フロト湿原から帰還したトリス達は
ギブソン・ミモザ邸に着いてやっと、張り詰めていた緊張感を解くことが出来た。
帰ってきて早々に、屋敷の主であるギブソンとミモザは、をベッドで休ませるために
レヴァティーンに乗って突如現れた助っ人2人を連れ、サッサと2階へ上がっていってしまったので
みんなで今日のことについて話し合うのは、もっと後回しになるだろう。


誰もが緊張の糸が切れた様子で、思い思いに体を休めようとしていた。
ロッカはアメルを気遣って、お茶を淹れに台所へ向かったし
レシィもそれを手伝いに、彼の後を追って台所に消えた。
リューグは相変わらずイライラして、落ち着きなく足を踏み鳴らしていたし
フォルテとミニスは、助っ人の2人の話題に花を咲かせていて
ケイナはそんな相棒そっちのけで、ソファに座るアメルに優しく声をかけ続けている。


ネスティはゼラムへの帰り道、トリスに散々説教まがいの嫌味を言ってきたが
ゼラムに着いてからは、彼にしてはヤケにそわそわしている。
やはりが心配なのだろうか?・・・まぁ、お蔭で説教は止まったが。


そんな仲間達の様子を一通り眺め、こんなときでも
それぞれの性格が行動に表れるものだなぁ、なんてトリスは考える。
そこで突然、足がズシッと重くなったのを感じて、自分自身も随分疲れていたことを思い出した。


何しろ仲間の後方から、イオスのいる敵陣地の最深部まで。
敵をなぎ倒し、避けながら、全力で駆け抜けたのだ。
これで疲れていないわけがない。今更になって、どっと疲れがやって来た。
・・・それでも、自分が体を休めるより先に、まず他人の様子を窺ってしまうのは
もう、習慣のようになってしまっていることなのかもしれない。
取り敢えずはお茶が出てくるまで、イスにでも座っていようと考えて
そこで初めて、トリスはある1つの異変に気が付いた。




「あ、あれ・・・?」




言いながら、疲れも忘れてキョロキョロと辺りを見回すトリスを見て
マグナが不思議そうに声をかけた。




「トリス、どうかしたのか?」


「あ、マグナ。ねぇ、バルレル知らない?バルレルがいないのよ。」




困った様子のトリスの声に、マグナも辺りを見回してみると
確かに、トリスの護衛獣バルレルの姿が見つからない。
最初は小さくて見えないだけかとも思ったが、どうやらリビングにはいないようだった。




「本当に、いないな・・・」


「どうした、2人とも。」




そわそわと落ち着かない弟、妹弟子の姿を目敏く視界に入れて
ネスティは2人の方へと歩いてくるなり、きびきびとした声で問いかけた。




「ネス、バルレルの姿が見えないのよ。ネスはバルレルがどこに行ったか、知らない?」


「・・・全く。自分の護衛獣のことは、気に掛けておけといつも言っているだろう?
生憎だが、僕は知らないな。・・・ゼラムに入るときにはいたんだろう?」


「うん、それはいたよ。ここにだって、一緒に入ってきたもの。
だからいなくなったのは、ほんの少し目を離した間になのよ。」




慌てたトリスが、大きく口を開いたとき
マグナとトリスのすぐ足元から、小さな声がその疑問に答えてくれた。




「・・・さっき、2階に行ったよ・・・?」




じっとつぶらな瞳でトリスを見上げてくるのは、マグナの護衛獣であるハサハ。
マグナはしゃがみ込み、ハサハと目線の高さを合わせると
彼女の頭を優しく撫でて、優しい口調でもう1度確認するように尋ねた。




「ハサハ、バルレルが2階に行くのを見たのか?」


「・・・・・・・・・(コク)」




ハサハは、マグナの問いに無言のまま頷くと
何か言いたそうに、隣に立つ自分より何倍も大きいレオルドへと視線を向けた。
その視線を追うようにして、マグナも同じようにレオルドを見上げる。

マグナの護衛獣は、2人とも感情や表情の変化が少ない。
だが時間がそうさせるのか、たったこれだけの動作だけでも
最近はだいたいの所、意思の疎通が出来るようになってきていた。




「そうなのか、レオルド?」


「ハイ。確カニ、はさは殿ノ言ウ通リ
今カラ5分13秒前ニ、ばるれる殿ガ2階ヘ向カウ姿ヲ目撃シマシタ。」




らしいよ?とマグナがトリスに視線で問いかけると
トリスはうーん、と唸り声を上げて、不思議そうに首を傾げた。




「・・・でもなんで、2階なんかに行ったのかな?
あ!のことが心配だったとか・・・???」




それを聞いていたマグナは、それだけは無いだろう、と内心思ったが
言ったトリスも到底そうは思えなかったらしく
釈然としない表情で、バルレルが行ったであろう2階・・・天井を見つめていた。










〓 第19話 瞳に視えないモノ 前編 〓










「この部屋を使うといい。」


「サンキュ、ギブソン。バノッサ、を・・・」




が押し戻そうとするドアを自らの体で押さつけ
を抱えているため、両手の塞がっているバノッサに道を空けて促すと
バノッサは1つ頷いて部屋に入り、ベッドにそっと、意識の無いの体を横たえた。
バノッサとの後にギブソンが続き
ミモザは最後に自分が部屋に入ると、きっちりと扉を閉めた。




「それで、彼女は大丈夫なのかい?」




バノッサになにやらこうしろと指示を与え終えたばかりの
矢継ぎ早にギブソンが尋ねる。




「ああ。干渉されてたのが短時間だったせいもあってか
長距離走ったくらいの、単なる疲労だけで済んでるみたいだ。
バノッサにも本当にちょこっとだけど、今魔力をわけてやって貰ってるし・・・
それには、魔力の消耗が直接生死に関わったりはしないから。
少し休ませてやれば、あっけらかんと瞳を覚ますだろ。」


「・・・それにしても、驚いたわ。、結局あれは何が起こっていたの?」




説明して頂戴、と暗に告げるミモザに
は一瞬、どう言えばいいのか言葉に詰まり、それからゆっくりと言葉を紡いだ。




「正直言うと、にもはっきりはわからない。
けど、誰かがの魔力に干渉して、暴走させていたのは確かだ。
の意思じゃない何かが、あの場には確かに働いていた。
そうでなかったら、こんな消耗の仕方なんてするものか。」


「・・・それで、相手の見当はついているのかい?」




ギブソンが神妙な面持ちで呟き、はそれにふるふると首を横に振る。




「距離が遠すぎて、魔力を完全には把握出来なかったんだ。
でもかなりコントロールに慣れた、相当熟練した魔力の持ち主だね。
お前達なら解ると思うけど、離れた位置から魔力を働かせるのは容易なことじゃない。
それに制御は上手くなくたって、もかなりの魔力を持ってる。
純粋に大きさだけでなら、やハヤト達にだってそう引けを取らないよ。
だったら、あの魔力に押し負けた原因はただ1つだ。」


「相手のほうが、魔力の制御に長けていたということか・・・。」




無言でギブソンの意見を肯定して、へと視線を戻した。




「・・・いくら強い魔力を持ってても、それを活かす術がなければ意味が無い。
言っちゃえばのは、制御も何も出来てない、ただの垂れ流しなんだ。
川みたいなもんだよ、次から次へと海に流れていくだけの。
そこへいきなり、あんな濁流が来たら。静かだった水面は一気に波に呑み込まれて、荒れ狂う。
・・・宝の持ち腐れって言っても過言じゃない。あれだけデカイ魔力を持ってるのに
今まで下位の術しか使えなかったのが、不思議なくらいなんだか・・・・・・」




いきり立った様子でそこまで呟いて、がふと口を噤んだ。
突如口を閉じたに、ギブソンとミモザは不思議そうに彼女を見たが
部屋にたった1つの扉を、同じように見つめるバノッサと
2階へやって来た誰かの気配を察知したのだろうと、すぐに見当をつける。






ギィ・・・






しばらくして。ノックもなく不躾に、扉はゆっくりと開かれた。
そこに立っていたのは、羽根付きの小さな影。




「あら、君・・・」


「お。この子、サプレスの子じゃん。道理で、ね。」




意外過ぎる人物に、思わず瞳を瞠るミモザの後ろから
は覗き込むように顔を覗かせ、言った。






・・・随分と強いサプレスの魔力だな、と思ったよ。






口には出さずに、内心こっそりとそう付け足して
は目の前で偉そうに踏ん反り返る小さな悪魔を観察した。
これほどまでに強力な魔力を有しているのは、ギブソンのような高位の術師か
そうでなければ、その属性が示す世界の出身者かのどちらかでしかない。
だが目の前にいるこの小さな悪魔は
サプレスの住人であることを抜きにしても、とびきり魔力が強い。


達の感覚が電流のようにビリビリと、それを確かに訴えかけていた。


部屋の扉を開けたのは、不機嫌そうに口をへの字に曲げて
低い位置から2人を見上げる、トリスの護衛獣バルレルだった。
バルレルはミモザの背後から身を乗り出している
湿原でに向けたような
他は何も視界に入っていないような眼差しで、じっと真っ直ぐに見据えている。

やがて戸口に立っていたバルレルは、無遠慮にズカズカと部屋の中に踏み入ると
のすぐ傍まで歩み寄り、吟味するように彼女の顔を凝視した。




「・・・???」




不思議そうに首を傾げるを無視して
バルレルは僅かなものですら見逃すまいとするように
気の済むまでジロジロとを見回し・・・

――――――――――― ・・・そして、たった一言だけ呟いた。




「・・・テメェ、一体何モンだ?」


「君はトリスの護衛獣の・・・確か、バルレルくんだったね。一体なんの・・・」


「テメェにゃ聞いてねェ!・・・質問に答えろ、テメェは何モンだ?」




口を挟んだギブソンを、バルレルはギッ!と一瞥すると
彼の言葉を綺麗に遮ってまたを睨み、そして再度同じ質問を口にした。

“何モンって言われてもねぇ・・・”と首を傾げていた
ふとバルレルの質問の意味に思い当たったのか
最後のパズルピースが上手く納まったような顔をすると、“あぁ!”と手を叩いた。
そして背丈が自分の腰まであるかないかのバルレルを
何か面白いものでも見つけたような瞳で見下ろした。




「そんな(なり)はしてるけど、かなり高位の悪魔とお見受けするね。
力は誓約で随分制限されてるにも拘らず、わかるものはわかるんだから・・・。
それとも同じサプレスだから、やっぱりわかりやすいのかな?」


「・・・・・・。」




は茶化した声でそう言うと
バルレルが無言で自分を睨みつけているのを確認し
何が楽しいのかクスクスと笑い出す。
そんなの様子を、バノッサが呆れ顔で見ていた。




「うーん、そうだね・・・何者かって言われれば
―――――――― ・・・まぁ、君が感じている通りってことだよ。言葉よりも正確だろ?」




まるで謎掛けのような返答だったが、同じ能力を共有しているバノッサは勿論
ミモザとギブソンも、が何を言っているのかに気付いたようだった。




「・・・ん?またお客さんかな?」




がそう言って、再び扉に視線をやる間も
・・・まるで奥底にある何かを見つけようとするように。
バルレルはただひたすらに、の姿を凝視していた・・・。




コンコン。




の言葉に少し遅れて、今度は扉がノックされる。
扉のすぐ脇に控えていたミモザが、それにすぐ返事を返した。




「はい、どうぞ?」




おずおずと開かれた扉からは、そっと。
居心地悪そうに顔を覗かせ、遠慮がちにこちらを見るトリスがいた。




「・・・お邪魔しちゃってすみません、先輩。
あの、こっちにバルレル・・・あーーーッ!バルレル見つけたぁっ!!!




室内に、探していた自分の護衛獣の姿を見つけたトリスは
今まで声を潜めていたのも忘れて、扉を勢い良く開くと、大声で叫んだ!






ドゴッ!!!






そんな盛大な音をたてて、トリスの頭に間髪いれず拳骨が振り下ろされる。
重力も手助けをして威力の増したそれに、彼女は頭を抱えて廊下に蹲った。




「〜〜〜〜ッッ!?」


「馬鹿か君は!寝ている人間がいるんだ、大声で叫ぶべきじゃないだろう!」




トリスの脳天に拳骨を降らせたのは勿論、兄弟子のネスティ。
その後ろでは自分のことでもないのに
マグナが痛そうに顔を引き攣らせて、妹と兄弟子を遠巻きに見つめていた。




「・・・いや、それどころか地響きみたいな音したけど・・・大丈夫なわけ?(汗)」


「・・・あ、ありがとうございます・・・」




がスッと手を差し出すと、トリスは掠れた声で礼を言う。
そして有難く彼女の手に掴まらせて貰うことにしたらしい、自分も手を伸ばした。




「・・・・・・あぁ、アンタがあの子の召喚主?」




トリスが差し伸べられたマナの手に、自分の手を重ねた瞬間。
唐突にそう問われて、トリスはポカン、と口を開けたままを見上げた。
すると何を問われているのか理解していない彼女に気付いたのか
が視線でバルレルを指し示す。




「え?・・・あぁ、バルレルのこと?うん、そうだよ!
バルレルはあたしの護衛獣をしてくれているの!!こっちにいるレシィもそうよ。」




トリスが、おいでおいでと手招きをすると
緑色の髪をした少年が、ぱたぱたとトリスの所まで走ってくる。
そしてトリスの背に、自らの体を半分以上隠しながら、どこかビクビクとして
と、その奥でけだるそうに立っているバノッサを見つめた。




「・・・は、初めまして・・・僕・・・その、あの・・・レ、レシィって言います・・・」


「あぁ、君はメトラル族の子だね?
・・・はぁ、やっぱり同じ種族でも性格に個人差があるんだなぁ・・・」




そう感慨深く呟いて、は少し腰を低くし、レシィと視線を近くした。
自分よりずっと高い位置から見下ろされることに
レシィは少なからずとも恐怖を感じていたが、これで多少威圧感が緩和された気がする。

フロト湿原で旅団相手に啖呵を切っていた2人が、あまりにも印象に強すぎて
とバノッサを怖い人達なんだと脳内にインプットしてしまっていたレシィは
思いがけず優しい声色でそう言われ、数回瞳をパチクリとした。

それは飛ぶはずのないニワトリが、空を飛ぶのを見たかのような表情だった。

いつまでもきょとんとしているレシィを見て、は不思議そうに小首を傾げる。
何か反応を返してくるだろうと思っていたのに・・・反応が、ない。

そこでが改めて、目の前の緑色の少年をよくよく観察してみると
メトラル族の象徴とも言える角が、折れてしまったのか、途中から先がなくなっていた。
確かに、エルカによく似た尻尾は生えているが
もしかしたら自分が知らないだけで、違う種族なのかもしれない。
・・・メイトルパのことは管轄外だ、とは自分に都合よく解釈した。




「それとも、間違ったかな?」


「・・・あっ、いいえ!僕、メトラルです!」




少し気まずそうに尋ねられ、レシィは慌ててそれを肯定し
思っていたより怖い人じゃないのかもしれない、との印象を改めた。
は“そう、それは良かった”と呟くと、再度バルレルとレシィを見て
それから先程までより心なしか好意的になった視線で、トリスを見る。




「・・・ふーん、サプレスとメイトルパの2属性を扱えるんだ?」


「うん!でも獣属性の召喚は、実はあんまり得意じゃないんだけどね。」






の言葉を褒め言葉と取ったのか
トリスは軽く頬を染めて、えへへ、と照れくさそうに笑う。

・・・ところが、そんな取り留めのない会話をトリスとが交わす一方で
実はハサハとバノッサが、もう既に1分近くも睨めっこを続けていた。






「・・・・・・。」


「・・・・・・(どうしろって言うんだよッ!?)」




トリスとが話している間に、ちょこちょこと足元までやってきて
それから1度の瞬きもせずに、じっとこちらを見つめてくる、シルターンの召喚獣。
今までの人生経験上、瞳を逸らすのも
負けたような気がして癪だったバノッサは(子供相手に張り合うなよ)
負けじと睨み返していたのだが、誰もが恐れる筈の彼の眼光に
けれど小さな召喚獣は怯んだ様子もなく、じっとバノッサを見つめ返していた。

何か言いたそうに自分を見て、けれど何も口にしない。
ただただ、じっと見つめるだけ。そのラミに良く似た視線が、バノッサは苦手だった。
そのくせラミを泣かせると、に怒られるからだ。




――――――――― ・・・オイ、誰かコイツどうにかしろ・・・(汗)」




きっちり1分と30秒見詰め合ったところで
遂にバノッサが根負けして、先にハサハから視線を逸らした。




「ハサハ!いつの間にそんなところに行ったんだ?こっちにおいで!」


「・・・・・・(コクン)」




マグナは自分の護衛獣が、このままではバノッサに食べられてしまうのではないかと
心配で心配で堪らなそうな声を出して、懸命にハサハを呼んだ。
いつの間にそんなとこに行ったんだと、蒼褪めるマグナを余所に
それでもハサハはチラリと、最後に名残惜しそうにバノッサを見上げてから
彼の足元を離れて、の脇をすり抜け、マグナの元へとトコトコと歩いて行く。
バノッサとマグナは、別々の理由から同時にほっと息を吐き
はすぐ傍を歩いて行ったハサハの姿を見て、感心したように口を開いた。




「ん?この子はシルターンの・・・へぇ、妖狐じゃないか!
珍しいな、護衛獣にしてるのは初めて見たよ。」




バノッサよりはのほうが安全そうだと判断したのか
マグナが少し赤みの戻ってきた顔で、嬉しそうにニッと笑った。




「あ、良く解ったね。ハサハって言うんだ。
結構、皆最初はこの耳を見て、メイトルパ出身だろうって思う人も多いんだけど。」


「・・・あぁ、うん。まぁ、ね。着てる服装と、あと尻尾が見えたから。
シルターンとの故郷は似た文化を持っていて
狐は変化するって、昔から良く言われてる。狐を信仰する風習も残ってるくらいなんだ。」




・・・確かに後半部分も真実ではあるが、まさか魔力で判断したとは言えまい。
内心少しだけ焦っただったが、彼女の心配にマグナが気付くことはなかった。




「・・・そういえば、もそんなこと言ってたっけ。
自分のいたところは、シルターンと少し似てるみたいだって。」


「そっちにいる機械兵士も、アンタが?」




これ以上話していると、どこかでボロを出してしまいそうな気がして
はさり気無く、別のところに話題を移した。




「あ、うん。コイツはレオルド!俺の相棒みたいなものだよ、凄く頼りになるんだ!」


「れおるどト申シマス・・・」


「レオルドくん!よろしくお願いします、ですよ!!」




レシィがふんっ!と拳を握り締めて、レオルドの背後でコソコソと囁いている。
レオルドは困ったように己の召喚主を見やったが、彼までもが微笑ましそうにコクンと頷いたので
ついには諦めたのか、ぎこちなくレシィの言葉を繰り返した。




「・・・ヨロシク、オ願イシマス・・・」




それがまさか、の入れ知恵だとも知らないで、はクスクス笑った。




―――――――――― ・・・良い召喚師に喚ばれたんだな。うん、よろしく。
ふむ。レオルドは湿原で会ったのと違って、接近戦用なのか・・・手入れはちゃんとしてしてやってるか?」


「え?手入れって?」


「機械兵士は・・・こう言っちゃ悪いけど
兵器とすることを目的として作られたから、頑丈には出来てるよ?
けどね、本来機械ってのは繊細なものなんだ。故障もするし、壊れもする。
砂とか水とか・・・あとは電撃系統に弱いのも基本かな?回路がショートしちゃうからね。
だから時々で良い、メンテナンスしてやってよ。」




そういうことは生憎の専門ではないが
地球でも基本的に機械は繊細なものだとされていたし、水や砂に弱いのは常識的なことである。
けれども召喚術の発展により、科学技術のあまり発達していないリィンバウムでは
達にとっては常識的なことも、あまり浸透してはいないようだった。






そういえば、エルジンが良くエスガルドのメンテナンスをしてたんだっけ。






はふと、そんなことを思い出した。
そこで初めて、意思を持ちながら機械兵士も機械であり
メンテナンスをする必要があるのだな、と思ったのだ。
彼があーだこーだと理屈を捏ねながら、エスガルドをこまめにメンテナンスし
エスガルドはそんなにしょうちゅうやらなくても平気だとか言いながら
それでも、満更悪くなさそうにしていた。

幼い頃から一緒にいたエスガルドは、エルジンにとって
護衛獣であり、パートナーであり、大切な家族でもあるのだろう。




「ご、ごめんなレオルド。俺、そういうの全然知らなかった!」


「・・・イイエ、特ニ不都合ハアリマセン。ソノヨウニ作ラレテイマス。」


はそこまで詳しくやり方とか知らないけど・・・
手をかけてやれば、より良くなるだろ。・・・覚えておいて損はないと思うけどね。」




この2人も、そのうちエスガルドとエルジンのようになるんだろうか?
が微笑を浮かべてそう言うと、マグナは元気良くこっくり頷いた。
その様子を、はしばらく満足そうに眺めていたが
突然ズボンを何かにクイクイと引っ張られ、半ば反射的に足元へ目をやった。




「・・・お姉ちゃん・・・」




そこにいたのは、先程の妖狐ハサハ。
自分を呼ぶか細いその声を、は初めて聞いたな、と思った。
じっと見上げてくる眼差しが、しばらく会っていないラミを思い出させる。
そのせいか自然口元は緩み、はまた少し屈んで
ハサハを怖がらせないよう、出来るだけ柔らかい口調で問いかけた。




「ん?」


「お姉ちゃんと、あっちのお兄ちゃん・・・・・・同じ、なの・・・?」


「「―――――――――――― ・・・ッ!?」」




ハサハの言葉に、今度こそとバノッサは息を呑んだ。
この妖狐は、とバノッサが同じ魔力を身に宿していることに気が付いている。

は驚きのあまり、一瞬言葉に詰まったが
すぐに冷静さを取り戻し、召喚獣達だけに見せる優しげな笑顔に切り替えると
無言のままハサハの頭を、ゆっくり2、3度撫でた。

―――――――――― ・・・それは、声には出さない肯定の証。

ハサハは気持ち良さそうに瞳を瞑って、それを受け入れている。
の後ろで、事情を知っているギブソンとミモザも、驚きに瞳を丸くしていたが
バノッサは先程のハサハの行動に納得がいったのか、数回小さく頷いていた。




「・・・どういうこと??」




トリスが首を捻ると、マグナはさぁ・・・?と答え
もう1度ハサハにおいで、と呼びかけた。




「・・・ごめんな。ハサハの言うことって、大体何か意味があるんだけど
断片的過ぎて、俺達でも良くわからないときがあるんだ。」




“駄目だよな、召喚主なのに・・・”と苦笑するマグナに、は軽く頭を振った。




「いや、別に構わないよ。・・・それよりも、さっきは慌しくて
今ここにいる面子ですら、はイマイチ把握出来てないんだ。
良ければ、もう1度教えてくれないかな?」




少なくとも、紹介された人物の名前ぐらい覚えていたが
出来るだけ自然な流れを装って、はまたその話も上手く有耶無耶にした。




「あ、そうだよね!さっきは大変だったもん。
・・・えへへ、実を言うとね。ミモザ先輩やミニスがあれだけ呼んでたのに
あたしもあなた達の名前、きちんと覚えられてないんだ。
だからこっちも、もう1回紹介するね。あたしの名前はトリス!
あたしの護衛獣は、そっちにいるバルレルとレシィだよ。」


「俺はマグナ!トリスとは、双子の兄妹なんだ。ちなみに、俺がトリスの兄さんだよ。
俺の護衛獣は、ハサハとレオルド!よろしくな!」




事前に少し話していたのが効いて、すっかり緊張も解けたのか
トリスも今度は、湿原のときのように声を詰まらせず話すことが出来た。




「そっちがトリスで、あっちがマグナ。
で、バルレル、レシィ、ハサハ、レオルド・・・と。バノッサ、覚えたか?」


「・・・・・・多分な。」


「そ?それならいいんだけどね・・・で、その奥にいるのはどちらさん?」




本当に覚えられたのかと、は苦しそうに笑いを堪えながら
マグナやトリスの背後に佇む、神経質そうな眼鏡の青年に話しかけた。
の記憶が確かならば、それは湿原で彼らに代わって謝ってきた人物だった。

彼がこちらに向ける眼差しは、お世辞にもあまり好意的だとは言えない。
慇懃無礼とは少し違うが、バノッサとを疑ってかかっているのがバレバレだ。
いやもしかしたら、隠そうという気はサラサラないのかもしれない。

出会ったばかりの頃の、キールに似たその視線は
微かな懐かしさを伴って、更にの苦笑を誘った。

きっと彼は、自分のような性格の人間が1番嫌いだろうと思ったから。
ミモザのことだって、先輩の術師だという肩書きと
彼女の召喚術の腕無くしては、ここまで信頼などし得なかっただろう。
の予想通り彼はムッスリとしたまま、重々しく口を開いた。




「・・・ネスティ・バスクだ。不肖ながら、トリスとマグナの兄弟子でもある。
僕達はミモザ先輩とギブソン先輩の後輩にあたる・・・蒼の派閥の召喚師だ。」


「「「「・・・ッ!?」」」」




ネスティのその一言で、の顔から笑みが消えた。
微笑むというより、どこか人をおちょくっているようなニヤニヤした笑い方だったが
それでも始終口元に笑みを浮かべていたの表情から、一瞬にして感情が抜け落ちたのだ。
それは今日が初対面である、トリスやマグナにもわかる露骨な変化で
笑顔がなくなり、感情が消えたその筈なのに。
彼女の感情というものを、そこで初めて見たような気がした。


一方、が蒼の派閥を嫌っていることを知る面々は、気が気ではなかった。
バノッサは“早々に地雷踏みやがった・・・”と内心毒づいて
これから起こるだろう事態に、こっそりと冷や汗を掻いていたし
ミモザとギブソンの表情にも、明らかな緊張が走っていた。




―――――――――――― ・・・蒼の・・・派閥の?」




・・・しばらくの間をおいて、が小さく繰り返す。
それはゆらりと立ち上る煙のような印象を与えて、数分前より確実に低い、地の底に響くような声に
最初は誰も、それをが発したのだと理解出来なかった。

その声は、湿原のときのように怒鳴ったのとも、牽制するのとも違う。
何か別の・・・執着心とも、怨恨の念とも判断しかねる感情が
無感情のずっとずっと奥に、ぎゅっと押し込められているような声だった。

そこに不穏な空気を感じて、トリスとマグナはの顔を覗き込もうとしたが
彼女は軽く下を向いていて、長い髪の毛がそれを邪魔している。
どこかうわ言のように、籠った声で呟いたに、ネスティは眉を寄せながら
それでも彼らしく眼鏡の淵を持ち上げ、律儀に返事を返した。




「・・・そうだが?」


――――――――――― ・・・そうか、そうだよな・・・」




は聞かずとも、そう答えが返ってくるのを半ば予想していたらしい。
違和感を感じるくらい波のない声で、ポツリとそれだけを呟いた。
その拍子に、トリス達とよく似た色をした彼女の髪が揺れ
サラリと流れた髪の合間から、皮肉そうに歪められた口元が垣間見える。

それを目撃してしまったトリスとマグナは、ギクリとして
何がマズかったのかと、慌てて先輩2人組に視線を送ったが
ギブソンとミモザはやってしまったと、唸り声をあげ
手で額を押さえている所だったので、そんな2人が送った視線には気付かなかった。




「・・・そう。良く考えてみれば召喚師なんて、大抵どこかの派閥に所属しているものだし
そもそもミモザ達の後輩って話だったんだ。
蒼の派閥の召喚師なのは、当たり前のことか・・・・・・・・・・・・チッ、しくじったな。
のことばっかりで、そこまで気がまわってなかったよ・・・」




は独り言のようにボソボソと呟くと、機嫌悪そうに舌打ちをする。
彼女が何を言っているのかまでは、トリス達にはハッキリと聞きとれなかったが
少なくとも、彼女の機嫌がすこぶる悪くなったことだけは理解できた。




「・・・おい、少し落ち着けよ。」




バノッサがそう言っての肩に手を乗せると、途端彼女は弾かれたように後ろを振り返り
バチンと音をたてて、素早く肩に置かれたバノッサの手を払いのけた。




「言われなくても、は落ち着いてるッッ!!
・・・・・・そうでなかったら、今ココが存在しているはずがない・・・ッ!」




はぐっと奥歯を噛み締め、喉の奥から搾り出すような声を出した。
その言い方が、具合がよくないといって、たまに酷く機嫌の悪くなるネスティのようで
トリスとマグナは反射的に、ビクッ!と体を震わせた。

掌に爪を食い込ませるのに必死になっていた
怒りなんだかよくわからない、この燃え盛るような感情を認知しながら、けれどどこか冷静で
バノッサの言葉に、またもや強い口調で言い返してしまったことに気が付くと
自分の仕出かした失態を思い、忌々しげにもう1度、大きく舌打ちをした。


・・・これではなにかあるのだと、1年前をまだ気にしているのだと。
声高らかに宣言しているようなものだ。


そのことは自身にも良く解っていたが
こればかりは、理性だけでどうにか出来るものではなかった。
つい数時間前、同じことをしたばかりなのに、何も学んでいない自分に嫌気が差す。

そのうえが“蒼の派閥嫌い”になった原因を知っている3人は
多少性質は違えど、同じくこちらを気にかける視線を絶えず送ってくる。
ついに耐えられなくなって、はぐしゃっと前髪を掻き乱してそれを遮断すると
気まずそうに、そして苛立たしそうに。
・・・1度トリス達に視線を走らせて、それから完全に逸らした。

・・・それが今のに出来る、精一杯。

それでも先程、バノッサに勢い良く怒鳴り返したときの様子から考えれば
少しは落ち着きを取り戻したように見えたが
彼女の爪先は消えない苛立ちを示すかのように、トントンと床でリズムを打っている。




「・・・そうよ、。バノッサじゃないけれど、少し落ち着いて。
冷静になって考えましょう?」




今度はミモザが、まるで割れ物を扱うかのように。そっとに声をかけた。
労わるような声色に、今度はも怒鳴り返しはしない。
けれどその代わり、つま先で取り始めたリズムが、ダンダンと幾分か強さを増した。




「大丈夫だ、。彼等の人格は、先輩である私達が保証するよ。」


「・・・・・・。」




穏やかな口調でギブソンが言い聞かせても、は未だ不満そうに瞳を吊り上げたまま。
何が彼女をそうさせているのかは解らなかったが
トリスもマグナも、ネスティも。取り敢えず今は自分達が喋るべきでないと思い、口を噤んだ。




「・・・、聞いて頂戴。この子達は大丈夫よ。
この子達はね、アメルちゃんが旧王国に対する戦争回避の取引材料にされるのを嫌がって
聖王国へは引き渡さずに、自分達の力で護り通そうって。そう決めた子達なのよ。」




小さな子供に1つ1つ教えるようなミモザの口調に、ここへきて初めて
僅かにだが、がピクリと反応を見せたように思われた。




「そんな子達が、貴女が懸念するようなことをすると思う?
それが分かったから、ちゃんもこの子達と一緒にいたんじゃないのかしら?」




・・・を引き合いに出された。

蒼の派閥が許せないことは事実だ。けれど、だって馬鹿ではない。
蒼の派閥の全員が“あのときのヤツラ”のようだなんて、そんなことは思っていなかった。
例えばそれはミモザのように、例外もいる。理屈ではそんなこと、十分承知していた。

けれど、それとこれとは別問題。
ミモザとギブソン以外の蒼の派閥の召喚師を認めるなんて
正直言ってには、未だ許しがたい苦痛だ。
頭で理解するのと、自身が納得出来るということは、必ずしも一致しない。

・・・そしてがなによりも懸念していたのは
彼等がを、同じような目に遭わせるのではないかということだった。
けれど彼女達
―――― ・・・“アイツラ”と同じ蒼の派閥の召喚師であるトリスやマグナは
聖女を聖王国に引き渡すことを、良しとしなかったのだという。
そのことはどこか、に1年前のあの日のことを彷彿とさせる。
蒼の派閥の連中が、トウヤ達を連れ去ろうとしたあの日を。

あの日、彼女達があの時のミモザやギブソンの立場であったなら。
あのようなことには、ならなかったのだろうか・・・?
・・・それがミモザの策略であることには気付いていたけれど
それでもは、自分の中の怒りが沈静化に向かっていることを悟った。



そんなお人好しな人間なんて、いやしない。



実際彼女達に会っていなかったら、は迷うことなくそう切り捨てていただろう。
けれど彼女達ならば、それも有り得るかもしれないと・・・
はこれまでの会話で、その可能性を十分見出してしまっていた。
何しろ彼等は今時珍しく、召喚獣を召喚獣と見ていない召喚師だったからだ。

はふと、ベッドで眠り続けるへ瞳をやった。
自分が怒っていれば、なによりもそれを悲しむのは、他でもないだ。
――――――――― ・・・が眠りに就いてしまう前。
ほんのちょっとの間だけ、正気に戻れたとき。
トリスとマグナの名前を小さく、けれども確かな愛しさを篭めて呼んだ
そんなに嬉しそうに飛びついてきた、2人の様子を思い出す。


あれは、確かに
―――――――― ・・・


その光景に、自分とサイジェントの仲間達を重ねてしまって
は慌てて、ぶるぶると頭を振るった。

例えそうだとしても、相手は蒼の派閥の召喚師なのだ。そう、蒼の派閥の・・・

自分に言い聞かせるように、は胸中で何度もそう繰り返した。
・・・ミモザの言葉を掻き消すように、何かを思い留まらせようとするように・・・
けれどそのどこかで、は自分が必死に
彼等を信じることが出来るだけの材料を探しているようにも思えた。



――――――――― ・・・多分これが、最後の抵抗だ。



そんなの思惑に気付いたのかどうかは知らないが
押し黙った彼女にここぞとばかり、ミモザが更に言葉を続ける。




――――――――――― ・・・それに。
さっきまで話をしていて、貴女はこの子達をどう感じていた?」


―――――――――――― ・・・!!」




ついに核心を突かれた・・・そんな、気がした。
思わず手に無駄な力が籠ってしまったのが、自分でも嫌なほど解る。
の動揺を確かに感じ取って、ミモザは確固とした口調で続けた。




「さっきまでの貴女はこの子達を危険だとは思っていなかった・・・寧ろ、逆ね。
少なくともあたしには、そう見えたわよ?」




・・・そう。蒼の派閥の召喚師だと知る前まで
は彼女達を、危険因子だとは見なしていなかった。
寧ろ、将来有望な召喚師じゃないかとすら思っていたのだ。

まだ彼女達の中に眠っている、膨大で潜在的な魔力と
そしてなによりも
――――――――― ・・・
召喚獣を道具ではなく、ひとつの人格として見ていることによって。

召喚術と言うのは本来、誓約で縛って言うことを聞かせるものではない。
互いが心を通い合わせることで、真の力を発揮するものだ。
それを今は、リィンバウムの召喚師のほとんどが忘れてしまっている。
心を通い合わせれば、彼等は今まで以上に力を貸してくれるのに・・・
召喚獣をモノとしてしか見れないから、本来の力を引き出すことができない。
形式だけの、上辺ばかりの誓約では駄目なのだ。

でもが見る限り、トリス達はそうではなかった。
自分の護衛獣を“モノ”や“手段”や“道具”ではなく、“個人”として
1つの“人格”として見てくれている・・・だから、は思ったのだ。

彼女達なら、本当の意味で召喚師になれるのではないか。
誓約の力なんかに頼らずに、絆で結ばれた関係になれるのではないかと・・・。

そしてだからこそ、には尚更ミモザの言葉が痛かった。
・・・彼女の言っていることは何も間違っていない、全て的を得た真実なのだから。

それでも彼女達が蒼の派閥の召喚師だと知ってしまったからには
は彼女達を、素直に認めることが出来なかった。
認めたくなかった、気付きたくなかった。
・・・出来るなら無視してしまいたかった・・・彼女達に抱いたその感情。

ただそれを認められないのが、頑固な自分の意地でしかないことは
はきちんと、自覚していたけれど。




「・・・ねぇ、。考えることも必要だけど、自分の感覚を信じて
それを素直に受け入れることも、大切だと思わない・・・?」


「・・・・・・っ」










・・・あーぁ。手ごろな言い訳、見つけちゃったな。










は誰にもわからないよう背中を丸め、こっそり苦笑を漏らした。






左右の腕で自らをきゅっと抱き締め
ついにはカタカタと、の肩が小刻みに震え出したのを見とめると
トリスとマグナは途端心配そうな表情になり、そろそろ止めたほうがいいのではないか、
そう言いたげに、とミモザを交互に見つめた・・・


――――――――――― ・・・が。




「・・・くっ、あははははっ!!」




・・・次に顔を上げたとき、は声をあげて大笑いしていた。
さっきの震えは、どうやら笑いを堪えていたためだったらしい。

てっきり泣いているのではあるまいかと思っていたトリス達は
あまりにも自分の予想と異なるの行動に
あんぐりと大口を開けて、彼女に見入ってしまっていた。

結局その後は、1分近くも笑い続けて・・・
どうにか喋れるくらいにまで笑いが収まった頃には、目尻に薄らと涙まで浮かべている始末だった。
すっかり唖然としているトリス達を余所に
は笑いすぎていつもより赤い自分の顔を、手でパタパタと仰いだ。




「・・・あー、降参降参。参った、危うく呼吸困難になるとこだった。
・・・ふぅ、の負けだよミモザ。確かにミモザの言う通り、はこいつらに会ったとき
将来が楽しみな召喚師だなって思ったよ。実に珍しいことにね?」




肩を竦めて部屋の壁に寄りかかりながら。
はそう言って、そっとバノッサの様子を窺った。
手を払いのけてからずっと、彼が自分を見ていたのはわかっていた。
痛いほどずっと、彼の刺すような視線を感じていたから。

・・・チラっと見ると、やはりの予想通り。
バノッサの紅い瞳はのちょっと苦手な、彼女の内心の葛藤も心配事も
全てを見透かしていそうなあの光を宿して、じっと推し量るようにを見据えていた。
言葉にしなくても、彼が何を言わんとしているのか、思っているのか。
・・・なんとなく、それがわかってしまって。は諦め、ふうっと息を吐き出した。




「・・・わかった。ミモザとギブソンがそこまで言うんだし・・・いいよ。
こいつらを信じてみることにする。確かに話してて、危険な印象は受けなかったし。
それに護衛獣達を見てれば、コイツラが悪い人間じゃないってのは一目瞭然だからね。」




それを聞いてトリスとマグナは、どうにか決着が付きそうだとほっと息を付いたが
穏やかになりつつあったの瞳に、一瞬だけ
フロト湿原でゼルフィルドに向けたような鋭さが戻った。




「・・・でもこれだけは言っておく。
はあくまで彼等個人を信じるのであって、蒼の派閥を許した訳じゃない。」




それは本当に一瞬で、マグナが瞬きをしている間に
既には、元の飄々とした雰囲気に戻っていたけれども。
トリス達の中で、と呼ばれるこの少女の印象は
湿原からゼラムにあるギブソン・ミモザ邸へ帰ってくるまでの短い間に、2転3転している。
目まぐるしいまでの雰囲気の変化に、一行は瞳を白黒させるばかりだ。
とは言っても、一筋縄ではいかない人物だということぐらいはそろそろ解ってきていたが。

そんな周囲の戸惑いも知らず、彼女は腕をくるくると数回まわし
それから肩を、凝ったのかぽんぽんと軽く叩いた。




「・・・まぁ、ちょっと意地になってるのさ。コレでも、一応自覚はしてる。」




がそう言って苦笑し言葉を終えると、ミモザが瞳を輝かせてトリス達に詰め寄った。




「やったじゃない、貴方達!蒼の派閥の召喚師で
に会って攻撃されずに済んだのは、あたし以外に初めてよ!!」






ギブソン先輩(さん)は・・・ッ!?






瞬間、彼を先輩と慕う3人の召喚師とレシィは、内心大声でそう叫んだが
ミモザはそれに気付いているのか、それとも気付いていないのか
何故か妙に浮かれていて、その疑惑に答えてくれる気配はない。
するとギブソンは、そんな4人の疑問を感じ取ったらしく、苦笑しながら・・・






「私は危うく、殺されかけたことがあるよ。」






・・・と相変わらずの口調で教えてくれ、トリス達を更に戦慄とさせた。
トリス達の怯えた様子、特にレシィの顔色が蒼白になったのを見た
バツが悪そうに口をへの字に結び、ポツリと不満を洩らした。




「・・・あれは、ギブソンがいけないんだからな。
それに、あれ以来ギブソンには何もしてないだろ?なんだっけ、アイツ・・・グ、グリ・・・?」


「グラムスさま、よ。」


「そうそう、ソレ。あの親父が出てきたら、は今でもぶっ飛ばし兼ねないけどね。
でも別に、見境なしに誰構わず襲い掛かってるってわけでもないんだから
そんな冬眠から覚めたばっかりの餓えた熊みたいな言い方するなよ、ギブソン。」


「・・・ある意味当たってんだろうがよ。熊より凶暴で、性質が悪ぃぜ。
腹が空いてても空いてなくても暴れるからな。」



バノッサは、本当に本当に小さな声でそう呟いたが
は耳聡くそれを小耳に挟み、聞き逃さなかったようだ。





カシャン。



――――――――――― ・・・バノッサ、なんか言ったか?(爽)」






爽やかな笑顔を浮かべながら、がバノッサに銃口を突きつける。
その笑顔には、妙な嘘臭さと迫力があって
今度は怒りが限界点を突破したときのネスティのようだと、マグナは思った。

思わずマグナが、ネスティとを見比べていると、トリスも同じことを考えたらしい。
彼女はネスティにお説教されたときのような顔になって
自分のことでもないのに同情の眼差しでバノッサを見つめ、心なしかビクビクしていた。

ところがミモザとギブソンは、この状況に慣れっこらしく
どこか微笑ましそうな表情で、またかと言いたげに、2人のやり取りを静観していた。

銃口を向けられたバノッサは、“う゛・・・”と低く呻いてから
チッと小さく舌打ちをして、素早く窓の外へと視線を移す。
マグナはこの瞬間。なんとなく、この2人の上下関係が見えたような気がした。
とりあえずに逆らっちゃいけない、と心に深く刻んでおく。




「ミモザ先輩、一体彼女と派閥の間に何が・・・?(汗)」




なんとか我に返ったネスティが、恐る恐るといった様子でミモザに尋ねる。
どうやらネスティも、の変わり身の早さには置いてけぼりを喰らっているようだった。




「うーん。簡単に言えば、1年前に派閥が身の程知らずにも
に喧嘩売っちゃったってところかしらね?ほぼ壊滅状態だったわよー?あれは。」


「・・・もう、それは言わなくていいってば、ミモザ。
あれは流石にやりすぎだって、後で皆に散々言われたんだから・・・っと。えー、コホン。」




は話題を変えたいとばかりに
わざとらしく咳払いを1つすると、少しだけ畏まってみせた。




「さっきは失礼したね。では改めてさっきの続きを・・・
あ、同い歳らしいし、呼び捨てにしてくれて構わないから。
もう聞いているみたいだけど、と同じ“名も無き世界”の出身だよ。
それからこっちの白くて紅いのが、一緒に仕事をしてるバノッサって言うんだ。」


「・・・誰が白くて紅いだ、オイ。」





紅白饅頭じゃねぇんだぞ。





バノッサが、まだ顔は窓の外に向けながら、ジト目でそうぼやいたが
さっきのこともあってか、はそれを軽く無視した。




「サイジェントで、賞金稼ぎをして暮らしてる。蒼の派閥とは1年前の事件のことで
色々因縁があるんだけど・・・まぁ、あんまり気にしないでくれよ。
派閥の連中には切りかかるかもしれないけど、“多分”君達に危害を加えないからさ!」






いや、“多分”だなんてあやふやなことをそんな爽やかに言われても・・・(汗)






これ以上彼女の発言を聞いていたら、精神衛生上に良くないと思ったのか
ネスティがあからさまにとってつけたようにして、話の軌道修正を図った。




「・・・ところで先輩。のあれは、一体何だったのでしょうか?
魔力の暴走だとは思うのですが、どう見てもただの暴走ではありませんでした。」




ネスティが意見を述べると、ミモザではなく、のほうがピクリと反応を示した。
どうやらネスティの意見を、は大層お気に召したようだ。




「・・・へぇ?ネスティ、だったね。君、なかなか良いカンしてるよ。うん、流石。」


「それはどういう意味だ?」




やけに自信たっぷりの口調で話すに、ネスティは訝った様子を見せたが
そんなネスティの態度も、は全く意に介さなかった。




「あれは、ただの暴走なんかじゃないってことさ。まぁ、原因は定かじゃないけど
何か別の要因が作用していたことだけは確かだね。」




綽々としたの声に、ネスティは眉間の皺を増やすと
今度は無言のまま、問いかけるような視線をミモザとキブソンに向けた。
その意味を正確に汲み取って、ミモザが真剣な眼差しになる。




「・・・とバノッサの召喚師としての力は、トップクラスよ。
特にの召喚術の破壊力は、蒼の派閥もその身を持って知っているわ。
彼女の実力はグラムス師範のお墨付きが出るわよ。
皆も見たでしょう?湿原で現れたロレイラルの召喚獣を。あれは彼女が召喚したのよ。」


「あの召喚術を、彼女がッ!?・・・ですが、彼女はあの時
レヴァティーンに乗って、上空を飛行していたはず・・・!僕達の姿は微塵も視界に入らない!
そのような状態での召喚術の発動は、不可能なのでは・・・!?」


「あらネスティ、あたしの言うことを疑うの?」


「そういうわけでは・・・ッ!!」


「ふふふ、冗談よ。・・・でもね、彼女があの召喚を行ったことは事実よ。
はあたし達の位置を把握した上で
離れた場所からアーマーチャンプを召喚したのだから。
その証拠に・・・、さっき使ったサモナイト石を見せてくれる?」




言ってミモザが手を出すと、は面倒臭そうに顔を顰めながら
上着で覆い隠していた腰のバッグに、ズボッと利き手を突っ込んだ。

彼女はガチャだのガキンだのと奇怪なと音をたてながら、鞄の中身を掻き混ぜていて
ネスティを除く全員は、が離れた位置から召喚したと言うことよりも
彼女の鞄の中には、一体何が入っているのかということのほうがよっぽど気になった。
数秒後、が鞄から手を出したとき。
その手には、ピカピカと光る黒いサモナイト石が握られていた。




「しょうがないな・・・ほら、受け取りなよ。」




がポン、とネスティにサモナイト石を手渡す。
ネスティはそれを偽者ではないか、何か仕掛けが施してあるのではないかと
長い事ジロジロ観察してから、それでも納得いかなそうに渋々呟いた。




「確かに、これはアーマーチャンプのサモナイト石だが・・・」


―――――――――― ・・・お前、疑り深いって言われたことない?」




が心底呆れたように言ったので、マグナとトリスはプッ!と吹き出してしまったが
ネスティが過敏に反応し、ギロリと睨んできたので
トリスは拳骨が落ちる前に気を紛らわそうと、慌てて口を開いた。




「で、でもネス!有り得ないって思ってた全属性の召喚だって、実際この目で見たじゃない!
遠距離からの召喚だって、あたし達が見てないだけで有り得るんじゃないのかな・・・?」




ネスティは納得できないと言いたそうな表情をしていたが、トリスの意見も一理ある。
するとそれを聞いていたが、突如ネスティに1つの提案を持ちかけた。




「あぁ。いいね、それ。トリスの意見採用。・・・ならネスティ、こうするのはどうかな?
今からが、離れた場所に何かを召喚してみせよう。
論より証拠ってことで・・・どう?それなら文句はないだろ?」


―――――――――― ・・・いいだろう。」




ネスティは一瞬言葉に詰まったが、すぐそれに頷き返した。
ネスティが頷いたのを確認すると、はにんまりとほくそ笑む。




「ミモザ、この部屋から見て台所ってどの辺り?」


「そうね・・・あっちよ。」


「了解。では、いざ召喚っ!!」




がそう叫ぶと、手を突っ込んだ鞄から布越しに、紫色の光が溢れ出る。
詠唱も何もない、いきなりの召喚に。トリス達は今更ながら
彼女が“名も無き世界”の住人なのだと思い知らされた。

召喚術の光が完全に収まると、皆、何かが起きるのを今か今かと待っていたが
今すぐに何かが起こるような気配はさっぱりない。
そこで困ったように・・・内1人は疑わしそうに、に目を向けると
彼女は既にやれることはやったばかりに、ポンポンと手を叩いていた。




「・・・これでよし、と。ちょっと待ってくれる?」




そう言って、はにこやかに微笑んだ。

















戯言。


はい、すみません。中途半端なところで切ってしまいました・・・っ!
駄目駄目なのが丸わかり、駄目もいいところ最悪ですね。
そんな拙い文章で申し訳ありませぬが、19話前編、どうにかお届けいたしました。

・・・しかしながら、更に問題勃発。大変です、際限なく話が長くなります。
そういうときはどうしたらよいのでしょうか・・・?(聞かれても困る)
19話も本当は1話だったのですが、なんだか妙に長くなってしまい・・・
というかの葛藤が予想以上に激しくてですね。
結局前後編になってしまいましたし・・・あわわ!ともかく長くてすみません(汗)読み辛いっての。

でもとりあえず、は蒼の派閥が大が付くほど嫌いということで
今回のお話はちょこっとだけ、VSネスティです。本当に少しですけどね。
解説は入りますと、はですね。自分で納得できる理由があればいいや、って子なので
蒼の派閥の召喚師じゃない、トリス達を信じるんだと思うことで
自分自身を納得させてしまったわけなのです。・・・なんて都合の良い子!!(笑)
でも、トウヤ達を連れて行かれそうになったとしては、例え危険でも、全体を考えればよくなくても。
アメルを聖王国に引き渡さないと胸を張って言い切ってくれるトリスやマグナというのは
きっと新たな可能性をみせてくれる存在なのでしょう。

・・・なんて、上手くまとめて自分に言い聞かせてみる任那でした(苦笑)
お粗末さまです。





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