が少し待ってくれと告げてから、2・3分が経過した。
だが一向に何かが起こる気配はなく、気難しいネスティは次第に、周囲にわかるほどイライラし始めた。
けれど彼のイライラの原因とも言えるは、そんなネスティの様子を全く気にしていない。

ネスティの機嫌が悪くなっていっていることに、全然気付いていないのか
それとも悪くなっていようと気にしていないのか・・・きっと後者だろう。
これといった理由もなかったが、トリスもマグナもそう確信していた。

どこか血走った瞳で、疑わしげにを睨むネスティと
今にも鼻歌を歌い出しそうなくらい楽しそうな様子で、のらりくらりとネスティの視線を受け流している

そんな2人を交互に見比べ、いつネスティの苛立ちが限界に達し、雷が落ちるかと
トリス達は内心、レシィは目に見えてハラハラしていると
誰かが慌しく階段を駆け上ってくる音が屋敷中に響き渡り
2階にあるこの部屋にまで轟いてきた。






ドタドタドタ!!






普通に階段を上っているのならば、これほどまでに足音が響くことはない。
トリス達は一様に、何事かと不思議そうに首を傾げたが
だけは平然と、そしてどこか楽しそうに体を揺らしている。
マグナが見るに、“来た来た!”とでも言いたそうな顔をしていた。
彼女の隣にいるバノッサも、不思議と言うよりまたかと言った顔付きをしている。



きっとこの足音には、が関係しているんだ。



そう悟ったマグナが、一体これはなんの足音なのか
に尋ねようと口を開きかけたそのとき!
物凄い勢いで扉が開かれ、白い何かが部屋の中に飛び込んできた。






バターン!!






さまっ!!!もう少し考えて、我々を召喚してくださいっ!
ミニスさまがいらっしゃったから良いものの、危うく不審人物にされるところでしたよっ!!」




ネスティも思わず瞳を見開くほどの、もの凄い剣幕で喚きたてながら
扉を壊れそうな勢いで開け放ち、部屋に入ってきたのは
トリスやマグナも・・・いや。召喚師ならば誰もが1度は本で見たことがあるだろう
純白の翼を持ったサプレスの高位召喚獣、天使エルエルだった。













〓 第19話 瞳に視えないモノ 後編 〓













真っ白な野球ボールが、窓ガラスを割るかの如く飛び込んできた物体・・・
――――――――――― 天使エルエルは
怒り心頭で鼻息も荒く、こめかみのあたりには、薄っすらと青筋までたてていて
部屋に入ってくるなり他の人間を無視して、真っ直ぐを見据えて怒鳴りつけた。

それは、恐らくほとんどの人間が思い描いているだろう
清浄で、どこか神秘的なものであるという天使のイメージから
随分かけ離れたもので・・・トリスもマグナも、あのネスティまでもが。
さっきまでのイライラをどこかに置き忘れ、唖然として彼を見つめていた。




「仕方ないだろ、フェス。が離れた位置からでも召喚できるってことを証明するには
やってみせるのが1番手っ取り早かったんだし・・・それに、ミニスがいたならいいじゃないか。」


「それにしてもです!!貴女さまならば、いくらでも他にやり方があったでしょう!?
隣の部屋にでも召喚してくださればよろしかったのに!!」




ポカンとそっくりに口を開けているトリスとマグナを余所に
天使、フェスに怒られている張本人
―――――― ・・・は。
相変わらずどこ吹く風で、まるで昔馴染みの友人に話しかけるような口調で
彼に話しかけ、飄々とした態度を一向に崩さなかった。




「・・・だって。どうせなら、コーヒーでも飲みながら話がしたいだろ?
達ここに来てから働き通しで、いい加減喉も乾いてるし。
フェスだって別にコーヒー嫌いじゃないんだから、ついでってことでいいじゃないか?」


「それはそうですが・・・ッ!」




まだも何事か続けようとした天使エルエル
―――――― もとい、フェスだったが
彼の脇を横切って、黒い影がスッと前に進み出て
とフェスの間に立ち塞がる形になり、それ以上の言葉を遮えぎられることとなった。




「・・・マスター、バノッサ様。コーヒーをお持ち致しました。」


「エストリルッ!!」




フェスの前に進み出た、黒い影の正体。
それは、ポットとカップを載せた銀色のトレーを手にした、魔臣ガルマザリア。
戦闘ともなれば手にした槍で大地を揺るがし、とんでもない大ダメージを与える召喚獣だ。
そんな高位の召喚獣が、トレーを持ってお茶の準備をしているという
普通では有り得ない光景を目の当たりにして
ネスティの瞳が、レヴァティーンに乗って来た達を見た時のように再び点になった。




「助かるよ、エスト!ありがとう。」




ところがは、あたかもそれが“普通”のように
軽い足取りでエストに近づくと、嬉しそうに頬を緩めて礼を言いながら
用意されたカップにコーヒーを注いだ。
だがそれを、横から手を出した誰かが、ヒョイっと奪い去る。




「・・・悪いな、貰うぜ。」


「あっ!勝手に取るなよ!・・・ったく、仕方ないな。」




がコーヒーを注いだカップを、横から掠め取ったのはバノッサだった。
はブツブツ文句を言いながら、再び他のカップにコーヒーを注ぎ始める。
完全に常識を逸脱した出来事の連続で、彼女の注ぐコーヒーに
呆然と目を奪われているしかなかった面々に、よりも先にエストが気が付いた。




「・・・他の皆様も、どうぞ。」


「君達砂糖はいる?ミルクは?」




無表情でコーヒーを勧める悪魔と、なんてことなさそうに呑気な声を出す
どうやらエストは放心状態の皆の視線を、コーヒーが飲みたいのだと判断したようだった。
お陰でトリス達は更に口を開ける羽目になったので、少し顎が痛くなった。


誰だって、小さい頃からリィンバウムを襲った悪者だとされている悪魔が
のほほんとコーヒーを薦めてくるだなんて、思いもしないだろう。


トリスに至っては、これが本当にバルレルと同じサプレスの悪魔なのかと
信じがたいものを見るような眼差しで、粗でも探すようにエストを見つめている。
そんなトリスの視線を更に勘違いしたらしく、今度はフェスが声を荒げた。




「エストリル、お前はどうしていつもそう無愛想にしか出来ないんだ!
仮にも、相手はさまを保護していてくださった方々だぞ!
そうでなくとも、お前はもう少し愛想を良くするべきだと思うが・・・
そもそも!コーヒーを勧めるよりも先に、まずは名乗るのが礼儀と言うものだろう!?」


「・・・でたよ。フェスの小姑、お説教モードが。」


さまっ!!!」




うんざりした表情で唸った召喚主を、フェスが一括する。
はこれ以上フェスを怒鳴らせる前に、と。
面倒臭いという意思を、全身で表現しながら口を開いた。




「・・・あー、はいはい。このちょーっと生真面目すぎるのがフェスで
コーヒーをくれたのがエストって言うんだ。見ればわかるだろうけど、サプレスの天使と悪魔だよ。
2人とも、もうとは結構長い付き合いになる。」




コーヒーをズッと一啜りしながら、が2人の召喚獣を紹介した。
紹介された2人は、改めて畏まった仕草をとると
まるでどこかの騎士団のようにピン!と背筋を伸ばして立ち、トリス達に丁寧に頭を下げた。




「・・・申し遅れました、エストリルと申します。」


「フェストルスと申します、どうぞフェスとお呼びください。
――――――― ・・・ミモザさま、ギブソンさま。ご無沙汰しております。お元気そうでなによりです。」




自身もエストと共に名乗りながら、フェスは部屋の隅に佇むギブソンとミモザへ、流れるように視線を向けた。




「やぁ。久しぶりだね、2人とも。君達と会うのは、あの事件以来かな?」


「・・・はい。」


「あれからもずっとの世話をしてるんでしょ?大変ねー、貴方達も。」




ミモザがケラケラと笑いながら言うと、フェスもつられて少し苦笑を漏らす。
そんなふとした仕草も酷く自然で、あの真っ白な翼さえ背中に付いていなければ
人間と見間違えてしまうほどだと、トリスは思った。




「いえ。さまにお仕え出来ることは、我々の誇りですから。」


「・・・フェストルスに同じく。」




エストは静かにそう答えてから、再び黙々とコーヒーを配り始め
ミモザとギブソンにも“どうぞ”とカップを差し出した。
ミモザとギブソンはそれぞれにお礼を言って
エストからコーヒーのなみなみと入ったカップを受け取る。




「・・・本当に、貴女にはもったいないぐらいよね。?」




呑気にコーヒーを注ぎ、午後のティータイムのように会話を交わしているなんて
世間一般の所謂召喚獣のイメージからは、あまり想像出来ない行動だ。
はミモザの言葉を、軽く笑って肯定した。




「あはははは!・・まぁね。」




そう告げて、彼女は微笑を浮かべると再びコーヒーに口をつける。
あんな軽口で、お互いを認め合えてしまうと2人の召喚獣。
そこには、とてつもなく深い信頼関係が築かれているような気がして
トリスはぼうっと、彼等のやりとりを眺めていた。






・・・あたしとバルレルも、あんな風になれるかな・・・






そんなことをトリスが考えていると、突如目の前に、茶色い液体の入ったカップが現れた。




「どうぞ。」


「わっ!」




トリスが驚いて思わず後ずさると
エストはまたもや無表情のまま頭を下げて、自分の行動を詫びた。




「・・・申し訳ありません、驚かせてしまいましたか。」


「あ、ううん!ごめんね、あたしがちょっとぼーっとしてたからいけないんだ。ありがとう。」




トリスが笑ってコーヒーを受け取ると
今までずっと表情の動かなかったエストが、ほんの少しだけ微笑んだような気がした。






あ、あれ?もしかして今、笑った・・・?






――――――――― ・・・いえ、こちらこそ。」




トリスが真偽を確かめる暇もなく。
エストはそう呟いて、そのままトリスの隣にいたマグナにも
それから護衛獣達にミルクと砂糖たっぷりのコーヒーミルクを手渡すと
(彼女はレオルドにもコーヒーを勧め、またフェスがそれに怒鳴った。)
今度はネスティの前で立ち止まった。
彼女は片手で器用にコーヒーを注ぎ、カップをソーサーに乗せると
どこかぼんやりとしているネスティの目の前に、それをズイっと差し出した。




――――――――――― ・・・どうぞ。砂糖とミルクはお使いになりますか?」


「・・・あ、いや。必要ない、結構だ。」




エストにコーヒーの入ったカップを渡され、反射的に受け取ってしまってから
その行動に呆気にとられていたネスティはハッと我に返り、突如としてに喰いかかった。




「離れた位置から召喚なんて、どうやってッッ!?」


「ネスー、が寝てるんでしょ?」




今度は疑いよりも、驚愕の方が色濃く出ているネスティの大声に
最初に殴られたことを未だ根に持っていたのか
トリスがコーヒーを飲む合間をぬって、恨めしそうな瞳で彼を見る。
ネスティは慌てて喉の調子を整えるふりをして咳払いをし、それをはぐらかした。
さっきにも増して真剣なネスティの、黒曜石のような双眸にじっと見つめられ
はなんと返事を返したらいいのかと、頬を掻いた。




「いや、どうやってって言われても・・・出来るからやってるだけで、理屈じゃないし。
どうやって息してるんだって聞かれてるようなもんだな、そりゃ。」




“上手く答えられないよ”と告げると、ネスティはあからさまにつまらなそうな顔をした。
どうやら彼は、『こういう理屈でこうやるのだ』・・・と、明確な返事が返ってくるのを期待していたらしい。
だが実際、にとってこの程度の距離ならば
離れた位置から召喚術を発動させることは、然して難しいことではない。
先の湿原のときは、術を発動させる為に人物の配置
そしてミモザの術を邪魔しない術を選ぶために、多くの情報を必要としたから
少々大変だっただけであって、視覚の届く範囲ぐらいでなら、それは呼吸をすることと同じぐらい実に容易い。




「まぁ、でも・・・これで一応、信じては貰えたかな?」




が思い出したように言うと、ネスティが一瞬。ヒュっと息を詰まらせたのが聞こえた。
それから彼も思い出したように、じとっとした眼差しに戻ってを見つめる。




「・・・・・・君が優秀な召喚師であることは信じよう。
だが勘違いされては困る。僕は君達を、まだ完全に信用したわけじゃない。」


「あぁ、構わないよ。それはお互いさまだからね。
だって、まだ完全に信用したわけじゃない。特に君は、ギブソンに性格が似ているしね。
・・・でも今は、これくらいで十分なんじゃないかな?
そもそも初対面で会ったその日に、お互いを信用しろというのが無理なのさ。」




絶対に何か言って返してくるだろうと思っていた
あまりにあっさり引き下がったので、ネスティが少々面食らっていると
そんな彼の様子に気付いて、“だってそうだろ?”とが苦笑した。
ネスティが再度“よくわからない人間”のレッテルを、にぺたぺたと貼りなおしていると
コーヒーを配っていたはずのエストの、珍しく感情を露にした声が聞こえた。




「・・・そこにいらっしゃるのは・・・もしや、バルレル様では!?」




一瞬にして全員の注目が、大声をあげたエストと、その視線の先にいるバルレルに集まる。
フェスはエストの言葉に、弾かれるようにしてそちらを見やり
バルレルの姿を視界に見止めると、奥歯をギリッと噛み締めて憎々しげに叫んだ。




「・・・貴様ッ、狂嵐の・・・ッ!?」




室内であるにも拘わらず、剣へ手を伸ばしたフェスを、が軽く制する。




「フェス。」




それにフェスは少しだけ、躊躇する仕草を見せたが
が再び首を横に振ると、不本意そうに、渋々剣の柄から手を離した。
それを見届けてから、はエストに視線を移す。




「知ってるの?エスト。」


「・・・はい。サプレスで何度かお目にかかったことが。」


「へぇ・・・?」




エストの返答に、は面白いものを見たとでも言わんばかりに口元を歪め
苦虫を噛み潰したような表情でエストを見つめるバルレルを
頭のてっぺんから足の爪先まで(の瞳が一瞬額の辺りで止まった)嘗め回すように見た。

2人の態度から察するに、やはりバルレルは高位の悪魔なのだ。
下級悪魔なんかに、2人がこのような態度を取るとは思えない。
はそう結論付けて、自分の考えに確信を持った。




―――――――― ・・・やっぱり、テメェか。」


「お久しゅうございます、バルレル様・・・」


「・・・・・・っ。」




苦々しく呟くバルレルの様子からは、彼がこの再会を手放しで喜んでいないことが窺い知れる。
自分よりずっと背丈の小さいバルレルに、エストはそれでも恭しく頭を下げ
に行動を制限されたフェスは無言のまま、バルレルを強く睨みつけていた。

そんなフェスの態度に、は少々疑問を抱く。
確かに、天使と悪魔はあまり仲が良くないが
その中でフェスは、比較的に悪魔に対しても友好的だと思っていた。
そうでなければ、いくら召喚主の命令とはいえ、悪魔と行動を共にするなんて容認しなかっただろうし
実際フェスとエストは天敵同士でありながら、上手くやっていると思っていたからだ。

これ以上少しでも、火の気のあるものを持ち込んだら引火してしまうのではないかと思わせる
どこかピリピリと張り詰めた空気が部屋に充満した調度そのとき。
今までベッドで眠っていた人物の、場違いにも程がある小さな寝言が
見事に気まずい雰囲気をぶち壊してくれた。




「う、うぅ・・・も・・・食べられない、ですよぅ・・・・・」




部屋にいた全員の注目は、一斉に
3人の関係から、ベッドで寝ていた人物へとすり替わった。













モンブランケーキを追いかける夢を見て目を覚ましたら、そこは知らない部屋のベッドの上で。
もう、何回目になるだろう?見慣れない部屋で目を覚ますのは。
さすがに何度目にもなれば、非常事態といえど妙に落ち着いていて・・・
は取り敢えず、モンブランを探して辺りを見回した。




「・・・はぇ・・・?のモンブランは・・・??」




自分では普通に起き上がったつもりだったけど
体がまるで鎖が絡まっているかのように重く、妙に気だるい。
そのおかげで、起き上がるのに意外と時間が掛かってしまった。






筋肉痛、なのですか・・・?、昨日なにかしましたっけ?






そんなことを思うが、昨日何をしたかがさっぱり思い出せない。
その挙句。夢だったことを証明するように、追いかけていた筈のモンブランも
どこにも見当たらない・・・あぁ、散々だ。
そう思ったは少しでも気を晴らそうと、ベッドのすぐ脇。
目線の高さより少しだけ低い、外の見やすい位置に備え付けられた窓から、外の景色を眺めた。






もしかして・・・ここはゼラムなのですか?






見覚えのある、大きくて立派なお城
――――――― ・・・そう、あれは確かゼラムの王城だ。
そんなことを考えていると、背後からいくつもの声がの名前を呼んだ。




「「「「(さん)ッ!!」」」」




呼ばれて反射的に後ろを振り返ると、紫色と白の混じりあった物体が2つ。
まるで弾丸のように、目掛けて飛びついてきた。
正体を把握する間もなく、それはきゅっと。まるで蛇のように体に巻きついてきて
はその重みに耐えかねて、見事にそれと、柔らかいベッドとの間に挟まれた。




「・・・ふごッ!?」




思わずブタのような声を出してしまったけど、そんなの気にしてる場合じゃなく苦しかった。
唯一自由な右手で、ベッドサイドをバンバン!と叩き
ギブアップを申告するも、それが退いてくれる気配は全くない。
押し潰されると、が覚悟を決めたき。
突然それは勢い良く離れていった・・・いや違う、第三勢力に引き剥がされたのだ。




「・・・はいはい2人とも。嬉しいのはわかったけど、少し落ち着いてくれるかい?
抱きつくのは後にしてくれよ、でないとまともに話も出来やしない。」




聞こえてきた声に、は耳を疑った。
だってそれは、ここにいるはずの無い・・・サイジェントにいる筈の、の声。
飛び上がるようにベッドから起き上がると
そこにはトリスとマグナの首根っこを掴みあげたが、悠々として立っていた。




「おい、生きてるか?」


「・・・・・・本物・・・?」




まだ夢でも見ているんだろうか?
そもそも、とトリス達が知り合いである訳がない。
目をゴシゴシと擦って呟くと、目の前のが思いっきり眉を顰めた。




「・・・まだ、記憶が混同してるみたいだな。
・・・まぁ、あの状況じゃそれも当然か。・・・思い出せるか、
お前は湿原でめちゃくちゃに魔力を暴走させた後、そのままばったり眠りこんだんだよ。」


「・・・ぁ。」




そう言われてやっと、は眠りに就く直前の出来事を思い出した。
体が重かったのは筋肉痛だったからでも、雁字搦めにされていたからでもなかった。






そうだ。あのとき・・・が3つ目の質問を、にしようとした途端
体の心から、急に火が点いたみたいに熱くなって。それで
――――― ・・・






そこからの記憶は、深い霧がかかっているかのようにぼんやりとしていた。
覚えているのは、とてもとても苦しかったということばかり。
喉が焼け、体が燃えるようで、それなのに背筋がゾクリと冷たくて。
は狂ったように、声の限りに叫んでいた。





それから?それから
――――――――― ・・・





必死になって記憶の糸を手繰り寄せ、そしてどうにか掴んだ断片的な映像は
真っ青だと1度は感動した筈の空が、煙で灰色に濁っているのと、煤けた草木。
抉られた大地と、無残にも折れた木々、怪我をした旅団のみんな・・・
そして心配そうにこちらを覗き込む、イオスとの顔。

色んなことを一気に思い出したら、頭の中がこんがらがって、フラリと前によろめいた。
するとそうなることを見越していたように、すかさずを支えてくれて
ベッドから転げ落ちることだけはどうにか免れる。




「・・・思い出した、みたいだな。平気か?」


「・・・・・・はい、です。どうしてこんな大切なこと、今まで忘れてたのですかね・・・」




今となれば、こうもあっさり思い出せるのに・・・どうしてあのときは思い出せなったのだろう?

自分のこと、サイジェントにいるみんなのこと。
トリスやマグナのこと
――――――― ・・・それからアメルのことも。

込み上げてきたのは、不安と、迷いと、恐怖と、悲しみと・・・。
でもただ1つ、旅団に滞在していたときの記憶が残っていたことだけには、安堵した。


これで、“知らない”ことでまた誰かを傷つけないで済む。
トリス達と一緒にいた“”も、イオス達と一緒にいた“あたし”も
どちらも忘れたくない、大切な“自分”であることには違いないのだから。
・・・不謹慎だと怒られるかもしれないが、は確かにそう思っていた。

自分を支えてくれているの腕を、きゅっと掴んで、ふと視線を上げたとき。
はその先に立っている、トリスとマグナの存在を思い出した。
そういえば、起きた途端何かが飛びついてきたのだった、とは回想する。
そしてその後、がトリスとマグナを掴みあげていたことから考えれば
あのとき飛びついてきたのはトリスとマグナだったのだろうと、今更ながら合点がいった。




「・・・・・・っ」




途端頭にかかっていた靄が、強風で吹き飛ばされたかのように、思考回路が冴え渡る。

一緒になって笑い合っていたのが、つい昨日のことのようで・・・。
は出来るなら。思いっきり、2人に抱きついてしまいたかった。
それから、自分の体験した色んなことを話して・・・
そんなことを考え、けれどすぐ居た堪れなくなり、は2人から視線を逸らした。
ほんの少し前まで、は何もかもをすっかり忘れて
他にどうすることも出来なかったとはいえ、彼等の敵として対立していたのだ。
2人のことを忘れてしまっただけでなく、剣まで向けて
――――――― ・・・

そのことも、はきちんと覚えている。

いや、それとも思い出したというべきなのか・・・良くわからない。
・・・どちらにせよ自分のしたことが、簡単に許して貰える行為だとは考え難い。
何と声を掛けたらよいのか、散々考えて・・・
結局口を付いて出てきたのは、ごく在り来りな謝罪の言葉だった。




「・・・あ・・・ご、ごめんなさ・・・・・ぃッ」




2人の姿を見ていられなくて、の服の袖を強く掴むと下を向いた。
口から嗚咽が漏れそうになるのを、ぐっと堪える。

ここで泣いてしまうのはズルイと思った。

自分は彼女達を傷つけたのだ、だったら泣きたいのは彼女達の筈。
それなのに自分が泣いてしまうのは、酷く場違いなようにには思えた。
頭ではそう思っても、もうすぐ喉元まで込み上げてきている何かを堪えるのは
にとって、なかなか難しいことだった。

しばらくそうしていると、すぐ近くでギィギィと床が軋む音が聞こえた。
その音はだんだんとこちらに近づいてくる。
それはトリスとマグナが、歩いてきたということに違いない。

・・・はビクっと体を震わせた。
怒られることは、罵られることは・・・既に覚悟している。
けれども大好きな人たちに。自分と言う存在まで否定されてしまうのだけは、嫌だった。






お願い、否定だけはしないで。






はきつく瞳を閉じ、ただひたすらじっと、2人の言葉を待った。
・・・ところがいつまで経っても、怒鳴る声も、責める声も。聞こえてくる気配がない。




「・・・?」




不思議に思ったが、恐る恐る、薄っすら瞳を開けると
暖かいものがやんわりと、両脇から包み込むようにしてを抱き締めてきた。




「・・・ずるい。」


「はへ?」




を抱き締めたものの正体・・・
そのうちの片方であるマグナが呟いた、思いもよらぬ一言に
は緊迫した雰囲気も忘れて、思わず間抜けな声を出してしまった。
続いて反対側から。トリスの、マグナよりいくらか高い
それでも不満そうで、普段の彼女の声よりは低い声が聞こえてくる。




「・・・・・・ばっかり、ずるい。」


「・・・え?そこってを引き合いに出すところなの?」




どう考えても、この場の空気を読んでいない
あるいは故意にぶち壊そうとしている、の飄々とした声が
の頭上を掠め、通り過ぎた。
心なしか、聞こえてきた彼女の声は苦笑しているようだった。
トリスとマグナに両脇から抱き竦められ
ほとんど引きとめるようにしてと向かい合っている
ベッドの上で身動ぎすらできずに、1人どうしたらいいのかを必死に考えていた。




「・・・だって、ばっかりずるいよ!
あたし達だって、にぎゅってして欲しいのに!」


「そうだよ!俺達まだと何も話してないのに
ばっかり喋ってる!ずるいっ!!」




叫ぶと同時に、締め付けてくる腕の力が少し強くなった。
2人は右肩と左肩に、それぞれ寄りかかるように頭を乗せていて・・・
がすっかり困り果てて、顔だけでを見上げると
は悪夢を見た夜と同じように、の頭を優しく撫でてくれた。




「良かったな、お前の友達はお前よりもずっと
お前のことを信用してくれてるみたいだぞ?・・・・・・良い人達に会えたな、。」




そうは言われても、の言っている言葉の意味が
には、いまいちはっきりと呑み込めなかった。
だっては、みんなに酷いことをした筈で・・・
そんなが信用して貰えてるとは、到底思えない。

・・・考え込んでいると、すぐ隣でトリスがズッと鼻を啜る音が聞こえた。




、あたしはね。があたし達のこと思い出してくれて
があたし達の名前呼んでくれて。・・・帰ってきてくれたなら、それだけで十分だから・・・!
――――――――― ・・・だからごめんなんて、言わないでよ・・・」


「トリス・・・」




言ってトリスは子供のように、ぐしゃと顔を歪めた。
するとのより大きいマグナの手が、越しに反対側からスッと伸びてきて
今にも泣き出しそうなトリスの頭を、にしたように、優しくぽんぽんと叩いた。
こんなときばかりは、普段実年齢より幼く思えるマグナも、お兄さんの顔になる。




「そうだよ。・・・俺達が聞きたいのは、そんな言葉じゃない。
俺、には笑ってて欲しいんだ。そんな顔、して欲しくないんだよ。」




囁きかけるマグナの表情は酷く優しくて、どうしてだか視界がぼやけた。
何か言おうとして、でも上手く言葉にならなくて。奇妙な音が口から零れる。




「・・・ふぇ・・・っ」




けどそれに、マグナはもっと優しく微笑んで。
トリスを撫でていたはずの手で、いつの間にか。
・・・自分でも気付かないうちに流していた、の頬を伝う涙を拭った。




「だから、そんなに怖がらないでいいんだ。
大丈夫。のことも、トリスと一緒に俺が護るから。・・・護ってみせるから。」


「・・・マグ・・・っナ・・!」




頬をなぞるマグナの指は、の記憶に残っていたよりもざらついていて・・・
彼の手はこんなに、剣を握る者特有の手をしていただろうか?




「・・・ほら、。他にもお前にぎゅってして欲しいのが何人かいるみたいだぞ?」




の声に再び視線をあげると、彼女は服の袖を離してくれ、という仕草をする。
掴んだまま、ほとんど忘れかけていたその存在に気付き、
が慌てて袖を離すと、の後ろには
口をきゅっとへの字に結んで、必死に涙を堪えているレシィがいた。




「・・・っ、さん・・・!」




レシィが大声を上げて、パタパタとの元へ寄ってくると
どこからかハサハも現れて、レシィと並んでの膝の辺りに、ぴったりと身を寄せる。
泣き喚くレシィと、擦り寄ってくるハサハの頭を撫でていると
大きな影がガションと音をたてて、こちらに近寄ってきた。
それが誰の影なのだか・・・にはもう、見なくともわかっていた。




殿、マタオ会イスルコトガ出来テ嬉シイデス。主殿モ、トテモ心配サレテイマシタ。」




影の正体は、確認するまでもなくレオルドだった。
その横に、苛立たしそうにシッポをくねらせたバルレルもいる。




「・・・ったくよォ!余計な手間ばっかり掛けさせやがって!!
テメェの身ぐらい、テメェで護れってんだよ、ったく!」


「・・・こらっ!バルレル、殴るわよ!?」




トリスがまだグズっと鼻を鳴らしながら、バルレルに向かって拳を振り上げた。
何度も聞いたそのやり取りが、今は酷く懐かしく感じる。




「・・・全く、君は・・・この2人以上に、騒ぎを起こす天才だな。」


「・・・ネスティ。」



最後にそう呟いたのは、言わずもがなネスティ。
彼の声は呆れを含んでいたけれど、顔は優しげに微笑んでいた。
仕方がないと口では言いながら、結局はトリスとマグナの面倒を見てしまう
そんなとき、ネスティが浮かべているのと同じ表情だ。




「・・・僕にどれだけ、心配をかければ気が済むんだ。」


「「えっ!?ネス、の心配してたのッ!?」」




そこへタイミングよくそんな2人の声が重なって、ネスティが笑顔のまま2人を振り返った。




「・・・ほぅ?つまり君達は、僕が
これぽっちも心配しない、冷血漢だとでも思っていたということか?」




ネスティに凄まれて、トリスとマグナはサーッと顔を蒼褪めさせると
頭がすっぽ抜けてしまうんじゃないかというくらい勢い良く
ブンブン!と、2人揃って仲良く首を横に振った。


その光景が、あまりにも記憶に残っているそのままだったから・・・。


レルムの村で、あの悪夢のような惨劇が起こる以前に
時間が巻き戻ってきたような気がして・・・
さっきまでのことが嘘のように、は自然と口元が緩んでくるのを感じていた。



ここ数日で、は色々なことを知った。



例えばそれは、イオスやルヴァイドさまやゼルフィルドが、本当は凄く優しいってこと。
旅団の人たちだって、皆達と同じ人間で
罪悪感を全く感じないとか、苦しくないとか、そんなことは全然ないってこと。

みんなが知らない、色んなことを。1つじゃない、違う角度から物事を見ることが出来た。
あのときのと今のは、まるっきり同じではないけれど
どっちも同じ“”なんだって・・・もう1度、自分に言い聞かせる。




知ってるにしか、出来ないことがあるはずだ。
そうやって自分を奮い立たせた。
だってやっぱりには、ここにいるみんなも、旅団のみんなも大切だから。
それを再確認してしまったから
――――――― ・・・




――――――――― ・・・自分の信じた道を貫き通せばいいんだ、。』






・・・うん、イオス。信じる。やってみるよ・・・だから、待っていて。







が笑顔になったのを見ると、トリスとマグナも、心の底からの笑顔を見せた。
2人はベッドから飛び降り、今度はネスティの両脇に分かれて並ぶと
未だベッドの上に座り込んだままのに向けて、大きく両手を広げてみせる。




「「“おかえり”、!」」


「・・・ただいま、なのです・・・」




2人がそこまで深く考えて、その言葉を選んだのかはわからない。


けれど
―――――――― ・・・


2人がまだ、“そこ”を自分の帰る場所なんだと
そう思ってくれていることが嬉しくて、は精一杯の感謝を篭めて告げた。




――――――――――― ・・・それから、ありがとう。」




一生懸命捜したけれど、適切なものが見つからなくて
言葉はまた、ありきたりなものになってしまったけれど。















・・・そんなの様子を、達から少し離れた部屋の隅で
ミモザ達やバノッサと一緒に、微笑ましそうに眺めていた。
はやれやれとでも言いたげに、けれど隠し切れない微笑を口元に浮かべている。




「・・・なんだ、ちょっといなくなってる間に、も随分友達が増えたじゃないか。
これは、そんなに急いで探しに来ることもなかったかな?」


「あら、そんなことないわよ。達が探しに来なかったら
もしかすると記憶が戻らなかったかもしれないし。そもそも無事だったかどうか・・・」


「あぁ、それはそうかも。・・・っと、そうだった。
じゃあちょっと、サイジェントの皆に連絡してくるよ。を無事保護した、ってね。
ミモザ達と合流したら、連絡することになってるんだ。
その間・・・まぁ、大丈夫だとは思うけど、頼んだよミモザ。」


「ええ、わかったわ。」


「あ、それからミモザ。この屋敷テラスあったよな?どっちだ?」


「この部屋を出て、右よ。少し歩けばすぐわかるわ。」


「了解。」




ミモザにテラスの位置を聞いて、がそっとドアを閉めようとしたとき
最後に見えたのは、ハサハと顔を涙でぐしゃぐしゃにしたレシィが
今度は召喚主に入れ替わってベッドをよじ登り、に抱きつく瞬間だった。






パタン。






部屋を出ると一目散に、は急ぎ足で、言われた通り右に進む。
そのまま少し歩くと確かに、大きな窓から日の差し込むテラスが見えてきて
―――――― ・・・

目のくらむような陽射しの差し込むそれは、真っ暗な迷宮を抜け出す出口のよう。

は急いでテラスに飛び出すと、はぁはぁ、と肩で荒く息をした。
まるで今まで水中に潜っていて、呼吸もままならなかったとでも言うように。

両足だけで体重を支えることは諦めて
倒れこむギリギリのところで、ダン!と壁に両手を付けて押し留まる。
ヒューーと隙間風に似た音を発して、少しゆっくりめの深呼吸で、必死に酸素を肺に送った。
・・・数回呼吸を繰り返して、やっと落ち着き始めたところで
はクルリと後ろを向き壁に凭れかかると、ズルズルとその場にしゃがみ込む。
少し震える手を上着のポケットに突っ込んで、感触だけで携帯電話を探り当てる。
そしてたった2つの番号しか表示されないリダイヤルから
同じように微かに震える指で、“深崎籐矢”の文字を探してボタンを押した。






“Pruuuu・・・”



――――――――― ・・・早く。






携帯電話に耳を付け、いつもならなんとも思わないコール音を
酷く煩わしく思いながら、は電話の相手が出るのを待った。






・・・トウヤ、貴方の声が聞きたいんです。そうすれば、また頑張れると思うから。
どんなに認めたくない事実も、どうにもならない現実も。
理性なんかじゃ止められない感情も・・・・・・全部、跳ね除けて。






「・・・・・・トウヤ。」




それはまるで迷子の子供のように。か細い声で、は小さく呟いた。












「・・・・・・あの子のクセも、相変わらずね。」




の姿が視界から消えるなり、ミモザが溜息混じりにそう呟いた。
唐突の切り出しにも拘わらず、バノッサは表情1つ変えなかったし
彼女と付き合いの長いギブソンは、それに多少苦笑しただけで済ませた。
ミモザが唐突なのは、なにも今に始まったことではない。




「それでも、私はそれなりに良い方向に進んでいると思うよ。
彼女がトリス達を信用してみると言ってくれたのは、大きな進歩だ。
・・・例え少し、彼女が無理をしていたとしてもね。」


「まぁ、それはそうだと私も思うわよ?けどね・・・」




ふぅ、とミモザが諦めたように吐き捨てると
今度はバノッサが、フンと鼻を鳴らして壁に寄りかかりながら悪態を吐いた。




「・・・ったく、世話焼ける奴だぜ。一体いつまで引き摺れば気が済むんだ?」


「あら、率先してその世話を焼いてるのは、一体どこの誰だったかしら?」


―――――― ・・・なッ!だ、誰がいつアイツの世話なんか焼いたッ!?」




ミモザがニヤニヤと、人の悪そうな笑みを湛えていうと
バノッサが目に見えて紅くなり、必要以上にうろたえたので
ギブソンは彼に悪いと思いながらも、1度吹き出してしまった笑いを収めることが出来なかった。













「・・・テメェらがいるってことは・・・間違いねェんだな?」




バルレルが小さい体に似合わず、尊大な態度で
壁に寄りかかりながら、確認するようにそう言った。




「・・・はい。全てバルレル様の、御推察通りかと。」




それに静かに答えたのはエスト。そんな彼女と対照的に
フェスがギッとバルレルを睨みつけ、唸るような低い声で告げた。




「狂嵐の魔公子、だがこれだけは言っておく。
決して余計なことは口にするな。さもなくば我が剣によりお前の首が飛ぶぞ。」


「馬鹿みてェに殺気撒き散らすんじゃねェよ、アイツラに気付かれんだろ。
・・・安心しろ、オレだって下手なこというつもりはねェよ。」




バルレルの言葉に、フェスの体から滲み出ていた殺気が薄れる。
フェスがそっと、瞳を伏せた。




「・・・そう、か。まだ話すべき“刻”は来ていない・・・
私としては、このままその“刻”が来ないことを願うばかりだが。」


「・・・だが、もし再びその“刻”が来たならば・・・」




エストは、彼女にしては珍しく感情を露にし
まるで苦虫を噛み潰したような表情で、重々しく呟いた。




―――――――― ・・・今度こそ、我が命を賭してでも。」


「エストリル、お前・・・」




感動の再会に沸く部屋の片隅で、密やかに交わされた
・・・・もう1組の会話に気付いた者は、ここには誰1人としていなかった。













『・・・じゃあ一先ずはそれでいいんだね?』


「はい。詳細が決まったら連絡します、会長。」


『わかった。・・・それより、も気を付けて。
君が言うんだ、その声の主・・・只者ではないだろう。十分に注意するんだ、いいね?』


「・・・はい、肝に銘じときます。」




がはっきり返事をしたのを確認すると、電話の相手
――――― トウヤは
それまでの真剣な声とは打って変わって、180度声の調子を変えた。




『・・・あ、それからこの前が送ってきたお菓子だけどね。
リプレがとても気に入ってしまって
お金に余裕があるなら、もう一缶送って欲しいって言ってたよ。』


「あれですか?はい、わかりました。
あれ、そんな高くないですし・・・どうせなら2缶送るって、リプレに言っといてくれません?」


『わかった、伝えておくよ。』




とトリス達の、所謂“感動の再会”なんてヤツを見てしまったからか
はもう少しトウヤの声を聞いていたくて
サイジェントへ送るお土産第2弾について、話を続けようとした。
・・・が。強い魔力の気配が1つ、テラスに面した廊下で
ピタリと立ち止まったのに気付き、それ以上話すことを泣く泣く諦める。




「はい。じゃあ会長、また・・・」




それ以上名残惜しくならないよう、はそこで会話を切った。
ピッとボタンを押して電話を切ると、その気配はの予測通りに動き始める。




―――――――――― ・・・オイ。」




そう、かなりぶっきらぼうに呼びかけられて
でもは然して驚きもせず、くるりと後ろを振り返った。

・・・なにしろ、今ここに声を掛けられるような人物は、自分しかいない。

そこにいたのは自分より数段背の低い、サプレスの悪魔。
彼は部屋にいたときと同じ不機嫌そうな眼つきで、静かにを見上げていた。

背丈は小さいが、その身体から発する威圧感はかなりのもの。
体格や眼光なんかだけではなく、それは確実に経験が物を言わせている。
・・・不躾に投げつけられる、その感じ慣れた感覚に、はニヤリと瞳を細めた。




「・・・バルレル君、だったね?に何か用があるのかな?
わざわざこんな人気のないトコまできて。」




バルレルが突然物陰から現れても、はこれぽっちも驚いた様子がない。
わざとらしく・・・そう、まるでバルレルが何をしに来たのかわかっているような口調で
くすくす笑って告げるを、今度はバルレルもどこか納得したように見つめた。




「・・・テメェ、名前は?」


の?・・・って、さっき名乗ったんだけど・・・まぁ、いいや。
の名前は。君からしてみれば、達の存在は怪し過ぎるだろうけど・・・
まぁ同じサプレスのよしみってコトで、君の召喚主殿には内密に、ね?
ここはひとつ頼むよ、バルレル君。」


――――――― ・・・バルレルでいい。」


「そうか?・・・じゃあ、よろしく。バルレル!」




握手を求めて差し出した手を、バチンと叩くようにして
バルレルは自分の小さな手との手を、一瞬だけ重なり合わせた。













戯言。


はい、なんとか・・・・19話お届けしました。
大変です、どんどん話が長くなっていって、そして延び延びになってしまってます。
本当はもう少し進む予定だったのですが、予想外に長くなってしまいました。
最後の方は、視点がコロコロ変わりましたが・・・追いついてこれましたでしょうか?
可笑しいなぁ、ここはサックリ済ませようと思っていたのですが・・・。

前回、意外とあっさりトリス達を認めたですが
余裕と見せかけて、実は結構堪えてたみたいです(苦笑)
納得はしても、心が追いついていかないようですねー。
以前から付き合いのある面々にはわかっていたようですが。
こっそりと落ち込むタイプらしいです、彼女は。そしてトウヤが栄養剤(笑)

ともあれ、とマグナたちもなんとか上手く納まりました。
元々、マグナとトリスはを取り戻すって言う意思のほうが強かったのでこうなりましたが・・・。
問題は双子ですかね?特に赤いほう(笑)あとは、バルレルがなんだか怪しいですが・・・。

が黒の旅団にいた関係で、色々イベントが前後してます。
なので、こなさなきゃいけないノルマ・・・というか話が結構あるんですね。
それを全部やるとすると・・・う〜ん、先は長くなりそうですねぇ・・・。





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