「マ、マスター!走るの速いですのぉ!!」 「キューー!!」 「モナティとガウムは後からゆっくり来い!・・・は会長に知らせに行くからッ!!」 〓 第3話 消えた影を探して 前編 〓 「・・・ん?今、なんか妙な魔力を感じなかったか?」 ふと。フラットのリビングで、コーヒーを飲んでいたハヤトが顔を上げた。 「ハヤトもかい?」 「・・ってことは、トウヤも?」 魔力には敏感な人間が、同時に何かを感じたのだ。 二人がお互いの顔を見合わせて、首を傾げていると・・・ 「会長会長・・・トウヤーーーーーーーッッ!!!」 バタン!! 「・・・?」 突然。乱暴にトビラを開く音と共に聞こえてきたの声に、トウヤが眉を顰める。 トウヤが生徒会長に就任してから、が自分を名前で呼ぶことは、そうそう無かった。 (勿論就任前は会長ではないのだから、トウヤと呼んでいたが。) そもそも彼女は、とモナティとガウムの3人を探しにいったはず。 ・・・何か、あったな。 何よりもの必死の声に、トウヤは直感的にそう思った。 トウヤがイスから立ち上がると、丁度がリビングに入ってきたところで・・・ 「トウヤ!!ど、どうしたらいい!?どうしたら・・・!!」 なにが起こったのかも報告せずに指示を仰ぐ。 ・・・余程慌てているようだ。 の慌てように、流石に不信に思ったのか。呆けた顔をしていたハヤトも 表情を固くしての傍にやってきた。 「!ひとまず落ち着けって!」 「・・・そうだよ、。取り敢えず座って。それから何があったのか、順番に話してくれるかい?」 トウヤとハヤトに促されてイスに座ったは、ちょっとだけ落ち着いた・・・ でも不安を拭えない顔のまま、口を開いた。 「・・・が消えたんです!!」 「消えた・・・?」 「はい!突然強い魔力が辺りに出現して・・・・・・が連れて行かれました!」 「なんだって!?」 ハヤトが声をあげる。 「最初はなにがなんだかわからなくて対応が遅れたんですが、 どうやら召喚術の一種だったみたいで・・・!! 気が付いた時には・・・もう、は・・・そこから消えていました。」 大きく息を切らして、そう呟くを見て、トウヤは安心させるように肩に手を置く。 「大丈夫だよ、。・・・それで、連れて行かれたのはだけなんだね?」 「あ、はい。モナティとガウムは、今こっちに向かってます。 どう考えても歩幅が違ったんで、が先に来ました。」 「そう。じゃあ、ひとまず現場検証にでも行こうか?・・・ハヤトも来てくれるだろう?」 「ああ。俺も行くよ。」 ハヤトが頷いた時。再びトビラの開かれる音がして、数人の足音が部屋に響く。 少し急かしたように歩いてきたその足音は、リビングの前で止まり・・・ 「・・・がいなくなったらしいな。」 「ソル!キール!!」 入ってきたのは本を見に町へ出ていたソルとキール。 ・・・それにが置いてきた、モナティとガウムだった。 「外でモナティと会ってね。・・・大体の話は聞いたよ。」 「マ、マスター・・・やっと、追いつけましたの・・・」 「キュー・・・」 「おそらく、俺達が見た光がそれだったんだろ。 こっちの方から光っているのが見えたから、何事かと思って急いで帰ってきたんだ。」 「・・・それで、何かわかったかい?」 静かに問うトウヤの顔を見あげて、も視線をソルとキールへ移す。 この義兄弟は、少なくとも。このフラットの住人の中で、一番召喚術の知識に長けているはずだ。 列記としたリィンバウムの人間で、やトウヤと違って付け焼刃の知識でもない。 トウヤの視線を受けて、キールがゆっくりと頷いた。 それに、が過剰な反応を見せる。 「本当か!?」 「・・・あぁ。さっきソルとも話し合ったんだが、あれは多分・・・」 「――――――――――――― ・・・二重誓約ではないでしょうか?」 急に割り込んできた女性の声に、全員が声のした方向を振り返る。 「・・・クラレット姉さん。」 声の主は、ソルとキールの姉。クラレットだった。 誰に気付かれることなく、一体いつの間に入ってきたのかはわからないが。 「姉さんもあの光を見たのか?」 ソルの問いかけに、クラレットは笑みを絶やさずに頷いた。 「ええ。比較的遠距離からでしたけど、一番確率の高いものとして挙げるなら あの光は二重誓約に似ていたと思います。」 「やっぱり、姉さんもそう思いますか・・・。僕とソルも、その意見で一致していたところです。」 なにやら本人達にだけ通じているらしい、達の知らない単語。 会話から外されていたハヤトが、その疑問を口にした。 「・・・その、さっきから言ってる二重誓約ってなんなんだ? 俺、知らないんだけど。」 トウヤもそれに同意して見せ、 まだ完全に治まっていない動揺を隠し切れないまま、も同じように頷いた。 名も無き世界と呼ばれる第五世界から召喚されて来た達は この世界の文字を読むことは出来ない。 最初から、召喚術の作用で話す事は可能だったが文字の読み書きは出来ない。 これでも勉強して、随分読み書きが出来るようになったのだが やはり召喚術の専門書などとなると、そう易々と読めるものではないのだ。 だから主にソル、キール、クラレット・・・今はここにはいない、カシスを含めた4人から 口頭で教えられた知識だけが、達の召喚術の知識全て。 「そうか、そういえば教えてなかったな。」 「・・・あまり、普通に召喚術を実行するのには必要ないことだったからね。」 「では、私が説明しましょう。簡単に言えば、一度誓約をした上に新たな誓約を上書きしてしまうことで、 召喚主の死んでしまったはぐれや誓約の力の弱くなってしまった召喚獣などに起こる現象です。 けれど、どんな召喚獣が召喚されているかなんて把握しきれないことですから 個々を意識して二重誓約を行うことは、そうそう有り得ません。 ・・・それで皆さんにはお話しなかったのですが・・・」 お話しておけばよかったですね・・・ クラレットはそこまで口にはしなかったが、それは全員に伝わって。 「じゃ、じゃあ!モナティも召喚されてしまったかもしれないんですの!?」 「そうだね。可能性は十分ある。」 ビクビクとするモナティに、キールが平然と答えた。 「そんな術があったのか・・・」 が呆然と呟いて、床を虚ろに見つめる。 そんなを見て、トウヤは内心。・・・ハヤトは目に見えてを心配していた。 「・・・、元気出せよ。少なくともそれがなんだったのかわかったんだから少しは対応のしようがあるって!」 「・・・そう、だな。」 「ハヤトの言うとおりだよ。・・・僕達がここで落ち込んでいても始まらないだろう?」 「はい、会長。・・・頭では理解してるつもりなんですけど、いまいち実行出来なくて。」 周囲の気遣う眼差しに気付いたのか、はそう言って苦笑した。 自分が周りにそう見えるほど、ショックを隠せていないことに。 はその考えを吹き飛ばすように、クラレットに問いかける。 「・・・それで、は連れ戻せるのか?」 「はい。物理的には可能です。」 クラレットの言葉を、ソルとキールが引き継いだ。 「はあくまで召喚されたんだから、リィンバウムの何所かにいるはずなんだ。」 「けれどその為には、がどこにいるのかがわからないと・・・」 「連れ戻そうにも、連れ戻しようがない・・・ってこと?」 ハヤトの言葉に、クラレットが頷く。 「でもまぁ、反対に言うと。場所さえわかってしまえば、後は連れ戻すだけなんだけどな。」 励まそうとしているのかのほうを見て、 明るい口調でソルが言い、が薄く笑って応える。 けれど・・・ 「はうぅ・・・さん、悪い人に捕まってないといいですの・・・」 瞳を潤ませて、モナティが呟く。 タイミング悪ッ!? その場にいた全員が内心突っ込みをいれたが、モナティはそれに気付いた様子もない。 モナティのことだから。単に、思ったことをそのまま言ってしまっただけなのだろうが。 しかし、そんなみんなの杞憂も無駄に終わった。 「・・・ぷ。」 「「「ぷ・・・?」」」 俯いて、なにやら言葉を発したに注目が集まる。 それを気にする事もなく、は顔を上げると突然笑い出した。 「・・・あはは!・・・モナティは相変わらず、雰囲気読むのがヘタだな。」 「う、うにゅー?モナティ、何か変なこと言いましたのー?」 に笑われても、モナティはワケがわからないようで首を捻っていた。 その様子を見て、数人が安堵の息を漏らす。 トウヤはモナティの頭を撫でると、笑みを湛えて言った。 「大丈夫だよ、モナティ。は悪い人にそう簡単に、捕まってしまうような子じゃないから。」 それはモナティだけに言い聞かせているようではなくて・・・ はその言葉にハッとすると、ゆっくりと息を吐き出した。 「――――――――――― ・・・そうでしたね、会長。 には、何かあったときにも一人で生き抜けるように。 みんなで色々教えたんでした。・・・・・・忘れてましたよ。」 はトウヤに笑いかける。それはまだ普段よりもずっと頼りないものだったけれど トウヤは力強くそれに頷き返した。 「・・・じゃあ、当分の対策として、周囲を探索しつつ各地を旅をしている他の人達にも連絡を取っていこう。 それからだんだんと探索範囲を広くしていく。・・・これでいいかな?」 「ええ、それが妥当なのではないでしょうか?みなさんもそう思いますよね?」 「ああ。異議はないよ、姉さん。」 「そうだな。それにもしかしたら、が連絡手段を見つけて連絡してくるかもしれないし・・・」 そんなハヤトの言葉に対して。はポケットから出した自分の携帯をもてあそぶ。 「が携帯持ってれば話は早かったんだけどな。」 「そればっかりは仕方がないんじゃないか?。時の運だし。」 そう、を含むトウヤ、ハヤト、アヤ、ナツミの5人は 高校生の必需品とも言える携帯電話を持っていた。 けれど実際召喚されたときに、携帯を持っていたのはとトウヤとナツミの3人だ。 ハヤトいわく 『しょうがないだろ?私立はそういうとこ厳しいんだからさ。』 ・・・だそうで、持っている3人いわく。 『えー?だって普段から持ち歩いてなかったら意味ないじゃん?先生達には悪いけどさ。』 『は一度家帰った後だったし。』 (とか言いつつ、規則は破るものだと言って常日頃から持っている。) 『ははは。生徒会長は色々と忙しいんだよ。』 だそうである。 さすが公立。(←間違った解釈。) も持ってはいたらしいのだが、運の悪いことに召喚されたときには手元に無かったようで、 鞄の中にも服のポケットにも、携帯電話は入っていなかった。 そしてそれは何故か、リィンバウムにやってきても使用でき。 尚且つ充電池が減らないという、どうみても異常事態だったが・・・ 『異世界だから。』 の一言で済ませて、3人は便利に使っていたりする。 はそれをもう一度ポケットにしまい直すと、ちょっとだけ言い辛そうにトウヤを見上げた。 「・・・あー・・・すみません、会長。さっきは取り乱したりして。」 「いや・・・いいんだよ、。」 「はい。は死んだわけじゃないし、達が見つけてやればそれでいいんですもんね。」 「おいおい。サラリと物騒なこと言うなよ。」 苦笑しながら、ソルが言う。それに笑い返すと、はイスから立ち上がった。 「。どこ行くんだよ?」 どう見ても出口に向かって歩いているを、ハヤトが呼び止める。 するとは壁に手をかけて、背を向けたまま後ろを振り返って見せた。 「・・・いや。大分落ち着いたんだけど、まだ混乱してるから・・・ちょっくらその辺ぶらついて、頭冷やしてくるよ。 悪いけど、他のみんなが戻ってきたら話しといてくれるか?」 「・・・あぁ、それは構わないが・・・」 多少渋る仕草を見せたキールだったが、トウヤの声にそれは掻き消される。 「・・・いいよ。行っておいで、。」 そう言うトウヤの表情は、穏やかな笑顔だ。 「―――――――――――――― ・・・ありがとうございます、会長。」 「さっきまでは晴れていたんですけど、雲行きが怪しくなってきましたから 早めに帰ってきてくださいね。」 「あぁ。わかったよ、クラレット。・・・気をつける。」 パタン。 入ってきたときよりもずっと小さな音で戸を閉めて。は散歩に出かけていった。 ・・・誰かの溜息が、室内に響いた。 「さてと・・・みんなが戻ってくるまでどうするかな。」 「そのことなんだけれど・・・ソル、クラレット姉さん。 の魔力が探知出来ないか、試してみようと思うんだが・・・」 「・・・そうですね。やってみる価値は、あるかもしれません。 達、名も無き世界の人は、変わった魔力の波動をしていますから。」 「モナティもお手伝いするですの!さんを見つけるために頑張りますの!!」 「キューー!!」 寧ろ邪魔だ。(酷) なにやらあーだこーだと話し始めた4人(5人?)をよそに ハヤトは、イスに座りなおして新聞の続きを読み始めたトウヤに近づいていく。 何かいいたそうなハヤトに気付いたトウヤが新聞を読むのをやめ、顔を上げた。 「ん?どうかしたかい?ハヤト。」 まさか、新聞が読みたいとか!? いや、違うし。(汗) 「・・・そうじゃなくてのことなんだけど、一人で行かせて大丈夫だったのか?」 眉を顰めてそう問うと、トウヤはちょっとばかり意外そうな顔をして 「・・・なんだ。気が付いていたんだね、ハヤト。」 「そりゃあ・・・まぁ。」 「・・・大丈夫だよ。は強い子だから・・・ 僕達は、彼女が本当に倒れそうになったときだけ。手を貸してあげればいいんだよ。」 そう言っても納得していなさそうなハヤトの表情を見て、トウヤは内心苦笑する。 こんなときのハヤトは、そう簡単に引き下がってはくれない。 それこそどこぞのオプテュスのリーダーに負けないくらいに、 おもちゃを取られた子供みたいな、面白くないという顔をして喰らいついてくる。 トウヤにしてみれば、それが可笑しくて堪らなかった。 でも、今ここで自分が折れてしまえば、がわざわざ出て行った意味がなくなってしまうから。 「・・・それに、彼女はプライドが高いからね。今僕達が追いかけたら 逆に邪魔になってしまうんじゃないかな?」 落ち込む時間くらいあげたら? そこまでは・・・の為にも、決して口にはしなかったけれど。 ・・・そう言われてしまっては、ハヤトもを追いかけることは出来なかった。 トウヤはずるい。 そう、ハヤトは思う。 一見何もしていないように思えるのに 本当によくの習性を理解していて、あんなに懐かれている。 性格とか言えよ。by 「・・・わかったよ。」 そう返事をしながら、ハヤトはなんとなく思い出していた。 1年前に聞いた、彼女の呟きを。 それを、今。また別の意味で噛み締めて―――――――― ・・・ 『無力って、こんなに悔しいものなんだな・・・知らなかったよ。』 頬に、何かが触れた。 ・・・・・・降ってきたな、雨。 クラレットにああ言われたにもかかわらず、は呑気にそう思っていた。 寧ろ頭を冷やすには丁度いいくらいで、願ったり叶ったりだ。 最初は小降りでしかなかった雨も、だんだん本格的なものになる。 上着に雨が染み込んでいく。 上着の色が変色して、髪の毛が水気を吸ってペタリと顔に張り付いても ・・・はそのまま動かずにいた。 すぐ近くに、雨宿りできそうな場所はいくつもあるけれど。 今はその冷たさが心地よくて、雨に濡れているのも悪くはないと思った。 ・・・昔、わざとスプリンクラーから噴出している水の中へ走っていったことがある。 こまかく霧状に噴出す水がとても気持ちよくて、何度もその下を走った。 たまにびしょびしょに濡れてしまって、友達同士で苦笑いしたり。 ・・・・・・そんな、馬鹿なことをしてみたかった。 そのとき。がぼんやりと何処かを眺めたまま、立ち尽くしている場所から そう遠くない通りを、たまたま通りかかった人間が1人。 「・・・あ?アイツ・・・」 の後姿を視界に捉え、バノッサが呟く。 出先で雨に降られ、今までずっと雨宿りをしていたのだが ちょっと小雨になったので、今なら帰れるだろうと、雨よけの下から出てきたのだ。 普段なら、銃を乱射したりギャーギャー叫んだり とにかく、騒ぐことに関しての天才とも言うべき彼女が。 ・・・今日に限って何故か大人しい。 そもそも黙って雨に濡れるような女じゃねェ。 とはバノッサの弁。 以前なんか、バノッサのマントを奪い取り(寧ろ毟り取って)傘代わりにして行ったのだから。(酷) 確かにあの女は、朝は大人しい。(眠いから) 確かにあの女は、飯食ってるときは大人しい。(食べるのに夢中だから) だが、雨が降ってるときに大人しいのはおかしい・・・!! (オイコラマテ) 少しだけ、あくまで少しだけだと自分に言い聞かせて バノッサは近くにある廃屋の屋根の下で、を観察することにした。 (ある意味ストーキングキングですよ、バノっぴー。) あんだけ目立つ格好をした人が。雨が降る薄曇りの日に、ほとんど人気のない道に立っていたら いつものならば、その存在に気が付いたであろう。 (いわく、『奴が登場する時には重低音がする・・・!』らしい・笑) もう一度、けたたましい音をたてて雨が降り それがまた小雨になり ・・・また勢いが激しくなっても。 はそこから動く気配すら見せなかった。 呆然とその場に立ち尽くしている。 ずっとそんな様子のを見ていたバノッサは、なんだかだんだんイライラしてきた。 良くわからない。わからないけれどイライラする。 これだけ長い間雨に当たっていたら、上着なんて役に立たない。寧ろ体を冷やすだけ。 なにやってんだあの馬鹿!! 次に小雨になったとき。ついに我慢しきれなくなったバノッサは ズカズカとのほうへ向かって歩き出した。 ザッザッと盛大な音をたてて。それだけ存在感のある足音で近づいてこられたら いくらがぼうっとしていても。例え音楽を聴いていようとも、流石に気付くだろう。 予想通りには足音にハッとして後ろを振り返った。 それからそれが見知った顔だと知ると、また前を向きなおす。 その態度が、余計にバノッサをイライラとさせる。 誰がどう見ても、それは拒絶以外のなんでもないから。 「・・・オイ。」 「・・・・・・。」 返事がないことにバノッサは舌打ちをし、の正面にまわりこむ。 するとは、バノッサがそんな行動に出るとは思わなかったのか、 一瞬驚いた顔をして、それから眉を思いっきり顰め、視線を逸らした。 ―――――――――――――――― ・・・ッ可愛くねェッッ!! そう口にしたら、可愛くてたまるかと言われそうな言葉を内心毒づきながら。 バノッサは出来るだけ抑えた声で問いかける。 気を抜けば、なんでだか知らないが怒鳴ってしまいそうだったから。 「・・・こんなトコでなにしてんだ・・・?」 「・・・・・・雨に当たってた。」 「んなこたァ見りゃわかんだよッ!!」 「・・・じゃあ聞くなよ。」 一瞬だけ視線を交わして、プイッとまた逸らす。 ・・・瞳を見ようとしない。 それはバノッサが何を聞きたいのか、きちんと理解していて、答えようとしていないようで・・・ イライラする・・・!! 「なんにもすることがねェんなら、さっさとどっか行け。」 「してる。・・・雨に打たれてたいんだ・・・」 「んなことしてんじゃねェ!!さっさとどっか行きやがれッ!!」 「・・・なんでお前が怒るんだ・・・?」 「さっさとどっかに移動しろッ!!」 「答えになってな・・・」 「お前だってまともに答えてねェだろッ!!」 叫んで、ゼーハーと大きく息をする。 はそんなバノッサを見て、周囲を見回して。それから・・・ 「・・・いい。もう少しココにいるから。」 そう言って、首を横に振った。 ぷちん。 その一言で、バノッサの堪忍袋のなんとやらは(あったのか?)キレた。 急に足元にしゃがみこんだバノッサを、は不思議そうに見降ろす。 けれど次の瞬間!の視界は大きく揺らぎ・・・一転した。 さっきまでは空を見ていたのに、今見えるのは地面とバノッサの足。 が、自分がバノッサの肩に担ぎ上げられているのだと認識するのに それほど時間はかからなかった。 「・・・なにやってんだ?お前。」 「テメェがいつまで経っても動こうとしねェから実力行使だ。」 「・・・濡れるぞ?」 「うるせェ。お前は黙って運ばれてろ。」 「・・・っていうか痛いわくすぐったいわ・・・この状態でにどうしろって言うんだ?」 「我慢しろ。」 ものの言い方はさっきよりも数段静かだったが、それがまた別の。有無を言わせぬ迫力を持つ。 いつもギャアギャア喚いてばっかりのバノッサが、そんな風に話すとき・・・ ・・・なんとなく。はこれ以上逆らわない方がいい気がして、大人しく運ばれていくことにした。 そんな二人の後姿を、二人に気付かれることなく見ている影があった。 「あれ?・・・バノッサに担がれてるの、じゃないの?」 忍んでない忍び(酷)こと、あかなべの店員さん。アカネである。 彼女はフラットまで、シオンに言われて荷物を届けにいくところだった。 声を掛けようかとも思ったものの、バノッサの後姿からビンビン発されているのは超不機嫌オーラ。 アカネは、その場でうーんと考え事をしてから。 「・・・ま、いっか。」 そう言って関わらないことに決めると、フラットに向けて再び歩き出した。 しばらく痛かったり(鎧のとげとげで。)ムズ痒かったり(毛のふさふさで。)したのち。 が運搬されて(完全に荷物になってる!?)来たのは ・・・ここしかない、予想通りに北スラム。 珍獣を見るような扱いで、バノッサの手下に見られた後 (・・・というより好奇の視線だったのだが。) 1つの建物に入っていく・・・何度か北スラムに遊びに来ていたや バノッサを迎えに来たことがある、バノッサとカノンの住居地区だ。 バノッサが慣れた手つき(足つき?)で、行儀悪くドアを蹴り開ける。(蹴るなよ。) 「おい!今戻ったぞ。」 お前はどこの亭主だ。 (しかもまたえらく古風な。) 思わずはそう言いたくなった。が、それに応えて・・・ 「おかえりなさい、バノッサ――――――――――― ・・・さんとお姉さん。」 「・・・よ、カノン。数時間ぶり。」 可愛らしいエプロンをして、今まで食事の準備でもしていたのか 手を拭きながら玄関まで迎えにでてきたカノンに は未だバノッサに担がれた体勢のまま、手をあげて挨拶をした。 こいつら、夫婦か? 内心そうつっこむことも忘れずに。 どうしたんですか?めずらしいですね。しかもそんな格好で。 にこにこと笑みを浮かべているカノン。 口に出して言わなくとも、そう言いたいのだと見てわかる。 唐突に。バノッサは担いでいたをカノンに半ば押し付けるように手渡した。 カノンはわかっているとばかりに笑顔のまま 相変わらずの見かけによらない怪力で、をヒョイと受け取る。 「うわ。」 「カノン、ソイツ風呂につっこんどけ。」 「あ!おいバノッサ・・・!」 「はい、バノッサさん。」 それだけ言うとバノッサはの返事も待たずどこかへ行ってしまう(多分リビング。) うろたえた声を出すとは反対にカノンは慣れた動作でを持ち上げたまま、風呂場まで案内した。 いくらでもこれじゃあ・・・逃げるにも逃げれない。 「はい。ここですよお姉さん。 濡れてるものはポケットの中身を出して、こっちにおいてくださいね。 あ。それから悪いんですけど、ここでは女性物の下着は用意出来ませんから別にしてください。 タオルはその中にありますから・・・」 っていうか女物の下着を用意できた方が怖いだろ。 「・・・あ、いやそうじゃなくてな、カノン。」 「はい?」 「・・・なんでが風呂に入れられるんだ?」 「それはお姉さんが濡れてるからですよ?」 「あ、う・・・そうなんだけどそうじゃなくてだなぁ・・・」 「まぁいいじゃないですか。中で温まってきてください。後で着替え、持ってきますね。」 そう言ってカノンはドアを閉めてしまい、は強制的に脱衣所にしまわれることとなった。 仕方無しに服を脱ぎ、言われたとおりに置いておく。 きちんと下着だけは、タオルの中に巻いて隠しておいた。 (いや、なんか出しとくのもね。 by) が浴槽に入ったころ、脱衣所のほうから再びカノンの声が聞こえてきた。 多分、さっき着替えがどうのと言っていたからそのことだろう。そう推測する。 「お姉さん、ここに着替え置いておきますね。」 「ああ、わかった。」 カノンの手際の良さに、は本当に同い年か?と思いつつ。軽く返事をした。 「バノッサさんの服なんでちょっと大きいと思いますけど、我慢してくださいね。それじゃあ。」 バタン。 「・・・いや、それはさすがに大きすぎじゃないか?カノン・・・」 の呟きが、きれいに浴室に木霊した。 お湯に浸かると、自分の体が予想以上に冷え切っていたことに気付く。 案外、これは思っていた以上にありがたい提案だったようだ。 浴室には丁寧にシャンプーまで置いてあって、カノンの几帳面さが窺える。 男物だけど別にいいか。 と、はそれも拝借しておいた。 オプテュスの浴槽は、フラットものよりずっと広くて 多分、手下達はいっぺんに入浴を済ませるんだろう そんなことを思う。言ってしまえば銭湯か旅館の大浴場だ。 『凄く広いのですーーー!!』 苦笑する。 その口調まで、予想する事が出来た。 だったら間違いなくこう言って広い浴槽を泳ぐだろうと・・・ ・・・そうも思って。は一人、大きな溜息を吐いた。 そのころバノッサは、なんであんなにイライラしたのか、その理由を考えていた。 バノッサが不機嫌オーラを周囲に放っているので、手下達は誰も彼に近づけず コーヒーすら運んでいく事が出来ない。 けれどそこへ、カノンは臆せずに足を踏み入れた。実に慣れたものである。 「・・・バノッサさん。お姉さん、お風呂に入れてきました。」 「・・・そうか。」 素っ気無いバノッサの返事を聞くと、カノンは台所に行きバノッサと自分用にコーヒーをいれる。 初めて見る人は大抵が驚くが、普段カノンはブラックコーヒーを飲む。 女の子に間違われることも多い可愛らしい外見からは、やっぱり予想がつきにくいらしい。 まぁ、カノンは紅茶だろうがコーヒーだろうが 無糖だろうが加糖だろうがベタベタに甘いミルクティーだろうが平気なのだが(スゲェ) バノッサに合わせることで経費節約・・・なのだそうだ。 トン・・・とバノッサの目の前にカップを置くと、自分も近くのイスに腰掛けた。 「そうだ。僕の服じゃサイズが合わないかと思ったんで、バノッサさんの服借りましたから。」 誤解しないで欲しい。決してが太っているというわけではないのだ。 は女性にしては背の高い方で、はっきり言ってカノンよりも背が高い。 そうすると、必然的にバノッサの服の方が適切であって・・・ 大は小を兼ねる。 「・・・流石にデカイんじゃねェか?」 も同じような感想を漏らしているとは知らず、そう言うバノッサ。 知っていたら、絶対に同じ意見は言わないだろう。・・・逆も然り、だが。 小学生かお前らは。 カノンはそれに、やっぱり笑顔を崩さずに答えた。 「あ、やっぱりそう思います?」 でももう渡してきちゃいましたv 「――――――――――――― ・・・どうしたんですか?随分荒れてません? これじゃあみんな怖がって、近寄れませんよ?」 「・・・いいんだよ。」 「・・・お姉さん連れて来たことと、関係あるんですか?」 「・・・・・・。」 カノンのその一言に、バノッサは眉間に皺を寄せ、一瞬動きを止めた。 やっぱり・・・ 半ば予想していたことだったけれど、バノッサの態度を見たカノンは改めて納得した。 「・・・どうしてそんなふうに思う?」 突然そう問われて一瞬間抜けな声をあげてしまいそうになってから、 カノンはう〜んと唸って天井を仰ぎ見る。 上手く・・・上手く言葉を選んで・・・ 「バノッサさんがお姉さんをあんなふうに連れて帰ってくるなんて そうそうないですし・・・」 そんなの、初めて出会った時以来だ。 最も、あのとき彼女を担ぎ上げてきたのは自分だったけれども。 「それに、なんだかお姉さんの様子もおかしかったから。 ・・・大体、お姉さんが大人しくバノッサさんの言う事聞いてついてくるわけないでしょう? 完全にバノッサさんのペースでしたし。」 いつもは逆ですけどね。 「・・・そうか。」 それにもバノッサは、最初と変わらぬ返事を返しただけだった。 「・・・少しは落ち着きましたか?」 「・・・あぁ。お前の話聞いて思い出した。」 「??・・・何をです?」 「あの馬鹿と初めて会った時のことだ。」 「奇遇ですねバノッサさん。僕もさっき思い出してたところですよ。 ・・・あの日もこんな雨の日で・・・でも、あの時は。本当に無理矢理誘拐してきたんですよね。」 カノンが苦笑を漏らす。 そんな関係だった人間が、今こうして同じ場所で息をしているのだから 可笑しいと言ったらこれ以上可笑しいことはないんじゃないだろうか。 「・・・そうだったな。あの時も、アイツは濡れ鼠になってやがった。」 ・・・そう、だからだ。 あの日と重ねあわせる要因が、ありすぎたから。 びしょ濡れなのも、雨の中一人でいたのも、自分を拒絶するのも ・・・どこか虚ろな瞳も。 だから妙にイライラした。 アイツがあんなふうになってる時は・・・ 「あ、お姉さん。」 そう呟くカノンの声で、バノッサは弾かれるようにして我にかえった。 顔を上げると、そこには素足で大きめの靴の踵を踏んで歩く、の姿。 バノッサが着ても長めのデザインのYシャツは、彼女にはだぼだぼで、 サイズが合っていないのがひと目でわかる。 Yシャツ一枚で、ワンピース状態だ。 「あのさぁ、カノン・・・やっぱ、デカすぎだって。それから靴はこれ、カノンの?」 はそうぼやきながら、タオルで髪をバサバサと拭きつつ 当然のようにバノッサの向かいの席に座った。 「はい。服はバノッサさんのですけど靴は僕のですよ。 お姉さんの靴はぐしょぐしょでしたから、 いらない紙を丸めて詰めて、向こうに乾かしてありますよ。 確かに服は大きいですけど・・・でも僕の服じゃ短いでしょう?」 カノンはそう言いながら、多分の分の飲み物をいれに。台所へ去っていく。 「・・・そりゃ・・・そうかもな。」 そして主夫だな。 がそんな格好で登場したことと、バノッサの機嫌が多少緩和されたことから。 元々女気の乏しいオプテュスだ。バノッサの手下達も珍しいとばかりに集まってくる。 そんな集団の中に、は見知った顔を見かけたらしい。 振り返り、ヒラヒラと手を振ってみせる。 「よお。今朝はごくろーさん。」 商店街の真ん中で、に土下座をしてきた二人だ。 「あ、どうも。姉さん。」 オプテュスにはフラット以上に人がいるが、ほとんどいつもを呼びに来るのは彼等だった。 彼等も彼等で、に軽く頭を下げる。 がバノッサに対抗できる人物だという認識が、オプテュス内で広まったのか 最近はや、フラットの人間に対する応対も結構いい。 当のはこの状況を いやぁ、なんかジンガが増えたみたいだなぁ。 っていうか極道の女って感じか? などとリィンバウムの人間にはおよそ想像もつかないだろう言葉を口にし、楽しんでいたりする。 まぁ、バノッサと戦り合うの姿が恐ろしくて 誰もを疎かに扱えないのだという意見もあるが。 (寧ろこっちが有力。) バノッサはそんな手下との様子を見て、意識せずに舌打ちする。 更にそんなバノッサを見て、集まってきていた手下の顔色もサーッと蒼褪めた。 バノッサの背後ではカップを持って台所から戻って来たカノンが 『あーぁ。』と呑気に苦笑している。 バノッサはイスから立ち上がり、自分のつけているマントを乱暴に片手でブチッと外すと それを向かいに座っている目掛けて放り投げた。 「それでも羽織ってろ!馬鹿!!」 「うわッ!この馬鹿なにすんだ!?」 頭から覆いかぶさり、の視界を完全に遮ったそれ。 モゴモゴとお化けのようにもがくを尻目に、バノッサは周囲に睨みを利かせる。 とっとと失せろッ!! ガルル・・・とまるで縄張り争いをしているオス犬のようだなんて思いながら カノンはマントに絡まっている(!?)を救出してやった。 「はい、お姉さん。」 「あ、あぁ。助かった、カノン。」 そう言って、カノンによって再度手渡されたマントに大人しく丸まる。 「あ、これお姉さんの分ですから。」 カノンがに差し出したマグカップ。 その中身は、なみなみと入れられたホットミルクだ。 ・・・はどうしてオプテュスにくるとミルクを飲まされるんだ・・・(汗) ・・・コーヒーのほうがいいのに。 以前オプテュスに来た時にも。こうやってカノンにホットミルクを飲まされたことを思い出す。 疑問に思いつつも、カノンに笑顔で上手く言いくるめられる気がして、は反論しなかった。 そしてズズーっとホットミルクを啜っていると・・・ 「―――――――――――――――― ・・・で?」 不機嫌な声が、バノッサから発された。 「あ?」 見ると、もうバノッサは元の位置に座りなおしていて。 はマグカップを両手で持ったまま、そう問い返した。 (問い返してるんですか?) ポカンと間抜けな表情をしているに、バノッサが眉を吊り上げ怒鳴る。 「あ?・・・じゃねェだろうが!!」 は困った、というリアクションを取ると バノッサを刺激しないように、出来るだけ落ち着いた声を出し・・・ 「そうは言われてもな。っていうか、どっちかっていうとそれを言いたいのはこっちだろ。」 言葉は悪いが、これは元々のもの。 バノッサもそれはわかっているらしく、一瞬目を閉じるとドスンと背もたれに寄り掛かりなおした。 「――――――――――――――― ・・・なにがあったのかって聞いてんだよ。」 「・・・!」 が僅かに反応を見せる。それに便乗してカノンも口を開いた。 「・・・お姉さん、バノッサさんはお姉さんのこと心配して・・・」 「心配なんか誰がするかッ!!(焦)」 カノンの言葉をバノッサが大声を出して遮り、なにやら言い争っていたが 渦中の本人にはそんなもの、耳に届いていなかった。 まだ自分は何かあったような行動をしているのか? のことに関して。自身は、もう自分の中で決着をつけたつもりだった。 いくら後悔したって、時間が戻るわけでも、が帰ってくるわけでもないから。 ―――――――――――――――― それなのに・・・ 「・・・・・・・。」 二人が争っていても全然それを気にも留めてない ・・・というより考え込んで気づいてもいなさそうなの様子に、カノンとバノッサは顔を見合わせ どちらからともなく言い争うのをやめた。 既にその態度が何かあったと言っているようなものなのに それに気付いていないのだ、は。 「でもお姉さん、どうしたんですか?今日は本当におかしいですよ。 バノッサさんじゃなくても、何かあったってことぐらいわかります。」 カノンにそう言われて、は目を丸くしてカノンを見た後。少し苦笑を漏らした。 「・・・そうか・・・」 「・・・だいたい。テメェがあーやってるときは、しょげてるって決まってんだよ。」 バノッサにまでそう言われ、は・・・笑うしかなかった。 また他人に心配をかけてしまっている。・・・それが嫌でフラットを出てきたのに。 「・・・はは。そうやってみんなが言うから出てきたのに・・・これじゃ意味、ないな。」 トウヤはまだしも。ハヤトやソル、キールにクラレットも。 痛々しそうに自分を見ていた。こちらを気遣っているのがわかる。 そんなふうな瞳で見なくても平気だと、言いたくても言い切ることは出来なくて。 「そうだな。お前達にも、そのうちわかることだしな。」 「俺達にも?」 はそれに頷いてみせ・・・ あれをもう一度、自分の口から話すのは。・・・かなり、嫌なことではあったけど。 「―――――――――――――― ・・・がいなくなった。」 「「は?」」 |
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戯言。 今回、あまりに長くなったので分割しました。 スクロールバー、ただでさえ小さいのに更に読みづらくなると思って。 携帯電話、出しました(笑) なんか好きみたいですね、こういうアイテム。 ハヤトとアヤが私立で、トウヤとナツミが公立っていうのは適当です。 任那が見た感じ、そんなふうな気がしただけです。 他にも二重誓約の説明とか、 勝手に作って解説してるとこは多々ありますが、そこはご愛嬌。(笑) |