う“あんなこと”とは、もしかしなくとも
ゼルフィルドに、自分ごと聖女一行を撃たせたことについてだろうから。






そういえば、後方待機だったはずの彼女がどうしてここにいるんだ?






今更になってイオスはふとそんな疑問を持ち、フーッ!と全身の毛を逆立てた猫みたいに
自分を睨みつけるの肩を、少しでも落ち着かせようと、ポンポン叩きながら尋ねた。




「・・・。それよりどうして、君がここに?(汗)」




上手くすれば、そのまま彼女がこの話題から離れてくれるといい。
・・・そんなイオスの淡い期待は、いとも簡単に打ち砕かれた。




「偵察だって言って出かけたのに、銃声が聞こえてきたから飛んできたのよッ!!」






なによ!?何か文句あるッ!?






イオスを見下ろす彼女の瞳は、口答えは許さない!と暗に告げている。
この様子だと、言い逃れはさせて貰えないだろう。

そう確信したイオスは、話題を逸らすのを諦め
に聞こえない程度に、ふぅ、と小さく息を吐き出すと
彼女の叱咤を甘んじて受ける覚悟を決めた。




「どうして命を粗末にするのッ!?
死んじゃったら、元も子もないじゃないッ!!!その先にはなにもないのよッ!?」




皺が残るぐらいイオスの服を強く握り、思う存分怒鳴りつけてから
彼を押し倒した体勢のままは次に、ゼルフィルドに怒りの矛先を向けた。




「大体、ゼルフィルドもゼルフィルドよ!!!
なんであそこで撃っちゃうわけッ!?少しは止めるなり説得するなりしてよッ!!」




あまりのことに引いている、周囲の様子を気にも留めず
頭ごなしに機械兵士であるゼルフィルドまで叱りつける
怒り心頭で、頭の血管が1本キレてしまっているようだった。

聖女の一行も口を開けて、の説教に見入っている。

イオスはもし、ゼルフィルドの身体が鋼鉄で出来ていなかったら
今頃彼は、全身から冷や汗をダラダラ流しているのではあるまいかとさえ思った。

そんなゼルフィルドの後ろでは、イオス達が無事だったからか
それとも自分達が、の怒りをぶちまける為の標的にされなかったからか
・・・そのどちらかは知れないが、旅団員達が明らかにほっとした様子で、胸を撫で下ろしている。




「イオスは自分の価値をわかってないッ!
命って、そんな簡単に散らしていいものじゃないのよッ!?」


「・・・君だって、自分の身を省みずに飛び出してきたじゃないか。」


「イオスがあんな無茶しなかったら、あたしはそんなことしなくて済んだのよッ!!!」




視線を逸らし、思わずポツリと不平を呟けば。
間髪いれず倍の声量で、そんな答えが返ってきた。




「・・・凄く、凄く怖かったんだからッ!!
だってゼルフィルドの銃弾よ!?当たりどころが悪かったら、死んじゃうじゃない!」




再び、ゼルフィルドから自分に怒りの矛先を戻しただったが
先程のように自分を睨みつけてくる彼女の表情を見て、イオスはぎょっとした。




「それでもっ・・・それでも身体が勝手に動いたのよッ!
みんなが死んじゃうことの方が、飛び出すよりも・・・・・・もっと、もっと怖かったからッッ!!」




の瞳には涙が一杯に溜まり
今にも溢れ出しそうだったから
――――――――― ・・・




「イオスは・・・イオスはあたしがどんな気持ちだったと思ってるの・・・っ!?
あたしは・・っ・・・あたし、は・・・・誰にも、死んでほしくなんてないのに・・・・ッッ!!」






―――――――― ・・・出来るなら。誰にも傷いついて欲しくなんて、ない。






でもそれは、自分がココにいる以上。
イオスとルヴァイドが軍人で、アメルが聖女である以上。

願っていても、口に出してはいけない願いだと思うから・・・。
両方を大切だと思うことは、酷く欲張りで・・・そして難しい。




下を向いたことで、遂に耐え切れず
の瞳から大粒の涙が溢れ、頬を伝ってイオスの上に零れ落ちた。
キラキラと輝く滴は1度流れてしまうと、次から次へと留まるところを知らず溢れてしまう。




――――――――――― ・・・。」


「馬鹿、馬鹿・・・っ!!酷いよ、なんで、あんな・・・」


「・・・・・・」


「・・・約束、したじゃない・・・!!
信じて、くれって・・それなのに、イオスの・・・馬鹿ぁ・・・」




はくしゃっと顔を歪めたかと思うと
ドン!とイオスの胸に、頭突きをするようにしてぶつかり
そのまま顔を埋め、小さく嗚咽を漏らし始めた。




―――――――― ・・・ごめん、。」




未だ2人は、地面に倒れ込んだままだったけれど
イオスは腕の中で小刻みに震えているを、戦っているときの・・・
あのギラギラとした瞳からは到底想像もつかないような、
愛しさの籠められた眼差しで、優しく見つめていた。

そしてそっと、彼女の髪へ手を伸ばし
――――――――― ・・・




「えー、コホン。オアツイのは結構なんだけど、お2人さん?
そろそろ、話を進めても良いかしら?」


「「ッッ!?」」
(うち1名は、内心飛び上がりそうなぐらいドキリとしている)




その声にイオスがハッと我に返り、顔を紅潮させて勢い良く起き上がったので
はコロンと、柔らかい草の上に転がる羽目になってしまった。

転がったままの視点で、が声のした方向を探ると
がいる所よりも、少し小高くなった場所に
ニヤニヤと面白そうに2人を見る、眼鏡をかけた女性の姿を見つけた。

眼鏡の奥にある、新緑を思わせる緑色の瞳は、悪戯そうに輝きを増し
腕を組んでみんなを見下ろすその態度は、なんだか妙にさまになっている。

彼女の登場に、イオスも
果ては思わず会話に聞き入ってしまっていたマグトリ一行も(だから略すな)
一瞬にして現実世界へと引き戻された。






「「「ミモザ先輩ッッ!?」」」






一拍の間があって、トリス達が声を揃える。
そこに立っていたのは、湿原についた途端、どこかへ姿をくらましていた
ミモザ・ロランジュだった。




「ピンチを救ったヒーローの登場だっていうのに
誰も気付いてくれないんだもの。・・・それってあんまりじゃない?」




口ではそう言い、悲しそうな素振りをして見せているものの
その仕草は酷く芝居がかっていて、反対に胡散臭さが目立つ。
あんまりだと言う割には、大して気にしていないような彼女の軽口は
・・・寧ろ、面白いものを見れて満足した、とでも言いたげに弾んでいた。




「では、先程の召喚術はミモザ先輩が!?」




ネスティが問うと、ミモザはいつもの
何を考えているのだか読めない微笑を浮かべて、ご機嫌そうに小首を傾ける。




「うーん。半分当たりで、半分ハズレよ。
だってあたし、機属性の召喚は出来ないもの。
それにしても焦ったわ〜。だってまさか、ちゃんが飛び出してくるなんて
これっぽっちも思わなかったんだもの。」


「・・・?では、一体誰が
――――――――― ・・・」


「ネスティ、一先ずその説明は後回しよ。」




まだ何か問いたそうなネスティに、一方的にそう言い放つと
ミモザはそこで、半ば無理矢理に会話を中断させた。

ますます不満に皺を深くしたネスティを構うことなく
ミモザは一変して真剣な眼差しを、正面
―――――――― ・・・
イオスやよりも、ずっと奥へと向ける。




「・・・どうやら、真打ちの登場みたいね。」


「「
――――――――― ・・・ッ!?」」




その言葉に全員が我に返り、ミモザの視線の先を追う。
そこには、レルムの村が襲われた夜、
トリス達の目の前に立ち塞がった、あの黒騎士の姿があった。




「・・・ルヴァイド様・・・!」




上司の名を呼び、イオスは慌てて膝を付くと、頭を低くした。
もイオスに倣い、彼の横にちょこんと座ると
畏まって正座をし、(何故正座?)ルヴァイドがやってくるのを待った。

ルヴァイドが止めたにも関わらず、はそれを無視して飛び出して来たのだ。
これも立派な命令違反。イオス同様、咎められない筈がない。

ルヴァイドが1歩踏み出す度、柔らかい地面に足跡が増えてゆく。




「・・・イオス。俺はお前達に聖女の監視のみを命じたはずだが?」




威圧感のあるルヴァイドの声。
イオスは一瞬言葉に詰まり、それからぐったりと頭を垂れた。




「・・・・・・申し訳ありません。」


「我々ノ先走リデシタ・・・。」




ゼルフィルドがそう付け足し、は満足そうに胸を張ったが
そのすぐ後に自分も名前を呼ばれたので、ビクッと体を強張らせる。




「そして。お前も軽率な行動は慎め。・・・何かあってからでは遅い。」


「ご、ごめんなさい・・・」




しゅんと身を竦めるを見て、ルヴァイドの口から溜息が漏れた。
イオスとは、途端肩に掛かる重圧が増したような気がしたが
それが安堵の溜息であるということは、本人のみぞ知るところである。

状況を理解していないその会話に、痺れを切らしてフォルテが割り込んだ。




「・・・おいおい、黒騎士の旦那。説教もいいけどよ。
状況ってモンを考えてみろよ。この場の主導権は今、俺達にあるんだぜ?」




フォルテの挑発的な声に、ルヴァイドはゆっくりとマントの裾を翻した。




「・・・・・・それは先程までの話だろう。」




全く動じた様子のない黒騎士の声に
言葉を発したフォルテ自身も、訝るように眉を吊り上げる。




―――――――― ・・・出ろッ!!」




ルヴァイドが号令をかけると、黒い鎧を来た兵士の群れが
ザッ!と足並みをそろえ、トリス達の周囲をグルリと取り囲むように姿を現した。




「「「
―――――――― ・・・なッ!?」」」




圧倒的な数という戦力の差に、誰もが愕然とした。
いくらミモザがいようとも、この人数に襲い掛かられては
無事に帰るどころか、アメルを護りきれるかどうかも正直怪しい。
ミニスは思わず悲鳴をあげそうになり
慌てて両手で自らの口を塞ぐと、アメルと2人きゅっと体を寄せ合った。




「わざわざ姿を現さずとも、貴様らを始末しようと思えばいくらでも出来た。」


「・・・なら、どうしてわざわざ姿を現したのかしら?
理由を聞かせて貰おうじゃない。」




悠々と告げるルヴァイドに、勇ましくもケイナが食って掛かった。
手には弓を握り締め、強い眼差しでルヴァイドを睨み付けるケイナ。
・・・だがその表情には、確実に焦りの色が滲み出ていた。




「そこの召喚師には、結果として部下の愚行を止めて貰ったわけだからな。
―――――――――― ・・・その借りを返すためだ。」


「・・・あら、そういう礼儀はわきまえてくれるのね。」




ミモザが飄々とした口調を崩さずに言う。
軽い口調の下で彼女もまた、いつ仕掛けられても対応できるよう、神経を研ぎ澄ませていた。

・・・頼りになる仲間の到着を、今か今かと心待ちにしながら。




「そして、宣戦勧告をするために。」


「・・・なんだって・・・!?」




黒騎士が口にした不穏な言葉に、ロッカその端正な顔を歪めた。
自然、槍を握る手にも力が籠る。・・・ルヴァイドがすぅっと、息を吸い込んだ。




「崖城都市デグレア特務部隊、“黒の旅団”の総司令官として
ここに、貴様らに対する宣戦布告を宣言する!!」


「デグレアだと・・・っ!?」


「旧王国最大の、軍事都市じゃねぇかッ!?」




ネスティが驚愕の声を上げ、フォルテも信じ難く呟いた。
目の前に立ち塞がっている敵が、視覚に捉えられる以上に大きいものだという事実。
予想もしていなかった真実に、彼等に狙われているアメル自身も
兄弟のように育ったリューグとロッカでさえも、驚きで言葉が出てこなかった。




「・・・理解したようだな。貴様らが敵に回そうとしているものの大きさを・・・。」




ルヴァイドの言葉は、潰されまいと必死に立っていた全員の肩に、重く圧し掛かる。
その目に見えない重圧に誰もが息を呑み、声を出せずにいた。






――――――――― ・・・たった2人を、除いては。






「・・・っ!!・・・それが、なんだっていうのよッ!!」




震えを誤魔化すように、ぎゅっと力の篭められたアメルの手を見て
トリスが意を決し、重い空気を吹き飛ばすように叫んだ。




「そうだ、ふざけるなッ!!お前達に、アメルは絶対渡さない!!」




マグナもトリスに続き、負けじと大声で叫ぶ。
2人の叫び声で、辺りに漂っていた重苦しい雰囲気が、幾分吹き飛ばされたように思えた。

この勢いが続くうちに次の言葉を口にしないと
もうそこから先は、なにも言えなくなってしまうような気がして、
トリスとマグナは矢継ぎ早に口を開こうとした。

そのとき
―――――――――― ・・・






キュイーーーー!!






甲高い何かの鳴き声とともに、黒くて大きな影が空を舞い
トリス達から、太陽の光を遮った。
その影はとても大きく、鳥のような翼を持っていて
ミモザは眩しそうに空を見上げると、影の正体を見とめ、嬉しそうに呟いた。




―――――――――― ・・・あの子だわ!!」




その場にいた全員が、ミモザにつられるようにして空を見上げる。
上空を飛んでいたのは鳥ではなく、1匹のレヴァティーンだった。




「レヴァティーン・・・!?」




つい数日前、お目に掛かったばかりの銀色の竜の姿に
マグナは叫び声をあげてを見たが、は他のみんなと同じように
空高く舞うレヴァティーンを、物珍しそうにじっと見上げている。
その姿から、召喚術を使っているような素振りは、どこにも見受けられなかった。

レヴァティーンは、丁度トリス達の真上辺りまでやってくると
今度はぐるぐると旋回しながら、徐々に高度を下げ始めた。
レヴァティーンの翼が、の上に影を作る・・・。




―――――――― ・・・あっ。」




が突然、小さく声を漏らした。
飛び出してきたときに怪我でもしていたのかと、イオスが少し慌てた様子でに問いかけた。




!?どうかしたのか!?」


「サモナイト石が・・・光ってる。」


「・・・え?」




驚きを含んだの声に、イオスの瞳も見開かれる。
促されるようにして、彼女の胸元にぶら下がるサモナイト石に目をやると
それはピカピカと、まるで自分はここだと告げてでもいるように、点滅を繰り返していた。




「なにが、起こっているんだ・・・?」


「良く、わからない。・・・けどこの子、喜んでるみたい・・・」




サモナイト石を手でそっと覆いながら、はそう呟いた。
高度を下げるにつれて、最初は小さかったレヴァティーンの影が段々と大きくなり
それが本来どれだけ大きい生き物なのかを、地上から見上げる人間に、改めて知らしめた。

やがてレヴァティーンが地表に着地すると、強い旋風が巻き起こり
イオスはを、リューグとロッカはアメルを、それぞれ風から遮るように背に庇う。
そして、どうにかその風が治まりかけた頃。
レヴァティーンの背中から颯爽と飛び降りてきたのは
多くの者にとって、意外な人物だった。




「・・・なんだ。・・・こいつら、どこかの軍隊か?」




矢鱈目を引く紅いマントを靡かせて、その男はヒラリと地面に降り立った。
瞳に鮮やかな紅とは対照的に、肌は酷く色素の薄い色をしていて
マントと同じ深紅の瞳には、ナイフのような鋭い眼光を宿している。

彼が牽制するように、ギロリと周囲に睨みを効かせていると
続いてレヴァティーンから降りてきたもう1人が
あっけらかんとした軽い声色で、その行動を諌めた。




「ほらほら、雄犬の縄張り争いみたいなことはやめなって。
それじゃ自分から弱いって言ってるみたいで、みっともないよ。」




そう言って、喉の奥で笑いを噛み殺すと
彼女は何かを探すように、視線をあちこちに彷徨わせる。
そしてある一点に瞳をやって、ピタリと動きを止めた。




「見知った魔力の波動だと思ったら・・・。久しぶりだね、ミニス。」




みんなの視線は自然、あんぐりと口をあけ、あわあわとしているミニスに集まり
周囲の驚きように構うことなく、ミニスの名前を呼んだ人物は器用に口の端を吊り上げる。
背中に掛かる長めの髪を、無造作に掻き揚げて
彼女はお得意の笑みを浮かべると、不敵に微笑んで見せた。













戯言。


はいすいません、こんにちは。
最後に出てきた2人は、例え名前が出なくとも。言わずと知れた(?)とバノッサです。
誰がどう言おうとそうです。そして、本当に合流しただけで終わってしまいました(汗)
今回は別名、マグナ自覚編でもあったのですが、お楽しみ頂けましたでしょうか?
何気なく、彼はどす黒いと思われます。

それから北海道に住んでいらっしゃるみなさん。非常に申し訳ありませんッ!!
北海道出身の誰だったか芸能人の方が、裸馬に乗れるといっていたのを思い出したのです。
ただそれだけなんです・・・!!

自分で書いていてなんですが、うちの小説って意味のない会話が多い気がする。
でも取りあえず、達はお互いに自分達の世界の文化を教えあっているようです。
だからたまに、リィンバウムの人が知らないような言葉や習慣をバノッサが知っていたりもします。

やったね、バノッサ!一歩他の人よりリードだよ!!(笑)

それから今回は、達の能力について、ちょこちょこと書きました。
のエルゴとしての能力は、今後もお話にもコチョコチョ関わってきます。
は他の人より魔力の扱いに長けていますが、その分変化に敏感なんですね。
だから反対に影響も受けやすい。簡単に言うと、多分そんな所。
魔力に敏感なのは、にとって強味でもあり、同時に弱点でもあったりします。

そんなこんなで、次回はが、黒の旅団相手に大暴れ(?)してくれる予定です。





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