最初は、自分の見間違いかとも思った。風に靡く紫色の髪、卑屈そうに歪められた口元。
レヴァティーンの背から降りてきた1人の姿を視界に捉え、バルレルは知らず息を呑んでいた。




―――――――――― ・・・あのニンゲン、何者だ・・・?」




先程銃弾から自分達を護るようにして、召喚術が展開されたときから感じてはいた、この魔力。
けれど実際両の眼でこうして目の当たりにするまでは、到底信じられなかったのだ。




「・・・バルレルくん・・・?」




隣に呆然と立ち尽くすバルレルの様子が、普段と違うことに気が付いて
恐る恐る呼びかけた、戸惑いがちなレシィの声すらも。
今のバルレルの耳には、届いてはいないようだった。
ただただひたすら、目の前の光景に意識を奪われて・・・


間違いない。・・・間違えるハズが、ないのだ。






――――――――――― ・・・この、魔力の波動は・・・






懐かしい感覚がして、酷く心が落ち着く。
この魔力を、間違えるはずなんて・・・・・・













〓 第18話 再会と別れ 後編 〓













巨大なレヴァティーンに乗って、悠然と空を飛んでやってくるなどという
とてつもなくド派手で、常識外れな登場をした人物に驚いていたのは
何もバルレルだけに限ったことではなかった。




「「「
―――――――――――――― ・・・ッッ!?」」」




フォルテにケイナ、そして彼女に名前を呼ばれた当の本人、ミニス。
3つの声が重なり、そのことにまた驚いて、3人は瞳を丸くしてお互いの顔を見合わせた。
瞳を白黒させている3人に、ミモザがあっけらかんとした口調で言う。




「あら。3人とも、と知り合いだったの?」


「う、うんっ!昔、お世話になった人なの!」


「・・・ついこの間、酒場でばったり出くわしたばっかりだぜ?」




ミニスとフォルテが、代わる代わるそう答え
驚きのあまり声が出ないケイナも、フォルテの言葉にコクコクと頷いた。




「ミモザ先輩のお知り合いですかッ!?」




なんといってもレヴァティーンは、召喚術の中でも、最高位の術で喚び出される召喚獣だ。
高位の召喚師であってしても、その制御は難しく、そうそう簡単に扱える代物ではない。

そもそも竜の眷属というのは、人間と同じくらい。
・・・いや。それ以上に永い刻を生きている、とても博識な生き物だ。
そのぶん気位が高く、また気難しい精神構造をしている。

そんな召喚獣を、単なる移動手段に使用しているという事実が
例え目の前にあったとしても、生真面目な彼には到底信じられないのだろう。
時折声を裏返しそうになりながら、ネスティが尋ねた。




「ええ。あの子達が以前話した、1年前、ちょっとした縁で出来た友人よ。
・・・所謂、旧知の仲ってやつかしら?」


「ちょっとした縁、な・・・」




快活な笑い声をあげて説明するミモザに、バノッサは隠そうともせず顔を顰める。
一方そんなバノッサを他所に、は予想もしていなかった人物達との再会に
随分と機嫌が良くなったようだった。




「おぉッ!?フォルテにケイナまでいるのか?いやー、数日ぶりだね!!」




こんな状況下で再会を果たしたというのに
酒場で会ったときと寸分違わない、陽気なテンションで話す
フォルテとケイナも、これが彼女と初対面である面々も、一瞬自分達の置かれている状況を忘れて
思わずポカンと口を開け、とんでもない2人組に見入っていた。

既に慣れたのか、ミニスとミモザからだけは、動揺した様子が全く見られなかったが。

呑気に笑うの姿は、緊張感の高まったこの場において
飄々と登場したミモザ以上に、そこだけ別世界が展開されているかの如く浮いている。
ネスティに至っては、まるで彼女達の周りには時空の歪みがあって
2人がそこから這い出してきた、未確認生命体であるかのような視線を向けていた。




「・・・2人とも、久しぶりね。こんな時だけど、会えて嬉しいわ。
サイジェントの皆はどう?元気にしてる?」


「相変わらずだよ。みんな元気が有り余り過ぎて困る。
それはさておいて、ミモザ。・・・さっきのは流石に焦ったぞ。
もし間に合わなかったら、どうするつもりだったのさ?」


「いやぁねぇ、ったら!まぁ、深くは気にしない!
いいじゃないの!貴方達が間に合ってくれて、結果オーライなんだから!」


「・・・ミモザは相っ変わらず、トコトン楽観主義だな。」


「あら、貴女には言われたくないわよ?」


「あぁ、それもそうか。」




周りを無視して世間話を始めた挙句、2人してクスクスと笑い出す始末。
久しぶりに会った友人と、テラスでちょっとお茶でもして、昔話に花を咲かせる。
2人にとって今このときは、まさにそんな感覚でしかないのだろう。




「総司令官、特務隊長!!あいつらです、“紅き終焉”・・・例の賞金稼ぎは!!」




黒の旅団の諜報部員の1人が、上司にそう囁くのが聞こえてきて
は忌々しそうに眉を顰め、声の主を特定しようと顔をそちらへ向けた。




「・・・って、あーーーッ!!!お前、前に取り逃がした黒尽くめじゃないか!!」




声の主を見止めた途端、は大声を張り上げて、旅団員の1人を、ビシッ!と指差した。
の叫び声につられるようにして、彼女の指差す方向へ視線をやったバノッサも
どうやら視覚えがあったらしく、同様に顔を顰めて、フンと鼻を鳴らす。




「・・・やけに手慣れてやがるとは思ったが
正規の諜報部隊だった・・・ってわけか。そりゃあ慣れてて当然だろうな。」


「・・・は?紅き終焉って・・・・・・」




ただでさえ、現状から置いてけぼりを喰らっていたフォルテだったが
やっとのことで聞き取ったその単語に、お次は呆けた声を出すこととなった。
するとそれを非難の声と受け取ったのか、はちょっとだけ罰が悪そうにして
けれども結局は、頭を掻いて事も無げに告げる。




「・・・あー、そうそう。実はあの後わかったことなんだけど
フォルテの言ってた賞金稼ぎって、どうやらバノッサのことだったらしくってさ・・・
ほら、コイツって全身紅で統一してるし。」


「おいそこの馬鹿。・・・テメェもだろ、しらばっくれんじゃねぇよ。」


「・・・だって、あんな小っ恥ずかしい名前で呼ばれるの嫌じゃないか?
ハヤトとかナツミ辺りに聞かれたら、大笑いされそうなんだけど。」


「・・・おいおい、マジなのかよッ!?」


「相変わらず顔が広いわねー、あなたたちは。」




フォルテは酷く驚愕していたが、ミモザはのほほんと笑うだけだ。
はあまり嬉しくなさそうに、ふぅ、と小さい溜息を漏らす。




―――――――― ・・・まぁ、ね。知らない奴が、こっちの顔を勝手に知ってるっていうか・・・」




否定はせずに、嫌々軽い肯定を返したその直後。
情けなさそうに視線を逸らした彼女の瞳に、一転して鋭い光が宿った。









バンバンバンバンバン!!!









紫色の残像が、まるで流れるように動き
乾いた銃声が連続して、耳に痛い轟音を響かせる。

突如轟いた銃声に、女性陣は耳を押さえて体を寄せ合い、きゅっと身を縮こませた。
アメルやハサハはその大きな音に驚いて、ほとんど反射的にその場にしゃがみこんでいる。

・・・ようやく音が治まったとき、は2つの銃口を同じ方向へ突きつけ
先程までとは確実に違う、突き刺さるような冷たい視線を投げつけていた。




「・・・それ以上、動くなよ?この銃には憑依召喚が施してある。
硬い機械兵士の装甲と言えども、ぶち抜くぞッ!!」




先程までとは打って変わった雰囲気を身に纏い、最後の方は警告も兼ね
同一人物なのかと疑いたくなるほど、ドスの利いた声でが叫んだ。


すると、の視線の先で
―――――――――― ・・・


とバノッサに、銃の照準を合わせていたゼルフィルドが
感情を見せないまま、ガチャリと音をたて、銃口をゆっくりと下に降ろした。




「・・・・・・。」




微かな機械音をたてながら、電光色の瞳で
静かに自分を見つめてくるゼルフィルドに、はニヤリとほくそ笑む。




「あーぁ。これだから機械兵士ってのは、相手にするの嫌なんだよね。
ちょっとした隙も、見逃してくれやしないんだから。あれってどう見ても、遠距離攻撃タイプだし。
気をつけてなきゃならないけど、それって結構疲れるんだよな。」


「ぼやいてんじゃねぇよ、蜂の巣にされるよりゃマシだろうが?」


「・・・そりゃそうだね。」




全身からダラリと力を抜き、かったるそうにぼやく
すっかり元の、飄々とした雰囲気に戻っていた。


一部始終を見ていたイオスは忌々しそうにを睨みつけると
悔しさからか腹立たしさからか、奥歯をぎりっと噛み締めた。
そしてを2人の視界から隠すようにして、自分の背へと押しやる。


イオスはゼルフィルドの行動に、勿論最初から気が付いていた。
ゼルフィルドが上手くやった暁には自らも動き出すつもりで
いつでも飛び出せるよう、準備までしていたのだ。


それなのに、硬い装甲で多少の物理攻撃なら無効にしてしまう
ゼルフィルドの特徴まできっちり見抜いた上、たった数発の弾で。
あの女に、それを未然に防がれてしまった。


ゼルフィルドの動きが封じられてしまっては
槍や剣の届かない距離にいるあの2人に、攻撃を仕掛ける術はない。
召喚術ならかろうじて届くかもしれないが、ゼルフィルドの動きに気付いた人間が
召喚術の詠唱を見逃してくれる確率は、ほとんどゼロに近かった。





・・・・・・思っていた以上に、敵は上手なのかもしれない。





周囲を取り囲む黒い鎧に身を包んだ集団に、バノッサはグルリと視線を巡らせると
無駄な抵抗はしないほうが身の為だと言わんばかりに、端からもう1度順番に睨み付けた。




「・・・それで、コイツラが陰気ヤロウの言ってやがった
王都のど真ん中まで侵入してきたっていう、黒尽くめの連中か?」


「ええ、そうよ。」




ミモザの肯定を受けて、再び敵をジロジロと観察し始めたバノッサを見上げ
はクスクスと苦笑すると、茶化した口調で問いかけた。




「やっぱり、紅で決めているバノッサさんにとっては、全身黒の彼等はライバルですか?」


「・・・誰がんなモンで張り合うか。」




バノッサが不機嫌そうにそう答えると、は更にクスクス笑いを深くした。
・・・どう見ても、この状況を楽しんでいるとしか思えないその素振り。


そんなの態度は、酷くイオスを苛立たせた。


だが彼女は、そんなイオスの内心さえ見透かしているようで
一瞬だけイオスに視線を合わせると、ニヤリと口の端を持ち上げて笑った。




「・・・で?その正体は?」


「旧王国最大の軍事都市、崖上都市デグレアの誇る特務部隊だそうよ。」


「旧王国だと?・・・なるほどな、面白そうなことやってんじゃねぇか。」


「・・・なぁなぁ。旧王国って確か、“国のために死んで来い!!”って感じの
考えが古くて、おまけにガッチガチに頭の堅い連中の国だよな?
上層部の言葉には絶対服従!!・・・みたいなヤツ。」


「まぁ、大方間違ってはいないわね。それで、ご感想は?」




感想も何もないだろう、とその場にいた数人は思ったが
は面白そうにズラリと勢揃いした旅団の面々を見回して、挑戦的に告げた。




「・・・国家って言ったって、所詮は人間だろ?
だったら全然問題なし。邪魔をするなら、相手になるけど?」


「ふふふ、ならそう言うと思ったわ。らしいわね、でも今はそれが頼もしいわ。」


「・・・ミモザ。それ、誰に向かって言ってんの?」




フン!と鼻で笑ってみせたに、ミモザとバノッサ以外は
愕然と瞳を見開いて彼女を見つめた。
戦慄するどころか、彼女は微笑すら浮かべている。

1つの国家を敵に回すということの、その重みに
ここにいる誰もが押し潰されそうになったのは、つい十数分ほど前の話だ。
なのに彼女はそれをたった一言で、あっさりと払いのけてみせた。



―――――――――― ・・・狂ってる。



本当に、一体どういう神経をしているのかと
全員がを、信じられないものでも見たような眼差しで見つめた。

・・・何しろ。彼女の行動のなにもかもが、標準からかけ離れた規格外なのだから。

自分に向けられる視線に気付いていないのか、それとも気付いていて全然気にも留めていないのか。
シンと静まり返ったその場所で、は相変わらずの調子で喋り続けた。




「・・・それにしてもさ。ミモザも全く、人遣いが荒いよ。
やっとのことで家まで行ったら、入れ違いで出かけたっていうんだもんなー。
こっちは茶を啜る間も惜しんで、超特急で向かってきたんだよ?
お陰でろくに、状況も理解出来ちゃいない。」


「あら、手紙に書いたじゃないの。聞いてない?」


「・・・いや。口で説明するより、実際見たほうが話速いって言うから、さっぱり聞いてない。
ギブソンから簡単な説明はされたけど、何しろ時間が足りなくてね。
まぁ、その場その場でどうにかなるかなーって思ってさ。
そもそも、自分の目で確かめないと何事も納得出来ない性質だから・・・なぁ、バノッサ?」

「・・・俺に振るんじゃねぇ。」


の行き当たりばったり、大雑把な性格に慣れすぎたバノッサは
半ば諦めたように、深い深い溜息を吐く。
そんなバノッサを見上げ、けれどは満足そうに、またもやニヤリと口元を歪めた。
するとその意味する所を察したのか、バノッサも同じように口の端を吊り上げる・・・




「でもさ。まぁ、取り敢えずは・・・」


「・・・あぁ。こっちは大当たりみてぇだな。」




そう顔を見合わせて呟くと、2人は前もって示し合わせていたように
ピッタリと呼吸を合わせて、同時にある一点へと視線をやった。




「!!」




瞬間。はその視線が、自分に向けられているのだと確信した。
本来ならイオスの背中に隠れているが、彼等の立つ位置から見えるはずなどない。
は背が標準よりも低いから、頭から足の先まで。イオスの背後にすっぽりと隠れてしまうのだ。
実際の視界にも、紅いマントがチラチラと見え隠れするだけで
ここからでは彼等の姿をはっきりと窺い知ることは出来ない。


――――――――― ・・・その筈なのに。


と呼ばれている人物と、ばっちり瞳が合ったような気がした。
そして次の一言で。それが決して、自分の勘違いではなかったのだと知る。


彼女は、確実に。


・・・まるでイオスなんて最初から、瞳に入っていないように振舞って
まっすぐに向け、話しかけてきたのだから。




――――――――― ・・・やっと見つけたよ、。随分探した。」




初めて聞く、確実に愛しさの籠もった声で呟くと
は手を差し伸べるように前に出し、一歩に近づいた。

自分の名を呼ぶ彼女の旋律は、の中にスルリと、染み入るように入り込んでくる。
そのどこか懐かしさの込み上げる声色に、はついに我慢出来ず
今自分の名前を呼んでいる人の姿を一目見てみたくて、イオスの背後からひょっこりと顔を出した。

一瞬だけ垣間見えたのは、肩まで伸ばされた紫色の髪。
砂嵐のようにおぼろげな、月明かりに照らされた誰かの影が、の脳裏を再び過ぎった。

そんなを、イオスは咎めるように再び自分の背中へグイっと押し込むと
今にも噛み付きそうな剣幕で、持っていた槍を前方に構えた。




「貴様ら!に何の用だッ!!」




警戒心を剥き出しにするイオスとは反対に、には彼女が危険だとは到底思えなかった。
・・・なんとなく懐かしいような、ほっとするような。不思議な感じが彼女からはしたからだ。
どうしてだか、彼女が自分に危害を加えないという、絶対的な自信があって・・・






どうしてあたしの名前を知っているの?
あたしは貴方に、どこかで会ったことがありますか・・・?






ただひたすら、そんな自問自答ばかりを繰り返していた。




「・・・イ、イオス・・」




今にも切りかかりそうなイオスを、なんとかして止めようと
は彼の服の裾を掴み、ルヴァイドにチラチラと視線を送ったが
ルヴァイドが何かを言おうとする前に、他の声が覆いかぶさった。




「あァ?なんだこの生意気なガキは?」




売られた喧嘩は買うとばかりに、バノッサがイオスに負けず鋭い眼光で
彼をギロリと睨み返している。自分もイオスの神経を逆撫でしたことは棚に上げ
は“まぁまぁ”と然して止める気のない声を出すと、バノッサを手で制しながら2人の間に割って入る。
そして眼を飛ばし合うイオスとバノッサを、交互に見比べ・・・最後にイオスに視線を止めて言った。




「うーん・・・誰かさんにそっくりな吼え方だね。」


「・・・うるせぇよ。」




チラリとバノッサを見上げ、あからさまにバノッサそっくりなのだと告げる
バノッサは不貞腐れたように呟いて、けれどそれっきり口を閉じた。
は満足そうに頷くと、イオスに向き直り、また1歩2人に近づく。
・・・イオスの靴が、ザッと地を擦る音がした。




「・・・何も、取って食おうってワケじゃない。・・・突然二重誓約されて姿を消した友人。
そこにいるを探して、ここまでやって来ただけなんだから。」


―――――――――――― ・・・なんだと・・ッ!?」




驚愕するイオスをかわして、必死に庇った甲斐もなく、今度こそはイオスの背から飛び出した。
はあちこちに視線を彷徨わせてから、意を決してに問いかけた。




「・・・あ、あの!・・その・・・・・・お二人はあたしのこと、知ってるんですか?」






「「はぁッッ!?」」






とバノッサは同時に大声で叫び、互いの顔を見合わせて、これでもかというくらいに瞳を丸くする。
それから2人は揃って、穴が開きそうなくらいにを見つめてきたので
2人の真剣な眼差しを受けて、はちょっとだけたじろいだ。






「・・・っていうか何標準語喋ってんのッ!?
あの妙な喋り口調はいづこッ!?」

「・・・もう少しまともな所見ろよ、てめぇは。」







どうでも良いことを指摘するに、バノッサが鋭く突っ込みをいれた。
がふざけているのではなく、至極真面目に尋ねているのだと判断するまで
ポカンとしたままきっちり5秒程かかって。それから唐突に、両手に握っていた銃を片方ずつ
マグナ・トリス一行と、黒の旅団に向けて構えた。
それは本当に唐突過ぎて、皆何が起こっているのか、一瞬解らなかったぐらいだ。




「・・・とりあえず、現状を説明して貰おうか?
双方とも、この子・・・レヴァティーンに焼かれて消し炭になりたくなかったら剣を収めるんだね。
さっきから殺気ビリビリさせてるそこの赤触角も、隙をみせたら噛み付こうとしてる
美人な槍使いさんも・・・余裕綽々なでっかい黒騎士さんもね。
―――――――― ・・・動いたら、どうなるか。いくら馬鹿でも解るよな?」


「てめぇ・・・ッ!」




ただでさえ、不信感露にを見ていたリューグは
銃を向けられたことで完全に逆上し、斧を握り直すと目掛けて走り出した。




「リューグ!!」




ロッカの一足遅い静止の声が飛ぶ。
だが最初から、ロッカの声なんてリューグにはさらさら聞く気もない。
けれど次の瞬間。否が応でも、リューグは止まらざるを得ない状況に追い込まれた。


・・・銃口の1つが、リューグに狙いを定めていたからだ。


これの威力は、先程目の当たりにさせられている。
しかもの言葉を信じるなら、リューグの斧でも簡単には傷をつけられない、
あのゼルフィルドの装甲すらも貫くという・・・。
リューグは反射的に、ピタリと足を止めた。
ふぅ、とわざとらしい息を吐き、は拳銃越しにリューグを見据える。




「・・・赤触覚の少年、そこまでだよ。
斧の攻撃範囲はまだまだだけど、銃の射程距離には入ってる。
・・・安心していい。君や君の大切な人をどうこうしようとは、思ってないから。
―――――――― ・・・話くらい、ゆっくりさせてくれてもいいだろ?」




そう、落ち着きのある冷静な声で言い
リューグが渋々ながら斧を降ろしたのを確認すると、僅かに表情を緩めた。




「レヴァティーンはあくまで保険。念には念をって言うからね。
その奥の手を、本当に実行に移させないで欲しいんだけどな・・・?」




リューグが視線で、ミモザに確認するように訴えると
彼女は珍しく真剣な顔付きをして、静かにの行動を見守っていた。
他の仲間も念を押すように、黙っているミモザをじっと見つめる。




「・・・大丈夫よ。あの子は、本当にただ純粋に話がしたいだけだから。
―――――――― ・・・なにもしないわ。」




ミモザはを見つめたまま、一切の迷いがない声ではっきりと言い放った。
いつになく真摯なミモザの態度に、そわそわと落ち着かない様子だった
ネスティやロッカも、少しは安堵したようだった。

がミモザを見つめると、ミモザもを強い眼差しで見つめ返し、2人はコクリと頷き合う。
それを確認すると、は次に視線をイオスへと移した。

その視線を真正面から受けて、イオスは不満そうにしながらも
話をしたそうにしていると、自分達が置かれた状況を客観的に見て
しばらくの間は抵抗の意志がないことを示し、ゆっくりと槍を降ろした。
・・・忌々しそうにを睨み付けることだけは、忘れずに。




「バノッサ、お前はいつでもレヴァティーンに指示頼めるようにしといて。」


「・・・わかった。」




は銃を構えたまま、後ろを振り返らずバノッサにそれだけを告げると
どうにか大人しくしていてくれそうな彼等を見渡して、満足そうに瞳を細めた。
そしてに向き直ると、些か疲労の混じった声で問う。




「・・・で?。それは冗談?それとも、本気で言ってんの?」


「・・・は我々の元へ来る前の記憶を失っていてな。初めは自分の名前すら覚えていない始末だった。」




意外にも、の質問に答えを示したのは
今まで沈黙を守っていた、黒の旅団総司令官、ルヴァイドだった。




「記憶を・・・?」




思い掛けない一言に、は誰の目にも見えて眉を顰めた。
そして何か探るような視線をルヴァイドに向ける。だがルヴァイドは、そんなを気にすることもなく。
・・・寧ろ当然のことだと思っているような様子さえ見せて
特に気分を害した様子もなく、再度の疑問に明確な返答を返した。




「・・・ああ、そうだ。」


「ルヴァイド様ッ!?」




説明しながら前へ進み出るルヴァイドに、イオスが慌てた声をあげた。
あの2人が、総司令官であるルヴァイドに
何か仕掛けてくるという可能性も、完全には否定できない。




「イオス、構わん。」


「・・・ですがッ!!」


「・・・俺の命令が聞けないのか?少なくともコイツは、最初からの名前を知っているようだった。
それだけでも、奴の言い分は信憑性が高い。・・・ならばには、あの2人と話す権利がある。」




ルヴァイドは淡々とした口調でイオスにそう告げ、それからへと視線を走らせた。




――――――― ・・・最も。聖女達と口裏を合わせていなければ、の話ではあるがな。」




苦笑交じりで言うルヴァイドに、はしばらく瞳を丸くしてしたが
すぐ珍しいものでも見るような目付きになると、薄っすら微笑んだ。




「・・・差し出がましい真似をして、申し訳ありませんでした。」




まさに鶴の一声で、イオスが頭を下げ、静かになると
はルヴァイドを、上から下まで不躾にジロジロと眺め、じっくり観察した。
それから相手を挑発するように斜めに見て、少し上擦った声をあげる。




「・・・へぇ?アンタ、近年稀に見る“騎士”だね。
最近はアンタみたいに騎士らしい騎士ってのも、珍しいんじゃない?
馬鹿みたいに自分の意思を貫き通そうとするから、この世の中じゃ生き辛いだろ。
・・・まぁ。はそういう馬鹿って、案外好きだけど?身内にそういうのが数人いてね。」




小馬鹿にしているんだか、褒めているんだかわからないの言葉に
イオスが軽く顔を顰めたが、はそれに気付いていて、知らんふりを決め込んだ。




「・・・1つ、質問だ。を召喚したのはアンタ達か?
“視た”感じ魔力はそこそこ高いが、召喚師ってわけじゃないようだけど?」


「・・・その通りだ。の召喚主については俺達に答えられることはない。・・・ヤツラに聞け。」




そう答え、ルヴァイドがチラリと自分達に目配せをしたので
マグナは覚悟を決めて、でも少し控えめに手を上げた。




「・・・・・・あ、あの・・・を召喚しちゃったのは、俺、です・・・」




途端、とバノッサ。2人の視線が、マグナに突き刺さった。
マグナは随分小さな声で言った筈なのに、2人の耳にははっきりと届いたらしい。
恐らく、本人達に悪気はないのだろうが、その瞳はナイフのような鋭さでこちらを凝視していて
推し量るような視線は、マグナにとって少々居心地が悪かった。

バノッサは、先程がルヴァイドにやったようにマグナを見て
それから信じ難いと言わんばかりに、盛大な溜息を吐いた。




―――――― ・・・まだ、ガキじゃねぇか。こんなガキに、あんなマネが出来んのかよ・・・?」


「いやいや、それよりもさ。あのときの召喚から考えたら、魔力の気配がちょっと違う気がするね。」




バノッサの言葉に割り込むように、が別の疑問点を被せて
2人はお互い顔をつき合せ、なにやらブツブツと論じ始める。
噛み合っているようで全然噛み合っていない2人の論議を聞いて、ミモザがケラケラと笑った。




「子供って言うけどこの子確か、と同じ年齢よ?あなた達、確か18よね?」


「え?はい、そうですけど・・・」




ミモザの質問にマグナが素直に答えると、とバノッサの瞳が、今度は瞬時にして点になった。




―――――――― ・・・マジかよ?コイツが18?(汗)」


「うわぁ・・・絶対年下だと思ってた・・・」




2人が心の底から驚いているのがわかったので
マグナは内心、ほんのちょっとショックを受けた。




「・・・それから、魔力の違和感については心当たりがあるわ。
この子達、双子なのよ。どうやら2人で協力して、ちゃんを召喚しちゃったみたいなのよね。」




淡々と2人の質問に、明確な回答を与えながら。
ミモザはトン、とトリスの背中を軽く押し、前に押し出した。
肩にミモザの手が置かれた瞬間。
トリスの小さな身体が、電流が走ったようにビクっと震えた。




「は、はは初めましてッ!マグナの双子の妹の、トリスです!
この度は遠いところをはるばる・・・じゃなくて!!
あ、あたし達が召喚で、でドジを・・・違う、また間違えちゃった!!ええっと、ええっと・・・ッ!!」




威圧的な2人の態度に、どことなく気圧されているのか
トリスはわたわたと手を振るばかりで、上手く言葉が紡げない。
緊張でここまで言葉を間違えられるのも、ある意味大物だ。
性格の異なる彼女の護衛獣が、片方は呆れて、もう片方は心配そうにトリスを見上げた。




「なにどもってんだよ、ニンゲン・・・」


「ご、ご主人さま!頑張ってください!!」




双子なだけあって、そんなトリスの行動が伝染したのか
申し訳なさが先にたって、比較的落ち着いていたマグナまでもが
次第にそわそわとして、慌てふためき始めた。

すると、いつまで経ってもことの成り行きを説明の出来ない2人の後ろから
突然色白い手が2本、にょきっと生えてきて
身長差のある、マグナとトリスの頭をそれぞれにガシッと鷲掴みにすると
力任せにグイっと押しさげ、無理矢理頭を下げさせた。


・・・あまりにも勢い良く下げさせたので、2人の首の辺りからグギリと嫌な音がした。




「不出来な兄弟弟子が、ご迷惑をかけてしまい申し訳ありません。」


「「ネ、ネスぅ・・・(汗)」」




一緒になって頭をさげるネスティの名を、
余程痛かったのか首の辺りを擦りながら、マグナとトリスが情けない声で呼んだ。
謝られているのは自分達なのだが、その光景をどこか他人事のように眺め、がポツリと呟く。




「・・・・・・なんだか、愉快な一行だな。」




少々脱力した様子で言うを見て、バノッサがニヤリと笑った。




「どれだけ愉快かって言うんなら、フラットだって負けてないだろ。
ガキからタヌキまでいる、まるでサーカスだぜ?」


「・・・それを言うなら、オプテュスだって面白可笑しい連中の集まりじゃないか。
他に類を見ない、ベタベタな三流悪役ぶりだよね。」




も負けじと言い返し、交錯した2人の視線が、空中でスパークする。






バチバチバチ・・・!!



―――――― ・・・喧嘩売ってやがんのか、テメェは・・・ッ!」


「そっちこそ、会長を愚弄する気じゃないだろうね・・・ッ!?」







―――――――― ・・・あー、ちょっとちょっと貴方達。
こんなところで痴話喧嘩始めないで頂戴。
本当、全然変わってなくて、嬉しいんだか悲しいんだか・・・」




ミモザが溜息を吐きながら、いつものくだらない論争に雪崩れ込もうとした2人にストップをかけた。
はコホン、とわざとらしい咳払いをして一端話を仕切り直すと
素知らぬ顔をして、まるで何事もなかったように話を続けた。




――――――――――― ・・・で、話を戻すけど。
・・・お前、さっぱり何も覚えてないわけ?
実は召喚されるのが2回目だってことも、記憶を失くすのまで2回目だってことも?」




言われて、はえッ!?と小さく声を漏らした後
しばらくの間たじろいだ様子を見せて、でも結局最後には、恐る恐る頷いた。
・・・彼女が頷いたのを確認すると、バノッサとの瞳が呆れと疲労の混じった色をして、半開きになる。




「・・・・・・はぁ。二重に記憶喪失になるたぁ、テメェはどこまでドジなら気が済むんだよ・・・」


「お前の脳味噌、ちょっとメモリが飛びやす過ぎるんじゃない?」




深い深い溜息と共にそう呟かれて
は“あうぅ〜・・・”と唸り、もじもじとイオスの背中に隠れた。






なんだか良く解らないけど、この人たちには敵わない予感がする・・・(汗)


懸命な判断です、さん。






「じゃあ、気を取り直して2つめの質問。を召喚したのがあの2人なら
どうしては召喚主の元を離れてそっちにいる?」




が今度は、マグナに向かってそう問いかけた。




「そ、それは・・・」




質問されたマグナは、どこから説明したらよいのか。
・・・また、なんと答えるべきなのか解らずに、もごもごと口篭る。
説明すれば長くなることだし、一概にこれが原因だとは言えなかったからだ。
あー・・だの、うー・・だのと、言い掛けては止め、言い掛けては止めを繰り返していると
マグナの横からサッと、何か茶色い影が飛び出してきた。




「・・・あたしのっ、せいなんです!!」




時折、声を詰まらせながらそう叫んだのは
今までリューグとロッカの背後に護られるようにして立っていた、アメルだった。




「・・・?」




突如飛び出してきた少女は悲痛な面持ちで
その表情からは、リューグのような反抗する意思は読み取れない。
今まで率先して話そうとはしていなかった筈の少女。
彼女がそんな行動に出た理由が理解出来ず、は軽く首を傾げた。




「アメルっ!」




トリスが叫んだ少女の名前に、なんとなく聞き覚えがあり
そこでやっとは、この少女が今回の事件の中心にいる人物であろう、と思い当たった。




―――――― ・・・あぁ。アンタがコイツラに狙われてるっていう、例の聖女か。」




そうぶっきらぼうに言い放ってから
は少女の瞳に、ほんの一瞬だけ。悲しみの色が過ぎったのを見た。






・・・この子、“聖女”で在ることが嫌なのか・・・






はこの少女が、自分の一言にめげるのではあるまいかと思ったが
少女は意外にもまっすぐの瞳を見返し、はっきり頷いて見せると、意を決したように話し出した。




「・・・あたし達の住んでいた村が襲われた、あの日。
さんは偶然にも、あたし達の村・・・レルム村を、訪れてきていました。」




は聖女と呼ばれる少女を、もう少し・・・そう、良く言うなら儚げな。
悪く言うなら、風に吹かれただけで倒れてしまいそうな。そんな感じの少女かと思っていた。

だが、じっと自分を見つめてくる、茶色い双眸のその奥に
は彼女の中に存在する“強さ”を、確かに垣間見たような気がして
目の前にいる“アメル”という少女の認識を、新たに塗り替える。




さんはあたしを聖女としてではなく、1人のアメルという
どこにでもいる、普通の村娘として接してくれました。たくさん、話し相手になってくれて・・・
あたし、そういう風に接して貰えるのは久しぶりだったから、本当に嬉しかったんです。」




その時のことを思い出しているのか、話すアメルの瞳は優しく細められ
そのまま視線はへと注がれる。何も覚えていないのだと言った
自分達を見たとき以上に困惑しているのが、にはわかった。

自分が誰だかを忘れ、例え記憶を失っていようとも。
・・・心のどこかで、覚えているのだろう。アメルという、この少女のことを。
理屈だけではない、そんな“何か”この世の中にはある。
そして、の知るという人間は、そういうヤツだ。




「あたしがさんと出会った日の、夜のことでした。
――――――――― ・・・突然村が何者かに襲われ、全てが焼き払われたのは・・・」


「アメルッ!それ以上言うなッ!!」




淡々と語る少女の声を遮ったのは、先程リューグと呼ばれていた赤毛の少年。
はギブソンから、逃れてきたレルム村の生き残りは、聖女を合わせて3人だと聞いていた。
あの少女が聖女なら、きっと彼も聖女と同じく、あの村の生き残りなのだろう。
村の事と聖女に対しての過剰な反応を見る限り、そう判断するのが妥当だった。


少女の言葉を止めようとしたのは
彼女を想う故なのか、それとも自分自身の保身の為なのか・・・


本当の所どうなのかは解らないが、彼の揺れる赤い髪が
そのまま彼の気性の激しさを表しているようだと、は思った。




「彼等は、あたしを捕まえる為に、村を襲ったようでした。
さんはあたしに、年格好が似ていたから・・・・・・」




少年が叫んでも、少女は話すのを止めなかった。
所々息を切れさせ、短く短く、言葉を区切って。
まるで、まだ上手く舌の回らない子供のように苦労しながら
・・・アメルは必死に、に訴え続けた。




「・・・さんはあたしと間違えられて、彼らに捕らえられてしまったんです!!
―――――――――― ・・・だからッッッ!!!」









――――――――――― ・・・全ては自分のせいなのだと。









彼女は懸命なあまり、後ろで物悲しそうに自分を見る
仲間達の様子にさえ、気が付かない。



あの日、あの夜。
・・・あの場に居合わせた全員が、心を痛めているようだった。



――――――― ・・・そう、全員(・・)が。









「・・・だから、さんが悪いんじゃありません・・・トリスさんやマグナさんは、悪くありません。
――――――― ・・・全部、全部あたしのせいなんです・・・ッ!」




あの瞳は、必死に事実を受け入れようとしている瞳だ。
それは自分達がなんの為に召喚され、魔王をその身に宿しているかもしれないと
そう告げられたときのハヤト達の瞳に・・・少し似ている。

全てを受け入れようとして、でもやっぱり少し怖くて・・・
先の見えない不安に駆られ、それでも自らの足で、懸命に地面に立っている。
・・・そんな者のする瞳だと、は思った。




「俺達は、レルムの村で捕獲対象を誤って捕らえた。
――――――― ・・・それが、だ。」




兜の中で反響しているような、くぐもった声が聞こえて
アメルの言うことに間違いはないと、ルヴァイドが低く肯定する。
感情の起伏のない声で、淡々と事実のみを告げる彼を、数人が憎々しげに睨みつけていた。


けれどその声が、あまりにも冷静すぎて・・・


そこには、一抹の違和感を覚える。
は厳つい兜で見えない筈のルヴァイドの素顔を窺い知ろうと、じっと瞳を凝らした。

・・・けれどそれもすぐに諦めて、再び視線をアメルへと戻す。
は真剣な眼差しで、しばらくアメルを見つめていたが
それはアメルを見ているようで、見ていなかった。

しげしげと彼女を眺めてから、周囲にはっきりとは届かない声の大きさで
(・・・それでも、の隣にいたバノッサには聞こえているだろう。)
は自分に言い聞かせるように、何事かをブツブツと呟いていた。




「・・・・・・なるほど、それで聖女ってわけね。」


「・・・?」




たったそれだけの一言で、がアメルの魔力を“視て”いたのだと
事情を知る人間以外に、誰が気付けただろうか?

・・・やはり、誰も気付けなかったようで
の様子に眉を潜めたり、首を傾げたり・・・その反応は様々だ。
しばらくして1人合点が行ったは、やっと置き去りにしていた周囲の人間が目に入ったらしく
口先だけで“あぁ、悪い”と謝罪して、最後の質問を続けようとした。




「3つ目の質問・・・これが最後だ。、その魔力は一体どうし・・・」






―――――――― ・・・来ましたね・・・?”






そこまで口に出しかけたときだった。
誰かにすぐ耳元で、そう囁きかけられたような気がして
の背中を、ゾクリと冷たいものが走る。


そう感じさせる何かを、その声は持っていたのだ。


けれどは、誰かが自分に囁きかけたという考えを、自ら否定した。
エルゴとしての“感覚”が、背後には誰もいないとはっきり告げているのだから。


・・・そうして、ようやく気が付いた。


他にも、 “感覚”が告げていることがあった。
それはさっきの声が聴覚ではなく、“感覚”によって捉えられたのだということ。


・・・言うなれば、それは魔力に乗せた声。
とてつもなく強い、魔力の干渉。


は神経を尖らせてバッと空を仰ぐと、奥歯を噛み締め虚空を睨みつけた。






―――――――― ・・・来るッ!!






遠すぎて正体は掴めないが、強い魔力がこちらに向かって来ている事だけは察知出来た。
間に合わない、そう思ったは、荒々しい声で相棒の名前を叫ぶ。




「・・・バノッサッ!!!!」


「・・・チッ!言われなくても解ってんだよ・・・ッ!!」




今から口で説明していたのでは、時間が足りない。
・・・ならば言葉にしなくとも、事態を察して貰うしかないのだから。
とバノッサが叫び合ったのとほぼ時を同じくして、が突然ガクリと膝を付いた。




「・・・っぁ・・・」




両手で抱えるようにして頭を押さえ、体を捩じらせ小さく呻く
誰の目から見ても、尋常な様子ではない。




ッ!?」




慌ててを支えるようにしゃがみ込んだイオスは
肩を抱いて軽く揺すりながら、意識の遠い彼女の顔を心配そうに覗き込む。
酷く狼狽した、を呼ぶイオスの声に
とバノッサは同時に振り向き、(うずくま)へと視線を向けた。


途端、を見たの表情が、見る見る険しくなってゆく・・・




――――――――― ・・・全員、速くから離れろッッッ!!!!!」


「えっ!?」




が突如血相を変えて、怒鳴り散らしたが
の言葉の意味を正しく理解できずに、きょとんとするだけ。
思わず声を漏らしたトリスもアメルも、を快く思っていなかっただろうリューグさえもが
どうして具合の悪そうな彼女から、一刻も離れなければいけないのか。
よく解らないと言った表情をしていて、の言葉に反応出来た者は少なかった。



――――――――― ・・・次の瞬間。




「・・・い・・・いやあああああああああッッ!!!!」




が咆哮をあげるとそれに連動して、の体から眩い光が発せられる。
眩しさに反射的に瞳を瞑ると、すぐ脇を強い風が吹きぬけた。
続いてすぐ近くから、鼓膜を突き破るような爆発音が聞こえる。
ようやく光が収まって、薄く瞳を開けられるようになった時
驚くような光景が、目の前には広がっていた。

雷にでも打たれたように、見事真っ二つに裂けた太い木の幹と
隕石が墜落した跡のような、大地にぽっかり口を開けたクレーター。

それが瞳を閉じていたほんの一瞬の間に出来たのだと
最初、誰も信じることが出来なかった。




「・・・ッ!、やめろッ!!!!」




焦り交じりのの声に、周囲はのろのろと事態を理解し始める。




「まさかッ、これをがやったって言うのかよ・・・ッ!?」




フォルテが驚きを隠せず叫ぶと、誰かがそれに答えるより速く
再びの体から、白い閃光が発せられる。




―――――――――― ・・・ッッ!!!」




が、声にならない声で喚く。
それはどこか、全ての物音が消えたような錯覚を引き起こさせるのに
トリスには何故か、の悲鳴が聞こえたような気がして、両手で耳を塞いだ。

光が空から槍のように降り注ぎ、大地を抉り貫いた。
それは敵も味方も関係なく。・・・ときには自分さえも見えていないように、無差別に降り注ぐ。

が苦しそうに叫ぶ度辺りに光が満ち、周囲を手当たり次第に破壊してゆく。
それをがやっているのだと理解したとき、トリスの足は自然動いていた。




「・・・・・ッッ!?どうしたの!?ッッ!!!!!」


「マグナ!トリスを押さえろ!今彼女に近づくのは危ない!!」


――――――――――― ・・・トリス!!」




フラフラと歩き出したトリスに気付き、ネスティが鋭く叫ぶ。
その声に弾かれたようにマグナは顔を上げ、慌てて細いトリスの体を捕らえた。


マグナの腕に引っ張られ、体を持ち上げられながら
それでもトリスの瞳は、の姿だけを追っていた。
足は地についていない。だからいくら歩を進めても、の所までは辿りつけない。
そう解っていても、トリスはジタバタと足を動かし続けた。


視界に映るは、酷く蒼褪めた顔色をして
焦点の合っていない虚ろな瞳で、どこかを見つめている。
苦しそうだから、傍にいって声を掛けてあげなくてはいけないのに。
さっきの爆発に吹き飛ばされたイオスが
必死に何かを叫びながら、に近づこうとしているのが見えた。


・・・きっと彼は、必死にを呼び戻そうとしている。
胸の奥から何かが込み上げてきて、トリスはいてもたってもいられなくなった。
例え無駄でも、自分も何かせずにはいられないと、そう思った。




「だって・・・!離して、離してよ!・・・マグナッッ!!
行かなきゃ・・・の所に行かなきゃ、あたし・・・っっ!!」


「駄目だ!今行ったらお前まで巻き込まれるよ!!!」




そう叫んで、マグナはトリスの体を強く抱きしめる。
本当はマグナも、の元へ駆け出してしまいたかった。
けれども、腕の中で暴れるトリスがかろうじて、マグナの理性を繋ぎ止めていた。

自分は仮にもトリスのお兄ちゃんなのだ。
彼女がこんな状態のときは、自分がしっかりせねばならない。
そんな義務感だけが、今マグナの行動を制限している。




「魔力の暴走か・・・!?しかし、サモナイト石を介さずに魔力を放出するなんて・・・!?」




四方八方から、爆発音の聞こえる中、
ネスティが消え入りそうな声で、そう呟くのが聞こえた。




「・・・クソッ!!!」




は舌打ちをしながら、ヒラリとの放つ閃光をまた1つかわした。
――――――― ・・・いや、視覚的には光と捉えられるが、これは光ではない。魔力だ。
非常に強い魔力が、人の目にはこうして、光として捉えられる。
だからこそ、には光の動きが手に取るように解り、難なく避けることが出来るのだ。


それでも、自分は避けられるからいい。
だがほとんどの人間は、魔力とその軌道など、視えも読めもしないのだ。
光が発されるその度に、はこっそり魔力障壁を創り出して
が暴走させている魔力の槍をはじき返しているが
如何せん守るべきものの数が多すぎて、護るだけで手一杯だ。
後方を守りながら、を止めに行くには手が足りない。
流石のも、1人でこれだけの人間を守り抜きながらに近づくのは不可能だ。


その証拠に先程からずっと、に近づこうとしているのだが
次から次へと絶え間なく、まるで暴風雨のように
吹き付けてくるこの魔力が、なによりも邪魔で厄介だった。


達の持つ能力は、ある意味反則技もいいところだ。
だから力を行使すれば、もっとことは簡単に終結するのかもしれない。
だがは、自分の能力をひけらかす事を、あまり好ましく思っていなかった。


奥の手はあくまで最後まで残しておいてこその奥の手なのである。
無闇に人前で力を行使してみせるのは、決して利口なやり方ではない。
聞けば、思わず納得してしまいそうな建前ではあるが
“いちいちこの能力について言及されては、堪ったもんではない。”
・・・というのが、実のところの本音である。


だがそれは、ひっくり返せばこうもとれる。
・・・そう。1人で無理なら、1人でなければいい。
力を行使したとしても、要は“妙な力を使った”ことが周囲にばれなければ良いのだ。




「ミモザ!!そっちの連中だけでも護りきれるかッ!?」


「・・・やってみるわ!けど、あんまり長くは保たないわよッッ!!」




の要求に、ミモザは少し考えた後、コクリと首を縦に振った。
ミモザの返答に、は満足そうに口の端で笑う。




―――――――― ・・・上等っ、やれるだけでも十分だ!!」




これで、聖女達の方はどうにか片付いた。
なんだかんだ言ってミモザは有能な召喚師だから
向こうは彼女がなんとかカバーしてくれるだろう。

残るはデグレア勢だ。彼等の中にも召喚師はいるようだったが
どう“視て”もミモザより能力は劣るし、この魔力を防ぎきれるとは到底思えない。
が何か策を講じなければ、と悩んでいると
そんな考えを見透かしたかのように、目の前で見慣れた紅いマントが(ひるがえ)る。


――――――――― ・・・バノッサだ。




「黒尽くめ共は俺様がどうにかしてやる!
だからお前は、さっさと行ってあのガキ止めてこい!!」




彼は振り向き様にそれだけを告げると、意外にも器用に光の槍を避けながら
デグレア軍の方へ向かって走ってゆく。
彼ならば申し分無い。デグレアの人間も、見事守ってくれるだろう。




「・・・了解っ!」




すぐさまバノッサに背中を向けて走り出し
もう聞こえていないだろう彼に向けて、もそう答えた。

がこの騒動の渦中にいるへ視線を向けると
最初の第一波で弾き飛ばされたらしいイオスが、体を引き摺るようにしながらも
出来るだけ、の傍へ近づこうとしている所だった。













「・・・っ・・・あ、ああぁぁッ!!」


ッ、ッッッ!!!」




もう何度と無くイオスはの名を呼んでいたが
苦しげに呻いている彼女にそれが届いた様子は無い。
進路を光に遮られ、爆風に体を押し戻されながらも
イオスはやっとの思いで、の元へ崩れるようにしてたどり着いた。




!!しっかりするんだ、!!」




肩を揺さぶっても、強く名前を呼んでも。
が反応を返すことは無く、正気に戻る気配も無い。
覗き込んだの瞳は、相変わらず虚ろなままで
見えない何かに怯えるように、大きく見開かれていた。


の助けになりたいと、傍までやってきたにも関わらず
イオスにはこれ以上、“自分が彼女にしてあげられること”が見つからない。
彼はその端正な顔を歪めて、悔しそうに血が滲み出るほど唇を噛み締めたが
結局それしか思いつかなくて、馬鹿のひとつ覚えのように
自分よりずっと小さな、の体を抱き締めた。
どれだけ己が無力かを思い知らされ、苦し紛れにきつく抱き締めた彼女の体は
小刻みに震えていて、心なしかいつもより冷たかった。

イオスが内心、自らの無力さを呪っていると
突如イオスの肩を後ろから、がしっ!と掴む何かがあった。




退()けッ!!」




その声は荒々しくそう叫ぶと、イオスが正体を確認する前に
からイオスの体を、ベリっと力任せに引き剥がした。




「なッ!?」


ッ!!」




イオスが離れたのと同時に、1本の腕がに伸ばされる。
それはレヴァティーンに乗って来た、奇妙な2人組のうちの1人で
彼女はに駆け寄ると、先程までイオスがしていたのと同じように強く強く、の体を抱き締めた。




「・・・いやああぁぁッッ!!」


「しっかりしろッ、!!!・・・いいか、意識を強く持て!」




彼女の咎めるような鋭い声に、がビクリと反応を示したように思えた。
それを彼女も見とめたのか、少しだけ緊迫感の薄れた声で
泣き止まない幼い子供をあやすかのように、彼女はに囁き続ける。




「大丈夫だ、がついてる。ゆっくり・・・そう、ゆっくり息をしろ。
が魔力を誘導する・・・力を制御下に置け、落ち着かせるんだ・・・大丈夫だから。」




そうして彼女は、キッ!と何処か上空を睨みつけた。
そのとき彼女の体からも、と同じ白い靄のようなものが
ぼんやり立ち上ったのを見たような気がしたが、瞬きの後には掻き消えていた。

すると、発作を起こしたように荒々しかったの呼吸が、だんだんと落ち着きを取り戻し始める。
の呼吸が落ち着くのに比例して、から放たれる光も薄らいでゆき
周囲へ与える被害も、その数を減らした。




「・・・はぁッ・・・は、・・・ッ!」




今までのことが嘘のように、地面を(えぐ)っていた光が治まる頃には
の瞳にも、正気の光が戻りつつあった。




――――――――――― ・・・落ち着いたか、?」




彼女が静かに問いかけると、自分の置かれている状況を理解しようと
忙しなく辺りを彷徨っていたの視線が、自分を抱き締めている誰かの姿を視界に捉えた。




「・・・ぁ・・・・・・・・?」




夢でもみているような口調で、が呟くと
名前を呼ばれたは、明らかな安堵の表情を浮かべ、ほうっと息を吐いた。




「あぁ、だよ。・・・だから安心していい、もう大丈夫だ。」




口元を緩ませてが言うと、は酷く安心したようで
にへらっと締まりの無い微笑みを返す。
体中から汗が吹き出て、その表情には疲労の色が濃く滲み出ていたが
命に別状はなさそうだったので、もほっと息を吐いた。




――――――――― ・・・ッ!」




・・・が、途端の首筋に、ゾクリと冷たい感触が走った。
すぐに“感覚”で気配を探って・・・油断していたと小さく舌打つ。




「貴様ッッ!!武器を捨てて、すぐにから離れろ・・・ッッ!!」




を抱きとめるの喉元に、完璧に冷静さを欠いたイオスが、背後から槍を突きつけていた。
一見冷静そうに見えるこの青年だが、実際はその限りではない。
パッと見はクールで、冷たそうな印象を受けるのに
出会った当初から、に隠しきれないほど明らかな殺気を向けていた。

例え槍を突きつけられていようとも、動こうと思えばはいつでも動くことが出来た。
不意打ちで詠唱なしの召喚術をぶちこむなり、ちょっと魔力で弾き飛ばしてやればいい。
だが、後ろで別の気配が動いているに気付いていたので、敢えて何もしなかった。

―――――――― ・・・そのほうが、ことは上手く、自然に運ぶ。




「・・・武器を捨てんのはテメェだろ。」




ドスの利いたセリフと共に、ちゃきり、と剣の小気味いい音がして
ピタリと喉に押し付けられていた槍がふっと緩んだ。
誤って首の皮を切ってしまわないよう、は慎重に体をずらして刃から逃れると
突きつけられた切っ先を器用に指でつまんで、自分から逸らした。

・・・そして地に膝を付いたまま。イオスの背後に立ち、彼の首に剣を宛がっているバノッサを見上げ
開口1番に危機感の欠片もない、(オド)けた声をあげる。




「・・・あははっ!さすがはバノッサ、頼りになるねぇ?」


――――――――― ・・・お前も少しは気をつけろ・・(呆)」




褒められているはずなのに、に言われるとどうもそうは思えない。
それもこれも、今この事態をなんとも思っていなさそうな、彼女の軽い声色のせいだろう。
素直に喜べないバノッサは、溜息混じりにそう言うのが精一杯だった。




「貴様ッ!!に何をしたッッ!!」




暢気に言葉を交わすとバノッサの様子に憤慨したのか
剣を突きつけられているというのに、イオスがカッと声を荒げる。
はそれに顔を顰め、それから疲れた様子で溜息を吐いた。




「・・・なぁ、頼むから傍で大声出さないでくれる?
煩くて仕方ないんだけど。それから、には何もしてないって。」




素っ気無く答えると、イオスは目に見えて不満気そうに眉を吊り上げる。
それを見たはまた溜息をついて、仕方なく言葉を続けた。




「・・・・・・の精神が何者かの魔力によって干渉されてたから
それを送り主んトコに跳ね返してやっただけだよ。
別に虐めちゃあいないから、安心しな。ねぇ、騎士サマ・・・?」




・・・多分、彼はの言葉の半分も、正しく理解できていないだろう。
けれど解らないからこそは敢えて、彼にそこまで教えてやったのだ。
最後に揶揄を含んだ口調で付け足すと
怒りからなのか、それとも別の要因なのか。イオスの頬が赤く火照った。




「・・・・・・」




そのとき、の掠れた声が聞こえてきて
とイオスは不意に真剣な眼差しに戻ると、敵対関係にあることも忘れ
の腕に支えられているの顔を
揃って勢い良く覗き込んだので、バノッサは慌てて剣を引っ込めた。




ッッ!!」


「意識はしっかりしてるみたいだな。外傷は・・・掠り傷が少しだけか。
・・・この程度なら問題はないな。他に何処か、体に異常は?」




切羽詰ったイオスの声とは対照的に
は冷静に、の腕や足をしげしげと観察して言った。




「ないの、です。・・・それよりも、どうして達が、ここに・・・?」


――――― ・・・はぁ、1から説明しなきゃ駄目か?バノッサと2人でお前を探しに来たんだ。
その、首からぶら提げてるレヴァティーンの魔力を追ってね。・・・レヴァティーン、召喚出来たんだろ?」


「・・・そういえば・・そんな、気もするです・・・」




随分と曖昧なの言い方に、はこっそり眉を顰めた。




「・・・じゃあ、コイツのことは覚えてるか?」




が親指でイオスを指し示して問うと、はゆっくりとした動作で、けれどしっかりと頷き返す。
イオスがほっと安心したように息を吐いたのが、にはわかった。




「・・・イオス・・・」


「・・・・・良かった、君が無事で・・・」


「・・・ごめん、なさいです・・」




優しく声を掛けるイオスに、も弱々しく微笑み返す。




「「!!!」」


「待つんだ、2人とも!!」




突然、離れた場所で男女の声がステレオでを呼び
その後を追うように、2人を咎める声が飛んでくる。
今度こそ、はそれが誰の声なのか、きちんと思い出せていた。




「・・・トリス・・マグナ・・・」




以前と同じように自分の名を呼ぶ声。
こちらへと近づいてくるその足音を、酷く久しぶりに聞いた気がして、は心が躍るのを感じた。

2人は思い思いに、取りようによっては奇声とも取れる叫び声をあげ
形振(なりふ)り構わずに突進してきたので
を道連れに、そのまま地面に崩れ落ちることになった。






「重ッ!!!(汗)」






非難めいたの声すら無視して
トリスとマグナはぎゅうぎゅうと、強い力でを抱き締める。




「良かった、が無事で本当に良かった!!!
俺、凄く凄く心配してたんだ!だって俺、ずっとを見てないんだよ!!」


「あっ!マグナずるい!!あたしだって
凄く凄く、凄ーーーーく心配だったんだよ?!!」


「むっ!?なら、俺は凄く凄く凄く凄ーーーーーーく・・・!!」




一体お前ら何歳なんだと、思わず問いたくなるほど、酷く子供じみた言葉の応酬で
どちらがより、を心配していたかを競い合う2人を
“尻尾を振って飼い主に褒めてもらえるのを待つ犬”のようだとは思った。




「・・・オイ、ガキ共。いい加減に退け、そいつらが潰れるだろ。」




そんな声と共に、の体に圧し掛かっていた重みが不意に消える。
視線で助けを求めていたのが功を奏し
バノッサが2人をひっぺがしてくれたお陰で、はなんとか窒息死を免れた。

それほど長い間、離れていたわけじゃない。
ゼラムに召喚されて来てからの日数と比べれば
が旅団に身を寄せていたのは、その半分にも満たない。

でもそれでも、何故だか2人の体温はとても懐かしくて、暖かくて。





・・・だからは気付かなかった。





すぐそこにあった筈の、ついさっきまで掴んでいたもう1つの腕が
いつの間にか、の気付かないうちに少しずつ
・・・手を伸ばしても届かない所まで、遠のいて行っていることに。


カシャン、と硬いもの同士がぶつかり合う音に、がハッと顔を上げる。
そこには黒の旅団の総司令官、ルヴァイドの姿があった。
を取り返しに来たのかもしれないと
トリスとマグナは瞬時に警戒の色を浮かべてルヴァイドを睨み付ける。
とバノッサは、佇むルヴァイドをただ静かに見つめていた
―――――――― ・・・




「ルヴァイド、様・・・」




イオスはいつの間に移動したのか、既にルヴァイドの背後に控えている。
トリスとマグナが、もう連れては行かせないとばかりにの腕を強く掴んだ。
が戸惑いの雑じった声で呟くと、恐ろしい形相をした兜の奥で
ルヴァイドが苦笑を洩らしたような気がした。




「・・・この子達はを放す気はないみたいだけど・・・どうする?」




がやれやれ、と言った口調で話しかける。
馴れ馴れしいの態度に、イオスが後ろで顔を顰め
それを確認すると、彼女はクッと喉の奥で笑いを噛み殺した。




「・・・は我が軍にとって、既に不要な存在だ。
――――――――― ・・・貴様らの好きにするがいい。」


「・・・なんだってッ!?」




いらなくなった道具を捨てるような言い方に、トリスは悔しそうに唇を噛み締めたし
マグナは怒り狂って、今にもルヴァイドに食って掛かりそうだった。

・・・だが、は少し反応が違った。
ポカンと口を開けると瞳を丸くして、穴が開きそうなくらいにルヴァイドを見つめる。
まさかも、そこまでだとは思っていなかったから・・・。






―――――――――― ・・・なんて、不器用なヤツ。






あれは遠まわしに、を連れて行っていいと言っているのだ。
・・・しかも、出来るだけに悪い印象が残らないよう、言葉を選んで。
時代錯誤な正真正銘、本物の騎士様は、敢えて自身が憎まれ役を買って出ることで
の立場を少しでも良くしようとしているのだ。
それに気付いてしまったら、は可笑しくて堪らなくなった。




―――――――――― ・・・ぶっ、あははははははッ!!!」


「・・・・・・。」


「ぷ、ぷくくっ!・・・あーぁ、面白い!
じゃあお言葉に甘えて、ここはを連れて撤退させて頂こうかな?
バノッサ、頼むわ。・・・プッ、駄目だ止まんない・・・ククク・・」


―――――――― ・・・チッ、仕方ねぇな。・・・オイ、掴まれるか?」


「・・あ、ありがとうなのです、バノッサ・・・」




首に腕を絡ませてが掴まると、彼は軽々とを持ち上げた。
バノッサが抱えると、ただでさえ小さいはいつもよりも、もっと小さく見えた。




「皆、準備はいいわね?じゃあ、行くわよ。」


「ミモザ先輩、でも・・・ッ!!」


「・・・いいのよ。向こうが見逃してくれるっていうんだから
今はの言う通り、お言葉に甘えて引きましょう?」




丁寧な口調ではあるが、いつになく頑ななミモザの言葉に
不満そうにしていたリューグも、背後を警戒しながら渋々Uターンを始める。
達を除く他の全員が、背を向けて進み出したのを確認して
ミモザもその後に続こうと歩き出したが、何かを思い出したように
ピタリと一旦立ち止まり、黒騎士を振り返った。




「・・・そうそう、黒騎士さん。一応言っておくと
直接あなたの部下を助けたのは、そこで未だ笑い転げてる彼女よ。あたしじゃないわ。」


「・・・・・・。」




ミモザの言葉に、ルヴァイドが視線をへ向けたが
彼女はまだ懲りずに笑い続けていて、さっぱりそれに気付かない。
余程笑いを堪えるのに、労力を費やしているらしい。
隣にいたバノッサが、を抱えたまま。足でを軽く蹴りあげ、ド突いた。




「ぶはっ!もう駄目・・・・・・へ?は?え?何?何か問題でも?」




ハッと顔を上げたは、状況を解っていない表情で、辺りを忙しなく見回す。
その様子に、今度はバノッサとミモザが同時に溜息を吐いた。




――――――― ・・・聖王国への侵略行為、ましてや同胞を傷つけるものに対しては
蒼の派閥はその力を持って、容赦なく介入するわ。・・・良く覚えておいて頂戴。」




そう最後に付け加えると、ミモザは今度こそ
少し小さくなった後輩達の姿を追って、歩き出した。















達はレヴァティーンを送還してから、その後ろを少し離れて進むことにした。
ミモザの後輩や聖女達にとって、やバノッサは未だ得体の知れない不穏分子であり
無駄に刺激し合うのは、お互い避けたほうが良いだろうと判断したからだ。

はゼラムへ帰り着く前に、邪魔するものも、周囲の目を気にせず
出来れば前もってと話し合っておきたいことがいくつかあったが、は疲れからか
いつの間にかバノッサに抱えられたまま、眠りこけてしまっていた。

そりゃあれだけ無作為に魔力を放出すれば、疲れるのも当然のことだ
・・・と、やっと笑いの治まったは、呆れたように溜息を吐いた。




「・・・にしても、俺様とテメエであれが精一杯とはな。」




ついに寝息を立て始めたを、落としてしまわないよう
丁寧に抱き直しながら、バノッサが唐突に切り出した。
突然のことに、は“あ?”と間抜けな返事を返してから
バノッサが何の話をしているのかにようやく気付いて、納得いったようにあぁ、と頷く。




「・・・つっても今回バノッサは補助で、参戦してないじゃん。」


「まぁ、そうだがな。例えそうでも普通なら
お前だけで十分どころか、余裕だろ。そこから考えりゃ、相手は・・・」




いくら咄嗟の出来事とは言え、ですらあの魔力の正体を暴くことは出来なかった。
それは相手が距離を良く把握し、上手く魔力をコントロールしているということで
とてもじゃないが、一介の召喚師なんかに出来る真似ではない。
それはつまり。あの場にいた旧王国の人間の仕業では、有り得ないということだ。
そんな優秀な召喚師は、“視た”限り向こうにはついていなかったのだから。

・・・もっとも。より深く深く、世界と繋がれば。
その魔力諸共、それをやったのが何者かまで、には察知出来るかもしれない。
その時どれほどの負担が体にかかるかは、想像したくもないが。









――――――――――― ・・・だがもし。
それが不可能であることまで、向こうが承知の上だとしたら・・・?









耳にねっとりと纏わり付くようなあの声が。なんだかは、妙に気に掛かっていた。




「・・・・・・あぁ、そうだね。」


「・・・・・・。」




がさっきまでとは180度違う、真剣な表情を見せたので
バノッサも少しだけ眼光を鋭くし、押し黙る。
自分よりエルゴとしての能力が高い彼女には、何か思う所があるのだろう。
バノッサは眉根を寄せて、なにやら考え込んでいるをじっと見ていたが
数秒後には、軽い口調でにんまりとほくそ笑む、いつもの彼女に戻っていた。




「・・・でもま、掠り傷ぐらいはいったっしょ?」













ビンッ!!




そんな音をたてて、竪琴の弦が1本切れて()ねた。
薄暗い空間で今まで竪琴を奏でていたその人物は、そこでふと手を止める。




「ふふふ・・・」


「どうしたんですか?レイム様。」




突然笑い出した彼に、1人の少女が不思議そうに問いかけた。
だが彼は、質問に明確には答えずに、独り言のように何事かを呟く。




「・・・やはり、貴女という方は・・・」


「え?」




クスクスと笑う彼は、どこか楽しげで。
上手く聞き取れなかったその一言を、少女は不思議そうに聞き返した。




「・・・いえ、なんでもありません。
それよりビーニャ、どうやらさんの記憶が戻ってしまったようですよ?」


「えぇーーッ!?もうですかぁ?レイム様!・・・なぁんだ、つまんないの。」




心底つまらなそうに言うビーニャに背を向けて
レイムは自らの頬に薄っすらと滲み出た、紅い線を手で拭い取る。






―――――――― ・・・その口元には、変わらず楽しそうな笑みを湛えたまま。
















戯言。


はい。後半は駆け足になってしまいましたが、18話後編、お届けしました。
本当は初の前中後編にしようかとも思ったのですが
前後編も無理矢理にわけたので、これ以上切る場所がみつからず、やめにしました。

が合流して、シリアスなんだかそうじゃないんだか、微妙な線になりましたね。
彼女は人を喰ったような態度が特徴なので
真剣なシリアス(?)には、どうしてなかなかなりません。
思ったほど大暴れにはならなかったのですが、取りあえず喧嘩は売らせておきました。
ルヴァイドを笑い飛ばし、ゼルフィルドよりも速く発砲し
あまつさえ、イオスからの騎士ポジションを奪いました・・・!!
リューグとも戦闘勃発しかけましたし・・・う〜ん、印象最悪ですね!(笑)

の大暴れを期待していてくださった方、申し訳ありません・・・ッ(汗)
つ、次こそは・・・ッ!!(まだあるのか。)

無事の記憶も、リィンバウムにやって来てからのものは戻りました。
まだ何も解決はしてないですが、取りあえず会えて良かったですねお2人とも。
会うまでにも結構かかったので、やっと一区切りです。

さぁさぁ、これからどうなるのやら。仲間内の問題すら、解決しておりません。
次回はその辺のお話・・・になる予定です。ゴタゴタになりそうな・・・予感。





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