今何が起こってる? どうしてこうなった?何を、何処で間違えて・・・? 答えるもののない空間に、そんなどうしようもない疑問を投げかける。 ・・・それに答えるのは、無情に時を刻む時計の音と そんな彼女の心境を見透かしたかのように地上を照らす月だけ・・・。 でも誰も。いまこの村を襲撃している者達でさえ気付いていない。 この悲鳴と恐怖と悲しみの中で、歓喜の声をあげる、黒い影があることを・・・。 そしてこれが全ての始まりであり、ここで憎しみが生まれることですら―――――― ・・・ 影の手の上で踊る、操り人形に過ぎないことを・・・誰も。 〓 第7話 そして、沈黙が訪れる 〓 みんなが部屋を出て行ってから、どれくらいの時間が経ったのだろう。 ただひたすらに全身の神経を研ぎ澄ませていると そのうちどれくらい時間が経ったのか、そんなことも解らなくなってくる。 室内は夕食のときと打って変わって静まり返っていて・・・静か過ぎて耳が痛い。 明かりも付けずに1人膝を抱えるにとってこの静けさは、正直とても心細いものだった。 昼間、1人で歩いていた時の心細さを思い出させる。 綺麗だと思っていた月明かりは、不気味に辺りを照らし 心地よいと感じていた風は、外から生暖かい空気を運んできている。 周りにある何もかもが。木が、水が、風が・・・。 全てがこっそりと息を潜めて、闇の中からこちらの様子を窺ってている・・・生き物のような気までしてきた。 今にも、自分目掛けて襲い掛かってきそうな・・・・・そんな感じがして、恐い。 は声も出さずにいた。呼吸すらも、出来る限り顰めて・・・。 ・・・とても。とても嫌な感じが、心臓の辺りに纏わり付いて離れない。 それは息を潜めて隠れているからだけではなくて・・・。妙にそわそわして、落ち着かない感覚。 はなんとなく、以前にも同じような焦燥感を感じたことがあるような・・・。 ・・・そんな既視感に襲われた。 ・・・なんだろう、なんでだろう?は、こんなところで蹲ってちゃいけない気がする。 「・・・アメルの・・・ところへ行かなくちゃ・・・」 渇いた喉から、ポツリと言葉が漏れる。 ずっと口を閉ざしていたせいか、他人のもののように聞こえてきた自分の声は、酷く掠れていた。 「でも・・・」 が行っても役立たずだ。だからこそ、こうして残ったんじゃないか。 そう思う気持ちとは裏腹に、自分の中の何かが、“早く早く。急げ急げ・・・”と、を急かす。 そんな葛藤を何度か繰り返していると、外からカシャン・・・と、金属のぶつかり合う音が聞こえて。 ハッ!としたは咄嗟に姿勢を低くして、窓から外の様子を覗き見る。 ・・・すると家からほんの数歩のところに人が1人、うつ伏せに倒れていた。 薄暗くて良くは見えなかったけれど、何か赤黒いものが 身に付けている鎧の中からドロドロと溢れ出してきているのが見えた。 ―――――――――――― ・・・血だ。 そう思ったとき、知らずの足は動いていた。 今まで息を殺していたのも忘れて、大急ぎで扉を開けると、倒れている人の所まで大急ぎで駆け寄る。 そのときは・・・軽率だとか、危険だとか。・・・そんなことはすっかり頭から抜け落ちていて。 ただ、目の前に怪我人がいるということだけしか、考えられていなかった。 「大丈夫なのですか・・・ッ!?」 そう声をかけてみるが反応はない。きっと、村を訪れていた冒険者かなにかだろう。 必死に抵抗したらしく、気を失っても強く握っている剣は 重量のある武器を受け止めたのか、数箇所に亘って刃毀れがしていた。 血と金属の混ざり合った匂いが鼻をつく。鎧で外傷は見えないが、 これだけ血の匂いがすることから考えてもかなりの量、出血しているのだろう。 鮮血が湧水のように。次々に溢れ出てくるのを手に感じる・・・それがなによりもの証拠だ。 深刻なキズ。致命傷だ。 自分の身につけている服を裂いて使えば、止血ぐらいは出来るだろう。 けれど止血をしたところで、助かるようなキズでは到底なさそうで・・・ 多分、命が流れ出るのを多少足止め出来る程度だ。 手当てをする道具も、サモナイト石も無い今のには、それ以上手当ての仕様がない。 「・・・こんなことなら・・・っリプシーぐらい、持ってれば良かったのですッ!!」 自分に対する憤りを感じるのは、今日これで何度目だろうか。 強く握り締めた手に、赤く爪のくい込んだ痕が残る。 「には、見てることしか出来ないのですかッ!? 石1つ無かったら、何も・・・・・・出来ないのッ!?」 戦うことも護ることも出来ないで、ただ置いて行かれるだけなのに。 ・・・それなのに、目の前の人を助けることすらも出来ない? ナツミや、ハヤト達から聞いた昔話。 昔話と言っても、そんなに昔のことではなかったのだけれども。 自分の力の無さを知り、それに泣いた日もあったと話してくれた彼等。 聞いたときはただの傍観者でしかなかったから、辛かっただろうと ただ簡単に、そう思うだけだった。 でも、自分がそれを知る立場に立たされた今。 それがどれだけ苦しくて・・・そして哀しいものなのかを知る。 だからみんなはに、 何かを成し遂げられるだけの力を与えてくれようとしていたのだと今更ながらに理解した。 理解したような気になっていたけれど、 あのときのの感情は、ただの自己満足のものでしかなかったんだ。 ・・・だって今までこんな感情知らなかったし、それに・・・ イマ、トテモクルシイ。 「―――――――――――― ・・・お願い・・・死なないで・・・」 願うことしか出来なくて。でも冷たく切り捨てたくも、諦めたくもなくて。 ダラリとたれた、握っても握り返してこない冷たい手を、強く握り締めて呟いた。 に・・・アメルみたいな。誰かを救える、そんな力があったら・・・ そうしたら助けてあげられたのに。そう、思ったとき。 「な、なんなのですかッ!?」 握った手の中から、光が漏れる。 だんだん大きくなるその光に必要以上に驚いて、はぎゅっと瞳を瞑った。 けれどその光はすぐに治まり、は恐る恐る瞳を開く。 「・・・出血が・・・止まった・・・?」 一体、目の前で何が起きたのか。それすら理解出来なかった。 さっきの光は、なんだったのだろう?自分が使ったのだろうか? そんな疑問もあったけれど、それよりも。 ・・・何故かは解らないけれど、先程まであんなに流れ出ていた血が それこそまさにピタリと、完全に止まっている事実。 さっきの光・・・ 確証はないが、それぐらいしか考えられなかった。 他に、何か傷口を塞ぐようながあったわけではないし。 一瞬召喚術かとも思ったが、今自分は治療に使えるようなサモナイト石は持っていないわけで。 そこではあ!と思う。 以前、キール達が、召喚術以外にも 魔力をそのまま何らかの意思在る力として具現化することも出来る・・・と。 そう言っていたのを思い出したのだ。 なんでも。アヤ達は、そういう力を使ったことがあるのだとか。 ・・・理論的にはまだ解明されていない事例で、 召喚術のエキスパートであるキール達でも、やるのはとんでもなく難しいとのこと。 そんなことを自分が出来るとも思えないのだが、第5世界の人間だから、不確定要素が多い事も事実。 実際、へっぽことは言え。 はキール達には出来ない、全属性の召喚をやってのけてしまっている。 ――――――――――― ・・・とまぁ、考えれば考えるほど謎だらけではあるが 怪我人も呻く事もなく、出血が多かったせいで気を失っているだけのようだったので。 これなら、みんなが帰ってきてから治療して貰っても大丈夫なのですね。 そう結論着き、不可解ではあるが命を助けることが出来たことと 自分の願いがただの無駄にはならなかったことに、はほっと胸を撫で下ろしていた・・・ ガサッ けれど突然、背後から聞こえてきた草木を掻き分ける音に、は反射的に振り返る。 「――――――――――― ッ!?」 「・・・なるほど、それが噂に聞く癒しの術か・・・」 煌々と燃え盛る火の明かりも届かない。 暗い、暗い森の奥から現れたその声の主は、白い肌に対照的な黒いロングコートを着て。 ・・・そして透けるような金色の髪をしていた。 戦うことなど不向きに思える華奢な体格だったが 手には使い慣れた雰囲気のある、人を殺せる道具が、なんの躊躇いもなく握られていて。 ・・・その細身の槍は炎を照り返して不気味な鈍い光を放っていた。 ただでさえ明かりの無い暗闇の中で。 色が黒いのも手伝ってとても解り辛いが、コートには“何か”のシミが複数染み付いている。 ・・・なのにそれにすら嫌悪感を抱いた様子がない。 これだけでも、相手がどれだけ戦い慣れしているかが窺える。 コクリと唾を飲み込み。 は突如現れた見覚えのない人物に、警戒を怠らず声をかけた。 「―――――――――― ・・・誰なのですか?」 低く、獣が呻くような声を出す。 相手が誰なのか、なんの目的でこの村にいるのか。 一応尋ねてはみるけれど、だいたいの検討は付いているから。 ・・・恐らく、この人は村を襲撃した張本人の1人なのだろう。 心臓が。辺りに響きそうなくらい大きな音をさせて、ドキドキと脈を打つ。 はきっと、ずっと避け続けていた・・・いや、目にかかる機会もなかった“戦場”とやらに ―――――――――― ・・・今、いるのだろうから。 怯えが声に出てしまったら、虚勢にもならないと思ったが 思った以上に落ち着いた声が出ていたので、少しだけ安心する。 ・・・けれど、相手はの質問に答える気は、サラサラないようだ。 微笑すら浮かべて、嘲笑うかのようにこちらを見る。 「・・・まさか、あれだけの包囲網の中で、こんな村外れまで逃げてきているとは思わなかったよ。」 このヤロウ、シカトですか・・・(怒) ・・・そう内心罵りながらも、相手の言葉の意味を考える。 少しでも。この前も見えない状況の中で、情報が欲しい。 逃げてきている・・・?一体誰が?・・・・・・が? あまりに手際が良すぎるからどこかの軍隊じゃないか、と。出て行く前にフォルテが言っていた。 そんな人達が、ただの冒険者風情であるを狙うなんて。 ・・・まして、今日この村やってくるかどうかも解らない人間を殺そうなんて、思わない筈だ。 ・・・まぁ、スパイとか諜報員がいれば別だが そんな在り得ない可能性はこの際、一切省いておくとして・・・。 ただでさえ、自分が置かれているこの現状すらも 未知の要因が重なり合って出来た、奇跡のようなものなのだから。 「・・・???」 眉を顰めるを無視して、相手は言葉を続ける。 多分。優位に立った者が、それを知らしめる為に行うただの自己満足。 「必死に治療した所生憎なんだが・・・君が助けたのは我らの仲間でね。 ・・・ありがとう。一応、礼は言っておくよ。・・・聖女サマ。」 『聖女サマ』 その言葉だけで、予想を確信に変えるには十分で。 ・・・やっぱり、この襲撃はアメルを狙って行われたのだ。 当たって欲しくない予感が当たってしまったことをは知る。 けれど一体どういうワケだろうか。 ・・・あの言い方からして。どうやら、をアメルと勘違いしているようなのだ。 聖女の象徴とも言える癒しの術が放つあの光に・・・ 先程の光は間違われたのだろうか? ・・・確かに、あの光はアメルの使った力に似ていたし 結果として、ここに倒れている人の傷は癒えたのだから。 “アレ”を癒しの術と称しても、過言ではないのかもしれないけれど。 この人は、あの光をが使ったと言うの? 自分でも、使ったのかどうか解らないあの光を・・・? 今まで。は召喚術は使えても、召喚術とは異質な、あんな光を使ったことは勿論無い。 わけのわからないことが多すぎて、思考回路が焼き焦げそうだった。 ・・・ただ幸いだったことと言えば、結果として敵を助けてしまったことが には別段ショックでもなかったコトぐらい。 確かに、冒険者の1人かと、勝手な勘違いはしていたけれど 目の前で消えていく命を、ただ見過ごしたくないだけだったから。 敵だから、味方だから。・・・誰だから助けた、とか。そんなんじゃなくて。 ただ、見ていられなかった。 何か考えるよりも先に、条件反射のように体が動いてしまっただけだったから。 例え自分がやったのではなくても。 ・・・目の前で死を見るのは、怖い・・・のだと思う。 それは、が死を目の当たりにしてこなかった人間だから。 死なんて、ゲームや漫画・・・それかTV越しに伝わる情報でしか知らない。 が知っているせいぜいの死は、病院の潔癖な白の中で眠る ・・・そんな・・・。前は思いもしなかったけれど、“キレイ”な死だけで。 リィンバウムにあるような血生臭い死には、遭遇した事もなかったから。 ・・・かなり態度はすかしてていけ好かないけれど。 ペラペラといらないことを話してくれたこの人のお陰で は、の知り得なかった情報をいくつか手に入れる事が出来た。 まず、ヤツラはアメルの顔を知らない。 そんなに顔が似ているわけでもないを、あの光だけで聖女と間違えるのだから ヤツラはまだ、アメルの顔を知らないということだろう。 ならば今、ここで・・・。 が上手く逃げだせば、かなりヤツラの動きを撹乱出来るということだ。 そうすれば当然その分、アメルが無事に逃げられる確率は高くなる。 確かにお世話にはなったけれど、今日会ったばかりの人だ。 ・・・そう言われてしまえばそれまでだけれど、何故か必死にならずにはいられない。 自分自身でも、どうしてそんなに必死なのか解らない。 ・・・本当に。今日は訳の解らないことだらけだ。 でも、そんな解らないことだらけの中で、たった1つだけ。 ―――――――――――― ・・・今のにも、解ることがあった。 ・・・は、何があってもアメルを見捨てられないんだ・・・!! キッ!と視線を鋭くすると、のその態度が気に喰わなかったのか 槍を持ったその人は、目に見えてむっとした表情をした。 そうして、ゆっくりとこちらに一歩踏み出す。 逃げることは簡単だ。問題は、怪我人を連れてどこまで逃げられるかだったのだから。 その怪我人が向こうの仲間だと解った以上。 彼をこの場に置いて逃げても、彼が助かることは確実だ。 目の前にいる人間がかなりの実力者であることだけは、対峙しただけで良く解っている。 その辺にいる荒くれ者達とは違って、悠々としているように見えて、でもそれでも隙が生じない。 ・・・けれど1人でなら、どうにかそれを振り切って逃げられるだろう。 少なくとも、試すだけの価値はある作戦だ。 ・・・そう思って、どこか油断していたのかもしれない。 自分の力を過剰評価していたのかな? この時のは、忍び寄るもう1つの影に気付かなかったのだから。 バン! 「――――――――――― ッッ!!」 聞き慣れた銃声の音と右足首に走った激痛に、は思わずしゃがみこむ。 ズキズキと痛む足からは、血が流れ出ていて・・・ 「・・・いおす。」 ノイズの混じった、独特の声。 そこではやっと、自分の置かれている状況を理解した。 こんな暗がりで、しかもそこいら中から煙が立ち昇っていて、視界はとてつもなく悪いこの場所で。 相手に気付かれない程離れた距離から、・・・器用に足に弾を当てるなんて。 そうそう出来るものではない・・・が、機械兵士ならば話は別だ。 彼等機械兵士なら、この暗闇の中でも、視界の悪い中でも。 センサーでものを視ることも可能なのだろう。 目の前に姿を現した人物が余裕綽々だったのも、 傍に仲間がいると解っていたからだったのだ。 ・・・どうやらこんな所でも、経験の差というものは出てしまうらしい。 そう、少し霞がかった思考で考えた。 「ゼルフィルドか・・・」 仲間の存在に気が付いていたことを裏付けるように、淡々とした声で口にした。 ・・・それが彼の、この機械兵士の名前らしい。 「・・・ソノ娘ガ、標的ノ聖女カ?」 「そのようだ。治癒の術を使っているところを見たからな。 ・・・あれは召喚術の光ではない。」 アメルとを間違えているという確信を、更に深くして。 ・・・・・・無理だろうとは思いながらも、撃たれた右足に力を籠める。 「・・・くぅッ・・・!!」 けれど、力を入れれば入れるほど、血が勢い良く流れ出るだけ。 ・・・こんな足では立つことはおろか、この連中から逃げ出すことなど夢のまた夢。 ザク、ザク・・・ 酸素が足りなくなってきたのか、あるいは極度の緊張状態が続いていたからか・・・ それとも血が流れ出たから?・・・きっと、全部だろう。 砂を蹴って近づいてくる足音がだんだんと遠のき、視界が揺らぐ。 体を支える足に、力が入らない・・・ ・・・は、ここで殺されるの・・・? ・・・自分の中にある心臓の音が、やたら大きく聞こえる。 飛行機で急に高い所まで上昇した時のように、音が遠くに聞こえて 自分が世界から隔離されたような錯覚を起こす。 時間が長い。一歩一歩、ヤツラがこっちに近づいて・・・ 槍の先端が炎を反射してキラリと光ったのが、歪んだ視界に・・・ ――――――――― ・・・けれどヤケにくっきりと、映し出された。 「――――――――――――― ・・・ッッ!!」 恐怖に体が竦む。その冷たい金属の光に背筋はゾッとして ・・・凍えてしまいそうなくらい寒いのに、体が震えるのに。何故か・・・ 熱い。 まるで高熱でも出たかのように、体の奥が熱い。 それともは、周りの木々のように燃えている? 常に体の中心にマグマを抱えている地球は、こんな気分なのだろうか・・・? そんなことを思ったところから、の記憶は途絶えている。 ユラリ、と。彼女の体から、白くぼんやりとした光が立ち上る。 「・・・なんだッ!?」 得体の知れない術を使う気なのかもしれない。そう思ったイオスが叫ぶ。 別段驚くでもなくその光景を見ていたゼルフィルドが、その瞳を電光色に光らせた。 「・・・魔力ノ渦ダ・・・。魔力ガ、目ニ見エル程ノ密度デ収束シテイル。」 「なッ・・・!あれが、魔力だって!?」 「・・・まだ、よ・・・」 彼女の呟きが、轟音の中微かに聞こえる。 彼女を中心に巻き起こっている風が、煙を吹き飛ばして辺りの視界を良くしていた。 「まだ死ねない・・・まだ、死にたくはないッ!! ―――――――――― ・・・には、まだやることが残っているのだからッッ!」 それは彼女の声であって、彼女の声ではないようで・・・ 「いおす、危険ダ!コノママココニイテハ、何ガ起コルカ解ラナイ・・・!」 「・・・ぁぁああああああッッ!!!」 ゼルフィルドがそう言った途端。彼女の咆哮と共に、閃光が辺りを白く染め上げた。 「――――――――――― ・・・クッ!!」 反射的に瞳を閉じる。けれど瞼を閉じても解る、強い光。 腕で顔を覆い、光を遮った。それでもまだ、光の存在が腕越しに視覚に訴えかける。 瞳を開けたままだったら、瞳は完全にやられていただろう。 ・・・しばらくして光が消えていくのを感じ、そっと。恐る恐る、瞳を開けた。 「―――――――――― ・・・なっ!?これは・・・!?」 ・・・視界に飛び込んできたのは、銀色。 目の前には、自分の身長なんかよりも何倍も大きい、神秘的な銀色の光を放つドラゴンの姿があった。 ・・・その足元に、捕獲目標の彼女が倒れていた。 ・・・どうやら気を失っているようで・・・。 ―――――――――― ・・・いや、ドラゴンと称するのは不適切だろう。 イオスは以前このドラゴンを、分厚い本で見たことがある・・・ 「さぷれすノ、高位召喚術ダ・・・」 その答えを、今度こそイオスは呟いた。 「・・・レヴァティーンだと・・・!?聖女が召喚したのかっ!?」 「・・・ソウトシカ、考エラレナイ・・・」 イオスが槍を構えるのも忘れてレヴァティーンに見惚れていると、静かな。 ・・・地の底から湧き出てくるような、そんな声が聞こえた。 “我が召喚主の生命を脅かす存在は・・・貴公か?” 「ッ!?喋った・・・」 思わず声に出してしまったが、向こうにとってイオスは、取るに足らない存在だったらしい。 何を気にする様子もなく、続けた。 “・・・我は召喚主の生命の危機を察知し、守護する為に現れた・・・ 召喚主の命を奪おうとするのならば、我は貴公を滅するのみ・・・“ ゴクン。 決してただの脅しなんかではないその一言に、イオスは知らず息を呑む。 ・・・彼には、イオスを簡単に。 それこそ殺すのではなく、消滅させてしまうほどの力を有しているのだ。 けれど次の瞬間にはハッ!と我に返り、戦意が無いことを伝える為に槍を捨て 大きな翼を持つ、レヴァティーンを見上げた。 あの人の為にも、自分は任務を無事遂行しなければならないのだから・・・ 数回、自分を落ち着かせる為の深呼吸を繰り返して・・・ 「・・・彼女を殺すつもりはない。ただ・・・しばらくの間、我らに同行して貰いたいだけだ!」 そう叫ぶと、レヴァティーンは考えるように翼を数回羽ばたかせる。 “良いだろう。・・・貴公のその言葉を信じよう・・・” 「・・・そうか。」 “だが・・・” ほっと一安心したイオスだったが、その言葉に。再度緊張が走った。 “貴公がその言葉を違える時、我は貴公に仇為す存在になる。 ・・・そのことを決して忘れるな。” が気を失って倒れた頃。一方のマグナ達は炎で出来た檻の中で 今回の襲撃の指揮を執っていた人物と対峙していた―――――――― ・・・ 「ロッカ!リューグ!少しだけ時間を稼いで!その間にあたし達が、召喚術で援護するわ!!」 「わかりましたっ!!」 「長くはもたねぇぞッ!急げ!!」 「マグナとネスは2人の援護を!あたしが2人の治療をするからっ!!」 「解った!」 「いいか?集中を途切れさせるなよ、マグナ!!今失敗したら、どうにもならないぞ!」 「解ってるって!!」 そう声を掛け合って、三者三様の呪文を詠唱し始める。 それぞれの石が持ち主の魔力に反応して、淡く、ぼんやりと。紫、赤、青の光を放ち始めた。 トリスの持っている石が、一際輝きを増す。 詠唱が完成したのだ。そうして、傷を癒す能力のあるリプシーを呼び出そうとしたが・・・ カッ!! 突然辺りを照らした光。自分の足元まで、くっきりと映し出すその光量。 「な、なにっ!?ネス!どうなってるのッ!?」 「この光は・・・召喚術だとッ!?」 炎の照り返しとも違う、召喚術の眩しく青白い光。 ・・・けれどそれは、自分の掌から発されたものではない。 驚き、集中を欠いてしまったトリスの召喚術は、発動する寸前に掻き消え ・・・今はゆっくりと、その魔力はバラバラに散っていっている。 思わずトリスも驚き、見惚れてしまう。もっともっと大きい・・・高位の術の光だ。 まるで、空から月が降りてきたかのような・・・・・・。 その光を肌に感じて、数回の剣戟の後。 ロッカとリューグ、そして特徴的な黒い鎧を身に纏った騎士は お互いの攻撃を弾き返して、距離を取る。 ・・・とは言っても、こちらはリューグとロッカ2人がかりだと言うのに 向こうは1人でそれと対等・・・いや、それ以上に渡り合っている。 一見力の推し量りあいに見えるそれも、明らかにこちらの方が不利だった。 「・・・・・・。」 黒騎士が無言で。村外れに出現した召喚獣に目を向ける。 竜が現れた現場からはかなり離れていようだが 帆船よりも何倍も大きい銀色の竜の姿は、ここからでもはっきりと見て取れた。 「・・・あれは・・・レヴァティーンじゃねェかッ!?」 「レヴァティーンが・・・どうして、こんなところに・・・」 同じ霊界に属するバルレルが、驚愕の声をあげた。 マグナも実際には初めて目にする、銀色の光を放つ大きな竜を見上げる。 「なんて大きさなの・・・?」 「今あんな高位の術を使われたら、ひとたまりもないぞ!」 あまりの迫力に呆然と魅入る仲間とは対照的に、ネスティが警告を発し。 その声に弾かれるように、トリスは眼つきを鋭くして周囲を見回した。 何時、何処から姿を現すか解らない、召喚士を探す為に。 ・・・けれど、いくら待っても。 召喚士らしき姿が出てくる気配は感じられない。 何処に潜んでいるのかと焦るトリスの様子を眺めていた黒騎士が 兜の下からくぐもった声を発した。 「・・・その様子からすると、貴様等の隠し球・・・というわけでもなさそうだな。」 「・・・なんだって?おまえらが喚んだんじゃねぇのかよ?」 黒騎士の言葉に、フォルテが訝しげな顔をする。 厳しい表情を崩さずに、トリスが黒騎士を見据えたその直後。 光を放っていたレヴァティーンの身体は、足元からだんだんと薄れていき 仕舞いには霧のように、その姿は霧散してしまう。 「消え・・・た・・・?」 「・・・・・・いいえ、違います。元の世界に還ったんです・・・」 ・・・そう言うレシィの眼差しは、羨望の眼差しのようにも見えた。 「・・・・・・。」 黒騎士はいつ襲い掛かってこられても大丈夫なように、剣を収めぬまま しばらくレヴァティーンの消えていった方向を見つめていた。 その黒騎士の背後にある林から、闇に紛れて1人の兵士が現れる。 「・・・何事だ。」 黒騎士はそう短く呟き、用件を促す。 ・・・勿論、その時でさえも視線はアメルから逸らされない。 アメルは兜の奥から、じっとこちらを見ている黒騎士の視線から逃れるように 武器を構えたトリスとマグナの背中に隠れた。 すると兵士は膝を付いて黒騎士に敬意を表し、はっきりと通る声で告げる。 「申し上げます!特務隊長より、聖女を捕獲したとの報告が入りました!」 「・・・・・・なに?」 「――――――――――― ・・・え?」 これには黒騎士も多少なりとも動揺したようで、珍しく声調が変わる。 アメルに至っては、目を見開いて呆然としていた。 けれど黒騎士はすぐに冷静さを取り戻すと、相変わらず意図の読めない声で静かに呟く。 「・・・聖女ならば、ここにいるが?」 すると今度焦ったのは報告に来た兵士の方で、明らかにうろたえた声を出す。 「え?し、しかし、年も17,8の少女で、髪や瞳の色などの容姿も情報と合致しますし・・・ 召喚術とは異なる、治癒の術を使う現場も目撃されたとのことなのですが・・・」 「――――――――――― ・・・先程の召喚術は?」 「はっ!報告によれば、その少女が召喚したと・・・」 「年頃が同じで・・・髪の毛の色も、アメルと同じ・・・??」 そう繰り返して、トリスが眉を顰め首を傾げた。 「・・・おねえちゃんだ・・・」 「・・・ハサハ・・・?」 ハサハがレヴァティーンの現れた方向を見つめ、ポツリと呟いた。 マグナはハサハの言葉の意味をいまいち理解出来ずに聞き返したが その一言で、ネスティは何かに気が付いたらしい。 ハサハと同じように、レヴァティーンが現れた方向をもう1度振り返った。 ――――――――――― ・・・そして愕然とする。 「―――――――――――― ・・・ま、さかっ・・・!?」 「ネ、ネス!?どうしたんだ!?」 「ネスティ?」 今にも崩れ落ちてしまいそうな、・・・・・・掠れたネスティの声に。 ただ事ではないと、マグナとケイナがネスティを見る。 でもこの時は、マグナもケイナも。ただネスティの様子に驚き、訝しむだけだった。 ――――――――――― このときまでは。 「まさか・・・・・・!?」 「「ッ!?」」 その名前に、リューグとロッカも僅かにだが反応を示した。 「・・・方向も・・・あってやがるしな。」 「・・・召喚術ガ発動シタ地点トノ距離モ、ホボ合ッテイマス。」 既にそうだと確信していたのか、バルレルが抑制のある声でネスティの意見を肯定し レオルドも、方角と距離からほぼ間違いないと呟いた。 すぐさまそれに反論を返したのは、トリス。 「・・・な、何言ってるのよ3人共!悪い冗談は止めてよッ!! 第一、がレヴァティーンを喚べるわけ・・・」 「・・・っ喚べるんだッ!!」 「ッ!?」 「君達だって覚えているだろう!?彼女が首から提げていたサモナイト石のことを!!」 ・・・トリスの背中を悪寒が走った。 「―――――――――――― ・・・え・・・?」 思わず手の力が抜け、手にしていた短剣を滑り落としそうになる。 慌ててぎゅっと短剣を握りなおすと、滲み出てきた冷や汗でぬるり、と嫌な感触がした。 ・・・忘れもしない、あのキレイな紫色の石。 「・・・嘘だろ・・・?ネス・・・もしかして、あの石・・・」 嘘だと言って欲しい。 ・・・そんなマグナの願いに気付きながらも、ネスティは自分達が向かっている 最悪の状況を告げようとしていた・・・ ――――――――――――― ・・・もしその通りなら。 いつかは誰かが告げなければいけないのだから。 それなら、彼らではなく・・・僕が。 「―――――――――――― ・・・そうだ。彼女が持っていた石は・・・ レヴァティーンと誓約を交わしたものだ。」 「うそ・・・!?」 こんな時にあの兄弟子が、嘘をつく筈がないと解ってはいるけれど。 それでもトリスは、そう言わずにはいられず・・・。自分の護衛獣へと視線を走らせる。 バルレルはトリスの視線を真っ直ぐに受け止め、 けれど淡々とした声で、トリスの僅かな希望を打ち砕く事実を口にした。 「・・・あァ。メガネは嘘吐いちゃいないぜ?」 「だ、だって・・・!はまだ召喚術は使えないって、言ってたじゃない!」 「・・・何かのはずみで、彼女が召喚を成功させてしまったとしても可笑しくはない。 魔力とサモナイト石さえあれば、理論的には誰でも召喚術を使うことは可能なのだから・・・!!」 信じたくはない現実。 それでも尚、何かその事実を覆すことの出来る・・・彼等の言葉を否定出来る言葉を、トリスが探していたとき。 ガサガサと茂みが揺れ、もう1人。・・・黒い影が、姿を現した。 その影も、やはり同じように地に膝を付いて ゆらめく炎の紅い光を映し、不思議な色に反射する石を黒騎士の前に差し出す。 「――――――――――― ・・・これは?」 「はっ!特務隊長が捕獲した、聖女と思わしき人物が先程の竜を召喚したサモナイト石です。 持たせておいては危険だからと、特務隊長が・・・」 見たくはない。・・・けれど、それを目にしてしまった。 ・・・それは間違いなく、の胸元に見たサモナイト石で。 その証拠となる、が首に提げる為に付けていた・・・これと言って装飾のない 実用的な皮の紐は、途中でぶつりと引き千切られていた。 一瞬、目の前が真っ白になったのかと思った。 ・・・思い出すのは、まだ雪があちらこちらに残っていて。 キレイな夕暮れを迎えた、とても寒くて空気が澄んでいた日の街角。 その時もキラキラと“あの石”は、魅惑的な妖しい光を放っていて・・・ 「―――――――――― ・・・トリスさん・・・」 誰かの声に、急に現実に引き戻されて・・・。 トリスは無意識に始まっていた回想をストップさせた。 「・・・・・・さんって・・・もしかして・・・」 そこでトリスはハッとする。・・・何気なく、の名前を連呼していたけれど アメルはまだ、がマグナやトリス達の仲間だとは知らなくて・・・ でも、とアメルはもう出会ってしまっている。 アメルのカタカタと震える手が、彼女もまた、最悪の事実を導き出していることを物語っていた。 伝えたくはない。嘘だと言いたい・・・!! けれどトリスは、瞳を伏せて小さく頷いた。 「そんなッ・・・・・・!!」 ガクン、とアメルの足から力が抜け、崩れ落ちそうになったのを、後ろからケイナとレシィが支えた。 「しっかりしてください!アメルさん!」 「・・・貴様らには・・・2つの選択肢がある。」 「!?」 黒騎士の声に、ロッカとリューグが武器を構えなおし ケイナもアメルを支えながら、ギッ!と黒騎士を睨み付ける。 「・・・聖女を置いて行けば、お前達の仲間は解放してやろう・・・。」 そう言いながら、一歩。足を踏み出した。 「でやああぁぁぁッ!!!」 「たああぁぁッ!!」 これ以上アメルに近づけさせまいと。 雄叫びをあげて、リューグが黒騎士目掛けて突っ込んで行く。その後に、ロッカも続いた。 「筋は悪くない・・・が、まだ甘い。」 黒騎士が、その重量のある剣を振りあげる。 キィィン!! 「ロッカ!リューグ!」 金属音と共にアメルの悲鳴が響き、リューグとロッカの体が勢い良く後方に飛ばされる。 一歩、また一歩と近づく黒騎士に、アメルは体を強張らせた。 あと数歩で、攻撃の間合いに入るという所まで黒騎士がやってきたとき。 ・・・マグナが妹のトリスとアメルを庇うように、大きく前に進み出た。 「マグナッ!?」 「マグナさんっ!!」 「・・・2つ目の選択肢を選ぶか。・・・あくまで、我らの邪魔立てをするというのだな?」 「――――――――――― ッ!!」 「馬鹿かッ!マグナ!君が敵う相手じゃない!逃げろッッ!!!」 ネスティの檄が飛ぶ。・・・けれど黒騎士と対峙しているマグナは 動く気配も無く、じっと黒騎士を見据えていた。 ・・・そんなマグナの背後に、ハサハとレオルドが進み出る。 「レオルド!?・・・ハサハ!!」 「・・・ハサハも・・・お兄ちゃんと一緒に、頑張る・・・よ?」 「あるじ殿ヲ護ル事ガ、私ノ使命デス。・・・ゴ命令ヲドウゾ、あるじ殿。」 2人の姿に励まされたのか、さっきよりも力強い眼差しで。・・・マグナは黒騎士を見つめた。 「・・・ネスの言いたいことは解ってる・・・。でも俺! のことも勿論助けたいけど、アメルのことだって見捨てたくなんてないんだよっ!!」 「―――――――――― ・・・マグナ・・・」 「・・・どうしたら、とアメル両方を救えるっ!?どうしたらいいんだよっ!・・・なぁ、ネス!!!」 マグナの切実な叫びを聞いていたフォルテは、ブンブンと勢い良く頭を振ると 気合を入れてから、降ろしていた剣を再び握りなおす。 「・・・えぇい!こうなったらヤケだぜ!!」 「フォルテッ!?」 「・・・マグナ1人だけに、良い格好させてられるかよ! それに、村をこんなにしたヤツが約束を守る保証なんてねぇしな!こうなったら徹底抗戦してやるぜっ!!!」 剣を構える相棒に、ケイナは目を見開いて呆気に取られた後 仕方無さそうに溜息を吐く。・・・決してその瞳は、嫌そうではなかったけれど。 「・・・そうね、どうせこのままじゃ逃げることも難しいし。 仕方ないわね・・・付き合ってあげるわ、感謝しなさいよ!フォルテ!」 ケイナが、アメルをレシィに任せて弓を引いたとき。丁度ロッカとリューグも、ゆっくりと立ち上がった。 「・・・愚かだな・・・」 黒騎士は周りを敵に囲まれているというのに、焦る様子もなくそう言う。 それは決して強がりや、虚勢を張っているわけではなくて。 これだけの人数を相手にしても勝てるという自信があるのだろう。 ・・・けれど黒騎士のその声に、苦痛が混じっているように聞こえたのは マグナの気のせいだろうか・・・? 余裕を保つだけの実力差が、マグナ達と黒騎士の間には、確かに存在している。 そんなの、実際に戦っているマグナ達が痛いほどに。身に沁みて良く解っていた。 ジリジリと、双方が距離を詰める。・・・全員に、緊張が走った。 ガサッ!! 「うおおおおおおおおぉぉッッ!!」 「―――――――――――― ・・・ッ!?」 ところが突然、脇から草を掻き分ける音がしたかと思うと 叫び声をあげながら黒騎士に向かって行く、1つの影が飛び出してきた。 ――――――――――― ・・・それは・・・ 「お爺さんッッ!!」 斧を高く振り翳す、アグラお爺さんの姿だった。 ガキン!!! 黒騎士の剣とお爺さんの斧が交錯する。 あのリューグの攻撃さえ軽く凌いだ黒騎士が、僅かに焦りの色を浮かべた。 「――――――――― ・・・凄い!黒騎士と互角に戦えるなんて・・・!」 「・・・あのじーさん、一体何者だよ・・・?」 興奮したケイナとフォルテの声が、トリスの耳にも届いた。 「・・・もう・・・もうこれ以上、・・・何も奪わせるものかァァァァ!!!!」 「―――――――――――― ・・・くっ!」 「だああぁぁぁぁッ!!!」 ギリギリと力の推し量りあいを続ける2人の間に、立ち上がったばかりのリューグが割ってはいる。 それでも黒騎士の動きを封じ込めるので精一杯で、撃退とまではなかなかいきそうにない。 けれどさっきまでは防戦一方だったのだから、どれだけお爺さんが強いのかが解る。 「みなさん!このままここにいては、いつか全員やられてしまいます! 身勝手な願いだと言うことは解っています・・・ですが、ここは僕たちが食い止めてみせますから! ・・・だから、この子を・・・アメルを連れてここから逃げてくださいっ!!」 「ロッカっ!?」 アメルが非難めいた声をあげた。けれど、ロッカはそれに申し訳無さそうに苦笑するばかり。 「アメル、お願いだから・・・」 「・・・っ!」 優しい兄の顔でそう告げると、スッと目つきを鋭くして愛用の槍を握り締めた。 「さぁ、早く!!僕も2人の加勢に行きます!」 どうしたら良いか解らない。戸惑うトリスを他所にそれに答えたのはネスティだった。 「――――――――――――― ・・・解った。」 しっかりとした兄弟子の声に、トリスは振りかえり。勢い良くネスティに詰め寄った。 「なんでっ!?ネスッ!!ネスはを見捨てる気なのッ!?」 「・・・そうじゃないっっ!!聖女ではないは、彼らにとって価値はないんだ!」 「だったら余計にが危ないじゃないッ!!もう聖女じゃないって、知られちゃってるのよ!?」 ヒステリックに叫ぶと、ネスティは力を籠めて。がしっとトリスの肩を掴んだ。 「トリス!落ち着け!!僕達が本物の聖女・・・アメルを連れて逃げることによって初めて には人質という付加価値が付くんだッ!!」 「――――――――――― ッ!!」 ―――――――――― ・・・そんな“モノ”みたいに、言って欲しくなんてない。 「・・・少なくとも、アメルが僕達と共に在るうちは、は人質として有効な筈・・・!! そうすれば、彼女の身の安全が保証される可能性は高い! 絶好の人質を、みすみす無駄に殺してしまう手はないからなッ!!」 「―――――――――――― ・・・ッ!!けど・・・っ!!」 ネスティの言っていることは、きっと正しい。 ・・・いや、まさにその通りなのだろう。けれど、どうしてもトリスは、反論せずにはいられなかった。 1度火が付いてしまった感情は、なかなか抑えることが出来ない。 「――――――――― ・・・トリスッ!!・・・頼む、聞き分けてくれ。 どのみち今の僕達では、黒騎士を突破してを救い出すことは無理だ・・・! 僕達が殺されてしまったら、誰がを助けるっ!?」 『誰がを助ける?』 ・・・ネスティの言葉に、今度こそトリスは言葉に詰まった。 唇を噛み絞め、漏れそうになる嗚咽を寸前のところで必死に堪える。 切れた唇から流れた血の味が、口の中いっぱいに広がる頃。 ネスティが優しく、トリスの背中を押した。ネスティが促す先には、今のトリスと同じくらい・・・ ・・・いや、もしかしたらトリス以上に不安そうな、アメルの顔。 「――――――――――― ・・・行くぞ、トリス。」 唐突に背中にかけられたそれは。 自分の片割れの・・・感情の籠もっていない、冷淡な声。 「マグナ・・・?」 マグナの様子に違和感を感じて振り返ったトリスは 抜身の剣を持ってしっかりと自分の足で地に立つマグナの、その表情を見て。 ・・・そのまま、何も言えなくなる。 感情を抑えるために、力任せに強く剣を握り締める手は、血流が止まって異常に白く変色し 願望を遂げる為に想いを殺し、噛み締めた唇からは薄っすらと血を滲ませていた。 「―――――――――――――― ・・・っ!」 マグナも、必死になって。2人共を助ける方法を・・・ その場の感情任せでない方法を取ろうと、想いを一生懸命堪えている。 自分だけが、無理な我儘を言って泣き叫んでいる訳にはいかない・・・ なによりも、たった1人の。ずっと一緒に生きてきた肉親がそうしているのだから。 トリスはぎゅっと拳を握ると、キビキビとした声でアメルに言った。 「アメル!こっちよ!!2人とお爺さんが、時間を稼いでくれている間に・・・!!」 「でも・・・っ!!でも、トリスさん!!!」 「――――――――――― ・・・行きましょう。」 さっきまでの自分のように、何も出来なくて、どうしたらいいか解らなくて。叫ぶアメルに、それだけを告げる。 ―――――――――― ・・・それだけしか、告げられなかった・・・ 「でも・・・ッ!さんが!!それに私、みんなを置いて行くなんて・・・ッ!!!」 「聞き分けのないことを言わないで!!」 「っ!?」 「―――――――――― ・・・ケイナ・・・」 アメルが、ビクっと体を震わせる。彼女を一喝したのは、凛々しいケイナの声だった。 「あの2人とアグラお爺さんが、誰の為にああしていると思っているの!? ・・・それに、本当はトリス達だって貴方以上にここに留まりたい筈よ! なのに・・・みんなのしてくれていることを、貴方は全部無駄にするつもりなの!?」 「――――――――――――― ・・・あ・・・」 自分のしようとしていることの意味を問われ、ポロリと涙を一粒零したアメルの手を、トリスがぎゅっと握った。 「・・・行きましょう、アメル。」 それにアメルは、無言で頷くだけだった・・・。 トリスとマグナは、言葉にはしなくても、お互いに誓い合う。 “絶対に、助けてみせるから・・・” だから・・・だから待っていて。 2人は暗い道を手探りでただひたすらに走りながら、最後に聞いたの言葉を 繰り返し繰り返し、思い出していた・・・ 『・・・お願いなのです。・・・みんな、無事に帰ってきてください。』 そう、今にも泣きそうな顔で懇願した心優しい君に、今その言葉を願いに変えて・・・・・・ “お願いだから、無事でいて。” |
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戯言。 うををっ!遂にレルム襲撃されましたっ!(嬉々として書くな) 本当はもうほんのちょこーっと、達サイジェント組の方を書きたかったんですが、それはまぁ次に持ち越し。 んなワケで、次回はサイジェント組のお話です。久々にの登場ですね。 あ、召喚術に詠唱がいるとか、魔力をそのままどうのこうのっていうのは 良く解らないんで適当ですから(笑) イオスとゼルフィルドがいたり、なんか色々と伏線なのかなんだかが(自分で言うな) こじつけが多すぎて、自分でも良くわかってないのが実状です、はい。 と、ともかく!どうにかこうにか、一区切り・・・とまではいかないかもですけど。 1つの山場を越えました(笑)今後もトロトロ頑張ります。 それにしても、イオスくん。努力がカラまわってますなぁ(笑) |